ホストクラブとは大人の女性が好みの男性と楽しい時間を過ごす『オトナ』な空間である。LISKDRUG新宿店も勿論そういう店だ。 
 今日も通常通り、姫君を迎えたあと静かにクリスマスナイトを終える、……予定だった。 
 
 
 
 
 
 クリスマスナイト最終日である今日、店の売り上げはいつもの二倍近く、数え切れないほどのボトルが空いて、シャンパンコールが鳴り止むことは無かった。 
 店内には白の巨大なクリスマスツリー、晶が去年と同じじゃ面白くないとビル地下の貸しスペースにグリーンのツリーがあるにも関わらず買ってきてしまった物だ。 
 飾り付けは青いキラキラとしたモールと金色のオーナメントのみ、高さは信二の身長と同じぐらい。今年の出番はもうおわりだ。 
 
 アフターへ行ってしまった康生と後輩一人を抜かして、残った全員でクリスマスの後片付けをしているのだが、中々終わらず時刻はもう朝の九時を回っていた。 
 しこたま入れられたボトルを飲んだ後の徹夜明けはさすがに厳しい。元気一杯なのは後輩一人だけである。 
 
「ちょっと晶先輩、その箱、点灯用ライトっすよ? ツリーのオーナメントはこっちの箱っす」 
「あー、そうなん? いやもう、どの箱でもよくね? どうせ来年のクリスマスには全部開けるじゃん」 
「ダメっすよ。また来年、晶先輩が別の飾り買うかも知れないじゃないっすか。わけわかんなくなるんで、ちゃんと分けて整理しないと」 
「あーーー、眠ぃ……。サンタが代わりにやってくんねぇかな~」 
「サンタは子供のもんなんで、晶先輩みたいな穢れた大人の手伝いしてくれるわけないじゃないっすか」 
「おい、穢れた、とか何言ってんだよ。俺は天使みたいに清らかにきまってるっしょ」 
「どこがっすか……。蒼先輩を見習って下さいよ。さっきからテキパキと、」 
 
 片付けをしているのに、と続けようと楠原を見ると、なんと、楠原はうとうととしていた。信二はやれやれというように肩を竦めるしかない。 
 
「楠原だって、今寝てただろ」 
 
 その声で楠原がハッとして目を開けた。 
 
「すみません。ちょっとウトウトしてしまいました」 
 
 疲れているような表情、少し乱れた前髪が影を作っているせいで、余計に疲れているように見える。晶と楠原は断トツでボトルを入れられていたので、ヘルプが気合いを入れてその分を助けたとしても、他のホストとは比べものにならない飲酒量だ。 
 
「わかる。俺も超絶眠いもん」 
「もうー。んじゃ、晶先輩と蒼先輩はちょっと仮眠したらどうっすか? 俺たちは続けておくんで」 
「信二~! お前やっぱ優しいよな。よし、許しも得たし、三十分ぐらい休憩がてら寝るか」 
「信二君達だけで、大丈夫ですか?」 
「俺は全然平気っす」 
「では、僕もお言葉に甘えて少しだけ休ませてもらいます」 
 
 晶と楠原は邪魔にならないようにオーナー室のソファで三十分程仮眠を取ることになり、待機室のダンボールを跨いで廊下の方へ向かった。 
 ドアを閉める前に晶が一度ニヤニヤと笑いながら振り向いた。 
 
「今日寒ぃから、蒼ちゃんと一緒に寝よっかな~」 
「おや、オーナーが温めて下さるのですか? それは嬉しいですね」 
 
 わざと信二に向かってからかう言葉を言う二人に信二は「絶対! だめ!」と語気を強め、その後苦笑した。 
 隣で同じく苦笑している楠原とともに晶がドアを閉め足音が遠ざかる。 
 後輩がまだ店の方で片付けているため、あまり大声で「だめ」とは言えなかったが、勿論晶の冗談だとわかっているので、実際別に気にしていない。 
 
 何故徹夜をしてまで片付けをしているかというと。二十五日が終わるやいなや、ステージでの早着替えのように全てを片付け、そして新たにNew Yearの飾り付けをしなければいけないからだ。 
 クリスマスは楽しいけれど、店の準備のために早くに店に来て、店が終わればこうして只管片付けが待っているというある意味体力勝負のイベントでもあるのだ。 
 しかも、相当な量の酒を全員が呑んでいるので、捗らないことこの上ない。 
 酔い潰れていた後輩が復活したのだってほんの数時間前である。 
 信二が仕方なくもくもくと箱詰めをしていると、店内の飾り付け類を全て回収した後輩達が待機室へと戻ってきた。 
 
