ジンクス 


 

 
 

人は俺の事をかつぎやだと言う
否定はしないけど、あまりそう言われるのは好きじゃない
ただ俺はジンクスを信じているだけ
 
例えば普通に街を歩いていたとする
電信柱との間を10歩で必ず歩ききると自分で決めてみる
そう決めただけで普段の何気ない風景が意味のあるものに変わる
その緊張感がたまらなく好きなんだ
 
 
この事を尚に話したら
尚はすっと俺の額に手を当てて
「先生、熱でもあるんですか?」と真面目な顔で言った
 
 
今日も俺はひとつ決め事をしている
待ち合わせの場所に尚がすでに到着していたら今日はいい事がある
逆にまだいなかったら悪いことが起きる
そう決めていた
本当はいい事だけ決めてもいいんだけど
何となくそれはずるいような気がして
一応、罰も決めてみた
もし尚がきていなかったら俺は甘んじて罰を受けようと思う
 
 
家をでて路地をまがって駅に向かう
今日はあまりいい天気じゃない
俺は用意周到な性格なので折り畳みの傘を持ってきた
 
駅まであとわずか
 
口うるさい自転車整理のおやじが今日も駅前を偵察していた
俺も何度か注意をされた事があって実はその時むっときた
だけど今日は自転車じゃない
俺は「ざまぁみろ」と胸の中で悪態をついた
いい気分だ
 
 
いよいよ駅が見えて尚がいるかどうか確認できそうになった
たったこれだけでドキドキする
それは自分でさっき決めたジンクスのせいもあるけど
80%はそうじゃない
尚と待ち合わせをする時はいつもこういう風にドキドキしてしまう
 
 
アスファルトに目を落とし
尚を探すのを先延ばしにして自分を焦らしてみる
もう駅についているのだろうか
 
 
俺は結局、俯いたまま改札口までついてしまった
思い切って顔をあげて周りを見渡すと急に俺の後ろから声がした
 
 
「先生、何か落としものですか??」
 
 
不思議そうな顔で覗き込んできたのは尚だった
 
 
「尚!?もうきてたのか」
「ええ。ちょっと早めについたんですよ」
 
 
俺は嬉しくなって尚の手を握り
ハッと我に返って慌てて手を離した
尚はそんな俺を見て目を細め頭にポンと手を置いた
先生である俺に向かってまるでガキ扱いだ
すらりと長い腕を頭に置かれて俺は少し自分が情けなくなる
 
実は俺は尚より4つ歳が上だ
だけど誰が見ても逆に見えるらしい
尚は背も高かったし大人っぽい顔立ちで
童顔の俺とはどうみてもタイプが違う
 
 
実際、先生と呼ぶ呼び方は正しくない
俺と尚が出会った時は俺は先生で尚は生徒だったのだが
それはもう去年までの話で、尚は今は大学を卒業して働いている
だからもう尚にとって俺は先生ではない
しかし、呼び名というのはなかなか変えづらい物で
ずるずると今も尚は、俺の事を先生と呼んでいる
呼ばれ慣れている先生という響きも、尚が口にすると別の意味に聞こえ
俺はどきりとしてしまうのだ
 
 
 
 
 
 
「先生、今日何の映画みるか決めてきました?」
 
尚に話しかけられて俺はピックアップしておいた映画を伝えた
ちゃんと雑誌で上映時間もチェックしてある
尚は長身を屈めるようにして雑誌を覗き込むと印をつけている箇所を見て苦笑した
 
 
「じゃ……、僕はこっちにします。時間も同じくらいに始まるみたいだし、丁度いいですしね」
「あぁ、そうだな!じゃぁ、いこうか」
 
 
二駅先にある映画館に向かった俺達は上映時間前に辿り着くことが出来た
尚が窓口でチケットを買っているのを見て俺はある事にきづいた
何故別の所で一枚ずつ買っているのか
その時俺はまだ、さっきの尚の台詞の意味をわかっていなかったのだ
チケットを買った尚が戻ってきた
 
 
「はい。これは先生のぶんです」
「……あぁ」
「じゃぁ 見終わったらまたここに集合しましょう」
「……尚」
「はい、なんですか?」
「尚の見る映画って……どれなんだ?」
「僕ですか?僕はこれですけど……、どうかしましたか?」
 
 
尚が渡してきたチケットは俺の持っているのとは違う映画のものだった
俺は泣きたくなった
普通、一緒にデートすると言ったら同じ映画を見る物ではないのだろうか
それで見ている最中に手を握ってみたり
見終わったら感想をいいあったり……
尚は時々、俺の予想を裏切って突飛な行動にでる事がある
でも俺はいつもそれを言えない
悪気があるわけではないようだし
自分はいくら童顔とはいえ尚より年上なんだから
我が儘をいってはいけない気がしていた
 
