俺の男に手を出すな 4-13


 

「メールは……まだ、無し……か……」 
 
 晶は溜息をついたあと、携帯を何度も確認しては、落ち着かない様子で店の裏手にあるロッカールームをうろうろしていた。店がオープンするのはまだかなり先ではあるが、今日は同伴の約束もあるので夕方には待ち合わせ場所に向かわなければいけない。現在時刻は三時半を過ぎた所である。 
 
 控えめのピンストライプのスーツのポケットから愛用の煙草を取り出し、手を翳して火を点ける。まるで受験発表の合否を控えた学生のような気分である。 
 原因は一つ、今日が佐伯の公開オペ執刀日だからだった。 
 短く煙草を吸い込んでは吐き出す時に目を閉じて、――落ち着け自分! と何度も言い聞かせる。ここでこうして気を揉んでいても事態は何一つ変わらないのもわかっている。 
 佐伯にはあんな事を言ったが、晶としてもやはり心配は心配なのである。 
 
 先日話し合って以来、佐伯は以前と比べて現在の状況を教えてくれるようにはなった。といっても、ごくごく短いメールだったが、何も知らせてこないよりはずっといい。 
 前日入りしていた佐伯は昨日からもう大阪へ行っていて、夜に電話を掛けた時には茗渓大での最終打ち合わせを終えて街中のホテルに到着し、風呂も済ませて寝る所だと言っていた。 
 
 いつもより少し長く話した物の、オペの事に特に触れる事もなく……、話した事といえば、晶の店に新人が一人入ったという話や、三号店の下見に玖珂と共に行った事等。 
 自分ばかり話すのも気が引けるので、「大阪はどうなの? たこ焼き食べた?」と軽く聞いてみたが、佐伯は「夕飯はホテル近くの蕎麦屋で済ませた」とあっさり返してきて、話はそこで終わってしまった。 
 
 何度も途中で「明日の手術頑張れよ」と言おうとしたけれど、そのタイミングが掴めず、最後の最後になって話の腰を折ってその言葉を伝えると、佐伯は少しだけ間を開けて一言返してきた。 
 
――『当然だ』 
 
 少し笑ってそう言った佐伯の声が、いつも通り自信家らしい言い種で、携帯を耳に当てながら酷く安心したのを覚えている。 
 しかし、手術は今日の朝九時からのはずで終わり次第メールすると約束しているのだが、未だにメールが届く気配がないのだ。 
 
――何かあった……とか? 
 
 次第に不安になってくるが、こちらからの連絡はとれない状態である。 
 やきもきしながら待っていたが、結局四時を過ぎても佐伯からのメールは届かず、灰皿へ溜まっていく吸い殻の本数が増える一方だった。晶は最後の一本をもみ消すと、仕方がないので店を出て、同伴の待ち合わせ場所へと向かった。 
 
 
 
 
 
 
 六本木駅前のコーヒーショップに入り、ひとまずコーヒーを注文して通りが見渡せる窓際へと腰を下ろす。四時過ぎともなるともうこの季節では結構辺りは暗くなってくる。 
 ネオンがちらほら灯りだした通りでは、夜に繋がる時間がゆっくりと流れているのが見える気がする。目の前の信号が赤、青、黄と変わっていくのを何気なく目で追いながらコーヒーカップに口を付ける。 
 
 今、佐伯は遠くにいるのだなと改めて思うと少し不思議な感覚がした。会っていない時だって、同じ駅を使っている職場というのもあって、何となくすぐそこにいる気がしているのに、今はそれがない。 
 
 今回は明後日にはもう戻ってくると言っていたけれど、本当に大阪へ行ってしまったら、もういつ戻ってくるのかさえわからなくなるのだ。寂しい……、何て絶対に口に出来ない。だけど、きっと自分はそう思ってしまうのだろう。来月の今頃は、どうしているんだろうな……。 
 そんな事をぼーっと考えていると、辺りはすっかり暗くなっていて、目の前に待ち合わせをした女性客が既に座っていた。 
 
