そして話は最初へと戻ることになる。
ただの偶然だが、晶が取り出して佐伯へと渡した映画は如何にもな恋愛映画[ロマンスはディナーの後で]だったのである。

「本当にこれが観たいのか?」
「……うん。テレビで前にCM観たような気がするし、レンタルランキング入ってるし」
「……ほう」

 佐伯は棚を見上げて、隣にある店員が書いたPOPに視線を移す。『私だってお姫様みたいな恋がしたい!』とピンクの文字で書かれている。これは女性が観るような映画ではないのかと疑問がわく。晶がこのような映画を好むのは意外な気がするが、本人が観たいというのだから仕方がない。

「仕方ないな、じゃぁコレにするか」
「え?いいの!?」
 思っていたよりあっさりと受け入れた佐伯に渡した張本人がびっくりしていた。
「まぁ、どっちでも構わん」

 些細なことだが、この愛されてる感にくすぐったさを感じてしまう。佐伯は強引な部分も多いが、結構晶へと合わせてくれる事も多いのだ。

「要が選んだやつはさ、前に観たかもしれないなーなんて思ったり思わなかったり……」
「そうか、一度観たならやはり別のがいいだろう」
「はは……は」

 誤魔化すように笑う晶の本当の意味には佐伯は気付いていないように見えた。勿論観た事などないし、今後自分から借りて観ることもないだろう。しかし、口が裂けても言えない。
『血が出る怖い映画とか苦手です』とは。そんな弱みをみせたら最後、何かにつけてその事で馬鹿にされるのがわかっているのだから。
 佐伯は晶の選んだ映画を手に持つとそのままカウンターへと向かった。後ろから晶が着いていって話しかける。

「あれ?一本しか借りねぇの??」
「足りないか?」
「折角だからもう一本ぐらい借りていこうぜ」
「まぁ、そうだな」

 その提案に納得したようで、佐伯はカウンターに向かっていた足をまた棚の方へ向けて歩き出す。しかし晶は、この時にはまだ自分が『もう一本借りよう』等と言った事を激しく後悔する事になるとは思ってもいなかった。アニメの棚を通り抜け、海外のドラマシリーズの棚の脇を曲がり、佐伯は少し満足そうに微笑むと足を止めた。

 晶はもう一本は佐伯の好きなやつを借りればいいと思っていたので、何も考えず着いていったわけだが、足をとめたコーナーの前で一気に血の気が足下へとストンと落ちた。一番端のこのコーナーはホラー映画の棚だった。

「もう一本はここで選ぶぞ。いいな」
「……ここで?」
「あぁ。お前も一緒に探せ。まだ観た事のないものにしろよ?」

――全部観たことがアリマセンガ……コノタナノスベテ……。思わず心の声がカタコトになってしまう。

「本当に………ここで探すの?」
「何だ、嫌なのか?」
「そ、そんな事ねーよ?探せばいいんだろ、うん。ど、どれがいーかなー」

──マジ…………かよ!!

 晶は心の中で絶望する。こんな事ならまださっきの心理なんとかの方がマシだったに違いない。さっき鳴り始めた警笛が心音と重なって耳鳴りがしてきそうである。楽しそうに色々な映画を手に取り、詳細を読んでいる佐伯に気付かれぬように背中を向ける。

 落ち着け、俺。これはある意味チャンスなんだ。そう思い込むことにする。一緒に探せと言っていると言うことは、佐伯も特に決まった映画が観たいわけではないのだ。佐伯がもしとんでもない映画を選択した場合は、あと一回ぐらいは「それはもう観た」発言が使えるだろう。
 そしてその間に、出来るだけおとなしそうで、一番怖くなさそうな映画を自分で探せばいいのだ。そして、それを佐伯へと渡す!完璧な作戦。

 晶はチラチラと棚を見ながら、タイトルでいけそうな映画を片っ端から手に取る。
『卓上のデスゲーム』卓上って言うくらいだから、双六のようなゲームで怖くないはず!
 パッと表紙をみると、何故か顔の半分から上が脳みそむき出しの人物の上でチェスのコマが刺さっていた。ダメージ20、確実に自分のゲージが減ったのを感じ、晶は小さく深呼吸すると棚へと戻す。

