俺の男に手を出すな2-5


 

 部屋へ戻り、二人で煙草を吸いながら休憩する。
 晶は煙草を咥えながら、卓上にあるこの地域を紹介する雑誌を見ていた。地域の観光スポットやおすすめの穴場スポット、名産品を出してくれる飲食店の紹介等が載っている雑誌である。
 何冊か用意されているそれを佐伯も手に取るとページをめくる。暫く眺めていると、目の前の晶が何かを発見した様子で「あっ」と声をあげた。何かあるのかと顔を上げると、晶は途中にあるページを開いて佐伯へとむける。どうやら通っていた中学校が写真に写っていたらしい。

 そのページの説明によると桜の季節になるとその近辺一帯が花見の名所になるらしい。その季節に撮影されたと思われる写真には、埋め尽くすほどの桜の木々に艶やかな満開の桜が咲き乱れる様子が写されていた。

「俺、そこの隅に写ってる中学行ってたんだぜ。懐かしいなー」
「結構新しい学校みたいだな」
「うん、俺が入学した時建てたばっかだったから。そういえば、春になると小学校と中学校で一緒に写生大会があってさ、まぁ、毎年桜の花を描かされるんだけど」
「ほう」
「中学三年とかになるともう9回その行事に参加してるわけじゃん?」
「まぁ、そうなるな」
「だろ?流石に飽きるわけよ。で、俺が中三の時にも勿論写生大会があってさ、俺はバックれてダチとゲーセン行ってたんだよ」
「お前……素行が悪かったのか?」
「まぁ、軽く……、でも、別に不良だったとかじゃないぜ?」
「……どうだかな」
「ホントだって!こんな田舎じゃ遊ぶところもねーし。ってそれはどうでもいいんだけど。んで、写生大会が終わる15分くらい前に戻ってさ、提出する桜の絵を急いで描いて提出したらさ、なんと!優秀賞に選ばれて、公民館に貼られたんだぜ、凄いだろ」

得意げにそういう晶に佐伯がつっこむ。

「中学二年までの真面目に描いていた時はどうだったんだ?」
「そこは触れないのが普通っしょ?」
「……フッ……そんなに絵が上手なら今度何か描いてみせてくれ」
「お?俺の素晴らしい絵の才能みたくなっちゃった?」

 どうぞお使い下さい。とでも言うように、卓上の雑誌の側にはメモ帳とボールペンが丁度置かれているのに晶は全く気付いていない。佐伯はそれを晶へ渡しニヤリとした。

「丁度いいものがあるじゃないか、どれ、何か描いてみろ」
「……うっ……今ここで?」
「あぁ、素晴らしい絵の才能とやらを披露するいい機会じゃないか」

  晶は余計な物が設置してある事を恨むようにメモ帳を渋々手に取った。僅かに期待を込めてボールペンをメモ帳へとくるくると走らせる。インクが出なかったらラッキーと思っていた晶の期待は外れ、メモ帳にはくっきりと模様が残る。
 しかし、ここで引き下がるのも悔しいので、晶は覚悟を決めて、メモ帳の新しいページを開いた。絵を描く事など、もう何年もしたことがないが、もしかして上手く描ける可能性もあるんじゃ……。と突然の才能の開花に淡い期待を寄せる。

「い、いいけど……よし、見てろよ」

 晶がボールペンを握り直し、真剣な様子で何かを描き始める。暫く様子をみていると、どうやら動物を描いているようである。耳までを描いた時点で佐伯は 「犬だな」と予想する。しかし、決定的におかしな事がある。4本足の動物が座っている絵のようだが、その足は何故かあぐらをかいていた。下半身だけ人間と いうわけでもなさそうである。
 何度か線を描き直し、かなり高い筆圧で真剣に描いている晶の様子を見て、佐伯が笑いを堪えていると、晶がボールペンを卓上へと置いた。

「出来た。馬が座ってる所」
――馬だったのか……。

 言われるまで、犬なのだろうと思っていた佐伯の予想は外れてしまった。贔屓目にみても、上手いとはいいがたいその絵を前に佐伯は小さく笑う。

「おい、要が描けって言ったから描いてやったのに、何笑ってんだよ」
「いや、すまん……。あまりに斬新な絵だったもんでな」
「…………そ、そうだろ?この絵の良さがわからないとか、要もまだまだだな」
「その賞をとった時の審査員に、前衛的な画家でもいたんだろう」
「…………」

