俺だっお、やれば出来るんだ。 
 子䟛の頃から、自分の行動を耒めお貰うために色々ず頑匵っおいた気がする。呚囲の子䟛がただ䜜るこずが出来なかった犬小屋を自分で䜜った時、呚りの倧人は「噚甚ね」ずか「将来は立掟な倧工さんになれる」ずか「リズの事本圓に可愛がっおるのね」ずか、沢山の蚀葉を掛けおくれた。 
 リズっおいうのは、飌っおいた犬の名前だ。 
 
 倧工になる぀もりなんおなかったし、別に噚甚だずも思っおいない。 
 ペンキ塗りの郚分なんお酷いもんだったよ。たるでバケツをひっくり返しただけのような雑さだった。しかも、ペンキが足りなくお䞉分の䞀ほどは塗れおいない状態だった。そう、完成した犬小屋の出来じゃない。”子䟛である自分が倧人の手を借りずに䜜り䞊げた”その事が、呚りには「凄い」こずだったんだ。 
 皆が耒めおくれたからそれだけで酷くいい気分だった。 
 単玔だよ。俺なんお。そんな性栌だから、友達もあたりいない。 
 そんな俺でも、ニヌルは特別なダチだった。 
 
 だから俺は、凄くショックだったんだ。 

 

 
 
 ニヌルずは、ただ童貞だった頃からの付き合いだ。今はこんな倧人になっおいるけれど、俺だっお倩䜿の時期はあったんだよ。信じるか信じないかは任せるけれど。 
 で、なんだっけ。そう。俺がショックを受けた話。 
 ニヌルは俺の自慢のダチで、憧れおもいたんだ。ギタヌの腕前は勿論、呚りに媚びないあい぀が矚たしくお仕方なかった。 
 ニヌルはどんなに䞊手くギタヌを匟けおも、歌がうたくおも、垞に自分はもっず緎習しお䞊を目指すような男だった。もし俺がニヌルぐらいギタヌが䞊手くお歌も歌えたら、誰かに自慢したくお孊校の教宀でアカペラで授業䞭に歌い出すぐらいのこずはしたかもしれない。 
 そんな憧れおいたニヌルず、うたくいかなくなったのは倚分だけど俺が䟝存しすぎおいたからだ。 
 
 
 話はだいぶ飛ぶけれど、デビュヌ目前にしお起きたあの事故の頃の事を話す。あの事故は本圓に最悪だった。 
 最悪なク゜みたいな出来事を幟぀も経隓したきたけれど、その䞭でも䞀番最悪だず蚀っおも良い。最悪だったのは、事故圓日っお蚀うより、その埌だけど。 
 ニヌルは、あの事故が自分の所為だず自身を远い詰めおいた。俺は䜕床もそうじゃないっお蚀ったけど、ニヌルは聞く耳を持たなかったんだ。 
 
 日が経぀に぀れどんどん病んでいっお、したいにはアル䞭になった。 
 ニヌルならい぀もみたいにクヌルに乗り切っおみせるず思っおいたから、坂道を転げ萜ちるように人生のレヌルから脱萜しおいくニヌルの姿が本圓に凄くショックだった。 
 怖かったんだ。 
 
 ニヌルはもしかしお芚えおいないかも知れないけど、ある晩深倜にニヌルから電話が掛かっおきた事があった。䞉時過ぎ頃、俺は圓然眠っおいお寝がけ半分で携垯を手繰り寄せた。 
 電話口で声を発するニヌルが聞いたこずの無いような切矜詰たった声で話すもんだから。俺の眠気は䞀気に倩井たでぶっずんだ。 
 ニヌルが蚀うには、倧きな犬ニヌル曰くラむオンほどらしい。ありえないだろが目の前に䜕匹もいお今にも襲っおきそうだっお蚀うんだ。酒の量だっお䞖間が考えられる䞀定の量を超せば幻芚を芋る皋床のトリップは簡単だ。 
 ニヌルは盞圓酔っおいるらしかった。 
 俺は蚀っおやったんだ。「目を閉じお五秒したらきっず消えおる」っお、ニヌルがそれを実行したかはわからないけれど、途䞭で電話は切れおしたい。次に䌚った時にニヌルは、深倜、俺に電話をした事すら芚えおいないみたいだった。 
 こんな怖い話、そうそうないよ。 
 
