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 そういえば、信二の自宅へは引っ越しの手伝い以来行ったことが無い。 
 初めて訪れた地域をカーナビの通りに進みながら、晶は暫く走り、きれたタバコを買うために見慣れないコンビニの前で車を脇へと停車させた。 
 ハザードランプをつけたままシートベルトを外し、降りようとした所でフと思い立ってポケットから携帯を取り出した。 
 上着を着ないまま車外へ出たので寒さに震える。小銭だけを掴んで携帯を見ながらコンビニへと入る。レジで番号を伝えてタバコを買うとすぐに店を出た。 
 時間にして三分弱、この程度なら駐車違反の切符を切られることもない。 
 
「さっむ!」 
 
 運転席のドアを閉めつつ思わず寒さに眉を顰めシートに沈む。携帯のバックランプが淡く灯ると、晶はすぐに画面を操作した。 
 実は信二と買い物をしている間に一度メッセージが届いたのだ。こっそり確認すると佐伯からだったので、迷惑メールだったと告げてその場はやり過ごした。佐伯との関係がバレているとはいえ、信二に色々と聞かれるのも恥ずかしいからだ。 
 
 佐伯とのメッセージ画面は実に素っ気なく、今日の一つ前のやりとりは二週間も前である。 
 職場の業務連絡でも、もうちょい頻繁に連絡があるのではないか。ちょっぴり不満に思いながらも届いたメッセージを読む。……読むというか1秒見るだけで済むような内容だった。 
 
【荷物を送った。到着予定○月○日】 
 
――電報ですか 
 
 始まりの挨拶も、元気にしているかなどの定型文も一切なし。何の荷物なのかも書いていない。しかも、佐伯の書いている到着予定日は今日だった。 
 晶はハッとして考えを巡らせ始めた。 
 もしかして、ホワイトデーのお返し? と日程的に思うが、結局バレンタインはどちらもチョコレートを渡すことなく終わってしまったのだ。 
 なので、お返しが来るのも考えられない……が。万が一ホワイトデーのお返しだったら。 
 
 晶はソワッとした気持ちを抑え、今買ってきたばかりの煙草の底を弾いて一本取り出し咥える。火を点けた煙草を深く吸いこみ、急いでシートベルトを締め直すと車を発進させた。 
 まだ何が送られてきたのかわからない現状でも、こんなに楽しみな気分になっている自分は、本当に単純だと思う。 
 制限速度を捕まらない程度に速めて運転し、一時間後漸く自宅マンションへと辿り着いた。 
 
 地下の駐車場に停めるやいなや、早足……、いやもう小走りに近い勢いでエントランスへ向かう。ポストから不在伝票を取り出し、宅配BOXに暗証番号を入れて扉を開ける。 
 
――本当にあった。だけど……。 
 
「何、この巨大な箱」 
 
 宅配BOXの中でも、大きな荷物を入れる場所へと入っていた時から予感はしていたが、佐伯から届いた荷物はランドセル程の大きさがある箱だった。 
 取り出して伝票を見てみると、内容の欄に「菓子」と一言だけ書いてある。 
 菓子と言う事は、やっぱりホワイトデーのお返しか! 
 しかもこんなに大きいものが! 
 エントランスで一人嬉しくなり、晶は箱を抱えてエレベーターへと乗り込んだ。 
 
 この大きさという事は、巨大なケーキに【愛する晶へ】とか書いてあったりしちゃったりなんかして。と、ありえない物を想像しては浮かれた気分で足取りが軽くなる。 
 ケーキならば、クール宅配便でくるだろう事は今の晶の頭の中にはない。 
 
「ただいま」 
 
 一人呟きながら、玄関に並べたリモコンで片っ端から電気をつけていく。 
 ちゃんと届いていた事をすぐに返信しようと思ったが、ひとまず開封してからのほうがいいかと思い直し、晶は着替えもしないまま居間のテーブルの上へ箱を置くとガムテープを乱暴に剥がした。 
 
 箱を開くと、中には想像していたような巨大ケーキはなかったが、代わりに沢山の洒落た包みの菓子が入っている。こんなに沢山俺のために……。どれも美味しそうな菓子ばかりだ。 
 感激しつつ一つずつ取り出していて、晶はある事に気付いた。 
 
――ん? ……この数字、なんだ? 
 
