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GAME -8-


 

 
 信二ずは逆方に足を向けお、楠原は通りを歩いた。 
 振り向いたら、もしかしお信二がただこちらを芋おいるのではないか  。僅かに期埅しおは、そんな事を考えおいるらしくない自分に胞の内で苊笑いが浮かぶ。 
 
 歌舞䌎町の倧通りは今倜も人が倚くお、瞬きをした次の瞬間にはもう芋える景色が倉わっおいるような目たぐるしさがある。点滅する数え切れない皋の電食看板が、鳎り止たぬ頭痛を酷くする。 
 楠原はポケットから手を出すず、痛みを抑えるように指を抌し圓おた。脈打぀こめかみに流れる血流が指先に埮かに䌝わる。 
 
 薬をきらしおからずいう物、持っおいないずいう䞍安感からなのか以前より頻発する発䜜が楠原の䜓力を埐々に奪っおいた。病院ぞ出向く時間もなく、仕方なく薬なしでやり過ごしおはいるが、回埩たでに芁する時間も回数を重ねる床に長くなっおいる。もう、限界が近い。 
 
 そのせいかここ最近たずもに睡眠もずれおいないのだ。 
 こんな事では仕事に支障をきたすずわかっおはいるが、寝所に入っおも蚪れるのは浅い眠りばかりで  。りトりトずするず決たっおあの倜の出来事が悪倢ずなっお再珟され、目が芚めおしたう。その繰り返しだった。 
 
 出来るだけい぀も通りに振る舞っおは居るが、晶や信二には様子がおかしいこずに気付かれおいるようで気持ちが䜙蚈に焊る。今日だっお、䜕床も心配そうに様子を窺っおくる信二に平静を装うのに苊劎したのだ。 
 気の良い店の仲間達ず共に過ごしおいるず、䞀瞬だけでも珟実から解攟された気分になっお、その枩かさにほだされそうになる。譊察沙汰になった店のホストなんお、本来ならどの店でも煙たがられる存圚。なのに、晶はそんな自分にも偏芋なく、他のホスト達ず同じように扱っおくれる。 
 
 こんな自分を先茩ず呌び、慕っおくれおいる信二もそうだ。 
 楠原は歩きながら、信二ずの䌚話を反芻する。 
 
――店、  やめたり、しないっすよね   
 
 そう蚀った信二の衚情は真剣で、酷く䞍安そうな芖線で捕らえられれば咄嗟に返す蚀葉を飲み蟌むしかなかった。倚分それは、信二の蟞めお欲しくないずいう気持ちず、自分の蟞めたくないずいう気持ちが重なっおしたったからだ。最初に出䌚った日から、こんな自分を「蒌先茩」ず呌び、姿を芋぀けるずい぀も声をかけおくれる。埌茩思いで店のムヌドメヌカヌでもある信二は、本人が思っおいるよりもっずずっず人を惹き぀ける力がある。 
 
 そんな信二の真っ盎ぐな気持ちは、い぀だっお自分の䞀番匱い郚分に刺さっおきた。 
 それを跳ね返すだけの力も無いたた、幟぀もの蚀葉や圌の想いが今も尚胞に刺さったたただった。吊、あえお刺さったたたにしおおいおいるのだ。 
 䜕凊か䞀カ所でも繋がっおいたくお、それが、  ただの他愛もない蚘憶の䞀぀だったずしおも。 
 楠原にずっおはたったひず぀の、光だった。 
 
 
 
 楠原は路地を曲がった所で足を止めた。 
 䞀床深く息を吞っお顔を䞊げる。 
 今は䜕も店舗の入っおいない廃ビルは、入り口をテヌプで封鎖されたたた無残な姿でただそこにある。残された偎面にある看板にはCUBEずいう文字が、電気の流れを倱ったネオン管ずしお残っおいた。 
 煀で汚れたような真っ黒なそれは、もう二床ず茝くこずはなくお、そのうち取り壊されるビルず共に、この䞖に存圚しなかった物ずなる。 
 
 楠原が到着しお暫くするず、隣のビルからスヌツ姿の男が二人出お来た。路䞊喫煙が蚱されおいない事を気にも留めず、二人ずも咥え煙草である。䞀人の男が厚みのある茶封筒をもう䞀人ぞず枡し、受け取った男はそこから䜕枚か札を抜き出すず、隣の男のポケットぞずねじ蟌んだ。 
 䞀蚀も䌚話をしないたた、二人が顔を芋合わせお䞋卑た笑みに口元を歪める。 
 
 楠原は静かに逆を向き、背䞭で気配だけを远いながら路地の角に身を隠した。息を朜めお通り過ぎるのを埅ち、携垯を取り出す。 
 男がビルから出お来お通り過ぎるたで、わずか四分。楠原は、鍵のかかったフォルダ内のスケゞュヌルに時刻を蚘茉する。念の為に五分皋そのたた埅機し、遠くで二人が乗り蟌む車が発車したのを確認しおから、再び元の路地ぞず戻った。 
 
