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 霧が立ちこめる深い森の中で、澪は何かが近くに寄ってくる気配を感じて静かに背後へと振り向いた。野生の鹿なのだろうか、まだ子鹿であり細い足を真っ直ぐに伸ばして澪を見ている。視線を返せば子鹿はくるりとした目を何度か瞬かせた。 
 動物と会話が出来るわけでもなく、何かに気付いて欲しそうではあるがその視線の含む意味には気付けない。一歩だけ距離を詰め、澪は子鹿を見下ろした。 
 
「お前も、迷子なの?」 
 
 自分でそう言ってハッと気付く。今自分が立っている場所も、辺りの森も見知らぬ場所なのだ。迷っているという自覚はなかったが、行き先も思い出せない。 
 
 辿ってきたであろう背後の獣道をじっくり観察しても、どうやって歩いてきたのかさえ記憶が無かった。ここからどちらの方面へ向かって進めば良いのだろう。いつも出歩いている普段着のままだし、何も持っていない。濃い霧のせいで、森を抜ける目印になるような光の射す場所も見当たらなかった。 
 
――参ったな……。 
 
 澪が溜め息をついてみても、それは霧の中に吸い込まれるだけだった。澪は子鹿の目の前に屈んで、その頭をそっと撫でる。こんな人のいなそうな森の中で人間に出会った事が無いのか、子鹿は驚いたように二歩ほど飛び跳ねて後ずさった。 
 
 片足を庇うようにした動きをみて自然に視線が子鹿の足下へ向く。子鹿は足を怪我していた。右足の途中に血が滲んだ跡がある。痛々しいその傷を見て、澪は眉を顰めた。岩にでもぶつけた? 
 もう一度怖がらせないように近づいて、何度か声を掛けて体へそっと触れる。今度は子鹿は逃げることは無かった。 
 
「どこで怪我したんだ?」 
 
 返事が返ってこない事を承知で問いかけ、澪はポケットに入っていたハンカチを取り出すと、子鹿の足の怪我の場所にぎゅっと縛ってやった。ストライプ柄のハンカチに少しだけ血が滲み色を変える。野生の動物は治癒力もあるだろうから、きつく縛ったハンカチがほどける頃には血も止まるだろう。 
 知識も薬も無いので、してやれる事はこれぐらいしかなかった。 
 
 子鹿はハンカチが気になるのか、しきりに足を動かして外そうと試みるがかなりきつく縛ったのでそう簡単にとれるはずもない。 
 
「ほら、暴れんなって……折角縛ったのがとれちゃうだろ」 
 
 澪がその動作を止めるように手を伸ばすと、子鹿は一度だけ澪をじっと見つめたあと、左右の耳を交互に動かし、森の中へ駆けて行ってしまった。 
 後を追おうと足を踏み出したが、走って追いつける速度でもなく、視界も悪いのですぐに見失ってしまう。 
 
 仕方なく、あてもなく森の中を歩いているとやけに喉が渇いてくる。運良くペットボトルを持っているわけでもなく、近くに飲めるような水が湧いている様子もない。 
 
 歩いても歩いても、全く周りの景色に変化は無かった。それどころか、同じ場所を何度か通った気さえする。特徴的な枝の生え方をしている樹の傍によって、幹に拾った石で印をつけてみたが、こんな事をしても、同じ場所を通ったかどうかの確認でしかなく、道標になるわけでもない。 
 
 時計がないのでどれくらい歩いたかわからないが体感的に二時間近く歩いている気がする。段々体が重くなって、息があがってくる。だけど、ここで立ち止まってしまったら永遠にこの森から抜け出せない気がして、澪は木の幹に手を突きながらでも前へ進んでいった。 
 
 ハァハァと苦しげな自分の呼吸音と、足下に落ちている小枝を時々踏みつける時に鳴るパキッという音以外は何も聞こえない空間。 
 
 前日に降った雨が残っているのか地面は所々水たまりがあり、そうではない場所もぬかるんでいて足がとられそうになる。 
 先程フと思いついて椎堂に連絡してみようと携帯を取り出してみたが電波どころか何故か電源も入らない有様で、何度押してみても画面が点灯する事が無かった。小さく舌打ちして携帯をポケットへと戻したのがかなり前に感じる。 
 
