──RIFF 23 
 
 
 
 新しいバンド結成を皆で祝った日から一週間。 
 
 今日は新しいバンドになって初めてのバンド練習の日である。SHOUT&LOUDに向かいながら歩いていると、ずっと先にトミーが歩いているのを発見した。 
 ニールは肩に掛けたギターケースを片手でしっかり押さえると、少し足早にトミーの方へ向かった。 
 
「今日は早ぇな」 
 
 声が届くまで近寄ると、トミーがビックリしたようにニールの方へ振り向いた。サングラスを掛けた、自分より大きな男を見上げ、トミーがわざとらしくがっかりしたように肩を落とす。 
 
「なんだ、ニールかよ。イケてる女神じゃなくてガッカリだ」 
「そりゃ、悪かったな」 
 
 苦笑して隣に並ぶと同時に、「おぉ……!」とトミーが声を漏らす。どうしたのかと思っていると、少し先から相当な美人が歩いてくるのが見えた。トミーのいい女に対するセンサーは驚く程鋭く、いつどんな時でもすぐに察知して発見する事が出来るのだ。視線で追い続け女が角を曲がった所で口笛を吹きながら漸く前に向き直ったトミーは、うっとりしたような表情を浮かべた。 
 
「いいねぇ~。もろに俺のタイプだった。この街の女神達も、そろそろ俺の魅力に気付いてもいいと思うんだよな。最近全然女っ気ないんだよ、いいかげん枯れそうだぜ。ニール、結構知り合い多いだろ、いい女紹介してくれよ」 
「トミー、いいことを教えてやろうか。お前が言う女神って奴は、みんな彼氏持ちだ。OK? それにイケてる女神とやらの知り合いは生憎いねぇよ。残念だったな」 
「はぁ……世の中上手くいかないな」 
「ああ……、待てよ。そういえば、一人だけいると言えばいるかもな……」 
「マジかよ!」 
 
 ニールに期待の眼差しを向けるトミーから「早く続きを言え」と言う声が聞こえてきそうだ。ニールは意味深な笑みを口元に浮かべながら、言葉を続けた。 
 
「俺のバイトしてるカフェの常連に、いつも男を探してる奴がいる。いい男がいたら紹介しろってうるせぇんだよ」 
「おぉ!! それで? どんな女なんだ? いい女なのか? ってか、そういう重要な事はもっと早く言えよ。Mary’sCoffeだよな? 一回偵察に行ってみるかな」 
「ああ、一杯ぐらいなら奢ってやるから来ればいい。毎日昼休みにうちで飯を食ってるからな。なんなら、お前が会いたがってるって伝えてやってもいいぜ?」 
「本当か!? よっしゃ、行く時お前に連絡入れるわ」 
「おう。歳は俺たちと同じか少し上ぐらいで、身長は、まぁ……お前よりは低い」 
 
――どういう意味だ?? 
 
 一瞬トミーが考えるように視線を巡らせた。トミーの身長は180以上ある。一般的には世間の女達よりは高いはずだ。ニールがあえて”お前よりは低い”と言ったその意味を深く考えてはいけないと、頭の中で警報が鳴った。 
 
「なるほど……。モデル系か。それはそれで悪くないな」 
「ちなみに、彼女の名前はフランクだ」 
「フランク? 何だか男みてぇな名前だな……」 
「まぁ、元男だからな」 
「へぇ……。……ん? ……元男って、おい!! 女じゃねーのかよ」 
「見た目は女だぞ? スタイルもいいし、顔も可愛い。下はどうなってるか知らねぇけどな」 
 
 ニールは一瞬にして虚ろな瞳になったトミーを見て笑い出す。 
 
「もうお前には頼まねーよ。引き続き運命の相手を探すわ」 
「そうしろ」 
 
 トミーとくだらない事を話していると、あっという間にスタジオに着いた。 
 またこうしてメンバーと集まってバンドが出来るようになって、漸く感覚が昔に戻った気がする。つまらない日常に嫌気がさし、夢を見て飛び込んだはずの音楽の世界。夢中でその音に揺さぶられ続けているうちに、もう音楽のない世界では息苦しくてうまく息さえ吸えなくなった。 
 バンド自体が身体の一部でもある今、これが望んでいた日常なのだ。 
 
