First Kiss


 

時計の針が11時をまわっているというのに
部署には何人かの社員が帰る様子もなくデスクワークをしている
俺もその中の一人でさきほどからなかなか進まない企画書を前にため息を吐いた
この企画が通ればやっと第一企画室への移動が確実な物になる
昨日の夜から考えてきた新商品のラフも用意済みだ
いかに売るかという戦略までをも綿密にたててある
それを書類に書いて提出するだけ……
そのはずだった


さっきからシャープペンシルの芯が何度も折れては
俺を苛立たせる
経理に文句を言ってもっと太い芯を買うように言っておくべきだ
腹立たしさの矛先を思いきり他者に転嫁して俺は続きを描き始める
思ったように描けないそれにますます焦りが沸いてくる


ふと隣の同期の社員の方をちらりと横目で見ると
詳細にかかれた商品のラフはすでに出来上がっており
余裕の表情でペンをくるくると回していた


期限は明日のプレゼンまでで企画が採用されるのはたった一人だ
俺は何としてもその椅子を勝ち取りたかった


また芯が折れた
シャープペンシルを持つ手が汗で滑りだす
俺は一度ペンを置いて自分を落ち着かせるために深呼吸をしてみる
それがこうをなしたのかさっきより冷静になる事が出来た
しかし途切れた集中はなかなか元通りにはならない
締め付けるネクタイを指でさげ 弛めると俺は目を閉じる
こめかみに指を押し当てるとドクドクと脈の打つ音が聞こえてきた
その時、目の前のドアから水島が顔を覗かせた


水島は俺より4歳ほど年上で第一企画部の部長だ
朝から毎日気だるげな雰囲気を醸し出しており
いかにも寝不足という顔をしている事が多い
最初はそんな奴が部長だという事が信じられなかったが
水島の手がけた商品のセンスのよさには
当時、新入社員だった俺を含め皆が一目置いていた
若くして部長まで登り詰めた実力はさすがに相当の物だった


そんな水島と俺は、誰にも言っていないが会社とは別の関係が成立している
酔った勢いで等と、腐るほどある出会いのパターンのひとつだが
俺達もたぶんに漏れずそのパターンを踏んでいる
歓迎会の開かれた夜 酔って気分が悪くなった水島を送るという名目で
俺は水島の家へあがり介抱をしていたさいに弾みで水島を犯してしまった
男に欲情したのは初めてだったが、それはあまりに衝撃的で
以来 俺は水島を強姦することに快感を覚えていた
あの日から、ほとんど毎日それは繰り返されている
多分、水島には何の感情もないだろう
水島は自分自身を、俺の性欲のはけ口にされていると思っているに違いない
俺も最初はそのはずだった
会社でも評判のその優しいと表される顔を苦痛に歪ませて
躯を痛めつけることで俺は満たされる
水島は何故か、俺を拒むことはしなかった
会社の残業で残っている時に資料室に呼び出して鍵をかけ
フェラチオをせがめばすぐに目の前に膝を折ってくわえてくるし
ケツを出せと言えば素直にズボンを下に降ろした
従順な人形である事を望むかのように水島はただだまって俺の言いなりになった


水島は36歳だが とてもその歳にはみえない
裸の肌はきめが細かく雪肌石膏のようになめらかで白い
俺はその白い肌に傷を付けたくてわざと乱暴にやつを抱く
水島の身体に自分の爪痕を残す事だけが俺に出来る全てだった
そして俺達は口付けをした事がない
恋人でも何でもないのだからそんな愛を確認する儀式など必要がないからだ


ドアから水島が入ってきて自分の席に腰を降ろした
俺の方をちらりと見ると、まるで何も見なかったかのように視線を逸らす
いつもの事だ
水島はいつも俺を見てなどいない
水島の視線はどんな時も俺の身体をすりぬけて
そう……、もっとその先をみているように見えた


イライラする

どんなに水島を傷つけても

やつには本当の傷は何ひとつつかなかった


俺は煮詰まった企画書の上にペンを置き
席をたつと水島の所へ足を運ぶ
ゆっくりと顔をあげた水島がここ何週間で一気にやつれたその顔で俺を見た


「佐山くん……」
「水島部長 企画の事で少しご相談があるのですが」
「今……、か?」
「出来れば」


口調は穏やかだが拒否することを許さない俺の圧力的な視線に水島が長い睫を伏せた
周りの人間に怪しまれないように一応書類を手に持つと俺は会議室へと水島を誘った


会議室と言っても部署内で使う方の小さなもので俺は部屋に入るなり
持ってきた書類を卓上に乱暴に置いた
水島がしらじらしくも台詞を吐く
「企画の相談とは……、どの事ですか?」
俺はその言葉を無視して会議室の鍵を閉める
水島の背後に回ると耳元で甘く囁いた


