12月25日 
 
 ホリデーシーズンも最高潮の盛り上がりを見せる今の季節。 
 LA内ではサンセットブルーバードやビバリーヒルズのロデオドライブ等がイルミネーションスポットとして有名である。しかし、それもテレビや雑誌で見ただけだった。 
 
 同じ土地に住んでいるからといっても中々見に行く機会もない。 
 澪は居間に飾ってある小さなクリスマスツリーを眺めていた。 
 正月飾りもそうだが、こういう季節の物はいつしまうのがいいのだろう。日付が変わったらすぐ? だとしたら、後数十分である。 
 
 親しくしているロバートの家から貰ってきたツリーは、当初飾りが全く無かった。飾りのないツリーはただの木でしかない。 
 しかし、今現在目の前のツリーにはクリスマスらしい飾りつけが施されていて、ちゃんとクリスマスツリーは完成していた。なぜならば、週末の休みを使って、椎堂が作ったからである。 
 
 医者なのだから手先が器用なのは当然かも知れないが、金や銀のクラフトペーパーを駆使した飾りは見事である。 
 鶴しか折れない澪からすれば尊敬に値するほどに……。 
 
「でも……これは、ないよな……」 
 
 澪はツリーに飾ってあるオーナメントを手に取って苦笑した。 
 
 トナカイやサンタを模したものでもない、手にしたのは『おにぎり』のオーナメントだ。粘土で作ってあるそれは米粒まで再現してあって、これを一晩中作っていた椎堂を考えると本当に理解不能である。 
 
 
 
 つい先日の週明けの月曜日の事。 
 寝不足で眠いとしきりに目を擦っている椎堂に理由を聞いてみると、夜ごとにツリーに飾るオーナメントを作っていると言っていたのだ。 
 手伝おうかと言っても、「澪はちゃんと寝ないとダメ」と拒否され、次の日にはオーナメントが六つ出来上がっていた。 
 
 ちゃんと小さな海苔が巻いてあって、三角形の頂点には中の具材が違う印なのか、ちょこっと模様がついている。才能の無駄遣いのような気もする精密なおにぎりのオーナメントは、キラキラした金の星や、靴下を模した銀の飾り、カラフルなキャンディーの中で、一際異彩を放っていた。 
 
「……これ……、おにぎり?」 
「うん! そうだよ。可愛いでしょ。日本っぽいし!」 
「……まぁ、日本っぽいけど、……ツリーにこんなの飾るのかよ」 
「酷いよ、澪。僕の渾身の作品に『こんなの』とか言って」 
 
 思わず漏れた本音に、椎堂が不満げに頬を膨らませる。確かに「こんなの」は少し言い過ぎたかもしれない。澪は少しだけ反省して言葉を続けた。 
 
「いや、誠二が頑張ったのは認めるし、よく出来てるよ。ただ、クリスマスにおにぎりって……」 
「え? ちゃんと鮭と梅のバージョンもあるよ? 全部同じだったらつまらないかなって思って……」 
 
 根本的に話が噛み合っていない。 
 鮭と梅のバージョン違いがあろうと全部が塩むすびであろうと、おにぎりだという事がおかしいのである。 
 しかし、得意げにバージョン違いを説明しだした椎堂を見ていると何も言えなくなった。ちなみに鮭と梅の他に、おかかや昆布もあるらしい。謎の拘り具合である。 
 
 別にクリスマスツリーにおにぎりが飾ってあったっていい。どうせ、誰も見ないし、椎堂が満足なのだからそれでいい。澪は、それ以上根本的なことを考えないようにしてボソッと呟いた。 
 
「……まぁ、いいんじゃない」 
 
 その言葉を聞いて、パッと嬉しそうに表情を変えた椎堂は、その場で一度咳払いをすると自作のおにぎりの歌を歌い出した。 
 
 
 
 あと数十分でクリスマスが終わる今、家は静まりかえっていた。 
 昼から降っている雨がまだ降り続いている。ツリーから離れて窓の外の様子を窺うと、澪は少し心配げに眉を寄せた。まだ乾ききっていない前髪を掻き上げつつ逆方向の壁へと振り返ってみると、時刻は11時40分をさしている。 
 深夜と言うには少し早いが、それでも夜中な事には変わりが無い。 
 それだというのに、椎堂がまだ帰宅していないのだ。 
 