 そう、一つずつの包みに、マジックで番号が書かれているのだ。全部取り出してみると14番まである。気付きたくない。気付きたくないが……、これはまさか……。 
 そのまさかが的中し、晶は意気消沈した。 
 
「あいつ、ふざけやがって……」 
 
 悪態をつきながら胸元から煙草を取り出す。咥えたままソファに脱力して腰掛け、誰も居ない空中に向かって「俺のワクワクした気持ちを返せよ、ばか!」と小声で呟く。 
 佐伯が送ってきたのは、バレンタインに佐伯が貰ったチョコレートだったのだ。ごまかす気も最初から無いらしく、中には【佐伯先生へ】と書かれた物まで入っていた。さすがに手紙などは抜いてあるようだが……。 
 
 甘い物が苦手な佐伯が処分に困って送ったのだろう。チョコレートに罪はない。 
 甘い物も大好きだ。しかし、よりによってホワイトデー目前の今日送って寄こすとは、なんの嫌がらせだと思う。 
 一番上に無造作に入れてあった佐伯からのメモは、便箋などの丁寧な物ではなく、勤務先の病院名が入った、まさにメモ帳だった。ソファに転がりながら開いてみると、こんな時でも感心しそうになるほど達筆な文字で、通し番号についての説明が書いてあった。 
 
 一言ずつで良いから、記載した番号の菓子の感想を送れという命令だ。お願いではなく命令。チョコレートを送った相手にもし感想を聞かれたら、答えるつもりなのだろう。 
 食べるのは苦手だが、その事を少しは申し訳ないと思っているのか。その思い遣りの欠片でいいから俺にも寄こせと言いたくなる。 
 
 嫌味を込めた返信をしてやろうと携帯を取り出すと、重なっていたメモがもう一枚あったようで転がったままの晶の腹へと落ちた。 
 拾い上げて蛍光灯へと翳す。 
 晶は文字を読むなり、弾かれるように飛び起きて、目の前の段ボール箱をもう一度覗き込んだ。 
 
 全部のチョコレートを取り出した一番下に、エアキャップに包まれた筒のような物が入っている。 
 それだけは丁寧に梱包されていて、手に持つと中からかさかさと音がした。取り出してみると、小さな箱と、画用紙が一枚。 
 
「……これ……、」 
 
 小さな箱の方は若者に人気のブランドで、中にはピアスが入っていた。 
 晶の趣味に合わせて選んだのだろう。派手なゴールドで、佐伯がこれを選ぶところが想像できないような物だ。しょっちゅうピアスを無くしてしまう晶が何処かへ落としても良いように、予備のつもりなのか同じ物が三つ入っている。 
 
「どんな顔して買いに行ったんだか」 
 
 思わず小さく笑いが漏れる。佐伯のメモによると、ホワイトデーの返しではなく、代理で菓子を食べて貰う礼のつもりのようだ。一応、そこは気を遣ったらしい。 
 佐伯からイベント系のプレゼントを貰うなんて。しかも、身につける物で。掌でコロコロと転がるピアスを見ていると途端に幸せな気分になった。今すぐつけてみようかと思ったが、その前にもうひとつやることがある。 
 晶はピアスを箱へと一度戻し、そっとテーブルへと置くと、もう一つの画用紙を手に取った。 
 
 画用紙からは遙か昔嗅いだことのあるクレヨンの匂いがする。巻目のついた画用紙を丁寧に広げていくと中には可愛らしい絵が描かれていた。 
 勿論佐伯が描いた物ではない。佐伯と晶と拓也が並んで、花の咲いた丘で手を繋いでいる絵だ。 
 