 䞀切音楜を遮断しお、ただ飲んだくれおいるニヌルに、なんずか昔に戻っお欲しくお、しょっちゅう奎のアパヌトメントを蚪ねおはバンドをたたやろうず誘った。 
 俺の欲しい物を党お持っおいるニヌルが、どんなに欲しくおも手に入れられない才胜を持っおいるニヌルが、その党おを捚おようずしおいる事に苛々したんだ。 
 同じ歳の同じ男だっおいうのに、俺にずっおニヌルは絶察的な存圚ずしお揺るぎなかったからだ。 
 捚おる物さえ持っおいない俺は、じゃぁ、䞀䜓䜕のために生きおいるのかずか。ただの八぀圓たりだ。そんな事を考えおいた。だけどそれず同じぐらい、本圓にもう䞀床ニヌルずバンドがやりたかったんだ。 
 
 でも、いくら説埗しおも、ニヌルが元に戻るこずは無くお、俺は぀いに諊めた。 
 諊めたこずは二぀だ。 
 ニヌルず䞀緒にバンドをやるこず、ず、ニヌルに期埅するこず、をだ。 
 
 知り合っおから初めお、ニヌルのいない日垞を経隓した。最初は別にどうっおこずはなかった。それは心の䜕凊かで、きっずそのうち連絡をくれるっお信じおいたからかも知れない。 
 予想は芋事にはずれ、ニヌルからの連絡がないたた、数ヶ月か経った。 
 愛想を尜かしたのは俺なのに「ニヌルに俺はもう芁らない存圚なんだ」ず捚おられた気分になった。䟝存しおいたからこそだ。その時そう思った。 
 
 埌からニヌルが話しおくれたけど、その数ヶ月の間はニヌルなりにアル䞭から脱华しようずもがいおいた時期だったらしい。 
 だけど、それを知る前に、俺はニヌルず音楜ぞの䟝存や自分の幌さから目を背けたいために、女ずの遊びににハマるようになっおいた。 
 元々、セックスは倧奜きだった。しおいる時は、気持ちいいし嫌な事も忘れられる。よく通っおいたラむブハりスでナンパをしおは、その晩限りや数日だけの関係で女ず付き合った。その頃、バンドをやっおいなかったけれど、知り合った女には「バンドマン」だず嘘を぀いおいた。 
 その方が、着いおくる女が倚かったんだ。䜕だかかっこわるい話だけど。 
 
 ある晩、そんな軜い気持ちで知り合った女ずセックスをしおいお、劙な気分になった。たるで自分ずセックスしおいるような感芚だ。 
 マスをかいおいるのずは違う。本圓に俺が俺を抱いおいる感じ。 
 話しおいおその正䜓はすぐにわかった。 
 女の蚀う事、考え方、どうでもいいけど奜きなゞャムの味たで俺ず䞀緒だったんだ。圌女はあっずいう間に俺に䟝存するようになり、俺も圌女に䟝存するようになった。傷の舐め合いみたいな、将来のない関係性だ。それでも、愛しおいるず思っおいた。 
 
 恋愛なんお、錯芚や同情から始たるこずもあるし、さほど䞍思議な事でも無い。圌女はダク䞭だった。マリファナを吞っおいた時期はあるけれど、コカむンや、たしおヘロむンなどに手を出したこずは無かった。 
 だけど、圌女自身が麻薬みたいな物だったのかも知れない。䞀緒にクスリをやっお、セックスをしお、たたクスリをやっお。バむトが䌑みの日はほずんどをそうやっお過ごした。䜕も考えず、その時だけ気分がいい方法を遞択する。服さえ着ないので、俺も圌女も垞に裞で郚屋䞭を歩いおいた。 
 
 そのうち、クスリが切れお䜕もする気が起きない日にバむトがあるず、無断でさがるようにもなり、バむト先はいく぀もクビになった。その床にコレはたずいなっおほんのちょっずは我に返ったけれど、薬代は圌女が払っおいたし、バンドもやっおいないので䜿う金もそんなに必芁なかったから、暫くそんな毎日を続けおいられたんだ。 
 
 そんな䞭、突然ニヌルから電話があった。 
 
 埅ち合わせには圌女も連れお行っお、ニヌルもこの快楜の䞖界に入っおくればいいず真剣に思っおいた。 
 だっお、最埌に芋たニヌルは、酒のせいで、もうすっかり廃人寞前だったからだ。こっちの䞖界に来お楜したせれば元気になっお喜ぶかもず考えおいたんだ。芪切の぀もりで。 
 
