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俺の男に手を出すな 4-6


 

 長かった倜が明け、カヌテンの隙間からがんやりず朝日が射し蟌むに぀れお重々しかった空気が僅かに軜くなる。埅っおいたかのように䜐䌯は立ち䞊がり、窓ぞ向かうずゆっくりずカヌテンを開けた。 
 カヌテンレヌルを走る金具の音は思ったよりも隒がしく、晶が目を芚たしたのでないかず途䞭たで匕きかけおフず背埌に眠る晶を芋たが、䜐䌯の考えは杞憂に過ぎず、眠る晶からは盞倉わらず寝息が聞こえる。 
 再び途䞭になっおいたカヌテンを開けきるず、䜐䌯は窓の倖ぞず芖線を向けた。 
 
 雚は止んではいたが、そう倩気が良いわけでもない。時々雲が流れる瞬間だけ匱い日が射すだけで空はほずんど厚い雲に芆われおいた。冬の季節の始たりを感じさせる濁った朝だった。 
 
 䜐䌯自身もそんな倩気ずリンクするかのような気分である。䞀晩䞭起きお看病をしおいたわけではないにせよ、眠ったず蚀っおも䜕十分かうたた寝した皋床なので䜓が劙に重い。倜勀あけの日だずしおも今日よりはマシで、偏に粟神的疲劎の床合いの方が匷い事を物語っおいる。 
 
 予想はしおいた物の晶の熱は䞀晩䞭䞋がる気配を芋せず、時々無意識に寝返りを打ち、苊しげに息を吐くのを、䜐䌯は堪らない気持ちで芋おいるしかなかったのだから  。 
 
 医者ず蚀っおも、薬や噚具がないこんな堎所では䜕の圹にも立たず、普通の人間ずさしお倉わらない。せめお朝が来お病院ぞ連れお行くたで楜に眠れるように環境を敎えおやる事しか出来なかった。 
 日頃、どんな難解な手術もこなす指先を窓硝子ぞ向けるず、䜐䌯は「  ぀たらんもんだな」ず自虐的な笑みを零し、现く窓をあけ胞ポケットから煙草を取り出し䞀本咥える。 
 
 隙間から吞い蟌たれた玫煙が窓の倖を曇らせおは流れおいく。肺の奥にたで届いた煙草の煙は埐々に䜐䌯の頭をクリアにさせおいった。 
 今いる晶のマンションから、勀務先の敬愛䌚総合病院たではだいたい䞀時間も芋れば䜙裕がある。腕時蚈を確認するずそろそろ晶を起こした方が良い時刻だった。 
 
「――ん  かな、め」 
 
 窓の倖を芋おいた䜐䌯に掠れたような晶の声が届く。 
 䞁床起こそうず思っおいたが、どうやら䜐䌯の動く気配で目を芚たしたらしい。䜐䌯は煙草を近くの灰皿でもみ消すず、倖気が入っおきお晶にあたらないように窓を閉めお振り向く。 
 
「起きたのか」 
「  うん」 
 
 晶は額に乗せられおいたタオルを取り去るず、ゆっくりず䞊半身を起こす。䜕床か頭を振っお眠気を払うようにするず、気だるげな雰囲気を纏ったたた眩しそうに目を现めお䜐䌯を芋䞊げた。 
 
「あれ  芁、もしかしおずっず寝おねぇの」 
「いや、さっき起きただけだ。ちゃんず眠った」 
「  倧䞈倫かよ。今日も病院だろ」 
「――病人に心配されたくないもんだな」 
 
 䜐䌯は少し苊笑するず晶の偎ぞ腰を䞋ろす。尚も心配そうに䜕かを蚀おうずした晶だったが、痛めおいる喉が詰たったのか蚀葉を出す前に軜く咳き蟌み、そのたた痛そうに顔を顰めるにずどたった。 
 熱は䞋がっおいないはずなのに、人のこずを真っ先に心配しおいるずころが晶らしい。そう思いながら、ただ寝起きの幟分がヌっずしおいる晶ぞ䜐䌯は䜓枩蚈を差し出した。 
 
「そんなに䞋がっおないずは思うが、䞀応枬っおみろ」 
「あぁ、  うん」 
 
 晶が䜓枩蚈を咥えおいる間に䜐䌯は氷が溶けおかさを増した掗面噚を片づけた。もう少しゆっくりさせおやりたいが、倖来が開くたでに凊眮をするずなるず、そろそろ甚意をしお出かけなければ間に合わない。音が鳎った䜓枩蚈を䜐䌯はさっず取るず確認し、案の定の結果に枋い衚情をした。 
 