 ニールはSHOUT&LOUDのショーウィンドウに陳列されたギターに目を留めた。 
 硝子に映る自分の姿、その奥にあるギター。当然だが、ギターは売れれば陳列から姿を消す。 
 しかし、一本だけ何年も飾ってあるギターがあるのだ。 
 桁を数え間違うほどに高いそのギターは、某有名ロックスターの直筆サイン入りだが、その値段のせいでもう何年も買い手がない。最初に見た時は何も思わなかったが、今誰かがそれを買って、いつかここから無くなるのかと思うと少しだけ寂しい気もする。 
 
 変化は必要だと理解しているが、変わらないままの景色が居心地が良い時もある。 
 買い取りカウンターにいたステイシーが二人に気付いて顔を上げた。 
 今日もステイシーの背後には買い取った中古ギターが山積みだった。 
 
「クリスはもうスタジオだぜ」 
 
 ステイシーは汚れたエプロンにレモンオイルのついた指をこすりつけると、スタジオのある地下を指した。 
 
「もう!? あいつ早いな」 
 
 トミーが驚いたように声を上げる。練習開始の時間より二十分程早く着いたというのに、クリスはそれよりも早く来ていたらしい。 
 スタジオの番号を聞いて階段を下りようとしていると、ステイシーが慌てて追いかけてきた。 
 
「ニール、ちょっといいか」 
「……?」 
 
 足を止めて振り向くと、ステイシーが手に持っていたピックをニールへとさしだした。 
 
「これ、昨日の夜の忘れもんだ。スタジオに落ちてたぜ。お前のピックだろ?」 
「ああ、よくわかったな。サンキュー」 
 
 受け取ったピックをポケットにしまうと、ニールはサングラスの下で片目を眇め、気まずそうに隣のトミーをチラッとみた。気付かないでスルーして欲しいところだが、そうはいかないようだ。 
 トミーが「え?」と言葉の意味に気付いてニールに視線を合わせた。 
 
「昨日の夜って? ニール、なにしにきてたんだ?」 
 
 ニールがポケットから手を出してはぐらかすように宙を掴んだ。 
 
「何でもねぇよ、ただの野暮用だ。ちょっとステイシーに話があるから、先にスタジオに入っててくれ」 
「怪しいな~。まぁ、いいや。んじゃ先行っとくわ」 
 
 トミーの姿が見えなくなると、ニールは安堵したようにフと息をついた。 
 一段階段を上がってステイシーに並ぶと、髪をかき上げサングラスを指で下げる。 
 
「ステイシー、勘弁してくれ。スタジオの件は感謝してるけど。練習の事は、言わねぇ約束だろ」 
「そういやそうだったな。悪ぃ悪ぃ、つい、な。でもお前、別にあいつらにバレたって構わんだろう。悪いことをしてるわけじゃないんだ」 
「バレたらバレたで仕方ねぇけど、自分からわざわざ言うつもりはねぇよ」 
「お前さんは、ほんとストイックだねぇ。わかった、聞かれた時は黙っておくよ」 
「頼んだぜ、またチューニング手伝ってやるからさ」 
「それが口止め料ってわけか」 
「まさか。俺からのただの”お願い”だろ?」 
「冗談だって。お前に手伝って貰って、相当助かってるんだ。また頼むぜ」 
 
 顔を見合わせて笑うと、ニールは片手を挙げて背を向けた。実は、ライブハウスのバイトが終わった後、一人でスタジオを借りて短い時間だが歌の練習をしているのだ。長い間遠ざかっていたボーカルをまたやることになって、今現在の自分がどこまで歌えるのかをまずは知っておく必要があった。 
 
 営業時間が終わった後にスタジオを借りる事が出来ているのはステイシーのおかげだ。御礼代わりに練習を終えた後、中古ギターのチューニングにも毎晩付き合っているので、ここ毎日帰宅は夜中だ。 
 数年のブランクが勘を鈍らせているのは最初からわかっていたし、それを早く取り戻したかった。 
 昨晩で丁度一週間。なんとか昔と同じレベルまで戻ってこられたところだ。 
 
