基本はネガティヴ思考である。
悪い方悪い方へと流されて、気付くとこの世で最悪の事態に陥っている自分が頭の中に浮かんでいることは珍しい事じゃない。
そうする事でしか自分を守れない、そう……、弱い自分が誰からも傷つけられないように、自らの手で傷つける。
それで耐性が出来るはずもないのに、俺は今日も笑顔を浮かべている。
「こんにちは、今日もいいお天気ですね」
空に視線を移し、そう声を掛ける。毎日この時間に駅前の自販機で煙草を買っている彼に。同じ時刻、同じ煙草。雨の日も風の日も、今日みたいな天気のいい日も彼は必ずここにやってくる。
彼はそんな俺を見て優しい笑顔で笑う。
「君はいつも明るくていいね」
「有難うございます」
笑顔を乗せてそう返せば、にっこり微笑み返してくれるのだ。
どうか、気付かないで……。
俺の笑顔が偽りな事に。それ以上に、俺が貴方に向けている感情を知らないでいてほしい。そして、一つだけ俺のお願いを聞いてくれませんか? 明日も煙草を買いに来て下さい。
俺は、彼を見つけた日から愛用の銘柄を捨てて、彼と同じ銘柄へ変えた。乾いた唇に煙草の巻紙が張り付く。
ピリッとした痛みと共に唇から血が滲む。吸っている慣れない煙草の味と鉄錆の味。
彼との口付けはきっとこんな味なのだ。
再び見上げた空は、一気に曇ってきていて夕立が来そうな色をしている。
――彼は傘を持っていただろうか……。
そう考えながら、自分も通りの雑踏に紛れて気配を消す。
短くなっていく煙草が彼との距離だったらどんないいだろう。
俺は喜んで最後の1ミリまで唇を離さないだろう。
例え唇がやけどをしたとしても、多分その時初めて幸せを感じるのだ。