「  38床2分か  。たぁ、朝だからな」 
「俺、もう平気だっお。今日は店䌑むし、芁も心配すんなよな」 
「その調子じゃ、倜になったらたた熱が䞊がるぞ。薬を凊方しおやるから䞀緒に病院ぞ来い」 
「え病院っお  芁んずこ」 
「あぁ。どうせかかり぀け医など、いないんだろう」 
「そうだけど  、薬局で颚邪薬買っおくれば平気じゃねぇの」 
「䜕だ晶、泚射でもされるず思っおるのか」 
 
 晶が『泚射が苊手』ず蚀う事を知っおいる䜐䌯にからかわれ、晶は䜐䌯を軜く睚んだ。 
 
「べ、別に、そういうわけじゃねヌけど」 
「たぁ、少し炎症が酷いからな。垂販の颚邪薬じゃ䞭々治らないかもしれん」 
「わかったよ  。行けばいいんだろ」 
「そういう事だ。さお、そろそろ甚意しろ。保険蚌を忘れるなよ」 
 
 晶は再び出だした咳を䜕床か繰り返したあずブツブツず文句を蚀いながら䞀人で立ち䞊がった。ベッドぞ暪になっおいた時はさほど感じなかったが、やはりいざ起きあがっおみるずかなりの䜓の怠さに驚く。 
 
 噛み合わないような関節がぎしぎしず痛み、喉は唟を飲み蟌むのも難儀なほど痛い。日頃健康なだけに、䜙蚈にその差を感じおしたっおいた。䜐䌯が昚倜から䜕も氎分を摂っおいないのを気にしお、晶の背埌から氎分を摂れず蚀っおくるので、党く飲みたくはなかったが仕方なく冷蔵庫からミネラルりォヌタヌを取り出しおキャップをあける。 
 重い䜓を支えるためにシンクの瞁を掎んだが、その冷たさにゟクリずしお手を攟す。昚倜はうっすらず感じる皋床だった吐き気が、今ははっきり感じられるぐらいになっおいお、晶は䞍快感のある胃の蟺りに掌を圓おお摩り、そのたたボトルを口に付けた。 
 
「今床から、䜕本かスポヌツドリンクを眮いおおけ。垞枩でな」 
 
 準備をしながら䜐䌯が蚀う通り、ボトルの氎はかなり冷たくお、飲み蟌んだ瞬間その冷たさが胃に響いた。突然の冷氎を流し蟌んだ事で胃が非難するように吐き気を蚎えかける。 
 
――やばい、吐きそう  。 
 
 予想倖の急な吐き気に、晶は慌おお口元を抑え䞀瞬足を止めた。 
 
「――晶」 
 様子のおかしい晶に気付き、䜐䌯が声を掛けるず、晶は俯いたたた小さく呟いた。 
「ちょっず、トむレ  、着いお、くんなよ  」 
 
 䞀蚀だけそう蚀っお郚屋を出る。 
 トむレのドアが乱暎に閉たる音がしお、少しするず抌し殺しおいるようなえづく声が聞こえおくる。着いおくるなず蚀われおも、苊しげに吐いおいる様子の晶を攟っお眮くわけにもいかない。䜐䌯は氎のボトルを持っおいこうず手に取り、銖を振った。流石にこれは冷たすぎる。 
 
 仕方がないので手近にあった倧きめのマグカップにボトルから氎を泚ぎ、急いで電子レンゞぞず突っ蟌む。最倧ワットにしお1分ほど枩めお取り出したマグカップを持っお廊䞋ぞ出た。トむレのドアノブに手を掛けおグッず䞋に抌しおもドアがあかない所を芋るず䞭から鍵を掛けおいるらしい。 
 
「晶、鍵を開けろ」 
 
 ドア越しに小さく声を掛けおも晶は返事を返さず、䜐䌯は焊れた思いでドアを再床ノックする。 
 
「来るなっお、蚀ったじゃん  」 
 
 ちょっず怒ったようにそう返しおくる晶の荒い息づかいがドア越しにもわかる。䜐䌯は䞀床郚屋ぞ戻っお財垃から䞀円玉を取り出しお持っおくるず、ドアノブの溝ぞずそれをはめおクルリず回した。あっさりず鍵が開く音がしお、ドアを開くず晶がびっくりしたように振り向く。 
 
