愛鍵1


 

 改札を出てすぐに隣接しているパン屋のショーウィンドウの前で渋谷を足を止めた。硝子越しにも焼きたてのパンの匂いが漂ってきそうなオレンジ色の光景は 冬の今は暖かい気持ちにさせてくれる。硝子には、吹き付けられたクリスマスツリーの絵が描かれており、指で辿るとザラザラとした感触を伝えてくる。

 丁度オーナメントの星の部分に自分の横顔が映り込んでおり全身がツリーの絵に内包されているかのような錯覚に陥る。どこからともなく流れるクリスマスソングが耳に届き、柄にもなく少しはしゃぎたいような気分になってくる。
 渋谷は、街ゆく人の視線からツリーの絵が隠れないように少し脇にずれるとレンガの壁により掛かりコートのポケットに手を入れた。冷え切った手をポケット の中でぎゅっと握りしめてから開くとその奥にある物の感触を指で確かめられる。今さっき、触れてみた硝子窓のツリーの感触とは全く別の滑らかな布の感触が する。それに触れていると冷えた指先が少しずつ暖かくなってくるような、そんな感じがした。


 渋谷はぼんやりと去年のクリスマスを思い出していた。
12月24日、いや25日にしても渋谷の中では全く通常の日と変わることはなかった。正月休みに向けて早くに年内業務を終了する所が増えており、普段でも 慌ただしい納期が余計に前倒しになり、仕事が山積みになってしまうのが恒例なのだ。異常なほどの忙しさの中に身を置く渋谷としては、20日を過ぎた頃から すでにクリスマスだの、イブだのと抜かしているわけにはいかなかった。

 それでも、帰宅してテレビを何気なくつけたり、営業で街を歩いていたりすると、その華やかなお祭り騒ぎを嫌と言うほどに感じる事が出来る。さすがに社内 でもイブ当日だけは0時過ぎても仕事をしているのは、渋谷をはじめ普段からワーカーホリックな者達だけで女子社員や家庭がある社員などの姿は一人も見あた らない。それは興味がない渋谷でも特別な日なのだとわかるほどであった。

 しかし、それも去年の話しにしか過ぎなかった。
 今年のクリスマスは土曜日がイブで日曜日がクリスマス当日という恵まれた年なのだ。
 そして、玖珂と付き合ってから初めてのクリスマスでもある。家族と過ごすクリスマスというのも多いのだろうが、渋谷は今までそういう環境を自ら避けてい たし、イベント事に夢中になれるほどの恋人もいなかった。実家を出てから、誰かとこうしてクリスマスを祝うというのは実に久しぶりの事なのだ。
 昨日の金曜日に何とか仕事を片づけようと思っていたが、やはりそれでも追いつかず、結局、今日の午前中は出勤し、3時を過ぎて漸く家へ戻る事が出来た。そこから慌てて支度をし家を飛び出し、ここに到着したのがついさっきだ。

 渋谷は、ポケットから手を出し、かじかんだ手を温めるように息を吐きかける。眼鏡がそのせいで曇ったが、それはスッと消えていき視界はすぐにクリアになっていく。少し風の強い今日は、体感温度がいつもより低く、吹き付けて髪を揺らす風に渋谷は無意識に肩を竦めていた。
玖珂が待ち合わせ場所に指定したのは、今渋谷のいる初台の駅前である。何度か玖珂の家に泊まったりもしているので「家まで一人で行きます」と言った渋谷に、玖珂は駅まで迎えに行くと譲らず、結果こうして駅前で待ち合わせをする事になったのである。

 先程、駅へ着いた旨の連絡を入れたのでそろそろ玖珂が到着するはずだろう。付き合って随分経つのに、未だに待ち合わせという物に慣れることがない。いい歳をしてクリスマスに浮かれているような自分が、少し気恥ずかしくもあり、渋谷は気を引き締めて前を向いた。

 そう思っていた矢先に目の前の曲がり角から玖珂が歩いてくるのが見えた。渋谷の姿を見つけると少し歩く速度を速め近づいてくる。
 チャコールグレーのロングコートの裾が風でひらりと舞い、玖珂が中にしている長いマフラーがチラリとのぞく。何度見ても玖珂はやはり格好良いと思ってし まう。口に出してはなかなか言える事ではないが会う度にそう感じていた。それと同時に、「彼が俺の恋人なんです」と誰かに言いたいようなそんな気分にな る。
 渋谷も壁から離れ、玖珂の方へ歩き出す。互いに歩み寄った所で、玖珂が嬉しそうに微笑むのがはっきりと見えた。

