トイレの便座にズボンを下ろさないまま座って晶は考え込んでいた。どうにかしてなるべく見ないようには出来ないだろうか。佐伯のやや後ろ側に座っていれば薄目をあけて観ていてもきっと気付かれない。佐伯は鑑賞中はあまり自分を見てこないので、これは十分通用すると思う。

音は嫌でも聞こえてきそうだが、それはもう諦めるしかなかった。静かそうな場面で時々顔を上げ、その部分だけを覚えておけば、後で感想を聞かれた時も、そのシーンについて話せばいいのだ。

──よしっ!この作戦でいこう

 えらく長いトイレタイムを取り晶が部屋に戻ると、佐伯が待ちかまえていたように晶にニヤリとする。

「心の準備はできたのか?晶」
 愉快そうに笑ってコーヒーのカップを差し出す。
「はぁ?何言ってんだよ。怖くなんかないって。馬鹿にすんじゃねーよ」

 晶は乱暴にカップを受け取ると、さっきの作戦通り、佐伯の後ろになるべく隠れるように位置をずらして腰掛ける。

「ほう?じゃぁ、楽しみだな」
「いいから早く再生しろって」

 佐伯に「心の準備は出来たか?」と問われた事に対し、聞かれてもいない「怖くない」等と余計な事を口走ってしまった事にも気付かず、晶は緊張にわずかに唾を飲み込んだ。佐伯は何故か音量をさっきより二段階も上げ、DVDを再生しだした。
 部屋の電気をつけている物の、帰宅した時に比べて外はもう真っ暗である。

 時々サブリミナル効果なのか、心臓に悪いような謎の画像がパッパッと挟み込まれながら荘厳なクラシックの有名な曲が響き出す。浮かび上がるようにタイトルが表示された。
【spirit of the end】

――ちょっと待て。邦題の『過ぎ去りし苦悩』どこいった!?

 洋画では大元のタイトルとかなり違う事が多いが、どうやらこれもそうらしい。
 嫌だと思っていても着々と映画は始まり、最初は普通の場面が続く。ジャケットに写っていた少女が産まれ、それを期に辺りで不吉な出来事が起き始める。ミルクを与えても泣き止まず、おしめを替えても泣き止まず、しかたなく一晩中抱き上げてあやす乳母が困り果てていると、ふとした拍子に指を噛みちぎられてしまう。そこから噴き出る血を狂ったように吸い、赤ん坊が唇を真っ赤にして画面一杯のドアップで無邪気に笑っている場面が映し出された。「……オェッ」最悪である。

 その少女の場面はそこでプツリと消え、場面が変わると赤ん坊はとても美しい少女に成長していた。ビスクドールのような血の通わない透明な美しさにそれだけで悪寒が走る。
 大きな音で驚かしにかかってくる映画ではないが、もう画面すべての何もかもが不気味である。徐々に雲行きが怪しくなってきた。

 晶が目を伏せて只管コーヒーカップに視線を落としていると、耳に少女の歌声と、何が起きているのか何かを咀嚼しているような音が響いている。

――早く終わらねーかな……。

 耳を塞ぎたいのを必死で我慢し、晶は無意識に佐伯のシャツを指先で掴む。今何分ぐらい経過したのだろう。音が静かな場面になったのを見届けて時計を見るために顔を上げた瞬間。

「うわっっ!!?!」

 晶の手から驚いた拍子に放たれたマグカップが宙を舞う。
 ぬるくなったコーヒーが佐伯の背中と晶のズボンに盛大にばらまかれ、空になったカップが床へと音を立てて転がった。
 テレビの画面では生きながらに内臓を抉られた少女の友人が、まるでディナーのように食卓のテーブルへ横たわっている場面だったのだ。やばいやばいやばい。薄目どころの騒ぎではない。そして頭に入り込んだ映像を追い払うよう晶は目をぎゅっと閉じた。

