愛鍵3


 

 ゆっくり摂った夕食のせいもあり、後かたづけを済ませた頃はすっかり9時を回っていた。
その後、玖珂が好きだというCDを聞きながら共に時間を過ごす。何かのきっかけで会話は学生時代の話しになった。映画研究会という地味な部活へ入っていた と言う渋谷に対し、玖珂は映画に詳しくないから、今度お勧めの映画を教えてくれと言って興味を示してくれる。「玖珂さんは?」という渋谷の問いに答えた玖 珂の学生時代に渋谷は驚きを隠せず隣を振り返った。

「合気道!?玖珂さんがですか?」
「そんなに驚かなくてもいいだろう」

 少し恥ずかしそうに玖珂がそう言って苦笑する。小学生の時からずっと大学まで合気道をやっていたというのだが、玖珂と合気道は全く合っていないような気がしてならない。しかも、その他にも一通り武道は人並み以上に経験しているということだった。

「何か意外です」
「そうか?」
「でも、どうして合気道を?武道も一通りとか……興味があったんですか?」
「それは……、秘密だ。祐一朗が笑うかも知れないからな」

――笑うような何かなのだろうか?

 渋谷は、秘密だと笑っている玖珂の顔を覗き込む。

「気になるじゃないですか。笑わないから教えて下さい」
「うーん、どうするかな……」

 玖珂はそう言って、覗き込んだ渋谷の体を引き寄せるとにっこり微笑む。

「じゃぁ、祐一朗からキスしてくれたら、今教えてやっても良いぞ」
「え!?」
玖珂は面白そうに「どうする?」と耳元で囁いてくる。
――ズルイ。
 玖珂のそういう態度に非常に弱い渋谷が断るわけはないとわかっていて聞いてきているのだ。でも、本当の事なのだから否定は出来ない。現に隣り合った玖珂 が耳元で囁くだけで渋谷の体温は、少しずつ上昇してしている始末なのだから……。渋谷は誤魔化すように咳払いをすると隣の玖珂へと振り向く。

「い、いいですよ。その代わり、ちゃんと教えて下さいよ?」
「あぁ、約束する」

 そういう行為の最中でする口付けは、流れで構えずに済むが、いざこうして「キスをしてくれ」と言われると途端に恥ずかしいのは何故なのだろう。もう数え切れないほど、玖珂との口付けは経験しているはずなのに不思議である。

 渋谷は深く息を吸い込むと、玖珂の肩へ手を置き、その唇に近づく。目の前の玖珂は静かに目を閉じており、意外に長いその睫を渋谷は見つめていた。間近に 迫るその光景は普段なかなかじっくり見られる物ではなく、どんどん心臓が高鳴り、渋谷は目を閉じると思い切ったように唇を重ねた。重なった部分がすぐに熱 くなり、わずかに開いた渋谷の中へ玖珂の舌が侵入してくる。

「……ん、…ふ………っ」

 口の中を蠢く玖珂の舌先であっという間に翻弄されてしまう。頭の芯がぼうっとなり、思考が途切れていく。自分からキスを仕掛けたのに、いつのまにか逆転していることに気付いたが、もうどうにもならなかった。渋谷は、一瞬離れた玖珂を「ズルイです」と軽く睨む。
「……子供の頃、警察官になりたかったんだ。ちゃんと教えたぞ?」
 玖珂はそう言って、渋谷をソファへとゆっくり押し倒した。
――警察官……。

 渋谷はまたも意外な事実を聞かされたが、ぼんやりとした頭の中では驚くことも出来ない。玖珂の手が伸び、渋谷の眼鏡をはずしサイドテーブルへと置く。ぼ やけた視界の中、玖珂が優しく何度も髪を梳き上げるように指を動かし、近づいて耳朶へ舌を這わす。直接響く濡れた音に、渋谷は脱力していく自分を感じてい た。

「祐一朗」

 玖珂の囁きが、高まっていく期待をさらに甘くする。大きな手で頬を撫でられ、悪戯に首筋をくすぐられれば、それだけで吐息が漏れてしまう。玖珂は渋谷を見下ろしたまま目を細めた。

「今日は俺に……、祐一朗を逮捕させてくれるか?」
 冗談まじりでそう言った玖珂の固い背中へ、渋谷も腕を回す。シャツ越しの確かな感触と玖珂の体温。
「……もう、……捕まってます……」
囁くようにそう告げ、今度は自ら玖珂の首筋へ口付けを落とす。
「もうこれ以上……どうやって捕まればいいんですか?」

