俺の男に手を出すな2-2


 

その日の夜。
 帰宅後シャワーを浴び、疲れた身体を休めるために夜になるまで睡眠を取っていた佐伯を起こしたのは、晶からの電話だった。ベッドから手を伸ばし携帯を耳 に当てると聞こえてくる晶の声の音量は寝起きの佐伯には些か大きすぎる。だけど、こうして誰かの声で目を覚ますのは久しぶりで悪くなかった。

『わりぃ、起こした?』
「……いや、そろそろ起きる予定だったから構わん」
『中々メールこねぇし、俺もう店出るからその前に電話したんだけどさ』

 そういえば、家に着いたら一度メールをすると返信したのを思い出す。今日はやけに疲れていたのですぐに寝てしまったのだ。起きてからメールをするつもりだったが丁度かかってきた電話に先を越された形になってしまった。

「すまんな……起きたら連絡をいれるつもりだった」
『あー、別に俺、怒ってねーよ?徹夜明けは厳しいもんな。佐伯先生、お疲れ様ーって感じ』

 晶はそういって電話口で笑っていた。今まで付き合ってきた相手が狭量だったわけではないと思うが、待たされた事より自分を気遣ってくれるような相手は今までいなかったように思う。慣れない気分を感じつつ、佐伯はベッドから起き上がると話しながら居間へと向かった。

「それで?今夜は来られそうなのか?」
『うんうん、ゆっくり出来っから店終わったら行くよ。ちゃんと寝ないで待ってろよ?』
「安心しろ、起きて待っててやる」
『お!佐伯先生やっさしー』
「……もう切るぞ」
『あー、ごめんごめん。んじゃ、夜にまた会おうぜ』
「あぁ」

 話を終えた携帯をテーブルに起き、佐伯は一人で小さく笑う。晶は過去に付き合った事のないタイプだった。最初に会った時に、外見が好みだったというのは 認めるが、殊更惹かれるのは、晶が自分にない物を持っているからなのだろう。騒がしい奴ではあるが、晶を見ていると飽きる事がない。単純なようでいて実は 結構色々考えていたり、素直かと思えば我が儘だったりと、そんな部分も含めて可愛い奴だと思っている。


 それから7時間が経過し、日付は変わってもう1時近くになっていた。何時になったらくるとハッキリ言わなかった晶は中々姿を現さず、何の連絡も無い。今日何度めかの酒をつぎ佐伯は煙草に火をつけるとゆっくりと吐き出した。
 別に眠気はないし、明日が休日なので何時になっても気にする事もない。こうして誰かの来訪を待つという機会は、ここ最近では中々ない事だった。ニュース番組が終わり、別の全く興味の無い番組が続けて流れる。佐伯がテレビの電源を落とすと部屋は一気に静かになった。

 丁度一本の煙草を吸い終えた所で、メインエントランスのモニターが晶の姿を映し出す。佐伯はソファから腰を上げるとモニターを覗いた。こんな夜なのにサ ングラスをかけており、コートの下のシャツの胸元は大きくはだけている。見ているだけで風邪を引きそうな格好である。晶はカメラを探し当ててこちらへ視線 を向けサングラスを外すと小さく手を振った。佐伯がエントランスのドアの開閉ボタンを押すと姿が消え、数分後、佐伯の部屋にはインターホンが鳴り響く。佐 伯は玄関のチェーンを外し外側へと玄関を開いた。

「遅くなっちゃってごめん。元気にしてた?」
「……夕方に話したばかりだろう」

 明るい晶の声が部屋の中に響き、部屋の中が一気に明るくなったような錯覚に陥る。脱ぎづらそうな靴を座り込んで脱いでいる晶を背中越しに眺めていると、佐伯を振り返った晶がニヤリとする。

「なぁ、要。聞いてくれないのかよ?」
「何をだ?」
「何をって、お風呂にします?それともご飯?それとも わ・た・し?ってやつに決まってるっしょ」
「……頭までやられたのか?可哀想なやつだな」

 佐伯は馬鹿にしたように笑いながら晶を置いて居間へと戻る。取り合わない佐伯に文句を言いながらも続いて部屋へと入ってきた晶は着てきたコートとジャ ケットを脱いで手近にある椅子にかけると部屋の中央にあるテーブルへと目を移した。飲みかけのワインが入ったグラスが一つ置かれているのを見て口を開く。 ボトルを見ると半分程がなくなっている。結構待たせてしまったらしい。

