アパートへと戻った俺は鍵をあけあの日のように部屋へとなだれ込んだ
ただひとつ違うのが吉井が玄関先で中へ入ってこない事だ
ドアをしめた中で吉井は靴をぬがないまま立っていた
 
「お?どした?あがっていかねぇのか?」
「あぁ……、
やっぱ……。今日は俺帰るわ……、まだ終電あるし」
「そうか?」
「……あぁ。じゃぁ、行くな」
「駅まで送ってやろうか?もし気分が、悪いなら」
「何言ってるんだ。お前が駅から帰るときにまた俺が送る羽目になるだろ」
 
 
俺は立ち上がって玄関まで吉井を見送りに出た
帰るといった割に、ドアを開けようとしないのを不思議に思い
吉井の肩に手を置く
 
 
「おい……、どうかしたか?」
「……」
「彼女………、待ってんじゃねぇのか?」
「あぁ」
「……吉井?」
 
 
吉井は後ろ手で鍵をかけるといきなり靴をぬぎ部屋へと上がり込んできた
 
 
「お、おい。何だよ帰るんじゃ……、」
「やっぱ、今日は泊めてくれ…」
「別にそりゃいいけどさ……」
 
 
様子がおかしい吉井は部屋の中へとスーツの上着を脱ぎもしないで座り
俺に俯いたまま手を差し出した
 
 
「酒……、何でも良いから酒くれ……」
「おま、……、何言って」
「いいから。あるんだろビールでも日本酒でもなんでもいいから」
 
 
俺は冷蔵庫から缶ビールを二本持って吉井の前に腰を下ろした
こんな吉井は今までみた事がなかった
手渡したビールのプルトップを開けると喉を鳴らして一気にそれを空けた
俺も仕方がなく一緒に飲んだが飲み終える間、吉井は一言も口を開かなかった
 


START LINE ―後編―




「吉井、お前何か変だぞ?何か……あったのか?」
「何も」
「何だよ言えって」
「何もないよ。ただお前に……、一つ聞いておきたい事がある」
「聞きたい事?」
 
 
吉井はそう言ったあと、空になったビールを握って潰した
そう酒に強いわけでもない吉井が酒の力を借りてまで俺に聞きたい事とはなんなのか
俺は吉井が口にしようとしていることを咄嗟に想像してみた
もしかして俺が吉井のことを好きだとバレて怒ってるとか?
それとも彼女との喧嘩で何かあって俺に仲裁して欲しいとか?
それとも……
俺はありとあらゆる想像をしたがそのどれもが違ったようだ
 
 
「あのさ……、お前、昔……、俺に酔ってキスしたの覚えてるか?」
 
 
5年前の事をいきなり蒸し返されて俺はバツが悪くなりながらも、覚えてると言った
 
 
「あれは、俺を女と間違えたって言ったよな」
「あぁ」
「それって、本当なのか?」
「どういう意味だよ」
「だから……、俺だってわかってて……キスをした。違うか?」
「な、なに……言ってんだよ。んなわけねぇだろ!あの時は本当にお前を女と間違えて」
 
 
そこまで言って俺は吉井の目をみたあと言葉を続けられなくなった
酒のせいもあるのだろうか
少し潤んだ目元をまっすぐに向けている吉井から目が離せなくなっていた
 
 
「本当だな?」
「あ……、あぁ」
「なら、いい。……忘れてくれ」
 
 
吉井は側においてあった鞄を持つと急いで立ち上がった
 
 
「帰る」
 
 
一言だけ言うと吉井は玄関で靴をひっかけた
どういう意味でこんな質問を俺にしたのか
しかも、あんな昔のことを
俺は出て行こうとする吉井の腕を掴んだ
このまま腕を放せば取り返しがつかない何かが起こるような気がしたからだ
びくっとした吉井は振り返って俺を見た
 
──何で……お前……。
 
吉井は泣いていた
静かに流れる涙が頬を伝っており、それを隠すようにスーツの袖で拭っていた
 
 
「ちょっ……、おい、どういう事だ。吉井、お前……」
 
 
吉井は俺の腕を乱暴に払いのけた
そのまま吐き出すように言葉を続ける
 
 
「お前が酒のせいでも何でも俺にキスしたのは嬉しかった……」
「……え、……だってお前あの時……、俺を殴って」
「違う……。嫌だったからじゃない。……酔ったせいで……そんな言い訳をあとで聞くのが耐えられなかったんだ……」
 