 微笑んで見上げる渋谷の瞳が玖珂を静かに捉え、その濡れた瞳に玖珂もまた欲情する。薄く開いた唇の中へ侵入し、舌を絡ませたくなる。濡れた瞳にも、淡く染まった頬にも、口付けを落としたくなる。

――捕まっているのは……俺のほうかもな――玖珂はそう思い、少し苦笑した。
「……玖珂さん?」

 苦笑した玖珂を見て不思議そうにしている渋谷に、「何でもないんだ」と言って釦へと手を掛ける。シャツを開いて覗く素肌はいつ見てもなめらかで滑るよう な感触がある。優しく抱いてやりたい気持ちと、目の前の渋谷の白い体へきつく自分を刻みたい衝動が玖珂の中に同時にわき起こる。渋谷に対してのみ沸き上が る激しい支配欲は玖珂の雄の本能を容易に焚きつける。

 玖珂は全ての釦を外し終えると、自分のシャツを脱いでソファの下へと落とし、そのまま渋谷のベルトに手を掛けた。
玖珂がベルトを抜き取りファスナーをおろすと、渋谷は少し恥ずかしそうに体を捩る。着衣を取り去ると隠れていた渋谷のものが形を変えているのが分かる。

 玖珂の視線がその場所にあるのを悟って渋谷は顔を真っ赤にして玖珂へ背中を向けた。そんな恥ずかしがり屋の渋谷のために、玖珂はサイドテーブルへ置いてあったリモコンで部屋の電気を暗くしてやる。背中を向けている渋谷の背骨に緩く口付けを落とした。

「ゆう……どうしてそっちを向くんだ、顔を見せてくれないのか?」

 渋谷は背中を向けたまま、玖珂に横抱きにされ、急に暗くなった事で慣れない目で瞬きをする。
自分の背中へ玖珂の体温が伝わり、耳元で優しく名前を呼ばれる。祐一朗と呼ばれるのにはだいぶ慣れたが、玖珂は時々行為の途中に渋谷のことを「ゆう」と短く呼ぶ。

 行為の最中だけの呼び名だからなのか、ただたんに慣れていないからなのか。渋谷は玖珂がそう名前を呼ぶだけで、反射的に全身が昂ぶってしまう。
 向けている背中全体が玖珂と合わさっており、五月蠅いほどの心音が自分の中で鳴り響く。顔が見えないせいで背中へ意識が集中する。玖珂の息づかいや、わ ずかに動く指先を感じ取って堪らなくなる。うなじを啄むように玖珂の唇が愛撫をすれば、渋谷は小さく震えた息を吐き出した。

「……、や……玖珂さ、……」
「いやなのか?じゃぁ……ここは?……」

 嫌がっていないのはとっくにバレているのに、玖珂は尋ねる口調で聞きながら、いつも渋谷が感じる場所を適確になぞってくる。どんな顔をして自分を愛撫し ているのか、玖珂の視線を思い浮かべるだけで、じわりと先走りの雫が滲む。全身で渋谷を求めてくる玖珂に、心地よい安堵と、これから訪れる快楽への期待が 昂まる。
「……っ……ん…、は、あっ……」

 背中を一通り愛撫された後、玖珂へ仰向きに体勢をかえられる。その頃には部屋の暗さにも目が慣れてきて、見下ろす玖珂の顔もはっきり見えた。すっかり勃ちあがっているものを玖珂が掌で包んだ事で思わず、声がうわずってしまう。

「っや……っ……、んん……」
「祐一朗は、本当に感じやすいんだな」

 玖珂の指先が溢れているものを絡め取るように弄り、敏感な先端を割る。
直接的な刺激に渋谷は息をのみ、早くも達しそうになり慌てて玖珂の手を止めるように自分の手を添えて阻止した。

「…っ…がさん……そ……ダメです…まだ…っ…」
「どうしてダメ?」

 玖珂が手を離してくれた一瞬、ホッと気を緩めると下へ降りていった玖珂が渋谷のそれを口に含んだ。
気を抜いていたから余計にその刺激が強く感じ、渋谷は高い声を漏らす。
もう、ダメだと阻止する事もできなくて、苦しくなる息を吐き出しながら渋谷は眦に涙をため込んだ。鈴口を舌で割られ、きつく吸い上げられればそのまま達し てしまいそうになる。いよいよ上り詰めそうになると玖珂はいたずらに愛撫の場所を変えてくるので、いつまでも射精感が昂ぶったままになっていた。