「一人で先にのんでたんだ?」
「あぁ、いつくるかわからないお前を待ってるほど気長じゃないんでな」
「まっ、そうだよな」

 先に座っている佐伯の隣に晶も腰を下ろすと、大きく伸びをする。店を出ようとしたら丁度客に会ってしまい、立ち話をしていたらこんな時間になったという のが遅れた理由らしい。晶はポケットから3台の携帯を取り出し、順番に電源を落としてテーブル脇へと寄せる。「あー、寒かった」そういってソファに置いて あるクッションを抱き寄せ顔をうずめている。
 「もっと厚着をしたらどうだ」と言う佐伯に、晶は首を振った。晶曰く、このはだけた胸元だけは譲れないらしい。全く理解できないが、開いた胸元からチラリと覗く肌理の細かそうな晶の白い肌を見ると、確かに触ってみたくなる。

「お前も飲むか?」
「あぁ、うん。もらおっかな」

 佐伯は立ち上がるとグラスを取りにキッチンへと向かう。冷蔵庫から皿を取りだしてグラスと一緒に持ってきた。晶の為に作って置いた夕飯である。

「何これ、買ってきたの?それとも……まさか、要が作ったってやつ?」
「言ってなかったか?俺は料理は得意だ」

 テーブルに乗せられたのは冷製のパスタで、彩りと言い飾り付けといい店のそれと大差なかった。夕飯を食べていないからお腹がすいていると言って、晶は早速取り皿へとパスタをよそい、味見した。

「美味しい!要って何でも器用なのな。俺は料理とか目玉焼きしか作れないぜ?自慢じゃねーけど」
「本当に自慢じゃないな。目玉焼きは……料理に入るのか?」
「何言ってんだよ、立派な料理だろ?まぁ、でも、卵割るのもたまに失敗するから成功率ちょっと低めだけどな」
「どこまで不器用なんだ、お前……」

 晶がどんな食生活を送っているのか佐伯には想像も付かなかいが、この様子だとほぼ外食で済ませているのだろう。晶は一回目にとりわけたパスタを食べ終え、酒を飲むと再び皿へと手を伸ばす。お腹がすいているというのは本当らしい。

「要は食わねーの?俺、結構食べる方だからなくなっちゃうぜ?」
「俺はさっきもう食べたから腹は減ってない。好きなだけ食べろ」
「ラッキー!でもさー、料理上手なのっていいよな~。こうやっていつも美味しいもん食べられてさ」

 フォークにパスタを巻き付けて晶が感心したように何度も頷く。薄い桜色の艶やかな晶の唇が開き、グラスから赤ワインがその口へ吸い込まれる。佐伯は晶との距離を詰めると、腰を引き寄せその唇へ指を伸ばした。触れた指先に、ワインで濡れた晶の唇の柔らかい感触が伝わる。

「上手いのは料理だけじゃないぞ?……試して見るか?」

 そう言って顔を覗き込むと、晶は払うように佐伯の指先を避けて、身体を離した。

「はいはい。エロオヤジかっつーの」

 口ではそんな事を言いながらでも、晶の頬が紅潮する。晶は咄嗟の佐伯の行動に高鳴る心音を隠すのに必死だった。冗談交じりで返事を返すのがやっとであ る。至近距離で佐伯にみつめられるとどうにも制御が出来なくなってしまう、まるで今飲んだワインに媚薬が混ぜられているのではと疑いたくなるほどだ。

 当の本人は、そんな晶をみて愉快そうに口元を歪めると、自身もグラスを手に取った。自分の余裕のなさと佐伯の余裕の態度を比べて晶は少し悔しい気分で自分もグラスの酒を一気にあおった。店で飲んできた分と、今飲んでる分と合わせると今夜は結構飲んでいるかもしれない。

 顔には出ない方だし、酔ったとしても楽しい気分になるくらいでそう変わらないのが常だが、今はやけに頬が熱い気がする。食べ終わった皿をテーブルへ戻し「ご馳走様」と小さく言って手を合わせる。晶は手で顔を何度か扇ぐとソファの背もたれへと背中を沈めて一息ついた。
 
 
 
 改めて見回してみると、佐伯の部屋はとても広い。玄関から居間へ向かう廊下はマンションなのに結構長いし、今いるリビングとキッチンは仕切りがなくて、合わせると余裕で20帖以上はありそうだ。こんな広い家で一人で住むなど、晶には考えられなかった。
 稼いでいる金を使えば、同じような間取りに住めるとしても自分には絶対無理だと思う。今でさえ、さほど広くないマンションに住んでいるのに、一人でいるのが嫌なのだから。

