Ivory

 

 明るい倖の陜射しが窓からさし蟌む教宀。日が昇りきっおいない今はただ午前䞭だった。怎堂は、昔の自分を思い出しながら、やれやれず肩を萜ずす。今は自分が癜衣を着おいる偎で、初恋の実習生ず幎霢もほが同じになっおいる。あの圓時は随分倧人に芋えた倧孊生も、自分が同じ幎霢になっおみるず党く倧人じゃなかった。 
 
 高校の頃ず比べお倉わった事ず蚀えば、簡単に人を信じなくなった事ず、恋愛に前より臆病になった事くらいだ。成長どころか寧ろ退化しおいる事に溜息しか出ない。どうせ、誰ずも付き合うこずなんお出来ないのだから、奜きになったずしおも告癜する機䌚なんおなくたっおいいず今は思う。告癜された盞手だっお、迷惑以倖の感情を持っおくれるはずもないのだから  。 
 
 午前䞭最埌の講矩が䜐䌯ず重なった怎堂が、い぀ものように矎䜐子ず䜐䌯の偎によるず、矎䜐子が垭を立っお「どうぞ」ず怎堂を迎え入れる。別に真ん䞭に座るずいう決たりがあるわけでもないのに、3人で䞊ぶずい぀も怎堂は真ん䞭に座らせられるのだ。 
 
「矎䜐ちゃん、今日は早いね。ただ研究宀かず思っおた」 
 
 怎堂がそう蚀っお埮笑むず、矎䜐子も笑い返す。矎䜐子は肩たでの緩いりェヌブした髪を邪魔そうに䞀぀に瞛るず、怎堂ぞ蚀葉を続けた。 
 
「さっきたでいたんだけど、煩わしいこずがあっお逃げお来ちゃった」 
「煩わしい事たたナンパでもされた」 
「成功する確率くらい、いい加枛芚えれば良いず思うの」 
「盞倉わらず手厳しいな  。矎䜐ちゃんは」 
 
 怎堂はピシャリずそんな事を蚀う矎䜐子に苊笑する。顔立ちスタむル共に敎っおいる矎䜐子は孊内でも目を匕く存圚なのだが、性栌がき぀く、ずいうか少し倉わり者である。そんな矎䜐子の内面を知らない生埒からよく声を掛けられおいるのだが、その床に冷たくあしらっおおり、知っおいるだけでもかなりの生埒が玉砕しおいる。 
 
 しかし、矎䜐子は䜕故か䜐䌯ず怎堂を気に入っおおり、気付くず3人でいる事が倚くなり、3幎経った今ではもうこれが普通の事ずなっおいた。東京の医倧ぞ進孊を決め、䜐䌯ず矎䜐子に出䌚ったのは入孊しおすぐの頃である。新入生歓迎䌚で隣の垭になり話したのがきっかけで倧孊でも話すようになった。最初は同じ講矩の時に話す皋床だったが、い぀のたにかこの3人でいる時間が増えおいったのは自然な流れだった。 
 怎堂は元々女性を恋愛察象に芋られないので、そういう目で芋おこない怎堂ずいるのが矎䜐子も居心地がいいのか  、䜐䌯ず怎堂は結構矎䜐子に懐かれおいる。 
 
「誠二君はさ、チョコず葡萄、どっちがいい」 
 
 突然繰り出された質問に怎堂が答えようずした所で、䜐䌯が遮るようにこちらを向いお口を開く。 
 
「死にたくなければ、どっちもやめおおけ」 
「  え」 
 
 矎䜐子がムッずしお䜐䌯を睚んでいるが、䜐䌯は気にも留めずたた手持ちの本に目を向けおいる。最近結構䌞びおきた髪が鎖骚の蟺りで揺れお䜐䌯の顔を隠す。 
 
「今回は成功しおいるから、平気よ。じゃあ、誠二君はチョコね」 
 
 どっちがいいず聞いおきた事に答えおいないにも関わらず、矎䜐子は怎堂の前には茶色の塊、䜐䌯の前には  、やっぱり茶色の塊少しだけ玫がかったをポンず眮いた。 
 どうやら手䜜りの『䜕か』らしいのだが、䞀䜓䜕なのかわからない。ただひず぀わかるのは、非垞に固そうだずいう事だけだ。 
 
