──RIFF 5 
 
 
 
「だから、あいつはクビにした……。俺が……」 
「え、……」 
 
 ニールとマットはしょっちゅう喧嘩をしていて、だけどそれでもずっと同じバンドでやってきたのだから、自分にはわからない絆のような物があるのだと思っていた。 
 クリスは驚きを隠せないままニールをみつめる。 
 ライブを数日後に控えた今、それでもマットを切り捨てるという決断はそう簡単に出来る物ではない。どれだけの思いを押し殺して告げたのか、ニールの事を思うと胸の奥が鋭いナイフで引っ掻かれたようにズキリとした。 
 
 クリスは、ニールの次の言葉を待って口を閉ざした。 
 続く沈黙の気まずさが1秒ごとに増していって、ニールの顔をまともにみる事も出来ない。ニールは自分を見ているのだろうか。気の利いた慰めも用意出来ないのに。 
 
「なぁ、クリス」 
「……え」 
「……いや、あのさ」 
「あ、うん。どうかした?」 
「……今度のライブなんだけどよ。助っ人で入って欲しいんだ。急にこんな事言われて、迷惑なのはわかってる。だけど……、頼めねぇかな?」 
「俺が……?」 
 
 マットの脱退、その代わりにライブに出てくれと言うニールからのお願い。 
 自分も同じバンドマンではあるが、その差は大きい。 
 何せクリス以外のメンバーはそれぞれ掛け持ちで別バンドもやっている様な状態なのだ。名の知れたSADCRUEの足下にも及ばない未熟さである。それは自分が一番良くわかっていた。 
 
 以前一度やはりマットの代わりに参加したことはあったが、その時はSADCRUEも今ほど目立ったバンドではなく、しかも大勢が参加するフェスのようなライブで二曲ほど演奏しただけである。今回のツーマンライブとは訳が違う。 
 対バンでもある相手側は前座を兼ねたような物で、メインは勿論SADCRUEなのだ。 
 
「ニール……俺……」 
 
 即答できないクリスの顔をニールが窺うように覗き込む。 
 
「やっぱり、急すぎるか」 
「そうじゃない。……そうじゃないんだ。でも……正直、ちょっと自信が無いよ」 
 
 ニールはその言葉を聞いて、当然だと言わんばかりに何度か頷いた。 
 
「そりゃそうだよな……。厳密には後三日しか合わせらんねぇもんな……」 
「嫌だとかそういうのはなくて。ただ……俺なんかが、ニールのバンドで弾いていいのかなって」 
「ん? そりゃ、どういう意味だ」 
「いや、だからさ。ニールがそう思って頼んでくれてるのは凄く嬉しいよ。でも、トミーとか他のメンバーが、俺なんかじゃ納得しないと思う」 
「あー……。そこは問題ねぇな。だって、クリスに頼んでみようって言い出したの、あいつらだからな」 
「……え?」 
「流石に俺一人で決められることじゃねぇだろ。あいつらも、お前の腕は認めてるって事さ。うちのバンドの曲を、お前なら弾けるって信じてる」 
「そう……なんだ。そっか……」 
 
 クリスがホッとしたように息を吐く。 
 
「あれだ……。その、他にも不安があるなら、ちゃんと聞くから言ってみろよ」 
「不安……はないかな。多分大丈夫。いや、今から緊張はするけど」 
「じゃぁ、引き受けてくれんのか?」 
「……うん。そういう事なら」 
 
 ニールは心底ホッとしたような表情をし、煙草を咥えた。 
 
「俺が入れば、問題なくライブが進むんだよな? だったら、頑張ってみる」 
「ほんと、迷惑掛けて悪い」 
「迷惑だなんて、俺、思ってないから。それに、今回のことは誰の所為でもない事だもんな」 
「助かる。明日から本番まで、少し長めの時間でスタジオ借りて、各自出来る限りスタジオに入れるようにするから、都合つくようだったらお前も顔出してくれ」 
「わかった。メンバーにも事情を話して、なるべくそっちの練習に混ざれる時間を取るよ」 
 
