尚が浮気をしている
俺がそれに気づいたのは2週間前でそれは多分、今も続いている
顔に出さない尚が俺に浮気を悟られるなんて
よっぽど新しい恋人に夢中という事なのだろうか
いつかこういう日がくるかもしれないとは思っていたが
まさか、本当になってしまうなんて……
 
 

―処方箋は恋人―

 


 
俺は悲観に暮れながらも真実を聞けないでいる
「尚、お前、浮気してる?」
その一言がどうしても言えない
言ってしまって認められたら本当に終わりになってしまう
「先生、よく気付きましたね」
なんて感心された日には俺は一生立ち直れないと思う
言わなければ……このままでもう少しいられるかもしれない
尚は相変わらず優しくて、どういうわけか週末にはちゃんと俺のマンションへも遊びにくる
しかし、以前のように次の日が日曜でも泊まっていくことはなくなった
終電がなくなる前には、「また来ますね」そう言って笑顔を残して帰ってしまう
──今日も帰ってしまうのか
俺は隣でテレビを見ている尚の顔を見ながらぼんやりと考えていた
 
 
「……尚、お前さ……」
「はい?何です?」
 
テレビを見ていた背中が自分へと振り向き、どうしたの?と言う風に首をかしげる
 
「……、あのさ」
「はい」
「あぁ、いや、そ……、そのお前……、う、う……」
「え?」
 
──浮気してるだろ
 
今ならサラッと聞けそうな気がしたけどやっぱりだめだった
 
「う……、うなぎ。そう!!うなぎ好きか?」
「うなぎですか?えぇ、まぁ、食べますけど……、急にどうしたんです?」
「うまいうなぎを食わせてくれる店を…教えてもらってさ!あー……、えと……、今度……、行ってみるか」
「ええ、そうですね。あ……、でも、あれ?……」
 
 
尚が俺を見て苦笑している
さすがに今のは無理があり、尚に気付かれたかと思い
俺は一瞬嫌な汗を掻いた
 
 
「な……、なんだ?」
「先生、寿司屋にいくと、あなごは嫌いで食べませんよね?うなぎなら平気なんですか?似ている気がしますけど」
 
──しまった……
 
俺は咄嗟に「う」がつく言葉を選んだはいいが
自分がうなぎなど嫌いだと言うことをすっかり失念していた
鋭く、尚に指摘され俺は動揺を隠せないでいる
今更「うどん」にしておけばよかったと思いながら俺は何とか誤魔化しの言葉を続けた
 
 
「あぁ、えっと、うなぎは大好き……、だ。ここ最近な」
「へぇ……。そうだったんですか。じゃぁ今度一緒に連れて行ってくださいね」
「おう」
「あ……、もうこんな時間だ。僕そろそろ帰りますね」
 
 
そう言って立ち上がった尚は、時計を見ると少し慌てたように荷物をまとめ始めた
時刻は11時30分
今日もやはり帰ってしまうらしい
俺は引き留めたい衝動をこらえて自分も立ち上がった
わざと鞄を隠しておけば探す間だけでも、もう少し長くここに尚がいてくれて
そして靴も隠せば帰れなくなってずっといてくれるだろうか
そんな子供じみた独占欲を俺は押さえつけていつも通り振る舞った
支度をすませ、家に来たときのスーツをまたしっかりと着込んで尚が振り向く
手で俺を呼ぶと近づいた俺をそっと抱きしめてきた
 
 
「……、尚」
「先生、そんなに寂しそうな顔しないで下さい」
「……、別に……、寂しくなんか……、ないに決まってる」
 
──そう、寂しくはないはずだった今までは
 
 
俺の言葉を尚は聞いていたのかどうかわからないけど、腕をそっとはずすと
いつものように「また 来ますね」そう言って出て行った
俺は尚の出て行ったドアを馬鹿みたいにずっと見ていた
今でも十分優しい尚
いっそ、二股をかけられていてもいいから尚に去って欲しくなかった
鍵を閉めて部屋へ戻ると
尚が消し忘れていたテレビがちっとも面白くないコントをやっていた
妙なテンションで、掛け合いをするそのテレビ越しの声を聞きながら俺は座り込んだ
ちょっとだけ声をだせば寂しさも紛らわせることが出来るだろうか
 