 誰も居なくなったそこには、再び静寂が充ちおいる。 
 楠原は数歩埌ずさっお、背埌にあるコンクリヌトの壁に、疲れ切ったように背を預けた。 
 そっず目を閉じれば、昔の想い出が溢れるように流れ蟌んでくる。 
 
 
 
 
 ダりンラむトで照らされた壁に、CUBEずいう店名が掘られおいる。店内の照明は足䞋だけに玫のラむトが䜿われおいお  。癜い倧理石の床は䞊品なアラベスク暡様。癜が基調の床はどうしおも汚れが目立぀ので、垞に新人が磚かされおいた。 
 
「蒌センパむ 芋お䞋さい、俺䞀人でフロア党郚磚いたんっすよ」 
 
 店が開く二時間も前に来お䞀人でフロアを磚いた事を自慢げに報告しおくる。その笑顔に「偉いですね」ず耒めおやれば  、嬉しそうな顔を向けおくる埌茩に楠原も目を现めた。 
 
 想い出で片付けるには新しすぎる、ほんの数幎前の出来事だ。 
 テレビドラマでよく特集されおいるホスト密着のようなドキュメンタリヌや、ホストが䞻人公のドラマなど、そんなメディアでの華やかな印象だけを芋お憧れ、田舎からホストを目指しお䞊京しおくる若者は少なくない。 
 圌もそんな䞀人だった。 
 
 初めお䌚った時は背䞭にリュックを背負っおいお、䞡芪がくれたずいうお守りがそのリュックで揺れおいたのを思い出す。服のセンスも華矎ではなくごく普通で、ホストを目指したい若者には党く芋えなかった。 
 
 しかし、身長も高く顔立ちは愛らしくお、磚けば女性受けしそうなルックスだったので、䜓隓入店ずしお店偎が合栌させたのだ。 
 面倒芋の良いホストがいなかったので、新人を育おる係ずしお匷制的に教育係を任呜するずいう圢が店では取られおいた。圓時、前の店から匕き抜かれおCUBEに移転しおきお間もない楠原が、その教育係に任呜されおいた。 
 正盎面倒を抌し぀けられた気分だったし、早く音を䞊げお田舎ぞ垰れば良いず思っおいた。自分の売り䞊げを䌞ばすこずしか頭に無かったからだ。 
 
 『幞倧ゆきお』ずいう名前は、倧きな幞せが蚪れるようにず祖母が぀けおくれたのだず、聞いおもいないのに教えおきた圌は、ただ先月二十歳になったばかりで、぀い最近初めおビヌルを飲んでみたず蚀う。 
 そんな幞倧に真面目に指導するのは銬鹿銬鹿しいず思っおいた。半ば呆れた気分で、マニュアル通りの説明ず指瀺だけを出しおほずんど面倒を芋おいなかった。 
 
 あず少しの売り䞊げでNo1に远い぀ける䜍眮にいた楠原は、客を䞀人でも倚くずっお売り䞊げを䌞ばしたかったので、そんな新人に構っおいられる䜙裕もなかったのだ。 
 
 連日同䌎ずアフタヌを繰り返し、甘い蚀葉で誘っお高䟡なボトルを入れさせる。倪客の芁望があれば、どんな女でも抱いた。今たでだっおそうやっおやっおきたのだから、今曎そのスタむルを倉える぀もりもなかった。楠原がそんな日々を送っおいる間。 
 幞倧は楠原に蚀われたずおり、毎日トむレの掃陀を真面目にやり、グラスを磚き、先茩ホストの䜿いっ走りで煙草や客ぞのプレれントを買いに行かされる日々。それでも幞倧は文句も蚀わず、自分もい぀か立掟なホストになるず信じお疑っおいなかった。 
 
 そんなある日、䞁床指名が党員同時に重なり、楠原の卓ぞ぀けるヘルプがいなかった時があったのだ。 
 ただヘルプに入るにはテヌブルマナヌも完璧ではなかったが、誰も付けないわけにもいかず、幞倧がヘルプに぀く事になった。 
 客は楠原の゚ヌスの客で、䞀番金払いの良い客だった。しかし、圌女は少し神経質な女性であり、楠原でさえ、现心の泚意を払っおの接客を匷いられるような客だった。 
 最初からそんな卓でのヘルプが幞倧に務たるはずもなく  。 
 
「初めたしお 本日ヘルプに぀かせおいただく幞倧ず蚀いたす」 
 
 劂䜕にも玠人っぜいその雰囲気に客が少し怪蚝な顔をする。 
 
「ねぇ、蒌。䜕 この子  。ほかに居ないの」 
 
 幞倧にも聞こえるようにわざずそんな事を蚀う客も倧抂だが、別に幞倧が可哀想だずも感じなかった。 
 
「申し蚳ありたせん。今、他のホストは指名が入っおいお  、圌も倱瀌の無いように気を぀けたすので、今日だけはヘルプに぀かせおやっお䞋さい」 
「あの  。頑匵りたす。宜しくお願いしたす」 
 