 事実、俺が付き合っおいる連䞭は皆幞せそうに芋えおいた。今思えばそれがもう幻芚だったわけだけど。 
 でも、俺の思っおいた展開にはならなかった。埅ち合わせに珟れたニヌルはすっかり元のニヌルに戻っおいたからだ。本圓に驚いた。そしお、ニヌルはクスリを受け取らなかった。 
 
 俺は、奇劙な安堵感を芚えた。 
 ニヌルが拒吊した事ぞの安堵ず、やっぱり自分ずは違うなずいう䞍思議な気持ちず、珟実逃避しおいる自分に、自らが蔑たれおいるような感芚ず、あず急に䞍安感が抌し寄せお心臓が砎裂しそうになっおパニック発䜜のようになった。 
 ほんの数分前たでのハッピヌな気分が急に萜ち蟌み、制埡できなくお、いい倧人なのに倧泣きした。 
 情緒䞍安定の最たる物で、これはクスリのせいだけじゃないっおわかっおる。 
 
 新しい圌女を䟝存先に倉曎できた぀もりだったのに、根っこはただニヌルぞの䟝存の方が匷いんだず思い知った。 
 これは友情でも恋愛感情でもなく、甘えず憧れず嫉劬ず肉芪に感じる愛情にも䌌た物ず、そんな物がどろどろに溶け合った汚泥のような物だ。道路に吐き捚おられた、噛んだあずのガムず同じようなもの。はっきり蚀っお自分でもどう説明しおいいかわからない。 
 
 あんなに楜しいず思っおいた先皋たでの毎日が、途端にくだらない日々に思えた。 
 よく考えれば、なんにも幞せな事なんおなかったず気付く。 
 次々にクビになる仕事、ギタヌもずっず觊っおない。音楜も特に聎いおいないし、心から友人ず呌べる友もいない。 
 圌女のこずだっお、最初ほど愛しいずも思わなくなっお惰性で付き合っおいる。惚めすぎお銖を぀りたくなる惚状しかない。 
 
 俺は急にそれに気付いお焊った。䜕もかもがうたくいっおいない毎日をニヌルに蚎えながら、俺はニヌルに党力で瞋った。ハむスクヌル時代、ただ今よりたずもだった自分を知るニヌルなら戻しおくれる、確信もないのに䜕故かそう信じおいた。 
 だから、ニヌルがもう䞀床䞀緒にバンドをやろうず誘っおくれたずきは、本圓に嬉しかったんだ。 
 朝になったらクスリもやめお、たずもに生きる。 
 心の底からそう考えおいたし、本圓にそうする぀もりだった。 
 
 
 ニヌルず別れた次の日の朝、目を芚たすず、圌女ず、もう䞀人知らない男が䞀緒に寝おいた。誰だよず眉を顰めた俺は名前を思い出そうずするが、名前を知らないらしい。どうりで思い出せないわけだ。 
 俺は歯も磚かず、獣のようにベッドから唞っお這いずりだし、裞のたたでクスリを䜿っおいた。そうしなければいけないず思った。たった数時間でこんな状態になるなんお、意志の匱さに驚くが、そうしないず、あの時は死ぬず思ったんだ。 
 
 たた数日埌、ニヌルに䌚っお圌女からクスリを貰っおいる事ず、すぐにはクスリはやめられないず本心を話した。ニヌルは怒らなかったし、今できる䞀歩から始めればいいずいっお、䞀緒にこの悪倢の䞖界から抜け出す方法を真剣に考えおくれた。 
 たずは圌女ず別れた。これはそんなに蟛い事では無かった。愛しおいるず思っおいたのは最初だけで、そうじゃなかったみたいだ。すでに圌女は、俺ず出䌚った圓時ず同じようにたた別の男を誘っおはクスリを䞎えお快楜を楜しんでいたし、その男ず寝るようになっおから、銙氎を倉えた。 
 俺は昔から錻がききすぎるずころがあっお、嫌いな匂いは嗅ぐだけで吐き気がする。圌女の倉えた銙氎は劙に甘ったるくお、それを嗅ぐ床に郚屋がグルグルず回っお芋えたし、食事が䞍味くなった。 
 
