way past midnight

 

 

 

   明日はクリスマスイブで、当然だが明後日はクリスマス当日である。 
 キリスト教徒だとか、そういう細かい事は一切関係なく、世間では年に一度の恋人達の熱い夜が繰り広げられるのが当然の風潮になっている。約束はしていないが、晶もクリスマスイブの夜は佐伯と過ごすのが当然だと思っていたし、今日23日まで、佐伯も特別用事があるような事は一言も言っていなかった。 
 
 イブ当日は店内でクリスマスパーティーが派手に開催される事は毎年決まっているので、会うとしても日付が変わってからになってしまうが、アフターは断るつもりで居るので時間は十分作れるだろう。 
 
 晶は開店前の店内で、中央に飾り付けがしてあるクリスマスツリーの飾りを指でつついた。ゴールドの大小様々なボールが、晶が触れたことにより少しだけ揺れる。いつのまにか隣に来て、晶の真似をして飾りを弄っている信二が口を開く。その声のあまりの沈みっぷりに驚いて、晶は思わず一歩後ずさった。 
 
「うわ!何だよ。どうした~!?5分前に失恋した男みたいになってんぞ」 
「…………」 
 
 いつも元気が有り余っているような信二しかみた事が無いので、こんなにしょげている姿はある意味貴重なのかもしれない。ふざけて言った晶の台詞に、信二は沈黙という手段で返してきた。クリスマスのオーナメントを弄る信二の指先も心なしか勢いがなく見える。 
 
「……え?もしかして、洒落になってなかったとか?」 
 
 苦笑して顔を覗き込む晶に、信二は一言だけ返してくる。 
 
「まぁ……、似たようなもんですよ……」 
「……マジで?……っていうか、お前彼女いつ作ったんだよ」 
「彼女なんていませんよ……。いないから今こうして、こんな暗い店内でツリーの飾りと戯れて己の寂しさを誤魔化してるんじゃないっすか……」 
「あ、いや……。別に俺、戯れてるつもりはねーけど?」 
「……はぁ………。晶先輩はいいっすよね……。クリスマスは、恋人と夜景の見えるホテルで甘い夜を過ごして……、三角の紙で出来た帽子みたいのかぶって七面鳥食べるんっすよね……。んで、クリスマス当日の朝は『おはよう、ハニー』とか言ってキスで起こしたりするんでしょ……。俺、知ってます」 
 
――それは、ないな。 
 晶は断言できた。 
 
 いつの時代のドラマなのかわからないが、そんなベタなクリスマスを過ごした事もなければ、過ごしたいと思った事も無い。しかも夜景の見えるホテルというのはわかるが、鶏肉ではなく正式な七面鳥を食べるとか、どこのアメリカのホームドラマだよ!とツッコミたくなってしまう。色々言いたい所ではあるが、どこから突っ込んで良いかわかりかねた晶は一言だけ返した。 
 
「……七面鳥は、多分食わねぇと思う」 
「……そういう事じゃないっす」 
「うん……、だと思った」 
 
 信二があまりに何度も溜息をつくので辺りの空気が若干重くなった気がする。人の出す負のオーラは重力さえも変えてしまうのかと感心しつつ、晶は信二の肩に両手を置くと落ち込む信二の顔を真っ直ぐ見る。 
 
「クリスマスだからって、恋人といなきゃいけないって決まりとかないしさ!元気出せって!な?」 
「……やっぱり、晶先輩も恋人と過ごすんですね……。誘わなくて良かったっす……余計凹む所でした」 
「あー、いや……悪ぃ。そういうわけじゃねぇけど、多分ダチと会うから」 
 
 なるべく嬉しそうな表現は避けて、友人と会うという事を印象づけるように信二に告げる。そして、告げながらふと考えた。本当にクリスマスイブは佐伯と会えるのかどうか。何も約束をしていないという事実に徐々に不安になってくる。 
 