――ここは一体どこなのか。 
 
 霧のせいだけでなく、視界が徐々に霞んでくる。木の幹を支えにし掌をあてて進んだせいで、細かい傷が無数に出来ており、血が滲んでいる場所がズキズキと痛む。 
 澪は一度足を止め、膝に両手を突いて前屈みになると何とか呼吸を整えた。額から汗が一筋流れてきて、手の甲でそれを拭う。  
 
 再び歩き出してまた暫くすると、さっきまでは時々だった目眩が酷くなり、まっすぐに歩くことも出来なくなってきた。森の木々の緑がパレットで溶いた水彩絵の具のようにぐるりと視界の中で渦を巻く。澪の足が絡まって、次第にその動きを止めた。 
 
「……っ、」 
 
 ぬかるんでいる地面に膝を突いて、必死で酸素を求め荒い呼吸を繰り返す。 
 
――早く帰らないと、誠二が心配する―― 
――澪!? 何処に行ってたの? 心配したよ、ずっと探したけどいないから……。 
 
 そう言って、泣きそうな顔で眉を下げる椎堂の顔が頭に浮かんでは消えていく。急がないとと思うのに何処へ向かっていいかわからない。何とか立ち上がって少しだけ進むと一気に森が開けて目の前には湖が広がっていた。 
 湖面がいっさい揺れないほどの静かな湖、湖には朽ちかけたような木のボートが岸に打たれた杭に繋がれて浮かんでいる。気配を感じて横を見ると、いつのまにか先程の子鹿が隣に佇んでいた。 
 
 疲れて座り込み、立ち上がれない澪の側に寄ってきて、子鹿が鼻先で澪の髪をつつく。地面に着いている手も泥だらけで、体力も尽きている。澪は、泥を服で拭って、すり寄ってくる子鹿の頬に掌を伸ばした。 
 
「早く帰んな、お前も、待っている奴がいるだろ……」 
 
 子鹿は何度か澪に振り向きながら、何故か次第に湖の方へ向かっていく。足下が湖に浸かり、そのままどんどん深い場所へと進むのを見て、澪が焦って声を上げた。 
 
「待てって、何してんだよ! 危ないから、戻ってこい」 
 
 澪の声に何も反応しない子鹿は、体の半分がもう湖の中である。このままでは溺れ死んでしまう。澪は力を振り絞って子鹿を追って湖へと四つん這いになり這っていったが間に合わず、目の前で子鹿はついにぶくぶくと沈んでいった。その姿を見て澪は言葉を失い、悔しさから泥を掴んで何かを叫ぶ。 
 
 少しして湖の湖面には、先程澪が縛ってやったハンカチがふわりと――浮かんできた。 
 
 
 
 
 
「澪、ねぇ、澪ってば」 
 
 聞き慣れた椎堂の声が遠くから聞こえる気がする。携帯の電源が復活して電話がかかってきた? 目を閉じたまま何となくそんな事を考えつつもう一度その声が聞きたいと願う。 
 
「澪!」 
 
 今度ははっきりと椎堂の声が聞こえ、その声に導かれるように澪はゆっくりと目を開けた。間近に迫った椎堂の顔が、自分の目の前で心配そうに歪む。 
 
――あぁ、やっぱり誠二はこんな顔で心配するんだな。 
 
 先程想像していたのと同じその表情に納得した所で、澪は何度か瞬きをして体をゆっくりと起こした。 
 
「……あれ、」 
 
 森の中に居たはずなのに、視界に飛び込んだのは自宅の居間で、体にはタオルケットがかけられていた。漸く何もかもがただの夢だったのだと理解する……。未だフワフワする寝覚めの頭を振って、澪は息を吐いた。 
 どうやら、帰宅してソファで仮眠をしていたらそのまま寝入ってしまったようである。 
 
