俺の男に手を出すな2-7


 

 持ってきた絵本を楽しそうに読んでいる拓也の背中を見て、ふと思い出す。確か来月が拓也の誕生日だったはずだ。普段何もしてやっていないが、誕生日だけは毎年プレゼントを贈っているのだ。――もう4歳になるのか……。そう思っていると、それに気付いたように拓也がこちらへ一度振り向いた。

 佐伯はゆっくり立ち上がると拓也の側へ行き、広げられている絵本に視線を落とす。淡い色合いで描かれている絵本は幼児向けで、文字はほとんどない。
 主人公でもあるうさぎが、様々な場所へ冒険して、行く先々で仲間を増やし共に旅をする話しである。拓也の開いているページには沢山の仲間と楽しそうにおにぎりを食べている真っ白なうさぎが画面一杯に描かれていた。

――……、……この本は……。

「……その絵本、好きなのか?」

 佐伯が絵本に視線を落としたまま拓也へと呟く。
「はい、ぼくのいちばんだいすきな絵本です」

 得意げに佐伯へと差し出して嬉しそうに拓也が笑みを浮かべる。佐伯は次のページをめくり、僅かに視線を伏せた。

「3さいのおたんじょうびに、お母さんがくれたんです」
「そうか……。良かったな」

 そういう事にしてあるのだろう。その絵本は去年佐伯が誕生日に贈った何冊かの絵本の中の一冊だった。何度も読んでいるらしいその絵本は端が少し傷んでいて、拓也が気に入って持ち歩いていることを伝えるには十分だった。好みも一切分からず、手近にあった物を数冊選んだだけの贈り物なのに、どうやら大切にしてくれているらしい。
 隣に座る晶が拓也の誕生日を聞くと、来月である事を拓也が話す。

「お!じゃぁ、お母さんとケーキ買って、フゥーッてのやれるな」
「フゥーッて何ですか?」
「ほら、ケーキの上に蝋燭たててさ、フゥーッて消すだろ??」
「そうなのですか?」

 拓也はどうやら誕生日に蝋燭を消すという行為をした事が無いようで少しがっかりしたように肩を落とした。その様子を見て晶が慌てて話題を変える。

「あ、そういえばお兄ちゃんもフゥーッてした事ないんだった!」
「じゃあ、ぼくとおなじですね」
「うん、そうそう。一緒だな」

 二人のやりとりを聞きながら、向かい側へと佐伯も腰を下ろす。
「お兄ちゃんはおじさんと一緒のおうちに住んでいるんですか?」
 疑問に思ったのだろう。晶へと拓也が不思議そうに問いかけた。
「あ……、いや。今日はたまたま遊びに来ただけなんだ。一緒には住んでないよ」
「そうなのですか。まちがえました」
 拓也はすぐに納得したようで、晶へとにっこり笑っている。
「拓也は随分かしこいんだな~。いつもそういう話し方してんの?」

 佐伯もそれは最初から感じていた。美佐子のしつけに関して口を挟むつもりは毛頭無いが、この歳の子供はもっと落ち着きもなく、口調ももっと雑なはずだ。テレビで流行っている言葉をすぐに真似して母親に怒られている光景を診察時に見る事も珍しくない。拓也は、何がおかしいのか分かっていない様子で晶を見てきょとんとしている。

「ぼく、へんですか?」
「いや、変とかじゃねーけどさ、随分お兄ちゃんだな~って思ってさ」
「お母さんにいつもはやく大人になりなさいといわれているので」
「そ、そっか」

 これじゃぁ、どっちが大人かわからないなと晶は苦笑いを浮かべていた。晶に「随分お兄ちゃんだ」と言われて少し照れたような拓也が恥ずかしそうに下を向く。
 佐伯がふと時計をみると、もう9時半を過ぎている。子供はそろそろ寝る時間ではないかと考え晶に声をかけた。

「おい、晶」
「お?なに?」
「子供は何時に普通寝るんだ?」

 晶は時計に目をやり時刻を確認すると「そろそろじゃね?」と曖昧な返事を返す。佐伯も晶も、子供が何時に寝るのか等考えた事もないのだ。病棟にいる入院している子供達は消灯時間になったら強制的に寝させられるが、一般家庭の子供の生活は想像が付きかねる。少し考えた末、もう寝させた方がいいと言う結論になった。