 晶も自分で描いた犬のような人のような馬を見て、才能はそう簡単には開花しない事を思い知る。――まぁ、こうなる事はわかってたけど……――そう心の中 で呟き、描いた絵をくしゃっと丸めると、なかったことにする為にゴミ箱へと放り投げる。「あぁーあ」と自ら溜息をついたあと、晶は徐に呟いた。

「ガキの頃は、桜が咲いても何も思わなかったし、誰かと見たいとか、そういうのも考えた事なかったけどさ……。今度、春が来たら、桜を見にいってもいいなって思う。きっと、綺麗だなってちゃんとわかる気がするんだよな。一緒に見れて幸せだなってさ」
「そうだな……」

 佐伯は先程の写真が掲載されている雑誌をもう一度手にとって眺める。後数ヶ月もすれば、この写真のように桜が咲き乱れる季節になる。

「……春になったら一緒に花見に行くか」
 そう言う佐伯に晶は嬉しそうに微笑み返す。
「うん。約束な」
「……あぁ」

 晶と他愛もなくそんな事を話していると丁度7時になった頃、仲居がワゴンを引いて食事を運んできた。黒檀で作られた広い座卓の上へと手早く準備が整えられ、並べきれない程の品が並ぶ。
 海が近いせいか食事は海鮮の物が多く、まだ触覚を動かしている伊勢エビに晶が「可哀想すぎる」と洩らす。そんな事を言いながらもしっかり食べてしまうあたり、同情は晶の中では食欲に勝てないようだ。

 最初はビールで乾杯し、その後は地元の名産品だという日本酒を楽しみながらそれらの料理を堪能する。
 熱い椀物は順次に運び込まれ、最後のデザートがでる頃にはもう何も食べられないほど腹がいっぱいになっていた。
「あーーもう何も食えね~」

 晶が片付けの済んだテーブルを脇によけて仰向けに寝転がる。
まだ八時半を過ぎた頃だったのだが旅先では何もかもが早く終わってしまい、後は温泉に入り寝る以外には特にする事もない。

「食べてすぐ寝ると身体によくないぞ」
佐伯が晶に向かって言う。
「あー、食べてすぐ寝ると太るって言うよな。それってさ、医学的根拠あり?」
「消化に悪いのは確かだが、太るかどうかは知らないな」
「あのさ、俺がすげー太ったら要どうする?」
「別れる」
「ひっでぇ!俺ってそんなポジションなわけ?」
 晶は一気に身体を起こすと佐伯を軽く睨んだ。
「冗談に決まってるだろう」
「……いや、要ぜってぇ今マジで言ってた」

勿論本当に冗談ではあったが、真に受けて怒っている晶が面白いのでそれには返事を返さないでおく。

「だったら俺がそうなったらどうするんだ?俺もそろそろ歳だし、どうなるかわからんぞ」
「ん?要がこの先すげー太ったらって事?」

 晶は真剣に考え込んだ後、困ったように口を開いた。

「要は身長があるからなぁ……、それで体重もはんぱなかったら世話するのが大変かも。俺、今から鍛えまくるしかないよな」
「…………何年先の話だ」

 突飛押しもない返事に思わず苦笑する。「おじいちゃんになったらっしょ?」晶はそう言いながら笑う。
 晶が言っているのは、未来を信じるとか、そんな堅苦しい物ではない。何年先も変わらずに自分と一緒にいるのが当然だというような言葉を躊躇いもなく口に出来る晶を羨ましいと佐伯は思った。

「……そうならないように気を付けるさ」
「頼んだぜっ」

 佐伯は立ち上がると広縁へ向かい、庭に面した窓を細くあけて近くにある椅子に腰掛け煙草に火を点けた。窓から入ってくる風が優しく吹き抜け、冷えた空気が部屋へと流れ込む。静かな部屋には部屋つきの露天風呂から湯の沸き出す音が聞こえていた。