 圌女ず別れれば圓然クスリはなくなる。 
 
 ニヌルは、残っおいる分は、どうしおも蟛い時だけ䜿うようにしお、なくなったらそれでもうクスリをやめるようにず蚀っおきた。俺はその通りだず思ったから玠盎に同意した。 
 残されたクスリは、いざずいう時だけ䜿うずしおも䞀ヶ月かそこらでなくなっおしたう量だった。 
 圌女ず別れおからすぐに、バンドメンバヌの募集に二人でむかい、バンド掻動を再開した。だけど、やっぱりうたくいかなかったんだ。 
 気があわない奎もいたし、俺がクスリをやっおいる事に気付いお逃げおいく奎らもいた。音楜性の違いからやりたい曲で蚀い争うこずもあった。だけど、䞻な原因はそんな衚面䞊の問題だけでなく、俺自身の䞭にあった。 
 
 クスリを抜くのは、犁煙ずは蚳が違う。 
 バンド緎習時にぶったおれたり、䞀蚀も口をきかない日や、劙に喋りたくる日があったり。スタゞオでギタヌを匟きながらゲロを吐いたこずもあった。 
 そりゃ、うたくいかないはずだよなず俺自身思っおいた。最初からどこかで諊めおいたんだ。 
 蟛抱匷く䜕個もバンドを枡り歩き、芋捚おずに付き合っおくれおいるニヌルが、埐々に疲匊しおきおいるのも芋おいおわかった。 
 クスリをやるず、人間じゃ無くなる。芋た目は人間だけど、䞭身はもう人間じゃない。だから人間じゃないナニカず共に過ごす事は本圓に難しいのだ。 
 
 
 ぀いに、だたしだたし䜿っおいた残りのクスリが底を぀き、犁断症状が日に日に酷くなった俺は、ベッドから起き䞊がるこずも出来ないぐらい毎日具合が悪かった。 
 疲れ切っおいるのにたる二日間興奮しお眠れず、目は充血しおさながらゟンビのような時もあった。 
 かず思えば仮死状態のように延々ず眠ったり、起き䞊がるのは甚を足すずきずゲロを吐くずきだけ。食事も勿論喉を通らない。颚呂にも入っおいないので自分の身䜓が汗臭くおその匂いで吐いたりず、今思い返せば、笑えるぐらいの地獄のような状態だった。 
 
 ニヌルが様子を芋にくる回数は、少しず぀枛っおいき、五日に䞀床生存確認に来る皋床。 
 そんなある日、ニヌルに無理矢理シャワヌルヌムに攟り蟌たれ、䞀週間ぶりに身䜓を掗った。シャワヌから出た時、久々に動いたから目が回っお、思いっきり暪転し頭をぶ぀けた。 
 グラグラずした頭を手で抌さえお話を聞いおいた俺に、ニヌルが蚀った。 
「このたたじゃ、俺たちはもう終わっちたう。街を出おLAに行こう」ず。 
 
 LAは憧れおいたロックの聖地でもあり、昔からずっず行っおみたいず思っおいた。䜕かを倉化させなければいけないず感じおいたし、俺は二぀返事でその提案を歓迎した。 
 少しず぀普通の食事も摂れるようになり、日䞭ベッドに居る時間が枛り、かろうじお普通の生掻が出来るたでになっおいた俺は、動ける日に荷物を纏めLAぞ移䜏する準備を敎えた。 
 
 
 
 LAに来おから、たずは職を探し、俺は冷蔵庫の郚品を䜜る工堎のバむトを芋぀けおそこで働く事になった。同じ圢の郚品が延々ず流れおきお、それを組み合わせお次の工皋ぞ流す単玔䜜業だ。たるで刑務䜜業でもしおいる気分だったが、案倖こういう仕事もいいなず思っおいた。 
 䜕故なら、すぐ隣に人がいおも話さずに枈むからだ。シフトで入っおいる時間䞭、郚品を怜閲し組み合わせる。1000個に䞀個ぐらい、圢がおかしなたた流れおくる郚品があっお、それを芋぀けお匟くのも仕事だが、俺は䞀床しか発芋できたこずは無かった。 
 
 そんな仕事をしながら、ニヌルがバむトしおいるラむブハりスで知り合ったトミヌずいうドラマヌずバンドを組むこずになった。 
 トミヌは凄くいい奎でドラミングのテクニックは過去に組んでいたどのバンドのドラマヌず比べおも秀でおいた。ニヌルずも気があうようだったし、話しやすくお俺もすぐに違和感なく話せるようになった。 
 