「ちょっ  なん、で  、入っおくるんだよ  」 
 
 涙目で反抗しおくる晶を宥めるように、䜐䌯がそっず背䞭に手を圓おおさすっおやれば、晶はもう反抗する気力も無いのか諊めたようにたた䟿噚の方ぞ顔を向けた。 
 
「お前の事だから、俺に気を遣っお拒絶しおいるのかもしれんが、俺は医者だぞ吐いおいるずころなど芋慣れおいる」 
「  だっお  」 
 
 晶は抌し寄せる吐き気に䜕床かえづく物の䞭々嘔吐たで至らないようで、目尻に溜たった苊痛の涙が零れ萜ちそうになっおいる。咳の合間に繰り返し肩で息をしおいるようだが、䟿噚の氎面には綺麗な氎が匵っおあるだけで吐いた様子はただなかった。䞭々吐けないこずで次第にグッタリずしおきた様子の晶を芋かねお、䜐䌯は摩っおいた手を止め顔を芗き蟌む。 
 
「どうした。吐けないのか」 
「う、ん  すげぇ、気持ち悪りぃんだけど  出おこない  」 
 
 䜐䌯は持っおきたマグカップを晶ぞず枡し、手を添えお匷制的にそれを飲たせる。胃液で喉を痛めるよりは氎を飲んで吐かせた方がいいからである。䜕床かに分けおどうにか飲み終えたマグカップを脇ぞず避けるず、䜐䌯は熱い晶の䜓を支えたたた口元に指を䌞ばした。 
 
「口を開けろ。歯を立おるなよ」 
「え  、いいっお  、芁の手、汚れ  、」 
「くだらん事を気にするな。吐きそうになったら俺の手に構わずそのたた吐き出せ、いいな」 
 
 玍埗しおいない様子だが、い぀たでもこのたただず本人が蟛いだけである。「ほら」ずもう䞀床促すず枋々晶が口を開き、䜐䌯の長い指がその喉奥ぞず䟵入する。熱のせいでやけに熱い口内を玠早く進み、傷぀けぬよう適所を指で刺激するず晶の身䜓が波打っお硬盎する。 
 
「  ハァ  、ッ、  っえ゛  」 
 
 苊しさから逃れるように䜐䌯の指を拒んで倖そうずする晶に構わず䜕床か繰り返すず、喉の奥でゎポリず氎音があがり先皋飲んだ氎が勢いよく䟿噚に叩き付けられた。圓然䜐䌯の指にもそれがかかったが、䜐䌯は党く気にも留めず指を抜くず空いた方の手で晶の背䞭を匷く摩る。 
 
 䞀床吐いた事が呌び氎ずなっお晶は続けお䜕床も嘔吐を繰り返し、その苊しさに䟿噚を掎む指先が爪を立おる。最埌は胃液たで吐いお挞く吐き気が治たった。れェれェず鳎る息づかいが続き、こめかみから汗ず零れた涙が頬を䌝う。晶はそれを手で拭うず、䜐䌯に申し蚳なさそうに芖線を向けた。 
 
「  悪ぃ  手、汚しちゃっお  」 
「問題ない。それより、少しは楜になったか」 
「うん  、だいぶ  、スッキリした  有難う」 
 
 䜐䌯はほっずしたように息を吐いた。挞く萜ち着いた晶が腰を䞊げ掗面に向かう。口を䜕床もすすぎ、項垂れおいる晶の顔色は熱が高いにもかかわらず真っ青である。薬だけ凊方する぀もりだったが、氎分も受け付けないずなるず脱氎症状が危惧される。軜く点滎をした方がいいだろう。 
 
 
 
 晶はトむレを出お、緩慢な動䜜でクロれットぞ向かい服を探しおいた。 
 
――本圓に最悪だ  。 
 
 寝お起きたら少しは良くなっおいる事に期埅しおいたのに、こんなに悪化しおいるずは思っおもいなかった。ただひず぀だけ、ただ救われおいるずころがある。昚日から䜐䌯は䞀蚀も「心配だ」ずは口にしないずいう事だ。蚀わないだけで勿論盞圓心配しおいるのはわかる。それでも、い぀もず倉わらぬ口調で、普通の人が聞けば病人に察しお冷たいのではないかず反感をかっおしたいそうな態床でもある。 
 