「おう、お疲れ、それで全部?」 
「そうです。ってあれ? オーナーと蒼先輩は……」 
「ああ、さっきまでやってたんだけど、だいぶ疲れてるみたいだからちょっと休憩に行ってる」 
「そうなんですね。信二先輩、この箱、最初に階下に運ぶからこっち置いておいた方がいいですか?」 
「そうだなぁ……。ああ、でも邪魔になるから、向こうの部屋の隅に置いといて」 
「わかりました」 
 
 信二に言われたとおりに箱を運ぶ後輩の背中を何気なく見ていると、背後から大きな声がした。今残っている中で唯一元気いっぱいの一人だ。 
 
「クイズ~! 俺は誰でしょーかっ!」 
 
 名前を言うのもかったるくて無視していると、後輩は諦めてすぐにクイズを無かった事にした。 
 
「信二先輩スルーするとか酷っ! いや、でもアレですね。早め早めにこうして準備とかしてるとモデル業界みたいですよね~! 先取りみたいな。まだ年明けてないのに、もうこれ終わったらすぐ新年の飾り付けでしょ。それが終わったらバレンタインだし!」 
「ホストクラブなんてイベントやって成り立ってるみたいなところあるからなぁ。仕方ないだろ」 
「ですよね~」 
 
 後輩は手伝いもせず、ふざけてクリスマスツリーを入れる巨大な箱に隠れて顔だけを出している。正直、その遊びに付き合うほどには元気を持て余していない。飛び出した頭は信二によってパシッと軽く叩かれた。 
 
「こら、箱潰れたらツリーいれられなくなるだろ? ふざけてないでとっとと手を動かせって」 
「はーい……」 
 
 ふて腐れたような後輩が、渋々と箱から出て来て、しまいおわった箱をガムテープで閉じていく。モール・オーナメント・店内壁ディスプレイ・点灯用ライト。箱に書いてある名前の順に飾り付けをしまっていくと、だいぶ片付いてきた。 
 続いて使用済みのスノースプレー缶のガスを一本ずつ抜いてゴミの仕分けをする。このスノースプレーは入り口と窓に装飾をするのに使ったが、出来上がりは綺麗だった物の、後片付けが大変すぎたので来年はナシにしようと先程決めたばかりだ。 
 時刻を見るともう十時近い。信二が大きな欠伸を噛み殺した瞬間、LISKDRUGの店内入り口の自動ドアが開く音が耳に届いた。 
 
「あれ? 今店のドア開きませんでした?」 
 
 中腰で作業していた後輩が耳を澄ませるように手を当て立ち上がる。確かに信二にも聞こえていた。 
 
「おかしいな。晶先輩達はオーナー室で仮眠してるはずだけど」 
「でも今、音聞こえましたよね? 誰もこっちに来ないっぽいけど……」 
 
 誰かが入ってきたなら声を掛けるなりするはずだが、言われてみれば、今は確かに物音一つしない。晶か楠原が一度店の外へ出たのか? 
 
「ま、まさか。空き巣!? 信二先輩ちょっと見てきて下さいよ」 
「バカ、みんないるんだから『空き』巣じゃないだろ。もう、しょうがないな。じゃぁ、俺店のほう見てくるから、作業続けておいて」 
「信二先輩頼りになるぅー! ささ! これをどうぞ、バシッとやっつけてきて下さい」 
 
 後輩が、誰が持ってきて置いているのかわからない野球のバットを信二に差し出した。暴漢だった場合、このバットで対抗しろという意味なのだろう。おだてるくせにビビって自分で見に行かないところが情けない。 
 
「ホント調子いいな、お前らマジで。ってか何でバットあるんだ?」 
「さぁ?」 
 
 信二はバットを見て苦笑すると、それを受け取らずに待機室を出た。歌舞伎町の治安が悪いとしても、こんな人が多い朝っぱらから堂々と入り口から入ってくる泥棒なんてあり得ない。 
 廊下を進んで店に続く扉を開けて一度周囲を見渡す。別に変わりは無い。店のドアが開いた気がしたのは気のせいだったのだろうか。 
 