「急いで家を出たんだが、待たせてすまなかったね。寒かっただろう?」
「いえ、大丈夫です」

 気遣うように言う玖珂が心配しないように渋谷はポケットからも手を出し、寒くないという風に笑ってみせる。
「じゃぁ、行こうか」
「そうですね」

 いつものように玖珂と並んで歩き出したのはいいが、さきほど玖珂が出てきた曲がり角、所謂自宅への道は通り過ぎて玖珂は何処かへ向かっているようだっ た。外は何処も混んでいるだろうから、うちでゆっくり祝う事にしないかと持ちかけたのは玖珂の方なのに、予定を変更したのだろうか。
渋谷は不思議に思って隣を歩く玖珂を見る。

「どこか、寄ってから行くんですか?」
「ん?あぁ、そうだよ。今日は一つ祐一朗にお願いがあるんだが……」
「俺に……お願い?」

 玖珂は行き先については答えず、少し歩いて足を急に止めた。目の前には大型スーパーがあり、渋谷は店と玖珂を交互に見上げる。なるほど、夜に食べる物でも買って帰るのかと考えそれを口にする。

「あぁ、何か買っていきます?夕飯とか?」
「……それなんだが。祐一朗は、前に料理が出来ると言っていただろう?」
「ええ、一応」
「今日は夕飯を作ってくれないか?」
「え!?俺がですか?」

 自分と玖珂の他に誰もいないのだから、今の質問はおかしいとは思いながらも、渋谷は突然の玖珂のお願いに困っていた。以前飲みにいった際、自炊をしてい るので料理は出来ると言ったのはもちろん嘘ではない。しかし、その後も付け加えた通りで、人様に食べさせられるほどの腕前なわけではないのだ。誰かに習っ た事も無ければ、本を買って勉強したわけでもない。洒落たものも作れないし、まして玖珂のような日常的に高級な料理を食べて舌が肥えている人に気に入って 貰えるような料理は絶対に作れない気がする。
 口に合わない物を作ってガッカリされたらどうしよう……。そんな事をグルグルと考えて困惑した表情をしている渋谷の顔を玖珂が覗き込む。

「ダメ……か?」

 酷くがっかりしたような玖珂のその声音に、渋谷はうーんともう一度考えを巡らしてみた。
 玖珂が渋谷に何かを頼むなどという事は滅多にないので、出来れば聞き入れたいとは思う物の、今回ばかりは迷ってしまう。渋谷は念のために最初から予防線を張るべく消極的な言葉を続けた。

「いや、ダメ……じゃないんですけど。俺、そんないいもの作れないですよ。せっかくのクリスマスだし、何か出来合いの物を買った方が……」
「祐一朗が作ってくれるなら、俺は何でも構わないんだが……。そうだな、じゃぁ祐一朗は何が得意なんだ?」
「得意なもの……ですか?」

 大の男二人がスーパーの前で真剣に話し込んでいるのを通り過ぎる主婦が怪訝な顔を見て通り過ぎる。
 しかし、渋谷はそんな視線に気付く事もなく、自分が出来る料理の中で何かいい物はないか考えていた。鍋料理なら簡単だし、具材を入れるだけで立派な鍋に 仕上がるつゆも売っているのではないか、まず最初にそう思い浮かんだが、これにもひとつ不安がある。玖珂の家にそんなに大きい鍋があるのかどうかだ。まず 鍋を買いに行くという事になったらそれはそれで大変である。
 じゃぁ、他に……。日頃作っている物を再度思い返す。クリスマスに煮物というのもムードがない気がするし、だからといって結構得意なオムライスというのもいくら美味しくできても子供っぽい気もする。野菜炒めに……炒飯に……後は…。

 出来そうな物は何だか微妙なものばかりなのに気付き渋谷は肩を落とす。ここは一つ、玖珂に好きな物を聞いてその中から作れそうな物を選ぶ方が良いかもしれないと渋谷は思い立った。

「玖珂さんは何が食べたいですか?作れるかはわからないけど一応、聞くだけ……」
「俺は好き嫌いは全くないが、あえて言うなら和食の方が好きだな」
「和食……ですか」

 再び渋谷の中に、煮物とみそ汁の図が浮かび上がる。和食といってその二つが浮かぶ自分の貧困な想像力に呆れてしまう。そんな渋谷の思考を読んだように玖珂が提案をしてきた。