 階段を駆け下り、ニールがスタジオの数字を確かめた後ドアを開けると、中ではクリスとトミーが何かおかしい事があったのか二人で大笑いしていた。 
 
「お前ら、随分楽しそうだな。なんかあったのか?」 
 
 肩からギターケースを下ろしてアンプに立てかける。 
 
「あ、ニール! いや、トミーがさ、ニールとステイシーがついに付き合いだしたとか言うから。シーズン3に突入だって」 
「俺とステイシーが? 随分と視聴率の悪そうなドラマじゃねぇか。ネタに尽きたシリーズの引き延ばしみてぇだな」 
 
 馬鹿らしい話題に苦笑しつつケースからギターを取り出していると、トミーがその理由を口にする。 
 
「いや、だってよ。さっきの雰囲気、俺に知られたくないみたいだったし? 夜に二人でやることって言ったらナニしかないだろ。なぁ? クリス」 
「俺に振るなよ」 
 
 クリスが笑いすぎて滲んだ涙を指で拭う。 
 
「馬鹿なこと言ってねぇで、さっさと準備しろ」 
「はいはい。リーダーの恋の話にはこれ以上首を突っ込まないことにするぜ。それがデリカシーってもんだ。ガキの頃、ボーイスカウトの隊長が口癖のように言ってた“友人の恋愛に口出しする奴は碌な男じゃない”ってな」 
「いい事言うじゃねぇか。それで“Zip the lipバッジ”はちゃんと取得したんだろうな」 
「勿論だぜ。今でも実家の制服についてる」 
「そんな章本当にあるの!?」 
「あるわけねぇだろ」 
 
 真に受けたクリスを見て、ニールとトミーがおかしそうに笑う。 
 
「なんだよ二人して。一瞬信じちゃっただろ。でも、トミーがボーイスカウトに入ってたなんて意外だよ」 
「親父に無理矢理入れられたんだ。毎回サボってて除隊されたけどな。ちゃんと真面目にやってたら、きっと今頃政治家にでもなってた。それか第二のビル・ゲイツだな」 
「それはまずいな。うちのドラムがいなくなっちまう」 
 
 冗談を返しながら準備を終えたニールに、クリスがチラッと視線を向けた。 
 話の流れが変わって正直ホッとしていた。的外れとはいえ、ニールの恋愛話が続くのは心臓に悪い。ステイシーと付き合っていない事はクリスが一番よく知っているし、勿論トミーだって本気で言っているわけでは無いだろうが。 
 
 ニールがアンプの電源を入れてシールドをさすと、スティーブンがスタジオに入ってきた。 
 時刻は開始時間ジャストだ。挨拶を交わした後に、トミーが軽く歓迎のシンバルを鳴らす。 
 
「お、スティーブンのお出ましだ」 
「毎度の入場曲Thank you」 
「Sure」 
 
 スティーブンは笑いながらクリスの横へと並んでベースケースを床へと降ろした。 
 
「クリス、今日から宜しくな」 
「うん、こちらこそ宜しく」 
 
 スティーブンはあまり愛想はないが、落ち着いた性格で揉め事とは無縁だ。クリスともうまくやっていけるはずである。バンドのメンバーが仲が良ければいい音楽が出来るとは決して思わないが、悪いよりはいい方がいい。 
 ニールは早速準備を始めたスティーブンを横目で見ながら、髪を後ろで一本に結び、その後大きく手を鳴らした。 
 
「全員揃ったな。今日が俺たちのバンドのスタート地点だ。全員でいい音を作っていこうぜ。この前連絡したとおり、今日はクリスに作って貰った新曲を中心に練習がてら合わせていく。OK?」 
 
 皆が頷く。先日今までクリスが作っては溜めていた曲を新しいバンドでやってみようという話になったのだ。譜面は既に各自にデータで送ってあるので今日までに目は通したはずだ。一通り合わせてみて、皆の意見を聞いてアレンジを加えたりする予定だ。 
 それぞれがチューニングを済ませ、準備完了である。初めての音合わせ。しかも自分が作った曲を皆で演奏するなんて初めての経験で、クリスはやや緊張した面持ちでギターを抱え直した。 
 