「晶?」 
「うわ、びっくりした。紗椰ちゃん来てたんだ。ごめん! 気付かなくて」 
「なぁに? 何か考え事? 真面目な顔して外見てるとか珍しいじゃん」 
 
 そう言いながらブランドのバックから細めのメンソールを取り出して唇に運ぶ。彼女の煙草の先に、晶の擦ったマッチがかざされると、少し身を乗り出して火を受け取った彼女は一度吸い込んで、整った小さな唇から細く紫煙を吐き出した。 
 
「いや、たいした事じゃないんだけどさ。ってか、俺みたいに真面目な男つかまえて、珍しいとか何言ってんの」 
「何処に真面目な男がいるのかしら?」 
「ここです」 
 
 真顔で自分を指さす晶に、彼女が吹き出す。細い指にはめられたゴールドの指輪が、窓ガラスに反射してきらりと光る。薄く口紅の跡が残った煙草から落ちそうになった灰を灰皿で軽く落とすと、彼女は片手で頬杖をついて晶の方へ視線を向けた。 
 
「でも、ホントに何か悩みあったら聞いてあげるよ~? 私、お姉さんだしね」 
「――サンキュ、頼りにしてます。お姉様」 
「ふふ、調子いいんだから。で、今日なんだけど、どうする? 晶、何か食べたい物ある?」 
「あー、俺は紗椰ちゃんに合わせるけど、どっか行きたい店ある?」 
「うーん、最近新しい店行くことないから。行った事ない店がいいかなって思ってるんだけど」 
「OK~! んじゃここ出て散歩しながら新規開拓しよっか。ここら辺、知り尽くしてる感あるっちゃあるけど、少し足伸ばせば見つかるっしょ」 
「そうね、じゃぁそうしましょ」 
「でも、気分的にはイタリアンって感じ?」 
「あら、どうして?」 
 
 晶がにっと笑って女性客の腰に一瞬だけ手を回す。 
 
「紗椰ちゃんが今日来てる服。これトマト色だからさ」 
「なにそれ、単純な発想ね」 
「いつものシックな格好も好きだけど、今日の服もすげぇ似合ってるよ。元がいいから、ちょい服が負け気味だけどね」 
「ありがと」 
「紗椰ちゃんのオーラ、今夜も眩っしー」 
「ほーら、馬鹿なこと言ってないで、行くよ」 
「えぇ。マジなのに~。あしらわれてる俺、可哀想すぎない?」 
 
 席を立って二人で笑いながら店を出る。車道側に身を置き、晶がそっと手に触れると女性客も指を絡ませる。ぎゅっと力を入れてしまえば折れそうなその指先は、男の庇護欲を刺激する。 
 佐伯の指も案外細くて如何にも外科医のような繊細な指先ではあるが、力はかなり強いのでぎゅっとした場合多分折れるのは自分の方だと思う。やはり全く別物だなと考え、晶は少しだけ苦笑する。 
 
 話ながら暫く方向を変えて歩いていると、路地を曲がった所で晶のプライベートの携帯がポケットで振動した。 
――要だ! 
 そう思う物の、同伴中の今、携帯を見るのは本来なら失礼なのでするべきではない。とわかってはいたが、どうしても我慢できなかった。 
 
「紗椰ちゃん、ごめん! ちょっとメール見ても良いかな?」 
「うん、どうぞ?」 
 
 断りを入れて素早くメール画面を見ると、手術が無事成功した旨が記載されていた。一人だったらリアクションを取るぐらい嬉しかったが、晶は平静を装って携帯を元のポケットへとすぐにしまった。 
 しかし、元々感情をあまり隠せない性格なので、そんな晶に鋭くツッコミが入ってしまう。 
 
「なんだか晶、嬉しそうね。いいお知らせ?」 
「え!? あー、うん。えっと、……まぁ、そうかな」 
「えー? 気になる~! 何のお知らせか白状しなさいよ」 
「いや、ちょっとね。今日、知り合いの手術があってさ、それが成功したってメール」 
「あっ、……そうなんだ。おめでとう! だから最初あんな真面目な顔で考え事してるように見えたのね。お知り合いの方?」 
「うん、そそ。知り合いってか、友達」 
「まだ若いんでしょう? 大変だったね……。でも、良かったじゃない。手術成功して、安心した?」 
「うん、マジ……良かった」 
 