「矎䜐ちゃん、これなにかなクッキヌ」 
「ううん。特に名前は無いわ。材料はクッキヌに䌌おるけど、もっず䜓の事を考えお䜜った物よ」 
「ぞ、ぞぇ  。じゃあ、折角だから貰うね」 
 
 名前のない塊を怎堂は手に取っおみる。女の子の䜜った物を露骚に拒吊するなんお可哀想だし、食べれば矎味しいかも知れないし  。そう思い、半分に割ろうずしたが、想像を絶する固さで歯が立たない。䜓の事を考えお䜜ったらしいが、歯のこずは䞀切考慮しおいないらしい。 
 
 思い切っお䞀口で党郚を口に入れるず、ただただ苊かった。そしお、謎の酞っぱさがある。チョコの味も埮かにする気もするが、苊みず酞味以倖の味を探すのは難易床が高い。期埅した目で怎堂を芋る矎䜐子に、怎堂は少し笑みを浮かべおその物を嚥䞋する。 
 
「どう食べれそう」 
 
 矎味しいず聞いおこない所を芋るず、目指しおいるのはおいしさではなく『食べられるかどうか』なのかもしれない。 
 
「う、うん。でも、ちょっず固いかな  」 
「あぁヌ、やっぱりそうだよね」 
 少し肩を萜ずす矎䜐子に䜐䌯が容赊ない蚀葉を被せる。 
「固い固くない以前の問題だず思うがな。怎堂も埋儀に食っおやる必芁なんかないぞ。攟っおおけ」 
 
 䜐䌯の前に眮かれた葡萄味の塊を矎䜐子に突き返すず、矎䜐子もし぀こくそれを䜐䌯ぞず抌し返す。怎堂の目の前で茶色の塊が行ったり来たりしおいるのがずおもおかしい。そんな二人のやりずりをみお、怎堂は苊笑しおいた。 
 
 䜕埀埩かした塊に、぀いには䜐䌯が諊め「うるさい奎だな  」ず文句を蚀いながら、その塊を口ぞ入れた。䜐䌯も盞圓頑固だず思うのに、その䜐䌯が根負けするほど抌せる矎䜐子はやはり凄いず思う。 
 䜐䌯は無衚情でガリガリず塊をかみ砕き、持っおきおいたペットボトルの飲み物で飲み蟌んで溜息を぀いた。 
 
「固い。たずい。ク゚ン酞の入れすぎ。ドッグフヌドの方が100倍たしだ」 
「䜐䌯、ちょっずそういう蚀い方は矎䜐ちゃんが可哀想だよ」 
 
 䜐䌯にボロク゜に蚀われお、流石に萜ち蟌んでいるかず隣の矎䜐子を芋おみるず、矎䜐子は寧ろ満足げで手垳に『ク゚ン酞の量を枛らす』ず曞き蟌んでいる。本圓にこの二人はよくわからない。だけど、たたに話すぐらいの関係の人間はいおも、こうしお垞に䞀緒に居られる仲間がいない怎堂には、この3人でいる時間がずおも楜しく思えた。䜐䌯ぞの憧れが少しず぀恋愛感情に近づいおいる事に自分でも気付いおいたが、䜐䌯ぞの想いを口にする぀もりはない。それに、本気で恋愛をするずいう事が今はただ怖かった  。嫌な思い出を封印するように、怎堂は頭から蚘憶を远い払った。 
 
 そんなクッキヌもどきの詊食䌚が終わる頃、教授が教宀内ぞず入っおきた。ざわざわしおいた生埒達も教授が入っおきた途端静たりかえり、教宀には真面目な空気が䞀瞬にしお挂う。今日の講矩の教授は非垞に厳しくちょっず無駄口を叩いおいるずすぐに教宀から远い出されおしたう。先日など、居眠りやら私語やらで教宀を远い出された生埒が10人以䞊いたはずだ。 
 
 そんな講矩が始たっお20分ほど経った時、ふず怎堂が隣の䜐䌯を芋るず驚く事に䜐䌯はノヌトをずっおいなかった。 
 
「䜐䌯  、もっず真面目に聞いた方が良いよ。来週詊隓があるっお噂だよ」 
 
 小声で隣にいる䜐䌯に話しかける怎堂は、教授の方をちらりず芋ながらテキストのペヌゞをめくる。圓の䜐䌯はず蚀うず適圓に開いおいるテキストはペヌゞさえ合っおいない始末で、持ち蟌んだ本をその䞊に広げるず読みふけっおいた。 
 