 いつのまにか隣にきていた晶が佐伯の顔を覗き込むように腰を屈める。晶はそのまま黙って佐伯の唇へ自分の唇を重ねた。軽く触れあうだけの口付け。

「俺、ずっと要の傍にいたいから。少なくとも今はマジでそう思ってる」
「……、…………」

 吸いかけの煙草を灰皿でもみ消し、晶の腕をひいて佐伯は帯に手をかけた。ゆっくりとほどける帯が解けて畳に落ちれば浴衣の前がはだける。佐伯はそれ以上 は手を触れず、はだけた浴衣姿の晶を腕を回して引き寄せ、そっとその身体を包んだ。項に顔を埋めれば晶のいつも付けているALLUREの香りが微かに香っ てくる。

 つける人によってその香りを様々に変えると言われているALLUREだが晶の匂いは甘くて少し懐かしいような感じがした。この腕の中の温もりだけはなく したくない、佐伯はそう思いながら回した腕に少し力を込める。首筋にかかる佐伯の吐息がくすぐったくて、晶は少し肩をすくめ静かに呟いた。

「一緒に、風呂入ろっか」
「……そうだな」

 晶ははだけた浴衣を肩から落とし手に持つと、佐伯をみあげて優しい笑みを浮かべる。
 
 
 
 
 部屋でタオルと入浴の準備をして、海側の露天があるベランダへと移動する。窓を大きく開けた途端に海の方から冷たい風が吹きつける。さすがに裸には結構冷たく感じ、身が縮こまる。

「うわ、寒っ!!凍死する!!」

 大袈裟に寒がって晶は露天の横に設置されている二組の洗い場のシャワーをめいいっぱい捻って肩からかけた。シャワーの湯と露天から溢れる湯が混ざって乾 いていた大理石の床が色を濃くする。佐伯も隣に腰掛けるとシャワーのノズルを掴んだ。勢いよく放出される熱い湯を一通り身体にかければ、さっきまでの寒さ はすぐに和らいだ。
 備え付けのボディソープをタオルに垂らすと石鹸の香りが辺りに漂い、包む泡がすべるように佐伯の身体を伝う。

「背中洗ってやろっか」
「なんだ、随分と今日は気が利くな」

 佐伯は泡の着いたタオルを晶に手渡し後ろを向く。一本に結んでいる髪を前方に持っていくと、晶が掴んだタオルを佐伯の背中に当てる。
背中を擦る手は時々力を入れてはゆっくりと動く。その途中で晶の手がフと止まった。

「あのさ……」
「何だ」
「何かあったら……、なんて言えばいいかな。要がさ、もし悩みとかあったら、俺にちゃんと話せよ?」

 この旅行も、今の言葉も、佐伯の微細な変化を感じ取っての事なのだろう。晶が人一倍そういうのを敏感に感じ取れる性格なのは佐伯も感じていたが、その鋭さには驚かされる。佐伯は晶に振り向くと握った泡だらけのタオルを晶の手からとった。

「後ろを向けよ、洗ってやる」

 晶の背中に手をあて動かし、その滑らかな肌に佐伯はタオルを外し掌で触れた。滑るように泡が落ち晶の素肌から体温が伝わる。佐伯はその背中に呟いた。

「……晶、俺はつまらない人間だと思うか……?」

 どういう答えを求めているのか佐伯自身もはっきりとはわからない。ただ口からついでてしまったのだ。二人の身体を風が通り抜けて体温を下げていく。佐伯の答えには答えずに「サンキュ」と小さく笑って、晶はシャワーを掴むと身体を流した。

「風邪引くから、暖まろうぜ」

 先に湯船に向かった晶が佐伯に早くこっちに来いよと手招きする。佐伯も身体を洗い流すと、湯船へと向かい足を入れた。少し熱いくらいの湯温がちりちりと肌を刺激する。
 二人で入っても余裕のある大きめの湯船だが、佐伯が隣に来ると、晶は少し移動して佐伯の側に身を寄せた。目の前の海は静かに凪いでいるようで、僅かな波 の音しか聞こえない。ずっと遠くへ視線を向ければ、漁船の明かりが小さくちらちらと揺れているのが見えた。女将が言っていた通り、熱いほどの湯に浸かって いると、冷たい風が頬にあたってとても心地が良い。

 隣にいる晶は一度佐伯を見た後、湯船の縁にもたれかかり、暗くなっている海の向こう側に視線を向けたまま話し出した。

「あのさ、佐伯 要っていうのは一人しかいないわけじゃん?んでさ、俺はそいつの恋人ってわけだ」
「あぁ、そうだな」
「俺がそんなつまんねー奴と付き合うと思う?それに俺、別に男が好きなわけじゃないし」

