story 6


 

 
 一緒に風呂へ入り、早めに寝室へと移動する。 
 すっかり体調が戻った玖珂が、折角だから明日は何処かへ出掛けようかと提案してきたが、明後日からまた忙しい日常に戻る玖珂の事を考えたら、もう一日ぐらいはゆっくりした方がいいのではと思う。 
 話し合った結果、明日は玖珂の自宅でこのまま過ごす事が決まった。 
 
 早めに入ったベッドは少し冷たかったせいもあり、無意識に二人の間の距離が縮まる。重ねてきた玖珂の手、ちらりと隣を見て握り返すと、玖珂は相好を崩して、その手に少し力を込めた。 
 
「少し冷えてきましたね……」 
 
 本当はそんなに寒くは無いけれど、言い訳のように口にすれば、玖珂は握ったままの手を引き寄せて「もう少し傍へおいで」と囁く。 
 背もたれに並んで背を預け、ニュース番組を見ながら他愛もない話をし、時間が過ぎていく。 
 特に大きな事件も起こっていない今、繰り返し報道されている事件も小さな物ばかりで、画面の向こうでも平和な空気が流れている。 
 
「またこの議員、騒ぎになってるんですね……懲りないなぁ……」 
 
 問題発言が多く、最近悪い意味で目立っているその議員が今夜も話題になっていた。問題のあった発言をとりあげた特集が組まれ、CMを挟んで討論がスタートする。 
 スタジオでは、よく見る政治評論家やコメンテーターがここぞとばかりに自らの主張を声高に訴えている。しかし、討論がヒートアップしていくにつれ、段々と最初の軸がぶれ、司会者が何度も話の流れを修正していた。 
 渋谷としても、議題そのものには意見がないわけでもないが、他人とこんなに熱く討論できるのは純粋に凄いと思う。 
 一緒に観ていた玖珂が、隣で呟く。 
 
「論点がずれてきているな、まぁ、テレビはエンターテイメントだから多少の勢いは演出としてアリなのかもしれないが」 
「そうですね。でも、こういう場で堂々と自分の意見を言えるのって凄いですよね。俺なら、スタジオに入った瞬間、きっと頭が真っ白になります」 
「一般人は皆そうなんじゃないか? 後は、慣れだろうな」 
「玖珂さんは? テレビに出ることがあったら、こんな風に自分の意見が言えますか?」 
「うーん……。俺も一般人だからね。最初は中々難しいだろうな」 
「そうですか? ……ちょっと意外です……、玖珂さんは俺と違ってあまり臆さないから、どんな場面でも大丈夫なのかと……」 
「それは、買い被りすぎだろう。ガッカリしたか?」 
 
 玖珂が苦笑して隣の渋谷を見る。 
 
「いえ……。一緒なんだなって、寧ろ、ホッとしました……」 
 
 暫くしてニュースも終わり、最後の天気予報を聞いてテレビを消すと部屋は一気に静かになった。いつもの就寝時間より早いというのもあって、一緒にベッドへ入ったはいいが眠気は訪れない。向かい合っている玖珂も同じなのか、「すぐには寝られそうに無いな」と呟き、渋谷の顔を見て少しだけ笑った。 
 
 玖珂とこうして共にベッドで寝るという事。 
 そろそろ慣れても良いほどの回数を経験している。時には渋谷の自宅で。記念日にはホテルのスィートルームで。一番多いのはここ、玖珂の自宅だ。 
 重要なのは、玖珂が隣で一緒にいてくれることなので、場所はどこだって構わなかった。 
 
 すっかり体調が戻った玖珂に安心はしたけれど、それも多少は無理をしているのではないかという気持ちも微かにある。渋谷は暖まってきた布団の中で腕を伸ばすと、玖珂の首筋に掌を添えた。 
 