「じゃぁ、まず一番から」 
「OK」 
 
 譜面に書いてある番号通りに演奏していく。ニールが先に目を通しているので、さほど目立った粗もなく、曲は順調に進んだ。 
 一曲目はヘヴィなリズムから入るミディアムテンポの曲だ。ギターとベースが刻むリズムは重厚感があり腹に響く。二曲目はイントロのギターソロから静かに始まり、サビの盛り上がりにかけて徐々に音が重なり、アップテンポになる。サビの終了と共に一気に戻る際の音の引き際が肝心な曲だ。 
 三曲目はクリスに頼んで歌詞先行で曲をアレンジしたバラードだ。切ないメロディに積まれる言葉は、希望や生き様、タイトルはエンド・オブ・ヒストリー。 
 
 新しいそれらの曲は、どの歌詞もニールが手がけている。 
 ニールの言葉は無理なくメロディの旋律に乗り、演奏するメンバー全員の音を引き立てる。昔聴いていたCDと同じ声をこんなにも近くで聴くことが出来るようになるなんて……、ニールの声がスタジオの空気を震わせた瞬間、圧倒的なその歌声に鳥肌が立った。どこかトリップにも似た高揚感。演奏中、時々目を閉じて歌うニールに見惚れながら、クリスの指先は夢中でリズムを刻み続けた。 
 
 毛色の違うそれぞれの曲、各自の解釈で作ってきた音を重ねれば、まるで前から演奏してきた曲みたいにしっくりと馴染む。これが自分達の音楽なのだと証明するかのようだった。 
 とりあえず三曲を終えたところで一度演奏を止める。 
 
 譜面を持ち寄って気になった部分や変更したい部分のアレンジを加えていき、もう一度その小節の前から合わせてみる。ベースラインのルートを一部三度に変更したスティーブンのアレンジによって音の厚みが増し、トミーのスネアのタイミングと抜群の安定感が曲全体を引き締めて疾走感を出す。確実に完成に近づいていくのが手に取るようにわかった。 
 何度もそんな事を繰り返し、時間があっという間に過ぎていった。 
 その間、誰一人として時計を見る事はなかった。 
 
「よし、一度休憩するか」 
 
 ニールがギターを肩から下ろし、マイクの電源を切る。熱が籠もって熱くなったアンプの電源を皆で落とすと、スタジオの温度が一瞬して少し下がった気がした。 
 スタジオの中に楽器は置いたまま小銭をポケットに入れると皆で休憩スペースに向かう。 
 二つある休憩スペースの片方は、他のバンドが使用していたが、入れ替わるようにしてスタジオへと戻っていった。 
 軽く廊下を見渡すと、どのスタジオにも人が居るようで、今日もスタジオは繁盛しているらしい。 
 
 ニールは自販機でコーラを買うと、煙草を咥えてベンチへと腰を下ろした。 
 ライターを忘れたらしいスティーブンに火を貸して点けてやると、スティーブンは一度煙を吐き出し、ニールへと視線を向けた。 
 
「ニールの歌、初めて聞いたけど。想像以上で驚いたな」 
「サンキュー。でも、まだまだ練習は必要だな。音域的にきつい部分があるって自分でもわかってんだ。クリスの作る曲は難しいからな」 
「確かに。ベースのパートも酷く繊細さが必要な箇所がある。勿論いい意味で。でも、俺たちはまだ始まったばかりだろ。これから合わせていけばきっと最高の曲になる」 
「そうだな」 
 
 苦笑しているニールの横にクリスが腰掛け、トミーが一番端に腰掛ける。ニールは煙草を咥えたまま煙を天井に向けてゆっくりと吐き出し、その後皆の方へ振り向いた。 
 
「曲が完成したら、まずはライブをやろうと思ってる。新しいバンドの音を知ってもらうにはそれが一番手っ取り早いだろ?」 
「おお、いいな! 目標が近いと俄然やる気が出るってもんだ」 
 
 トミーが賛同して他のメンバーも続く。バンドは、ライブをやるために練習していると言っても過言ではない。日程が決まっていない今でも、先にライブがあるのだというだけで皆のテンションがあがっているのがわかった。 
 