 ニールが「ああ」と呻いて煙草を咥えたまま背後にあるベッドへ寄りかかる。目を閉じて口角から息を吸い煙と共に吐き出す。 
 
「この借りは、いつか必ず返す。お前が居てくれて助かったぜ」 
「……」 
 
 ニールに頼られている事が嬉しいなんて言ったら、また変な勘違いをしてからかわれるのが目に見えていたので、クリスは黙って小さく笑った。 
 
「あ、……そうだ!」 
 
 急にガバッと起き上がったニールが灰皿で煙草をもみ消すと、クリスへ振り向く。 
 
「当日やるセトリ。教えておかなきゃな。なんか書くもんねぇか? メモするから」 
「ああ、うん。そうだな。ちょっと待って。……えーっと、何か書く物……」 
 
 クリスが周囲から適当な物をごそごそと探す背中へ、ニールが言葉を続ける。 
 
「ほとんどお前の知ってる曲だけど、二曲新曲が入ってる。そこに関しては、俺がメインでアレンジ加えるから、お前はコード進行だけなぞってくれればいい」 
「了解。……っと、じゃぁ、これ」 
 
 クリスは適当な雑誌の広告欄を千切って、ペンと一緒にニールに渡す。ニールは受け取ってすぐ呆れたように眉を寄せた。 
 
「……おい、クリス。……俺に視力検査でもするつもりか?」 
 
 クリスが渡してきた紙、もとい雑誌は細かい字がびっしりと印刷されておりメモを書く隙間など、どこを探してもなかった。 
 
「ダメか? えっと……。じゃぁ、これでいいや」 
 
 次に手にとって渡したのは、同じ雑誌の裏表紙である。さきほどと比べれば、隙間があるとも言える。値段のバーコードの上、僅かな隙間だ。ニールが苦笑しながら仕方なくセットリストを書き出す。 
 曲名を見ただけで、もうすでに弾く部分を指が覚えている。我ながら、自分はSADCRUEの一番のファンなのではないかと思ってしまう。 
 
「なぁ、ニール」 
「うん?」 
「五曲目、その曲よりMidnight Lowの方がよくないかな?」 
「あぁ、やっぱり? 俺もそう思ったんだけど。んー……、じゃぁ、変えとくか」 
「あ、でも待って。トミー達と決めたんなら、俺が口出す事でもないし」 
「トミーが決めたわけじゃねぇよ。マットが最初に言い出したんだ」 
「そうなんだ」 
「だから、変えても構わねぇだろ。一曲だけだし、俺からメンバーには伝える」 
 
 ニールは五曲目に線を引きMidnight Lowに書き換えた。ライブの曲目は全部で九曲だった。そして最後の曲はいつも同じ曲”Truth”である。 
 何度もライブを見に行っているが、”Truth”のイントロが流れる、イコール、ライブの終わりを知っているファンがいっそう盛り上がりを見せる。 
 クリスは前から聞こうと思っていた事を思い出し、ニールの文字の上を指でなぞった。 
 
「最後って、いつもこの曲なんだな。何か意味あり? 前から気になってたんだ」 
「あぁ、俺の独断で最後は絶対この曲って決めてんだ」 
「どうして?」 
「クリスは、ジンクスって信じるか?」 
「ジンクス? うーん……。まぁ、時と場合に寄るけど。ニールは?」 
「俺は結構信じるかな。”Truth”はさ、俺がSADCRUEに入って最初に書いた歌詞なんだ」 
「へぇ、そうだったんだ。初めて聞いた」 
「あの頃から俺はずっとこうして今もギターを弾いてるだろ。だから、この曲をライブの最後にやる事で、これからもやっていけるって、そう思いたいんだ……願掛けってやつだな」 
「そっか」 
 
 ニールが言った後で苦笑する。 
 
「俺がこんな事言うなんて、おかしいか?」 
「ううん、そんな事ない。俺も”Truth”は凄く好きな曲だし、今度も楽しみにしてる。ああ、もうひとつ聞いても良いか? ”Truth”ってニールが書いたなら、何かテーマがあったの? 伝えたい想いみたいな……、意味とか」 
 
 ニールは一瞬言葉を詰まらせた。その意味がわからないまま不思議そうにニールに顔を向けると、ニールは一度残りのビールで喉を湿らし呟いた。 
 
「真実は、変えられないって意味だ……」 
 
――変えられない真実……。 
 
 そう言ったニールがごまかすように茶化して言葉を続ける。 
 
「なんてな。まぁ、深い意味はねぇんだよ。俺がこの曲を気に入ってる。ただそれだけの話さ」 
「……うん」 
 
 ニールは疲れたように一度欠伸をして、肩に手を添え腕を回す。 
 
「今日さ、俺、このまま泊まってもいいか?」 
「え? うん、勿論。ニール、何だか疲れてそうだな。もう休んだ方がいいんじゃない?」 
「今日は色々あったからな……。今から帰るのもだりぃし……」 
「お疲れさま。俺はさ」 
「……ん?」 
「いや、……やっぱり……、やめとく」 
「何だよ。気になるじゃねぇか。本当は帰って欲しいとかか? そうなら言ってくれていいんだぜ?」 
「違うよ。……その、別に疲れてるからって理由とかなくても、……ニールが泊まっていくのは嬉しいって思って……。あ、いや言い方が変だな。ほら、誰かが一緒に居ると安心するだろ? だから……。ごめん。俺、酔ってんのかな」 
「…………」 
 