「なぁ……要」
「……ん?」
「こんな広い部屋でさ……一人で住んでて、寂しいなとか、そういうの思ったりしねーの?」
「しないな。誰にも邪魔されなくて逆に快適だ」
「ふーん……そっか。俺、無理だわー。掃除も苦手だしな……ここ以外にも部屋あるんだろ?」
「後は書斎と寝室だけだ。……掃除が面倒ならハウスキーパーでも雇えばいい」
「あぁ、なるほど……!つーか、要雇ってんの?だからこんなに綺麗にしてるんだ?」
「いや、俺は雇っていない。見知らぬ奴に勝手に掃除されるのは納得いかないからな」
「うわ、めっちゃA型って感じした。今」

 晶は佐伯の台詞にそう言って笑う。何がおかしいのがひとしきり笑った後、急に盛大な溜息をつく。そんなクルクル変わる晶の表情が楽しくて様子を窺っていると、晶は抱いたクッションに顔半分を隠してくぐもった声で呟いた。

「でも、俺はやっぱ無理……かな。一人でいんの結構苦手なんだよな……。こんな広い家で一人だと余計にさ……」

 いつもの元気さが影を潜め、伏せた長い睫が影を落とす。黙って晶の横顔をみつめる佐伯に気付くと、晶は誤魔化すように顔を上げた。

「なーんてな、要も黙ってないで、こういう時はツッコんでくれねーと!俺がマジ寂しい男みたいじゃん」

 誤魔化しながらも変な事を言ってしまった事で晶の中で少し後悔がつのる。いい歳をした男が言う台詞じゃないのはわかっている。ついこぼしてしまったが、 でもこれは本音だ。他人にあまり見せたく無い格好悪い自分。――だけど……佐伯になら言っても良いかなって、一瞬思った――変に思われたんじゃないかと思 い横を見ると、佐伯はいつもと変わらない表情で晶を見ていた。

 晶がテーブルのグラスへ腕を伸ばすと、その腕が佐伯に掴まれる。少しだけ残っていたワインがテーブルへとこぼれ、晶の指先から離れて倒れたグラスが音を立てる。テーブルへ出来た小さなワインの水たまりから芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。

「ちょっ、要。酔っぱらってるっしょ?急に腕掴むなよ、ワインこぼれただろ」
「酔ってないさ」

 佐伯は倒れたグラスへ視線を向けることなく、まっすぐに晶を見つめると掴んだ腕に力を込める。ゆっくりと背もたれへと押しつけられ佐伯が被さるように唇を重ねる。ほどかれた髪が晶の肩口に音もなく零れた。互いの唇は、今しがた飲んでいた赤ワインの味がした。

「馬鹿、やめろって……」
「……どうしてだ?」
「どうしてって……別に理由はねーけど……」
「だったらいいだろう、抱かせろよ」

 佐伯はキスの合間に晶のシャツのボタンをゆっくりとはずしていく。男とセックスをした事が無い晶でも、今どういう状況なのかはわかっている。予想はして いたけど、これは自分が抱かれる側なのだろう。恋人として付き合うと決めた時から、こういう日が来ることはわかっていて佐伯と付き合うと決めたのだ。覚悟 は出来ている物の、経験の無いこの先に僅かに緊張が走る。

「……待てって、……要、……」
 すっかり外されたボタンの内側の素肌を佐伯の指先が辿る。
「待たない。もう随分待っててやっただろう」

 普段はメスを握るその繊細な指先が愛でるように何度も滑れば晶の喉が上下し唾を飲み込む。
「……ん、……っ……、ぁ……」
 一度手を離し、自らもシャツを脱いだ佐伯が晶の肩へと触れる。指先とは違い、熱い躯。佐伯の体温が傍にある。
「お前も脱げよ」
 晶にそう言って肩で止まっているシャツに佐伯の手が伸びる。
「……自分で脱ぐ、から……」

 晶もシャツを脱ぎ去ると掌を佐伯の胸へとそっとあてた。今まで抱いてきた女と違い、自分と同じ体。胸は勿論ない。それでも、初めてみた佐伯の体は思って いたよりずっと逞しくて、細身の躯を包む筋肉はしなやかで綺麗だった。掌から伝わる佐伯の鼓動と肌の感触。男と裸でこうしている事への抵抗は驚くほど湧か なかった。

「……要」
「……なんだ?」
「マジで……このまま、やるつもり?」
「あぁ、何か問題があるのか?」
「いや、問題はねーけどさ……えっと、ひとつ言っておくけど、俺アナルバージンだからな」
「考慮してやるよ」