「部長、俺。今日たまってるんですよ」


水島の細い身体がぴくりと動く
肩を掴み振り向かせた水島は真っ青な顔をしていた


「わかったんなら……、さっさと満足させろよ」


低い声で脅せば水島は目を伏せたまま一度だけ頷いた
そんな態度も俺の加虐性に火をつける
水島が躊躇うことなくネクタイを弛め
俺の見ている前でスーツのジャケットを脱いだ
Yシャツの釦をゆっくりはずしていく水島の指を払いのけるように俺はシャツに手を伸ばす
引きちぎるようにして水島のシャツを裂けば
ちぎれた釦が床に音をたてて転がった
水島が裂かれたYシャツをかきあわせるように握る


俺は構わず会議室の机に腰掛けると水島を睨む
185cmある自分より多分10cmほど低いくらいなのだろうが
水島はとても小さく見えた


「ホラ、咥えてしゃぶれよ。早くしろ……」


一言そう言って俺は足をわずかに開き
禁煙ではないのをいい事に胸元から煙草を取りだして火をつけた
水島は何も反抗してこない
当たり前のように俺のベルトに指を絡ませて外し
ファスナーを降ろすと俺の屹立をそっと掴んだ
丁寧に舌を這わせると唾液を含んだ口内に招き入れる
水島の口の中で自分の容積が増していくのを感じながら
俺はそれを顔に出さないように肺の奥深くまで煙を吸い込んだ
竿の部分を手でささえ扱きながら水島は器用に舌を使う
会議室に濡れた音だけが響き渡った


何故、水島は自分のいいなりになるのか
いつもぶちあたる疑問がわき起こる
年下の部下でもある自分のいいなりになるなどプライドはないのだろうかと
水島が何を思って行動しているのか俺には理解できなかった
俺は水島が従順に自分の命令に従えば従う程


――イライラした


水島がふと俺を見上げ少しだけ辛そうな顔をする
さっきから続けているフェラチオで疲れてきているのか
その瞳には懇願めいたものが滲んでいた


「何だよ、その目は……、いいから続けろ」


俺は水島の頭を手で掴むと奥へくわえるように押しつけた

「……、……っう……っ」

喉の奥のやわらかい部分に先があたって吐き気を催したのか
水島の目にうっすらと涙がたまった
それでも俺は手を弛めない
必死で続ける水島にむかって煙を吐き出すとやつの髪を掴んだ
すでに達しそうな屹立を最奥へとねじ込むように押しつける


「こぼさず全部飲めよ……」


俺は水島の口のなかで精液を一気にはなった
水島の喉仏が動きごくりとそれを飲み込むのがわかる
飲みきれない精液が水島の口の脇から零れ顎につたう
口を放した水島は両手を床に着き激しく咳き込んだ
波打つ背中は汗で濡れている


俺は満たされることのない感情を持てあましていた
水島の背中に靴のまま足を乗せる
硬質な革靴のかかとが水島のYシャツを汚す


水島が俯いたままぽつりと呟いた

「……次は、……何をすれば……、満足するんだ……」


疲れ切ったこの関係をやめたいというのとは言葉が違うようだった
俺の中で何かが割れる音が響き
俺は机から降りると無意識に水島の胸ぐらを掴み上げていた
立ち上がらせ無理矢理壁に押しつけられた水島の身体は力無くずり落ちる
俺は水島の前に膝をおると静かに首に手をあてた
長めの前髪が水島の額に汗で張り付き
はだけた胸に俺の零れた精液と水島の汗がまじって残っている
そんな姿になっても水島はとても美しかった





汚れ無きマリアのように真っ白に見えた





「イライラさせんなよ……」





俺の指が少しずつ力をいれると細い水島の首に食い込んでいく
爪をきつく食い込ませれば真っ白な首から一筋鮮血が流れ出した
水島が苦しそうに眉を寄せる
どこか夢のような感覚で俺はどんどん力を入れる
呼吸が出来なくなり身体が酸素を吸おうとするたびに水島の喉からヒュッと音が漏れた
水島の身体が一瞬痙攣し首ががくりと落ちる
死んだわけではない 気を失っただけだ
俺は首から手をはずすとぐらりと倒れ込みそうになる水島の身体を支えた
水島の首筋に自分の爪痕と指の後が生々しく残っている
俺はすっと血ノ気がひいていくのを感じていた
あの日から踏み外した俺達の関係は、もう修復できない所まできてしまっているようだ


俺は水島の首から一筋流れる血に舌を這わせて舐め取る
鉄錆の味のするそれをなめながら俺の目からはとまる事無く涙が溢れた
俺は自分の唇をきつくかみ自らの血と水島の血を口のなかで混ぜ込む
ぐったりとした水島を抱き寄せる



そして俺は初めてのキスをした

――こんな事をしたいわけじゃない……、俺はただ……。

――……、あんたの瞳に映りこみたい……。それだけなのに……。



後ろの卓上に乗せてある企画書が風もないのにはらりと俺の側に落ちてくる
この企画書が通れば水島にもっと近づけると思っていた



傷ついてボロボロになっているのは俺自身だった



ぽたりと血が一滴たれる
真っ白な中に鮮明なコントラストを残して
水島とのキスは血の味がした







END