 
「別に……、何でもない。それじゃぁ……、見終わったらここで待ってるから」
「はい、じゃぁ また後で」
「……あぁ」
 
 
尚が違う映画観に入っていくのを見て
俺も仕方なく映画館に入った
凄く見たかった映画なはずなのにちっとも楽しみではなくなっていた
本当は、映画なんかどうでも良かった
尚と一緒に見れるなら別にこの映画じゃなくても全然よかった
しかし、もう入ってしまったものは仕方がない
俺は適当な席につくと盛大にため息をついた
 
映画がはじまっても肝心の内容は全然頭に入ってこず
考えているのは尚の事ばかりだった
尚は、俺と少しでも一緒にいたいと思ってくれないのだろうか
自分の愛情の方が多いような気がして凄く不安になる
尚は学生の頃から結構モテていた
本来なら年上で男の俺なんかと恋人でいるのがおかしいのかもしれない
悪い癖で考え出すとどんどん悪い方へ考えてしまう
感動するような映画でもないのに俺は思わず涙ぐんでしまった
こんなに後悔するならさっきやっぱり勇気を出して
同じ映画を見たい。と言えば良かった
 
まだ別れてから1時間くらいしかたっていないのに
ひどく寂しくなった
ジンクスでは良いことがあるって結果をだしたのに
少しもいい事がない
いや、寧ろ罰をうけているほうだと思う
 
俺はもうどうでもよくなって
まだ中盤の映画を放ってロビーにとぼとぼと歩いていった
暗い中を歩いて扉をあけると目が慣れていないせいかやけに明るく感じる
 
 
 
だけど眩しかったのは光りのせいじゃなかった
 
 
「尚!?どうしてここに」
 
 
暗闇からでてきた俺を迎えてくれたのはロビーに腰掛けている尚だった
いつからいたのか足を組んで煙草を吸っていた
俺に気付くとにっこり笑って吸いかけの煙草を灰皿へ落とした
何が何だかわからずに俺はとにかく尚の側へ行って腰掛ける
俺の目が潤んでいる事にきずいた尚が映画館を見渡した
 
 
「この映画そんなに感動できる話しだったんですか?」
「…………そうじゃないけど」
「でも、じゃぁ……、何で泣いてるんです?」
 
 
尚が俺の頬をそっと指でなぞる
尚の優しげな瞳に捕らえられて
俺はさっきまでの不安が安心に変わって急にどっと押し寄せ
言葉につまった
 
 
「出ましょうか、先生」
「あぁ……、そうだな……」
 
 
尚と俺は映画館を出た
まだ上映中だからなのか周りには人がいなかった
 
 
「すみません。映画、最後まで見ていないのに連れ出してしまって勿体なかったですね……」
「…………いいんだ、別に。でもどうして?尚の見てた映画はどうしたんだ?」
「あぁ……、いえ。さっき別れるときに先生が寂しそうだったので何か気になって……」
「……尚」
 
 
俺は尚が自分を気にしていてくれていた事が嬉しくて
今度は別の涙が溢れた
最近俺はよく泣くようになった
それは悲しい時と嬉しい時がごっちゃになって訪れるから
感情がうまくコントロールできないのかもしれない
尚といるとどうも自分の感情が押さえきれない
そんな俺をみて慌てたように尚がハンカチを出してくる
 
 
「先生……、泣くほど寂しかったですか?」
「……馬鹿、泣いてない」
 
 
俺は尚のハンカチで涙を拭うと笑った
くしゃくしゃになっている尚のハンカチは尚の匂いがした
今度は笑っている俺を尚は少し不思議そうにみていた
そして尚も笑った
 
 
「僕達っていったい何をやっているんでしょうかね」
「あぁ……、まったくだ……」
 
 
ふと見上げた空は曇りからいよいよ雨になってきた
すこしずつ俺達を濡らす雨に俺は用意してきた傘をさす
ひとつしかない傘からはみ出ないように尚が俺の肩を引き寄せた
 
 
「尚、お前、濡れてるんじゃないのか」
「濡れてるのは先生でしょう?もっとこっちに来て下さい」
 
 
そう言った尚の肩はびしょびしょになっていた
尚が腕を回して俺を抱き寄せる
そして俺は背伸びして尚の頬にキスをした
いきなりで驚いていた尚も傘を片手に俺にキスを返す
返してくれたキスは頬ではなく唇で俺はちょっと得した気分になった
 
 
 
やっぱりジンクスは本当だった
今日は良いことがいっぱいあるようだ
 
 
 
 
「思い出し笑いですか?一人だけずるいです。僕にも先生の嬉しいこと教えて下さい」
 
「……秘密だ」
 
 
 
 
少し残念そうな尚を横目で見ながら
俺は早速次のジンクスを考えていた
今度のご褒美は何がいいかなとか
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
 
 
 
私もよくやってしまうジンクスネタです(苦笑) この二人何だかどっちも天然です……。ほんと馬鹿ップル こういうキャラは初めて書いたのでうまく表現できてるかかなり微妙ですが もしかしたらまたこの二人の話をかくかもしれませんv