前編


 

 
 コンビニ秋のスイーツ祭り。  
 和栗を中心とした栗善哉やモンブランパフェ等、中でも裕弥のバイトするコンビニでの目玉は『山盛りモンブラン』という、ネーミングセンスを何処かへ置き忘れてきたかのような商品だった。  
 チョコレート生地、マロンクリーム、そして再びチョコレート生地。その上には、二日分のカロリーを嘲笑うかのような、マロン味の生クリームが塗りたくってある。 
 
 甘党の女子ならば二人。普通の人(特に甘党でもない)ならば四人は必要と思われる巨大なモンブランである。賞味期限があまりない生菓子のそれは、案の定売れ残ってしまい……。  
 店長に「君、甘い物いける口だよね? これ持って帰っていいよ」とニコニコして押しつけられたのが夕方の出来事。 硝子窓から射し込む光が店長の眼鏡に反射して、まるで何かを企んでいるように見えた。 
 
 
 しかも二日以内に食べなければいけない『山盛りモンブラン』二つである。  
 一つで良いです、と愛想笑いを浮かべて言った物の、「遠慮しなくて良いよ。君にはいつも頑張って貰ってるから」と。  
 これはあくまで『好意』だとでも言うような笑顔。この二つを食べる事で元気を出してもっと頑張れ、という意味にも聞こえるが……、実際一つを全部一人で平らげるだけで胸焼けを起こし、明日のバイトを頑張れない確率の方が高い。  
 だけど、……どうしてもそれ以上断れなかった。  
 賞味期限が迫り、誰にも食べられないまま廃棄処分されるケーキが、まるで自分みたいだと思ったからだ。  
 
 美味しそうではあるが流石に二つは無理なので、一つは仲良くさせて貰っている、コンビニ隣の喫茶店で働く彼にあげた。というより貰ってもらった。  
 彼の名前は鳴川君といって、下の名前は知らない。  
 年齢も聞いたことは無いが、自分より年上だとは思う。隣という事もあり、彼の働く喫茶店へ休憩時間に軽食を食べに行ったりしていたのだが、話すようになったのは今年に入ってからである。  
 
 最初は挨拶を交わす程度で、その後少し天気の話をするようになり、今では彼の手が空いていれば世間話を交わす程親しくなった。喫茶店のシフォンケーキを食べた時に、とても美味しいと感想を述べたら、彼も「僕もこれ好きなんです」と言っていたから甘い物も食べられるはずだ。  
 予想通り鳴川君は喜んで受け取ってくれた。  
 
「コンビニスイーツなんで口に合うか分からないけど……。二つは一人で食べきれないから、良かったら誰かと食べてくれたら嬉しいです」そう言って渡すと鳴川君は「僕でいいの?」と微笑んで礼を言った。  
 誰かを思い浮かべているようなその表情に、彼も好きな人がいるのかななんて、その時勝手な想像をした。恋バナを出来るほどまだ親しくないけれど、いつかそういう話も出来たらいいなと思っている。  
 
 
 
 そして現在、裕弥は自分とどこか通じる物を感じるケーキとにらめっこしていた。モンブランとはよくいったものだ。うずたかく積み上げられた生クリームに挑むのは、どこか登頂にも似ている。一種の戦いのように思えた。  
 誰の元へもいけなかったこのケーキ。自分と全く同じである。  
 
 秋の夜長。  
 世間では恋人同士のデートに最適な季節にも関わらず、自分は薄暗い部屋でPC前に座り、MMORPG、所謂世間でネトゲと言われているゲームをやっている。  
 ゲーム内ではオータムイベントの真っ最中で、いつもは凶悪な面構えのモンスターがいが栗の帽子をかぶっていたりする。  
 
――ここでも栗かよ。  
 
 一人心の中で苦笑する。それを十匹倒すごとにオータムトレジャーBOXというドロップがあり、中には期間限定のアバターや強力な武器、課金でしか手に入らないレアな素材等が入っているのだ。  
 裕弥が八十匹目のいが栗帽モンスターを、背に構えた大剣でバッサリと斬りつけると可愛らしい黄色の箱が、安っぽいラッパの音と共にポロリとドロップした。画面の前でマウスから手を離し、一緒に狩りをしている相棒に向かってゲーム内のチャットを打つ。 文字色は水色。裕弥のいつも使用している色だ。 
 