「……お前、何してるんだ」

 呆れたような声を滲ませた佐伯の声が耳に届き恐る恐る目を開けると、カップを拾ってテーブルへと置いた佐伯がこぼれたコーヒーをティッシュで拭いて片付けている。

「ご、ごめん。服にもかかっちゃったよな。ちょっと手が滑って」

 慌てて自分も片付けを手伝おうと手を伸ばした時に気付く。いつのまにか映画は消されていて部屋は静かになっていた。佐伯はそんな晶を見て苦笑している。もう多分バレた……。

 大の大人、しかも男のくせにこの様はかなりみっともない。格好悪い所を見せてしまった事で晶はがっくりと肩を落とした。ティッシュを5.6枚纏めて引っ張り出し、こぼれたコーヒーを拭きながら口から出るのは自分に対しての苛立ちである。自虐をこめた開きなおりの言葉を口にしながらも、まだ心臓が先程の驚きを抑えきれず早鐘を打っている。

「どうせ俺はホラーが苦手な情けない男だよ。悪かったな!血が出るの嫌いなんだよ、しょーがないじゃん。苦手なもんは苦手なんだから」
「俺は別に何も言ってないが?」

 ふてくされている晶の顔を上げさせると佐伯が口付けをする。「薄々わかってはいたがな」と笑っている佐伯を軽く睨んで「いつから?」と問うと、「お前と初めて会った日から」と返される。

「はい?」
 予想外の答えを聞いて晶は唖然とする。

「腕の怪我の処置をするとき、お前が傷を見ないように必死にしているのがわかったからな」
「……え」
「ここまで本格的に苦手だとは思っていなかったが」
「……最初からとか……じゃあ、知ってて借りたのかよ」
「素直に店で「嫌だ」と教えてくれたら無理強いはしなかったぞ?」
「言えるわけねーだろ、そんな格好悪い事。要にはわかんねーだろうけど、俺にも男としてのプライドがあんの」
「俺には格好悪いところも見せろよ」
「何でだよ」
「……フッ……。お前は本当に素直じゃないな」
「余計なお世話だっての」
「まぁいい。とにかく機嫌を直せ。それに服もすぐ洗わないとシミになるぞ、お前びしょ濡れじゃないか」
「……それは、ごめん。要のシャツも背中汚れちゃってるな。洗っておちる?」

 晶が佐伯の背中を見て申し訳なさそうに謝る。佐伯は晶の額にかかる髪をかき分けて、その隙間に軽く口づけを落とす。「着替えついでに風呂入るか」「……うん」
 確かにコーヒーのかかったズボンが濡れて張り付き気持ちが悪い。  
 
 
 
 二人で脱衣所へ行って、汚れた衣服を洗濯機へと放り込むと佐伯が早速スイッチを押す。

「要、もしかして一緒に入ろうとしてる?」
「あぁ」

 洗面所の鏡に写っている下半身が下着だけの自分と上半身が裸の佐伯。佐伯は当然とでも言うように晶のシャツのボタンを勝手に外し、晶は着実に裸にされつつあった。
「洗ってやるよ。ここも……」佐伯は晶の腰へ腕を伸ばし、その肌へ手のひらを滑らせると腰骨をなぞりそのまま下へと降りて行く。下着を下げると柔らかな袋を手で掬い上げ、握ったままで晶の耳元へ囁いた。「後ろも……な」

「……このエロオヤジ」
「そう言う悪態は、反応しないで返した方が説得力があるぞ?」

 佐伯の大きな手の中で包まれたそれは、悪戯に揉まれただけですっかり勃ちあがってしまっている。晶のペニスを撫でながら、佐伯の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。晶が視線を落とすと、佐伯のズボンの中もまた窮屈そうに布地を張らせていた。互いに少し先に訪れる快楽を躯が覚えている証拠である。