「で?どうする?このままどっかに寝かせるの?」
「そうだな、……どうするか」

 拓也は着替えの下着と、一着セットで明日の服を持ってきているようだが、リュックの中にはパジャマらしきものは見当たらなかった。随分よそ行きの格好をしているのでこのまま寝させるというわけにもいかない気がする。かといって、もちろん佐伯の家に子供服があるわけでもない。暫く考えていた佐伯に晶が良い考えがあると言って佐伯に出来るだけ小さいTシャツを持ってくるように告げた。

「一枚くらいなら探せばあるが、かなり大きいぞ?」
「へーきへーき。ちょっと持ってきてよ」
「あぁ、ちょっと待ってろ」

 元々あまりTシャツを着ることが無い佐伯は、クローゼットの奥に、以前海外の土産でもらった絶対に自分では着ないTシャツがあったのを思いだし、それを引っ張り出した。サイズはMと書かれている。ハワイの土産なので、胸元に派手なハイビスカスが描かれている。佐伯がそれを手にして居間へと戻ると、まるで晶が父親のように拓也の着替えを手伝っている最中だった。

 自分で上手にボタンを外す拓也を晶が褒めると、拓也は得意げに他のボタンにも手を掛け器用に外してみせる。晶へとTシャツを渡すと、晶はそれを手にし「こんなの要が持ってるとか意外」とTシャツを広げて驚いている。「土産で貰った物だ」と付け加えると酷く納得していた。

「よしっ!まぁちょっとでっかいけど。いっか」
「ありがとうございます」

 佐伯のTシャツはワンピースのような大きさでぶかぶかではあったが、腰と肩の部分を晶が輪ゴムで一部縛った為、落ちてくる事はなさそうだった。本当に小さい……。佐伯は自分のTシャツにすっぽりと身を包む拓也を見下ろして、腕を組んだ。

「あの……」
 恐る恐る佐伯のズボンを掴む拓也に佐伯が腰を屈める。
「何だ?」
「歯をみがいてからねるように、いわれています……」
「歯磨き……か」

 すでに扱いに困っている佐伯をみて晶は後ろで笑っている。佐伯は拓也の手を引いて洗面所に向かった。しかし、ここでもまた問題が発生した。拓也の身長では洗面所に全く届かないのだ。少しそこで待っているように言い、佐伯が居間から椅子を運んで持って行く。拓也を抱き上げて椅子に立たせると今度は高くなりすぎである。しかし、他に台のような物は無いので、椅子に正座させて、棚から新しい歯ブラシを出して歯磨き粉をつけてようやく準備が整った。
 大人用の歯ブラシしかないので拓也の口には大きすぎるが、こればかりは仕方が無い。

「ほら、これでいいか?」
「はい。ありがとうございます」

 拓也の伸ばした手のあまりの小ささに佐伯はふと不思議な感覚を覚えた。もし、離婚していなければこうして拓也と手をつないで公園などにいったのだろうかと……。自分の血を分けた存在だというのに何故かそんな気は全くしない。しかし、基本的に子供は好きではない佐伯だったが、口をぶくぶくと泡で溢れさせ、一生懸命歯磨きをする拓也を見ているとその可愛さに気持ちが和むのも確かだった。

 拓也が歯磨きをすませ、丁寧にコップに歯ブラシをさすと佐伯に返してきた。明日の朝も歯磨きをするのだからと佐伯は椅子を少し脇へと寄せるとそのまま洗面所へ置いておくことにし、拓也を寝室に連れて行く。自分のベッドに一緒に腰掛けて、念のため感染症の兆候が出ていないか拓也の身体を診る。どうやらその心配はやはりなさそうである。
 佐伯はほっとしてベッドへ入るように上掛け布団をめくってやった。

「……あの」
「今度は、何だ?」
「いえ……、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」

 電気を全部消してしまうと怖がる可能性を考えて、佐伯は常夜灯だけを消さずにつけておいた。佐伯のベッドはクイーンサイズである。拓也はその真ん中にぽつんと沈むように横になった。上掛けをひきあげてやりながら、さっき何かを言いかけた拓也は、何を言おうとしていたのか少し考える。