 熱がある晶の䜓を終始支えおやったり、着替えを手䌝っおやるような事もない。それは偏に晶がそうされるず䜙蚈に眪悪感を抱くのではないかずいう、䜐䌯なりの最倧限の優しさなのだ。「心配だ」ずか「早く良くなっおくれ」ずか悲痛な面持ちで懇願された日には、自分の䞍甲斐なさに泣きたくなっおくる。少なくずも䜐䌯は、自分をずおも理解しおくれおいるのだ。 
 シャツのボタンをかけながら、晶は昚倜のこずを思い出す。倜䞭に䜕床か目を芚たす床に䜐䌯が眠らずに偎に付いおいるのに気付いおいた。目を開けおいなくおも近くにいる存圚感だけで䜐䌯がいおくれるのがわかる。 
 䜐䌯はちゃんず眠ったず蚀い切っおいたが、それは倚分  、嘘だ。 
 
 少し眉を眇めお埅っおいる䜐䌯をチラリず芋お、晶はそう思っおいた。やっず支床を調え甚意が出来るず、先に玄関で埅っおいる䜐䌯の元ぞ急ぎ、そのたたマンションを出た。 
 
 
 
 䞀階ぞ降りるず、運良く通りかかったタクシヌを䜐䌯が止めおおり晶が乗り蟌むのず同時に発進する。行き先は、先皋䜐䌯が蚀っおいたように『敬愛䌚総合病院』である。 
 もっず暖房をきかせおおけばいいのに  。そう思っおしたうほどにタクシヌの䞭は冷えおおり、普段より厚着をしおいるにもかかわらず晶は寒さに肩を竊めた。 
 
「なぁ  、病院さ。蚺察時間前にいいのかよ  俺が行っおも」 
「䞀人くらいたいした事じゃない」 
 
 䜐䌯が良いず蚀っおも晶は少し心配だった。䜐䌯に迷惑がかかっおは困るのだ。そんな晶の思いをよそに䜐䌯は思い出したように晶ぞ泚意を促した。 
 
「わかっおいるずは思うが、凊方した薬を飲む前に䜕か胃にいれろよ吐き気止めを混ぜた点滎を打぀から効いおきたら少しは䜕か口に出来るようになる」 
「  うん  わかったけど  、あのさ。芁、倜勀っお今床い぀」 
「䜕で、そんな事を聞く」 
「せっかく昚日倜勀がなかったのに  、疲れずれなかっただろっおか䜙蚈に疲れたっお蚀うか  。俺のせいでだけど  もし、芁が倒れたら、俺  」 
「  フッ  こんな事で倒れるわけないだろう。幎寄り扱いするな」 
「っんだよ、もう  。俺、マゞで心配しおるのに」 
 
 䜐䌯は軜く笑っお晶の台詞を流す。 
 絶察䜐䌯は匱い郚分を曝さないが、それは、倧䞈倫ずいう事ずは違うのだ。晶はうたい具合に倜勀の日皋をはぐらかされ口をぎゅっず結ぶず俯いた。軜く目を閉じるず、車に揺られおいるせいか軜い目眩がする。䜐䌯が晶の頭に腕を回し、寄りかからせるように匕き寄せる。されるたたに䜐䌯の肩を借りお晶は病院ぞ着くたで目を閉じた。 
 
 
 
 
 暫くしお病院ぞず到着し、職員通甚口から䜐䌯達は䞭ぞ入る。䞀般人である晶は、勿論職員通甚口などから病院ぞ入った事はない。受付の譊備員が䜐䌯に挚拶をするのに自分も軜く䌚釈をしお、そのたた離れないように気を぀ける。䜐䌯は特に晶のこずを説明も蚀い蚳もしなかったので、さすがに譊備員も䞍思議そうな顔をしお自分達を芋おいた。 
 
 本圓に自分などが行っお平気なのだろうか。䜐䌯の立堎が悪くはなったりはしないのだろうか。譊備員の衚情を芋おいるずそんな䞍安が再び晶の胞にわいおくる。気にしおいる様子のない䜐䌯は蚺察宀の前たで行くず、䞭の蛍光灯を぀け、晶にそこで埅っおいるように蚀うず自分はさっさず出お行っおしたった。 
 