 店内のテーブル周りを覗き込みながら確認していると、席へ通される前に客が待つ椅子に見知らぬ男の子が座っていた。 
 
「うあっ!!!」 
 
 変な物でも見たのかと思ったが、足はあるのでどうやらその手の心霊現象ではないらしい。 
――誰!? 
 驚いた信二はすぐに駆け寄って足を止めた。 
 
「君、どうしたの? つか、なんでこんなところに……」 
 
 小学校の高学年ぐらいだろうか、男の子が立ち上がって信二を見上げた。 
 
「あんた、誰?」 
「いやいやいや、それ、こっちが質問してんだけど!? もしかして、迷子? ここは子供が来るような場所じゃないよ」 
「知ってる。今入る時に書いてあった。ホストクラブって言うんだろ。母ちゃんがホストクラブがあるビルって言ってたし」 
「えっと……?」 
 
 どうものっけから話が噛み合っていない。 
 
「あんたホストってやつ? テレビで見たのと違うんだな。なーんか、人気なさそう」 
「…………」 
 
 口調。生意気過ぎる口調はこの際大目に見ることにしようと思う。しかし、こんな子供に「人気なさそう」と言われて馬鹿にされるなんて、さすがに腹が立つ。こっちは今猛烈に疲れてて余裕がないんだよ! と言いたくなりつつ、信二は心の中で自分を宥めた。 
 相手は子供だ。ここでマジになって言い返すなんて大人のする事じゃないし、やはりここは冷静に……。 
 
「く、詳しいんだね。君の言うとおり、ここはホストクラブだけど。何か用があって来たの? 君、何歳?」 
 
 引き攣る笑顔で話しかけると、子供はじっと信二を見てぷいと顔を背けた。 
 
「100歳。それと、あんたには話したくない。他にもっと偉い人いねぇの?」 
 
 何だろう。腹が立つのを通り越して悲しくなってきた。 
 確かに自分は偉い人ではないけれど、これでも結構指名はあるんだぞ! ……と、子供に言ってもわからない事が口元まで出かかった。信二は自称100歳の子供を見ながら、深い溜め息をついた。 
 
「じゃぁ、ちょっとここで待ってて。人呼んできてあげるから」 
「わかった。早くしろよ-」 
 
 我慢だ、我慢。信二は晶と楠原を起こしに行くべきオーナー室へと向かった。 
 オーナー室をそっと開けると、晶と楠原が向かい合わせのソファで眠っていた。 
 知っているけれど、楠原の寝顔が国宝級に美しい。そして憧れの晶も、こうして眠っていると何だか妙に可愛く見える。もう現実逃避して、この大好きな二人の寝顔をずっとみていたい。もしくは真ん中に入って自分も寝たい。が、残念ながら今はそれどころではなかった。 
 
「晶先輩、蒼先輩! 起きて下さい!」 
 
 晶が声に気づき「もう、三十分経ったのか?」と眠そうに目を擦って起き上がる。続いて楠原が起き上がったのを見届けてから、信二は今起きていることの経緯を話した。 
 
「すげー生意気な子なんっすよ。あれ多分、何聞いてもこたえないやつ……。歳も教えてくれないし」 
「そうなん?」 
「偉い人呼んでこいとか、どこでそんな事覚えたんっすかね……」 
「お前、『俺が偉い人だ』って言っちゃえば良かったじゃん」 
「いや、でも。俺別に偉くないし……。嘘はまずくないっすか?」 
「信二君は本当に、誰に対しても正直ですね」 
 
 楠原が少し笑って「でも、困りましたね」と呟く。「とりま、行ってみるか」と立ち上がった晶は自分のデスクの引き出しから取り出した物をポケットに入れて信二と楠原の後に続いた。 
 店内へ戻ると、つまらなそうに足をブラブラさせながら待っていた子供は、三人を見つけるなり「おい、おせーぞ」と大きな声を上げた。どこのクレーマーの真似事だ。 
 
 晶が、ポケットからチョコレートを取り出して子供の目の前に屈む。 
 
「チョコ食う? これ、結構うまいぞ」 
 
 何故突然お菓子をあげる作戦に出たのか、信二と楠原は意味がわからず晶の様子を棒立ちで見ていた。先程なにやらポケットに入れていたのはこの菓子だったらしい。まぁ確かに、子供を菓子で釣るのは有効な手段なのかもしれない……。と思ったが、そうでもなかった。 
 