 腕を伸ばし、佐伯のズボンのベルトを外すと同じように下着を下げて手を潜り込ませる。すぐにあたる硬くなっている佐伯のペニスを掌でそっと握ると晶も佐伯を見上げてニヤリとし言い返した。

「要だって勃ってんじゃん、おあいこだろ?」
「当然だ。それとも何だ、勃ってない方がいいのか?」

 意地悪く訊ねてくる、自分より少し上にある佐伯の唇を塞いだ後、首に腕を回して引き寄せる。

「勃ってる方がいーに決まってんだろ……」

 焚きつけるように耳元で吐息と一緒にそう放ち、益々硬さを増すペニスの形をなぞるように指を動かす。熱く脈打つ佐伯のペニスは自分だけの物だと思うと、一層その熱が愛しくなる。

 佐伯が足下に残る着衣から足を抜き、晶へと口づける。噛みつくように口付けられ、背後にあるバスルームのドアへと背中があたる。無機質なガラスの冷たい感触。ガタッという大きな音が響き、バスルームのドアが僅かに軋む。佐伯は口づけたまま片手でドアを奥へと押すと、晶の躯ごと押し込んだ。

 足裏に伝わるザラリとしたバスルームの床の感触を感じながら後ずさる。大柄の男二人がいるには狭い空間で、もつれ合うように進めばあっという間にバスルームの奥の壁に辿り着いてしまった。唇を離さない佐伯のせいで呼吸がままならない。床と違って壁は人工大理石なので素肌にはとても冷たかった。冷やっとする壁から背を浮かせ、佐伯の口付けから身じろぎして少し逃れ、晶は酸素を求めて深く息を吸った。

「……っ。要、背中……冷てー、から」

 佐伯は漸く唇を離し、側にあるシャワーの蛇口を全開にする。勢いよく飛び出したのは最初は水である。間もなくして湯の温度があがると佐伯は横の壁の上部へとシャワーを置いた。
 二人の背中から雨のようにシャワーが降り注ぐ。次第に湯気が立ちこめ、冷えた躯を徐々に温めていく。細かい霧状のシャワーがまるでミストのように髪や顔をぬらし、晶が長いまつげを瞬かせれば、透明な滴がそのたびに涙のように頬を伝う。

 バスルームの中では音が反響するのは知っているが、互いの息づかいまでもが耳へ届くとは思ってもいなかった。普段より荒い呼吸音は、時々晶の喉を上下させ、吐き出される息の間隔が短くなってくる。

 前で時々ふれあう互いのペニスの感覚さえ、堪らない物で、時間をかけて愉しみたい気持ちと、今すぐにでも強い刺激が欲しい気持ちが行き場もなく彷徨ってしまう。

 湯をはじく肌理の細かい晶の素肌に、佐伯はボディソープを垂らすと繊細な指先でそれを伸ばしていく。清潔感のある香りがバスルームへ瞬く間に広がっていく。自分の躯を愛撫する佐伯の指先を自然に目で追いながら、フと思い出す。外科医の指先は芸術的に器用だと何かで昔読んだ覚えがある事を。

 佐伯の指先もその通りだと思う。決して強く当ててくるわけではないのに、その指先の行く先々が晶の躯の快楽の場所を知っているようだ。器用なのもそうだが、佐伯の指先の動きは色気がある。5本の指が全て佐伯の意思通りに動き、卑猥な熱を刻んでくるのだ。追う指先に呼応するように溜息にも似た吐息が溢れ出す。

「……は、……っう」

 愛撫の途中に唇や首筋を吸われ、晶は自分の理性が今日は容易く飛んでいってしまうのを感じていた。
 佐伯と二人きりなのだ。別に理性なんかどこかへ置き去りになっても構わない。佐伯の唇が離れれば、追うように晶も唇を寄せる。ミストで濡れ水分を含んだ互いの唇はツルリと滑り、食むように唇をあてて舌を差し込み絡ませる。