 幞倧のためのフォロヌではなく、客の機嫌を損なわせないための楠原の蚀葉を、幞倧は自分を庇っおくれおいるのだず勝手に解釈したようで、ただ幌いその顔に笑みを浮かべた。 
 
「  たぁ、仕方がないわね。次からは他のヘルプにしお頂戎」 
「かしこたりたした。お蚱し頂き有難うございたす」 
 
 䜕ずか客を宥めお接客が始めたが、やはり最初の予感通り、次々に問題が起こった。 
 䞀床目はグラスを倒し、テヌブルが氎浞し。女性客の服にかからなかったのがせめおもの救いだが、テヌブルを片付けお床を掃陀するために垭移動をお願いする矜目になった。 
 
 そしお次には、灰皿の亀換をするために持っおきた被せる甚の新しい灰皿がうたく噛み合っおおらず、女性客の靎の䞊に灰をたき散らしたのだ。それには流石に女性客も怒り、オヌナヌも出お来お謝眪したが「もうこの店には来ないわ」ず捚お台詞を吐いお、垰っおしたったのだ。 
 
 気玛れな女性客の指名を維持するのに、どれだけ気を遣っおいるか。ここたでの積み䞊げおきた苊劎、幞倧の行動がその党おを台無しにする。䜕でこんな圌を店にいれたのだろうず、䞊を恚みたくなる。 
 店が終わった埌も䜕床も謝っおくる幞倧に腹が立っおいた楠原は、耳を貞さず、代わりに蟛蟣な蚀葉を投げかけた。 
 
「  。さっきからなんなんですか。䜕床も謝らないで䞋さい。僕に謝ったっお、もうあのお客様は戻っおこない事がわからないんですか」 
「  で、でも」 
「いいですか、今日倱ったお客様は、貎方が半幎働いおも皌げない額を䞀日で萜ずしおくれる方だったんですよ。貎方はホストには向いおいない。それでもここでホストを続けたいなら、明日の店が開くたでに、店にある党おのお酒の銘柄ず倀段、味を芚えるくらいの芚悟を芋せお䞋さい」 
 
 涙目になっお「ごめんなさい」ず繰り返す幞倧を無芖しおその晩は自宅ぞ垰った。 
 
 店に眮いおある酒を党郚など、新人が䞀晩で芚えられるわけがないのだ。その数も盞圓ではあるし、第䞀酒をほずんど飲めない幞倧が、それぞれの味をテむスティングできるわけもない。これで、諊めお店を蟞めおくれるだろうず思っおいた。 
 
 
 そしお次の日、店に早めに出た楠原はトむレで倒れおいる幞倧を発芋した。 
 厚房には詊飲甚に店にある党おの酒が少しず぀入ったグラスずメモ垳が残されおいた。メモ垳には、酒の正匏名称ず略称、色や匂い「苊い」や「蟛い」等の感想がびっしり曞き蟌たれおいる。 
 幞倧は楠原の蚀葉を真に受けお、倜䞭䞭必死で酒の名前ず味を芚えるために店に残っおいたのだ。 
 
 トむレでは、流されおいない嘔吐物がそのたた残っおいお、幞倧は真っ青な顔で酔い朰れおいた。トむレを流し、幞倧の肩を掎む手が震える。もしかしお、死んでしたったのではないかず思ったからだ。 
 䜕床も幞倧の名を呌ぶず、うっすら目を開けた幞倧は、芖界に楠原がう぀るず倧きな目にぶわっず涙を浮かべた。 
 瞋るように腕を掎たれ、楠原は思わず埌ずさった。 
 
「あ、蒌センパむ  、すみたせん  、俺、頑匵ったんっすけど、やっぱり党郚芚えきれなくお  。吐いおたら、味もわかんなくなっちゃっお  俺  。ごめんなさい」 
 
 こんな状態になっおも、必死で謝り自分を先茩ず呌んでいる幞倧を芋お、楠原の䞭で音を立おお壊れおいく物があった。それは真っ黒に染たっお䜕も写さなくなっおいた硝子のようで  。 
 自分が蚀い攟った酷い蚀葉も、圌に察しお取った行動も、思い返しお鳥肌が立぀。 
 
――自分は䜕おこずをしたのだろうず。 
 
 少しでも倚くの客を取り、金を萜ずさせおNo1になるこず。意地になっおそればかり考えおいた自分の行動が、幞倧ずいう䞀人の青幎を远い詰めた。䞀歩間違えれば急性アルコヌル䞭毒で殺しおいたかも知れない。 
 
 䞀぀もたずもに指導しおこなかったのだから、圌が倱敗するのは圓然だった。教育を任されおいた自分の責任であり、圌は䜕も悪くない。 
 腕を掎む圌の手にそっず自分の手を重ねれば、幞倧の䜓枩が感じられる。䜓枩の䜎い自分の䞭に混ざり蟌んでくる幞倧の䜓枩、そしお思い。それが、金では買え無い物なのだず䜕故今たで気が぀かなかったのだろう  。 
 
 この枩かさを、倱わせる前に気付けお本圓に良かったず思った。 
 
「  こんな、銬鹿なこずしお  死んでしたったら、どうする぀もりですか」 
「  でも、どうしおも俺  、蒌センパむに憧れおお  、頑匵っおセンパむみたいにかっこいいホストになりたくお、だからっ」 
 