 
拭ってもすぐに溢れてくる涙を必死でこらえながら吉井は言った
瞬間、俺の理性は吹き飛んだ
 
 
「……吉井」
 
 
俺はもう一度吉井の腕を掴むと引き寄せ、泣いている涙を自分の袖でこすった
恐る恐る腕を背中に回すと吉井はもたれ掛かるようにして俺に体重をかけた
その重みはずっと5年間俺が欲しかった重みで
俺は力強く腕に力を込めた
 
 
「俺は、吉井の携帯にだって嫉妬してる。
お前の携帯になったら……、いつも側にいられて、例え俺に向けられてなくてもお前の声がきけんだろ。俺は……、俺は、そんな事考えてる 格好わるい男だぜ」
「……安藤」
 
 
顔をあげた吉井の唇に自分の唇を重ねる
少し震えているような吉井の冷たい唇は涙が通ったあとだからなのか少ししょっぱかった
噛みつくように口づけても吉井はもう俺を振り払わなかった
5年前のあの日一度だけ重ねた唇の感触は想像以上によくて
俺は息をさせる暇もなく続けざまにその唇を吸った
台所の電気だけしかつけていない部屋は薄暗くてハッキリと顔が見えない
だけど、吉井のものが固くなってズボンの布越しにあたってくるのははっきりと感じられた
俺のそれもまた同じようになっている
吉井の股間に腕を伸ばして俺はそっと触れるようにズボンの上からまさぐった
 
 
「こんなになってるぜ……、もう俺も、我慢できねぇよ…」
「あぁ、俺も」
 
 
二人で部屋の中へと入ると俺は乱暴にスーツの上着を脱ぎネクタイを外した
吉井もまた同じように上着を脱ぎネクタイを外す
すでに火のついた躯はじれったいほどに情欲を押し上げる
俺は吉井のYシャツのボタンに手をかけ引きちぎるように外すと白い胸があらわになった
鎖骨の傷が目の前にある
湯船につかっているわけでもないのに赤くうきあがる傷に俺はそっと舌を這わせた
 
 
「……ぁっ……あ…んどう……」
「ずっと…ずっとお前を見てた……。この傷に舌を這わせて体中を愛撫して、お前の感じている顔を……、ずっと見たかった」
「お……、俺も、お前を見てたよ……、だから……」
「もういい……。何も言うな……、俺が5年間の時間を今から取り戻してやる……」
 
 
俺はSEXを覚え立てのガキみたいに貪欲に吉井の躯に跡を刻んでいった
愛撫のために躯が重なるたびに互いのペニスが肌を擦る
鈴口から滲み出た雫が冷たく竿を伝っては落ちていく
俺の愛撫に吐息を漏らし感じている吉井は最高に綺麗だった
吉井の吐く息までもが甘く感じられ
俺は蜜を吸うように何度も口付ける
 
声を上げるのが躊躇われるのか吉井は押し殺したように喘ぐばかりだった
感じやすい躯なのかちょっとした俺の舌先の動きにも躯が動く
小さく尖った乳首を唾液の中で溺れさせれば吉井は真っ白な首筋をあらわに仰け反らせた
 
 
「吉井……、声……声聞かせろよ…」
「…っ……んだよ……、恥ず…だろうが」
 
 
俺は吉井の口の中に指をいれて閉じないようにすると
わざと吉井も舌先で俺の指をしゃぶった
片方の手を下に下げ吉井のペニスを握る
触った瞬間生ぬるい液が溢れ俺の手をいやらしく濡らした
濡れた手で扱けば口を開かせているせいか吉井の口から喘ぎが少しずつ漏れ始める
 
 
「ぁあ……っ安藤……イきそうだ……」
「あぁ、イっていいぜ。何度でもイかせてやるから……」
「はぁっ……、んん……っっあぁ」
 
 
俺は射精する瞬間の吉井の顔を見ながら
搾り取るようにペニスを握った
手のひらに伝わってくるドクドクと脈打つ雄の感触
はじけた精液は吉井の首まで飛んで俺の胸とを同時に濡らした
俺は首筋に飛んだ吉井の白濁した精液を舐め取った
十分に溢れた残りの精液を指で絡め取って静かに吉井の後孔のまわりをなぞる
固く締まったそこを襞を開くように揉めば
少しづつ緊張がほぐれて緩くなってくる
 
 
「痛かったら……無理するなよ…」
「平気だ……、俺だけ気持ちよく……、なってるんじゃ嫌だから……」
 
 
吉井はそう言ってうっすらと涙の滲んだ顔で笑って見せた
指がぬるりと吸い込まれ、初めて俺は男の中を感じていた
凄くせまい吉井の中は指先を締め付けるように絡みついてきた
内側の壁を探りながら俺は指を二本に増やして開いていく
一カ所、吉井が痙攣したように内側を動かす部分がありそこを執拗に攻めれば声があがった
自分の愛撫で感じている吉井に俺は例えようのない快感を感じ
吉井を啼かせ続けた
どこまで奥があるのかわからないようなその中は、もう溶けたようになっている
俺はそっと指を引き抜くと今にも弾けそうな自分のペニスを後孔にあてがった
 