「澪、大丈夫?」 
「え? ……ああ」 
「……良かった。凄いうなされてたんだよ。起こしちゃ悪いかなと思ったんだけど……」 
「そうか、ごめん。ちょっと変な夢見てた」 
「そうなの? 大丈夫ならいいんだけど……。どこか具合が悪いとかじゃないよね? 帰ってきたら寝てたから体調が悪いのかなって、ちょっと心配しちゃったよ」 
「大丈夫。うたた寝してたらマジ寝しちゃっただけだから」 
 
 ごめん、ともう一度言って椎堂の頭を撫でると、椎堂は漸く安心したように笑みを浮かべた。澪はソファに座り直して、目を擦る。最近滅多に夢なんか見ることが無いのに、こんなおかしな夢を見たのは、ソファで窮屈な状態で寝てしまったせいなのかもしれない。居間にあるソファは二人がけよりやや広めではあるが、澪が足を伸ばして楽に眠れるほどの長さはないのだ。 
 
 気分の悪いおかしな夢だったのは覚えているが、今咄嗟に詳細を思い出そうとしてもすっかり忘れてしまっていた。変な角度で寝てしまったせいで痛くなった首に片手を当てて回すと澪は一度欠伸を噛み殺した。 
 
「今、何時?」 
「えっと、六時だよ」 
 
 帰宅したのが四時頃で、少ししてからなので一時間ちょっと寝てしまった計算になる。 
 
「そっか、ちょっと顔洗ってくる」 
 
 澪はゆっくり腰を上げると、洗面へと向かった。蛇口を勢いよく捻って水道を流しっぱなしにし、何度か冷たい水で顔を洗う。漸く頭がスッキリしてきて、手近にあったタオルで顔を拭いて鏡の中に写る自分を見ると、先程の夢の内容が急に思い出された。 
 
 湖に沈んでいった助けられなかった子鹿の最期。浮かんできた自分のハンカチ。全く意味が分からないし、最悪な夢である。 
 澪は使ったタオルを洗濯カゴへと放り投げて、軽く溜め息をつき居間へと戻った。 
 
 少し暗くなった部屋に椎堂が電気を付け、そのままキッチンへと向かう後ろ姿が見えた。あんな得体の知れない事が現実で起こったらホラー映画である。心底夢で良かったと思いながら、澪は食卓の椅子を引いて腰掛けた。夕飯の準備をしようとしている椎堂が冷蔵庫の奥の物を取り出そうと踵を浮かせている。巨大な冷蔵庫の最上部の奥にある物は非常に取り出し辛いのだ。 
 澪はそれを見ると腰を上げ、キッチンへと入り椎堂の背中越しに腕を伸ばす。 
 
「どれ取りたいの?」 
「あ、えーっと、奥の豆の瓶とドライトマトの開けてあるやつ」 
 
 椎堂に言われたとおりの物を取り出し、ついでに豆の瓶の蓋も開けて、調理台にことりと置く。「有難う」と笑って振り向いた椎堂が早速調理に取りかかるのを見ながら、澪は背後に立ったまま声を掛けた。 
 
「今日、高木さんに会ったよ」 
「え?? 病院で?」 
 
 椎堂が振り向いて尋ねてくる。 
 
「うん、そう。検診の後で声掛けられて、一緒に昼飯食った」 
「えぇ!? 高木先輩と二人で??」 
「そう」 
 
 澪も誘われたときは驚いたのだ。椎堂がびっくりするのも無理はない。椎堂は野菜を刻んでいた包丁を持った手を一度止めて、澪に体事振り向いた。 
 
「どこでお昼食べたの? 高木先輩に何か聞かれた?」 
 
 続けざまに質問してくる椎堂に、澪は苦笑いしながら口を開く。 
 
「病院の近くのお茶漬け専門店。いい感じの店だったし、今度連れて行ってやるよ」 
「お茶漬け? そんなお店あったんだね」 
「うん、高木さんも最近見つけたって言ってたし、新しい店なんじゃない?」 
「……そっかそっか……。それで?」 
「あー……。誠二と恋人同士なのかって聞かれた」 
「えっ! 澪は何て答えたの!?」 
「答えたっていうか、付き合ってるって言ったけど、まずかった?」 
 