 䞀人残された晶はずりあえず手近にあった怅子に腰掛けた。誰もいない蚺察宀ずいうのは、かなり寂しい感じがしお居心地がいいものでは決しおない。晶は䞀通り蟺りを芋枡すず、早く䜐䌯が戻っおこないかな等ず考えおいた。 
 䜐䌯の職堎でもある病院は、晶のホストクラブずは真逆ず蚀っおも過蚀ではない。静たりかえった枅朔な空間を芋枡し䜙蚈にその事を感じおいた。 
 その時、背埌のドアがガチャリず音を立おお開き、晶は䜐䌯が戻っおきたのかず音のする方に顔を出しおみた。 
 
「あら」 
「あ、どヌも  」 
 
 入っおきたのは䜐䌯ではなく看護垫だったようで、晶は咄嗟にどう挚拶をしおいいのか逡巡する。状況を説明したほうがいいのかどうか考えおいるず、続いお䜐䌯が入っおきたのでその説明は䜐䌯に任せるこずにする。 
 すっかり癜衣を着甚しお医者らしくなった䜐䌯が看護垫ぞず䜕かを話しおいる。話し終えた看護垫は曖昧な笑みを晶ぞむけお、「お倧事に」ず蚀い残すず、今入っおきたドアから再び姿を消した。 
 䜕ず説明をしたのか晶は気になったが具䜓的な事を今問う気はなかった。 
 
「あ、あのさ マゞ平気」 
 
 点滎の甚意をしおいる䜐䌯の埌ろ姿に声を掛ける。 
 
「あぁ、問題ない。念のために蚺察するから、シャツを開けおそこに座れ」 
 
 晶は蚀われるがたたに入り口から離れお䜐䌯の目の前の怅子ぞず腰掛ける。その瞬間、出䌚った日の光景が頭に流れこんできた。あの倜も確か第二蚺察宀だったはずだ。 
 そしお、今ず同じようにこうしお䜐䌯は癜衣を着おいお自分は患者だったのだ。『䜐䌯 芁』ず曞いおある名札を芋お、ホストみたいな名前だず思ったのもハッキリ思い出せる。 
 
 目の前に座った䜐䌯が掌で聎蚺噚を暖めるず晶の胞ぞずそれをあおる。䜕床かそれを繰り返し、背䞭たでをみたあず耳から聎蚺噚を倖した。最埌にステンレス補のヘラのような物で舌を抌さえお、喉の奥をペンラむトで照らされる。䜐䌯がその噚具を別の堎所ぞ眮き、カルテに䜕かを曞き蟌みながら口を開いた。 
 
「特に所芋はなさそうだが、喉の炎症が酷いから抗生剀を出しおおく。解熱剀は38床以䞊あっお蟛い時だけ飲むようにしろ。たぁ、日頃の疲れも溜たっおいたんだろう。ゆっくり䌑むこずだな」 
 
 䜐䌯はカルテを曞き終えるず振り向き、晶を前に足を組み盎した。 
 
「  䜕かさ。最初に䌚った日、思い出すな  」 
 
 実際、心の䞭では䜐䌯も同じ事を考えおいた。あの日ず同じ光景だず  。䞁床時期も同じくらいだった。――あれからもう䞀幎か  。それが皮肉にも、こんな時におずずれるなど思っおもいなかった事だ。䜐䌯は晶の蚀葉には返事を返さなかった。吊、返す蚀葉を芋぀けられずにいたずいう方が正しい。 
 
「  点滎をするから奥のベッドに暪になっおいろ」 
「  うん」 
 
 今日はただ誰も䜿甚しおいない新しい真っ癜なシヌツが敷いおあるベッドに、晶は靎を脱いで暪になる。点滎のセットを匕っ匵っおきた䜐䌯が、寒くないように䞊掛けを匕きあげお晶の袖を捲る。 
 泚射はしないはずだったのに、ず晶は思ったがきっず䜐䌯は「点滎ず泚射は違う」等ず蚀っおきそうなのでそこは黙っおおく事にした。 
 
「芁、さす時に倱敗すんなよ」 
「倱敗しおも死なないから安心しろ」 
 
 答えになっおいるようでなっおいない䜐䌯の台詞に晶は顔を匕き぀らせた。勿論こんな事ごずきで䜐䌯がミスする事はないのだろうが、誰がやるずしおも針を刺されるのはやはりちょっず芚悟がいる。 
 意地悪く笑みを浮かべた䜐䌯が、晶の腕を消毒の綿球でなでる。アルコヌル独特の冷たさを感じ晶は目を瞑った。チクリずした感芚はあったが、䞀瞬にしおそれは去った。 
 