「ん?」 
「熱とかは、本当にないみたいですね」 
「なんだ、……誘われているのかと思ったら、健康チェックか? 期待して損したな」 
 
 玖珂が眉を寄せて苦笑する。 
 
「無理していないか、心配なんですよ。玖珂さんの性格は、俺も多少はわかっていますから」 
「もうすっかり治ったって言っただろう?」 
「そう、ですね……。結局……、俺は心配することしか出来なくて……。難しいですね、貴方になら何でもしてあげたいのに、出来る事がなにもないなんて……」 
「祐一朗……、……」 
 
 玖珂が困ったような表情を浮かべる。別に答えが欲しいわけでは無い。こうやって玖珂を困らせていることもきっと甘えなのだろう。自分の存在が玖珂にとって、少しでも重要な位置を占めているかどうか。そんなわかりきった事でも、玖珂の言葉で聞きたい。我が儘で傲慢で、青臭い感情。 
 
 口から出たのは、本来なら言わずにいられる言葉だった。 
 
「玖珂さん、俺達、もう付き合いだしてから結構長いですよね」 
「そうだね、どうした? 急に」 
「いえ。……俺と付き合ったこと、後悔とか……してないですか……?」 
「……」 
 
 回されていた腕が離れ、代わりに俯いていた顔をあげさせられる。顔がみえないから思いきって聞いたというのに、これでは、どこに視線を向けて良いかわからない。 
 玖珂は一度深く息を吸って吐くと、返事をしないまま黙り込んでしまった。 
 変な事を聞いてしまったと我に返るが、言ってしまった事は取り消せない。 
 「あの、」と誤解を解くように沈黙を破る渋谷が見たのは、悲しげな目をして渋谷を見つめる玖珂の顔だった。 
 
――何ということを言ってしまったのだろう。 
 
 数秒前の自分の言葉が後悔という錘を絡みつけてのしかかってくる。慌てて言葉を探していると玖珂の腕が首筋を少しだけ撫でた。 
 
「何か、祐一朗にそう思わせるようなことを言ってしまったかな……? だとしたら、その言葉はどうか忘れて欲しい」 
「違うんです。玖珂さんがどうって話では無くて……。俺、今、凄く幸せで……。いつも玖珂さんが俺を大切にしてくれているのもわかっています」 
「…………」 
「だけど……。こんな俺と付き合っていて、玖珂さんは、いつか後悔するんじゃないかなって……。そういう日が来ると思うと、たまに怖いんです……」 
 
 もっとうまく説明したいのに、たどたどしい言葉でしか伝えられない。これではまるで、この先別れることが決まっているかのようではないか。不穏な空気を払拭できないまま、渋谷は口を噤んだ。 
 玖珂は黙って聞いていたが、少しして渋谷の名を切なげな声で呼んだあと、諭すような口調で言葉を続けた。 
 
「残念ながら、人の感情に絶対という物は存在しない。それは、俺も、祐一朗も同じだ……。だから、極端な例だが、明日もお互いが好きという確証はどこにもないってことになる」 
「…………そう……ですね」 
 
 自分の言った「いつか」が明日でもおかしくないと言う玖珂の台詞に胸が痛くなる。 
 
「祐一朗、いいか。――それでも、俺は約束できる。明日も、明後日も、必ず俺は君を愛している。そう言い切れる俺が、祐一朗と付き合っていることを、後悔していると思うか?」 
「…………、っ」 
「君の不安が消せるなら、何度でも言うよ。俺は、祐一朗といて怖いぐらいに幸せだ。手放すつもりも、他の奴に触れさせるつもりも……一切無い」 
 
 玖珂がきつく抱き締めて、パジャマ越しの背中を何度もなでる。馬鹿なことを聞いてしまった事に腹も立てず、それどころか欲しい言葉を届けてくれる。思わず口にしてしまった不安は絶対的な玖珂の愛情で即座に消えた。 
 
「ごめんなさい……。俺、――」 
 
 続けようと口を開くと、玖珂にキスで塞がれた。 
 
「……わかってるよ。大丈夫だ」 
「玖珂、さん……」 
「些細な事でも、そういう気持ちを溜めこまれるより、その都度こうして確認してくれた方がずっといい。そうは思わないか?」 
「……」 
 