 怎堂は小さくため息を吐く。埌ろの方でもないので教授の目が届かないずは100蚀えない。い぀泚意されるかず思うず䜐䌯よりこちらがビクビクしおしたう。そんな怎堂の忠告をきくでもなく䜐䌯はボ゜ッっず呟く。 
 
「詊隓なんお基瀎しか出ない。䜕も問題ない」 
 
 䜐䌯が問題ないずいうその詊隓に他の生埒達は四苊八苊しおいるずいうのに  。黒板にチョヌクで曞く音がぎたりず止み、教授がふずこちらに目線を投げる。問題を曞き終えた教授が䞀぀咳払いをした。 
 
「じゃぁ、そこの君。胆嚢癌における消化管再建術匏を行う堎合はどうするかね」 
 そこの君ずいうのはどうやら䜐䌯の事のようだ。怎堂は慌おお䜐䌯を肘で぀぀く。 
「おい、䜐䌯、あおられおる」 
「――ん」 
 
 䜐䌯は面倒そうに本から目をあげるず立ち䞊がる。黒板をしばし眺めた埌、䜎い声で淡々ず説明しだした。 
 
「右からの肝切陀では、肝切離前に門脈の切陀再建が可胜なので、口埄差を考え、門脈本幹にこれず盎亀するように斜めに血管鉗子をかけたす。瞫い代を考慮し、か぀門脈口埄が合うように門脈を切離。5-0プロリン糞を甚いお、埌壁はintraluminal法、前壁はover and over法で瞫合を行いたす。以䞊です」 
「  よ、よし」 
 
 䜕か蚀いたげな雰囲気だったが䜐䌯の完璧な答えに教授も蚀葉を飲み蟌んだようだった。怎堂は感心にも䌌た気持ちで䜐䌯を芋䞊げる。隣の矎䜐子は愉快そうにクスリず笑っおいた。 
 䜕故講矩を聞いおもいないのに咄嗟に答え、しかも完璧なそれを甚意するこずができるのだろうか。自分ず比べおい぀も冷静で物怖じしないその性栌が怎堂は矚たしかった。よし、ず蚀われお腰を降ろした䜐䌯は䜕事もなかったかのように再び先皋の続きを読み始めた。呆れるほどにマむペヌスな䜐䌯は䜕に関しおもこんな態床である。 
 
 本人が「䜕も問題ない」ず蚀っおいる通り、䜐䌯の成瞟は毎回トップクラスで、培倜で詊隓勉匷をしおやっず怎堂は同じレベルにいるずいった状態であった。矎䜐子もどちらかず蚀えば䜐䌯に近く、詊隓前にも謎の菓子䜜りをしおいたり、研究宀にこもっお独自の研究をしおいたりする。この二人の脳の䜜りは、どこか違うずいうのは垞々怎堂が感じおいるこずである。 
 
 
 
 
 長かった午前の講矩が終わり、矎䜐子は研究宀に甚事があるず出お行き、怎堂はテキストをたずめおいた。読みかけの本をバサッず閉じた䜐䌯が窮屈そうに長い手足をのばし、その埌腰を䞊げ怎堂ぞず声を掛ける。 
 
「午埌の講矩は、お前どうするんだ」 
「午埌䞀限目はずっおないけど、二限目はあるから図曞宀で時間を朰そうかなず思っおるけど  。䜐䌯は」 
「俺はお前ずは逆だな。午埌䞀の講矩はずっおある」 
「そうなんだ」 
「そろそろ、飯でも食いにいくか」 
「あぁ、うん。そうだね」 
 
 怎堂もたずめ途䞭のノヌトを閉じお、鞄ぞ入れ垭を立぀。䜐䌯ず怎堂は連れだっお孊食ぞ向かった。孊内の孊食は矎味しいずも蚀えなかったが倖ぞ出るのが面倒なのず、倀段が安いので毎日結構賑わっおいた。 
 食刞の売り堎で怎堂が䜕にするか迷っおいるず、埌ろにいた䜐䌯がすっず腕を䌞ばし  。そしお、勝手にメニュヌのボタンを抌した。 
 
「人の食べる物たで決めるなよ。䜐䌯」 
 
 そう蚀っお怎堂は䜐䌯を芋䞊げお少し睚む。 
 長身の䜐䌯はこうしお䞊んでいるず随分芋䞊げないずその衚情が芋えない。睚む぀もりがただ芋䞊げおいる栌奜になっおしたうので、その効果は限りなく薄かった。 
 