「要らねーよ。ガキじゃねぇんだから」 
 
 しかし晶はそれを見越していたようで、菓子をまたしまうとすぐに切り返した。 
 
「あれ? お前ガキじゃねぇんだ? 悪い悪い。じゃぁさ、幾つなのか教えて」 
「……8」 
「八歳? マジで? 大人っぽいなーお前。でもさ、学校はどうしたよ。今日もう学校行ってる時間じゃねぇの?」 
「学校は……さぼった。でも、ちゃんと休むって友達に伝えてあるし。っていうか、あんたもホスト?」 
「俺? 俺はここの店で一番偉い人。元ホストだけどな」 
「ふーん。そっちの茶髪より偉いってのはすぐわかったけど」 
 
 そっちの茶髪呼ばわりされているのは信二である。信二は苦笑しながら「最近の子供怖いっすね……」と呟いた。 
 
「で? お前は、なんで学校サボってここに来たの?」 
 
 晶が不思議そうに訊ねると、男の子は視線を逸らして落ち着かない様子を見せ、小声で呟いた。 
 
「……父ちゃんに……、会いに来た」 
「このお店に、あなたのお父さんがいらっしゃるんですか!?」 
 
 驚いた楠原が声を掛けると、「うん」と男の子は素直に頷いた。流石に晶も驚いて「父ちゃんって!? お前の?」と目を丸くしている。 
 誰かの……といっても、この場に居る三人は心当たりがないので、後輩三人か康生か、どちらかの隠し子という事なのか。いやしかし、後輩三人の年齢からして八歳の子供がいるのはどう考えてもおかしい。 
 となると、康生しかいないが……。康生にしたって連れ子以外では年齢的にはおかしいのだ。年齢的に可能性があるのは、晶か楠原。案の定、出て来た名前は予想通りだった。 
 
「父ちゃん、アオイって言うんだけど」 
「……え」 
「…………」 
「…………」 
 
 空気が凍り付く。「あー……えっと」と晶が楠原の方へ視線を送る。 
 アオイという名前は勿論この店には一人しか居ない。楠原だ。 
 
「あ、蒼先輩の、こ、子供!?」 
 
 思わず上ずった声でそう言った信二は、腰を抜かさんばかりに驚いていた。楠原がふぅと小さく息を吐き笑みを浮かべる。 
 
「オーナー、信二君、ちょっとこちらへ」 
 
 男の子を取りあえずその場へと残し、三人で厨房の方へ行き足を止めた。眠気も吹き飛ぶ深刻な事態である。 
 
「とりあえず、ハッキリ言いますが、僕の記憶が正しければ僕の子供ではないと思います。ですが、100%ないとは……言えないので。この店にわざわざ来て、僕の名前を挙げた意味を考えると……もう少し話を聞かないことにはなんとも……」 
「……だよなぁ」 
「……で、ですよね」 
 
 童貞ならまだしも、ホストを職業としている以上それなりの経験はみんな持っている。ゴムをつけずにセックスをすることはまずないが、それだってゴムが破損していた可能性が100%ないとは言い切れないのだ。相手が今まで黙っていれば子供が出来て生まれていても知らないままである。99.9999%なくても100とは違う。 
 
「……どう、するんっすか?」 
「取りあえず、自宅聞き出して連絡するしかねぇだろ。学校もサボってるみたいだし」 
「そうっすね……。でもあいつ私服だったし、ランドセルも持ってないし、本当の事話してくれるんっすかね……」 
「そうですね……。ですが、放っても置けないでしょう? 僕が話してみますよ」 
「蒼先輩が? その……自分が父親だって言うんっすか」 
「父親だとは告げませんが、名前が一緒だという事はあの子に伝えます。そのほうが何か話してくれるかも知れませんし」 
「それしかないよな」 
「……確かに」 
 
 あのまま放っておくことも出来ないので、楠原が話に行き、晶と信二は後輩へ騒がぬように伝えに行くという事になった。 
 ようやく片付けを終えて帰れると思ったのに、とんでもない騒ぎである。 
 