 続く口付けに翻弄されていると、玖珂が静かに唇を離し渋谷を見つめる。 
 玖珂の瞳の中にうつっている自分。玖珂を見上げて何度か瞬きをすると、玖珂は優しげに微笑んでもう一度軽く口付けを落とした。 
 
 啄むような軽い口付け。その後、少し悪戯な表情を浮かべた玖珂は渋谷の唇に指を当てるとすっとなぞった。滑らかな指先は、唇を離れ、そのまま空中で止まった。 
 
「祐一朗、今、俺がしたことは何だと思う?」 
「え……?」 
 
 突然の質問の意味を図りかねて、渋谷は考え込むように視線を泳がせた。 
 
「キス……ですか?」 
「正解。……じゃぁ、これは?」 
 
 玖珂が渋谷の身体に腕を回してぎゅっと抱き締める。 
 
「……えっと……、ハグ……かな……」 
「そうだ。今の二つに共通点があるんだが、わかるか?」 
「……え……」 
 
 再びの問いを真剣に考えてみるが、わからない。恋人にする行為、とも思ったが、ハグなら恋人ではなくてもする場合があるし……。あまり待たせるのも悪いと思い、渋谷は素直に降参を申し出た。 
 
「何だろう……すみません、わからない……かも」 
 
 玖珂は回答を望んでいるわけではないのだろう。耳元に口付けながら囁く。 
 
「答えは、……『一人じゃ出来ない事』だ」 
「……、……」 
 
――一人じゃ出来ないこと……。 
 
 渋谷がハッとした表情を浮かべ玖珂の顔を見る。 
 その言葉の意味に気付けば、胸が一杯になった。抱きしめられたまま、その意味を飲みこむように喉が震える。どうしてこの人はこんなにも優しいのだろうかと……。 
 
「さっき祐一朗は、自分が俺に、なにもしてあげられないって言っていただろう? それは間違ってる」 
 
 返事の代わりに、渋谷は玖珂のパジャマの布地を強く掴んだ。静かに伝わる玖珂の鼓動とどうしようもなく愛しげな声。 
 
「――俺がしている事のすべては、祐一朗が居てくれないと出来ない事ばかりだ。……わかるか? こうして愛を告げることも、抱きしめる事も、君が、俺にさせてくれていることだ」 
「……玖珂さん」 
 
 あやすように辿る玖珂の指先が何度も髪を撫でる。 
 
「祐一朗からは、数え切れないほどのものを与えて貰っているよ。これ以上、受け取るわけにはいかない程にね……」 
 
 玖珂はそう言って笑みを浮かべた後、渋谷のパジャマのボタンに手をかけゆっくりと外していく。真っ白な肌が徐々にさらけ出されると、開いた前に手を滑り込ませ滑らかな肌を掌で愛撫する。覆い被さるようにして首筋へ鼻をうずめ、濡れた舌でなぞられると、ベッドが軋む音と重なるようにゾクリとした快感が背筋をのぼった。 
 
 同じボディソープの匂い、清潔なリネンから微かに香る柔軟剤の匂い。 
 真っ白なシーツを無意識に指先で掴むと、戻ってきた唇に再び唇を奪われた。 
 渋谷は甘い吐息を漏らす。期待していたことを知られたくなくて思わず玖珂から視線を外す。だけど、多分もう手遅れで……。 
 
「ユウ……、一人じゃ出来ない事の、……続きをしようか」 
 
 玖珂が囁くようにそう言って自らの着衣を脱いだあと、逞しいその腕で渋谷の身体を抱き締めた。ずっと布団の中に居たせいで、いつもよりあがっている互いの体温。玖珂が渋谷の眼鏡を片手で外すとベッドサイドへそれを置く。 
 滲む視界の中、今はまだ残る理性を振り絞って、玖珂の身体を気遣う台詞をどうにか口にする。 
 
