大統領になるだの博士になるだの
そんな事ばかり言っていた記憶がある
何でそんなに偉くなりたかったのかは理由は簡単だった
 
「先生」
 
そう言う名称で呼ばれたかったんだ
それは現在叶った
だけど俺はちっとも偉くはないのだけど………
 
 
 

―Natural color―

 


 
「先生、どうしたんですか?何か考え事でもしてます?」
 
 
尚が俺の髪を指で梳きながら顔を覗き込む
狭いベッドはこうして大の大人
しかも男が二人で寝転ぶにはあまりに狭い
必然的にどちらかが仰向けではなく横向きにならなくてはいけなくて
俺の横で尚はしなやかに伸びた手足を少し窮屈そうに横に流し片手で頬杖をついている
 
 
「うーん。別にたいした事じゃないけどさ……、このベッドほんと、狭いな」
「そうですか?」
「そうだって!だから尚がこうして横向きなんだろ?」
「違いますって」
「何が?どのように?」
「僕が横向きなのは先生の顔を見ていたいからですよ」
「……、……」
 
 
尚が恥ずかしいことを間近で言うので
俺は尚の視線から逃れるように上掛けを頭から被った
布団の中は少し薄暗くて先ほどまで籠もっていた熱のせいか少し尚の匂いがする
息苦しいような、それでいてずっとこのままでいたいような不思議な空間だった
 
布団にもぐっている俺の頭のある場所を尚がポンポンと撫でる
本人は無意識なのだろうが
毎度こうして俺を子供扱いされるのは少しだけ複雑な気分だ
俺は布団にもぐったまま尚の手をどかすように片手だけを布団から出して頭を庇う
尚が苦笑いしているように少し隠れた肩を揺らし
そしてその後外に出した俺の指に冷たい感触が走った
少しざらっとしたようで冷たい尚の舌が俺の指を悪戯に濡らす
 
──なっ!
 
俺は思わず手を引っ込めようとしたが
素早く尚の腕に力強く引っ張られて隠れていた顔までもが布団からでてしまう
面白そうにわざと近づく尚の顔が鼻がくっつきそうなくらいに近くにあり
俺は思わずぎゅっと目を瞑った
 
 
「お前はいつもそうやって年上をからかって性格悪すぎ」
「ひどいですよ……、でも、実はそんな僕が好きなんじゃないんですか?」
 
 
自信があるという顔つきでそう言われ鼻に軽くキスをされれば
思わず うん と素直に言ってしまいそうになる自分を押さえて
俺は閉じていた目を開けると尚を見返した
 
 
「そんなわけないだろ。俺はだな……、その……」
「その……、何です?」
「…………もういいっ」
 
 
こういう態度が逆効果である事はいい加減分かっている
現に尚は そんなわけない と否定した俺に目を細めて喜んでいる始末だ
どうやったら尚にもう少し俺を大人だと自覚させる事ができるのか
俺は背中をむけたまましばらく考えていた
一枚……いや五枚くらい上手な尚にそう思わせるのは至難の業な気もする
背中越しに尚が話しかけてくる
 
 
「本当にこういうの嫌いなんですか?それとも拗ねてます?」
「す……、拗ねているわけないだろう!嫌いなんだよ」
「………そうですか」
 
 
途端に尚の声がふっと寂しげになり俺は一抹の不安を覚えた
早くも後悔しながら それでも少しのプライドが邪魔して背中にいる尚の顔が見れない
もしかして本当にショックを受けていたりしたらどうしよう
そう思っている俺の考えを知ってか知らずか
尚がいきなりベッドを出たのがわかった
今まで背中に感じていた温もりが代わりに冷やっとした空気に変わり
思わず俺は振り向いて尚の名を呼んだ
 