 
「ははは……、最高……、面白れぇ……、わけないか……」
 
 
余計に惨めになった俺は転がっているリモコンで目の前のテレビを消す
部屋が一気に静まりかえった
この部屋ってこんなに広かったのかと俺は空間を見ながら思った
 
 
尚がいてくれれば、どんなにくだらないテレビ番組でも
どんなに好きじゃない音楽でも
見ているだけ聞いているだけで時間はあっという間に過ぎた
俺はビデオデッキのデジタル時計をじっと見て
やけに長い一分を見つめた
 
 
さっきまで尚が着ていた俺の貸したシャツが畳まれて隣にある
それを引き寄せるとまだ尚の匂いがして側にいるように感じた
シャツをくしゃっと抱きながら俺は無意識に下着の中に手を入れていた
一時間前まで尚の手が触れていた部分を思い出すようになぞるとそれだけで屹立が頭をもたげた
熱いそれを包むように握り上下へとゆっくりと扱く
左利きの尚がやるように真似て動かせばすぐに鈴口から蜜が零れて濡れた音が響く
 
 
「………っ、…ハァ……な……尚っっ……」
 
 
あっという間に昇りつめた俺はシャツの中で勢いよく射精した
どうしようもなく寂しかった
吐き出した精液が余計に空しさを増長させる
 
──しっかりしろよ……俺
 
自分で小さく呟くと俺は汚れたシャツを洗濯機に放り込んでシャワーを浴びた
 
 
 
 
 
   *          *          *
 
 
 
 
 
それから三日が経った
その日は朝から少し体がだるかった
いつもならすぐに目覚ましを止めて起き出すのに、耳元で鳴り響く目覚ましをやっと止めると
俺は何度も大学を休もうかと考えた
しかし、もうすぐテスト時期に入るというのに教師が休むというわけにもいかない
散々迷ったが結局俺はのろのろと起きあがると支度をはじめた
こんな日に限って外はどんよりと曇っていて今にも雨が降りそうな天気だった
朝食を食べる気力もなくて俺はキッチンで水を一杯だけ飲むとそのままマンションを出た
ここずっと明らかに寝不足が続いている
尚の事を考えれば考えるほど眠れなくなり
明け方になってやっとうつらうつらするという連続だった
しかも、時期的に毎日の温度差がはげしく、どうやら少し風邪を引いたようだった
 
いつもと同じ満員電車に揺られながら地下鉄の駅を通り過ぎる
だいたい次の駅で乗り換えの客がほとんど降りる
俺は今日も目星をつけて一人の会社員の前に立っていた
別に座らなくてもいつもなら平気なのだが、今日は立っているのが苦痛である
 
──運良く次の駅で降りてくれ、頼む
 
心の中で目の前の見知らぬ会社員に願掛けをして俺は手すりにつかまっていた
電車が駅に着き人が一気に降りていく
我先にと周りに立っていた人達が空いた座席に着席する中
俺の勘は当たったようだった
会社員が席をたったのだ
俺は よし! とばかりに座ろうとした
しかし、俺の予想は別の形で裏切られた
隣に立っていた母親らしき女性が言葉で圧力をかけて俺の目の前の席を予約してしまっのだ
 
 
「まぁー、良かったわね。伸ちゃん、お靴は脱いでねちゃんと」
 
 
そう言うが早いか可愛くないガキがちゃっかりと俺の目の前の席へ座った
俺はため息をつき大人げなく子供を少し睨んでやった
今日の俺は具合も悪ければ機嫌も悪い
 
 
──ガキは元気なんだから立ってろよな……
──電車の座席ってのは俺達みたいな税金払ってる働く人間が座るんだぞ
 
 
俺は全く道理の通っていない悪態を心の中でついた
しかも、子供の足がさっきから俺のひざにガシガシと当たってきている
 
 
──おい、母親どうにかしろ
 
 
虫の居所の悪い俺は母親までもに腹を立て隣をちらりと見る
俺の視線に気付いたのか母親が小さな声で子供を窘めた
 
 
「伸ちゃん、だめでしょ!怖いおじさんが怒ってるよ」
 
──怖いおじさん………、って俺か?
 