――ちゃんと、聞いてやるべきだったか……。

 少しの後悔を感じながら、目を閉じる拓也の寝顔を見ていると、一人でも決して甘えてこないその存在に何となく昔の自分を見ている気になった。佐伯も子供の頃から、両親には自立した大人になるようにとそればかりを言われ、幼い頃から何でも一人でやってきたのだ。だからなのか両親に甘えたという記憶がない。広かった自宅では物心ついた頃から自室が有り、そこでいつも一人で本を読んだりしていた。夜もその部屋で一人で眠っていた。大きくて冷たいベッドで……。目の前の拓也と記憶が交差する。

 少しして佐伯が部屋を出ようと立ち上がると、その気配を察したのか拓也が少し目を開けて不安そうに佐伯を見る。何も言ってくるわけではなかったが、佐伯は立ち上がった腰を再び下ろした。

「眠るまでここにいるから、……安心しなさい」

 小さく頷いた拓也はおずおずと布団から手を出した。佐伯はその小さな手を握ってやる。拓也はやっと安心した様子でそっと目を閉じた。
 こんなに急に見知らぬ家に泊まる事になってどれだけ心細かったのか。眠いからなのか熱いくらいのその手を佐伯は包むように握る。暫くすると拓也の寝息が小さく聞こえてくる。寝顔はまだ本当にあどけなくて頼りなかった。やはりまだ子供なのだ。

 佐伯は拓也の手の温もりを感じながら拓也が生まれた日を思い出していた。あの頃はすでに夫婦仲は冷めていて離婚することはお互いに同意していた。その後、美佐子が妊娠していることが発覚したのだ。研究に没頭し、自らの自由も犠牲にしていた美佐子は、妊娠している事がわかった時酷く戸惑っていた。拓也は望まれてできた子供とは言い難かった。

 しかし、拓也が産まれた時、美佐子は「産んで良かった」と佐伯に泣きながら微笑んで言ったのだ。愛しそうに胸に抱く拓也の頭を撫でているのを見て、佐伯は思った。拓也に触れる資格が自分にはないと……。
 今ならもっとちゃんと愛情をかけてやれたのだろうか。佐伯はそんな事を考え、拓也が完全に眠ったのを見届けて手を布団の中にそっといれると立ち上がり部屋を出た。  
 
 
 
居間へ戻るとキッチンの換気扇の下で晶が煙草を吸っていた。いつもなら換気扇を回すことはあっても、わざわざその下へ行って吸う事は無い。

「拓也眠った?」
「あぁ」

 同じように晶の隣に行くと、佐伯も煙草に火を点ける。何時間かぶりに吸う煙草を味わうようにゆっくりと肺の奥へと吸い込む。あっという間に短くなった煙草を灰皿で揉み消すと、間を開けずにもう一本取り出して、すぐに火を点けた。轟音を鳴らして煙をどんどん吸い込む換気扇に向かって長く煙を吐き出す。やっと落ち着いた時間が戻って来た事にほっとする。

「お前がいて助かった。晶は子供の相手が上手だな」
 煙草を吸い終わって、冷蔵庫へと背を預ける晶に向かってそう言うと、少し照れたように晶が微笑む。
「俺も子供みたいなもんだからかな、同類ってやつかも」

「ほう、お前、子供だったのか?」

 佐伯がフッと笑って晶の首筋を指でなでる。その指を唇へと移動させてすっとなぞると、晶は佐伯の腕を掴んで軽く睨んだ。

「……おい、要。まずいって」
「何がまずいんだ?子供のくせに意味がわかっているような素振りだな」

 最後に煙をゆっくり吐き、吸っていた煙草を消すと佐伯は晶へと一歩距離を詰める。

「……んな事言ってる場合か、よ……。拓也が起きてきたら、どうすんだよっ」
「心配ない。ちゃんと眠っているのを確認したからな。すっかり今頃夢のなかだろう」

 片手を掴んで冷蔵庫へ押しつけると、晶を見下ろして佐伯が満足そうに口元を歪める。強く抵抗を示さない晶は、抵抗しないのか、それとも出来ないのか、佐伯が晶の唇へ自分の唇を重ねるとその薄い唇を開く。覆うように塞げば、互いに吸っていた煙草の味が混ざり合う。佐伯は濡れた音を立てて晶の唇を吸った後、耳元で囁いた。