 手術が成功したと聞けば、執刀した方ではなく、手術を受けた方と思うのは当然だろう。そこを訂正するつもりもないし、逆にその方が都合も良い。一緒に喜んでくれているその姿に少し胸が痛むが、晶は話題を変えるように口を開いた。 
 
「あ! そこの店、俺知らないかも。雰囲気良さそうだったらそこにしてみる?」 
「ほんとね、私も初めて見たかも。いつ出来たのかしら」 
 
 すぐそこのビルの一、二階に新しい店が出来ていたのだ。すでにオープンしているようで、オレンジ色の温かな光が通りを明るく照らし、洒落た看板が風でゆらゆらと揺れている。店に近づくにつれ、美味しそうな匂いが漂ってきた。 
 
「結構今、店潰れてる所もあるからな~。前に何があったっけ? 俺、覚えてないけど」 
「私も覚えてないかも……。折角だし、行ってみましょ。乾杯しなくちゃね? お友達の手術成功を祝って」 
「有難う……。ってか俺ら、結構遠くまで来ちゃってない? 店帰る時、タクんないとやばそう」 
「ほんとね」 
 
 笑いながら晶が手を引いて少し足を速める。後ろからついてくる彼女のヒールがアスファルトに硬質な音を立てた。 
 
 
 
     *     *     *  
 
 
 
 晶へとメールを打った後、佐伯は静かに携帯をしまうとガラス張りの渡り廊下の手摺りに軽く腰掛けて外の景色に視線を向けた。外はもうすっかり暗い。 
 朝にオペ室に入って、出てきたらもうこの有様なので日中がどんな天気だったのかさえわからない。目の前に広がる見慣れない景色。 
 手入れの行き届いた人工的な中庭を見渡せるその廊下で遠くを見ていると、ぼんやりと晶の顔が浮かんでくる。 
 
 昨夜の晶との電話を思い出して、佐伯は僅かに口元を緩めた。 
 いつも通り、話を続けながらも感じていた。晶が何かを言いたそうにしているのを。 
 最後になって、脈力もなく言い出した手術の話に思わず苦笑した物だ。普段は器用な部分が目立つ晶は、こういう時には時々驚く程不器用で、そこが可愛らしい所でもあるがそのバランスの悪さにいつも笑いを禁じ得ない。 
 
 先日自宅マンションへ押しかけてきて、怒ったり泣いたりと目まぐるしく感情を露わにしてきた晶の言った言葉。 
 
――もし手術が失敗しても俺は別れるつもりねーから。 
 
 それは、どんな励ましの言葉より、佐伯の中にズシリと響いた。自分でも気付かないうちに、その言葉を求めていたのかも知れない。 
 相手が望む言葉を与えるのは、簡単に見えてその実難しいように思う。少なくとも、相手の感情を顧みなかった今までの佐伯には中々してやれない事でもあった。ホストという職で培っただけではなく、晶は最初からそういう事に長けているのだ。 
 
――今頃、晶は何を考え何処で何をしているのだろうか。 
 
 フと思う。こう考えることも、ひとつの愛情の形なのだろうと……。 
 オペの最中、幾度か予想外の事態があったが冷静に対処でき、結果的に一つのミスもなく命を救えたのは、晶がいたおかげなのかもしれない。 
 
 オペを終えた後、湧き上がった拍手や、かけられた賞賛の言葉の数々。 
 やりきったのだと言う満足感の後、一番聞きたかったのは拍手でも周りの声でもなく、――晶の声だった。 
 
「要! お疲れ! 俺もマジ嬉しい!!」そんな風に言って笑顔を向けてくる晶は、今すぐに会う事が出来ない場所にいる。 
 佐伯は深く息を吸うと、命を繋げられた喜びにしばし浸り、手術後から小さく震える指先が治まってきたのを感じて、白衣のポケットから手を出し、腰を上げた。 
 廊下を歩きだした佐伯の背中に、先程まで一緒にいた聞き覚えのある声が届く。 
 