年中無休【エメさん、箱どーぞ。俺さっきもらったんで】  
エメラル【マジか!? んじゃもらうわ~今開けるし、ちょい待ち】  
 
 年中無休というのは、このゲーム内で裕弥が使用しているHN(名前)である。どうしてこんな名前をつけたか今となっては思い出せないが、多分深い理由はなかったはずだ。きっとふざけ半分でつけたに違いない。  
 高校生の頃からネトゲではこのHNを使用しているのですっかり馴染み、街中で『年中無休』とう字面をみつけると、妙に親近感が湧く始末だ。  
 
 そして『エメさん』ことエメラルさんというのは、このゲーム内のギルドで知り合ってから仲良くなった、所謂ゲーム内限定の遊び友達である。  
 
 本当の歳はわからないが、平日は夜間しかインしてこないし、たまに残業等とチャットで言っているので恐らく社会人だと思う。性別は男だと発表しているが、それも実際はどうだかわからない。  
 ネトゲでの友人等、所詮何が本当で何が偽りなのかなんてわからないのが普通だからだ。自分だって、社会人だと言う事と男だと言う事以外は特に言った覚えはない。  
 
 社会人と言ってもコンビニのバイトであり、フリーターだったりするが、そこは隠していたりする。ほんの少しの見栄ぐらい張ったってバレやしないのだから。  
 
 エメさんは、ゲームの腕も凄く、一緒に居るととても頼りになる。自分もそれなりに課金をして良い装備をしているつもりだが、エメさんはそれを遙かに上回る装備品を身につけており、ギルド戦ではもはや英雄といっても過言ではない働きっぷりである。そんな凄い人なのに、とても気さくで優しい人物だ。  
 徹夜で十何時間も一緒にダンジョンに潜ったこともあるが、こんなに楽しくて気を遣わずにいられる同性と出会ったのは初めてと言っていいほどに居心地が良かった。  
 
 当然ゲーム内での女性キャラからも相当な人気で、よく初心者の女の子キャラに絡まれているのを目撃する。だけど、不思議と特定の女の子と仲良くしている様子は無かった。  
 一度モンスターの湧き時間の待機中に聞いてみた事がある。  
「エメさん、結婚しないんですか? よりどりみどりなのに勿体ない」と。  
 
 勿論結婚というのはゲーム内のシステムである。男女のキャラでメイン広場にある教会で式を挙げると夫婦になる事ができ、アイテムや装備の共有、そして新居まで貰えるシステムなのだ。 
 同性同士だと結婚できない所までリアルと一緒で、このシステムが実装されたときはゲーム自体を辞めてやろうかと思ったぐらいだ。 
 しかし、いざ実装されるとそんなに悪いシステムでも無かった。 
 倉庫代わりにも出来るため、自分のサブアカウントで女キャラを作り結婚している人も大勢いる。アイテム所持数を増やすのにも課金が必要なので、自分もサブアカウントとの結婚を考えたが、一人二役で結婚式をするとか、幾らゲームだからといっても空しすぎる。なので、実行には至っていない。  
 その時のエメさんの答えはこうだった。  
 
――結婚とか、相手がネカマだったらどうすんだよww  
 
 ネカマというのは、中身が男で女キャラをやっているなりきりの事である。リアルな性別がわからない以上、この問題は常につきまとってくる。  
 しかし、裕弥はこの言葉で自分でも驚くほどにショックを受けていた。  
 プレイヤーが男だという事。その時点でエメさんの中では恋愛対象じゃないのだ。例えゲーム内であっても……。恋愛対象じゃない男、自分の存在を全否定されたように感じた。 
 