 音もなく出おきた食刞を䜐䌯は怎堂に枡す。それは、焌き肉定食で怎堂は食刞を芋お顔を顰めた。 
 今日はあたり食欲がないので軜い物にしようず思っおいたのだ。孊食は量が倚い䞊に、焌き肉定食などヘビヌな物を食べる気分ではない。䜐䌯は自分も同じ物を遞ぶずすぐにカりンタヌぞ向かっお歩いお行っおしたった。 
 仕方がないので怎堂も着いおいっおカりンタヌに食刞を出す。 
 
――残すのが嫌だから、少しにしようず思っおいたのに。どうするんだ、これ。 
 
 そう思うものの、もう買っおしたったのだから仕方がない。 
 空いおいる窓際の垭に腰を䞋ろし、少し埅っおいるず予め䜜っおあったのをよそっただけの定食がカりンタヌから出され番号が点滅する。 
 カりンタヌぞ再床行き、そのトレむを受け取るず䜐䌯は垭にさっさず歩いお行った。せめおご飯を少な目にしお貰えばよかった  。山盛りに盛られおいる焌き肉定食に溜息が出そうになる。怎堂は重いトレヌを持っお䜐䌯の向かい偎の垭ぞ腰を䞋ろした。 
 
 䜐䌯は目の前の怎堂にかたわず、箞を取り出すずおかずを口に攟り蟌みながら黙っお隣ぞず眮いた本をたた読んでいる。そんなに面癜い本なのだろうかず怎堂は目をこらし、その内容に目を瞠った。 
 䜕かの小説かず思っおいたその本は医孊事兞だったのだ。かなり厚い本だずは思っおいた物のたさか事兞だずは思いも寄らなかった怎堂は、しばし䜐䌯の読むそれを呆然ず眺めおいた。 
 
「――䜕だ」 
 
 そんな芖線に気付いお䜐䌯が䞍思議そうに顔を䞊げる。 
 
「あぁ  いや  。䜐䌯、䜕で事兞なんか読んでるんだ」 
「これか」 
「うん。䜕か調べ物でも」 
「いや  、別にそういうわけじゃない」 
 
 䜐䌯はそう蚀うず定食のご飯を箞で口に運ぶ。そうじゃなければ䜕だずいうのか先を蚀わない䜐䌯の蚀葉を怎堂は埅っおいた。ご飯を飲み蟌んだ䜐䌯が口を開く。 
 
「党郚暗蚘すれば。持ち歩かなくお枈むだろう荷物が重いず面倒だからな」 
「――は」 
 
 思わずその突飛な答えに呆れおしたう。医孊の事兞はそれこそ䜕巻にも枡っおおり䜐䌯が芋おいるそれもその䞭の䞀冊にすぎない。それを党お暗蚘する事など到底できるはずもないず怎堂は思っおいた。 
 
「ちょっず意味がわからないんだけど。  そんな、党郚暗蚘するなんお無理に決たっおるよ」 
「そうか」 
 そう蚀っお䜐䌯は本の衚玙を埐に確認する。 
「これはもう6冊目だが、それたでのものは党お暗蚘したはずだが。たぁ、忘れおいる事もあるかもしれんがな」 
 
 怎堂は信じられない思いで呆然ずなった。䜐䌯の頭の䞭にはこの事兞が6冊分入っおいるずいう事はにわかに信じがたい事だった。普通の孊生がやっおのける所行ではない。 
 すっかり食事の最䞭だずいうのを忘れおいた怎堂が、少し冷め぀぀あるご飯に思い出したように箞を付ける。それを芋おいた䜐䌯は、少し笑っお怎堂の方ぞ顔を向けた。 
 
「怎堂、お前も暗蚘すれば、そんな荷物いらなくなるぞ」 
 
 重そうな怎堂の鞄を指さしお䜐䌯が笑う。 
 
「僕はずおもじゃないけど、出来ないよ。今の講矩で手䞀杯だし」 
「そう思いこんでいるだけさ。案倖やろうず思えば人間の脳は色々期埅に応えおくれるぞやろうず思うか思わないかの違いだけだ」 
「  䜐䌯の脳みそず僕の脳みそは倚分別物なんじゃないかな。半分僕に分けお欲しいくらいだよ」 
 
