千夜、刹那 第一話
何も予定の入っていない空っぽのスケジュール。
店では浴衣ナイト開催で浴衣を着たりはする物の、花火大会にも行かなければ、海へ行く予定もない。
晶はテレビの大画面をぼーっと眺めて大きな欠伸をした。
女子アナが朝顔の浴衣を着て、花火大会の実況中だ。特設会場にもなっているステージには最近テレビでよく見る若手の俳優と、いかにも花火に詳しそうな演歌歌手。誰にでも合わせられる好感度の高い司会者。可愛い浴衣姿のアイドル。大きな花火があがるごとに沸き上がる歓声に全員で感想を言い、空を見上げる。それだけの番組だ。
毎年必ずやっているので、夏の風物詩と言っていいのかもしれない。
晶は見慣れた天井を仰ぎ、束の間過去の記憶を探っていた。
まだ東京に出て来ていない高校の頃、その頃は夏になる度に地元で有名な花火大会に必ず行っていたのだ。
男女混合のグループで行くのだが、結局最終的にはカップルになって帰りはホテルへしけるという定番のコースだ。
当時付き合っていた彼女は家が厳しく門限まであったので、一通り花火と縁日を堪能したあと門限までには家へ送り届けていた。
すぐ近所に住んでいて、なんなら次の日だって会おうと思えば会えるというのに、何故かその場で別れるのが寂しくて仕方がなかった。泣き出した彼女が門限を破ってでも一緒にいると言って駄々をこねるのを宥めながら、自分も本当はそうしたかったのだ。
子供ながらにあの時は本気で恋をしていたので、泣き顔を見るのは胸が痛むというものだ。
何度かその場でしたキスは、彼女の涙で少ししょっぱかったのを覚えている。
彼女が喜ぶのを見たくて取ってあげた金魚に二人で名前を付け、俺の代わりにコイツがいるじゃん。だから、泣くなって。なんて、当時にしてはかっこつけた台詞をひとつ言って。
ちっぽけな一匹の金魚に自分の代わりを任せられるはずもないのに。
何故あんなに別れが寂しかったのか、今はなんとなくわかる。
華やかな花火と賑わう祭り、そこから急に戻った現実があまりに静かだったからだ。
永遠に続くわけではない、いつか終わってしまう祭りは、だからこそ楽しくて魅力的なわけだが。
アイドルの着ている浴衣が、当時の彼女が着ていた浴衣の柄とそっくりだったのでついそんな事を思いだしてしまった。寒いぐらいに冷房を入れた部屋で一人で見る花火大会の番組は、味気ないにも程がある。
そういえば、昨日店で話した時、信二は地元の友人と花火大会に行くと言っていたっけ……。今頃仲間と空を見上げ、盛り上がっているのだろうか。
「俺も、たまには行きてぇな……」
独りごちると、まるでそれを聞いていたかのように携帯が鳴り、晶はビックリして視線を携帯へと向けた。遠巻きに見える携帯のディスプレイ、そこにはまさかの『佐伯 要』と表示されている。
――……要? ……本物?
滅多に連絡をしてこない佐伯から電話がかかってくるのは珍しくて、真っ先に浮かぶのが偽物説なのが悲しい。少し遠くにあった携帯を引き寄せて耳へと当て、通話ボタンをスライドする。佐伯の声を聞く前に、晶は鼻をつまんで声を変えると口を開いた。
「お客様のおかけになった電話番号は、期限切れですー」
機械口調でそう言った晶に、受話口で佐伯が苦笑する声が聞こえる。
『随分と有効期限の短い電話番号だな。詐欺集団か?』
「そうそ、って今夜はノリがいいじゃん。ってか、マジ珍しぃな。どうしたよ、自分から電話してくるとかさ」
『恋人なんだから普通電話ぐらいするだろう』
「良く言うぜ。んな事思ってもねーくせに」
『たまには俺から掛けてやらないと、お前が拗ねるからな』
「拗ねねぇよ。子供か」
『まぁ、それは冗談だが』
――冗談かよ!