 工堎での仕事ず䞉人でスタゞオに入りながらのメンバヌ募集。すぐにベヌスずボヌカルのスティヌブンずブラスが加入し。バンドはSADCRUEずいう名前を付けお軌道に乗っおいった。 
 俺は盞倉わらず女遊びはしおいたけど、それに関しおはメンバヌは特に䜕も蚀わず、緎習にも真面目に参加しおいた。䜕床かラむブも経隓し、そこそこ名の知れたバンドになった。 
 
 たるで生き返ったみたいだ。 
 
 俺はそう感じおいた。暫くはその幞せな時間を堪胜しおいた。ニヌルは巷でカリスマギタリストず呌ばれるぐらい䞀目眮かれおいた。俺は今床こそ「バンドマンだ」ず堂々ず蚀えるようになり、SADCRUEの名前を知っおいる女達からちやほやされお有頂倩になっおいた。 
 クスリをやるのは、人生に行き詰たっお珟実から逃げたくおやる堎合ず、もう䞀぀。人生が楜しくお満たされおいる時にやる堎合がある。 
 所謂セックスドラッグなどが埌者にあおはたる。 
 女をずっかえひっかえしお性欲を満たしながら、もっず気持ちよくなりたくお、俺は軜い気持ちで二床もヘブンスに手を出した。䞀床目にメンバヌにばれた時には二床ずやらないず誓い、本圓にすぐにやめられた。だけど二床目はそうはいかなかった。 
 
 俺の䜏んでいるアパヌトメントの呚蟺は物隒な堎所で、売人なんお探さなくおもゎロゎロいた。誘惑はそこら䞭にあったっお事だ。 
 真っ赀な鉄のドアの䞋の方にある傷、ドアの色は違っおも、独特の圢をしたその傷があるドアは売人達のアゞトの印だった。 
 俺はたた、週に䞀床ほど、そのドアを朜るようになった。 
 
 違法薬物ではないし、時々䜿うぐらいなら高校生のガキだっおやっおいるような皋床のドラッグだから、たたやめようず思えばすぐにやめられるず俺は考えおいた。 
 本圓に軜い気持ちだったんだ。 
 嘘なんかじゃない。 
 䜕も孊んでいない銬鹿䞞出しの俺が再び䞭毒になるのは人間が息をするのず同じぐらい自然な事だったのに、自分では気付かなかった。 
 
 砕いたヘブンスを錻から䞀気に吞い蟌みセックスをする。ヘブンスは持続性に難があっお数時間できれおしたうが、䜿甚した瞬間の䞊がり方は凄かった。 
 䜕床むっおもペニスは萎えなかったし䜕人もの女ずやりたくっお悊ばせるこずが出来る。 
 そのうち錻から吞うだけでは刺激が足りず、埡法床ずされおいる泚射噚での敎脈泚射に移行した。 
 䜓内の血管に焌けるようなそれでいお氷のような鋭い冷たさが泚入されるず数秒で䞖界が倉わる。 
 サむケデリックな絵画の䞭に攟り蟌たれたように原色の眩い光があちこちで茝いおいお、倩囜みたいだった。感芚は研ぎ柄たされ、ちょっずした刺激でも快感が起こり、倉な話、ティッシュを食べおもずびっきりゞュヌシヌなハンバヌガヌを頬匵っおいるような味がした。 
 
 それでも、バンドの緎習はちゃんず参加しおいたし、バむトもクビにならず続けおいられた。 
 しかし、それも時間の問題だった。 
 コットンフィヌバヌを起こしおいる泚射の痕は赀く膚れあがり、それを隠すために暑い日も長袖を着た。バンドの緎習だけはちゃんず行かないずず頭ではわかっおいるのに時間になっおも寝過ごしおしたったり。サボる回数が増えおいく。 
 
 ニヌルはただクスリの所為だず知らなくおいや、もしかしたらうっすら気付いおいたのかも知れないけど、俺にはわからないずにかく。女遊びず怠惰な生掻のせいで緎習をサボっおいるず思っおいたようだ。 
 俺は、かなりし぀こく説教をされる日が増えた。 
 ラむブ圓日に開挔前に迎えにきたニヌルがただ寝おいた俺を殎ったこずもある。 
 俺はだんだん説教されるこずに嫌気が差しおいた。ヘブンスは犯眪じゃないし、ニヌルぞの䟝存もこの頃は薄れおいお、どうしお俺がお前に説教されなくおはいけないのかず䞍満を持぀ようになっおいた。 
 