「普通の物で良いぞ?別に七面鳥を焼けと言っているわけじゃない。煮物とかそんな感じので」
「え?……でも……クリスマスなのに煮物とか、それってどうなんでしょう?」
「別に問題ないんじゃないか?俺達は、日本人だしな」

 最初、玖珂が気を遣ってそう言っているのかと思ったが口調的にはどうもそう言う訳でもないらしい。玖珂がそれがいいというなら、渋谷はそれにこした事はない。

「じゃぁ、……煮物にしますか……それなら作れます」
「そうか。それは良かった」

 メニューは漸く決定し、玖珂が嬉しそうに微笑む。それだけでは味気ないのでそれに合いそうな料理を加えることにして、ひとまず二人でスーパーの中へと 入っていった。入口のカゴを玖珂が持ってきたのをみて、渋谷は側にあるカートを引っ張ってくる。玖珂の持っているカゴをカートにのせると、玖珂はその行動 を珍しそうに見ている。多分使った事がないのだろう。そう考えて渋谷は思わず苦笑した。本当にスーパーが似合わない事このうえない。いつも玖珂が連れて 行ってくれる店はどこも一流で、こういう庶民的な雰囲気と玖珂はかけ離れている。
 カートを押しながら食品を選ぶ渋谷は、たまにはこういうのもいいな等と思っていた。

「コレとコレと――後は……」

 次々にカゴに野菜を入れていく渋谷を玖珂は感心して眺めては、時々「なるほど」等一人で納得している。

「祐一朗はよく買い物に行くのか?随分と慣れているみたいだな」
「そうですね。自分で買い物に行かないと一人暮らしですから、一週間に一度くらいは……。あれ、でも玖珂さんも時々は買い物とかしますよね?」
「まぁ、たまにはな。しかし、コンビニではよく買い物をするが、こうしたスーパーには滅多にこないな。半年ぐらい前に一度来た気がするが……」

 半年もまともに買い物をしていないという玖珂の言葉に驚くより先に、渋谷は玖珂の体のことが心配になった。自分も褒められるような食生活では決してない が、やはり外食ばかりでは体に良くないに決まっている。玖珂の仕事上、それも致し方ない事なのかもしれないと思うと、いい解決策はすぐには思い当たらな かった。とりあえず栄養価の高いと思われる野菜をプラスしてカゴへと入れる。
今日、渋谷に料理を作って欲しいと言った玖珂の気持ちが何となくわかった気がしていた。

 行き慣れないスーパーでの買い物というのは勝手が違い、何が何処にあるのか探すのに大変でもある。それにくわえ、玖珂の自宅にはほとんどの調味料が不足していて、ただ材料を揃えればいいというわけではなかったからだ。煮物に使う料理酒を手にとって渋谷は考え込んでいた。

 売っている物は大きなボトルの物しかなく、今後使わないとしたら邪魔になるのは目に見えている。それはみりんや味噌にしてもそうで、保存日数が長いとしても使い道がまるでなければ腐らすだけなのだ。
料理酒のボトルを持ったまま考えている渋谷に不思議そうに玖珂が顔を覗き込む。

「どうした?買わないのか?」
「あぁ……いえ……こんな大きいの買っても邪魔ですよね?どうしますか?他の店で小さめの物を……」
「いや、それを買っていこう。別に邪魔にはならないだろう。それに……」
「それに?」
「こうして大きいのを買ってあれば、それを理由に、また手料理をお願い出来るだろう?」

 玖珂はそう言って笑うと「我ながら良い案だ」と頷きながら料理酒のボトルをかごへと入れた。
先程の玖珂の食生活を考えて、それも悪くないと渋谷も思い「そうですね」と微笑む。
 どうにか一通りの材料を揃え終えてレジへ向かおうとすると、玖珂は渋谷を止めて少しそこで待っているように言い残し、何かを探しに行ってしまった。何を 探しに行ったのかはわからないが玖珂は中々戻ってこなく、渋谷は並ぼうとしていた列の邪魔にならないように少し奥へと引き返す。