 晶が目を開けた時には䜐䌯はもう離れおいお、腕にはしっかり固定されたチュヌブが繋がり䞊から萜䞋しおくる薬液を晶の身䜓ぞ流し蟌んでいる。党く痛くなかった䞊に、その玠早さに晶は感心しおいた。䜕だか貎重な䜓隓をしおいるようにも感じる。恋人に点滎を打っお貰うなど、そうそうある事ではないからだ。 
 埌ろを向いお凊理をしながら䜐䌯が晶ぞ声を掛けた。 
 
「䞀時間ちょっずかかるから、そのたた寝おいろ」 
 
 点滎など子䟛の頃以来した事も無いのでそんなに時間がかかるずは予想しおいなかった晶は少し驚いお䜐䌯を芋る。 
 
「そんなにかかるんだ  。これっおさ、颚邪の薬」 
「颚邪の薬ではないが、お前の症状を抑える薬が䜕皮類か混ぜおある。氎も吐くようじゃ薬が飲めないだろう」 
「  あ、うん」 
「それに、颚邪の薬ずいう物は基本的に存圚しない。垂販で颚邪薬ず称されおいる物もそれぞれの症状に察しお緩和する物で、颚邪自䜓を治すわけではないからな」 
「  そうなんだい぀も適圓に飲んでた」 
「たぁ、普通はそんなもんだろう」 
 
 片付けを終えるず䜐䌯はベッドの脇ぞ来お晶を芋䞋ろした埌、点滎の萜䞋速床を芋ながら腕時蚈を確認した。 
 
「  晶、俺は医局ぞ戻っお準備があるから぀いおいおやれんが、倧䞈倫か」 
「平気。ごめんな、忙しいのに  時間倧䞈倫」 
「あぁ」 
 
 䜐䌯は、いない間に気分が悪くなったらここに吐けずピンク色の容噚を枕元に眮き、晶の寝おいるベッドのカヌテンを匕いおしめるず蚺察宀を出お行っおしたった。 
 晶は暫くがんやりず倩井を眺め、その埌浅い眠りに぀いた。 
 
 
 
 
 それから䞀時間半埌、晶は自分を呌ぶ声で目を芚たした。芋慣れない景色に、䞀瞬どこにいるのかず思ったが、すぐに䜐䌯の病院ぞ来たこずを思い出す。い぀のたにか腕からは点滎が倖されおいお、倉わりに小さな絆創膏のような物が貌られおいる。䜐䌯が凊眮したのだろうが党く気付かなかった。 
 
 ゆっくり䜓を起こしおベッドから足を䞋ろすず、眠る前は静かだった蚺察宀の奥には既に人圱がある。点滎のおかげで少し熱が䞋がったのか今朝起きた時ほど怠くはない。他の症状は倉わらないが、吐き気はほずんどなくなっおいるようだった。 
 
「ちょっず、楜になったかも」 
「今は薬が効いおいるからな。楜になったからず蚀っお無理するんじゃないぞ」 
「  わかっおる」 
「薬を䞉日分出しおおくから、受付で受け取っおから垰れ。さっきの看護垫にその事は蚀っおあるから。あぁ、それずわかっおいるずは思うが、薬を飲んでいるずきは酒を飲むなよ」 
「それはわかっおるっお。流石に酒飲む気分じゃないし」 
 
 窓の倖は曇り空ずはいえ、すっかり朝の始たりを匂わせおいる。䜐䌯は今から䜕時間もこの堎所で働くのだ。そう思うず、その堎所に今自分がいるこずが䞍思議な気がしおくる。晶は乱れたシャツをずずのえお立ち䞊がった。 
 
「んじゃ。俺、垰るわ」 
「あぁ」 
「今日は、色々有難う  」 
「お倧事に」 
 
 䜐䌯は䞀床、少しだけ笑みを浮かべおそう蚀った。い぀もの事だが、次に合う玄束を今はしない。それは今にはじたった事ではない。しかし、今日の晶にはそれが䞍安で仕方がなかった。 
 その気持ちを振り切っお、蚺察宀を出る。䜓が匱っおいるず気持ちたで匱っおしたう物なのだろうか。 
 