 ニールは長い髪を一度かき上げ、クリスの顔を真剣な表情で見つめた。 
 鋭い視線を向けられてクリスは少しだけ横へ視線を逸らした。小さな声で「なに?」と呟いてもニールは視線を外さない。自分でも、言い訳を並べてまで何を言っているのか呆れるしかない。 
 
「いや、悪ぃ」 
 
 ニールが視線をようやく外し、くしゃくしゃと頭を掻く。 
 
「お前があんまり可愛い事ばかり言うから、危うく襲っちまう所だった。あぶねぇ……」 
「ニールに襲われたら、熊でもない限り勝てそうにないよな」 
 
 笑いを堪えながら真剣な表情で言うニールがおかしくて、クリスは苦笑した。ニールと顔を見合わせ、思わず同時に吹き出してしまう。 
 クリスはその笑いを引きずりながら腰を上げる。 
 
「泊まってくなら、まだ飲むだろ? 俺も付き合うし」 
「おう、気が利くな」 
 
 本当に疲れているので、帰るのが億劫になったというのも半分はある。 
 もう半分は、クリスが今言った通り今夜は誰かと一緒に居たかったからだ。誰か……。そこまで考えてニールはその『誰か』が誰でもいいわけではなく、クリスだけを思い浮かべている自分に気付いた。 
 クリスは、今日の揉め事の事情を知っているから。 
 気を遣わなくていい友人だから。 
――……それだけか? 
 先程のクリスの言葉に釣られてこんな事を考えている自分がおかしい。 
 
「一応何本か持ってきたけど、足りる?」 
 
 クリスの手元を見ると、五本ほどある。 
 
「ああ、十分だろ。っていうか、なんかつまめる食いもん買ってくりゃ良かったな」 
「ニール飯食ってないの?」 
「食いそびれたんだよ。思いだしたら腹減ってきたな」 
「俺の朝飯の残りで良ければ持って来ようか」 
「あー、じゃぁ貰うかな。朝なに食ったんだ?」 
「トーストだよ」 
 
 クリスが再び腰を上げて、冷蔵庫からパンを取り出す、厚切りの普通のホールウィートである。他に何を食ったのか。そう思って様子を見ていると、クリスは冷蔵庫からピーナッツバターの瓶を取り出して一緒に持ってきた。 
 
「遠慮しないで食っちゃっていいよ」 
「……トーストだけ食ったのか?」 
「うん、そうだけど」 
「……お前さ、もっとちゃんとしたもん食えよ。人の事言えねぇけど。これどう考えてもおやつだろ」 
「朝からそんな作ってる時間ないよ。ニールん家泊まった時だって、いつもチーズが固まった冷めたピザしかないくせに」 
「……う、まぁ。それはそうなんだけどよ。ピーナッツバターよりいいだろうが」 
「どっちもどっちだよ」 
「……そうだな。んじゃ、貰うわ」 
 
 ニールは食パンの上にたっぷりのピーナッツバターを塗り、握って食えないと面倒だと言ってそれを半分に折り畳んで潰した。見た目はどうでもいいらしい。 
 
「あー。久々に食ったけど、結構うめぇな」 
「だろ? ここのピーナッツバターは他のよりカロリーが高くて一回で腹一杯になるから便利なんだよ」  
「美味しさじゃなくて、便利さを取るのかよ」 
 