 佐伯が晶の胸の突起を指で摘み、その先を弄る。そのまま体をずらされて仰向けにソファへ沈められ、佐伯に組み敷かれる。部屋の電気はそのままなので体の隅々までが晒され、何だか急に恥ずかしい気がして、晶は強引に佐伯の首へ腕をまわし引き寄せると、そのまま唇を奪った。

「あんま、見んなよ……恥ずかしいだろ」
「……フッ……今からする事はもっと恥ずかしいぞ」

 佐伯の腕が下に降りて、晶のベルトを外す、響くカチャカチャという金属音。逆手なのに器用にそれを外すとそのまま晶の唇や首筋にキスを降らせながらズボ ンの中へと手を侵入させる。佐伯の愛撫と口付けですでに昂ぶった晶のペニスは布を窮屈そうに膨らませている、布越しに佐伯の指がその形をなぞり先をぎゅっ と押されれば、晶の口から熱い吐息が漏れた。佐伯は手を止めると耳元で囁く。

「勝負下着ってやつか?」
「違…う…、俺はいつもこーなの」

 派手な色使いのインナーをからかうように佐伯がそう言い、じんわりと濡れている箇所を執拗に弄る。直接的ではない感覚に焦れたペニスが滲みを広げる。直接その指で触れて欲しい。そう思うのと同時に長くこの快感を味わっていたいとも思う。

「……っ……、要、もう……脱がせろって」

 冷たく張りつくインナーが気持ち悪くて自分の手で下げようと腕を伸ばすと、その前に佐伯によって下肢にまとわりつく着衣を全て脱がされた。一糸纏わぬ姿 に、佐伯は満足そうに一度晶を眺めると、自らも着衣を脱ぐ。男二人でこうしていてもまだ余裕のある大きなソファはその重みでギシリと音を立てた。

 見下ろす形でマジマジと晶の躯に視線を向ける佐伯は確認するように晶の腰から掌をすべらせていく。くすぐったいような微弱な刺激に身じろぎ、躯の神経が佐伯へとまっすぐに向かう。時々躯に触れる佐伯のペニスも硬くなっていて、晶はその事に安心すると共に嬉しくなった。
「……要も勃ってる」そう言って肩をすくめると「当然だろう」と返される。
 佐伯から漂う雄の色にあてられて、身体中が熱を帯びていくのがわかる。

「……ぁ、……っ」

 乳首を口に含まれ、濡れた舌でなぶられれば何とか堪えている声が小さく漏れ出し、自分の躯がこんなにも敏感だった事に驚いてしまう。佐伯の辿っていく場 所を追いかけるように、快感の場所が追従していく。きつく吸われ、腫れたような乳首からは、佐伯の唇がはなれた後もジンジンとした痺れが伝わってくる。

 尖らせた舌で耳朶を突かれ、ぴちゃぴちゃと濡れた音が直接鼓膜へ届くと、その音だけでもペニスの先からは先走りの蜜が溢れてしまう。時々愉悦にビクリとなる晶の躯を宥めながら、佐伯の愛撫は徐々に下肢へと向かっていった。
 足を開かされ、太ももの内側に佐伯が唇を寄せる。自分のさせられている格好は淫らな物で、慣れないその体勢にどうしていいかわからなくなる。聞き入れてくれないだろうとは思いながらも、抵抗の言葉が思わず口から漏れた。

「こん……かっこ……やだって、……要」

 恥ずかしさに足を閉じようとするが、佐伯の腕に阻まれてそれも叶わない。印を刻むようにきつく吸われて、白い晶の肌にはすぐに跡がついた。汗ばんだ茂みをかき分けて、すくい上げるように柔らかな袋を揉みながらペニスを口に含まれれば、宙に浮いた足が小さく痙攣する。

「ッッ……ん……、……は、ぁっ……ッ」

 わざと触れるか触れないかの緩いタッチで、添えられた指先で上下に扱かれ、達するには届かないもどかしい刺激に泣きたくなるような感覚がわいてくる。薄く目を開くと股間に顔をうずめる佐伯と目が合う。
「晶、もう達きたいか?先がほら、こんなにぬるぬるになってるぞ」
見せつけるように佐伯は先走りを指に絡めて、指を開いて見せる。佐伯の指の間で糸をひいて滴るそれをみて、羞恥に躯が熱くなる。