 椎堂は「えぇ」と落胆した様子を見せた。勝手にバラしたのはやはりよくなかったのか。そう思って少し反省していると椎堂が小さな声でボソっと呟く。 
 
「絶対次に会ったときに、僕、何か言われるよ……」 
「ごめん、でも俺が認めなくてももうバレてるみたいだったけど」 
「そうなの??」 
「うん、空港で会ったときからわかってたって言ってたし」 
「う……最初からって事だね」 
 
 その後、椎堂は別にバラした事はさほど気にしていないらしく、次回会った時に何て言おうかなと、それがひたすら気になっているらしく、ぶつぶつと呟きながら野菜を切っていた。高木は冗談も好きそうだし、椎堂はからかい甲斐のあるタイプなので何となく想像が付く。椎堂が刻んだ野菜をフライパンに投入し、澪はそれを炒めながら隣に並んで話題を変えるように、椎堂の方へと体を向けた。 
 
「誠二は? 昼何食ったの?」 
「えっと、僕はカレーだよ。凄く美味しいお店に連れて行って貰ったんだ」 
「へぇ、良かったな」 
「うん! 澪も連れて行ってあげたいけど結構辛くてね、ちょっと今はまだやめたほうがいいかも」 
「うん、それはやばいな。本当は俺、辛い物結構好きだけど……」 
「再来年くらいに普通に食べれるようになったらだね」 
「再来年……その店まだあるのか疑問だけど」 
「きっとあるよ。なかったら僕が変わりの店を探してきてあげるし! あ、そうだ……。ねぇ……、澪」 
「ん?」 
「僕も言っちゃったんだ……。今日一緒にランチにいった同じチームの先生に」 
「何を?」 
「えっと……、だから、……僕と澪はそういう関係ですって」 
「ふぅん、別にいいんじゃない」 
 
 澪がそう返した途端、何がおかしかったのか椎堂がクスクスと笑い始める。何もおかしい事を言ったつもりはないが、どうしたのかと思い、澪は何故笑っているのかを問う。すると……。 
 
「きっと澪はそう言うだろうなぁって、僕の予想通りだったよ!」 
「……あっそ」 
 
 椎堂は自分の予想が当たったことに得意げで、澪がそっけなく返した後も声色を変えて澪の真似をしてもう一度同じ台詞を言って自慢げに頷いた。そんなに気障な感じで喋っているつもりは無いけれど、椎堂の真似は芝居じみていて思わず吹き出しそうになる。 
 そんな様子が子供みたいで澪は隣にいる椎堂を見て目を細めた。 
 
「僕、澪の物真似そっくりだと思わない?」 
「それ、本人が答えるのかよ」 
「うーん。それもおかしいね、でもちょっと自信があるよ」 
「はいはい、似てる似てる」 
 
 適当に答えると椎堂は不服そうだったが、澪がそれ以上とりあってくれないので渋々調理の続きに戻った。今日の夕飯はひよこ豆のトマトソース煮らしい。【煮】と言っても最初から水煮のひよこ豆を使っているので、澪が炒めている野菜に火が通ったらそこに豆を足してトマトソースをくわえれば出来上がりである。 
 
 
 
 調理が終わった頃には夕飯に丁度良い時間になっており、食卓へとそのまま盛り付けた皿を並べる。若干トマトソースにとろみが付いているので中々冷めず、うっかりすると舌を火傷しそうである。同時にトースターで焼いていた食パンをトマトソースにつけて口に運ぶ。 
 食べている間、今日あったこと、明日の予定、澪の定期検査がどうだったかなどを話しているとあっという間に時間は過ぎた。 
 
 
 