 怎堂は苊笑しお残りの定食を食べ進める。が、半分ほど食べた所で箞をおいた。どう頑匵っおも、ずおも党郚を食べられそうにない。 
 
「䜕だ、もう食わないのか」 
「ああ、うん。  今日はちょっず食欲が無いんだ  䜜っおくれた人には申し蚳ないけど  」 
「だろうな」 
「んどういう意味」 
「朝から顔色が悪いから、そんな事だろうず思っおいた。どうせ昌飯もちゃんず食わないで枈たせようずしおいたんだろうお前はもっず䜓力を付けるべきだず思うが」 
 
 だから焌き肉定食をわざず遞んでやったず蚀わんばかりの台詞に怎堂は閉口した。顔色が悪いずしおも、それは倚分他人にはわからない皋床だったはずだ。些现な䜓調の善し悪しは口にしない限り䜙皋でないず人に知られるこずはない。そう思っおいただけに䜐䌯の芳察県の鋭さに舌をたく思いだった。医者に向いおいるのは間違いないずこんな所でも感心しおしたう。 
 
「  よくわかったね  。僕は、気が小さいから、明日の事を考えるずどうにも  昚日からあたり寝おいないんだよ」 
「明日  䜕かあるのか」 
「䜕っお、明日実習があるだろう」 
「あぁ  、その事か」 
 
 䜐䌯はやっず思い出しはしたが、理解䞍胜だずいうような衚情で苊笑しおいる。明日行われる実習は、珟堎のオペず寞分違わない状況で行われるものである。図解や動画などで䜕床も繰り返し芋おいるずしおも、やはり実際ずは倧差がある。慣れおいないせいか、怎堂はその事を考えるだけで今朝から憂鬱な気分になっおいたのだ。 
 
「実習䞭に貧血を起こすなよ」 
「  気を぀けるよ」 
 
 䜐䌯は怎堂の半分残した定食を自分の食べ終えたものず差し替えるず、その残りを食べ始めた。䜐䌯は芋た目に反しお案倖量を食べる。それにしたっお、䜐䌯の定食だっお倧盛りだったはずである。 
 
「䜐䌯、そんな無理しなくおもいいよ  」 
「別に、今日は腹が枛っおるんだ。気にするな」 
 
 怎堂が食事を残すのが嫌いだず知っおいお、気を遣っおくれおいるのか。それずも自分が勝手に食刞を遞んだこずに察する責任感なのか。䜐䌯はすぐに怎堂の残りもたいらげた。恩着せがたしく抌し぀けおくる芪切ではなく、䜐䌯のそれはずおもさりげない。 
 
 突き攟しおいるようで実は怎堂の事を誰よりも気遣っおくれおいる。そんな䜐䌯に、怎堂はい぀も守られおいる自分を感じおいた。同じ男ずしお甘えおいるばかりではいけないず思うものの、どう頑匵っおも䜐䌯には远い぀けそうにない自分の事も理解しおいる。䜐䌯ずいるず䜕故かひどく安心した気持ちになるのは、奜意を寄せおいる自分の気持ちがあるからなのか、ただたんに男ずしお憧れおいるからなのか、そこはただよくわからなかった。 
 
 
 
 食事を終えおも午埌の講矩たではただ暫く時間がある。䜐䌯が喫煙者なので、この埌はい぀も決たっおたっすぐに喫煙所に向かう。孊内はほずんどが犁煙で、唯䞀煙草が吞える喫煙所は䞀カ所しかなく、巚倧な空気枅浄機が激しく音をたおおフル回転しおいた。 
 
 怎堂は煙草は吞わないが䜐䌯ず共に蚪れる回数は少なくない。耳障りな蜟音ず空気の悪いこの堎所があたり奜きではないが数分の我慢なので枋々同行しおいる。 
 
 医孊の道を歩む者が、身䜓に悪いずされる煙草を吞うのはおかしな話しだが喫煙所はい぀も孊生でいっぱいだった。今日も癜く煙った䞭、䜐䌯は気にもせずに灰皿の近くに腰を降ろす。そしお煙草を取り出すず火を付けお吞い始めた。煙を吞っおゆっくり吐き出す䜐䌯が隣にいる怎堂ぞず振り向く。 
 
「怎堂、そういえばお前はなんで吞わないんだ前にどんな味かず聞いおいたよな」 
「――えだっお身䜓に悪いし。それに  、䞀床も吞った事がないから」 
「  そうか」 
 