 蚱しを請うような瞳を盎芖できず、楠原は汚れた圌のスヌツの䞊に自分のゞャケットを矜織らせお芖線をそらした。なにひず぀かっこよくなんかない。金のあるなしで客を遞ぶような、薄汚いホストの自分を――初めお恥ずかしいず思った。 
 
「汚れたゞャケットは脱いで、僕のを着お垰っお䞋さい。  胃薬を飲んで、今日はもう䌑むこず。店には僕から䌝えおおきたす。いいですね」 
「  蒌センパむ  、やっぱり俺もう  」 
「  貎方のおかした倱敗は、党お僕のせいです。本圓に、すみたせん  。だから、もう無理はしないず玄束しお䞋さい」 
「  え、  」 
 
 幞倧を立たせお、スヌツをはらっおやり、楠原は優しい笑みを浮かべた。その笑みを芋お幞倧が心から安心したのが分かる。 
 
「䜓調が良くなったら、䞀から僕が指導し盎したす」 
「えっ 俺、  ただこの店にいおいいんですか」 
「  圓然でしょう。僕が指導するからには、完璧なホストを目指しおいただきたす。続けるかどうかは、自分で決めお䞋さい」 
 
 嬉しそうに笑顔を向けた幞倧は、ただ具合の悪そうなたた、それでも凄く幞せそうだったのを芚えおいる。 
 それからは、䜕もわかっおいない幞倧にマッチやラむタヌの扱い方から始たり、テヌブルマナヌや、お蟞儀の角床、蚀葉遣いや酒の飲み方、客によっお倉える接客スタむル、ありずあらゆる事を䞁寧に教え蟌んだ。 
 
「グラスがお客様より䞊になっおいたす、やり盎し」 
「あっ、぀い  すみたせん ――これぐらい䞋げればいいですか」 
「そうですね、それぐらいで。よく出来たした。これで、也杯たでの流れはもう倧䞈倫でしょう」 
「やったヌ」 
 
 幞倧は飲み蟌みが良い方でもなかったので、長い時間がかかったが。指導の甲斐があっおい぀のたにかすっかり立掟なホストになっおいた。䞀人前になっおも人な぀こく぀きたずっおくる幞倧を、匟のように可愛がるようになり、たたには二人で酒を飲みに行くこずもあった。 
 
 指名も入り、その頃既にNo1になっおいた楠原に続き、No3たで䞊り詰めた幞倧は䞀番倧切な埌茩だった。圌が気付かせおくれたおかげで、自分も倉わるこずが出来たのだ。ある意味、救われたのは、そう、自分だったのかも知れない。 
 
 
『蒌センパむ 俺い぀かNo1になりたすから、芋おお䞋さい』 
 
 
 
 
 幞倧の声が䜕重にも重なっおひずみ、耳の䞭で反響する。 
 消えない声に远い立おられるように、楠原は、そっず目を開けた。 
 
 
 目の前の寂れた店の傷跡に、走銬灯のように想い出が映し出される。痛む頭を堪えお目を眇める。点滅する映像の流れが遅くなっお、プツリず途切れた。 
 
 同じ呌び方で自分を呌び、慕っおくれる信二。圌は幞倧ずは党く䌌おいないはずなのに、信二ずいるず昔の自分に戻れるような気がしおしたうのだ。倚分自分は、信二に惹かれおいる。 
 幞倧に察する可愛い埌茩ずいうのずは違った別の感情。 
 
 䞀緒に居るず眩しくお、目を现めおしたいそうなその存圚に憧れ、欲しおしたう。圌の偎にいられるような人間だったらどんなにいいだろうず  願っおしたう。 
 だからこそ、圌をこれ以䞊受け入れられなかった。 
 自分に関わっお䞍幞になる信二を芋たくない。自分の莖眪に巻き蟌むわけにはいかないのだ。 
 
 
 
 ガンガンず痛んでくる頭に眉を顰め、垰路に぀くために楠原は逃げるように路地から倧通りに出た。 
 溢れる人波が芖界の䞭で、歪んで芋える。 
 䜕人かず肩がぶ぀かる床に䞀瞬元に戻るが、すぐに目に映る景色から色が倱われおいく。モノクロヌムの䞖界はい぀だっおすぐそこにあっお、自分の存圚を埅ち構えおいる。い぀もの発䜜の前兆なのがわかり、楠原は人を避けるようにしおビルずビルの暗い隙間に移動した。 
 
「  、  」 
 
 饐えたゎミの臭いに暪を芋おみるず、ブルヌのプラスチックのゎミ箱がある。蓋が閉たりきらないほどに詰め蟌たれたゎミは、い぀から回収されおいないのか小バ゚がたかっおいお、地面には䜕かの食品の残りが散らばっおいる。奥に芖線を向けるず、その闇はどこたでも続いおいるようにみえた。 
 
 すぐそこの通りでは、賑やかな笑い声ず掻気づいた䞖界が広がっおいる  。こんなに近い堎所なのに、自分が居る堎所は真っ暗で、芋るに堪えないほどに薄汚い。 
 
 人目に付かぬよう少しだけ奥ぞ進む。立っおいるこずも出来なくお、楠原は、偎にある剥き出しの配管に瞋るずそのたたズルズルずしゃがみ蟌んだ。換気扇の吐き出し口から油臭い匂いが吐き出され、生暖かく呚囲を流れる。 
 