 次々に溢れる雫はとまる事なく溢れ、冷たい感触を自身で感じてしまう。早くイかせて欲しいと口にすることも出来ず、玖珂に涙で濡れた視線を送る事しかできない。張りつめた部分が痛いほどになってきて、渋谷の頬に涙が流れ落ちた。

玖珂はそんな渋谷を見て視線を絡ませるとさらに喉の奥へと屹立を含む。
 我慢している渋谷が、あまりに綺麗で悪戯に長びかせてしまった事を反省し、その分も悦くさせようと唇と指で一気に扱きあげる。柔らかな唇で何度も擦られ、熱い口内で渋谷の屹立はいっそう膨らむ。

「…っぁ、あ、……んっ……っく‥…っ」

 酸欠寸前の体が苦しくて堪らない。食事の際にのんだシャンパンが効いているのかいつもより更に感度を増しているようで、絶え間ない刺激に震えてしまう。

「…ぁあっ……玖珂さ、ん……っ、!!」

 渋谷は溶け込んでいく情欲に身を任せ、一気に精を放った。
最後まで搾り取るように優しく掌でなでられる。昇ってきた玖珂が、苦しげに息を吐く渋谷に口付け、いたわるように汗で張り付いた渋谷の前髪を掻き上げた。
 少し息が落ち着いてくるのを見計らったように玖珂に大きく足を開かされ、指が渋谷の後孔にそっと触れる。

無意識に体に力が入ってしまう渋谷の緊張を解くように、玖珂が太ももや足先に口付けを落としていく。
「……祐一朗」
 名を呼んだ後、玖珂が太腿の内側をきつく吸い上げる。普段、曝されることのないその部分に、玖珂の愛撫が跡を刻んでいく。自分のとらされている体勢の恥 ずかしさに軽い目眩を覚えた渋谷だったが、そんな羞恥心もすぐに消し飛ぶほど玖珂の愛撫が辿る場所が疼いて仕方がない。周りを弄っていた玖珂の指が渋谷の 中へつぷりと埋められる。突然のそれに声も出せず、渋谷はくぐもった声を喉の奥でならした。

「痛くないか?」
指を動かさないまま玖珂が伺うように訊ねてくる。
「平、気……です」
 掠れた声でそう返事をする渋谷に安心したように玖珂は微笑み、中の指を静かに動かし出す。
何度も抱いている渋谷の躯の感じる全ての場所を玖珂の指先は記憶している。それでもまだ探しているような指先は、どんな動きも渋谷には堪らない物で……。

「っ……ぁ……っ…、んん」

 あっという間に再び屹立が頭をもたげる。
 普段の姿からは想像も付かないほど艶を増した渋谷の躯に玖珂は満足そうに目を細めて指を増やしていく。渋谷のこんな姿を見られるのは自分だけなのだとい う事実が、玖珂の欲情に火を点ける。たっぷりと唾液で濡らした指の本数を増やし、ゆっくり開くように広げて十分に受け入れられる状態になったのを確認する と玖珂が指をそっと引き抜いた。

 今まで存在していた指が引き抜かれた事で、渋谷の中は指を追うように収縮を繰り返す。
自分の中へ玖珂が欲しくて、堪らなくなる。躯も、そして渋谷の想いも確実に玖珂を欲して無意識に腰が揺れる。
足を抱えられ、玖珂の先が後孔へ押し当てられ、ゆっくりと渋谷の中へ押し入ってくる。

「……っは、……んんっ……」

 少しの痛みはすぐに快楽に押し流され、繋がった部分の熱の高さに体中が溶けていきそうになる。
目を閉じて浅く息を吐き玖珂の体へ腕を伸ばす。側にいる玖珂の存在全てが愛しくて渋谷は何度も玖珂の体を辿って掌を動かした。すっかり渋谷の蕾へとおさまった玖珂から、愉悦混じりの短い吐息が漏れる。

「ゆう……」
「……玖、珂さん…」
「……今までで一番の、クリスマスだ」
「……俺も……同じ、です……」

 玖珂は「……じゃぁ、一緒だな」と嬉しそうに微笑み、渋谷の腰を引き寄せると動き出した。
擦られる内壁が意志を持ったように玖珂へ絡みつき、その熱も、その形も、全てを覚え込むように締め付ける。奥へと届くように玖珂が律動を繰り返すたびに渋谷も腰を揺らし、より深い場所へと玖珂を誘う。
現実ではないような浮遊感が渋谷を満たし、快楽だけに支配されていく。