 ニールが苦笑しながら大口でパンを口に入れる。三回ほどですぐに食べ終えて、ビールを手に取った。 
 
「さすがに甘すぎるな。確かに一枚でいいわ」 
 
 足りないとしても、もう一枚同じのを食べるのはもういいかなという話である。クリスが追加で持ってきたビールをどんどん飲み干す。クリスは、まだ一本目の途中だった。 
 
「クリス、お前も、もっと飲めよ」 
「俺も飲んでるって。 ニールのペースが早すぎなだけだろ」 
 
 深夜一時を回る頃には、灰皿には溢れんばかりの吸い殻、ビールの空き缶がニールに潰されて申し訳なさそうにテーブル下へ並んでいる。 
 酒が入っているせいもあり、話が尽きることは無かった。 
 最近出た二人が気に入っているバンドの新譜について、バラードが多すぎるとか、何曲目が良かっただとか。その後は、クリスのバイト先の店長の黒い噂や、よく二人で飲みに行くリトルハノイにいるウェイトレスの話など。BGMとしてかけているロックのCDは、三回目の一曲目を流していた。 
 
 クリスも決して酒が弱い方ではない。しかし、時間も時間なせいで睡魔に襲われるのは仕方がない事だ。 
 最終的には、机の上に並べた新譜のタブ譜を説明しながら、いつのまにか寝てしまった。 
 風呂は朝借りるか、家に帰ってから浴びるとして、自分もそろそろ寝るかと思い、ニールはテーブルの上の物を片付けてから、クリスの肩を揺さぶった。 
 
「今日は先にダウンか? クリス」 
「んー……ん」 
「ほら、ちゃんとベッドで寝ろよ。風邪引いちまうぞ」 
「ああ、……」 
 
 眠そうに目を擦ったクリスが側にあるベッドへうつ伏せにダイブした。自分は床でゴロ寝でもいいかと、ニールも着ていたシャツを脱いでTシャツ一枚になり寝転がる。当然だが、視界に映るのは自分の家の天井とは違う模様だ。ゆっくりと息を吐き照明を落として目を閉じてみる。 
 いつも酒をこれだけ飲めば自然に眠くなるのに、今夜は何故か眠気がいっこうにおりてこなかった。 
 閉じた瞼の裏のサイケな柄を只管追っていると、ベッドが軋む音が聞こえた。クリスが寝返りでもうったのだろう。 
 
「ニール」 
 薄暗い部屋の中から自分を呼ぶ小さな声に、ニールはうっすらと目を開けた。 
「んー?」 
 クリスが目を閉じたまま、ベッドの上で身体を片方へ寄せる。 
「寝ないの?」 
 
 どうやら隣で寝られるように脇へずれてくれたらしい。 
 気持ちはありがたいが、流石にがたいのいい男二人が寝られるほど広くはない。 
 
「寝るけど、俺は床でいい。二人も入れねぇだろ、俺に潰されるぜ? 気にしないでいいから、お前だけベッドで寝ろよ」 
「うん……じゃぁ……後で……」 
 
 何が後でなのか、寝ぼけているらしい。それでも、クリスは掛けていた薄手の掛け布団の一枚をニールのいる方へ落とした。使えという事なのだろう。クリスの寝顔を写真にでも撮ってやろうかと悪戯心がわいたが、携帯は少し遠くにあって面倒なのでやめた。 
 
 かりた掛け布団を手繰り寄せると、クリスの匂いがする。 
 クリスと出会ってからどれぐらい経つだろうか。とりとめもなく、出会った頃を思い出したりしているうちに益々目が冴えてきた。 
 
「……参ったな」 
 
 ニールは半身を起こして、溜め息をついた。 
 無造作に散らばった自分の髪が肩から落ちてくる。ベッドの方へ目を向けると、クリスはすっかり夢の中のようだ。 
 ニールは起き上がって煙草と灰皿だけを持つと、足音を立てぬようにその場から離れ、続いている隣の部屋へと移動した。 
 置いてあるクリスの何本かのギター。 
 しっかり手入れされているのだろう。僅かに部屋がレモンオイルの匂いがする。 
 庭に向かう窓を開いて、腰を下ろす。クリスが草花を育てているなんて事も無く、半分物置のようになっている殺風景な小さな庭だ。 
 静かだなと、意識すれば、自分の呼吸音まで聞こえてきそうだった。 
 
 空を見上げるといつもと変わらない月が出ている。少し肌寒い風がニールを素通りして、部屋の中へと流れ込む。 
 煙草に火を付けようとライターに点火すると、暗い部屋の中でぼうっとそこだけがオレンジ色に光る。 
 ゆらめく炎越しに見る世界は全てが歪んで見えた。 
 
 現実の世界と炎の向こうの世界、左右の目に映る別々の色。どちらが表で裏なのか。 
 ニールはそのまま咥えた煙草に火を灯した。 
 ジュッという音と共に、炎の世界は小さく縮こまって煙草の先に移動する。そして最後は灰になる。 
 