 
もう、どうでもよくなった俺は次の駅で車両を変える事にした
早くそうすれば良かったのだが
座れなかったせいもあり俺は益々具合が悪くなってきていたのだ
車両を移動する労力もあるかわからなかった
車内でもあるせいかさっきから何だか息苦しい
車に酔った時と同じような状態になってきて
ネクタイを少し緩めてみたが気分の悪さはいっこうになおらず
それどころか立っていられないくらいになってきた
 
 
──ヤバイな……、あと二駅なのに……。
 
 
俺は一度下車しようかとも考えたが二駅くらいならと扉近くに背を預けて目を閉じて耐えた
しかし、結局は二駅を我慢できるほどの状態ではなかったらしい
あと一駅でつくというのに俺の意識は突然ブラックアウトした
 
 
 
 
 
    *        *       *
 
 
 
 
 
駅員室に運ばれたらしい俺は、足が半分以上飛び出るサイズの
安物ソファへと寝かせられていた
目が覚めた瞬間、ここはいったい何処だ?と慌てたが
だんだん状況がはっきりしてくるにつれて駅員室である事がわかった
大人になってから電車で倒れたのは初めてで、日頃健康な俺は急に恥ずかしくなった
しかも、その原因ときたら恋煩いだ
仕事とプライベートはきっちりわけているつもりだったのに
自分の健康管理もままならないほどの現状に俺は情けなくなった
目が覚めた俺に気だるげな駅員の声がかかる
 
 
「お客さん?大丈夫?今ね、えっと……、誰だったかな……、あぁ、そうだ。藤堂って人だ。藤堂って人呼んだから」
「あ……、すみません、俺、ご迷惑をおかけして申し訳ない……」
 
 
起きあがった俺に、まだ寝てたら?といいそれ以上は何も言ってこなくなった
少しハッキリしてきた頭で俺は今駅員が言った言葉を反芻する
 
 
──藤堂って人を呼んだのか……って藤堂……。
──え!?尚を!
 
 
何故、駅員が尚を呼んだのか
それよりこんなみっともない姿を尚にみせるのは避けたかった
 
 
「あの」
「はい、どうしましたかー?」
「藤堂に連絡をいれたのは何分前でしょうか?」
「あぁ、えっとどうだったかなー……、30分くらいかな……、お客さんの上着にね。一枚だけ名刺が入ってたんで勝手に連絡したんだけどよかったかい?」
 
──いいも悪いも30分前に連絡したというのだから今更な話しだ
 
俺は項垂れたままで返事をする
 
「そ……、そうですか」
 
 
30分前に連絡をしたとなれば、そろそろ到着してしまうだろう
そう思ってますます項垂れている俺に駅員は不思議そうな顔をした
案の定その直後、駅員室へと走ってくる足音がきこえドアが勢いよく開かれた
駅員室にいる全員がいっせいに尚のいるドアに視線を集める
 
 
「先生」
 
 
珍しく慌てた様子の尚が息を切らして立っていた
出勤の途中だったのか尚もスーツを着ている
そんな尚が俺を先生などと呼ぶ物だから駅員はぽかんとした顔で俺達を交互に見やった
倒れた時より気分もよく、どうにか立てそうなぐらいには回復していると思い込んだ俺は
隣に置いてあった鞄を掴むと立ち上がった
いつまでも駅員の好奇の視線を感じているのが非常に居心地が悪かったからだ
しかし、立ち上がった途端にまた激しい目眩が襲ってきた
慌てた様子で俺を支えた尚が酷く心配そうな顔で覗き込んでくる
 
 
「ダメですよ。急に起きあがっちゃ」
 
 
尚の腕に捕まり、俺はどうにか体勢を立て直すと小さく尚に問いかける
 
 
「……、お前、会社は?」
「半休とりました。それよりどうしたんです?」
「………、風邪、だと思う」
 
 
尚に支えられながら俺は駅員に再度、礼を言いそのまま駅員室を出た
ホームに戻る間も尚はほとんど俺の足が浮くぐらいに強く抱きかかえている
みっともないのはわかっているが
自分ではまともに歩けそうにないので俺は仕方なく尚のされるがままになっていた
通勤ラッシュが過ぎ、一気に人の減ったホームには俺達しかいなかった
尚が駅のベンチに俺を座らせ自分も隣に座った
とりあえず俺は学校へと理由を説明し今日は休みにしてもらい携帯を切った
 