「…ぁあっ…く……んっっ…玖珂…ん、もっと……奥、まで、……」
「……っ、あぁ……」

 譫言のように名前を呼ぶことしかできなくなる。
激しく揺れる玖珂からもあがった息づかいが耳に届く。部屋に響く濡れた音と、自分の口から漏れる喘ぎが絶え間なく続き、息苦しいほどの強い快感が渋谷を絶 頂へと押し上げる。入口から一気に最奥を激しく突かれ、胃の辺りまで重く響く。突き上げる際に乱暴にあたる腰骨の感覚さえ渋谷を追い立てる要素となってい く。愛しい玖珂の全てを渋谷もまた、奪いたかった。

「あ、ぁっっ……もう……っ…がさ……っん…!!」
 しがみついた玖珂の背中へ爪を立て、渋谷はぎゅっと目を瞑ると、息を詰めたまま二度目の精を散らした。
強い快感に痙攣し締め付ける渋谷に、玖珂の眉がきつく寄せられ低く声が漏れる。
「……っ、く……祐一朗」
 呻くように渋谷の名前を呼ぶと、追うように玖珂も欲望を解き放つ。
すぐにはおさまらない熱の余韻を逃さないように二人は何度も口付けを交わした。
 
 
 
 
 
     *     *     *
 
 
 
 
 
 何本か煙草を吸って落ち着いた所で、玖珂が先にどうぞと言うので、渋谷は玖珂へバスローブを借りてシャワーを浴びる事にした。バスローブを脱いで風呂場へ足を入れると、全身が映る鏡が設置されている。
 行為のあとで自分の身体を見るのは、どことなく恥ずかしいものがあり、渋谷はすぐにコックを捻りシャワーの水を鏡に勢いよくかけた。身体を洗いながら、初めて玖珂と会った日のことをフと思い出す。

 あの日も、こうして玖珂の部屋でシャワーを貸してもらったのだ。全身の傷と心の傷が、痛くて、悔しくて、惨めで…。
流れ落ちる血の混じった見知らぬ男の精液に震えが止まらなかった。数日間は、嫌な夢ばかり見て精神的にも辛い毎日を過ごしていたあの頃。

 あれから何年も経ったわけではないのに、今ではあの日のことを思い出すことはほとんどない。目に見える傷は時間が経てば完治するが、心に負った傷はそう もいかなかった。それでも、今こうして幸せな日々を過ごす事が出来ているのは、玖珂がずっと側にいてくれたからだ。長い時間をかけて、自分を受け入れて愛 してくれた玖珂の存在。
心の傷は……彼が癒してくれたのだ。

 渋谷は洗い終えた身体にシャワーをかける。玖珂が気を遣って見えない部分にのみ残した口付けの跡が残っている。
赤くなっているその跡を渋谷は愛しそうに指でなぞった。
 
 
 
 
「お先に使わせてもらいました」
「あぁ。……じゃぁ俺も浴びてくるかな」

 リビングへ戻ると玖珂が入れ替わるようにしてシャワーを浴びに行く。渋谷は濡れた髪を拭きながら、大事な事を忘れていたのを思い出した。
 確か、コートのポケットへいれてあったはず。そう思い、自分のコートがかけてあるハンガーへ向かう。
 それを取り出して、風呂から上がってきたら玖珂へ渡そうとテーブルの上へと置いた。濃紺の小箱にシルバーのリボンがかけられている。クリスマスなので、 赤や緑のクリスマスカラーでラッピングをお願いしても良かったのだが、こっちの方が玖珂にあっている気がして、あえてシックな色を選んだのだ。

 玖珂は何でも持っていそうなので、贈り物を何にするかずっと悩んでいたのだが、先日二人でドライブへ行った際に、たまたまキーケースを見るとかなり古い物だったのだ。自分もキーケースはかなりくたびれた物を使っているが、そうそう買い換える物ではない。
 使わないような物を贈っても仕方がないのでプレゼントはキーケースにしようとその時に決めたのだ。


 暫くして、足音が聞こえ玖珂が風呂から上がってきた。その足でキッチンへ向かい、冷蔵庫からビールを三本取り出してくる。
「祐一朗も飲むだろう?」
「はい、頂きます」
 受け取ったビールはかなり冷えていて受け取った指がたちまち冷たくなる。外は寒くても室内の設定温度はかなり高めなので、風呂上がりは結構喉が渇く。
 玖珂は隣りに腰掛け、プルトップをあけると一気にビールをあおった。よほどノドが乾いていたのか、あっというまに一本を開け、すぐに二本目を手に取る。