──しっかりしろよ、俺  。 
 
 晶は心の䞭で匱気になっおいる自分を咎め、そのたた薬をもらいに受付たで歩く。患者はいないが、結構人がおり、別に忍び蟌んだ䞀般人ずいうわけではないのにどこずなく気たずい。受付にいた先皋の看護垫ぞ話し、薬の甚意ができるたで近くの怅子に腰を䞋ろした。行き亀う癜衣の医者達も今の所は患者がいないせいか結構倧きな声で䌚話をしながら歩いおいる。䜐䌯ず仲良くしおいる人物がこの䞭にいたりするのだろうか。 
 
 がんやりずそんな事を考えおいるず、少し離れた堎所から小声で談笑し぀぀歩いおくる看護垫二人の䜕気ない䌚話が耳に届き、晶は思わず耳を疑った。 
 
「  らしいよ」 
「ぞぇ。やっぱりねぇ  。䜐䌯先生は䞀カ所で終わるような人じゃないず思っおたし」 
「でもね、これはハッキリ聞いたわけじゃないけど、ただ返事をしおいないんだっおよ」 
 
──䜐䌯先生っお、  芁の事  だよな。 
 
「えそうなの 茗枓倧だったら倧出䞖なのにねぇ。あ  、もしかしお恋人がこっちにいお反察しおるのかな」 
「どうだろうね。䜐䌯先生はそんな事で迷わなそうだけど」 
「それもそうだよね。あぁヌあ  。でも、怎堂先生もいなくなっちゃったし、その䞊䜐䌯先生たで倧阪ぞ行っちゃったら寂しくなるね  」 
「うん  。隠れファン倚いしね。婊長ずかも泣いちゃいそう。だっおもうこっちには戻らないっお事でしょう」 
 
──茗枓倧  倧阪   
 
 聞いたこずのない䜐䌯の話題が土足でずかずかず晶の胞ぞ抌し入っおくる。䜐䌯が茗枓倧ずいう所ぞ誘われおいるずいう話しらしいが、䞀蚀だっお䜐䌯からその事を聞いた蚘憶は無かった。誀魔化したくお、自分が忘れおいるだけなのではず必死にその蚀葉を探すが、䜕凊を探しおも聞き芚えのない単語である。今たで感じおいた䞍安がいきなり巚倧になっお晶の胞の䞭で積もっおいく。 
 
 笑い合っお通り過ぎる看護垫の声が遠ざかっおもい぀たでも耳から離れず、ただでさえ痛む頭に鳎り響いお吐き気がぶり返しそうだった。今すぐ走っお蚺察宀に戻り䜐䌯に本圓の事を問いただしたい衝動に駆られる。 
 
 実際、晶は立ち䞊がり、足先を蚺察宀ぞず向けおいた。しかし、その䞀歩を螏み出すこずはなかった。 
 䜐䌯が話しおいないず蚀うこずは、䜐䌯自身の考えがあっおこそなのだ。それを無芖しおたで聞くべきか  。晶は感情を抑えお長く息を吐いた。出した答えは『NO』だ。 
 
 しかし、䞀番近い堎所にいるはずの自分だけが䜕も知らないず蚀う事実は、ショックだった。しかも、自分のせいで茗枓倧ぞいく件を躊躇っおいるのかも知れない。そう思うず、足枷になっおいる自分が酷くダメな存圚に思えお、晶は悔しさに唇を噛んだ。 
 
――俺に蚀えるわけがない  。 
 
 䜐䌯の悩みを䞀緒に聞いおやるどころか、その悩みを䜜っおいる匵本人が自分かもしれないのだから  。 
 
「  、  っ  」 
 
 䞀気に膚れあがった感情に、指先が冷たくなる。口の䞭がカラカラに也き、痛む喉に唟を飲み蟌むのもたたならない。床ず䞀䜓化しおしたったような重い足を無理矢理匕き剥がし、晶は病院をあずにした。 
 薬を埅っおいた事などすっかり頭から消え去っおいる。ただ、今すぐこの堎から去らなければ䜐䌯の元ぞ駆けだしおしたいそうな自分が怖かった。䜐䌯の癜衣の姿が瞌の裏ぞし぀こく焌き付いおいる。 
 
 病院を出お通りに出るず、䜕も知らない人たちが通勀のために忙しなく行きすぎおいる。晶は人波に逆らっお通路を暪切るずタクシヌを拟い、自宅の䜏所を告げ病院が芋えなくなるたで目を閉じた。 
 ずにかく今は、冷静になるべきなのだ。考えるのはそれからにしよう  、自分に䜕床もそう蚀い聞かせた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
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