「まぁ……いいっす。俺、そろそろ着替えてきますね」 
「お、おう……」 
 
 信二が店の裏にある待機部屋へと向かい、姿が見えなくなったのを確認して、晶は胸元からプライベートの携帯を取りだした。店の入り口から廊下へ出て、佐伯の番号を呼び出す。そう、ちょっと確認するだけだ。 
 念の為に、軽ーい感じでイブの予定を聞き出すだけ。 
――別にクリスマスだからってわけじゃないから! 
 何となく、言い訳したくなってそう思いながら晶は携帯を耳にあてる。時間帯からして電話に出てくれる可能性は高い。予想は当たり、あっさりと佐伯が電話口に出た。 
 
「あ、俺だけど。今平気?」 
『あぁ、何だ』 
「いや、あのさ……、別に深い意味はないけど、明日の夜ってどうすんのかなーって」 
『明日?何の話しだ……。別にどうもしない。夕方からは長時間のオペが入っているから終わるのは深夜だが』 
「え……。そう……なんだ?」 
 
 まさか現代の日本において、クリスマスを知らない等という事はないだろうが佐伯はまるで普段と変わらない様子でそう言った。何の話しだって、こっちが聞きたいくらいである。しかし、晶はその言葉を返すのを躊躇い、無理矢理と喉の奥へと押し込めた。 
 
 佐伯が相手をしているのは、病気で苦しんでいる患者であり、クリスマスがどうのとか浮かれて言っている場合ではないのがわかるからだ。 
 
――じゃぁ、オペは何時に終わる?その後は会えるの?……俺は一緒にいたい……。 
 
 晶の中で言えない言葉が、どんどん溜まって消化されずに胃の辺りを重くする。だけど、口から出た言葉は全く別の言葉だった。 
 
「そっか、わかった。手術頑張れよなっ!また電話するわ」 
『ああ、用件はいいのか?』 
「あー……うん!別に特に用事とかねーし」 
『そうか、じゃぁな』 
 
 通話を切って、晶は軽い溜息をつく。本当は会いたかった。だけど、会えない理由が理由なだけに諦めるしかない。店内へと戻り、再びツリーの前で足を止める。 
 
――七面鳥って、どんな味がするんだろう。 
 
 晶はそんな事を考えながら、てっぺんに飾ってある大きな星を見上げ、先程の信二に続いて深く溜息をついた。 
 
 
 
     *     *     * 
 
 
 
クリスマスイブの、深夜1時。 
 
 家族連れなどはすっかり消え失せ、ほぼ全てが恋人同士しかいないように見える街の中を、晶は信二と二人でとぼとぼと歩いていた。足取りはこの上なく重かった。しかも寒い。 
 
「信二、お前運悪すぎじゃね?……よりによって一番外れくじ引くとか……」 
「そうっすね……。でも、晶先輩も俺に負けず劣らず運悪くないですか?だって……」 
「やめろ……言うなっ!もうやめとこうぜ……。余計に空しくなるっしょ」 
「……ですね」 
 
 結構本格的に作られたサンタクロースの衣装に身を包んでいる晶は、恥ずかしさのあまり真っ赤な帽子を思いっきり目深にかぶっている。コンビニの店員じゃあるまいし、クリスマスの夜にサンタコスプレで外へいる人間などそうそういない。 
 
 いや、学生の多い街であるなら、酔った学生がふざけてサンタコスをしてはしゃいでいる可能性はあるかもしれないが、ここ、麻布に関してはそういう人間は見当たらなかった。 
 
 何故サンタコスをしているかというと、つい先程まで行われていた店内でのゲームでハズレくじを引いてしまったからである。No1だからといって許される事が無い公平なくじ引きで、自分で引いてしまったのだから誰にも文句は言えない。 
 晶の引いたくじは【サンタクロースの仮装で駅向こうのコンビニから酒を買ってくる】という物だった。何故かここ近辺には同じ系列のコンビニしかなく、駅を越えた先に一軒だけ別のコンビニがある。そこで買ってくると言う事は、コスプレで結構な時間歩かないといけないのだ。証拠としてそのコンビニで酒を買うと言うだけで、罰ゲームのメインはもうすでに現在進行中で行われていると言う事だ。しかし、これでも最下位のくじではないのだ。晶は隣の信二を哀れみの表情で見つめる。 
 