「要……俺、なんか……今日、余裕ない……」
「どうした?風呂場でするのが好きなのか?」
「そーじゃねー、けど。なんとなく……」
「……ほう」

 佐伯は垂れてきたボディソープを晶の茂みへなすりつけ、細かくて柔らかい泡で包むようにペニスの竿を握る。本人の言っている通り、いつもより敏感なようで、佐伯が握っただけで晶は堪えるように震える呼気を吐き出した。自分の指先ひとつで反応を見せる晶に愛撫する悦びを深く感じる。
 濡れた舌で耳朶を舐め、晶の名を呼べば、その躯がびくりと弾む。

「……っや、ばい。我慢できねーかも……」
 晶が苦しげに眉を寄せて潤んだ息を忙しなく吐き出す。
「んっ……っく……ァッ」
「我慢しないでイけよ」
「……ハァっ……う、ん」

 緩急をつけて晶のペニスを握り絶頂へといざなうと、晶は小さく震えてその先から白濁を溢れさせた。こんなにすぐに達した事など滅多にないのに、あっさりと佐伯の手で達してしまった。一度イけば、少しは落ち着くかと思っていたが全くの逆効果で、全然足りないと訴えるようにペニスは硬さを保ったまま張り詰めている。躯に籠もる熱はシャワーのせいもあって、どんどん温度を上げていく。
 精液のまじった泡まみれの手で先を絞られ、晶は声を漏らすと佐伯のその手を握る。

「ちょっと今、触んな……って、感じすぎて変になりそう……」

 本当に理由がわからない。性欲もそこまで凄いというわけではないはずなのに、自分の躯がおかしくなったかのようだった。
さっきまで怖い映画で緊張していて一気に解放されたからなのかもしれない。上がった呼吸を整え、俯いている晶の濡れた髪からポタポタと水滴が落下する。濡れた髪を一気にかき上げると、晶は佐伯を見上げて薄い唇 を開いた。

「……要、そこ……座って」
「ん?ここか?」
「そうそ……」

 バスタブの縁へと腰掛けた佐伯の前へ膝を折って座ると、晶は佐伯のペニスを手に取り顔を近づける。以前一度口ですると言ったら断られたのだ。それは勿論晶を気遣っての事だったのだが、いつか自分も佐伯がしてくれるのと同じ事を返したいとずっと思っていた。

 男の物を咥えるのは初めてだった。晶は指を添え、佐伯のペニスを支えると静かに唇を被せる。佐伯は以前のように拒否の言葉を告げてこなかった。喉の奥へと迎え入れ、口内で舌を動かす。浅い所で出入れさせ、次第に深さを進めていく。裏筋を細く尖らせた舌でつぅーっと辿って鈴口を突く。

「…………っ、……」

 佐伯が鼻からぬけるような息を吐き、我慢するように目を閉じている。晶の口淫で感じてくれているのが嬉しくて、より奥へとペニスを咥え込んだ。

 ぬるぬると滑る唾液で濡れた佐伯のペニスの先から、僅かに苦みのある味が滲んできている。それも絡め取って、唇で優しく扱きながら繰り返していると時々佐伯の吐く息が苦しげに止まる。初めてとは思えない達者さに佐伯も最初は感心していたが、次第にその余裕も晶は削り取ってきた。股の間に跪く晶が時々様子を窺うように視線をあげると、佐伯の視線と交わる。その瞬間、躯の芯が疼き佐伯の中で一気に愉悦が駆け上がった。

 フいに髪を掴んで引き離され、驚いて見上げると、佐伯は詰めていた息を吐いて、一気に射精した。

「……お前が、……あんまりしゃぶるから」
「……最初にしては、結構うまかったっしょ?」

 立ち上がって少し心配げにそう聞いてくる晶に、佐伯は少し笑うと「……あぁ」と一言返す。その表情があまり見ることのない優しげな物で、晶も笑みを浮かべて肩を竦める。佐伯も立ち上がると、晶の背中へ腕を回して抱きしめ、その後首元へ唇を寄せる。