 そんなこんなで䜕床も口喧嘩になり、ニヌルずはあたり口をきかなくなった。バンドのメンバヌも呆れおいるようで、あたり関わっおこなくなる。 
 俺はバンド内で孀立しおいった。それでもバンドをクビにならなかったのは、ニヌルがメンバヌに俺の代わりに謝っおいたからだ。こんな情けない男は䞭々いない。自分でもそう思う。 
 
 だけどある日、フず気付いたんだ。 
 
 その日の朝は気分が良くお、朝からベヌコン゚ッグを䜜っおいた。包䞁は面倒なので手で千切ったベヌコンを熱々のフラむパンにいれる。ゞュッず肉の焌けるいい匂いがしお食欲をそそった。 
 窓を開け、空気を入れ換え、郚屋の掃陀もした。自分で䜜った朝食を食べ終えた埌ギタヌの手入れをした。その時に、俺は気付いたんだ。 
 バンドの緎習で䜿っおいたギタヌの匊が䞀本切れおいるこずに。 
 
 俺は暫く呆然ずしおそのギタヌを芋぀めおいた。 
 
 い぀匊を匵り替えたか芚えおもいない。しかも匊が切れおいるのに気付かないたた自宅で緎習したりしおいたのだ。ずっずだ。ぶらんず垂れ䞋がった匊がそこにあるのに。なんおこずだ  。 
 これじゃ、前ず䞀緒だ。そう思った。 
 普通にバむトにも行っお、時々サボっおいたけどバンド緎習に参加しお、ちゃんず生掻しおいるず疑っおいなかった。ヘブンスに䟝存なんかしおいないずその日たでは思っおいた。 
 
 ずころがどうだ 
 
 匊が切れおいるこずに気づきもしないたた緎習をしおいる事が、もう異垞じゃないか。俺は、焊っお他のギタヌを党おチェックした。なんず、所持しおいる六本のギタヌ䞭四本も匊が切れたたただった。 
 俺は頭を抱えお蹲った。声にならない声を䞊げお䞀人で呻いた。 
 そういえば、ニヌルに匊を匵り盎せず蚀われた気もしおくるが、それがい぀だったかも思い出せない。 
 ニヌルや他のメンバヌが愛想を尜かすのも圓然の結果だった。そう理解するず急に怖くなったんだ。 
 
 このたただずバンドに必芁の無い存圚だず切り捚おられるのではず。ニヌルず䞀緒にLAぞ来お、奜きな音楜をやり、工堎の仕事も満曎嫌いでもなく、莅沢をしなければ充分楜しい日々を送れる。それはバンドが根底にあったからだ。バンドを抜けたらそこにはなにもない。 
 
 俺は、ただ間に合うず思った。 
 
 前の自分ずは違う。自ら気付いお、自分の意思でクスリをやめようず思ったのだから。 
 腕をたくり、醜く腫れた痕に俺は爪を立おた。この傷が消えお無くなるには盞圓な時間が掛かるず思う。だけど、その頃にはちゃんずたずもな人間に戻っお、メンバヌ党員をびっくりさせおやる。心にそう決めた。 
 俺はあの頃ず倉わっおいない。ガキの頃、”耒めお貰うための䞋手くそな犬小屋”を䜜った時のように。 
 
 それから数日、俺は自分でも感心するほどにきっぱりずクスリを断っおいた。泚射噚をはじめ吞匕噚具も党お捚おたし、残っおいる未開封のヘブンスは手を出さないたた、わざずい぀も芋える堎所ぞず眮いた。䜕故それを凊分しなかったかずいうず。 
 クスリがないからやらない。のではなく、クスリがすぐそこにあっおもやらない。ずいう事が重芁だったからだ。俺が自分で䞎えた詊緎のような物だった。 
 ただ連絡はしおいないが、ドラッグ䞭毒から抜け出すために䞀床カりンセリングを受ける事も考えおいた。 
 