「……泣くなよ?信二」 
「泣かないっすよ……これぐらいで、とりあえず、早くコンビニいきましょう……。この衣装めっちゃ寒いんで、修行僧の気分っすよ……」 
 
 信二がそう言って震えている。サンタクロースといえば相棒は真っ赤なお鼻のトナカイと相場が決まっている。信二はトナカイのコスプレなのである。そして、最下位のくじは【トナカイの着ぐるみで、コンビニでコンドームを買ってくる】という容赦の無い物だった。二足歩行のトナカイというものが、こんなに哀愁漂う物だとは思っても居なかった。茶色の着ぐるみの信二は、幾ら中身がイケメンだとしてもそれを帳消しにできるくらいにはインパクトがある。180を越す二人が、仮装で街を歩く姿は端から見たら異様であった。 
 それを証拠に、まだ人通りの少ない通りを歩いているにもかかわらず、すれ違い様に笑われた回数はもうすでに10回は越え、晶は数えることを放棄している。 
 
「お前、風邪引くなよ?」 
 
 何度もクシャミをしている信二の衣装は相当に寒そうである。 
 
「あ、俺の帽子かしてやろっか?結構あったかいけど、これ」 
「いや……どうなんっすか?身体がトナカイなのに、帽子だけサンタとか……。夢が壊れませんかね」 
「――お前のそういう真面目な所、マジで尊敬するわ」 
 
 晶が苦笑して足を速める。店内のパーティーは晶達が着替えて店を出る時にはすでに相当盛り上がっていて皆かなり酔っていたので、本来ならこのままどっかにふけても大丈夫そうではある。しかし、晶も、そして信二も、イブだというのにこの後の予定がないのだ。晶と信二は、お互いをチラリとみて心の中で同情の言葉を掛け合っていた。 
 
 この場合、恋人がいるのに肝心の恋人が全くクリスマスを取り合ってくれず会う約束すら無い晶と。最初から恋人などおらず、通常通り(ちょっと寂しさ割り増し)な信二と。どちらがマシかと問われると、どちらもいい勝負である。 
 人通りの多い路地を避けて進んでいたが、そろそろ駅が近いので仕方なく表通りに出る。 
 
 無言のまま先に見えるコンビニに走って近づくと、晶と信二は店内へと足を踏み入れた。ピンポーンという入店を知らせる音が軽快に鳴り、立ち読みをしていた若者が一度晶達を見て驚いた顔をし、目が合う前にそそくさと雑誌に視線を戻す。 
 晶は誰にも聞かれていないのに、少し店内へと聞こえる声で信二へと話しかけた。 
 
「いやぁー……マジで罰ゲームとか勘弁して欲しいよな!好きでこんな格好してるとか思われたらたまんねぇよ」 
 
 言い訳めいた事をわざとらしく声にする晶の意図する所をすぐに汲み取り、信二も合わせて返事を返す。 
 
「ほんとっすよね!買う物まで指定されてるとか。俺、別にコンドームとか全然いらないんで!マジで」 
 
 信二の「コンドーム」という言葉に、店内の視線が逆に集まってしまった気がする。その名称まで言う必要はなかったのではと晶は苦笑しつつ、隣の信二を見る。店員からは明らかに『変な客がきた』という目で見られており、晶は素早く酒の棚へ向かうと、適当なアルコールを数本選んでカゴにいれた。 
 
 その時、新たに客が入ってきたようで入り口の自動ドア開く音がする。何気なく入り口の方へ目を向けた晶は驚きのあまり、持っているカゴを落としそうになった。 
 店に入ってきたのは、帰宅途中の佐伯だったのだ。 
 そういえば、深夜にオペが終わるような事を言っていたので、丁度帰りに立ち寄ったのだろう。佐伯の方は晶達にはまだ気付いていないようだが、徐々に近づいてくる。こんな格好をしている時に佐伯と会うなんて、何を言われるかわかったものではない。 
 