 物心ついた時から、男しか好きになれなかった。  
 だけど、はっきりと自分がゲイなのだと自覚したのは大学生の時だ。よくつるんでいた友人、勿論、同性の友達の事が好きだったのだ。四年間ずっと好きで、何度もその友人をおかずにして妄想もしていた。  
 妄想の中では、ノンケなはずの彼が情熱的に迫ってくるなんて、我ながら都合の良い世界観だと思う。キスだってセックスだって何度もした。本当は、手さえ繋いだこともないのに……。 
 だけど、結局一言も「好きだ」とは言えないまま卒業して離ればなれになってしまったのだ。友人は入社した会社の新人研修で全国の各支店を回ることになり……。だんだん連絡が途絶え、今ではもう一切連絡を取ることもなくなっていた。  
 
 今でも時々思い出す。  
 くだらない事でも、一緒にいるだけで楽しかったあの日を……。  
 それと同時に、「お前は今までの人生で一番の親友だよ」と笑ってくれていたあの笑顔を、邪な感情でしか受け取れなかった罪悪感を……。  
 あの日、勇気を出して告白していたらどうなっていたのだろう。結局離れてしまうことになるなら、ふられようが軽蔑されようが、言えば良かった。もしかしたら、今とは別の未来があったのかもしれないのに。 
 
 最後に会ったのは凄い雨の日で、傘を忘れた自分に彼は「返さなくて良いから」と自らの傘を渡してくれた。それがまるで、餞別のように感じて酷く悲しかった。  
 
 それ以来、裕弥は雨の日が苦手になった。街で似た傘を見ただけで思い出すからだ。憂鬱な気分。思い出。彼の笑顔。そんなものが一緒くたに混ざり合って胸を掻き乱す。  
 彼以上に好きだと思える人にも今の所出会っていないので、その気持ちは上書きがされないまま、裕弥の中にはずっと彼の面影が居座り続けていた。  
 
 エメさんは、どこかその彼に似ているのだ。何処がどうとは詳しく言えないし、会った事もないので似ているなんて思う方がおかしいのはわかってはいるけれど……。  
 ゲームの中の彼の優しさや、一緒に居る楽しさは当時の彼を彷彿とさせた。  
 
 ゲームなど全く興味が無かった奴だから、エメさんとは別人だと理解は出来ている。でも、ここは現実世界ではないのだから、心の中でこっそり片思いするくらいは許されるだろうと思っていた。仮想空間で仮想恋愛、いや、疑似恋愛?どちらでもいい。結局どちらも偽物なのだから。  
 
 
 
 PC画面から視線を外し、山盛りモンブランにフォークをさして、ぐしゃりと抉って口に入れる。綺麗に飾られたデコレーションのマロングラッセは無残になぎ倒されたが、どうせ誰かが見ているわけでも無いので構わない。  
 甘い生クリームを頬張っていると、目の前の画面の中でエメさんが泣き真似のアクションをしていた。  
 裕弥はフォークを咥えたまま、キーボードに指を滑らせる。  
 
年中無休【中身はずれ?w】  
エメラル【うんwみてこれ。ネタとしてはありかなww着てみるかwwwww】  
 
 オータムトレジャーBOXから出てきたのは、秋刀魚の着ぐるみアバターだったらしい。エメさんは目の前でアバターを着替えると、特定のキーを打ち込む事で出来る変な踊りを踊って見せた。  
 秋刀魚にお洒落を求めてはいけないにしても、とんでもなくダサいデザインのそのアバターは見ているだけで笑える。  
 裕弥は画面のこちらで声を出して笑い、チャット欄に「ありえないw」と打ち込んだ。  
 
年中無休【急に秋刀魚食いたくなってきたし。ってか防御低そうw100もないんじゃない?】  
エメラル【低いっていうか、DEF10って書いてあるw死ぬw一撃食らっただけでマジ俺死ぬw】  
年中無休【街戻るまでいつもの装備にして、街ついてから着替えた方がいいんじゃないのそれw道中死ぬよきっとw】  
エメラル【いーや! 俺はこれでいるよ。襲われそうになったら無休さん守ってくれよ~】  
年中無休【俺が倒せる範囲なら守りますよw】  
 