 
「はぁっ……、吉井……いいか」
「あ……、あぁ」
 
 
張り出したエラの部分が吉井の中へと入っていく
やはり痛いのか入る瞬間、ぐっと息をつめたのがわかった
出来るだけゆっくり中へとペニスを沈めていく
隙間がいっさいないほどに密着した俺達は繋がっているという感触にただ支配されていた
奥まで挿入した途端
俺は急激に昇ってくる射精感に堪えきれずあっけなく達してしまった
 
 
「うっ……わりぃ。……イっちまった…」
「俺ら……、相性いいのかもな」
「……だな」
 
 
照れ隠しで笑う俺に吉井も苦笑した
しかし、俺のペニスは今、射精をしたとは到底思えないほど張りつめていた
 
 
「抜かずに……、やっても平気か?」
「……あぁ、何度でも」
 
 
俺はゆっくりと腰を動かす
吉井の足を高く抱えると押しつけるような格好で奥へ奥へと突き上げた
吉井の息がせわしなく吐き出され俺も息苦しいほどに酸素を求めて早く呼吸を繰り返す
玉になった汗が吉井の躯へと落ちていく
 
 
「……吉井……っ」
「はぁっ…………あんどうっ……ぅあっ」
「っはぁ……たまんねぇよ、お前……良すぎ……」
 
 
繰り返す律動が激しさを増し吉井の腰ががくがくと揺れる
俺は吉井を貫くようにペニスを打ち付けた
もうどちらがどうなっているのかわからないほどに混ざり合い溶け合っていく中
吉井が一際腰を浮かしその後 二度目の射精をした
同時にひくつく後孔の中で俺も達した
朦朧とする意識の中、俺は心地よい疲労感に脱力しそのまま転がって上がった息を整えた
吉井もまた放心したように胸を上下させている
 
 
「吉井」
「……ん?」
「どうすんだ?結婚。今更取りやめなんて……、できんのかよ?」
「あぁ……先方にはちゃんと話すよ。もう、誤魔化せないし……今日もいったけど、式場もまだだから……。時間をかけてでもわかってもらうつもりさ」
「心配すんな」
「何がだよ」
「ちゃんとお前がけじめつけたら、俺がもらってやるよ」
「何だよ、それ……」
「5年越しのプロポーズに決まってんだろーが」
 
 
吉井は半身をおこして馬鹿にしたように笑った
しかし、とても嬉しそうなその表情を見て、俺は満足していた
立ち上がった吉井はやはり慣れていないせいで痛むのか眉を顰めて
「やっぱ歳かな」といって苦笑した
 
 
「シャワー借りるな」
「おう。俺もあとから入っから」
 
 
28にもなって、初めて知った男の躯
俺は初恋が実った子供のように高揚した気持ちを感じていた
親友から恋人へと変わったからと言って何も変わらない
 
 
 
 
 
 
          *   *   *
 
 
 
 
 
次の日
 
外回りから戻った俺はなかなか引かない汗をハンカチで拭きながら
喫煙所のクーラーの下に身を置いていた
冷たい冷気が気持ちが良い
胸ポケットから取り出したhi-liteを一本くわえて俺は火を点けた
ちょうど吉井がむこうから歩いてくるのが見える
 
 
「よう!お疲れさん。今帰ってきたのか?」
「おう、めちゃくちゃあちーよ外。お前今から外回りか?」
「あぁ」
「こんな日は酒でも飲まねぇとやってらんねーよな」
「どんな日でも酒飲んでるじゃないか お前の場合」
「まぁな」
「じゃぁ今日、帰りにいっぱい飲みにいくか」
「だな」
 
 
いつもと同じ会話だった
俺達は一年前も5年前もきっと同じ事を話していると思う
それでもまだ足りなかった
 
 
「俺さ、お前に話してぇ事がいっぱいあんだよ」
「あぁ……、俺もだよ」
 
 
吉井はアタッシュケースを持つと
片手を挙げて俺にじゃぁ行ってくると言い、そのまま営業にでかけた
俺は吸い終わった煙草を灰皿に落とすと歩き出した
 
知らないことは山ほどある
聞きたいことも
聞いて欲しい事も沢山ある
俺は吉井のことを何も知らないのだから
 
 
「おっし。 あと一息!頑張るかなっ」
 
 
今日の夜も熱帯夜の予感がする
俺は今やっと恋人としてのSTARTLINEに立った気がした
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END