 だけど日々は盞倉わらずだった。急に仲間を突き攟すこずもできず、ドラッグパヌティヌがい぀も通り自宅で行われおいた。LAに来おヘブンスを買うようになっおから぀るむようになった連䞭だ。男も女も数人いお、この面子でキめセックスをするのが日課だった。 
 悪い奎らじゃない。぀いこの前たでの自分ず同じで、今の自分の立っおいる足䞋が砕けおいるこずに気付いおいないだけだ。「今倜はやらないの」ずヘブンスをキめた芖点のあっおいない目でペニスを握っおくる圌女達になんずか理由を芋繕っおごたかす。ヘブンスのない乱亀は、驚く皋苊痛だった。 
 
 セックスをやりすぎお疲れ果お眠っおしたっおいるず、誰かに乱暎に蹎られお目が芚めた。 
 誰だよ、痛ぇなず芖線を向けるず、明らかに怒っおいるニヌルが立っおいた。䞀瞬倢を芋おいるのかず思ったが、すぐにそうじゃないず気付く。郚屋の時蚈を確認するずバンドの緎習時間を過ぎおいる。今日はバン緎の日だったのかずがんやり思い出しおいた。これじゃ、クスリをやっおいなくおも同じだ。 
 
 すぐに甚意しろずいうニヌルに急かされ、支床も途䞭のたたギタヌだけを持っお倖で埅っおいるニヌルを远いかけた。 
 色々蚀い蚳をしおみたけれど取り合っおもらえず、ニヌルはほずんど口を開かなかった。 
 そのでっかくお䞍機嫌な背䞭が芖界に入るず頭痛が酷くなる。クスリをやめたず胞を匵っお蚀えるほど日数が経っおいない。たった数日だ。 
 歩いおいたら、予兆もなく急激に脱力感が襲い、気分が悪くなっおくる。軜い犁断症状だった。 
 スタゞオの階段を䞋りお、党く歓迎されおいないスタゞオに入る。 
 すぐに再開された緎習には぀いおいくのがやっずで、も぀れた指が䜕床も同じフレヌズを匟き損じた。気分の悪さを自分で茶化すように口を開くず、ぶち切れたトミヌが俺の胞ぐらを掎んで怒鳎り぀けおきた。 
 あの枩厚なトミヌが、そんな行動に出るほど俺の様子はむカれおいたのだろう。 
 
 本圓は今蟛くお、もう少し時間が欲しい。 
 ちゃんず今埌は頑匵るからず説明したかったが、それにはたたクスリをやっおいた事実を話さなければいけない。あんなに必死でクスリから足を掗わせおくれたニヌルにも、こんな俺を二床も信じお䞀緒にバンドを組んでくれおいるトミヌにも、そんな事を蚀えるわけが無かった。 
 うたくいかない緎習のせいでメンバヌが出お行き、スタゞオには俺ずニヌルだけになった。気たずい空気の原因は俺で、もうどうしようもない。 
 ニヌルが近づいおきお匷い力で壁に抌さえ぀けられ、袖をたくられた。終わりだ  。俺はその時、芚悟を決めた。ニヌルにばれた。 
 
 ニヌルは呆れを通り越しお、もう倱望したずでも蚀うように二䞉蚀葉を話し、その埌、信じられない蚀葉を告げおきた。 
 確かに売り蚀葉に買い蚀葉で反論はした。だけど、初めおだった。 
 ニヌルに「お前はもう芁らない」ず蚀われたのは。 
 俺はもうその堎で死にたいほどの衝撃を受けおいた。 
 クスリは数日前から本圓にやめおいるず䜕床も蚀おうず思ったけど、この状況でそれを信じる人間はいない。犁断症状で震える手を抑え぀けおいるような男、俺だっお信じないず思う。だから俺は蚀わなかったんだ。 
 ちゃんず胞を匵っおクスリをやめたず蚀い切れる日たで、蚀わないっお決めた。自分に腹が立っお、俺は捚お台詞を残しおスタゞオを飛び出た。 
 
 それからも、俺は倉わらない日々を過ごしおいた。ドラッグ仲間ずのパヌティヌもそろそろ限界だった。クスリを断っおいる俺の前で楜しそうにキめられるず、うっかりたた手を出しそうになる。なんずか我慢しおいるが、こんな日が続けばい぀か粟神が二぀に裂けおもおかしくない。 
 毎日続く酷い頭痛をタむレノヌルで隙しながら、俺は工堎のバむトだけは䌑たずに続けた。 
 俺はバむトを䞀぀増やした。ずにかく今は䜕かをしお気を玛らわせおいないずいけないず焊っおいたからだ。 
 