 あまりに遅いので渋谷が探しに行こうかと思っているところへ玖珂がやっと戻ってきた。手にはいつのまにか会計を済ませたスーパーの小さな袋が下げられている。

「あれ?何か買ってきたんですか?」
「あぁ、会計がここと違うらしいから済ませてきた。さて、じゃぁ並ぶか」

 夕方のレジは混雑しており、ずらっと並ぶいくつものレジにそれぞれ長い列が出来ている。ちょっとしたアトラクションに並んでいる気分である。その最終尾に二人で並ぶ。ざっと見渡す限り、男二人でレジに並んでいるのは自分達だけだった。
 余計なおもちゃつきのお菓子を買ってくれとせがんで怒られている小さな子供に思わず苦笑する。カゴに沢山の食材を積んで並ぶ人々は、みなとても幸せそうに見える。それぞれの帰る場所へ戻り、楽しい時間を過ごすのだろう。
 そんな中に、自分と玖珂も含まれている事にささやかな幸せを感じる事が出来る。

「何だか狭い場所だな」と苦笑する玖珂には確かにレジの並びは窮屈そうである。漸くまわってきた会計を済ませると渋谷は重いカゴをもって移動する。勝手の わからない玖珂はその後についていき、自分もスーパーの袋を手に取ると、たった今、会計を済ませたものを詰め込んでいった。

「あ、魚はちゃんと小さいナイロンにいれないと水が出ますから、コレにいれておいて下さい」
 直接全てを袋へ入れる玖珂に、渋谷が慌てて目の前のビニールの小袋を手渡す。
「そうなのか?」

 玖珂は今しまった魚をもう一度取り出し、渋谷に教わりながら小分けの袋にいれてからしまい込んだ。いつもの完璧な姿を見ている渋谷は、慣れない手つきで 袋詰めをする玖珂を見てクスリと笑った。新たな一面を見られただけで、嬉しくなる。それに、そんな玖珂を少し可愛いと思っていた。




 スーパーでの買い出しを終えて玖珂のマンションへついた頃には5時を過ぎており、夕飯を作るにはそろそろ始めた方がいい時間だった。
 キッチンで買ってきた物を並べていると、玖珂が居間から渋谷の携帯を持ってくる。着信があった時に点滅する青い光がチカチカしているのを見て、渋谷は嫌な予感を感じた。電源を切っておくべきだったが、かかってきてしまったのを無視する訳にもいかない。

「祐一郎、ほら、電話が鳴ってたぞ」
「あぁ、すみません」

 濡れた手を台布巾で拭い携帯を受け取ると、着信が一件あった。渋谷は廊下へ出ると着信履歴の一番上に名前のある社名に眉を顰め、仕方がなくかけなおす。すると、待っていたとばかりに間髪開けずに相手が出た。土曜日なのに絶賛仕事中のようだ。

「お電話頂いたようで……MARKS Trading Co. Ltdの渋谷と申します。長浜さんはいらっしゃいますか?……あ、どうもお世話になっております渋谷です。はい……ええ……その件は昼過ぎにFAXで流し ましたが…ええ……12時半くらいだと思います。あ、届いていますか?……はい…‥ええそうです……あ、いえ、現場の方へは高橋の方が月曜の朝に向かいま すのでそちらで。はい、宜しくお願いします。いえいえ、大丈夫です。失礼します」

 どうやら昼に送ったFAXを見ていなかったらしく催促の電話だったのだが、渋谷はそれはすでに済ませてあったのでホッと胸をなで下ろした。折角玖珂と一 緒にいるのに、仕事だからと言ってすぐに帰るのは出来れば避けたい。その為にも、今日の午前中を割いて仕事を済ませてきたのだ。
今度はちゃんと電源を落とした携帯を安心した気持ちでポケットにいれた所で玖珂が顔を覗かせた。

「仕事か?大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。ちょっとした行き違いがあっただけですから」
「そうか。ならいいんだが」

 仕切り直して渋谷はキッチンへと戻る。早速煮物の準備に取りかかるため、シンクで野菜を洗いまな板へとのせる。
玖珂のマンションのキッチンは居間に面して対面式になっており開放感のあるシステムキッチンだ……だが、男が二人で立つには若干狭い。わざとではなく、後 ろから見ている玖珂が渋谷の背中に密着する形になってしまい、渋谷は玖珂が何か話すたびに耳元に響くその声に何度も洗っている野菜をシンクに落としそうに なった。
「あ、あの……玖珂さん?」
「ん?何だ、何か手伝おうか?」
「いえ、そうじゃなくて」