 勿論オンコールの日でもない。昨夜に二人でクリスマスパーティーらしきものはしてしまったので、今日はそれぞれ予定をいれていた。澪はクロエや講義の仲間達のクリスマス会へと顔を出し、帰宅したのは七時過ぎ。 
 
 夕方に職場でクリスマス会がある旨をメールで連絡してきた椎堂は、それ以来音沙汰がないのだ。子供でもない上に、椎堂の酒の強さはよく知っているので心配ないとは思う物の、別の意味で……。 
 そう、例えば、変な男に騙されてついていってしまったのではないか、とか。タクシーで帰りの場所を間違えて告げ、見知らぬ遠い場所で迷子になっているのではないかとか。 
 酒に強いとは言え、やはり多少酔っていて、段差でつまずき怪我をしているのではないかとか……。考え出すときりが無いぐらい想像が脳内を駆け巡り、益々心配になる。 
 
 だって、電話にも出ないのはやはりどう考えてもおかしい。 
 
 
 
 
 
 
 先にシャワーを浴びすっかり寝る準備も終わっている澪は居間のソファへ移動し、どうでもいいテレビ番組を付けた。深夜に必ずやっている通販番組の大仰な演技、今日は司会者がサンタクロースの格好をしていること以外は普段とほぼ同じである。 
 
 サンタクロースが何でも落とせるスーパークレンジングミストの宣伝をしている姿の横で、わざと盛大に床を汚して慌てるトナカイ。「いや、それ。わざとだろ」と心の中でツッコミを入れつつシュールな絵面を何気なく眺める。 
 
 椎堂が帰宅しないので気分は落ち着かず、時々視線を玄関へ向ける。タクシーがとまった音も聞こえないし、何度画面を見ても携帯へ連絡も無い。椎堂が帰ってくる様子は今の所全く無かった。 
 明日が休みとは言え、12時過ぎると眠くなってくる。欠伸をしながら、喉が渇いたのでキッチンに飲み物を取りに行こうとした所で、突然玄関先で大きな物音がした。 
 
 一瞬驚き、その後慌てて玄関へ向かう。のぞき穴から外を見てみたが、座り込んでいるのかよく様子が見えなかった。椎堂が倒れているのかと思い、ドアをそっとあけてみると、予想通り椎堂は玄関前で何故か体育座りをしていた。しかもずぶ濡れで。 
 無事に帰ってきたことに安心したが、この状態は普通ではない。 
 座っている椎堂にドアがあたったが椎堂は腰を上げなかった。 
 
「おかえり。何やってんだよ……、そんな所に座って。傘は?」 
 
 心配しすぎて少しイラッとしたような澪を見上げると、椎堂はムクリと立ち上がって膝を払った。直後「傘なんてないよ」とふてくされたように言い放つ。 
 
――……え? 
 
 いつもの様子とまるで違う椎堂に澪は唖然とした。 
 
 いつもなら、「傘なくしちゃったんだ」とか「僕、びしょ濡れだよ」等と抱きついてくるのが普通なのに、返事はあっさり「傘なんてないよ」だけである。 
 全身ずぶ濡れで上がろうとするもんだから、澪はとりあえずそこで待つように言うと、タオルを取りに行った。 
 何故か不機嫌そうな椎堂の濡れた頭を拭いてやりながら、口から出るのは心配した事による小言と溜め息である。 
 
「なんでこんなに濡れてるわけ? それに、もしかして酔ってんの?」 
 
 身体もあらかた拭いてやると、椎堂が靴を脱いで、その場で靴下も脱ぎ、部屋へと上がった。妙にシャキッとした動きなのが、逆に怪しい。 
 
「ちょっと、玖珂君! ここにきなさい」 
「……え」 
 
 人前では世間体のこともあり、玖珂君と呼ぶ事は二人の暗黙の了解だ。 
 だけど今は普段なら「澪」と呼んでいるはずで……。どうやら本当に酔っ払っているらしい。椎堂が酔うほどの酒というと想像が付かないが、テキーラでも一気飲みしてきたのだろうか。 
 