「玖珂さん、……大丈夫なんですか? ……体調は……」 
「ああ。……ダメかもしれないな……。悪化してる」 
 
 玖珂が顔を伏せ、少し辛そうな表情を見せる。 
 
「え!?」 
 
 その言葉に驚いて、渋谷は咄嗟に上半身を起こす。薄らいでいた心配が一気に濃くなり、胸が苦しくなる。やっぱり無理して……、そう思い玖珂の顔を見ると、玖珂はおかしそうに笑っていた。 
 
「ユウを抱きたい病がね」 
「……、……っ、……」 
 
 渋谷が安心して胸をなで下ろすのを見て、玖珂は「すまない、怒ったか?」と悪戯っぽい笑みを浮かべて渋谷の頭を撫でた。 
 
「……怒ってはいませんけど。一瞬心配で心臓が痛くなりました」 
「それはいけないね。どれ、ちょっと心音を聞いてみようか」 
 
 玖珂が渋谷の胸に耳を当てる。柔らかな髪が乳首をふわりとなで、くすぐったいような微弱な快感がのぼる。 
 
「本当だな、すごくドキドキしてるね」 
「そ、それは……。別に……、その……」 
「別に?」 
 
 意味がわかっているのに、玖珂はその先を言わせようとじっと渋谷を見つめる。これじゃ、治まるどころか余計に鼓動が早まってしまう。渋谷は「……もう」と吐息と共に呟くと、玖珂の首に腕を回した。 
 
「貴方に、触れられているからですよ……。わかってるくせに……意地悪ですね」 
「意地悪? まさか。ただ、君を泣かせるのは嫌いじゃない、かな。勿論、悲しみではなく、快楽でね」 
「……、……」 
 
 そんな事をサラリと言われても、どう返事をすれば良いのかわからない。低く響く玖珂の声だけで勃ちあがる自身が恥ずかしい。 
 隠せるはずもないのに、なんとか足を立てて隠そうとする渋谷の間を割って玖珂が跨がり、着衣を脱がされた後、片手で渋谷の両手をベッドへと押さえつけた。 
 
 見下ろす玖珂の髪が前方へと零れ、渋谷の視界の中で毛先が揺れる。 
 真っ直ぐ射貫かれる視線に、身じろぎも出来ず、両手は頭上で押さえつけられているので顔を隠すことも出来ない。潤んだ瞳で玖珂を見上げると、「……ユウ」と短く呼ばれたあと、玖珂の唇で、閉じていた口を開けさせられた。 
 玖珂の口付けはいつだって……、穏やかな玖珂の性格からは想像もつかないほど情熱的だ。 
 
 渋谷の歯列をなぞる舌先に、渋谷も舌を絡めるとざらりとした濡れた感触に互いの唾液が混ざり合う。すっかり温まっている身体には、とっくに火がついているけれど、玖珂はもっともっととその火を煽ってくる。 
 熱くて濃厚な口付けが渋谷の理性をじわじわと削り、気付けば世界に二人だけのような錯覚に陥ってしまう。ぼんやりとしか見えない視界にハッキリうつる玖珂の姿。押さえつけられた手が、玖珂が与える深い口付けの度に反応して僅かに動く。 
 
「リョウ、……さん……、」 
 
 滅多に呼ばない下の名前で名を呼ぶと、玖珂が愛しそうに目を細め微笑む。優しげな眼差しの中に映り込む自分。 
 玖珂の愛撫で染まっていくのが、全身で感じられた。 
 
「愛してるよ、ユウ」 
 
 たった数文字の言葉。飾り尽くされたどんな言葉よりも、繰り返されるその言葉が堪らない。破滅願望があるわけではないけれど、玖珂にだったら壊されても良いとさえ思ってしまう。 
 押さえつけられていた手が解放されると、玖珂の愛撫は首筋を通って胸元へと降り、そのまま下腹部まで辿り着いた。 
 恥ずかしい事に、愛撫だけで爆ぜそうになっている渋谷自身からは、猥らな先走りが竿をつたっている。 
 