 結局秋刀魚の格好のまま街に戻ったのだが、途中出てきたモンスターはDEF10でも回避ステータスが高いエメさんは難なく討伐して、無事に街へと辿り着いた。自分の出る幕はなかった。流石としかいいようがない。  
 
 秋色一色に飾られた街の中央には恋人の木というのがある。  
 本当はそんな名前では無いけれど、ゲーム内で恋人同士が寄り添ってツリーの下に集まっている事が多いのでそう呼ばれているのだ。裕弥は目の前で賑わう恋人達を少し閉口して見た後、溜め息をついた。 リア充憎しとまでは思っていないが、正直楽しそうで羨ましいとは思っていた。 
 
年中無休【エメさん、そろそろ落ちます? 明日土曜ですよね、俺と遊んでて大丈夫なんですか?】  
エメラル【あー、そーね。金曜の夜にネトゲとか終わってるよなw俺ら】  
年中無休【ほんと終わってるw俺は別に土日も関係ないけど……】  
エメラル【あのさ……。無休さんは彼女とかいないの? 言いたくなかったら勿論言わなくていいけど】  
 裕弥は一瞬息をのんだ。嘘をつこうか迷った。彼女もいない惨めな男だと、エメさんに思われたくない。だけど……。嘘をつけなかった。 
年中無休【残念ながら……。リア充恨みつつ、今巨大ケーキ一人で食ってますw】  
 
 思う存分笑ってくれ。  
 そんな気持ちで自虐ネタを打ち込んだのに、返ってきたのは全く想像していた言葉とは違った。  
 
エメラル【無休さん食ってるのホールのケーキ? 一人で食えないなら、俺行ってやろうか?】  
年中無休【……はい?】  
 
 冗談で言っているのだろうから、ここはノリよく「んじゃ待ってます!」とか言えば良かったのかも知れない。だけどどうしても言えなかった。エメさんの打ち込んだ文字を見て、心臓が早鐘を打ち出している。 裕弥は眼鏡にかかって視界を狭める前髪に、ぐしゃっと手を入れた。指先が僅かに汗ばんでいるのがわかる。 
 
 
――何だこれ……。  
 
 早く返事しないと、怪しく思われるかも知れない。冗談で言ったのに、本気にして言葉に詰まるとか気色が悪いと思われるかも知れない。  
 裕弥は焦ってキーボードに指をおいて文字を打つが、どれも違う気がして書いては消してと何度も繰り返していた。  
 秋刀魚の衣装のまま、エメさんがこちらを見ている。向こうからはもちろん自分の姿がみえているわけではないのに、エメさんが自分を見ているようで裕弥は焦りまくっていた。 微妙な間に気付いたのか、エメさんがチャットを打った。順番に表示されていくエメさんの打ち込む文字が滲んで見える。 
 
 
エメラル【冗談だって! 本気にした? 悪い。週末暇なのもあれだから一緒に遊べたらな~ってちょっと思っただけだから。無休さん、面白いしさ】  
 
 多分この時、自分は別の人格に乗っ取られていたのだ。魔が差したというのはこういう時に使うのかも知れないと思いながら、裕弥は自分が打ち込んだ文字列を見て唖然としていた。  
 
年中無休【じゃぁ、オフ会しちゃいます? 二人でwケーキとっておくんで】  
 
 男二人でオフ会、そんな実りのない誘い聞いたことも無い。だけどエメさんはいつもと寸分も変わらない調子で軽く返してきた。  
 
エメラル【OK! んじゃ俺どこいけばいい? 無休さんどこ住みなの? あ、ここで身バレしたら運営に垢BANされっかな……】  
年中無休【あ、じゃあ『手紙宛』に送りますよ。★はアットに変換でOK?】  
エメラル【OK】  
 
 ゲーム内では出会い系のワードには厳しく【住所・メール・メルアド・携帯・電話】等の直接的な言葉はエラーで表示されないのである。手紙宛というのはメールアドレスの事をさしていて、こう書けば運営にバレないので皆が使っている言葉だった。  
 