 晶が湯の中で佐伯の沈めた手に指を絡ませる。

「誰かにとってつまんねー奴でも俺はつまんなくねーって思ってる……。要が男なの知ってるけど、それでも好きになった。……それだけじゃダメ?」
 佐伯の手を握る晶の手は痛いほどにきつく力がこめられていた。振り向いた晶の真っ直ぐな視線が佐伯を貫く。
「……そうだな。それで十分だ」

 その言葉を聞いて嬉しそうに微笑む晶を見ていると、今まで考えていた事がすっと軽くなっていくのを感じる。くだらない生き方をしていると思っていた。不 満があったわけではないが、漠然とした迷いがいつもどこかに存在していたのは事実だ。ここ最近の多忙な日々に疲れが溜まっていたせいもあるのだろう。生き 方はその捉え方次第でどうとでも思えるのだと……。こんな簡単な事を気付かせてくれたのは目の前にいる晶だった。

 僅かな時間しか共にしていない晶は30年間生きてきた佐伯自身よりずっと佐伯を理解しているように思える程だ。
 佐伯は晶の手をとくと、風で冷たくなっている肩へと手で湯をかける。温泉の効能よりずっと効き目のある晶の存在のおかげで、溜まっていた疲れも湯に溶け込んで流れて行くような気がした。
 晶は湯の表面を何度か指で弾いて、照れたように頬を掻いて佐伯を見る。

「…………やっぱ俺ってシリアス向きじゃないよな。何か急に恥ずか、、」

 佐伯が晶の言葉を遮るように腰を引き寄せると、揺れた水面から、湯がバシャリと溢れ出した。

「……晶」

 波だった水面は次第になめらかになり二人の周りを静かに流れて包み込む。風が濡れた髪を撫でては通り過ぎていき、長湯で火照った熱を冷ましてくれた。お 互い何も言わず、ただゆっくりと時間が過ぎていくのを共有しているという贅沢。暫く二人でその贅沢を満喫した後、晶が思いついたように顔を上げた。

「よっし!じゃぁさ、肩までつかって10数えたらあがろうぜ」
 何を言い出すかと思えば途端に子供のように無邪気にそんな事を言う晶に佐伯は思わず苦笑する。
「一人で数えていろ」
「何だよ-。要、俺にもちょっとは優しくしろよな」

 口を尖らせている晶の肩を佐伯はめいいっぱい湯の中に沈めた。首まで湯につかった状態で晶は「これ、いじめだろ」と泣き真似をしてみせる。
 笑った顔も、泣いた顔も、照れている顔も、真面目な顔も……晶の見せる表情はその瞬間だけの物で二度と同じ物は無い。だからどれも忘れないように刻みつけておかねばいけないのだ。先程の晶の言葉を思い出しながら佐伯は腰をあげた。

「10数えるまであがってくるなよ。俺は先にあがるがな」

 わざとらしく数字を数える晶の声を佐伯は背中で聞きながらベランダから出て、部屋の扉をがらりと開けた。長い時間湯船につかっていた身体は芯からあたたまっていた。タオルで身体を拭き、浴衣を軽く羽織ると佐伯は誰もいない部屋で一言呟く。

――お前と出会えて良かった……。
「ん?要何か言った??」ベランダの方から耳ざとい晶の声が届く。
「気のせいだろう」

 10を数え終わった晶が濡れた髪をくしゃくしゃと掻き上げながら部屋へと入ってくる。佐伯はバスタオルを手に取り晶に放り投げた。

──あたたまったのは……お前のおかげかもしれないな。

 佐伯は浴衣の前を整えて、まだ湯気のたなびく外の景色に視線を投げた。  
 
 
 
   *   *   *
 
 
 
 
 翌朝、佐伯がチェックアウトを済ませていると女将が挨拶をしにきた。

「休暇はゆっくり過ごせましたか?佐伯様」
「ええ、おかげさまでいい休養がとれました」
「またお時間ありましたら是非遊びにいらしてくださいませ」
「はい、また機会があれば是非」
 女将は少し辺りを見渡すと佐伯の耳元に近づいてこっそり耳打ちする。
「晶の事、宜しくお願いしますね」
「……?はい」