「……拓也」 
 
 見た瞬間、思わず口にした小さな友人の名前。何だか感極まって涙が出そうになった。鼻を何度かすすってじっくり絵を眺めてみる。 
 拓也がずっと前に父の日に描いた物が見つかり、先日佐伯の家に送られてきたらしい。佐伯は、拓也を一度預かって以来元妻との関係を良好に築いており、父親としても出来る事はしているようだ。 
 佐伯が離婚したからといって、拓也の父親である事は変わらない。自分はそれを受け入れるし、佐伯が拓也を可愛がることも嬉しい。「お兄ちゃん」と可愛い笑顔で懐いてくる拓也、子供は皆可愛いと思うが、拓也はその中でも特別だった。 
 
 夏に花火大会であって以来拓也とは会っていないのだ。次に会う時には、前よりもっと大きくなっているだろう拓也を思い浮かべて晶は優しい笑みを浮かべた。 
 
 晴れ渡った青空の下、手を繋いでいる三人。胸にお父さんと書かれている佐伯は、地面に着くほど髪が長く描かれており、ちゃんと眼鏡も掛けている。お兄ちゃんと書かれている晶の頭は黄色で塗られ、何故か鉢巻きをしている。以前運動会に一緒に参加した時の印象が強いのだろうか。三人ともこれ以上無いぐらいの笑顔で、クレヨンで一生懸命描いた小さな花が画面一杯に咲いていた。中々会うことも出来ない自分を、こうしてちゃんと描いてくれていることが酷く嬉しくて、胸が熱くなる。 
 
――反則だろ、こんなの送って寄こすとか……。最高じゃん。 
 
 丸まったそれを伸ばしてテーブルへ置き、晶は携帯を手に取った。メッセージ画面ではなく、佐伯の番号へと指を滑らせる。 
 暫く呼び出し音がなったあと、佐伯が受話口へと出た。現在八時前、帰る途中なのか佐伯の周囲はざわついている。時々聞こえてくるのが大阪弁で、佐伯の立つ場所が遠い場所だという事を否応にも実感させる。 
 
「今、平気?」 
『ああ、ちょっと待ってろ』 
 
 人混みから抜けたのか、佐伯の周囲が少しして静かになった。 
 
「お疲れ、今外なんだ?」 
『丁度自宅へ戻るところだ。お前は、今日は店じゃ無かったのか』 
「俺今日休みだったから、出掛けてて、さっき戻ったばっか」 
『そうか』 
「荷物、届いたよ。サンキューな、チョコレート以外はすげぇ嬉しかった。でもさ、いいのかよ。拓也の描いた絵、俺が持ってても」 
『構わん。所詮こっちは仮住まいだ。引っ越しで無くすかも知れないからな。それに、一応コピーは取ってある』 
「え!? コピー? マジで」 
 
 佐伯の返答に思わず笑いが漏れた。コピーを取るとか、お父さんらしい行動が似合わないことこの上ないからだ。 
 
「折角だから飾れよ? 額に入れてさ」 
「……フッ、馬鹿を言うな。今後見せろと言われた時の為に、コピーしておいただけだ。捨てたと泣かれたらかなわんからな」 
 
 理由を最もらしく付けているところがやっぱり佐伯らしい。多分佐伯も嬉しかったのだ。そう言えない性格なのは百も承知なので黙ってはいるが。 
 その後、佐伯から拓也の話を少しだけ聞いた。先月から英会話の教室に通っているそうで、自宅では母親と英語で会話をして遊ぶのにはまっているらしい。 
 前に口約束で「いつか動物園に連れて行く」というのを覚えていて、「いつ連れて行ってくれますか?」と電話で聞かれて困ったと佐伯が受話口で苦笑していた。 
 
『相手が子供だからと言って、迂闊なことは口にするもんじゃないな』 
「ってか、今度マジで行こうぜ。俺も休み合わせるし」 
 
 佐伯はノリ気ではないようだが、休みが取れれば、強引に連れ出すことは出来そうである。散々動物園を連れ回されて疲れ果てた佐伯が目に浮かぶようで、晶は思わず吹き出した。 
 