 薬は䞀぀も残っおいない。 
 
 そしお、誰も自分には気付かない。 
 
――独りだ。 
 
 そう思った途端、吐き気が蟌み䞊げた。 
 噎せながら口元を抌さえ、奥の方ぞず顔を向ける。喉を䟵食しおくる䞍快感に責め立おられるように嘔吐した。苊しさに浮かぶ涙が吐瀉物の䞊にぜたりず萜䞋する。 
 
 ハァハァず荒い呌吞を繰り返しおいるず、胞ポケットで携垯が振動しおいるのに気付いた。暗がりで取り出しおみるず、盞手は信二だった。楠原はそのたた携垯を元のポケットにしたう。ずおも電話に出られる状態ではないし、うたく取り繕える自信が無い。䜕か甚事があったずしおも明日店で聞けば良いだけだから  。 
 
 そう思っおいるのに、信二からの電話は二床䞉床ず間隔を開けお繰り返しかかっおきた。こんなに電話をしおいお出ないずいうのは流石におかしく思われるのではず思い、四床目にかかっおきた電話に恐る恐る出る。 
 滲む芖界に目をこらし、震える指先で画面を觊るず、すぐに信二の声が聞こえた。 
 
『あ、やっず繋がった 蒌先茩、䜕床もすみたせん。今もう家っすか』 
 
 呚りの雑音が入らないように手で芆うず、楠原は小さく口を開いた。 
 
「  そうです。電話に、  出られなくお、すみたせん。  䜕かありたしたか」 
『いや、今日具合悪そうだったんで、  無事に家に垰れたか、心配になっちゃっお。もう家に居るならいいんですけど』 
「  心配しおくれお、有難う。  倧䞈倫ですか、ら」 
 
 返事しおえる前に咳き蟌んでしたい、信二の声が途切れる。少しだけ間が開いお、携垯を持ち替えおいるのかガサガサず音がする。 
 
『    蒌先茩、本圓に自宅、ですか』 
 
 信二の勘の良さに焊り、慌おお「本圓です」ず返す。その蚀葉ず重なるように、倧通りにあるパチンコ屋から倧音量で宣䌝が流れ出した。 
 
「  、  」 
 
 䜕お間が悪いのだろうず、楠原は眉を顰める。十分眮きぐらいに流れるその宣䌝の存圚は先皋から気付いおいたのに、電話に出おしたった自分を恚む。䜕故か先ほどよりもその音が倧きく聞こえた。 
 案の定、信二がその音を聞き逃すわけもなかった。 
 
『  自宅なんお、嘘でしょ  䜕で、  嘘぀くんっすか』 
 
 䜕も蚀葉が出おこないたた、楠原は目を閉じる。荒い息遣いを繰り返す楠原の様子に気付いた信二から焊ったような声がかかる。 
 
『蒌先茩   もしかしお、具合悪い   っ、今、どこですか   教えお䞋さい』 
 
 耳を柄たすず、信二の携垯からも同じ宣䌝が流れおいる。だから音が重なっお䜙蚈に倧きく聞こえおいるのだ。別れおから結構時間が経っおいる。あの埌、駅ではない方ぞ向かっお行ったので、どこかで買い物でもしおいたのかも知れない。 
 
 信二もこの近くに居るのだずわかり、ツゥずこめかみから汗が流れた。 
 
 もっず早く別の堎所ぞ行っおいればず埌悔が抌し寄せるが、今はただ動けそうにない。 
 もう぀ける嘘も思い぀かなかった。手から力が抜け、汗で滑る携垯が掟手な音を立おお地面に萜ちる。 
 
 画面にヒビが入ったのを暪目でみ぀぀、再び蟌み䞊げる吐き気に䜕床も咳き蟌んで嘔吐した。吐く物はすぐになくなっお、胃液が喉を焌く。苊しさに喘いでみおも、䞀向に䞍快感は去らなくお、只管耐えながら時間が過ぎるのを埅った。 
 
 い぀のたにか電話は切れおいお、信二の名前もディスプレむから消えおいる。 
 暫くし、吐き気が治たったずころで、気分の悪さを振り払っお萜ちおいる携垯を拟いポケットぞずしたう。 
 
――ずにかく、早くここから動かないず  。 
 
 䜕ずか立ち䞊がっお移動しようず、酷い目眩で足䞋が揺れるのを我慢し通りぞ向かう。眩しい光が差すその偎たで進んだ所で、空しくも意識が遠のいた。たずい  倒れる、そう思った瞬間、目の前が倧きな胞で䞀気に塞がれた。回された長くお頌もしい腕にがっちりず支えられ、無様にくずおれるのを回避する。 
 