 
「びっくりしましたよ……。急に駅員の方から【沢村 昭吾さんの知り合いか】って聞かれて、はいって答えたら……、倒れたって言うから」
「……、悪い……、迷惑かけたな」
「そういう事はどうでもいいんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「あぁ……、尚も、もう会社に行っていいぞ。俺は少しここで休んで今日は家へ帰るから……」
「ダメですよ。ちゃんと会社にも言ってあるし、家まで送ります。というか……、もう………、本当に……。寿命が縮まりました……」
 
 
尚は腰掛けた長い足の間に腕を落としがっくりと肩を落とした
こんなに心配してくれている尚を見るのははじめてだ
いや、そうじゃないのかもしれない
俺は尚が、あまり感情を露わにしないのを理由に
尚の少しの表情を読み取る努力をしなかっただけなのかもしれない
付き合いが長くなったからと言って甘えているのは俺の方なのだ
こんなんだから尚にも愛想を尽かされ、隠れて浮気をされてしまったのかもしれない
 
黙り込んだまま数分が経ち
その後、ホームへと電車が入ってきた
ガラガラの車両に尚と腰掛ける
 
 
「着いたら起こしますから、眠っていいですよ」
「あぁ……、そうだな」
 
 
俺は眠くはなかったが、眠ったふりをした
尚が俺の肩を少しだけ自分に引き寄せ、楽な体勢になるように寄りかからせてくれる
優しく何てしないで欲しいのにと心の中で思い
しかし、それとは裏腹に尚のいつも通りの優しさに安心している俺自身も確かに存在した
 
最寄りの駅に着きTAXIで帰ろうと尚が言ったのだが
今、車に乗ったら益々気分が悪くなりそうだったのでそれを断り
俺達は自宅までを言葉もなくゆっくりと歩いた
話すことがないわけじゃないのにうまく頭がまわらず
尚も具合の悪い俺に気を遣っているのか話しかけてもこなかった
自宅へとついた俺は、詰めていた緊張を解きため息をついた
先に部屋にあがった尚が俺に肩をかしてベッドまで運んでくれる
 
 
「取りあえず横になって下さい。スーツ自分で脱げますか?着替えないと」
「あぁ 自分でやれるから……」
 
 
俺はスーツやYシャツを脱ぎながら、尚が、喉は渇いていないか?だとか
食べたいものはないか?だとか色々ときいてくるのに曖昧に返事を続けた
やはり風邪なのか熱っぽいようだ
スーツを床に脱ぎっぱなしにしたまま俺は布団の中に潜り込んだ
自分の吐く息がやけに熱い
背後で尚が俺の脱ぎ捨てたものを片づけ、その後ベッドの脇へと座ったのがわかる
布団の隙間をうめるように尚が手で押し込み、そしてゆっくりと立ち上がった
 
 
「じゃぁ、僕は行きますけどちゃんと寝てて下さいね。今日は残業しないで薬買って帰りに寄りますから。それまで安静にしていること。いいですか?」
「来なくても平気だ……、行けよ」
「……、先生」
 
 
尚がもぐった俺の布団の上をめくる
視線がぶつかった俺はそのまま尚から目を離せなくなってしまった
そっけなくしていた俺の顔を尚が寂しそうな表情で見つめている
こんな時に、そんな顔をするなんて反則だ
俺はそう思いながら布団を自分でも少し下げる
 
 
「僕の事嫌いになりましたか?」
「別に……、どうして?」
「僕はあまり面白い人間ではないから……、いよいよ愛想をつかされたのかと……」
「はい?」
「飽きたんじゃないですか?僕といるのが」
 
 
俺は突然まったく意味のわからない事を言い出した尚に上半身を起こした
クラクラとする頭を抑えて眉を顰める
尚が支えるように伸ばした腕を力なく俺は払いのけた
 
 
「お前何言って……ったく、具合が悪くなったのは尚のせいなんだぞ」
「え?僕の?」
「そうだよ……、お前がその……、浮気なんてするから」
 
 
ついに俺は言ってしまった
熱のせいだから何でも言えるんだと自分でも自棄になっていると思う
 
──どう答える?尚
──誤魔化すのか?いつもの得意のポーカーフェイスで
 
そう思って見上げた俺は次の言葉で拍子抜けした
 
 
「浮気って……?誰がですか?」
「誰ってお前に決まってるだろう。俺はだから……、振られるのかと覚悟してだな……、そう……覚悟……。したはずだったんだが……、やっぱりダメで……、それで……」
 
