Your tenderness

 

 

 

「誠二って、……運転出来たんだな。意外……」 
「どうして? 僕は結構早く免許取ったよ? 東京出てからは運転したことなかったけど……」 
「へぇ、そうなんだ。誠二っていうと自転車って感じがする」 
「えぇ? ……何か嬉しくないな。あ、でもね。今度後ろにカゴつけようかな? と思ってるんだ。買い物に便利だよね」 
「つければいいんじゃない。こっちでそんな自転車乗ってる奴、見た事ないけど」 
「……そう言われれば、一人も見た事ないね……」 
「しかも、カゴ付けられんのかよ……、うちの自転車」 
「……どうだろう?」 
 
 車を広大な駐車場へと停めて、とりとめも無く会話しながら澪達はショッピングモールへと向かっていた。 
 オープンと同時に到着すれば空いているだろうと朝早く起きるつもりが、二人して寝坊したせいでもう昼近くになっており、案の定駐車場に停めるだけで三十分もかかってしまった。 
 
 澪達の自宅から車で二十分程郊外へ走った場所にある週末のショッピングモールは、混雑を極めていた。 
 
 というのも、澪達の住むこの地域では大型のショッピングモールといえばここしかないのである。一週間の食料品の買い出しや、衣料品の調達、冬物のセール、果てはムービーシアターまであるので、ちょっとしたアミューズメントパークでもある。子供からお年寄りまで、近隣の住民がこぞって集まっているので混み合うのは当然とも言えた。 
 
 澪達も、多分に漏れず今日は衣料品を買いに来たのだ。こちらへ引っ越してくる際にかなり整理して処分したので新たに買い足す必要があった。 
 海外規格のサイズでも普通に選べる澪と違い、椎堂はSサイズであっても大きい物もあるくらいで、試着する度に足先や手先を隠すほどの衣服に思わず二人で苦笑していた。 
 
 先を歩く澪の歩幅は大きく、椎堂は少し足を速めて距離を詰めるが、すぐにまたその差は開いてしまう。 
――足の長さのせい? 
 そう考えると、情けない気分になる。 
 澪が長身で足が長いのは認めるが、自分も普通なはずなのに……。そう考えながら椎堂は澪の背中へ声を掛けた。 
 
「澪、歩くの速いよ。もしかしてさっきの事、まだ、怒ってるのかい?」 
「……別に」 
 
 澪はそう言って、少しだけ歩く速度を緩めた。 
 先程フラフラと辺りの店を出入りしていたら、澪とはぐれてしまったのだ。 
 焦って、来た道を戻って探したのが間違いで余計にすれ違い、お互いを探すのに相当時間がかかってしまった。 
「方向音痴のくせにフラフラするからだろ」と怒られ、確かにその通りなので何も言い返せないまま椎堂は口を噤んだ。 
 それ以来、澪の機嫌が悪いような気がするのだ。元々口数が少ないけれど、いつもならもう少し話してくれる気もする。 
  澪が靴屋の前で立ち止まったので、椎堂も横に並んだ。 
 
「靴、見る?」 
「いや、……」 
 
 どうしたのだろうと澪の顔を覗き込むと、澪は軽く溜め息をついた。通路の端によって、向こう側の通りに歩く様々な人達に目を向けたまま澪が小さく呟く。 
 
「さっき、マジで心配した……」 
「……え?」 
 
 澪はくるりと向き直り、手摺りに背を寄りかからせて隣の椎堂に視線を向ける。荷物を持っていない方の手で椎堂の肩に触れて、少しだけ困ったように眉を下げた。 
 
「急にいなくなるから。変な奴に誘拐でもされたかと思って」 
「まさか。女性や子供じゃないんだから、それはないと思うよ?」 
「わかんないだろ……。日本じゃないんだから、金目当てで旅行客狙う奴もいるらしいし……。俺の見てない所で絡まれたりしても、助けてやれないから」 
「……そう、だね」 
「――あんま、ちょろちょろすんなよ」 
 
 澪はそう言って漸く安心したように肩を落とし、少し微笑むと椎堂の頭を撫でた。 
 こんなに心配してくれるとは思ってもおらず、椎堂は嬉しい気持ちになる。不機嫌だったわけではなく、心配で、その事を考えていたからそう見えていただけなのだ。 
 
 澪は本当はとても優しいけれど、それを表現する事に関しては結構不器用である。そんな澪が可愛くて、椎堂は一緒にいると発見できる小さな幾つもの澪の表情を忘れずにいようといつも思う。 
 
「誠二、後どっか見たい店あるの?」 
「うーん。僕はもうないかな、……ちょっとお腹も空いたし、どこかでご飯にする?」 
「いいけど」 
 
 広大な敷地のショッピングモールの庭を囲むテラスはフードコートになっている。ここに来る時に確認したので、そこへ向かおうと二人で歩き出した。 
 
 少しだけ先を行く澪が、背後にいる椎堂をチラリと見て左手を後ろへ差し出す。 
 
「ほら……、手、かせよ」 
「え? ……でも……」 
 
 いくら混雑していると言っても、昼間から手を繋いで歩くこと等普段はしないので恥ずかしいというのもある。だけど、澪の差し出してくれた手がやはり嬉しくて、椎堂は大きく一歩を踏み出して距離を縮めるとその手に右手を伸ばした。 
 澪の温かな手に自分の指が触れる。澪の手が冷え切っている椎堂の手をぎゅっと引き寄せ、並んだ椎堂に優しい笑みをこぼした。 
 
「また、迷子になったら困んだろ」 
「……うん。有難う、澪」 
 
 椎堂も微笑み返すと、澪が手を繋いだまま歩き出す。大きくて優しい澪のこの手を握っていいのが自分だけだったら良いなと、そんな子供じみた独占欲がわいてきて椎堂は一人照れたように頬を染めて俯いた。 
 他の人からは見えていないとしても、こうして手を繋いで買い物をしているなんて日本では考えられない事なのに……。 
 黙ったまま、澪の手を握る手にぎゅっと力を込めると、澪が振り向き「何?」とでもいうように視線を投げてくる。 
 
「ううん。澪の手――、あったかいね」 
 
 笑ってそう言う椎堂に澪も微笑み返す。 
 
「そう?」 
「うん」 
 
 椎堂に合わせて、僅かに歩く速度を落とした澪をみあげると、入り口から吹き抜けてくる冷たい風で澪の髪が靡く。外の気温は低く、屋外へでれば息はたちまち真っ白になるだろう。 
 だけど、繋いだ手が離れない限り、その寒さも椎堂には届く事はなかった……。 
 
 
 
 
―― END ―― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※このお話は、絵のページに置いてある同タイトルのイラストシーンを書いています。 
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2017/2/28 聖樹 紫音