 食べ終わった食器を澪が洗って片付けていると、食卓でさっきまでテレビを観ていたはずの椎堂がキッチンへと顔を出した。 最後の皿を洗って伏せ、手を洗ってタオルで拭いていると、椎堂が澪のシャツの裾を掴む。 
 
「ん? 何?」 
「あのね、……澪、今日は早く寝る予定?」 
「別に決めてないけど……何かあるわけ?」 
「あるっていうか、ないっていうか」 
 
 はっきりと用件を言わない椎堂を不思議に思って、澪は顔を覗き込む。 
 
「何?」 
「うん、お風呂入ったら澪の部屋へ行ってもいい? かな……」 
「いいけど」 
 
 椎堂は、ほっとしたように息を吐いて、「じゃぁ後で行くから」と微笑む。一緒に寝ようと言う事なのか。しかし、それにしてはいちいち確認を取るのもおかしい。 
 椎堂はそのまま居間のテレビの電源を落とし、「先にお風呂に入るね」とそそくさと行ってしまった。いつもは寝る前にシャワーを浴びるのだが、椎堂が部屋に来る前に自分もシャワーを浴びて部屋にいた方がいい気がして、澪も予定を前倒しにする事にする。 
 
 宿題というわけではないが、明日の講義の予習をしておきたいと思っていたのだ。 
 一階の電気を全て落とし、戸締まりを確認してから澪も自室へと向かった。 
 
 
 
 
     *     *     * 
 
 
 
 
 部屋に行って良いか確認をしてきた椎堂は、澪が予習を済ませ風呂に入りあがってもまだ部屋に訪ねてこなかった。澪はベッドに転がり、病院帰りに立ち寄った本屋で買った雑誌をめくる。もしかして、寝てしまったとか? うっかりな椎堂はその可能性がないとは言い切れない。もう少し待ってみて来なかったら、椎堂の部屋に行ってみようと思った所で、部屋のドアが控えめにノックされる音が聞こえた。 
 どうやら寝ていたわけではないらしい。 
 
「どうぞ」 
 
 澪がベッドから体を起こして声を掛けると、パジャマ姿の椎堂がドアを静かに開けて入ってきた。淡い水色のパジャマは色の白い椎堂によく似合う。髪を乾かしていないままなのか、所々濡れたままで分け目も混ざっている。椎堂は一度前髪をかき上げると、澪のベッドの端の方に腰掛けた。 
 
「何でそんな遠くに座ってんの」 
「えぇと……別に意味はないけど……」 
「じゃぁ、もっとこっちこいよ」 
 
 澪がそういうと椎堂がほんの少しだけ澪の方へずれる。だが、ほとんど変わっていなかった。もしかして、何かされるとでも思っているのだろうか。先日のことがあるので、怖がってる? 澪が安心させるように呟く。 
 
「何もしないから」 
 
 椎堂がぱっと顔を上げ慌てたように首を振る。 
 
「ごめん、そんな事思ってないよ」 
 
 一度立ち上がって、澪に触れるぐらいの近さに座り直すと、椎堂は再び黙り込んでしまった。澪が俯く椎堂のまだ湿っている髪に手を伸ばす。 
 
「髪、まだ濡れてるじゃん。風邪引いたらどうすんの」 
「平気だよ……。あのね、澪」 
「うん?」 
「僕の話、今から聞いてくれる? ちゃんとうまく話せるかわからないけど……。でも聞いて欲しいんだ」 
 
 椎堂が切なげな笑みを浮かべて、澪を見つめる。覚悟を決めたようなその表情に椎堂の話そうとしている内容の予想が付き、澪は息を呑んだ。 
 
「大丈夫、なのか?」 
 
 心配そうに椎堂をみつめ肩を撫でる澪に、椎堂は「うん」と頷いて、その後自嘲気味に小さな声で言った。 
 
「あまり優しくしないで……。最後まで話せなくなっちゃうと困るから」 
「……」 
 
 頼りなげな椎堂の肩に置いた手を、澪がそっと離す。まだ何も話出していないのに、椎堂の横顔は、まるで泣いているように見えた。