「酔ってんのかよ」 
 
 顔を窺うようにして覗き込むと、椎堂はちょっとだけ笑った。そういえば頬も赤く、目も多少うつろな気がする。 
 
「僕はね、お酒に強いです! ……だけど、酔う時もありまーす!」 
「……あっそ」 
 
 急に楽しそうな椎堂に思わず苦笑する。椎堂が酔っているのは初めて見たが、泣き上戸だったり絡み酒ではないだけまだマシである。 
 
「玖珂君、服がとっても冷たいので、脱がせて欲しいです」 
「……はいはい」 
 
 酔っている人間には素直に従っておくのが一番無難な対処法だ。 
 言われた通り、シャツを脱がせて、万歳をさせて下着のシャツも脱がす。裸になった上半身は酷く冷えており、このままでは風邪をひくのではないかという心配がよぎる。 
 ズボンも当然濡れているので脱がせようとすると、スラックスを床へと落とした時点で、椎堂がしなだれかかってきた。 
 
「僕は、今、裸になろうとしています」 
 
 自分自身で実況する椎堂がおかしくて、澪は笑いを堪えきれずその愉快な酔っ払いの世話を続けた。 
 
「ほら、風呂場行けって、パンツ脱いでシャワー浴びてこいよ」 
 
 腕を引っ張って無理矢理風呂場へ押しこむ。ホストをしていた時代はある意味介抱の達人といってもいいほど酔っ払った客のあしらい方には慣れていた。多少椎堂がいつもと違ったとしても手に負えないほどではない。 
 
 椎堂がシャワーに手を掛けたのを確認してやれやれと自分はシャワールームを出ようとした途端、逆方向に強く引き戻された。危うく後頭部を入り口にぶつけそうになり澪は咄嗟に頭を低くした。何故そんな事になったかというと椎堂が掴んだ腕を引っ張ったからだ。 
 
「なに? 俺はもうシャワー浴びたから」 
「だめだよ。玖珂君は、今から僕の身体を洗う事! あー、髪もだよ? 最後にはリンスもして」 
「自分でやれよ」 
「やだ!!!」 
 
――何だこれ……。 
 
 上からの物言いの上に口調もおかしい。だけど……最高に可愛いすぎる。 
 椎堂は元々かなり甘えてくる性格ではあるが、こんな子供みたいな甘え方はしない。酔うとこんな事になるなんて、今自分はとても貴重な椎堂を目にしているのではないかと思う。 
 
「……ったく、しょうがねぇな……」 
 
 若干面倒だが、仕方がないのでもう一度パジャマを脱いでシャワールームへ入ると。椎堂は洗ってくれるのを待っているのか、髪を指さして「ん、ん」とアピールしてくる。 
 
「泡入ったら目痛いから、閉じとけよ」 
 
 それだけいって頭頂部からシャンプーをなじませ、ご希望通りリンスまでしてやる。されるがまま、へらへらと楽しそうな椎堂の身体も洗ってやると、見えない視界の椎堂が「澪、澪」と手を伸ばす。 
 
「ほら、これで終わり」 
 
さっさとあがろうとバスルームのドアノブに手を掛けると、再度腕を掴まれた。今度は一体なんだというのか。軽く溜め息をついて振り返ると、椎堂が黙って俯いたまま澪の腕を掴んでいた。 
 
「……まだ何かあるのかよ」 
 
 明らかに面倒くささを滲ませて澪がそう言っても、椎堂は顔を上げなかった。もしかして気分が悪くなったのだろうか。こんなに酔っている時に風呂に入るのはよくなかったのかもしれない。少し慌てて澪がしゃがみ込んで顔を覗き込む。 
 