そこは本心のまま通してくれて良かったのにと思いつつ、いつもの佐伯にホッとする。急な電話だからと言って何か悪い報告ではなさそうである。
「んで? なんかあった?」
『ああ。急で悪いんだが、お前、明日の夜予定はあるか?』
「え?」
予期せぬ問いに戸惑い、念の為予定を確認しようとカレンダーに目を向ける。と、同時に耳元で言葉が追加された。
『くだらん予定ならキャンセルしろ』
「ちょ、それが人の予定訊ねる側の言葉かよ。どんだけ自己中なんだっつーの。まぁ……夜なら予定ねぇけど?」
本当は昼も予定がないが、最近どうも若い頃に比べて体力の回復が遅いのだ。日々蓄積する睡眠不足解消のために早朝からの用事はちょっと勘弁して欲しいので予防線を張っておいた。
『そうか。俺も昼間は用事がある。じゃぁ、18時に西口改札で待ち合わせだ。遅れるなよ』
佐伯は最後に、待ち合わせの駅名を付け加えた。
「いやいや、待てよ。物事には順序ってもんがあるでしょーが。どこ行くかぐらいは言おうぜ? ってかさ、……要、今どこいんの?」
大阪にいる佐伯が明日の夕方には東京での待ち合わせを指定してくるのは考えられないからだ。
『さっき自宅へ戻ってきた。ああ、自宅って言うのは勿論こっちのな』
「えっ!? こっちって?? もしかして、東京戻ってんのかよ!?」
『ああ、そうだが』
平然と言っているが、こっちに来るなら電話の一本ぐらいくれるのが恋人として常識なんじゃないかとか、いや、この電話がその連絡になっているのかとか。佐伯の行動の謎さに頭が着いていかない。
ただ、そんな事を飛び越えて真っ先にわく感情は、今すぐ会える距離に佐伯がいるという嬉しさだけだった。
そう自覚した途端、「会いたい」という感情が解き放たれたのを喜ぶように身体中を一瞬にして埋め尽くした。
我ながら健気すぎて泣けてくる。
「……こっち来るなら、連絡ぐらいしろっての……。顔見るぐらい、してぇじゃん」
『急に決まったからな。仕方がないだろう』
「まぁ、そんな事だろうとは思ったよ……。で? 明日どこ行くわけ? デートの誘いなんだからいいトコ連れてってくれるんだろーな」
『花火大会だ。お前去年行きたがっていただろう』
「花火大会!? マジで!?行く行く!!でも、どういう風の吹き回しだよ」
『夏休みだからな……』
「要が……?」
『いや……拓也だ』
「はい?」
『今月に入ってから、祭りへ行きたいとねだられていてな……。理由を付けてずっと断り続けていたんだが……ついに腹をくくった』
佐伯は既に想像しただけで億劫だとでもいうような雰囲気でそう言った。母親の携帯を借りて、拓也からよくメールが来るとこの前会った時にも言っていたのを思い出す。
出会った当時、携帯のカメラ機能を使ったことがないと言っていた佐伯のカメラフォルダ。先日会った時に見せて貰うと、拓也からの写真が沢山並んでいた。といっても拓也自身が写っているのは二・三枚で、後は虫の写真だった。最近昆虫に嵌まっているとかで、色々と飼育しているらしい。全く興味が無さそうにそう言っていた佐伯を思いだして、晶は吹き出しそうになった。
「すっげぇ、楽しみ。……ああ、一応聞くけど、俺一緒に行っていいの? ……その……そういうのって両親と行きたかったりするんじゃねぇのかな。ほら、夏休みの日記とかに、書くだろ?」
『母親とは何度か行っているらしい。そうじゃなくても、晶。お前がいいんだそうだ。拓也からのご指名だ』
電話越しに顔が緩む。
「マジで。指名受けたら行かねぇわけにいかないっしょ。俺、浴衣着ていこっかな! 要も着てこいよ。折角だしさ」
『どこにしまったか忘れた。十年以上着ていないからな』
「探せよ。どっかにあんだろ、ってかそれ面倒だからテキトー言ってんじゃねぇの? 要の性格的に、何がどこにあるかわからないとかありえんのかよ」
『ほう……、鋭いな。さすがに最近は、俺の性格を深く理解しているようだな。褒めてやる』
「だろ? はい、決定。まだ半日以上あるしぜってぇ探して着てくること。OK?」
『約束は出来んが、なるべくな』
最後に「じゃぁ明日」と互いに言って電話を切る。
晶は早速クローゼットに向かい、浴衣を探し出した。去年店で着てクリーニングに出したままのそれは狭い場所に押し込んでいたせいか変な場所に皺が寄っている。自宅にはアイロンもないし、伸ばせるような物も無い。もう一度クリーニングに出す時間も無い。
――あ、そうだ!