 耳元で話すのは止めて下さい。心臓に悪いので……。そう言うのも何だか理由を追及されそうで怖くもある。仕方がなく渋谷は玖珂に野菜を切るのを頼むことにした。
隣で野菜を切っていれば、背後から囁かれることもなくなるからだ。我ながら良い案だと思い、玖珂へ振り向く。

「あ……じゃぁ、やっぱり、手伝ってもらってもいいですか?」
「あぁ、勿論。何をすればいいんだ?」
「そこにある野菜を切ってもらえますか?皮は剥いてあるので出来るだけ同じくらいの大きさで」
「それくらいなら出来る。任せておけ」
「お願いします」

 シンクの下にある扉を開き包丁を取り出すと玖珂は野菜をもうひとつの小さいまな板の上に置く。
渋谷は、その間に鍋に油をひき、肉を入れて炒め始めた。ゴマ油を買い忘れたのでサラダ油で代用しているが、そう問題はないはずだ。菜箸で鍋をかき混ぜていた次の瞬間、足下にごろりと野菜が転がってきて渋谷は驚いて思わず「わっ」と声を上げた。

「あぁ、すまない」
「だ、大丈夫ですか?」
「ちょっと手が滑っただけだから、大丈夫だよ」

 自分の足下に転がってきた野菜を拾いながら渋谷はそのあまりの大きさに吹き出しそうになった。玖珂に野菜を切るのを任せていたのだが、予想もしなかった 展開になっているようである。普段、何でも細かく気付き、どちらかというとソフトな性格なのだと思っていたのに、野菜の切り方は、実に大胆であったから だ。
 大きさを揃えて下さいと言ったには言ったが、その大きさはかなり大きく、切ったと言うよりは、割ったという表現の方が似合ってしまうようなサイズであ る。これでは火が通るのにとんでもない時間がかかってしまいそうである。笑いを堪えている渋谷に不安になったのか玖珂が確認する。

「これくらいの大きさで大丈夫か?煮れば小さくなるんだろう?」
「多少はなりますけど……出来れば、その三分の一くらいがいいかな……」
 折角手伝ってくれているのに、いちいち注文を付けるのも躊躇われたが渋谷は一応、サイズを小さくしてくれるようにお願いした。
「――何でも大きい方がいいのかと思っていたがそうでもないらしいな……」

 玖珂もやはりサイズが大きいと感じていたのか、自分が切った野菜をつまみ上げて苦笑いしている。再び、炒める方に回った渋谷に玖珂は今の野菜をもう一度細かく切りながら話しかける。

「もしかして、祐一朗?俺のこと呆れているんじゃないか?こんな事も出来ないなんておかしいもんな」
「あ、いえ。そんな全然。逆に、何か……ホッとしました」
「うん?」
「だってほら、玖珂さんはいつも何でも出来るじゃないですか。でもこうして普通な部分もあるんだなって思って」
「そうか?でも、あまりダメな所ばかり見せて、祐一朗に愛想を尽かされないようにしないとな」

 玖珂はそう言って笑う。渋谷はそんな玖珂に微笑み返すと、心の底から温かい気持ちになった。
きっと自分は玖珂がどんなダメな部分を見せたとしても、呆れることはないと思う。
それどころか、そういう一面を見る度に大切に思うに違いない。そんな事を考えながら手を動かしていた。

 大まかに肉に火が通ったので、玖珂の切ってくれた野菜を鍋に入れて軽くかき混ぜる。その後に水を足し、ダシをいれる。その間にあらかた片付けを済ませ、浮いてきたアクをとると後は味付けをして、小一時間ほど煮るだけになった。

「魚の方は、食べる前に調理した方がいいから、とりあえず、今はここまでですね」
「そうか、わかった。じゃぁ、向こうへいくか」
「ええ、そうですね。あぁ、玖珂さん先に行っててください米をといでご飯のスイッチいれてから行きますから」
「わかったよ」

 玖珂は手を洗って、キッチンから居間の方へと移動した。キッチンの方で換気扇をしているので居間の方で玖珂が煙草を吸うと煙がこちらへ回ってくる。米をとぎながら嗅ぎ慣れたその匂いに渋谷は自分の居場所を重ねて安心する。
玖珂と付き合うようになってから、たまに渋谷も煙草を吸うようになった。といっても以前から全く吸わなかったわけではないので、吸い始めるとすぐに習慣が戻ったのだ。もちろん買うのは玖珂と同じ煙草の銘柄である。