 
 そんなある日、街で偶然アンディに䌚った。 
 昔組んでいたバンドの仲間で、あの事故以来䌚っおいなかった男だ。車怅子だったアンディに色々な想いが蟌み䞊げおきお、柄にもなく少し話せないかずアンディを誘った。 
 近くのカフェに入り、今のアンディの状況やどうしおLAにいるのかなど様々な話をした。アンディはギタヌの講垫をしおいるず誇らしげに蚀っお、その満足そうな笑顔をみれば幞せな人生を謳歌しおいる最䞭だず俺にもわかった。 
 
 もしかしたら、俺はあの時ただ誰かに話を聞いお欲しかっただけなのかも知れない。懐かしさのせいもあっお、俺はクスリのこずを話した。 
 ニヌルにはただ蚀えおいない、未来の話を含めおだ。 
 アンディはクスリに手を出したずいう事には悲しそうな衚情を芋せたが、それを断っお、今床カりンセリングも受けようず思っおいるず話すず嬉しそうに励たしおくれた。マット、お前なら必ず倧䞈倫だ、ず蚀っおくれた。 
 俺はすごく救われた気がしお、久し振りに萜ち着いた気分になった。 
 
 最埌に、近々ある自分達の  。ずいっおも今はクビになっおいるからニヌル達のず蚀えば良いのかな。 
 ずにかくSADCRUEのラむブにアンディを誘ったんだ。 
 䜕故かずいうず、アンディずニヌルは事故の埌、和解しおいないず知ったからだ。互いにもう連絡先が倉わっおおり、探す手段も無かったらしい。アンディは䜕床も繰り返すようにニヌルのせいじゃないず、あの事故は運が悪かっただけず話しおいた。 
 あの事故のこずをニヌルず話すこずは䞀切無いけれど、ニヌルが今でもその件を匕きずっおいる事は薄々感じおいた。だから、俺は、いいきっかけになればいいず思ったんだ。 
 
 䜙蚈な口出しをする気はないけど、迷惑ばかり掛けおいる俺がニヌルの為になにかできるこずが、あの時は嬉しかった。スタゞオで喧嘩になった時はク゜バンドだなんお蚀ったけれど、SADCRUEは最高のバンドだ。クビになった今だからこそわかったのかもしれない。 
 
 
 ラむブ圓日は、アンディず䞀緒に客垭からニヌル達の音楜を聎いた。昔ニヌルず二人でよく芳おいたロックスタヌのラむブビデオ、たさにそんなステヌゞだ。途䞭たで芳た埌、クビになった俺がいるず気たずいず思い、アンディを残しお先に垰宅した。 
 理由はちゃんずある。 
 アンディには蚀っおあるけれど、今倜は自宅でパヌティヌなんだ。 
 
 今倜のパヌティヌで皆に『俺はこれを最埌に、もう抜ける』っお話す予定だ。 
 もしかしたら、皆に眵られるかも知れないけど、それでももう終わりにするず決めた。垰路に぀く俺の足取りは軜やかだった。 
 明日の朝、未開封のヘブンスを凊分しお、それで党お終わる。ちゃんずたずもな生掻が出来るようになったら、たずは匊を買い盎しおギタヌの緎習をしようず思う。そしお、メンバヌに謝っお、もう䞀床バンドに入れお貰う。ちゃんずした圌女を䜜っお、䞀緒に暮らすのもいい。 
 
 そういえば、俺ずニヌルは友人だけど、ニヌルが俺の事を芪友だず蚀っおくれたこずは䞀床も無い。たっずうな人間に戻れたら「芪友」っお蚀えよっお、䞀床ぐらいは蚀っおみたい気もする。 
 
 そろそろ、自宅に着きそうだ。 
 最埌のパヌティヌが始たる。 
 
 
 
 
 
END 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
埌曞き 
WILDLUCK本線に登堎したマットの独癜系匏の短線でBLではありたせん。圌が経隓しおきた孀独ず、ニヌルずの関係性をえがいおいたす。 
本線ず党おリンクしおいたすので、本線を未読だず意味が分からないず思いたす。 
本線最埌のラむブでニヌルが蚀う「芪友」ずいう蚀葉。 
きっずマットに届いたでしょう。 
 
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