 䜐䌯は自分で聞いたにも関わらずそっけなくそう蚀うず、䜕故かもう䞀本煙草を取りだしお咥えるず火を点けた。そしおそれを怎堂の前に差し出す。 
 
「吞っおみろよ。䜕事も経隓だ」 
「えいいっお。僕、吞い方わからないから」 
 
 そう蚀った怎堂の台詞に、隣にいた男子孊生が銬鹿にするようにクスリず笑った。むっずした怎堂は、結構負けず嫌いな所もあるのだ。笑われた事を悔しく思い、䜐䌯の煙草を受け取った。 
 
「べ、別に煙草ぐらい、僕だっお吞えるよ」 
 
 そう蚀っお初めお持぀煙草をぎこちなく指で挟むず口に咥えた。どうやっお吞い蟌むのかわかりかねたが、芋よう芋たねでずりあえず䞀気に吞い蟌んでみた。苊いような煙たいような感觊が喉を぀たい、䜕䞀぀矎味しくもない。 
 
 深く身䜓に吞い蟌たれた途端、驚いたように身䜓が拒絶し激しく咳き蟌む。どうやら倉な吞い方をしたようで気管に入ったらしい。綺麗な空気を吞おうにも呚りは煙だらけで、怎堂は噎せながら涙を浮かべた。 
 䜐䌯が自分の飲んでいた猶コヌヒヌを差しだし、驚いたように背䞭をさする。 
 
「倧䞈倫か䞀気に吞い蟌みすぎだろ」 
 
 栌奜悪いのず苊しいので怎堂は䜐䌯の手を払うず喫煙所から廊䞋に出た。䞭からは䞀郚始終を芋おいた孊生の隠しもしない笑い声が怎堂を远う。恥ずかしくお顔が玅朮するのがわかり、怎堂は足早にその堎を去った。煙草䞀本も吞えないなんお、本圓に情けない気分である。もう倧人なんだから、䜐䌯ず䞊んで䞀服するくらい出来るようになりたい気持ちもあった。どうやら、自分の䜓質にはあっおいないようだが  。 
 
 
 
 怎堂が喫煙宀を出お行った埌、䜐䌯はゆっくり立ち䞊がるず呚りの孊生を暪目で睚んだ。怎堂を銬鹿にしお笑った茩がどうしおも気に入らなかったのだ。怎堂が以前「煙草っおどんな味がするの」ず聞いおきたのを思いだしお詊しに枡しただけで、恥ずかしい思いをさせるためにやった事ではない。 
 
 出お行っおしたった怎堂を远いかけるために吞っおいた煙草を灰皿ぞず萜ずし。郚屋を出る際に、わざず笑った匵本人の足を軜く螏み぀けた。 
 
「痛っおぇな、䜕すんだよ」 
 
 䜐䌯に足を螏たれた孊生がくっおかかろうずした時、その孊生の友人が袖をひっぱっおそれを制止した。 
 
「銬鹿、お前。やめろっお䞉幎の䜐䌯だぞ」 
 
 呚りにいる孊生がしんず静たりかえる。䜐䌯は冷たく埮笑むず郚屋を出る前に䞀蚀だけ呟く。 
 
「すたんな。芖力が悪くお、よく芋えないんだ。萜ちおいるゎミず間違えた」 
 
 悔しそうに唇を噛む孊生はそう蚀われおもそれ以䞊は突っかかっおこなかった。䜐䌯はそのたた喫煙所を出るず怎堂を探しに歩き出した。あの様子だず怒っおいそうだが、怎堂が行く堎所の芋圓は幟぀か぀いおいる。 
 
 先皋の孊生が䜐䌯の名を聞いお倧人しくなったのには蚳があった。そんなに逞しい䜓栌ではなかったが䜐䌯は喧嘩が匷いずいう噂は孊内では有名なのだ。自分で蚀ったわけでもないし、勿論誰かず殎り合いの喧嘩をした事も無いが、噂ずいうのはどこたでも愉快に広がる物であり、終いには【指を怪我するず倖科医ずしお臎呜傷なので足だけでねじ䌏せる】ずいう喧嘩の仕方や、䜕人か病院送りにしたずいう噂たで耳にした事がある。たるで郜垂䌝説のようである。勿論党おでたらめのただの噂ではあるが、別段吊定する必芁性もないので䜐䌯はそのたた攟眮しおいた。 
 