「……、――んっ……。わざと、かよ……」
「あぁ、わざとだ。ちゃんとイきたいと言えば、その通りにしてやる」
――今すぐイきたい。
 でもそれを口にするのは勇気がいった。晶は返事を返さないまま目を瞑った。
「……強情な奴だな」

 佐伯が満更でもないように囁き、扱く指先に力を入れる。自分の手で扱くのと全く違う佐伯の仕方。中指に力を入れて上へ上へと絞られていく。息が弾む。晶の腰が無意識に浮き、達する間際の愉悦に震える。

「……んッ、ッ、んふ、……ァ、……」

 上り詰める寸前で佐伯は手を離し、晶のペニスの根元をぎゅっと掴んだ。宙に浮いた快感が早く早くと急かすように脈打つ。硬くなりすぎたペニスが痛いほどで、晶の頭の中の理性が途切れ途切れになっていく。

「要っ、も、――ヤバいって……ん、っ、……」
「どうして欲しいんだ?ちゃんと言えよ」
「早く、……早くイかせろ、よ……っ……」

 ねだるような台詞にももう構っていられなかった。意地悪な佐伯の行動を責めるより、この苦しい状況から早く抜け出したい気持ちが強くて、もうそれしか考えられなくなる。「イかせてやるよ」佐伯の低い声が聞こえ、強く握られていたペニスがやっと解放される。

「あ、ぁっ……要、っ…………」

 追い詰めるように佐伯が舌で鈴口を割り、喉奥へと晶のペニスを咥える。熱い口内に包まれ一気に絶頂へと駆け上がる。抑えられていた分余計に快楽の色が濃 くなっているのがわかった。先を吸われた後、佐伯が唇を離し、指先で雁の部分を強くおしあげると晶のペニスは同時に吐精した。

「……ンッ、――ァっ……!」
止まらない射精感に震え、優しく絞り出すように促す佐伯の手を白濁が濡らす。
 はぁはぁと忙しなく吐き出される息を絡め取るように佐伯が唇を塞ぐ。躯を起こされ、痛いほど強く抱き締めてくる佐伯に、晶も腕をまわす。互いの汗ばんだ 躯が吸い付くように密着する。佐伯の首筋に顔をうずめると、いつもつけている佐伯の香水のラストノートが微かに香ってきた。離さないように回された腕に感 じる安心感に躯を委ねる。
 抱き締めていた佐伯の腕が肩甲骨の辺りを撫で、腰まで降りて、ツと止まった。

「晶、俺に跨がって座れ」
「……ん……、……」

 佐伯に言われた通りに跨がると佐伯は晶の腰を持ち上げて、丁度いい場所にずらす。向かい合ったまま視線を落とすと、佐伯のペニスと自分の物が軽くこすれ るのが見える。晶は体重をかけたまま佐伯のペニスへ腕を伸ばすとそっと竿を掌で包む。長さのあるそれは晶の手の中に到底収まる物ではない。熱いペニスを 握ったまま晶が佐伯の耳元に唇を寄せ、しめった吐息と共に囁いた。

「なぁ、要……俺も、口でしてやろっか?」
「男の物を咥えた事がないくせに、無理をするな」
「大丈夫だよ。だって……要も気持ちよくなって欲しいじゃん、俺ばっか、ずりーよ」
 自覚のないままそう囁くと、佐伯は何故か困ったように眉を顰めた。
「お前な……、……」

 情欲で潤んだ熱い視線でそんな風に誘われれば落ちない相手はいないのではないかと佐伯は思う。それほどに今の晶は扇情的に見えた。先程喘いだせいなのか 僅かに掠れた声は甘く、佐伯の抑えている感情をじわじわと溶かしていく。汗で首筋に絡む晶の柔らかな髪を悪戯に指に絡め、視線をあげる。真っ直ぐに見つめ てくる晶の瞳の奥に今まであった余裕が徐々に吸い込まれて行くのを感じた。

「お前が初めてだから、時間をかけてやったが……俺にも限界があるぞ」
「……なんだよ……それ」
「……自覚がない所がタチが悪いな」
「意味……わかんねーし……」

 佐伯がソファの奥へ手を入れ何かを取り出す。ローションのような物なのだろうが、晶が今までに見た事の無い物だった。ラベルは英語で書かれており、ピンクだったり匂いつきだったりするいかがわしいソレとは全く違うように見える。

「それローション?」
「……あぁ、医療用の潤滑剤だ。一番使いやすい」
「……そんな所に隠してるとか、用意周到すぎっしょ……」
「――お前をいつでも抱けるようにな」