思い立って床の一部を片付け、そこへ浴衣を広げて置き、晶は満足気に頷いた。
皺のある場所に雑誌を積み上げて重ねれば明日着ていく頃には綺麗になっているという算段だ。
「よいしょっと」
部屋中に散らばる雑誌を拾っては浴衣の上へ重ねる。晶の部屋の床には奇妙な雑誌の山が出来上がった。
明日の花火大会、久々のそれにまるで子供時代に戻ったかのように心が弾む。願ってみるもんだなとか、特に誰かに願ったわけでもない事は棚に上げ、思わず鼻歌交じりに部屋を何周か回ってしまった。
佐伯に会えるのも嬉しいが、何より久し振りに拓也に会えるのも嬉しい。微妙な関係にあるので会いたくても自分から会いにいく事は出来ないからだ。
そうと決まったら今夜は早めに寝て明日に備えるに限る。
晶は、雑誌の山を大股でまたいで風呂場へと消えた。暫くして浴室から聞こえるのは鼻歌と勢いよく排水溝に吸い込まれる水音。
「おぉ! 一際大きな冠菊ですね」
「ええ。素晴らしい作品です。消える瞬間までが夜空に咲く一輪の芸術ですよね」
誰も居なくなった部屋。つけっぱなしのテレビからアナウンサーのはしゃいだ声が響いていた。
* * *
夕方五時半過ぎ。
佐伯が指定してきた待ち合わせの駅は花火大会の現地であり、改札付近には浴衣を着た男女が大勢待ち合わせをしていた。
日本人でも浴衣はこういう時にしか着ないせいか、周囲にいる恋人達もその非日常のイベント感に浮き足立っているようだ。大きな笑い声や、すでに酔っているらしき男のグループもいる。
こういうざわざわした雰囲気を間近で感じると、自分もイベントへ参加するのだなと実感が湧いてくる。
六時になる十五分前、改札の向こうに佐伯に手を引かれた拓也の姿が見えた。
――ちゃんと着てんじゃん。
どこにあるかわからないと言っていた佐伯の浴衣は見つかったようで、佐伯は浴衣姿だった。髪を一本で結び長身の佐伯は、姿勢が良いせいか和服が似合う。恋人だから贔屓目に見てしまうと言うのを差し引いてもかっこよくて一際目立っていた。
隣に並んだ拓也も、子供にしてはシックな浴衣姿である。鮮やかな青い着物は裾に向かって紫のグラデーションになっている。色の白い拓也には濃い色の浴衣がよく似合っていた。
「拓也~!」
近づいてきた拓也に声をかけて手をひらひらとさせると、気付いた拓也がパッと顔を輝かせ、佐伯の手を離れて「お兄ちゃん!」と言って駆け寄ってくる。ああ、可愛い……。きっとこういうのを目に入れても痛くないって言うんだろうな。
晶は腰を屈め、駆け寄ってきた拓也を勢いよくそのまま抱き上げた。
「ひっさしぶり~元気にしてたか?」
「はい! 元気です!」
少し遅れてきた佐伯が側に来て、「慣れない下駄で走ると危ないと言っただろう」と早速拓也に小言を言っている。どうやら、来るときに拓也が一度転んだらしい。
「拓也重くなったなぁ。背もでかくなったし」
何年経ってもそう変化のない大人と違い子供の成長は早い。大きくなったと晶に言われた拓也は、嬉しそうに笑みを浮かべた。母親の体型は知らないが、佐伯の子供なのだから将来はかなり背も高くなるだろう。ひょっとしたら十数年後にはもう追い越される可能性もある。
「よっ、要もおひさ」
何となく照れくさくて、軽く挨拶をして晶は視線を逸らした。
「随分早く着いていたんだな。待ち合わせ時間でも間違えたのかと思ったぞ」
感心したように佐伯が晶を見る。
「当たり前じゃん。俺だって拓也の前では「ちゃんとした大人」でいるようにしてんの」