 
「尚……、どこ……、行くんだ」
「喉が乾いたので何か飲んできます」
「そ、そうか……」
 
 
別に怒っているわけでもなくかといって悲しんでいる様子もない声色だったけど
後ろを向いているせいで表情がわからない
だけど、きっと顔を見てもわからないかもしれなかった
尚のポーカーフェイスはかなり凄い代物でもある
どれくらい顔にでないかと言うと
以前俺達がまだ生徒と先生だった頃に職員室のホワイトボードが倒れてきた事があって
たまたま居合わせた尚が咄嗟に俺を庇ってホワイトボードの直撃を片腕で受けた
その時も尚は 平気です と言って微笑んでいた
しかし、その後わかったのだが尚の腕の骨にヒビが入っていたらしい
本当は相当痛かったに違いないのだけど尚はそんなそぶりを微塵もみせなかった
ちょっとそれと今回は違うけどそれくらい凄いポーカーフェイスなのだ
 
 
冷蔵庫に何か飲みにいった尚はなかなか戻ってこなくて
キッチンの方から少しだけ尚の吸っている煙草の匂いがした
一服してから戻ってくるのかと俺はしばらく待っていたけど
換気扇の止まる音がして煙草の匂いがしなくなっても
尚はこっちに戻ってこなかった
 
──もしかして……、いや……、まさかとは思うけど
──泣いてたり?
 
俺はくだらない自分のプライドで尚を傷つけてしまったのかもしれない
そもそも、こういう事をしてしまうのが大人気ないという事なんだし
怒るわけでもない尚の方がよっぽど………
俺は尚に謝るためにそっとキッチンに行ってみた
 
 
手元の灯りだけをつけているのかリビングは薄暗くて
キッチンだけがぼんやりと淡く光っている
こちらに背をむけている尚の背中が見えて俺は少し安心した
しかし、その安心はすぐに消え去って変わりに胸がドクンとなった
 
 
尚が涙を拭うような仕草をしたのが見えた
 
 
俺はキッチンに走っていき尚の背中に抱きついた
驚いたように上半身が裸の尚が顔をあげる
 
 
「尚……、ごめん、俺が悪かった」
「先生?」
「俺くだらない事でお前にあんな事言って……、許してくれ……」
「ちょ……、先生 何ですか?急に」
 
 
ゆっくりと俺の腕をほどき尚が振り返る
見上げた尚の瞳は涙で濡れていた
濡れていたんだけど………
 
 
「もしかして勘違いしてます?」
「え?」
 
 
尚がそばにおいてあるケースをカラカラと振って見せた
 
 
「コンタクトがずれてしまったんで、もう面倒だからとっちゃいました」
「はい?」
「あー……、僕が泣いているかと思ったんでしょう 残念でした」
「………、………」
 
 
俺は尚の手に握られているコンタクトケースと優しく微笑む尚の顔を交互に見て
急速に恥ずかしさ全開になった
穴があったらダッシュで入りたい気分だった
自分で勝手に怒って 勝手にひどい事をいって
そして勝手に勘違いして……
呆然としている俺に尚が長身を屈めてキスをする
 
 
「先生、本当に可愛いです」
 
 
何度もキスを繰り返される内に俺はどうでもよくなっていた
それほどに尚の言葉は甘くてくすぐったかった
 
 
「僕の事嫌いにならないで下さいね」
「……、考えておく」
 
 
尚は無造作に掻き上げた長めの前髪を後ろに流し
俺に微笑んだ
悔しいけど尚の無敵スマイルは俺には効果絶大で
俺はふてくされたフリをしながら尚にキスを返した
 
 
「もう一度抱いてもいいですか?」
「……、……しょうがないな」 
 
耳元を掠めるくらいに近づいた尚がそっと囁く
 
 
 
 
 
「先生、愛しています」
 
 
 
 
 
相変わらず俺はちっとも偉くないのだけど
それでも尚と一緒にいる限りは「先生」でいられるらしい
生意気で愛しい恋人の手を俺は無言で引っ張って
もう一度寝室へと足を向けた
 
 
 
 
 

 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
数人の方からのお言葉を頂き調子に乗ってジンクスの二人の第二弾です もう。甘いってば・・・書きながら思ってしまいました。多分サイト内で 一番あまあまな二人です。先生はどうやっても尚には勝てず。お気の毒。 ちなみに余談ですが本名は 先生→沢村 昭吾 尚→藤堂 尚貴です 全然でてこない名前だけど一応(笑)