「玖珂さん。ほんと、お酒強いですよね」
「これでも、昔よりは弱くなったんだがな」

 そう言いながら二本目も空になり、渋谷は呆気にとられて玖珂を見ていた。シャンパンを二人で開けた後、確かウィスキーも何杯か飲んでいたのではなかったか……。昔はもっと強かったというが、間違いなく今もかなり酒に強いと思う。

 飲まないのか?と玖珂に声を掛けられ、漸く渋谷もビールへ口を付けた。
玖珂がそこそこだったら、世間は皆、弱い部類に入ってしまうだろう。そう思いながら一口ビールを流し込むと、風呂上がりの火照った体に冷たいのどごしが爽快に染み渡った。

「玖珂さん、これ」

渋谷はテーブルへ置いてあった先程の包みを玖珂へ渡す。

「ん?俺にくれるのか?」
「はい、俺からのクリスマスプレゼントです」

 開けてみてもいいかと聞く玖珂に渋谷は頷き、玖珂が嬉しそうに包みを開くのを見ていた。好きな相手へと贈り物をするというのは何処か気恥ずかしい物があ る。喜んで貰えるかどうか、プレゼントを選ぶ瞬間から続いている、相手の反応に期待する気持ち。丁寧にリボンをとき、玖珂の指先が小箱の蓋をそっと開く。 薄紙で包まれたその中のキーケースがでてくると、何故か玖珂は驚いた表情をした。

「あの……どうかしましたか?」
「いや……これは、キーケースだろう?」
「ええ。そうですけど……」

 気に入らなかったのかと一瞬不安になり玖珂の表情を窺ってみるがそういうわけではないらしい。不思議に思っていると、玖珂は今渋谷から貰った小箱をテー ブルへと一度置くと、サイドテーブルへと置かれていた包みを渋谷へ苦笑しながら渡す。玖珂が渡してきたのは真っ赤なリボンがかかった黒い箱で大きさは渋谷 が渡した物とほぼ同じサイズだった。

「これは?」
「俺からのクリスマスプレゼントなんだが、……実はキーケースなんだ」
「え?本当ですか?」
「あぁ」

 渋谷も驚き、開けてみてくれという玖珂の前で包みを開いてみる。中から出てきたのは玖珂の言うとおりキーケースだった。渋谷が贈った物とはブランドこそ違うが、色は全く同じ物で、思わず笑みが零れる。
同じ物を買っていたなど、想像もしなかった事だ。

「同じ事考えてたんですね……」
「どうやら、そうみたいだな」

 互いに、有り難うと礼を言い、その偶然に笑い合う。数あるクリスマスプレゼントの中でこうして同じ物を偶然買っていたという事実に嬉しくなる。玖珂から貰ったキーケースを取り出して、中を開いて見ている渋谷に、玖珂は微笑んで言葉を続けた。

「それと……コレ」
「……?」

 玖珂がバスローブのポケットへ忍ばせてあった物を渋谷の掌へのせる。冷たい金属の感覚が渋谷の掌へと伝わる。

「そのキーケースに入れておいてくれ」
「……玖珂さん」

 玖珂がそう言って渋谷へ渡したのは、このマンションの合い鍵だった。渋谷は掌で光る、銀色の合い鍵をじっと見ていた。

「……こんな大切な物、俺が貰ってもいいんですか……?」
「なかなか会えないからな……俺が、寂しいんだよ。その鍵を使って、慰めに来てくれないか?」

 冷んやりとした鍵が、渋谷の体温で少し温む。ぎゅっと鍵を握りしめると、渋谷は頷いた。

「……大事にします」
「あぁ」

 腰に回された腕が渋谷を引き寄せる。玖珂が落とす甘い口付けに渋谷は長い睫をそっと伏せた。



心のスペアキーは互いの中に……、メリークリスマス…………………。
 
 
 
 
 
~fin~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
後書き

読んで下さって有難うございました。本編で色々と回り道をしてやっと結ばれた二人ですが、その後は順調です(笑) 再掲載ですが、サイトの70万ヒット記念のアンケート結果により、こちらの番外編の方をあげさせて頂きました。 またこの二人のその後についても、別の番外編などで追っていくこともありますので、お話しがお気に召しましたらまたフラリと会いにきて下さると嬉しいです。

2016/3/25