「お前の中でもう一回イかせろよ。俺は、まだ足りない」
「うん……、俺もまだ足りねーから」

 そう言って晶がクスリと笑うと、佐伯は晶をくるりと裏返して背中から抱きしめた。顔が見えない分、佐伯の些細な動きや吐息を全身が感じ取り伝えてくる。
 晶の均整のとれた筋肉はなだらかな凹凸を作っている。佐伯は、肩甲骨が浮き出ている場所から背骨を伝って口付けを落としていった。

「……要」
「ん?」
「さっき店で会った女の子さ、……美人だったろ?」
「そうだな」
「あぁいう子からさ……真剣に言い寄られたとしても、要は、その……俺でいいわけ?」

 顔の見えない今だから聞ける。こんな事を面と向かって口にして聞く勇気はなかった。佐伯の返す答えを聞きたいようで、でも少し不安もある。佐伯は一度止めていた指を再び動かすと、背中越しに囁く。

「どんなに美人でも、お前じゃない時点で意味がない」
「…………」

 多分これ以上嬉しい言葉はないのかもしれない。好きだとか愛しているという言葉ではないけど、ストレートに返された佐伯の気持ちは十分に伝わった。自分で聞いたくせに、その答えが嬉しすぎて目頭が熱くなる。潤む瞳はきっとシャワーのせいなのだ……。流れ落ちる水滴に紛れて愛しいという感情が溢れていく。多分これはどんなに溢れても枯れることはないのだろう。
 排水溝にゆるりと吸い込まれる水流に視線を落とし、晶は佐伯の愛撫に身を委ねる。

「晶」
「うん?」
「俺はお前でいいわけじゃないぞ。お前「が」いいんだ。それを忘れるな」
「……要、……」

 ズンと晶の中へ低く響く佐伯の声、下腹部に力を入れて何とか堪えたが、その声だけで思わずイきそうになってしまう。情欲の色を乗せた佐伯の声は雄の色気に満ちていて、耳元で囁かれれば鼓膜を犯されている気になってくる。

 振り向こうとする晶の躯を抱きしめて制止させると佐伯は首筋の後ろを舌でなぞり、腕を晶の蕾へと伸ばす。佐伯は唾液で指を濡らすとそのまま襞を開くように揉んでいく。十分に温まった躯は柔らかくなっており、蕾もまた同じく佐伯の指をすんなり受け入れた。

 幾度となく抱いている晶の躯は、初めて抱いた時よりずっと感度を増しているように感じる。男を知らなかった晶の躯は今はこんなにも容易く熱を放ち、佐伯を誘うように導いている。自分がそうさせたのだと思うと、佐伯は支配欲が満たされていくのを感じていた。

 佐伯の巧みな愛撫に翻弄され、躯が震え、壁へとついている手に力が入って晶の指先が白くなる。何度受け入れていても、この瞬間はどうしても僅かな緊張が走るのだ。体内へと入ってくる佐伯の指の違和感、その違和感が徐々に欲しくて仕方がない快感に変化する。

「んぁ……要、っ……」

 何か声に出していないと、うわずった喘ぎが漏れてしまう。声を押し殺して奥歯を噛みしめ、晶は佐伯の指先を想像するように睫を伏せた。増やされた指に内壁を撫でられ、曲げた指先で快楽のありかを擦られる。
 少し開いて立っている足が時々痙攣し、足先にも力が入る。背後から躯にあたる佐伯のペニスの感触さえ晶の欲情を滾らせた。
 佐伯が指をすっと抜くと、背後から腰を支える。空虚になった晶の中が、急かすように蠢く。

「挿れるぞ」
「……うん」
 指を添えた佐伯のペニスが躯の中へと侵入してくる。熱いそれが入り口へと触れた瞬間、甘い痺れが背骨を伝って駆け上がる。
「……っう……、っ、はぁッ」
「痛むか?」
「ちょっと、な……でも、全然へーき、だから……抜くなよ」