「一回、出しておこうか」 
「ゃ、……あ、……えぇと……」 
 
 真っ赤になって言葉を失う渋谷の返事を待たず……。 
 玖珂が柔らかに濡れたそれを掌で包み、先端へとチュッと音を立てて口付ける。 
 
「ぅ、……ぁ、……、」 
「それとも、我慢してみるかい?」 
 
 我慢出来ないのをわかっていてそんな事を聞いてくる玖珂は、やはり少し意地悪だと思う。しかし、言葉とは裏腹に、玖珂は指を添えると渋谷の物をそっと口に含んだ。これで我慢出来る男がいるならお目にかかってみたい。何度そらしても意識はすぐにそこへ集中してしまい、上ずったような声が漏れてしまう。 
 
「っ、んん、……っ、ぅ、あ」 
 
 熱い口内に含まれ、柔らかな唇で扱かれるとあっという間に射精感が上り詰める。ハァハァと忙しなく息を吐き、喉奥へ迎えられる度に下腹部が痙攣したように引き攣る。我慢するどころか、もうすぐにでも達してしまいそうだ。 
 
「俺、もう、……、」 
 
 自慰行為でもこんなに早く達することはない。なのに、巧みな舌先で快楽を刺激してくる玖珂の手にかかるといつも容易く上り詰めてしまう。 
 
「……イく、……ぁっ、待っ、や、……っ、」 
 
 身体先行で思考が追いつかない。玖珂が口を離して、根元から一気に上へと指を滑らすと押し出されるようにあっけなく渋谷は吐精した。 
 玖珂の掌へと打ち付けられたそれは、玖珂の手首へと流れてつたい落ちる。玖珂が掌を開くと濡れた音がして、恥ずかしさに渋谷は目を瞑った。 
 
「沢山出たね、でも……、まだこれからだぞ?」 
 
 再び上へ戻ってきた玖珂が、傍のティッシュで軽く手を拭った後、閉じている渋谷の瞼にも口付ける。甘い吐息を微かに漏らしながら、渋谷はゆっくりと睫をあげた。 
 快楽で潤んだ瞳のまま玖珂を見上げると、玖珂の優しげな瞳は滲む色気に染まって色を変えていた。深い深い、どこまでも続く愛色。 
 
 渋谷はしなやかな腕を玖珂の首へと回して引き寄せ、自ら玖珂の唇へと自身の唇を重ねた。玖珂の勃ちあがったものが渋谷の腿にこすれる。硬くて熱いそれが触れるだけで愛しさが溢れる。愛している実感と愛されている実感が混ざり合って絡み合う瞬間だった。 
 
「愛してます……、貴方が好きすぎて、どうにかなりそう……」 
 
 「今日は酒は飲んでいないはずだが?」ストレートな言葉を口にする渋谷に少し驚いたように玖珂が口を開く。勿論今日は互いに酒は飲んでいないとわかった上でだ。 
 
「それでも、酔ってるんですよ……、」 
 
 渋谷が少し笑って口を開きながら誘惑を返す。 
 
「俺に?」 
「はい」 
 
 何度も口付けながら短く言葉を紡ぐ。 
 
「俺も酔ってるよ。お互い、明日は二日酔いになりそうだな」 
 
 玖珂は小さく笑って渋谷をギュッと抱き締めた。真っ白な渋谷の肌に、自分が跡を付けた場所が所々赤くなっている。先程、誰にも触れさせるつもりはないと言ったのは、会話の中で出しただけの言葉ではない。 
 この腕の中の愛しい恋人に、指一本でさえ触れさせたくない。 
 剥き出しになる独占欲は、渋谷を抱いて理性が薄れる度に顔を出す。それは玖珂自身が思っているよりも強い感情である事に毎度気付かされてしまう。 
 玖珂はその感情を胸の内に秘めたまま、ゆっくりと息を吐いた。 
 
 渋谷の浮き出た鎖骨にひとつ、なめらかな腰のラインを辿ってそこにもひとつ、跡を増やし、腕を伸ばしてベッドサイドのチェストからローションとゴムを取り出す。 
 慣れた手つきで掌へとそれをのせ、渋谷の後ろへ触れると、冷たさに渋谷の身体がビクッとなった。 
 