「どうしたんだよ。気持ち悪くなったとか? 大丈夫か?」 
 
 椎堂は違うと言うように首を振って、びしょ濡れのまま顔を上げた。シャワーのせいもあって頬を紅潮させた椎堂の顔に、雫が伝う。 
 
「……、……」 
 
 急に誘うような視線を向けてくる椎堂は、ほんのさっきまでへらへらしていたのが嘘のように、打って変わって色気がダダ漏れである。 
 
「……澪、」 
「……どんだけ飲んだんだよ」 
 
 苦笑しつつ、椎堂の濡れた髪を後ろへなでつけてやると、椎堂は澪の首に腕を回して「澪、いっぱいキスして、だめ?」と潤んだ瞳でみつめてくる。 
 本当にそういうつもりはなかった。寝ようとしていたところだったし、酔っ払い相手に悪戯しようと思っていたわけでもない。 
 だけど、こんな積極的に挑発を受ければ躯は当然反応してしまうもので……。響く浴室の中で「……誘ってんのかよ」と低く呟く澪の言葉に椎堂がもう一度「キスして」と甘えてくる。 
 
「……、」 
 
 椎堂を一度立たせて壁に押しつけると、澪はその濡れた唇を椎堂の希望通り何度も塞ぐ。徐々に勃ちあがってくるペニスが椎堂の躯に触れると、椎堂は「ぅ……ん」とうっとりしたような顔で舌を差し込んできた。 
 口付けながら吐息と共に椎堂が囁く。 
 
「澪の……あたってる」 
「誰のせいだよ」 
 
 苦笑してそう返すと「僕、かな」と当然の事を言って、椎堂は澪の背中に腕を回した。 
 洗い立ての首筋にも口付けをし、バスルームで反響する濡れた音を聞きながら耳元で囁けば、椎堂は肩を竦めて吐息をつく。 
 ふわりと花のようなアルコールの匂いがする。シャワーはもう先に浴びていたし、また髪を洗うはめにならぬよう濡れないように気をつけていたが、もうそんな事はどうでもよくなった。 
 
 澪は長い前髪を掻き上げて、壁に追い詰められた状態の椎堂を見下ろす。椎堂のペニスもすっかり勃ちあがっていて、もう止まることも出来なかった。以前のように我慢することを強いられない状況ではやめる理由だってない。 
 
「立ってられんの? ……酔ってるみたいだけど」 
「うん……多分、平気……」 
「今深夜だから、声は我慢しろよ」 
「……ん、うん。気をつけ、るよ」 
 
 椎堂は一度大きく吸って何故か息を止めた。声を出すなとは言ったけれど、息を止めろとはいっていない。くるりと四方に跳ねた椎堂の毛先からポタリポタリと雫が垂れる。澪は椎堂に後ろを向かせて、背後からその首筋を甘噛みした。 
 
 さっき洗ってやったばかりの柔らかな髪からはシャンプーの匂いがし、躯中からも清潔な石鹸の香りがする。 
 浴室の照明はそんなに明るくない。壁にある小さな窓は鍵も閉めてある。だけど隣家と隣り合っている浴室から、こんな時間に明かりが洩れて声を出していたら気付かれないとも限らない。椎堂を壁に追い詰めて浮き出た翼骨を視界にうつしながら、澪はその危うい背徳感に興奮を覚えた。 
 
 まわした指先で椎堂の乳首を摘まんでそっと揉みながら何度も椎堂の名を耳元で囁く。芯の硬くなったペニスを椎堂の尻へと押しつけるだけで、まだ挿入てもいないのに、椎堂の先からはしとどに蜜が溢れ出した。 
 
「ん、ん……っっ、ゃ、澪」 
 
 精一杯我慢して声を押し殺しているせいか、酒のせいもあるのか、椎堂の躯は酷く敏感で、澪の指先の動きひとつひとつに息を乱した。 
 元々シャワーで濡れた躯はどこを重ねても濡れた音が響く。 
 
「足、開いて」 
 
 小さな声でそう指示すれば、椎堂は壁についた手に力を入れて冷たいタイルの上の足を僅かにずらす。細い腰から辿り着く椎堂の白い尻を割って、その奥にある窄まりを撫でる。 
 襞を揉むように押し広げれば、すでにシャワーで温まっていたそこはすんなりと澪の指を受け入れた。 
 