 元からゲイではない晶が数回で完全に慣れるには時間がかかるのは当然である。佐伯はゆっくりと少しずつ奥へと進み、すっかり晶の中へ納めると動かずにきつく抱きしめ肌を合わせた。繋がった部分が溶けてひとつになっていく気がする。
 馴染んでいく自分の中が貪欲に佐伯を欲して絡みつくのがわかる。解かれた佐伯の腕が再び腰へ添えられ、佐伯が動き出す。
 ずるりと抜かれ、また奥へと進んでくる。浅い部分を何度か抜き差しされ、その度に佐伯のペニスで堪らない場所をこすられる。合わせるように腰を揺らせば、その刺激は一層強くなる。

「ッア、……ぁ、ぁ……ッ」
「……晶」

 痛みはすっかり愉悦に流され、入れ替わりに訪れる刺激に立っているのがやっとである。掌だけでは支えきれず、思わず肘までを壁について壁に縋る。徐々に激しさを増していく律動に 合わせて腰だけでなく、脳みそまでも揺さぶられ軽い酩酊感が晶を襲った。下から突き上げるように蹂躙してくる佐伯のセックスは、内面の気性を表すように激しい。やわらかな肉を割って押し入ってくるそれが、晶の中へ溶け込んで行く。

求められているのを感じると躯だけではなく、自分の心の中までもが充溢していくのが嬉しくて……。
 何度も何度も佐伯の名を呼ぶ。その声が佐伯の中へ浸透するように響いていった。

「かな、め……、っ、ッ」

 俯いているせいで目の前に迫る自身のペニスがもう弾けそうなのがわかる。痛みを感じるほどに硬くなったそれは、指一本触れていないのに精を放とうとしている。
 佐伯は黙ったまま、一層奥へと雄を突き立てる。引き寄せられた腰が佐伯を呑み込んだ瞬間、晶は「ウッ」と声を漏らして震えると白濁を壁へと打ち付けた。同時に放たれた佐伯の欲望が晶の中に注ぎ込まれ腹を温める。

「……は、ぁっ……。やばい……落ち、る」

 力の抜けた晶を腕で支え佐伯が晶の蕾からペニスを抜くともう立っていられなくなってしまう。晶は振り返って壁に背を預け、ずるずるとしゃがみ込んだ。弾んだ呼吸が忙しなく吐き出され、心地よい疲労感が押し寄せる。
 しかし、変な体勢でいつも使わない筋肉を使ったせいか、すでに筋肉痛のような鈍い痛みがあった。耳に届くのは、絶え間なく聞こえる互いの息づかいと、降り続けるシャワーの音。
 晶は、『そういえば外も雨が降りそうだったっけ……』と先程見上げた空を思い浮かべていた。



「腰でも抜けたか?」
 心配しているというわけでもなさそうに佐伯は一度笑うと目の前にしゃがみ込む。
「そーじゃねーけど……今すぐ動くのは無理」
 佐伯はシャワーのノズルを晶へと向け躯の汗を流してやるとそのまま軽く口付けて頬を撫でる。
「立てないなら、そのまま尻をこっちへ向けろ」
「は?な、何でだよ」
「中で出したからな、指で掻きだした方がいいだろう。やってやる」

 平気な顔をして尻を出せと言ってくる佐伯に晶は頬を赤らめた。セックスに耽っているときは特別恥ずかしい事もないが、いざこうして落ち着いてから言われると、そんな行為がとても恥ずかしい物に思えてきてしまう。いくらそれが自分の身体の事を思い遣っての行動だとしてもだ。

「い、いいよ。自分でやる」
「いいから、大人しく尻を出せ。何を今更恥ずかしがっている。おかしな奴だな」

 佐伯には『恥ずかしい』という感情が理解できないのかと疑ってしまいそうである。結局拒否権はないらしい。晶は重い腰を上げて湯船の縁へと掴まって両膝をつき渋々佐伯に背中を向ける。すぐに指先が触れてくると覚悟を決めたのに、中々その瞬間が訪れない。
「……?」
 晶が振り返ると、佐伯が自分の尻をマジマジと観察しているのに気付いた。