「佐伯先生、こんな所にいらっしゃったんですか。探しましたよ」 
「……すみません。少し院内を見学させてもらっていました」 
「今見なくても、もうすぐ職場になるんだからそう焦らず、ね」 
「そうですね」 
 
 オペが成功したと同時に、鈴川との約束は達成され佐伯が茗渓大の消化器外科へ異動し、助教授になる事は決定した。酷く機嫌が良さそうな鈴川が隣に並んで、今日のオペについて様々な賞賛を再び浴びせてくる。 
 
「心臓血管外科の石田教授なんか、あのオペをみて真っ青になってましたよ。日本の医師にもこんな人間がいるんだなってね」 
 
 鈴川に背中を景気よく叩かれ、佐伯はぎこちない笑みを浮かべた。 
 
「そう仰って頂けて光栄です。ですが、きっと私以外にも沢山いらっしゃると思いますが」 
「いやぁ、どうかな。まぁ、いるかもしれないけどね」 
「成功して良かったです」 
「うんうん、本当にお疲れ様!佐伯先生――あ、ところで、今夜はこの後の食事会には顔を出してくれるんだよね?」 
「ええ、そのつもりです。どうせホテルに帰って寝るだけなので」 
「それは、良かった。時間と場所はさっき渡した用紙に書いてあるからね。この病院の近くだから、佐伯先生もすぐわかると思うけど、もしわからなかったら連絡下さい」 
「わかりました」 
「それじゃ、また後でお会いしましょう」 
「はい、お疲れ様です」  
 
 鼻歌でも歌い出しそうに軽い足取りで鈴川は佐伯とは逆方向へ消えていった。佐伯は荷物を纏めて一度宿泊先のホテルへ戻る事にし、医局へと向かう。 
 気の早い鈴川が最初から用意していたのか、外科医局にはすでに佐伯のデスクがあるのだ。吹き抜けになっている一階エントランスの受付は外来時間が過ぎているのでしまってはいたが、事務の職員がまだ表で仕事中のようである。 
 
 今佐伯のいる敬愛会総合病院の2倍はあるエントランスは中央に熱帯魚が泳ぐ巨大な水槽があり、その周りに小さな花壇まで作られている。 
 衛生上実際の生の土や花が使われているわけではなく造花ではあるが、ぱっと見は区別がつかないほどのリアルな花々だ。これは鈴川に聞いた話だが、その花壇は空気清浄機の機能も備えており、マイナスイオンを発生させているのだとか。 
 まるでちょっとした展示場のようである。 
 
 螺旋状に緩くカーブする階段をゆっくり下りて、佐伯はERの入り口で一度足を止めた。処置室では丁度患者が運び込まれたのか数人のERの医師が処置にあたっている。 
 好きに見学して良いという許可を貰っていたので、邪魔にならない入り口の脇へ寄って佐伯は暫くその光景を観察していた。飛び交う聞き慣れた単語に、嗅ぎ慣れた血と消毒の何とも言えない匂い。どんなに最先端を誇る病院であっても、この光景だけは変わらなかった。 
 
 生々しい現場、命を繋ぐ機械音とツンと鼻につく薬剤の匂い、――そして、張り詰める緊張感。 
 患者を救うためだけに動く医師や看護師の真剣な表情。 
 自分が求めていた物が、目の前に確かに存在した。佐伯は満足そうに頷くと、そのまま処置室を出て再び医局へと足を向けた。 
 新たな一歩を踏み出す舞台をここに決めて良かったと思う。 
 
 
 
 医局へ戻って一通り挨拶をし、後で店に顔を出すことを告げて病院を後にする。駅からも近いので、宿泊しているホテルも目と鼻の先である。 
 賑わう繁華街の人混みを縫って歩きながら、どこの若者も変わらないなと当然の事を思う。派手な身なりの男を見つけると晶と重ねてしまうのは、もう癖のような物なのかもしれない。佐伯は辿り着いたホテルのフロントで鍵を貰い、部屋へ向かった。 
 
 
 
*     *     * 
 
 
 