「……だが、ライブの前にひとつ問題がある」 
「問題?」 
「なんのことだ?」 
 
 ニールが口々に話すメンバーを一度制止させた。 
 
「名前だ。まずは俺たちのバンド名を決めなくちゃいけねぇ。『新しいバンド』って名前のままライブをやるわけにいかねぇだろ」 
「ああ、そうだな」 
 
 スティーブンがうんうんと頷く。何故か急に得意げな顔をして立ち上がったトミーに皆の視線が集中した。 
 
「トミー? どうしたの?」 
 
 クリスが不思議そうに見上げる中、トミーは背筋を伸ばしわざとらしく咳払いをして指を顔の前で振った。 
 
「実は、こんなこともあろうかとバンドの名前を幾つか考えてきたんだ。どうだ。聞きたいか?」 
「凄いよトミー。流石気が利くな。俺も聞きたい!」 
 
 クリスに期待されて「そうだろう、そうだろう」と言いたげにトミーが頷く。 
 何とも言えない既視感。この光景は、SADCRUEのバンド名を決めた時にも同じ流れを見た。当時の記憶が蘇れば、あまりいい予感はせず。しかし、ニールはそれを口にする事なく「ああ、聞かせてくれ」とトミーに視線を向けた。 
 
「まず一つ目、……を発表する前に。俺の考えを聞いてくれ。バンド名ってのはだな。やっぱり俺たちを一言で体現できるのが理想だろ?」 
「うん、そうだな」 
「クリス、俺たち四人を見て、特に俺とニールを見て共通点がわかるか?」 
「……え」 
 
 トミーに突然問われ、クリスはニールとトミーの顔を交互に見てから口を開いた。 
 
「うーん、なんだろう? 髪が長い、酒が強いとか?」 
「いや、それはそうなんだけど。そこじゃなくて雰囲気っていうかさ。まぁ、いいや。答えはセクシーだ」 
 
 トミーが話す途中でスティーブンが茶々を入れる。 
 
「前置きはわかったって。早くバンド名を言ってくれ」 
「スティーブンは、そんなに『俺が命名した』バンド名が聞きたいんだな。よし! わかった。一つ目のバンド名は【セクシーボーイズ】だ」 
 
 「そのまんまだな」とスティーブンが呆れたように首を振る。ニールは髪をかき上げ目を瞑る。あまりいい予感がしなかったのは、やはり予感で終わらなかった。 
 
「おいおい、お前ら。何とか言えよ。この空気なに!?」 
「トミー。考えてきてくれた事には、礼を言う。だけど、どう見ても俺たちは【セクシーボーイズ】って柄じゃねぇだろ。ティーンエージャーならまだしも……歳を考えてみろ」 
「そ、そうか? クリス、お前はどうよ」 
「あー……うん。どうだろう? トミーはそのバンド名を背負うことが、本当にいいと思えるの?」 
「…………クリス。お前案外辛辣だな……」 
「とりあえず、セクシーボーイズは却下だ。他には? 何個かあるんだろ?」 
「もちろんだぜ! まぁ、セクシーボーイズは無理があるなって実は俺も思ってたんだ。というわけで二個目はもっと本気のやつな!」 
「最初から本気のやつ言えよ」 
「うるせぇな、スティーブン。えっと、二つ目は【サンダーブロックス】どうよ、これはいいだろ?」 
「スウェーデンのバンドで同じ名前がいる」 
 
 【サンダーブロックス】はスティーブンのその一言で却下された。 
 
「し、仕方ねーなー! 最後の一つを発表してやろう。まっ、今までのは前座だ。今回のが本命」 
「トミー、凄い汗だよ。大丈夫?」 
「な、何言ってんだよクリス。大丈夫に決まってるだろ。じゃぁ、最後の一つ! ――【クレイジーキャンディー】」 
「……」 
「…………」 
「………………」 
「……だめ? キャンディーじゃなくて、クッキーでもいいけど……どうよ?」 
 
 クッキーよりはキャンディーがマシだと心の中で皆が思っていた。だからといってバンド名そのものが凄く良いと言うわけでは無い。トミーの考えてきたバンド名はどれもポップ色の強い物でどうみても自分達の雰囲気には合わない。皆の反応の薄さにトミーが肩を落とす。 
 
「一応聞くけど、どういう意味? 狂った飴って?」 
「スティーブン、よくぞ聞いてくれた。これはもう言葉じゃないんだよ。パッションってもんだ。体現っていうよりは意外性を狙ってる。飴かと思ったら劇薬だった衝撃! お前達だってそうだろ? 目の前のアップルジュースの缶を手に取って飲んでみたら、中身がウォッカだったら驚くはずだ」 
「……まぁ、確かに驚くけど。その驚きって、バンド名に必要?」 
「う……ま、まぁ必要っていうかなんていうか……」 
 