「おい!何で人の尻観察してんだよ、早くやるならやれよ」
「いい眺めだと思ってな」
「なっ!」
「ちょっと力を抜いてろよ」

 佐伯がおかしそうに笑いながら指を差し込む。やっと熱の引いた場所だというのに佐伯の指先は容赦がない。奥から掻き出すように指を動かされ、その刺激に晶は反射的に目を瞑った。さっきまでの記憶が刻まれている躯が再び熱を孕みそうになる。
 掻き出された佐伯の白濁が内股に流れ出たのをみて、佐伯は指を引き抜き、ざっとシャワーで流して「これで大丈夫だろう」と満足気に頷いた。  
 
 
 
   *   *   *  
 
 
 
 互いに汗を流し、身体を洗ってバスルームから出た頃にはすっかり夜になっていた。バスタオルで身体を拭きながら、晶が口を開く。

「要ってさ、苦手な物とかないの?これに弱い!みたいなさ」
「それはあるだろう。人間だからな」

 片手で髪を拭きながら苦笑して佐伯が答える。

「マジで?何?教えろよ」
「秘密だ」
「ずりーぞ!俺の弱みを握ったくせに要は言わないのかよ」
「俺の弱みを握ってどうするつもりだ?」
「…………それは、色々とあるじゃん?」
「ほう……その色々とやらを是非聞きたいもんだな」

 答える気のない佐伯にはぐらかされ、タオルで乱暴に髪をかき混ぜられる。そのまま佐伯はさっさと着替え終わり、晶を残したまま脱衣所を出て部屋へ戻ってしまった。

 残された晶は重い腰をさすりながら、着替えを手に取る。佐伯が貸してくれたシャツを羽織ると、いつも佐伯に抱きしめられるのと同じ匂いがした。自分の濡れた髪も、同じシャンプーを使ったせいで佐伯と同じ匂いがする。何だか不思議な感覚だけど、幸せな気分には間違いない。

 結局佐伯の弱点は教えて貰えなかったが、それが自分の存在だという事を晶は知らないまま……。

 全身佐伯の物を借りて身につけている自分を鏡で見て思う。
 強引で愛想のない部分ばかり表だって見えるが、佐伯は十分優しい男だ。最近は何も言葉にしなくても、佐伯の行動が自分を想っての事だと気付く場合も多々ある。

 もう少し甘い言葉をくれてもいい気がするが、それはお互い様だから仕方がないのかもしれない。
――要ってやっぱり、いい男だよな……。
 そう呟いて、鏡の中の自分をみて少し苦笑する。




 濡れたバスタオルを洗濯機へと放り込んで、脱衣所を出ると微かに雨が降っている音が聞こえてくる。深夜頃降り出すかと予想していたが、結構早く降り出してしまったらしい。小さく響く雨音を聞きながら居間へと近づいた瞬間、晶は響き渡る女の悲鳴にピタリと足を止めた。

――え?……まさか……の展開?

 嫌な予感しかしないその先へおそるおそる歩を進め、居間への扉をそっと開くと予感は完全に的中していた。
 入り口で立ち尽くしている晶に気付くと佐伯がソファの自分の隣をポンポンと叩く。

「早く来い、借りた分だけは最後まで見るぞ」

 画面には、ご丁寧に少し巻き戻した『過ぎ去りし苦悩』が映画館さながらに上映されていた。てっきり過ぎ去ったとばかり思っていたが、そう甘くはないらしい。

――さっきの訂正……やっぱり……優しくないかも。

 晶は後30分は続くであろう目の前の苦行を噛みしめるように天井を仰いだ。  
 
 
 
 
Fin