 楠原は男の子の元へ向かうと、空いている隣へと腰掛けた。 
 
「ごめんね、一人にしてしまって。あなたのお父さんの名前、アオイと言うんでしたよね? このお店には、アオイという名前は僕しかいないんですよ」 
 
 それを聞いた男の子がパッと顔を輝かせる。 
 
「じゃぁ、あんたがオレの父ちゃんなのか!?」 
「それは……、今すぐはわかりません。確認したいことがあるので、おうちの電話番号を教えてくれますか?」 
「それは……だめ」 
「どうして?」 
「だって……。内緒で来てんだ。母ちゃんにバレたら怒られるもん」 
「という事は、あなたが一人でここに来たことは誰にも言っていないんですか?」 
「うん、そうだよ」 
「それはいけませんね……。あなたがいない事で、きっとみんなが心配していますよ? 無事だという事だけでも、教えてあげないと」 
「……心配なんてしねぇよ。いつも一人で留守番してるもん。母ちゃん、夜中まで帰ってこないし」 
 
 所謂鍵っ子というやつなのだろう。学校には休むと伝言してあるらしいし、この子供がここに居ることは本当に誰一人知らないのだろう。警察に通報して保護して貰うしかないかと楠原が考えていると、子供がポツリと呟いた。 
 
「昨日のクリスマス。サンタにお願いしたんだ」 
「ん? 何をですか?」 
「父ちゃんに、会わせてくれって」 
「……っ」 
「ずっと前。母ちゃんに、この近くに連れて来て貰った事があって。父ちゃんがアオイって名前だって事と、このビルで働いてるって教えて貰ったから、だから……会いに来た」 
「そう……ですか」 
 
 楠原は一瞬幼い頃の自分と重ねて胸の中がぎゅっと痛くなるのを感じた。この子は、純粋に父親に会いたい一心でここに来ただけなのだ。誰かを困らせようとか、そんな気持ちさえ全くありはしない。 
 
「あなた、お名前は?」 
「勇太」 
「勇太君、かっこいいお名前ですね。勇太君は、お父さんと会って、何かしたいことがあるんですか? 良かったら僕に教えて下さい」 
「えーっとね……」 
 
 勇太は楽しい事を思い浮かべているようで、興奮気味に話出した。 
 
「大きなハンバーガーが食べたい! あと、クリスマスのプレゼントを買って貰って、バスにも乗りたい!」 
「沢山ありますね」 
 
 楠原が思わず苦笑すると勇太は恥ずかしそうに下をむいて「あんたが聞くからじゃん」とボソッと口にした。 
 
「それじゃぁ、勇太君。今日だけ特別に、あなたのお願いを僕が叶えるというのはどうでしょう。その代わり、夕方になる前にはお母さんにちゃんと連絡をして、僕に少し話をさせて下さい。約束できますか?」 
「わかった! いいよ」 
「あと、ひとつだけお願いを聞いて欲しいんですが」 
「なに?」 
「さっきの茶髪のお兄ちゃんも一緒でいいですか?」 
「えー……。んー。まぁ、いいけど。あいつ優しそうだし」 
 
 口では生意気な事を言っているが、信二の事をちゃんと見て優しいと感じている所をみると根は素直でいい子なのだろう。 
 
「有難う。じゃぁ勇太君、遊びに行く準備をしてくるので、少しここで待っていて下さいね」 
「うん! 待っててやるよ」 
 
 楠原がにっこりと微笑み勇太の頭を撫でる。 
 こうなった以上は、今日はこの子の面倒を見るしかなさそうである。 
 
 
 裏の待機室へ戻ると、全員が「どうなったのか」と聞きたくてウズウズしていた。楠原が一通り話し終わると、皆が「おぉ……」と声を上げた。 
 
「んじゃ、信二と楠原はあの子に付き合うなら、店はこっちで後やっとくわ」 
「でも、まだツリー階下に運んだりするでしょ、大丈夫っすか?」 
「大丈夫に決まってるっしょ。俺もちょっと寝て復活したし、こいつらもいるしさ。って、こーら、逃げんじゃねーぞ」 
 
 晶が後輩の後ろ襟を掴んで笑う。 
 確かに男が二~三人で持てばどうにかなると思う。 
 
「じゃ、お言葉に甘えて、俺たちは行ってきますね」 
 
 苦笑する信二に楠原が「巻き込んで済みません」と謝る。 
 信二と楠原は帰り支度を整えると、皆に見送られ店を後にした。