 佐伯になにやら耳打ちする母親をみて、近くでブラブラしていた晶は慌てたように駆けつけて佐伯の腕を引っ張って引き離す。

「早く帰ろうぜ、学会間にあわなくなるぞ」

 強引に腕を引っ張られて離された佐伯は、やれやれというように車のキーをポケットから出す。そういえば、晶は二年も顔を見せていなかったと女将が言っていたのを思いだし、晶の腕を離すとポケットから携帯を取り出した。

「一度病院に連絡をいれておくのを忘れていた。俺は先に行って車で電話するからお前は少ししてから来い」
「え、そうなん?俺も一緒にいちゃまずい話し?」
「そういうわけじゃないが……、滅多に顔を見せないんだから親子水入らずで少しは話してきたらどうだ」
「えー、……話す事ねーけどな……。じゃぁ……まぁ、礼くらい言ってくるかな」
「そうしろ」

 佐伯は晶を残して先に車へと向かう。途中一度振り返って見ると、晶は無愛想な顔をしていたが、それでも母親はとても嬉しそうに久々の息子との会話を楽しんでいるようだ。
 車に乗り込んで、窓を開けるとポケットから煙草を取り出し火を点ける。本当は病院に連絡をする用事などは何もない。佐伯は相手のいない携帯を握りながら、遠くに見えるその光景を眺めていた。
 
 
 
 
 旅館を出てから、一度サービスエリアで昼食をとり、晶が店へ土産を買うのに付き合ったが、帰りの道も空いており昼過ぎには首都高速にまで戻ってきてい た。馴染みのある都会の乾いた空気がまたいつものように目の前に広がっている。帰りの運転は佐伯がしているので暇なのか、助手席の晶は先程からずっと何か を話していた。

「また時間作って旅行行こうぜ」
「そうだな。今回はいい休養になった」
「あ、そういえばさ、一つだけ聞いてもいい?」
「何だ」
「要って実家は何処なんだ?」
「俺は目黒だ」
「そっか。んじゃすぐに親にも会えるわけだ」
「まぁ、会おうと思えばな」
「兄弟とかいねぇの?やっぱうちがお医者さんとか?」
「一つだけ聞くんじゃなかったのか?」
「細かい事言うなって」
「……フッ……まぁ、いいだろう。実家は開業医だ。この前連れて行った廃病院があっただろう?あそこが父が医院長をしていた病院だ。今は移転していて場所は違うが」
「うっそ!!マジで?あんな大きな病院……てっきり開業医って町医者みたいなのかと思った」
「まぁ、町医者には違いないんじゃないか」
「へー…………んじゃ、兄弟は?」
「兄弟はいない。息子はいるがな」
「そっか、要も一人っ子なんだ……って、え?今あれ?俺何か聞き間違えた?」
「ん?」

 晶は真顔で、運転をする佐伯を見る。その顔が、驚きに変わるのを想像して、佐伯はフロントガラスに視線を移し小さく笑った。

「今さ、……息子って言った?まさか、聞き間違い……だよな?」
「俺はバツ1で3歳になる息子がいる」
「!?!?!?!」

――えぇえええええええ!!!!!!!!

 晶の中で週刊誌もびっくりなド派手な大見出しが頭に浮かぶ。バツ1なのも驚いたが、息子までいるとは1ミリも想像した事がなかったからである。あまりの突然の佐伯の告白に晶は頭が真っ白になって返す言葉もみつからず、呆けた顔で隣の佐伯を見ているしか無かった。
 多分、今まで生きてきた中で驚いた事トップ3には入る勢いである。

さらっと言ってのけた佐伯本人は全く気にもとめておらず、アクセルを踏み込むとスピードをあげた。
 もうそろそろ佐伯との旅行も終わりである。温泉旅行で疲れも取れ、ゆっくりと過ごした事による晶の余韻は木っ端微塵に消し飛んだ。
 足元に置いてあった店への土産が、ビニール袋から顔を覗かせている。適当に選んで買ったので気付かなかったが、その箱には、昨日佐伯とみつけて苦笑した可愛くない謎のゆるキャラが印刷されていた。

「……マジかよ」

 ゆるキャラも佐伯に息子がいることも、嘘ではなく現実だった。晶の小さく呟いた言葉は、車から流れる曲で掻き消された。