 晶が横歩きで棚沿いに移動し、佐伯には常に背中をむける形でレジへと向かう。少し離れた場所でコンドームの箱を手にした信二が晶を見つけて声をかける。 
 
「会計しちゃいますか?別々が良いのかな……。レシートとか店帰って確認したりするんっすかね?」 
 
 『晶先輩』という名前が含まれていない台詞に胸をなで下ろし、晶は小走りで信二に近づいて「別々で」と一言だけ呟いてすぐにレジにカゴを置く。佐伯がこちらに気付いているのではと思うと、暑くもないのに嫌な汗が浮かんでくる。何度も晶の姿をチラチラとみて半笑いの店員に、心の中で「早く!早く!」と急かしつつ、財布から金を出す。 
 
 入り口に一番近いレジでは信二が恥ずかしそうにコンドームを買っている。そして中央のレジ。晶が釣り銭を受け取って横を見ると、明日の朝食なのか、食パンを一斤手に持ってレジの店員に煙草の銘柄を告げている佐伯がすぐ隣に居た。 
 
 佐伯は、トナカイの着ぐるみの信二の方に気を取られているらしく、視線を信二に向けたまま眉を顰めている。晶はその隙に中央のレジの後ろを通り抜けようと俯いて顔が見えないようにしながら佐伯の背後を通ると、振り向かないまま佐伯が小さく笑う声が耳に届いた。 
 
「随分とガラが悪いサンタクロースがいたもんだな」 
 
――気付かれてる!!! 
 
 一体いつから気付いていたのか、佐伯の言葉は明らかに晶へ向けた物である。もういっそ、こっちから声を掛けてしまってもいい空気ではあったが、それには一つ別の問題が浮上した。 
 今は信二も一緒なのだ。佐伯のその台詞が聞こえたらしい信二は、「うわ……直球な嫌味っすね……。絡まれたらやばいんで、早く出ましょう」と危機を感じているようなそぶりで晶を急かす。信二は声が元々大きいのでその言葉が佐伯に届いているのは確実だった。 
 
 しかし、佐伯はまるで聞こえていないように会計を済ませた後、晶達を素通りして店からさっさと出て行ってしまった。 
 
 我に返った晶が信二と二人で続いて店を出る。店を出てすぐに通りを見渡してみたが、どこに消え去ったのか佐伯の姿は見当たらなかった。電車は終電が終わっているので駅へ向かったとも考えづらい。どこかに駐車してコンビニへ立ち寄ったのかも知れない。 
 
 どうせバレたのなら、一言声を掛けても良かったかな……。見事な佐伯のスルーっぷりに、隠していた事が何だかどうでもよくなってくる。歩き出す晶の携帯が、サンタ衣装のポケット内で小さく震えている。メールが届いた証拠である。特にそれを取り出して確認することもなく、晶は小さく笑った。これはちょっとした賭けなのだ。 
 
「さっきのコンビニの客、何だったんっすかね?いきなりあんな事言ってきてちょっとビビリました」 
 
 並んで歩く信二が真顔で晶へと呟く。 
 それはそうだろう。佐伯は普通にしていてもどこか謎めいた雰囲気でもある上に、あんな事を見知らぬ他人に言うなど喧嘩を売っているか、さもなくばちょっとやばい思考回路の持ち主である。 
 
「ほんと、それな。俺はもう慣れてっけど」 
「え?」 
 
 信二が意味がわからないと言うように首を傾げている。晶は佐伯を思い出して苦笑いをしつつ、急に楽しい気分になってきて空を見上げた。他の人には理解できずとも、自分だけは佐伯の事をわかっているというのが特別な事に思えてちょっと幸せだった。クリスマスイブはとっくにすぎてクリスマス当日になった夜空には、くっきりと月が浮かんでいる。 
 目を懲らせばサンタクロースがソリにのって空を駆け抜けるのが見えるような気がしてくる。 
 
 店の入っているビルの前まで辿り着くと、晶は信二へと酒が入ったコンビニの袋を手渡してニッっと笑顔を見せた。 
 
「晶先輩?」 
「俺、ちょっとプレゼント渡しに行ってくるわ」 
「は?」 
「イブは終わっちゃったけどさ、良い子にはサンタさんがプレゼントあげないといけねーだろ?起きた時に、靴下が空っぽだったら可哀想だし」 
「……え?何の話しっすか?」 
「クリスマスの話しに決まってるっしょ!後は頼んだぜ、信二」 
「ちょっ!晶先輩!?――何処にいくんっすか??ってか、その格好のままで!?」 
 