「っ、……ん、っ、ぁ、」 
 
 互いに言葉を発しないまま、早まる鼓動と、先の愉悦への期待だけに神経を集中させる。玖珂の長い指がぬるりと滑り込み、渋谷の腰がシーツを擦る衣擦れの音がする。 
 何度も抱いている渋谷の身体の全てを、玖珂の指先は鮮明に覚えていた。絡みつく熱い粘膜をかきわけて快楽の在り処に辿り着いた指先は、その膨らみへそっと指を添えた。 
 
「あ、ぁっ、……、」 
 
 直接的な刺激で、渋谷の抑え気味の声が溢れ出す。喘ぐ渋谷の姿に煽られながら指を増やし、中を広げるように蠢かすと十分柔らかくなったそこは、指では物足りないとねだるように収縮を繰り返した。 
 そっと指を抜いてゴムを素早く付けると、玖珂は猛った欲望をその後ろへとあてがった。 
 足を広げさせ、そのまま奥へとゆっくりと挿入っていく。 
 
「う、ッ、……、あ、ッ、ぁ……、」 
 
 玖珂を受け入れる渋谷の身体もまた、力の抜き方をちゃんと覚えていて、飲みこむように奥へと誘い込む。繋がった部分が焼けるように熱を持って、互いの粘膜が溶け出すようだ。 
 
「……ユウ」 
 
 渋谷の隅々までを堪能するように、玖珂の腰がゆっくりと動きだす。掴んでいる足首が時々痙攣し、足の指先がピンと張る。淡く染まる猥らに開かれた渋谷の裸体。玖珂が動く度に濡れた音が耳を撫でる。 
 
 ギシリと軋むベッド、薄暗い寝室の中で、月明かりに渋谷の身体が蒼白く浮かび上がるような光景だった。 
 苦しげに眉を寄せている渋谷の艶やかな黒髪が、真っ白なシーツの上で散らばる。壮絶な色気を纏った渋谷は、昼の顔とは全く別人に見えるほどだ。そのギャップは抱く度に増して玖珂を魅了し続ける。 
 
「リョウ、ん、っ、ッ、ン、――は、ァ、……ッ」 
 
 幾重にも重なった快楽が、互いの熱を追い上げる。 
 抉るよう突き上げる度に、渋谷の声が部屋に響き渡る。悲鳴にも似たその声を唇で受け取るように、玖珂は限界まで奥へおさめたまま身体を折り、渋谷の口内を犯す。 
 
「ん、ふ、……ぁァ、ッ」 
 
 先程イった渋谷の屹立が前で揺れる度に玖珂の腹に当たって濡れた音を立てる。唇を離して、片手を添えてやると玖珂の掌の中で脈打った。 
 
「――っ、もう、……っ、」 
「ユウ、俺の名前を呼んでくれ」 
 
 「リョウさん」声に出される自分の名前、渋谷の薄く綺麗な唇が自分の名を象るように開く。喘ぎに混じって掠れた声で呼ばれれば、腹の奥がずんと重くなった。 
 
「――愛してる」 
 
 玖珂の物が渋谷の中で硬さを増し隙間を埋めるように膨張する。 
 激しく揺さぶられながら感じる、狂おしいほどの圧迫感。確実に擦りあげていく玖珂の動きに、渋谷の眦から快楽の涙が一筋流れ落ちた。 
 
「俺、も、……、んっ、ゃ、ッ、ァッ、……!」 
 
 細い嬌声に喉を反らせ、渋谷はきつく目を瞑ると白濁を散らした。 
 
「うっ……、」 
 
 玖珂の眉根がきゅっと寄せられ、渋谷の最奥へ突き立てたまま苦しげに低く呻く。直後絶頂を迎えた玖珂も精を放った。 
 イってからも未だおさまらない物を抜かぬまま、玖珂は愛しげに渋谷を抱き締めると、汗で濡れた前髪からのぞく額や鼻先にキスの雨を降らせた。 
 
 脱力したような渋谷が薄く目を開ける。 
 伸ばした指先で玖珂の頬に触れると、幸せそうに笑みを浮かべた。