「それはいい心がけだ。だが」
佐伯が拓也を少し押しのけて晶の胸元へ手を伸ばす、和柄と洋柄を散りばめた光沢のある黒生地、帯の刺繍が金色で眩しい、派手好きな晶が選びそうな浴衣である。佐伯はそのまま襟元に手を突っ込みぐいと首元に寄せた。
「ちゃんとした大人でいたいんだろう? はだけすぎだ」
胸元を大きく開いていた晶が大袈裟な素振りで窮屈そうに首を回す。
「うっ、苦しい……。窒息したらどうすんだよ。誰かさんが直すから-。いーじゃん開けといてもさ」
「窒息しそうになったら診てやる。安心しろ」
佐伯は晶の言葉に取り合わないまま苦笑すると、歩き出した。抱っこしていた拓也をおろし、手を繋いで晶も佐伯の後に続く。
「お兄ちゃん」
「ん? どした?」
周りが騒がしいので拓也の声が聞き取りづらい。晶が腰を屈めると、拓也が背伸びをして晶の耳元に手を当てた。
「お兄ちゃんの浴衣かっこいいです。キラキラしててすごいです」
佐伯が何か文句を言ったと思ってフォローしてくれているのか、内緒話のようにあてられた拓也の小さい手がくすぐったくて晶は苦笑した。
「サンキュー。拓也もすげぇかっこいいじゃん。おっとこまえ~!」
「え……ぼくもかっこいいですか」
照れてモジモジする拓也は、かっこいいというよりは断然可愛いのだが、そこはいくら子供でも男の子なのだから『かっこいい』と言ってやる方がきっと嬉しいだろう。
一切会話に入ってこない佐伯が歩くスピードを合わせて前を歩き、人混みの中で後ろにいる拓也が歩きやすいようにしてくれる。文句を言いながらもこういう事をスマートに出来る佐伯はやはりいい男だ。
歩きながら、拓也は久々に晶に会えたことが嬉しくて仕方ない様子で、繋いだ手を大きく揺らし興奮した様子で日常の色々な事を晶へと話していた。
飼っている虫が1㎝大きくなったこと。友達との間で流行っているというカードゲームのこと。最近ピアノを習いだして、先生に上手だと褒められたこと。お母さんと一緒に水族館へ行ったこと。
脈略なく話はあちこちに飛んでいたが、楽しそうに話す拓也を見ているだけで優しい気持ちになれる。祭り会場が視界に入ってくると、拓也は佐伯から小遣いを貰ったから何か食べたいと目を輝かせた。
縁日は、子供心をくすぐる仕掛けが沢山ある。いっぱい見せてやれれば良いけど。そう思いながら会場へ近づくと、尋常ではない混み具合なのがわかった。これは気を抜いたら速攻ではぐれてしまいそうな予感がする。
現に小さい拓也は周囲の視界に入っていないことも多く、何度か人にあたってよろけ、その度に晶が庇うようにして場所をずらしていた。
「だいぶ人が多いな」
「だな。これ、拓也はぐれたらやばいから抱っこして移動した方がいいんじゃね?」
「……そうだな」
屋台がずらっと並ぶ通りに入る前に、佐伯は拓也の前にしゃがんだ。
「ほら、危ないからこっちへきなさい」
しかし、拓也は首を振った。
「ぼく、大丈夫です。歩きます」
「いや、拓也あぶねーって。また少し広い場所に着いたらおろしてもらえばいいからさ、な? お父さんに抱っこしてもらえって」
「……でも」
もっと小さかった時は抱っこされるのを嫌がることは無かったのに、拓也は周囲の屋台を見上げると、自分で歩きたいと不満そうにもう一度呟いた。膝を払って立ち上がった佐伯は普段の1.5倍ほど眉間の皺を深くし、盛大な溜め息をついた。
「仕方がないな。じゃあ、手を離さないって約束出来るな?」