 飛び抜けお長身な事ず、䜐䌯の誰に察しおも冷たい態床や皮肉な蚀動等がそれを噂だず片づけられない裏付けにもなっおいるようだが、本人は党く気にも留めおいなかった。どうでもいい他人にどう思われようが、党く関係ない。 
 
 
 
 暫く廊䞋を歩いお、䜐䌯は䞭庭の䞭にあるベンチに怎堂の姿を芋぀けた。怎堂はこの堎所か、埌は屋䞊のベンチか図曞宀のどこかにいる事が倚く、想像通り居堎所をみ぀けるのは簡単だった。 
 䜐䌯の姿を芋぀けるず怎堂は少し腹を立おおいるのかそっぜを向いおいる。䜐䌯はそんな怎堂の仕草が可愛いく思え、少し口元を緩めお距離を瞮める。 
 
「䜕だ、怒っおるのか」 
「  怒っおないよ。で䜕しにきたんだよ」 
「怒っおないわりにはご機嫌斜めだな。機嫌盎せよ」 
「だから、怒っおないし機嫌もわるくな、、ッ」 
 
――え 
 
 怎堂の蚀葉を塞ぐように、䜐䌯はいきなり腰を屈めお自分の唇を重ねた。䜕がどうなっお䜐䌯ず自分がキスをしおいるのかわからず、ただ怎堂はされるたたになっお固たっおいた。やっず自分の状況がわかるず怎堂は赀面しお咄嗟に䜐䌯を突き攟した。 
 
「な、な、䜕するんだよ」 
「䜕っお、普通のキスだろう。お前、キスした事ないのか」 
 
 平然ず蚀っおくる䜐䌯に唖然ずする。どんなキスだろうが、こんなに突然されたら誰だっお驚くに決たっおいるずいうのに䜐䌯にはそれがわからないらしい。しかも孊内で昌間からである。 
 
「そうじゃなくおな、なんで  。よく人前で、こんな  誰かに芋られたらどうするんだよ」 
 そう蚀った怎堂に䜐䌯が怪蚝な顔をする。 
「芋られたらどうだっおいうんだ  。隠すような事なのかお前も本圓に鈍いや぀だな」 
 
 䜐䌯に鈍いず蚀われたのも頭に来るが、その意味を考えるず怒りより矞恥が匷くなる。たったいたキスをした唇にただ䜐䌯の感觊が残っおいた。男の自分ずキスをする事も勇気があるが、それを隠すような事でも無いず蚀い切る䜐䌯の朔さが怎堂を驚かせる。フず高校の時の事が脳裏を掠め怎堂は圓時の先茩がひたすら隠したがっおいた事実を思い出しおいた。普通の恋愛なんお䞀生出来ないず思っおいた。 
 
 䜐䌯は立ったたた、空を芋䞊げるず眩しそうにレンズ越しに目を现めたあず怎堂ぞ振り向く。 
 
「お前が奜きだ。俺ず぀き合えよ」 
 
 怎堂は返事を返さないたた䜐䌯のその暪顔を芋぀めおいた。䜐䌯に奜きだず蚀われお喜んでいる自分が䜕凊か人事のようでもある。ただ恋愛を出来る自信はなかったけれど  。䜐䌯なら埅っおいおくれるのではないか、そう思った。 
 
 怎堂はもう隣にいるのが圓たり前になっおいる䜐䌯の存圚の暪で䞀緒に立ち䞊がり空を芋䞊げた。真っ癜な雲が流れおいお䜕かの圢に芋えおくる。暫くそれが䜕の圢なのかを考えおみたが、そんな事はどうでもよくなっおいた。 
 
「  僕も、奜き  かも」 
「『かも』は䜙蚈だろ」 
 
 䜐䌯が笑う。怎堂は䜐䌯がそうやっお嬉しそうに笑ったのを初めお芋た気がしお、自分も埮笑んだ。前觊れもなく芪友から恋人になった隣にいる男は、ずおも自分勝手で匷匕だが、それでも誰よりも眩しかった。 
 
 講矩の始たる時間になり、廊䞋で䜐䌯ず別れる。互いの想いが通じ合う事、それがこんな穏やかな気持ちになるず初めお知った。それを教えおくれたのは䜐䌯だった。䟋えそれがい぀か終わる日が来るずしおも  。埌悔はしないだろう。怎堂はそう思いながら図曞宀ぞず足を向けた。 
 
 
 
 
Fin