「……可愛がらせてくれないのか?」
「…………、……」

 耳にかかる佐伯の声にゾクリとする。腕を伸ばして換気扇のスイッチを消すと佐伯が軽くキスをする。そのまま黙って手を引かれソファへと向かうと、佐伯は座る間もあけず晶の躯を組み敷いた。ネクタイを引き抜き、自らの上のボタンを片手で外した後、晶のシャツ越しに胸へ手をあてる。大きく開いた胸元に手を差し入れ、胸の突起を指で挟む。滑らかな肌を何度も辿る指先はわざと強い刺激を与えずに晶を焦らすように動いた。
 外されないボタンのせいで、佐伯の指は再びシャツ越しへと戻る。それがもどかしくて、晶は眉を寄せると佐伯を見上げた。

「……何で……服の上からなんだよ……」
「拓也が起きてきたら困るだろう?」
「……、っ……要……、性格悪いぞっ……」
「悪いな、生まれつきだ」

 佐伯は晶のベルトを外し、ファスナーをじりじりと下げるだけさげてその中に手を潜らせる。膨らむ布越しに晶の睾丸を揉んでは転がす。ピッタリとした晶のインナーは勃ち上がったペニスの形をくっきりと浮かばせ、その先にあたる部分が小さく濡れてシミを作っている。佐伯が親指で刺激するとシミは徐々に広がっていった。

「……ん、……ッ、ずりーぞ……要、俺ばっか……、……」
「どうしてだ?勝手に濡らしているのはお前だろう?」

 悔しげに「……クソッ」と悪態をつく晶に佐伯は薄く笑って、晶のインナーの中へと直接手を潜らせた。茂みを悪戯に指で弄り、降りていった指が晶のペニスをそっと握る。そのままカリを押し上げられ、急に届いた直接的な刺激に晶の口から小さく声が上がる。

「……ぁッ、……っ」
「気持ちよさそうだな、晶」
「べ、別に……、んなこと……、ねーし」

 自分だけ感じまくっているのが悔しい。着衣を脱ぐ事も無く一方的に攻められて納得がいかず、晶は佐伯のスラックスに手をかける。そして何となく入り口をみた瞬間息を飲んで、その手を止めた。
いつからいたのか、そこには拓也が此方を向いて立っていたのだ。

「うわ!!!!た……拓也」

 ガバッと起き上がった晶に佐伯も驚いて振り向くと拓也が目を擦りながら此方を見ている。ひとつ咳払いをして、晶の身体から離れた佐伯を晶が睨む。

「眠ってたっていってたのはどこの誰だっけ?お・じ・さ・ん」

 そして自分のファスナーが全開なのに気付き慌てて引き上げた。濡れた下着が冷たいがそんな事に構っていられない。晶はまだ熱のさめない部分を隠すようにシャツを出した。

「た、拓也。あのな……これは……その……」
――その……何!?

 後の言葉が思いつかず、思わず自分でつっこんでしまう。佐伯が服を脱がせて行為に及んでいなくて本当に良かった、と心から思っていた。さっきは「こいつー!」と思っていたが今は「ナイス!要」と拍手を送ってもいいくらいである。乱れた髪をかきあげて、ソファへとちゃんと座り直した晶を見て、佐伯は立ち上がると拓也の元へ向かい、抱き上げて戻って来た。
 晶の隣へ拓也を降ろすと、拓也が晶の横顔をじっと見ている。

「どうした?眠れないのか?」

 佐伯が立ったまま拓也にそういうと、「……いえ」と小さく答え、その後酷く心配そうに晶の顔を覗き込んだ。
「ど、どうした?拓也、目覚めちゃったんだ?」
 少し落ち着きを取り戻した晶の横へと佐伯も座る。

「お兄ちゃんはだいじょうぶですか?」
――「え?」
――「ん?」

 佐伯と晶は意味が解らず揃って顔を見合わせる。すると、拓也が続けて「おなか痛くなっちゃったんですか」と問いかける。やっと理解が追いついた晶はほっとしたように胸をなで下ろした。ソファへと寝ていた晶が具合が悪くなったのだと勘違いしているらしい。冷静に考えれば、まだ3歳の子供にセックスがわかるはずもないのだ。