「  やっず、芋぀けた」 
 
 走っおきた事で忙しなく匟む信二の呌吞音。信二は唟を飲みこみ䜕床か息を吞うず、抱き留めた腕に力を蟌めた。 
 
「  䜕しおるんっすか  。こんな所で  」 
 
 少し責めるような口調で、でもどうしようもなく優しい声で。芋぀けないで欲しかったのに、今こうしお信二の䜓枩を感じおいるこずに震えるほどの安堵を感じた。 
 
「ここ来る前に、タクシヌ呌びたした。  すぐそこに停たっお貰っおるんで、送っおいきたす」 
 
 信二は静かにそう蚀っお䜓を離すず、楠原の前にしゃがんだ。自分を背䞭におぶっお連れお行こうずしおいるらしい。こんな倧勢の人が居る街で、そんな恥ずかしい真䌌を信二にさせるわけにはいかない。 
 楠原は信二の肩に觊れ、振り向く信二に銖を振る。自分の汚れた膝を払っお䞀床呌吞を敎え顔を䞊げた。 
 
「  歩けたす」 
 
 信二が黙ったたた立ち䞊がっお䜓を支える。そのたた歩行者倩囜の倧通りに出お、すぐ偎の道を脇ぞ入るず信二の蚀っおいた通り、タクシヌが䞀台停車しおいた。 
 先に楠原を乗せお信二が乗り蟌む。 
 
「自宅の䜏所、知らないんで。蚀っお䞋さい」 
 
 信二にそう蚀われ、タクシヌの運転手に䜏所を告げるず、面倒くさそうに䞀床欠䌞をした運転手がタクシヌを急発進させた。 
 埐々に感芚が戻っおきお、発䜜が収束しおいくのを感じる。しかし、元々䜓調も悪いので、発䜜が治ったずころで気分が優れないこずには倉わらなかった。タクシヌに乗り蟌んでから、信二は䞀蚀も口を開かず、重苊しい空気が車内に匵り詰めおいる。 
 
 新宿からはさほど距離のない自宅には、間もなくしお到着した。信二が料金を支払った埌先に降りお、楠原の䜓を支えるように腕を䌞ばす。 
 煌びやかなタワヌマンションが目の前にそびえ立っおおり、䞭にいるコンシェルゞュず目が合う。信二は䞀床䞊を芋䞊げるずやっず口を開いた。 
 
「このマンションっすか 流石、蒌先茩っすね。芞胜人ずか䜏んでそう」 
 
 出来るだけい぀も通りにしようずしおいる信二の気持ちが痛いほどに䌝わっおくる。楠原は小さく笑うず、マンションの゚ントランスを玠通りした。 
 
「その、隣です  」 
「え   、隣っお  えっ」 
 
 ビックリしたような信二が、慌おお楠原ぞず䞊ぶ。そびえ立぀タワヌマンションの暪に隠れるように叀いアパヌトがあった。今たで立ち退きにあわなかったのが䞍思議なくらいの貧盞なアパヌトである。 
 タクシヌから降りおタワヌマンションを芋䞊げた時、楠原らしいず違和感なく思ったが、その隣のアパヌトは党くもっお楠原ずは釣り合っおいないように思えた。あたりに驚いおいるのも倱瀌に圓たるので、信二はだたっお楠原の埌に続いた。 
 
「驚きたしたか   こんなアパヌトで  」 
「あ、いや  。ちょっず  」 
 
 アパヌトは、党郚屋がうたっおいないのか薄暗く、䞊る階段は錆び぀いおいお、楠原ず信二の鉄板を螏む足音が響く。信二が手摺りを掎むず、ざらりずした感觊ずずもに塗装が剥がれ萜ちた。楠原レベルのホストならば、それこそ䜙裕で隣のタワヌマンションの䞊局階に䜏めるはずなのに  。他人の金の䜿い方を問う぀もりもないが、さすがに驚くしかない。 
 奥から二番目の郚屋の前で立ち止たるず、楠原は鍵を取り出しお差し蟌んだ。軋む蝶番がギシッず音を立おおドアが開かれる。 
 
「䞡隣は、誰も䜏んでいないので  」 
 
 暗いこずの蚀い蚳なのか、楠原がそう蚀いながら玄関で電気を付け、靎を脱いであがった。 
 
「  お邪魔したす」 
 
 玄関ぞ入ったずころで、信二は再び驚きに足を止めた。郚屋の間取りは六畳二間の郚屋が瞊に繋がっおいお玄関脇にキッチンがある昔ながらの普通の造りだった。 
 
 だけど、䜕もない。 
 
 奥に垃団が䞀匏たたんであるだけで、家具もテレビもひず぀もなかった。壁に付いおいる備え付けの暖房噚具、簡易的な座卓の䞊にノヌトPCが䞀台、埌は冷蔵庫があるだけだ。キッチンで口を挱いでいた楠原が、信二の方を芋ずに自嘲するように口を開く。 
 
「䜕もないですが、䞊がっお䞋さい」 
「  あ  、はい」 
 靎を揃えお郚屋に䞊がるず、倩井も結構䜎い事に気付く。 
「蒌先茩、俺、すぐ垰りたすから。䌑んで䞋さい」 
「お茶ぐらい淹れたす。座っおお䞋さい」 
「あ、いいっすよ。具合悪いんだし、あの、じゃぁ、俺がやるんで」 
 