「……痛くない?」 
「は、ぅ、……んっ、」 
 
 たった指一本だけでも、椎堂は我慢できないように時々声を漏らす。「あ、」と声を上げた椎堂は「だめ、声でちゃう……」と困った声を吐息と共にもらした。 
 澪はすっかり緩んだ窄まりから指を抜くと、自身のペニスをあててゆっくりと椎堂の中へと挿入っていく。 
 
「あぁ、ッ、みお、んんッ」 
 
 澪を煽るような押し殺した椎堂の声。壁に掛かっていたシャワーを捻って湯を出すと、澪はそのまま足下にかかるようにして壁に戻した。 
 シャワーの流れるザァーっという音が浴室に響き渡り、多少の声ならかき消してくれるはずだ。 
 
「声、少しなら出していいよ」 
 
 ぐいと奥へと突き上げたままそういうと、椎堂は小さく笑って。 
「少しっ、て。……ど、くらいか、な」 
 と息も絶え絶えに返してくる。 
「駄目そうだったら口塞いでやるよ」 
 澪も少し笑って返す。 
 
 椎堂の声があがる場所を何度もこすりあげれば、早くも口を塞いだ方が良いのではないかという声が耳に届く。立っている膝が震え、椎堂は肘までを壁について縋るように濡れたタイルに指を立てた。 
 
「誠二……、」 
「ん――、っ……は、ぁっ、み、ぉッ。……や、イっちゃう」 
 
 前で揺れる椎堂のペニスは硬く張り詰め、澪が腕を伸ばして触れるとびくりと脈動した。はっはっ、と短く吐き出す息遣いが浴室内に響き渡る。 
 
「澪、ん、あ、……っ、ぁ、あっ!」 
 
 上がる声を逃すように、澪が椎堂の口の中へ指を入れ閉じられないようにすると、イった瞬間椎堂は澪の指に歯を掠めた。 
 
「……ふ、ぁ、」 
 
 ぬるりとした舌の感触、飲み下せない溢れた唾液が澪の指を伝う。熱い椎堂の口内を指でまさぐりながら椎堂に猛った欲望をねじこむ。 
 
「誠二、好きだよ」 
 
 身体中の熱を打ち付けるように奥へ注ぎ、甘い余韻を漏らす椎堂の中で澪も一気に果てた。渇く喉に一度唾を飲みこむ。 
 もくもくと湯気を上らせているシャワーに手を伸ばし頭からかぶると、澪は流れる湯に目を閉じて、あがった息を整えた。 
 
「……みお、」 
「んー?」 
 
 髪を掻き上げながら目を開けると、今さっきまでいた椎堂の姿がない……、と思ったら浴室の床にへなへなと座り込んでいた。 
 しゃがみ込んで椎堂の身体にシャワーをかけてやると椎堂が少し困ったように眉を下げる。 
 
「僕、腰が抜けちゃったかも……」 
「え、……マジで?」 
「うん。……澪があんまり激しく動くから……」 
「…………」 
 
 椎堂はいつのまにかすっかり酔いが覚めたようである。もう一度軽く身体を洗い、椎堂も洗ってやると澪は先に浴室に出て未だ座り込んでいる椎堂へとバスタオルを放った。 
 
「とりあえず身体拭いて」 
「うん……」 
 
 大方身体を拭き終えたのを見計らって、澪は下着姿のまま椎堂へも下着を履かせ、背中を向けた。 
 
「ほら、二階行くからしっかり捕まってろよ」 
「えぇ? おんぶしてくれるの?」 
「這って行きたいなら、それでもいいけど」 
 
 椎堂はちょっとだけ照れたように澪の背中におぶさるとギュッと腕を回した。 
 
「今日の澪、優しいよね。どうして?」 
 階段を上りながら、耳元で椎堂が嬉しそうにそんな事を言う。 
「……クリスマスだから」 
「なるほど。澪は僕のサンタさんだからなんだね」 
「……さぁな」 
 
 そっけなく返すと、澪は寝室のベッドに椎堂を降ろしてふぅと息を吐いた。椎堂は男にしては華奢だとは思うが、男一人を背負うのはそれなりに重い。 
 椎堂は濡れた髪のままベッドへうつ伏せに転がると、足をバタバタさせて楽しそうに澪の方へ視線を送る。 
 