「そ、そうそう!!そーーなんだよ。お兄ちゃんちょっと腹が痛くてさ、おじさんに診てもらってたっつーか。な?要」
「そうだな」

 心配そうな拓也に晶が「もう痛くないから」と微笑むと、拓也はやっと安心したように二人を見上げて嬉しそうに笑った。

「おじさんも、おいしゃさんなんですか?」
「あぁ、そうだよ」

 拓也の顔がパッと明るくなり、佐伯を見る目がキラキラと光る。

「ぼくも大きくなったら、お母さんとおじさんとおなじおいしゃさんになるんです」
「お!そうなのか~。頑張れよー拓也」

 晶がくしゃくしゃと拓也の髪をなでると、拓也は少し照れたようにはにかんだ。しかし次の瞬間一気に顔を曇らせしょんぼりと俯く。

「ん??どした?」
晶が拓也の顔を覗き込む。
「……あの……、……」

 言いずらそうにもじもじしている拓也を晶は抱きかかえ膝の上に乗せる。子供特有の甘いような香りが晶の鼻孔をくすぐり、拓也の体温が伝わってくる。艶のある髪をそっと撫でながら待っていると拓也が口を開いた。

「……ぼくは…………」
「ん?お兄ちゃんに聞かせて」

拓也は顔を上げると、寂しそうに呟いた。

「お母さんは、ぼくがなかなか大人にならないから……、きらいになったのかな……」

 今にも泣きそうな拓也を晶はぎゅっと背中から抱き締めると、その腕を拓也が両手で頼りなく掴む。
小さな背中は晶の膝の上で余計に小さくなった。心配で目が覚めてしまったのだろう。不安げな背中に佐伯が腕を伸ばし触れる。大きなTシャツから出た拓也の肩は冷たくなっていた。顔を覗き込むようにして、佐伯がまっすぐ拓也を見て言い聞かせるように話す。

「そうじゃない。お母さんは明日ちゃんと迎えに来る。お前が大切だから、今夜ここに預けにきたんだ。嫌いになるわけないだろう?余計な心配をしなくていい」
「そうだよ。拓也はこんなにいい子なんだから、嫌いになるわけないって」
「……そうかな」
「そうそう!!ぜってぇ大好きだって。俺も、おじさんも拓也の事大好きだしなっ」

 拓也は二人に頭を撫でられ、また笑顔を取り戻した。

「ぼくがおいしゃさんになったら、お兄ちゃんがおなかいたいのなおしてあげます」
そう言って晶へ身体ごと振り向くと細い腕をまわして晶の胸に甘えるように抱きつく。

「お!マジで。んじゃぁ、楽しみに待ってるな」
「はい!」

 佐伯は晶の膝の上に抱かれて笑っている拓也を見て少し目を細めた。家族の温かさとは無縁の生活を送ってきたが、家族というのはこういうものなのかと妙な気分になる。

「よ~し!んじゃ今日は3人で一緒に寝るか」
「はい!」
「俺は明日の準備をしたら行くから、先に行ってろ」
「了解~」

 寝る準備を一通り済ませ、晶が拓也の手を引いて佐伯の寝室に向かう。二人がいなくなった後、キッチンで煙草を一本吸い、明日の朝の用意をしながら寝室から聞こえてくる声に耳を傾ける。何をじゃれて遊んでいるのか、時々楽しげな笑い声がしている。暫くすると、その声は聞こえなくなった。

 居間とキッチンを片付け、最後に電気を消して佐伯も寝室に向かう。音を立てないように静かにドアを開けると、二人とももうすやすやと眠っていた。ちゃんと上掛けをかけないと風邪を引くというのに、すっかり身体が出ている。
 拓也に腕をまわしたままの晶にくっつくようにして眠る拓也の顔は何処か幸せに微笑んでいるように見える。

 佐伯は交互に拓也と晶の顔をみながら二人の肩まで上掛けをひきあげ、自分も端の方に静かに入った。少しして、部屋の中には静かな寝息が3人分聞こえた。