 佐伯の改めての紹介と手術成功の祝いを兼ねた飲み会が終わり、ホテルの部屋へと戻ったのは十一時を過ぎた頃であった。どうせ出ることが出来ないので、携帯の電源を落としていたのを思い出し、佐伯は少し酔って重い体でベッドへ腰掛け、胸ポケットから携帯を取りだして電源を入れた。 
 
 と、同時に携帯が着信を知らせるために振動しだし、佐伯は驚いてかけてきた相手を見る。グリーンの受話器が揺れる画像の下に『三上 晶』と表示されている。 
 佐伯は髪をかき上げて携帯を耳へと当てた。 
 
『お! やっと繋がった!』 
「今まで電源を切っていたからな。今宿に戻った所だ」 
『そうかなって思ってたから、何度か電話してたんだけどさ、俺まだ営業中だから』 
「そうか」 
『夕方……、メール、サンキュ。おめでとう! すげぇ嬉しかったし、安心した……』 
「ああ、俺も一安心している。お前にも心配を掛けてすまなかったな」 
『な、なにそのしおらしい台詞。こえーんだけど』 
「たまにはいいだろう?」 
『うん……。これでさ……その……』 
「何だ?」 
『決定した、んだよな……? 大阪行くの……』 
「そうだな」 
 
 店の外へ出て掛けているからなのか受話口で雑音が混じる。その雑音の中で小さく晶が「……そっか」と呟くのが聞こえた。安心と少しの切なさが混ざったようなその声に、晶の複雑な胸の内を知る。少しの間沈黙が流れ、佐伯も静かな部屋の中で息を呑んだ。 
 
『じゃぁさ、今度から佐伯先生じゃなくて、佐伯助教授とか呼ばれんの? すげーかっこいいじゃん』 
「そこはいちいち役職名では呼ばんだろう。先生のままだと思うが?」 
『そっか……。そー、だよな』 
「晶……」 
『――、…………なに?』 
「お前がいてくれたから、今回のオペを成功させる事が出来た。感謝している」 
『……っ、……やめろよ……、調子狂うだろ、そういうの……』 
「俺が近くにいなくて、寂しいか……?」 
『さ、……』 
 
 晶の息づかいが微かに乱れ、大きく息を吸う音が耳に届く。 
 
『寂しいわけ……、ないだろ。今日とか、同伴からの出勤だったし、アフターの予定もあるし、要のこと考えてる暇とか全然ねーから』 
「ほう、繁盛しているようで何よりだな」 
『そうそう、ってか、要が実は寂しいんじゃねーの? 涙で枕濡らしちゃうとかさ』 
「……フッ……、そうかもな」 
『――え?』 
「冗談に決まっているだろう。真に受けるな」 
 
 佐伯が苦笑するのに釣られて晶も受話口で小さく笑う。 
 
『俺、そろそろ店戻らねーと……。あのさ』 
「ん?」 
『本当に今日は、おめでとう。……要、……愛してるぜ』 
「ああ、俺も愛している」 
 
 改まって互いにこんな事を口にする事は滅多に無い。だけど、今は伝えるときだと、そう思ったのだ。 
 照れたような晶がその後、忙しなく最後の挨拶を口にしてすぐに通話を切った。携帯のディスプレイが暗くなり、浮かんでいた『三上 晶』の文字が消えていく。 
 
 先程まで少し酔いが回っていたが、今はすっかりそれも覚め、入れ替わるように疲れが押し寄せてくる。シャワーを浴びて早めに寝るかと、佐伯はゆっくりとベッドから腰を上げた。 
 
 着ていたスーツの上着を脱いでクローゼットへとかけ、ふと窓の外に目を向けると強く輝く星が真っ暗な夜空にひとつだけ浮かんでいるように見えた。窓辺によってよく見てみると、星はひとつだけでなく周りにも幾つかある。 
 孤高に見えたその星は、ちゃんと見渡せば周りの星と繋がっているのだ。――晶も同じ星を見ただろうか。柄にもなくそんな事を考えている自分に苦笑いが浮かぶ。 
 
 佐伯は窓の脇に緩く纏まっていたベージュのカーテンに手を掛け、一日を締めくくるように静かに夜の景色を閉じた。