『BLACK CAKE』これだ!ケーキって書いてあるし、そんなおぞましい事にはなっていないはず。
 再び表紙を見る。「ふぅ……、……」晶は悟りを開いたように目を閉じて現実から逃避していた。ジャケットには、何かの特殊ウィルスに感染した軍団が檻に閉じ込められ、手前に向かって助けを求めるように手を差し出している。その軍団の半数は皮膚がとけて内臓が飛び出ていた。それもそのはず、よくよく見てみるとCAKEではなくCAGEである。動揺のあまり読み間違えたらしい。
 ダメージ40。次に失敗したら自分のゲージは確実に赤く点滅してしまう。ここはひとつ冷静さを取り戻さねばなるまい。一度大きく深呼吸をしてみる。


 その時だった。フと隣を見ると何やらホラーの棚に似つかわしくないタイトルが目に入った。
 『過ぎ去りし苦悩』誰かが間違ってこの棚へ入れたのかもしれない。晶はそれを引き出してジャケットをみる。草原のような場所で、女の子が一人でブランコに乗っている。裏をみても、古めかしい昔のフィルムのような映像の写真が幾つか載っているだけで、全く怖くなさそうだった。とある少女の記憶の中を映像化と書かれているしこれはいけそうである。ホラーというよりはファンタジーといった感じである。
 やっと見つけた救いを手に、晶は佐伯へと声をかけた。

「要、これにしようぜ」
「ん?見せて見ろ」

 晶からDVDを取り上げると佐伯は感心したように頷きすぐに「これにしよう」と受け入れてくれた。何に感心したのかその意味は分かりかねたが、佐伯の気が変わる前にとっととこの恐るべしコーナーから脱出したくて、晶は先程の恋愛映画と二本を持つと足早に会計へと向かう。

 佐伯が会計をすませ二本のDVDを借りた二人はレンタルショップを出た。
店に向かっていた時は薄い日差しが差していたが、今はすっかり太陽の日差しは影を潜め重苦しい雲が低く空を覆っていた。今すぐ雨が降ってくる事はないだろうが、深夜になったら降り出すのかもしれない。

 薄暗い天候のせいで外気は結構冷たい。佐伯の自宅までの道を歩きながら少し前を歩く佐伯の背中を見る。こうして二人で外出している時にはだいたい佐伯との距離があいてしまう。隣に並んでも、互いにこれ以上接近しないという空間がある。
 その距離が嫌なわけではない。互いに社会的な立場からして公衆の面前で男といちゃつくわけにいかないのもわかっている。だけど……。――相手が女だったら、手を繋いだりする、よな……――そう思うとちょっぴり残念な気分になる。両手を自分のポケットにいれ、吹く風に向かって歩きなら「まぁ、仕方がないか」と思い直す。

 指先を絡めていなくたって、佐伯とはちゃんと繋がっている。晶はポケットの中の手をぎゅっと握りしめた。
暫く歩いていると、急に思い出したように佐伯が振り向き、歩む速度を緩める。

「それにしても……。俺が探していた物がよくわかったな?晶」
「え?探してたって?」
「さっきの映画だ。前から一度観たいと思っていたんだが、失念していた。この店は結構品揃えが充実しているな」
「へ、へぇ……そうなん?偶然っしょ」
「偶然?……お前も興味があって選んだんじゃないのか?」
「……いや、面白そうかなって思っただけだけど。あれそんなに有名なんだ?」
「そうだな。ある意味有名だ。まぁ、俺も評判しか知らないんだが」

 間違っても、一番怖くなさそうだったから等とは言えない晶は適当に相槌を打って「評判って?」とその先を促す。佐伯は知人の医者で趣味が合うやつがいて、そこから情報を聞いたと前置きすると話し出した。

「あの映画は、ホラーの中でも一番怖いと言われている。まぁ、タイトルがらしくないからな。侮るやつが多いらしいが」

 まるで獲物を発見した獣のように喜びつつそんな事を言ってくる佐伯の言葉を聞きながら、晶は自分がとんでもない映画を選んでしまった事を激しく後悔していた。間違ってあそこの棚にあったわけではなく、正真正銘あのコーナーに相応しい映画だったようである。晶はジャケットを思い出して、まだ中身を鑑賞してもいないのに背筋がゾクリと寒くなるのを感じた。

「……そうなんだ……。そ、それは楽しみだな~」
「あぁ、見た後は一週間くらい悪夢にうなされるらしいぞ。まぁ、それはうたい文句だろうがな」

──一週間悪夢にうなされる映画ってどんな!?