 佐伯はキャップをあけ中にある透明な液体を掌にトロトロと垂らす。粘度の高そうなそれを指に絡めると晶の蕾へとそっと触れた。冷たいローションの感覚にゾクリとする。触れられた事の無い場所に体が強ばり佐伯の指を拒絶してしまう。

「……要、ごめ……何か……勝手に……」
「まだ何もしない。力を抜いてろ」

 晶は一度大きく息を吸うと目を閉じ、躯の力を抜くように長く息を吐く。腰を浮かせると再び佐伯の指がそこへと触れる。襞を開くように揉まれ、ふちを何度 もなぞられる。佐伯の指先と晶の体温でぬるまったローションがゆるくなり流れ落ちる。佐伯の指の先がふいにツプリと差し込まれ、晶は閉じていた目を薄くひ らいた。

――何……この感じ。
 今まで経験した事が無い不思議な感覚に戸惑ってしまう。侵入してくる佐伯の指先が中で蠢く。
「んん……っ、……」
「そう締め付けるな」
「んな事、言われても、……無理っ……」

 反射的にぎゅっと固く閉じる蕾の奥へと佐伯は指を進ませる。探るように内壁をなぞっていけばその度に晶の躯がビクリと弾む。

「……ッ、……っぁ……」
 指を増やし2本で内側を広げていく頃には、晶の躯も少し慣れてきたのか、うまく力を抜けるようになったようだった。佐伯は中指を曲げて、傷つけないようにぐるりとかき混ぜ、晶の様子を探る。籠もった熱を吐き出すような晶の甘い声が佐伯の耳へと届く。
「は、……ぁッ……、要、……っ」
「晶、お前、後ろで最初から感じるなんて素質があるんじゃないか?……こんなにまた溢れさせて」
 佐伯がくすりと笑い、片方の手で先走りがこぼれ落ちるペニスの先を指の腹で撫でる。
「……っ、んっ、知ら……いし、……急にさわん、な、ぁ、―ッ」
 そんな事を聞かれても、本当に分からない。今感じているのは、女を抱いている時には感じる快感とは別の物なのだ。自分の躯の中に隠れていた快楽の在処を 佐伯はいくつも解き放ち、その度に堪らない痺れが躯を伝う。増やされた指にかき回され、さっき達したペニスがまた弾けそうに膨張する。

 そっと指が抜かれ、クチュクチュと入口の浅い場所を弄ったあと、佐伯が晶の腰へと手を添えた。静かに持ち上げられ、もう力の入らなくなった躯を佐伯が支えて蕾へと自身のペニスをあてがう。

「ゆっくりでいいから腰を落とせ、もうそんなに痛みはないはずだ」

 さっき握った佐伯のペニスの大きさに僅かに不安がよぎる。本当にあんなものが自分の中へ入るのだろうか……。晶は慎重に佐伯のペニスを受け入れる。先端 の太い部分が挿る時にやはり痛みを感じたが、そこをすぎるとぬるぬると滑るように受け入れることが出来た。晶の中を貫く佐伯のペニスが収まると、晶は押し 寄せる圧迫感に浅く息を吐きだした。さっきまでの指とは全く違う、熱い楔。

「……はいっ、た……?」
「……あぁ」

 佐伯と繋がった部分がいやらしくひくつき、まだ動かないうちから熱く絡みつく。まるで自分の躯じゃなくなったようだった。だけど、わかる。自身の中にいる佐伯のペニスの形が、熱が、それらを必死に覚えようと蠢く自分の中が。
 苦しさと、ちゃんと繋がれた嬉しさと、少しの恥ずかしさとそれらがない交ぜになって目尻にうっすらと涙がたまる。ゆっくりと動き出す佐伯の律動に合わせて、晶も腰を揺らす。
佐伯の肩を掴む指先で爪を立て、静かに佐伯を見下ろした晶は、潤んだ瞳でそっと微笑んだ。

「要……、も……気持ちいい?ちゃんと、俺で……感じてる?」
「あぁ……勿論」
「……良かった。俺も、……すげー、気持ち、いい……」
「……晶」

 佐伯も息が乱れていくのが堪らなく嬉しい。求められるのと同じだけ与えて、互いの愉悦を奪い合う。締め付けてくる晶の中で、佐伯が眉根を寄せて短く呻き、言葉を告ぐ。

「ずっと、お前をこうして抱いて、……俺だけの物にしたいと、思ってた」
「……ん、……んっ……うん……、……」
「――俺の全てを、刻みつけて……、他の誰にも渡さない」