 
 
 裕弥はこの後、自分の携帯のアドレスを送ってエメさんからのメールを待っている状態になった。ゲーム内の自分のキャラは三十分以上操作していないので、勝手に床に座って退屈そうに伸びをしている。  
 そんな自キャラを気に留める余裕もなく、裕弥は携帯を握りしめエメさんからのメールを今か今かと待っていた。五分ほどしてポンとメール着信の音が届き、すぐさま確認する。  
 『届いてる?』というタイトルの見知らぬアドレスからのメールが届いた。これで悪戯メールだったら拍子抜けする所だが、勿論そんなはずはなくエメさんからだった。  
 チャットとは違い、ややもするとそっけないともとれる飾らない文章。  
 
――エメです。どこで待ち合わせする? 俺は西町ならすぐいけるけど、無休さんは?  
 
 裕弥は目を見張った。エメさんが書いている場所は自宅の最寄り駅だったのだ。こんな偶然ってあるのだろうか……。  
 以前、住んでいる近くにしょっちゅうテレビで取り上げられる有名な日本料理の店があると教えた事があったがそれを覚えていたとか?  
 とりあえず、裕弥は時計を見て一時間後の九時にエメさんの指定する駅で待ち合わせをしようと返信した。それの返信は「OK」の一言だった。  
 
――これから俺は、エメさんと会うんだ。  
 
 突然ひょんな事から会う事になってしまい、迷ったりしている暇も無かった。  
 互いに「じゃぁ、後で」とゲームからログアウトし、裕弥はPCの電源を落とすと食べかけのケーキに蓋をした。しかし、思い立ってもう一度蓋を開けキッチンへ持っていって、汚く食べかけていた部分を綺麗にナイフで切り落とし落ちていた栗を上にのっける。  
 だって、もしかしたらエメさんが食べるかもしれないのではないかと思ったからだ。  
 
 出かける準備をしながら裕弥はエメさんがどういった人物なのか今までで知っている情報を片っ端から思い出そうとしていた。  
 
 歳は話題や口調からしてさして変わりなさそうだが、ゲーム内での腕は明らかにエメさんが上なので最初から敬語で話している。確か、朝が早い仕事、土日が休みだとも言っていたっけ……。それと……そうだ! 髪型はちょっと長めだといっていた。  
 
 寝癖がついた事が無いと言っていたのできっと直毛なのだろう。後は……、後は何だっけ……。色々考えてみたが情報はこれだけしか思い当たらない事に愕然とする。  
 ほぼ毎日のように話してもう何年も一緒にいるのに、エメさんの事をこんなにも知らなかったのだ。  
 
 こんな見知らぬ人物と会う事になるなら、もう少し色々聞いておけば良かったと今更後悔してしまう。しかし、もう約束をしてしまったのである。  
 
 例え五十過ぎのオヤジだったとしても、エメさんはエメさんなのだから……。それに向こうだってこちらの事はほぼ知らないはずである。  
 目が悪いので眼鏡を掛けているという事と、雨の日は苦手であまり外出しないこと、酒に弱いという事は話した記憶があるが、他には何も話していない。  
 勿論……。裕弥がゲイである事も知らない。会ったからと言ってさすがにカミングアウトするつもりはないが……。  
 
 そんな事を考えながら、着ていく服を引っ張り出した。鏡の前で自分を見て溜め息が出そうになる。不健康そのものと言った風貌である。男のくせに女子にからかわれるほど色も白いし、かけている眼鏡は大学時代から変えていない冴えない黒縁だ。床屋にも随分行っていないので、長くなった髪が余計に暗さを醸し出している。 
 根暗なゲームオタクだと思われたらどうしようと焦り、裕弥は洗面の棚からずっと前に買っておいてあったヘアワックスを取り出すと、前髪を必死で後ろへ流した。 
 さほど変わらないが、ちょっとはマシになった気がする。 
 
 鏡の中の自分をこんなに長時間観察するなんて日頃ではあり得ないことで……、まるでデートのようだと思い裕弥は一人で苦笑した。