 そんな映画を作った監督にまで腹が立ってきそうになる。完全な八つ当たりでもしなければいられない気分だった。佐伯が最初に選んでよこした猟奇殺人のサスペンス映画を見た時から、これはまずいなとは思っていたが、まさかここまでマニアックにホラー映画を好むとは知らなかった。つくづく趣味が合わないと実感する。折角の今からの二人きりのデートも気が重くなってしまう。まるで罰ゲームである。

 映画を観るだけならまだいいとして、それが苦手である事を隠しつつ鑑賞しなければいけないのである。
 口数の減ったまま、佐伯のマンションへと辿り着き、部屋へとあがる晶の背中を見て、佐伯がおかしそうに笑いを堪えている事に晶は気付いていなかった。






 勝手知ったるなんとかで、晶は慣れた様子で部屋へあがると窓際へ寄って一層暗くなった空を見上げる。

「雨、降るかな?」
「さぁな」

 佐伯は曇天による部屋の暗さのため明かりをつけると、一服しながら借りてきた映画を取り出して解説を読んでいる。煙草を吸い終わると、プレイヤーにDVDをセットし、居間へと戻ってきてリモコンを手に取り腰を下ろした。
 居間にあるテレビは遠くからでも全く問題のない60型で、しかも、せっかく防音マンションだからという理由でつけたという5.1サラウンドシステムのスピーカーが接続されている為、音響は映画館さながらだった。

 晶は覚悟を決めて佐伯の隣に同じように腰を降ろす。先にどちらを観るのかとドキドキしていると、流れ出した音楽に乗ってタイトルが表示される。どうやら、先に観るのは[ロマンスはディナーの後で]のようだ。とりあえず晶はほっと胸をなで下ろすとソファの背もたれへと体を沈めた。

「じゃぁ、観始めるぞ?」
「オッケー」

 流行のロックバンド(と言ってもバラードしか歌ってるのを見た事がないが)の主題歌らしき歌が流れてはじまった映画は、はっきりいって想像通りだった。可もなく不可もなく。特別ぐっとくる展開もない。普通のOLである主人公が、あるきっかけで大手企業の社長と出会い、恋に落ちるシンデレラストーリーである。女性が憧れる夢物語なのかもしれないが、男の自分がみても特に何も感じない。そんな事より、晶は次に来るであろう例の映画の事で頭が一杯になっていた。

 隣の佐伯をちらりと見るとやはりたいして面白くないと思っているのか煙草をくわえたまま肘掛けに頬杖をついている。思っていたより長く感じて、次第に晶も眠気が襲ってくる。1位のアクション物にしておけばよかった。晶はヒーローの等身大パネルを思いだし、自分が選んだ映画がここまで退屈な物だったのが少し申し訳ない気持ちになる。

 漸くエンディングが流れて来た頃、何度目かの欠伸をかみ殺し晶は「やっと終わった~」とでもいうように凝った首を回した。

「んー、……あんま面白くなかったな~これ」
「そうか?こんなもんだろう」

 気を遣っているのかまぁまぁ面白かったのか。佐伯はそんな事を言った。勿論結末はHappyendで、面白くはないが後味は悪くないのかもしれない。
 佐伯が一度映画を停止し、DVDを入れ替えるために立ち上がる。いよいよである。例の恐ろしい映画をセットすると一度晶へと振り向く。

「何か飲むか。お前もコーヒーでいいだろう?」
「うん、宜しく~。と……、俺ちょーっとその前にトイレ行ってこよっかなー……」

 独り言のようにそう言い置くと晶は立ち上がった。心の準備が必要だ。居間を出て行った晶の姿が見えなくなると、佐伯は先程から堪えていた笑いを我慢できずにくすりと笑った。