 晶はサンタクロースの格好のまま走り出し、少し離れて信二へと一度振り向いた。 
 
「その酒、俺からのクリスマスプレゼント。それ飲んでお前も楽しい夜を過ごせよ~!メリークリスマス」 
 
 晶の姿が見えなくなった後、信二はコンビニの袋をのぞいてみる。一人用の小瓶に入ったロゼのシャンパンと、クリスマス限定缶のビールが3本、そして何故か酒と一緒に棒付きの大きなキャンディが入っていた。 
 クリスマスツリーの形をしたそれの包みをあけ、信二は口に咥える。 
 
 ツリーの部分はメロン味で、オーナメントにあたる部分はバナナや苺の味がする。酷く複雑な味ではあったが、結構美味しい。いつ舐め終わるのか予想できないほど大きなその飴は、店に飾ってあるツリーを思い出す。 
 
――飴とか……あの人、いつのまに買ったんっすかね……。 
 
 信二は小さく笑って、飴を手にしながら店への階段をゆっくりとのぼっていった。寒かったトナカイの着ぐるみでいるのはもう終わりである。晶と一緒なら来年も又罰ゲームになってもいいかな、なんて思っている自分がいた。 
 
 
 
 
     *     *     * 
 
 
 
 
 今さっき通ってきた駅までの道を逆走しながら、晶は先程の店を出てすぐ携帯に届いていたメールをみる。予想通り、送ってきた相手は佐伯である。 
 駅前のパーキングに停車しているとだけ書いてあるメールの最後に、サンタクロースの絵文字が一つだけ打ってある。佐伯が絵文字を使っているのを見たのは、多分これが初めてだ。どんな顔をしてこの絵文字を探して挿入したのか、メールをうつ佐伯を想像するとシュールな光景である。晶は再び足を速めて夜の街を全速力で駆け抜けた。 
 
 佐伯のメールに書いてあった通り、6台ほど駐められる駅前のパーキングにはポツンと佐伯の車だけが駐車していた。 
 走って側によって、フロントガラスを軽くノックすると助手席のドアがロック解除される。まさか、サンタクロースの格好で戻ってくるとは思っていなかったのだろう。息を弾ませて乗り込んできた晶に、佐伯は呆れたように小さく笑った。 
 
「車じゃ無くて、ソリの方が良かったか?」 
 
 そう言って、晶の帽子を取り去る。佐伯が、はらりと落ちてきた晶の前髪に指を絡ませ後ろへと流すと、晶はその腕を掴んで悪戯な笑みを浮かべた。
 
「ガラの悪いサンタでもいいなら、プレゼントやってもいいけど?どうする?」 
「……フッ……。ガラの悪いサンタクロースは嫌いじゃない。折角だから、貰ってやるよ」 
 
 佐伯は晶の腕を引いて、その耳元に接吻ける。くすぐったそうに肩を竦める晶をシートの背に押して、佐伯は晶の唇へと自分の唇を重ねた。サンタクロースの格好のまま佐伯とキスをしているなんて、昨日までは想像もつかなかった事だった。 
 
 夜景の見えるホテルでの優雅な甘い夜には程遠いが、これはこれで幸せだと思ってしまうのだから仕方がない。 
 佐伯へと口付けを返しながら、晶は漏れる吐息と共に一言だけ言葉を口にした。 
 
「――要、会いたかったぜ」 
「ああ、――知ってる」 
 
 車内の天井は低いし、足も思いっきり伸ばせない。エアコンはエンジンを切っているので消えていて、車内の温度は多分とても低い。 
 だけど、抱きしめてくる佐伯の腕はとても温かくて、交わす口付けは熱帯夜より熱かった。 
 
 時刻はもう3時を回っていて、クリスマスの賑わいもそろそろ終息していくのだろう。25日が終わったって構わない。佐伯と自分のクリスマスは今始まったばかりなのだから。 
 
――メリークリスマス 
 
 晶は小さく呟いて、佐伯の首筋に消えない跡を刻んだ。 
 
 
 
 
fin