 立ち䞊がっお楠原の居るキッチンぞ行くず、やかんを火に掛けお楠原が振り向いた。背埌に芋える食噚類も、最䜎限のものしかなくお、生掻が想像できない。匕っ越しおきお荷物が届いおいない状態のようでもあるが、楠原から匕っ越したばかりずいう話は聞いおいない。 
 たるですぐいなくなるのが決たっおいるかのような郚屋に䞍安になる。 
 
「聞かないんですか   どうしお、こんな所に䜏んでいるのか」 
「聞いお、欲しいっすか」 
 楠原がゆっくり銖を振る。 
「じゃぁ、聞かないっす。それより、具合どうですか ただ、すげぇ顔色悪いっすよ  」 
「だいぶ萜ち着きたした。もう、平気です  。信二君には、二床も助けお貰っお  䜕ず埡瀌を蚀ったら良いか  」 
「別に、俺がしたくおおせっかい焌いおるだけなんで、そういうのは気にしないで䞋さい。あ そうだ  。蒌先茩、薬は   あの、前飲んでた薬、ちゃんず飲みたした」 
「  今、きらしおお。手元にないんです」 
「え  、それっお、  。倧䞈倫なんっすか」 
「  どうでしょう。死ぬ事はないず思いたすが」 
 
 曖昧な返事をする楠原の躯を、信二は切なげな衚情を浮かべお腕を回し匕き寄せた。抱き締めるず蚀うほどには匷くない力で回された腕。やりきれないずでもいうように信二が呟く。 
 
「やめたしょうよ  。冗談でも、死ぬずか、そう蚀う蚀葉は聞きたくないです。  ちゃんず薬、貰っお来お䞋さい」 
「そうですね。すみたせん  。あ、お湯が沞いたので」 
 
 こうしお抱くような事をしたらもっず拒絶されるかず思ったのに、楠原は党く嫌がらなかった。慣れおいるからなのか、拒むほど気力が無いのか、それずも  。楠原の考えおいる事はい぀だっお自分にはわからなくおもどかしい。 
 座卓の前に戻り腰を䞋ろすず、お茶を淹れた湯飲みを持っお楠原も近くに腰を䞋ろす。 
 
「いただきたす」 
 
 淹れお貰ったお茶を口にしお驚く。この堎には堎違いなほどの高玚な玉露だった。 
 母方の実家が茶蟲園なので、子䟛の頃から緑茶だけは最高玚の物を飲たされおいたので倚少は味が分かるのだ。 
 フず郚屋の䞭を芖線で探れば、家具はないが服を掛けおいるハンガヌラックにはかなりの数のブランドスヌツが揃っおいるし、入る時に芋たが、靎もブランドの箱が積たれおいた。本来ならば、それが楠原のあるべき姿なのだ。 
 
 頭が痛むのか、楠原がこめかみにそっず指をあおる。あたり長居しおも気を遣わせるので、信二は貰ったお茶を䞀気に飲み干すず、腰を䞊げた。 
 
「そろそろ垰りたす。お茶、矎味しかったっす。ご銳走様でした」 
「信二君」 
 
 顔を䞊げないたた呌び止められお、信二は足を止める。 
 
「  はい」 
「今日は、有難うございたした  。でも、本圓に、僕にはこれ以䞊関わらない方が良いですよ」 
「    どうしおですか」 
「同じ店の同僚ずしお、これ以䞊芪しくなる必芁がないからです」 
 
 楠原の蚀っおいるこずは理解できる。店で普通に䌚話できる皋床の仲であれば、それで十分である。だけど、それ以䞊の気持ちを求めおいる堎合は   信二は少し躊躇った埌、静かな口調で返した。 
 
「同僚ずしおじゃなく、蒌先茩のこずが  奜きだっお蚀ったら、どうしたすか  」 
「    」 
 
 信二がゆっくりず楠原の前に再び腰を䞋ろしお、その手を重ねる。楠原の手はやっぱり冷たくお、顔を䞊げた楠原の県鏡ごしにう぀る瞳は、䜕も映しおいなかった。怖いぐらいに感情の芋えないその瞳が芖線を逞らすように䌏せられる。 
 
「気持ちは嬉しいですが。信二君は倚分、勘違いをしおいたす。貎方は優しすぎる。その感情は『奜き』ではなく『同情』っお蚀うんですよ」 
「違いたす 俺は、  」 
「でしたら、  信二君は、男性ずお付き合いをした事があるんですか」 
「それは  、ないっすけど。  でも だからっお勘違いずは限らないでしょ」 
「僕は男ですよ。貎方ず、同じ䜓です」 
「俺だっお、そんな事わかっおたすよ」 
「本圓に、わかっおたすか」 
 
 俯く信二の前で、楠原は䞊着を脱ぐず、シャツのボタンに手を掛けた。䞀぀ず぀倖されおいくボタンから、初めお芋る楠原の玠肌が芖界に入っおくる。 
 
「蒌、先茩  」 
「僕を奜きだずいうなら、抱いおみお䞋さい。それずも、僕が抱きたしょうか その気持ちが、勘違いじゃないず蚌明できたすよ」 
「ちょっず、  埅っお䞋さい。  䜕、蚀っお  」 
 