「ねぇ、澪。今日ね、僕嬉しい事があったんだよ」 
「なに?」 
「澪の所のチームリーダーさんもきてたんだけど、澪の事凄く褒めてたんだ」 
「……へぇ、そうなんだ」 
「最近は、患者さんの状態や、その場の状況も先回りして判断して、適切なケアができるようになったし、言葉は少ないけど凄く優しいいい青年だって」 
「……そう」 
「澪は、嬉しくないの?」 
「いや……嬉しいけど」 
「……もっと、わーい! って喜んでいいんだよ??」 
「そういう性格じゃないの知ってんだろ。……それに、そう思って貰えている今を維持する方が大切だからさ。喜ぶより、頑張ろうって気にはなった」 
「そっか。澪らしいね、僕はそんな澪が大好きだよ」 
 
 椎堂は穏やかな笑みを浮かべると、ベッドに腰掛ける澪の膝に近寄り、甘えるように頭を乗せた。まだ濡れているので少し冷たい。 
 
「こら、パジャマが濡れるだろ」 
 
 嫌がる椎堂の頭にタオルを被せて拭いていると、椎堂が突然大きな声を上げた。 
 
「な、なに?」 
 
 起き上がった椎堂が真顔で澪を見つめてくる。急にどうしたのだろうと思っていると……。 
 
「来年のツリーの事なんだけど」 
「うん……?」 
「澪が納得するように、もっと種類を増やしたおにぎりを作ることにしようと思うんだ」 
「…………」 
 
 どうしても椎堂はツリーをおにぎりで飾りたいらしい。来年になって、おにぎりオーナメントが増えまくったツリーを想像して澪は苦笑した。もういっそ、他のオーナメントは外しておにぎりだけにした方が自然なのかも知れない。 
 リベンジマッチだとかぶつぶつ言いながら、来年のツリーへの意気込みを見せる椎堂が可愛くて、澪はふと笑みをこぼした。 
 
「楽しみにしてる」 
「うん!」 
 
 時刻はもう3時を過ぎている。流石に疲れたのでドライヤーで乾かすのも面倒になり、タオルドライでおおまかに拭いた頭のまま澪も椎堂の隣へ並んでベッドへと入った。 
 今年のクリスマスは、何だか忙しなく過ぎ去った気がする。 
 だけれど、ちゃんと欲しい物は貰った。 
 澪は椎堂の身体を引き寄せると、くるくるした前髪の隙間から覗く額に軽く口付けた。 
 
「おやすみ」 
「おやすみ、澪」 
 
 明かりを消した寝室には、すぐに二人の寝息が聞こえる。 
 今年最後のクリスマスプレゼント。それは現在進行形で……。 
 
 
 
 同じ夢の中、どこまでも続く雪景色。 
 椎堂が嬉しそうにまっさらな雪原に足跡を残す。 
 その足跡を追うように続く足跡。 
 その足跡は椎堂よりずっと大きくて、――どこまでも並んで続いていた。 
 
「澪、もっと遠くに行ってみようよ」 
 
 振り向いた椎堂が、優しげな表情を浮かべ手を伸ばす。 
 柔らかな雪は、澪の体重を受けて僅かに沈む。キュッという音を立てながら椎堂との距離を詰めると、澪は伸ばされた椎堂の手をしっかりと掴んでゆっくりと歩き出した。 
 
 
 
 同じ夢を見ていることを二人は知らない。 
 だけど、温かなベッドの中、澪と椎堂の手は夢の中と同じように重なっていた。 
 
 
 
 
 
Fin 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
後書き 
 
後数時間でクリスマスも終わり。小説内と意図せず同じ時間になってしまいました(苦笑) 
第五回 キャラクター投票で一位になった彼の番外編を書くというお約束の元、澪×椎堂で書きました。去年のクリスマスも澪達のお話だったのですが、あちらはクリスマス前の話。今回はクリスマス直後のお話です。 
05の連載が終了してから、澪と椎堂の話は久し振りの登場ですが、少しでも楽しんで下さると嬉しいです。 
 
2018/12/25 紫音