「なぁ。あとさ、ピアスもサンキュー。まさに俺好みって感じ。よくわかったじゃん? 俺の好きそうなやつ。すげぇ嬉しい」 
『気に入ったのなら何よりだ。まぁ、下調べしたからな』 
「下調べって? ネットとかで?」 
『ああ、そうだ。【ホスト 派手 ピアス 金髪】で検索して、出て来た画像を店に持っていった』 
「うっわ、恥ずかしすぎんだろ、それ。孫に買い物頼まれたおじぃちゃんかよ」 
『仕方がないだろう。お前のセンスは俺には理解できないからな。文句を言うな』 
「文句じゃねぇけど。マジで気に入ってるから。それに……、もしかして要からアクセ貰うの初めてじゃね?」 
『そうだったか』 
「多分。ってか、俺も何か送れば良かったな~。何も用意してねぇから無理だけど……」 
『今からでも間に合うぞ? 物は要らないが、動画を撮って送ってくれても構わん』 
「動画って……、何の動画だっつの。ああ、夏目漱石でも朗読して送ってやろうか?」 
『観ないで消去するが、それでもいいなら送れ』 
 
 観ないで捨てるとか酷すぎる。朗読がいらないにしろ、恋人の動画である。三十秒はみろよ! と心の中で晶はツッコミを入れた。 
 佐伯の言っている動画が所謂アダルト系のそれである事はわかっている。どうせ一人でしているところを録画して送れとか、そういうとんでもない要求なのだ。 
 
「ぜってぇ送らねー。あ、それと! チョコレート。『佐伯先生へ』とか書いてあんのもあったし。ったく、ひっでぇ男だな……。死ぬわけじゃねぇんだから、一つずつ食ってやりゃいいじゃん。女の子達可哀想だろ」 
『そんな事で死にはしないが、全部食ったら寝込むな』 
「まぁ、……寝込まれてもやだけど……。美味しそうだから食ってやるけど、感想は期待すんなよ? 俺、子供舌なの知ってんだろ。1~14まで「甘くて美味しい」しかわかんねぇよきっと」 
『それは困る。ちゃんと味わって食え』 
「相変わらず強引だな、をい。つか要にチョコレートあげた相手にマジ同情するわ」 
『そう思うなら、ちゃんと感想を伝えろ。まぁ、所詮全部義理だろうからな。同情も何もないが』 
 
 佐伯は全てが義理だと言い切っているが、どうみても本命に渡すレベルのチョコレートが幾つかあった。独身の外科医で、眉目秀麗となれば佐伯に想いを寄せる女性がいてもなんらおかしくはない。性格に難があってもだ。 
 遠くに居て会えない自分より、身近で想いを寄せてくれる優しい女性。離れている時間が長くなればなる程、身近な存在の方に惹かれていく。そんなドラマの定石が思い浮かんだ。 
 なんて、見た事も無い、佐伯にチョコレートを渡した相手に軽いジェラシーを感じる。 
ふと信二の事が頭に浮かんだ。今頃家で楠原と一緒に過ごしているのだろうなと。いつでも傍に愛しい人が居る事は、正直羨ましい。 
 
 新しい煙草を取り出すまえにマッチを探していると、話中の画面が点滅している。 
 
「ん? あれ?」 
 
 どうやら佐伯がビデオ通話に切り替えるつもりらしい。探していた手を止め、許可をするボタンに指で触れると画面がぐるりと一回転し、その後佐伯の姿が映った。 
 話しながら自宅に到着したのか、後ろには佐伯の部屋が映っている。見慣れた佐伯の姿なのに、酷く懐かしく感じ、晶は画面に愛しそうに指を伸ばした。 
 
「何だよ、俺の顔見たくなっちゃった? 寂しがり屋だな~佐伯先生は」 
 
 画面に向かって冗談を言う晶に、携帯の中の佐伯が口元を歪める。否定すらする必要が無いとでも言いたげな呆れた表情だ。 
 
『たまにはお前の間抜け面を拝んでやろうと思ったが、予想以上に酷い顔だな』 
「ちょ、どういう意味だよ。こんなにイケてる俺をつかまえて間抜け面とか、眼鏡替えた方がいいんじゃね」 
 