 独占欲を隠す事もなく、そう言い放ち佐伯は奥へ奥へと突き上げる。徐々に激しく奥を突かれ、目の前の景色がグラグラと揺れる。こんなに激しく求められる 事等今までなかった。佐伯の狂おしいほどの愛情に呼応するように晶の胸が疼く。自身の中にある貪欲な乾きが、満たされていくのをはっきりと感じる事ができ る。セックスってこんな悦かったっけ……。そう思うほどの快感が全身を支配するのが心地よかった。

「要っ、あぁっ…………っく、……ッ」

 浅いところから一気に奥へ突かれ、中で快楽の在処を幾度となく擦られれば、晶のペニスは触れる物がなくてももう限界が近い。抑えていたはずの喘ぎはもうすでに止める術を無くし、絶え間なく声が漏れる。

「マジで……ヤバ……っ俺、また出……ちゃ……、んっ、ァ、ァッ」
「晶、ちゃんと俺を見てろ……、感じてるその顔で――もっと俺を煽って見せろよ」
「んん、――はぁ、アッ、ぁ……かなめ、ッ……ィっ、……」

 ソファが軋む音と、佐伯の荒い息づかいが混じり、すぐそこで聞こえるはずの声が遠くに聞こえる。流れ落ちる汗の滴が躯を伝い長距離を走ってきたかのように心音が鳴り止まない。仰け反る白い首筋から色香が滴り落ちるのを佐伯の瞳が捉えていた。

「――晶、……」
 晶の前で揺れるペニスを佐伯が握り、刺激を加えると晶のペニスから放たれた二度目の精が佐伯の腹と胸に飛散した。
「は、ぁ、――ぁぁっ……ぃっ、……要ッ……、……!」
「……く、……っ……」
達すると同時にきつく締め付ける蕾の中で、佐伯も欲望を散らす。

 こめかみから伝う汗を腕で拭うと、佐伯が晶の躯からゆっくりとペニスを引き抜く。倒れ込んでくる晶の躯を抱き止めると佐伯は晶の髪をかきあげてその横顔へとキスをした。
 一晩限りの遊びでするセックスではこんなに満足感を得ることは出来ない。いつもどこかで「こんなものか」と思いながら抱く事しかなかった。晶の重みを胸に抱いて、佐伯はその違いを思い知る。

 部屋には乱れた呼吸音だけが暫く響いていた。ピクリとも動かない晶が少し心配になり、顔を覗き込む。泣き黒子の丁度真上、愉悦と汗で濡れた睫に透明な滴がたまっている。佐伯が指先でそれを拭うと、晶は閉じていた目を静かに開いた。

「おい、生きてるか?」
「あー……うん、何とか……でもちょっと瀕死……」

 けだるい声が返ってきて思わず佐伯は苦笑する。少しして晶が体を起こし、佐伯の上から移動するとソファへと座る。側にあるティッシュであらかた汚れを拭き取ったあと、疲れ切ったように溜息をつき、背もたれへと体を沈めた。

「こんなに体力消費するセックスとか……初めて……あー、腰いてぇ」
「若いくせに情けない奴だな」
「要はへーきなんだ?オヤジのくせに」
「俺は今すぐにでも、もう一度お前を抱けるぞ?」
「……マジやめろ。俺を殺す気かよ」

 冗談とも本気ともつかない佐伯の言葉に晶が構えて佐伯との距離を取る。そんな晶がおかしくて、佐伯は笑うと脱ぎ散らかしてあるシャツを拾って晶へと渡し、自分も羽織る。
「ほら、とりあえず着ておけ」
緩慢な動きで渡されたシャツに腕を通す晶を引き寄せると、晶が驚いたように佐伯を見る。

「安心しろ。さっきのは冗談だ。俺もそこまでがっついてるわけじゃない」
「本当かよ?」
「あぁ」

 まだ疑いの視線を向ける晶に佐伯は溜息をついて、テーブルへと置いてある煙草を取り出し火を点ける。ゆっくりと吸い込み、長く紫煙を吐き出すと隣にいる晶に顔を向けた。

「どうだ、少しは慣れたか?」
「……え?何が?」
 晶も体を起こすと同じように煙草に手を伸ばす。
「男とやるのは初めてだったんだろう?少しは抵抗が薄れたかという意味だ」

 晶のライターはオイルが少ないらしく、何度かカチカチと押しても火がつかない。見ていた佐伯が自分のライターで着火し晶の煙草の先へと火を灯す。深く吸い込んで火種を昇らせると晶はそのまま煙と共に呟いた。