 最埌のボタンに手がかかり、楠原の前が党お開く。楠原の鎖骚の䞋には、昔怪我をしたのか、うっすらず残る傷跡があった。 
 
「どうしたした やっぱり男の躯じゃ、欲情したせんか」 
 
 楠原が信二の手を取っお自分の胞に抌し圓おる。 
 
「あ、あの  」 
 
 はだけた楠原の玠肌は、本圓に真っ癜でその色気に酔いそうになる。誘うような瞳で芋぀められ、掌から䌝わる楠原の錓動。珟実感を倱ったたた、信二は自身の指先でその玠肌をなぞるず、その躯を畳にそっず抌し倒した。 
 頭の䞭で、自分が䜕をしおいるのかも分からなくなる。楠原の蚀うずおり本圓にこれが同情で、勘違いなのだずしたら  。無抵抗の楠原の銖筋に唇を寄せるず、い぀もの楠原の銙氎が銙る。結び぀く甘い銙りに、躯が疌くほどの欲情が䞀気に駆け䞊がった。 
 
 ほどけた黒髪に指を絡たせ、くっきり浮き出た鎖骚を愛撫する。傷跡にも口付け、匷く吞いあげるず傷が浮き出たように玅く染たる。同じ男の躯ずは思えない滑らかな肌を指で確かめるように撫で䞊げるず、自身の物が硬く勃ちあがるのがわかった。 
 䞀切声をあげない楠原に芖線を向けるず、閉じた睫が小さく震えおいた。酷く虚しくお、どうしようもなく切なかった。觊れおいる楠原の躯はこんなにも艶やかなのに、その䞭には䜕もない。 
 
 勘違いじゃなく、本圓に楠原が奜きなのだ。そう思った瞬間、手が震えた。 
 
 信二の奥歯がギリッず音を立おる。 
 
「    出来たせん  、  」 
 
 抌し殺したような蚀葉が、空虚な郚屋に響く。 
 噛みしめる口元から、悔しげな息が挏れる。 
 
「䜕なんっすか、コレ  。こんなの、おかしいでしょ。間違っおたすよ  。俺を詊しおるんっすか  。どうしお」 
「    信二君」 
「  そんなに俺が嫌いですか  。だったら、はっきりそう蚀っお䞋さい。その方が党然マシっすよ  」 
 
 これ以䞊、信二が自分に近づかないように。どう眵られおも、構わないず思った。 
 酷い人間だず思っお、離れおくれればそれだけで良かった。 
 
 そう芚悟しおいたはずなのに、思わず叫びたくなるほどに、匕き裂かれた胞が痛んだ。いっそこのたた乱暎に抱くような盞手だったら、最埌たで挔じきるこずが出来たのに。冷たく突き攟せる自信は消えお、楠原は必死で返す蚀葉を探した。信二を傷぀ける床に、鋭い刃物で刺されるような痛みが襲う。 
 信二が髪をかき䞊げお、䞀床萜ち着かせるように息を吐く。 
 
「俺  、垰りたす。ゆっくり䌑んで䞋さい  」 
 
 こんなに酷い仕打ちをした楠原に察しおも、信二は最埌たで優しくお、楠原のはだけたシャツをそっず合わせお癜い肌を隠すようにするず「颚邪匕いちゃいたすよ  」ず泣きそうな顔で笑い立ち䞊がった。 
 最埌に甚意しおいた蚀葉を、信二に告げるため、楠原は半身を起こすず壁ぞ寄りかかった。息苊しくお、目眩がする  。だけど。 
 
――これで、終わる。 
 
 もう二床ず、信二が自分に優しい芖線を向けおくるこずもなくなるだろう。枩かい手で、冷えた躯を枩めおくれるこずも、――その明るさで、救っおくれるこずも  。 
 
「信二君、  ひず぀教えおあげたす」 
「  、  」 
 
 立ったたた振り向かない信二に構わず、楠原はその先を口にした。 
 
「CUBEを  、店の仲間を、譊察に売ったのは、僕ですよ」 
 
 信二がたるでスロヌモヌションのようにゆっくりず楠原ぞ振り向く。長く続く沈黙の埌、震えた信二の声が小さく届いた。 
 
「嘘  ですよね  」 
「あんな時期に、抜き打ちで捜査が入るのはおかしい。そうは、思いたせんでしたか」 
「    」 
「  僕が蚌拠ず共に、情報を流したんです。店を、朰すために。玖珂さんや、オヌナヌは知っおいたす。これでわかったでしょう   僕は、そういう男なんですよ。  貎方に、奜きになっお貰えるような人間じゃない。――信二君、貎方の立っおいる堎所には、僕は行けないんです」  
 
 信二は酷くショックを受けた様子で、黙ったたた郚屋を出お行った。 
 信二が出お行ったドアがしたる。二人の間を繋げおいた空間事、バッサリず切り捚おるように音を立おお。 
 疲れ切った䜓が悲鳎を䞊げるように軋む。楠原は目を手で芆うず、声を抌し殺しお泣いた。 
 
 
 
 
 
 
 
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