 
尚が困ったような顔をして俺の頭へとぽんと手を乗せた
その後、疲れたようにベッドの上へと場所をかえて座った
 
 
「どうして先生はそうやって、一人で思いこんじゃうんです?僕が浮気しているなんて、誰かから聞いたんですか?」
「いや……、聞いた訳じゃないけど、でも」
「でも、何です?」
「おかしいと思うだろう?普通、お前、最近絶対に泊まらなくなったし……。終電前になるとそわそわしたりしてさ……、だから。何か彼女でも出来て、とか……、とにかくそう思ったんだ」
 
 
呆れたような長いため息の後尚が言い聞かせるように言葉を続ける
 
 
「いいですか?先生、僕は浮気なんてしていません。ただ、猫を拾ったんです」
「……、ねこ…って?」
「猫って、動物の猫ですよ。マンションのベランダに迷い込んできてて、飼い主が見つかるまで僕が飼っていたんですけど、一昨日、飼い主が現れたんですよ」
「じゃぁ……、そいつのために帰ってたっていうのか?」
「ええ、そうですよ。まだ赤ちゃんだったので心配で」
「………、だったら」
 
 
俺は俯せになり枕に顔をうめて呟くように続けた
 
 
「だったらどうしてもっと……、早くそれを俺に言わなかったんだよ……」
「だって先生猫アレルギーだって言ってたじゃないですか」
「猫アレルギーだろうが関係ないっ!もういい!どっか行けお前」
 
 
こんな結末があるだろうか
散々悩んだあげくに俺は具合まで悪くして、今だって熱が出て頭が痛いのに
その原因がただの猫で、しかも俺の一人芝居だったなんて
俺は、ますますこの時、猫が嫌いになった
だけど、猫は呪いたくなるほどむかついたが
それの100倍くらいは嬉しかった
格好悪い一人芝居をしていたとしても、尚がこれからもこのまま側にいてくれるなら
もう、何もかも良いことのように思えてきた
尚が枕に顔を埋める俺のこぼれ落ちる髪を指で梳いてくる
そして顔を近づけるとそっと呟いた
 
 
「僕も寂しかったんですよ……。先生の寝顔をみられないのは。だから飼い主がみつかるまでは、昭吾って名前をつけて一緒に寝ていたんです」
 
 
俺はその一言で一気に熱が上がった気がした
これ以上具合が悪くなったら死んでしまうかも知れない
それなのに何故かぼうっとした頭は気持ちよくて俺は近づいていた尚の頭を軽く叩いた
 
 
「馬鹿かお前は。俺は猫じゃないぞ」
「痛いなぁ……、もう、わかってますよ、そんな事」
「わかってないっ」
「じゃぁ、これで許して下さい」
 
 
尚が無理矢理俺の顔を表にしてぎゅっとつむった瞼にキスをした
 
 
「猫よりずっと……、大好きです」
「………」
 
 
そう言うと尚は立ち上がる
俺は、まんまと流されていると思う
尚のキスで許してしまう自分はあまりに単純で馬鹿なんじゃないかとも思う
だけど、俺は背を向けたままで、出て行こうとするその尚の背中に声を掛けた
 
 
「尚……、薬、早く買って帰ってこないと。俺は死ぬかもしれないからなっ!」
 
 
尚が はいはい とあしらうように笑いながら言い、そして行ってきますと部屋を出て行った
朝と天気は変わらず曇り空だった
俺はカーテンの隙間から空を見上げて少し目を細めた
曇りでもやけに眩しく感じる
それは熱のせいなのか
 
 
──それとも……
 
 
そんな事を考えながら俺は今までの睡眠時間を取り戻すかのように深い眠りについた
眠った後、目が覚めたら尚がいる
多分それは俺にとって最高の薬になるはずだから
 
 
 
 
 
 
 
END