――最後って、いつもこの曲なんだな。 
 
 クリスがそう言って、何か意味があるのか? と聞いてきた時、答えるのを一瞬躊躇った。だけど、あれは本当の事だ。”Truth”が、皆で曲を作り自分が最初に歌詞を書いた曲だ。今のバンドの一歩だった。 
 
 小さな声で歌詞を口ずさむ。ニールの声が乾いた空気をほんの少し揺らす。それはまるで、真夜中に置き去りにされたままの――弦の切れたギターのようだった。 
 
 
 
   *   *   * 
 
 
 
「……、ん」 
 
 足下を風が撫でていくのを感じ、クリスはぼんやりとした視界のまま目を覚ました。窓を開けっぱなしにしていたのだろうか。そう思って窓の方を触ってみると部屋の窓はちゃんと閉まっており、鍵も施錠されている。 
 ニールが風邪を引くからベッドで寝ろと言っていた所までは覚えているが、その後結局ニールが床で寝てしまったことまでは知らなかった。 
 
 クリスはすっかり冷たくなっている片側へ身体をずらし、ベッドからニールがいる方へ腕を伸ばした。しかし、いくら伸ばしても指先には誰の気配もない。 
 
「……ニール……?」 
 
 その時だった。微かに部屋に漂っている煙草の香りが、クリスの鼻腔をくすぐる。 
 そして誰かが歌う声が聞こえてきたのだ。近くの家で、大音量で曲でもかけているのか。最初はそう思った。 
 
――……誰? 
 
If I show you myself hesitating 
If I had chosen another path at that time 
It wouldn’t be here 
(例えば俺が 
迷う姿を見せるなら 
あの時俺が、別の道を選んだのならば 
それはここにはないだろう)
 
You are always close to me and bring me back 
A chain wrapped around my neck when I ran away with the fear of knowing the truth 
I realize I can’t move, I can’t breathe 
(いつだって傍にいたお前が俺を引き戻す 
真実を知っている事の恐怖に駆られ、逃げる俺の首に巻き付く鎖 
気付けば身動きが出来ず息も出来ない) 
 
 徐々にハッキリしてくる意識の中で、ニールが起きていて歌っているのだと気付く。 
 明かりを付けないままベッドから足を下ろす。歌声は隣の部屋からだ。 
 歌詞が聞き取れるほどの距離になって、クリスは息を呑んで足を止めた。 
 背中を例えられぬような衝撃が駆け上る。 
 
You want to teach me, right? 
The truth, to me 
You want to know, right? 
My truth 
What do you want to do? 
Just tell me even if it’s a lie 
(教えたいんだろう?  
俺に真実を 
知りたいんだろう?  
俺の真実を 
どうしたいんだ? 
嘘でもいいから、俺に教えてくれ) 
 
「……、……っ」 
 
――なんで……。 
 
 曲はよく知っているSADCRUEの曲だった。”Truth”の歌詞だって何度も聴いていてほとんど覚えている。 
 だけど、歌っているのはSADCRUEのボーカルではない。ニールだ。ニールが歌っているのを見るのは、そういえば初めてだと気付く。 
 僅かにハスキーさを残した哀愁のある歌声、息を吸う間合いの取り方、声が途切れる瞬間の切なげな色気。 
 
Empty hollow spreads while ripping my body 
Even if I want to cover my ears, it starts to rain and it breaks my heart 
Not until the blood in the name of truth penetrates into my body 
(空虚な隙間が、身を引き裂いて広がっていく 
耳を塞ぎたくなっても、雨が降り出しても、痛みに心が裂けそうになっても 
真実という名の血が、俺の中に浸食してくるまで) 
 
 クリスは震える手をぎゅっと握りしめた。 
 何もかもがSADCRUEとは違う。 
 歌う人間が変わっただけで、こんなにも違うのだ。全く別の曲のようだった。 
 ニールがこんなに歌がうまかったなんて。 
 
Someday when I’ll be there 
What will be on my eyes lying down on the floor 
As long as this soul lasts, I won’t close my eyes 
Even if it’s only a second among eternity 
(いつか辿り着く頃には 
倒れ込む俺の視界には何が写っているのだろうか 
この魂が続く限り、俺は目を背けない 
たとえそれが、永遠の中の一秒だったとしても) 
 
 そして、……何もかもが一緒だった。 
 自分が十代最後の年にずっと憧れていて、夢中になっていたバンドと……。