「はい」
「ほら、手を出しなさい」
佐伯が手を差し出すと、拓也は佐伯の手を取らず、晶の方へ振り向くと思いっきり手を伸ばした。佐伯と拓也の関係も以前よりは随分変わってきたと思ったが、まだまだらしい。苦笑して手を引っ込める佐伯に晶が声をかける。
「要はでかいからさ、きっと拓也も繋ぎづらいんだって。泣くなよ? お父さん」
「……フッ、馬鹿を言うな」
先程より少し力を込めて拓也の手を握り、晶達は再び歩き出した。
拓也が抱っこを嫌がった理由はすぐにわかった。夏祭りに行きたかったのは花火に興味があるわけではなく、屋台が目的だったのだろう。ひとつひとつの屋台に興味津々で立ち止まり「これはなんですか?」と見たがるので全く進まなかった。
この人混みと足場の悪さで歩きづらいのは、拓也に限った話ではない。
慣れない下駄なのは晶も同じで、油断すると石畳の縁で危うく躓きそうになる。早くも靴擦れしたらしく、鼻緒の部分が少し痛い。
「拓也、なんか食いたいもんとかねぇの? 何でも言っていいんだぜ?」
「うーん……」
拓也は、小さな眼鏡を押し上げて周囲の屋台を見渡した。その仕草がどことなく佐伯に似ていて、晶は思わず小さく吹き出した。
「ぼく、着色料の入ったおかしが食べたいです」
「え? 着色料?」
突然飛び出したこの場に不似合いな言葉に晶は思わず首を傾げる。続けて拓也が「あれとか」「そっちのとか」と屋台を指して羨ましそうに背伸びをして眺めている。
拓也が指定した屋台はかき氷やチョコバナナといったどこにでもあるような物ばかりだ。
「そんなんでいいのか? んじゃ、かき氷買おっか」
「ぼく、沢山食べたいです」
二人のやりとりを見ている佐伯に、食べさせてもいいかの許可を取り、晶は拓也の手を引いてかき氷の屋台で立ち止まった。
「うわぁ、すごくきれいです」
「拓也はどれがいい?」
「ぼくは、えーっと、青か緑のがいいです」
「青いのはブルーハワイで緑はメロンだけど……。よし! んじゃ両方掛けて貰うか!」
「はい!」
晶が垂れ下がるビニールの下をくぐってかき氷を注文する。
「注文いいっすか? えっと、かき氷二つで、一個はブルーハワイとメロンの二色がけ、もう一個はレモンと苺の二色がけで」
「あいよ」と大声で返す愛想の良い屋台の店主が、サービスで苺の方に練乳も掛けてくれた。
カップを二つ持って屋台から出ると、背後からドーンと音がし、足下から地響きが伝わってくる。いよいよメインイベントの花火が始まったらしい。
「晶、この人混みで歩きながら食べられんだろう。そこの裏に休む場所があるみたいだから移動するぞ」
「OK。拓也、あっち行ってから渡すからさ、お父さんにちゃんとついていきな」
頷いて佐伯の側に寄った拓也は、今度ばかりは佐伯に強引に手を繋がれていた。佐伯と拓也の後ろ姿。親子なんだなと思ってみれば、違和感は全く無い。
拓也は大人になってから、父親と花火大会に行った事を思い出したりするのだろうか。その時、自分の事も思いだしてくれるのかな、とフと考える。
父親の友人として懐いてくれているが、あと何年かすれば佐伯と自分との関係が友人では無いことに気付く日が来るかも知れない。
その時、佐伯はどう説明するのだろう。
拓也が成長するというのは、そういう事だ。こうして三人で出掛けられるのも今のうちだけだと思うと少し切ない気持ちになる。
――……拓也……。
まだ小さな背中を見て、晶はそっと息を吐いた。