 苦しい理由をこじつけたが、スティーブンは納得せずその後「うーん」と唸ったまま腕を組んだだけだった。考え込んでいたニールが徐に口を開く。 
 
「最後のは悪かねぇが……、パンクバンドっぽいし、どっかにいそうなバンド名だな。だからって俺もいい案はないんだが……どうすっか。参ったな」 
「確かに、いまいちだよな。はぁ……どうするかね」 
 
 命名した本人がまるで第三者のように即座に否定し、メンバー全員が苦笑した。トミーの考えたバンド名が全て却下になった今、何かいい名前はないかと皆が考えることに集中した。 
 全員が喫煙者だからという理由でスティーブンが提案した【4スモーカーズ】を始め、皆が懸命に案を出し合い、最後にトミーがやけくそで口にした【LAシティエンジェルズ】に至るまで七個ほど却下が続き、最終的には皆が無言になった。 
 こうなったら今日はもう諦めて、日を改めて話し合った方がいいのかもしれない。 
 もくもくと白く煙る煙の中、沈黙を破ったのはクリスだった。 
 
「あっ、……俺、ちょっといいのが浮かんだかも」 
「どんなのだ?」 
 
 皆の視線に照れたようなクリスが、トミーに倣って立ち上がる。別に立って発表するという決まりはないが、そんな部分も真面目なクリスらしくてニールはクリスを見上げて小さく笑みをこぼした。 
 
「WILD LUCKはどうかな」 
「ワイルド……ラック……?」 
「うん。造語だけど、ラッキーの最上級って意味だよ。このバンドでいっぱいいい事があるといいなって」 
 
 一度クリスの命名したバンド名を呟いてみてから、スティーブンが納得したように頷く。 
 
「俺はいいと思う。縁起良さそうだし言いやすい」 
「クリスお前、センスがいいな。俺も賛成だ。まぁ、セクシーボーイズも捨てがたいけどな」 
 
 二人に賛成されたが、ニールからはまだ返事が返ってこない。クリスは伺うようにニールの顔を覗き込んだ。 
 
「ニールは、どう思う?」 
 
 ニールは吸い終わった煙草を目の前の灰皿で潰すと、顔を上げた。 
 
「WILD LUCK、クールでいいんじゃねぇか。俺も賛成だ」 
「本当に!?」 
 
 パッと顔を輝かせたクリスだったが、一瞬にして少し焦ったように顔を曇らせる。 
 
「あ、でもさ。こんな簡単に決めちゃっていいのかな。自分で発表しておいてなんだけど……もっと慎重に考えた方が……」 
「何でも勢いは大切だろ。それに、メンバー全員がこれがいいって言ってるんだ。問題ないだろ」 
「そ、そっか。それならいいんだけど」 
「Mr. Naming Master、もっと俺みたいに自信を持てよ」 
 
 トミーがクリスにちょっかいを出しながら笑った。 
 
「クリスがいて助かった。セクシーボーイをこれから名乗る事になってたら、俺は辞めてた」 
 
 スティーブンが冗談を言って肩を竦める。 
 
「おい、スティーブン。セクシーボーイじゃないぞ。セクシーボーイ【ズ】だ」 
「どっちも同じだ」 
 
 腰を下ろしたクリスが安心したように息を吐く。バンド名は思いつきではあるけれど、頭に浮かんだ瞬間自分達のバンドに似合っているのではと強く思ったのだ。スティーブンが吸い終わった煙草をピンと弾いて灰皿に放ると腰を上げる。 
 
「んじゃ、そろそろWILD LUCKの練習に戻るか」 
「おう、だな」 
 
 ニールが立ち上がる。 
 ぞろぞろと全員でスタジオに戻る中、隣を歩いていたニールがクリスの肩に手を置いた。 
 
――ニール? 
 
 見上げると、ニールが優しい眼差しで自分を見ていた。 
「いい名前だ」 
 一言そう言ってポンポンとクリスの肩を叩いてスタジオに入っていくニールの背中を見て、クリスは幸せそうに笑みを浮かべる。名前の通り、これから皆と過ごす全ての時間が祝福されているように思えた。