戀燈籠 第六幕


 

それからも手紙は一日もかかさず咲坂の元に屆けられた
いつしか手紙は咲坂には唯一の心のささへになつていつてゐた
氣分が滅入つてる時には勵まされ
いい事があつた日には喜びをより輝かせてゐた
 
 
そして半月ほどたつた日の事
ニシキギノ葉は引き出しにいつぱいになり
その葉と共に咲坂の御樹への氣持ちも募つていつた

咲坂はつひに御樹に返事をしたためることを心に決めたのである
御樹にたいして重ねてきた信頼にも似たその感情を
少しだけ認めてやつてもいいのではないだらうか
自分をほんの少しだけ許してやる事に決めたのであつた


咲坂は何も繪柄のない便せんを一枚取り出すと卓上にそつと乘せた
いざ筆を持つと何から書き始めればいいものか
しばし、白い便せんを前に咲坂は惱んでゐた

まづは、今までの手紙の禮を書かう

そして御樹の手紙で何度も勵まされた事

それから……………

咲坂は苦笑して一度筆をおく
かうして誰かを想つて文をしたためるなど
今までの自分には考へられないことであつた
こんな歳になつて自分の氣持ちを
さう………まるで想ひ人に戀文を出すやうに
綴る事になるとは思つても見なかつた

今までの生活と何が變わつたわけでもない
相變わらず客とは伽をしてゐるし、
しかし咲坂は以前の自分にはなかつた
明日への希望のやうなものを感じるやうになつてゐた
夜は次の日への繋がりで意味をもたなかつたのに
今では一日が終はり
次の朝を迎へるための安らぎとして夜を迎へるやうになつてゐた


咲坂はもう一度筆をとる
そして最後に一言
かう書いた
 
 
――もう一度、君と話がしたい

――と…………
 
 
次の日の朝いつもの木の根本に手紙を置き
咲坂はしばし 空を仰いだ
もう少しで今年が終はる11月の空は
空氣が澄んでゐて空がとても高かつた
根本においた眞つ白な封筒が光をうけて淡く反射する

──この手紙をみつけた御樹は驚くだらうか…………

そんな想像をする自分も惡くはないな
咲坂は冷たい朝の空氣を肌に感じながら
御樹の姿を思ひ浮かべた
 
 
 
 
        *     *     *
 
 
 
 
その頃、御樹は店番をしながら咲坂への手紙を書いてゐた
これで何通目になるのだらうか
一方的に手紙を書き續けてゐる御樹の今の支へは
咲坂が手紙を讀んでくれてゐるといふ事だつた
自分が置いた手紙は毎日ちやんとなくなつてをり
その事から咲坂が手紙を受け取つてゐる事が伺ひ知れた

ニシキギの葉はもう季節柄なくなり
御樹はためておいた葉を一枚取りだした

手紙に添へるさいに御樹は願ひを賭ける
 
 
 
──彼の一日が今日も安らかにおくれますやうに

──そして……………………………………………

──いつかまた彼と會えるやうにと………………
 
 
 
夕方に店をあとにした御樹はいつもの場所に向かふべく外へ出た
暗くなる前の最後の輝きをみせつけるかのやうに
太陽が空を朱色に染め上げる
自分の長い影だけが後をついてくる中で
御樹は胸元に忍ばせた手紙をそつと握つた
體温で温もつたそれは
まるで暖かな想ひと交叉してゐるやうであつた
 
 
 
毎日通ひ慣れてゐる道は
何處か別の場所へ道しるべのやうに御樹を誘ふ
しばらくして場所に着いた御樹は木の根本に目を向け
一瞬、時間が止まつたやうに立ちつくした

──あそこにあるのは……手紙……?

最初は自分が昨日書いたものを
咲坂が受け取らなかつたのかとも思つたが
手にとつてみて さうではない事がわかつた
宛名も何もなく、ただ裏には咲坂の名が記されてゐた


青華ではなく…………

青人と…………………


御樹はその手紙をそつとしまふと
自分が今日したためてきた手紙を同じ場所に置いた

──今すぐ手紙を讀んでみたい……

その氣持ちを抑へるやうに御樹は足を速める
一方通行であつた自分の氣持ちが
少しだけ前進した事を心より嬉しく思つた

行きよりも暖かい胸の手紙が御樹に優しく傳わつてゐた
 
 
 
家に歸り着いた御樹は
早速机に向かひ先ほどの手紙の封を切る
3つに疊まれた便せんを開いてみる
筆でしたためられた文面は纖細さうな整つた文字で
青人の人柄を表してゐた

御樹にたいしての今までの手紙の感謝や
自分の氣持ちの變化について
少しづつだが受け入れていくことに決めた事等
御樹は何度も繰り返し手紙を讀んだ

最後に書かれた言葉

──もう一度、君と話がしたい

御樹の中にゆつくりと滲透していくその言葉は
咲坂の今の氣持ちを御樹に傳えるのには
充分な役目を擔つてゐた


今日の氣持ちを忘れることがないやうに
御樹は戀燈籠に書き記す
ペイジをめくつて記した後
手紙を本に挾んだ
動き出した物語を喜ぶやうに
手紙を挟んだ本が僅かに輝いて見えた