「……うん。自分でもビックリだけどさ、何か全然大丈夫だった……多分、要だから、かな」

 そういって照れたように顔を背ける晶に佐伯の中で愛しさがつのる。晶の口から出る何気ない一言は、今まで佐伯が欲しくても手に入らなかった物ばかりだ。

「……そうか」

 佐伯は一言返し、もう一本煙草を取り出し、ゆっくりと火を灯した。  
 
 
 
        *     *     *
 
 
 
 
「あー、サッパリした~。タオル、風呂場にあったの勝手に使っちゃったけど、OK?」
「あぁ、構わん」

 シャワーを浴びた後、濡れた髪をタオルで拭きながら晶がリビングに入ってくる。洗いざらしの髪はいつもより長くて、普段の晶とはだいぶ雰囲気が違う。水も滴るいい男とはよくいったもので、晶を見ていると、ホストとしてトップの座にいるというのも納得がいった。

 先にシャワーを浴びた佐伯の隣に腰をおろすと、ミネラルウォーターのボトルに口をつけ、ゴクゴクと飲んでいる。反らせた喉に浮かぶのど仏がその度に上下 する。濡れた髪を手櫛で掻き上げ、テーブルへと手を伸ばすと晶も煙草を取り出して咥える。その仕草のひとつひとつにも野性的な色気が存在していた。
 毛先にツゥーッと流れて溜まる水滴がポタリと肩へと落ちる。鎖骨を伝ってその滴が肌を転がるのを見ていると、その視線に気付いた晶が振り向いた。

「ん?どうかした?あ!もしかして、俺の格好よさに惚れ直しちゃったとか?わかるわかるー。俺いい男だもんなー」
「……勝手に言ってろ」
「ひっでぇなー、要。マジ冷たすぎでしょ。もうちょっとノってくれてもいいんじゃね?恋人なのに」
口を尖らせる晶に、佐伯も小さく笑う。
「お前はいい男だ。どうだ、これで満足か?」
「…………めっちゃ棒読みだけど、まぁ今日は許す」

 晶は笑いながら、煙を天井にむかってゆっくり吐き出す。こんな事を言っているが、いざ真面目に褒めよう物なら、途端に照れて、「止めろ」と言ってくる事はわかっているのだ。

 久々にゆっくり寛いだ時間に今まで蓄積していた疲労が少しずつとれて行く気がする。隣にいる晶はテレビの電源を入れて番組をあちこちへと変え、漸く決 まったチャンネルのバラエティを観ながら笑っている。一人の時は、風呂からあがったら暫く身体の熱を冷ますために本でも読み、その後寝室へ向かい寝るだけ だった。同じ時間でもと今とは全然違う。以前の佐伯ならプライベートな時間を誰かに乱されるのは苦手だった。例えそれが家族でも恋人でもだ。

 しかし、晶と一緒に時間を過ごしていても煩わしいと感じる事もなければ、早く一人になってゆっくりしたいと思う事も無い。隣で聞こえる笑い声も、傍にある体温も、前からずっとそうであったかのように佐伯の中へとスルリと入ってくる。
 もう長いこと感じた事の無い感情。忘れかけていたそれを晶は容易く佐伯へと思い出させた。

「晶、ホストは楽しいか?」
「んー?どしたの急に」
「別にどうもしないが、聞いてみただけだ」
「まぁ、たまにきつい時もあるけど、でも楽しいよ?だってさ、毎日働く場所だぜ?楽しくなきゃやってらんないっしょ」
「……そうか」

 晶らしい予想通りの答えが返ってきたことに佐伯は満足する。多分、同じ事を聞かれたら、今の自分は「楽しい」と答えることは出来ないだろう。
 テレビがコマーシャルになり、隣にいる晶が何かを思いついたように佐伯へと振り向く。

「あのさ、要も明日休みなんだよな?」
「あぁ」
「俺、行きたいとこあるんだけど付き合ってくれね?」
「何処に行きたいんだ?」
「うーん、それは、ついてからのお楽しみっつー事で」
「まぁ、いいだろう。付き合ってやるよ」

 晶とは会う時間が合わないせいで、まだちゃんとしたデートらしきものをした事が無い。何処へ行きたいと言っているのか分かりかねるが、時間は沢山ある。 佐伯は深く煙を吸い込み吐き出すと、晶の観ているテレビ画面へと共に目を向ける。画面の中の笑い声でさえ、今夜は悪くないと思った。