 笑いながらそう返し、フと視線をテレビのある方へ向ける。電源の入っていない暗い画面に映る自分の顔。想像以上に寂しげなその表情に、自分でも驚いた。 
 佐伯と話している時の自分は、こんな顔をしているのだ。 
 知ってしまうと急に恥ずかしくなり、晶は眉間を寄せると佐伯の映っている画面から目をそらして携帯を立てかけると、再びごそごそと煙草を取り出した。 
 
 人の視線というのは不思議な物で、画面越しだとしても自分に向けられている視線は痛いほどに感じる事が出来る。何も言わないまま晶の姿を見ているだろう佐伯、咥えた煙草に火を点けて視線を画面に戻す。 
 そこには、いつになく優しげな表情を浮かべた佐伯が、こちらをみていた。 
 
『元気そうだな、晶』 
 
 一言だけそう言って、佐伯も煙草を取り出すのが見える。 
 画面越しに一緒に煙草を吸っているだけなのに、佐伯がすぐそこにいるような錯覚に陥った。リアルに思い出せるジタンブロンドの香り。佐伯から感じる僅かな消毒のような匂い。触れたときの体温。指使い。 
 一本吸い終わるまで、互いに会話をせず。 
 時々合わせる視線。だけどその時間はとびっきり甘くて、濃密な時間だった。 
 灰皿に向けて爪先で煙草をもみ消し、晶が顔を上げる。 
 
「電話切る前にさ、キス……しねぇ?」 
 
 佐伯が画面越しに眉を少し顰め『本気か?』と苦笑する。 
 晶はそれには返さず、画面越しに佐伯が見つめる中、人差し指と中指を唇へとあてると、その指先でそっと画面へと触れ、佐伯を見つめ返した。硬質な強化硝子の冷たい画面が、指を置いた部分だけ熱を内包する。 
 佐伯は小さく笑った後、指一本で同じようにすると画面へと触れた。 
 
『これで、満足か?』 
「うん。今夜は良い夢見られそう」 
『ほう、良かったな』 
 
 最後にもう一度、拓也の絵とピアスの礼を言って電話を切る。待機時間を過ぎて暗くなった画面のまま暫く携帯を眺め余韻を噛みしめた。 
 
 
 
 まだ着替えていないことに気づき、ジャケット脱ぎながら佐伯から送られてきたチョコレートをひとつ手に取る。 
 番号は8番。 
 封を開けて一粒を口に放り込むと、ブランデーの強い味がするチョコレートだった。これなら佐伯でも食べられたのではと思いつつ、携帯のメモ帳アプリを開いて文字を打つ。 
 
【8番 ブランデーの味が濃厚で、酒のつまみにもなりそう】 
――真面目か!! 
 
 自分でツッコみを入れつつ呆れて笑うしかない。いつになるかわからないが、仕方がないから14番までをメモして送ってやる予定だ。 
 晶はチョコレートの箱をテーブルに置いたまま、思い立ってピアスの箱を持って洗面へと向かった。いつも付けている右側のピアスを全て外して、貰った物に付け替えてみる。 
 
 ゴールドの中に掘られた花の模様がリュクスな雰囲気である。角度によって輝きを変えるそれが、晶の耳元でキラリとする。 
 
「すげぇ、似合ってんじゃん。さすが俺」 
 
 鏡の中の自分を褒めて、耳元にそっと指先を乗せる。佐伯が選んだと言うだけで、ブランド以上の価値があるように思えた。 
 
 晶はピアスを付けたまま部屋へと戻ると、拓也の描いた絵をもう一度広げてみる。何度見てもいい絵だった。 
 
――どこに飾ろっかな……。 
 
 画用紙を持ったまま、満たされた気分で部屋をウロウロする。 
 今夜は良い夢が見られそう。先程言った自分の言葉が心地よく胸の中に残っている。 
 テーブルに残っている箱に、再び手を突っ込み……。 
 晶は、新たな感想をメモするために、チョコレートを取り出した。 
 番号は10番。残りは12個――まだまだ先は長い。 
 
 
 
 
Fin