佐藤や他のスタッフに挨拶をし、スタジオを出たのは夕方の終わり。 
 ビルの間を抜けた橙の夕陽に照らされながら電車を乗り継ぎ、街で居酒屋へ行き夕飯を済ませた。 
 くだらない話を二、三話して、ちょっと焦げすぎの焼き鳥で飲み慣れた酒を呑む。最近の飲む量より酒が進んだのは、相手が佐伯だからなのか。店を出る頃にはすっかりいい気分になり、何を話していてもおかしくなって久々に腹が痛いほど笑った。 
 ホテルへ向かう道すがら、歩くのが異常に早い佐伯に文句を言いつつ意地になって佐伯の前に回り込むと、佐伯はほんの少しだけ歩く速度を緩めてくれる。 
 
 寄り道はしていないというのに、予約していたホテルへ到着した頃にはもう九時を回っていた。 
 一応デートだからという理由を付けて、ホテルはそこそこいい部屋を取ってある。腹も満たされ、アルコールも入っているのでいい気分のまま。だけど、佐伯と一緒に居る時間がどんどん減っていくのに気付いてしまえば、晶の中には少しずつ寂しさが募っていった。それをごまかすように笑う意味に、佐伯は多分気付いている。 
 
 チェックインを済ませ部屋に辿り着いた途端、晶は片方のベッドへとうつ伏せに倒れ込んだ。長かった一日から、ようやく解放され、流石に少し疲れてもいる。 
 後から入ってきた佐伯は、早速ベッドへ転がっている晶を見て小さく苦笑した。 
 
「なんだ、疲れたのか?」 
「別にそういうんじゃねぇけど、さっき結構飲んだからさ、ちょっと酔ったかも」 
「そんなに飲んだか?」 
「最近、前より飲む量半分ぐらいになったからさ、普通に酔うんだよ。まだ飲めって言われれば飲めるけどな。そういう要はどうなん? 今日かなり飲んでたんじゃね?」 
「俺は別にどうってことはないが」 
「ホント、酒強ぇよな。水商売じゃないくせに」 
 
 晶は枕を抱えて顎を乗せながら、脱ぎ散らかした靴を佐伯が揃えているのを見て、急に思い出したように飛び起きた。 
 
「そういえば!」 
「なんだ急に。あまり急激に動くと余計に酔いが回るぞ」 
「要ってさ、ほんっと意地悪だよな。さっきの店で言おうと思ってたんだけど忘れてたわ。その性格、少しは治した方がいいんじゃねーの?」 
「突然何の話だ」 
「撮影の最後に佐藤さんと話してた時の話だよ。あん時、俺の事わざと煽って楽しんでたっしょ」 
「ああ、あの時か」 
「どうなんだよ、わざとだって認める?」 
 
 晶が眉間に皺を寄せて佐伯を睨むと、Yシャツを脱ぎかけていた佐伯が晶のベッドに腰掛けた。ふん、と小さく笑い、晶が抱いていた枕ごとベッドへと押し倒す。 
 
「なっ、人が話してんのに、ちゃんと聞けよ。ってか答えろ」 
 
 ついでに両手首を頭上で掴まれ、身動きが取れなくなる。覆い被さってきた佐伯の顔が何故か不満そうで意味がわからなかった。 
――あれ? なんか怒ってる? 
 佐伯はいつも仏頂面だが、これは明らかに怒っているときの顔だ。怒らせるような事を言ったつもりはない。いや、寧ろ、怒っているのは自分である。 
 
「なんで要が怒ってんだよ。わけわかんねぇし。怒ってんのは俺だっての。人前でからかうの、マジやめろよな。性質悪ぃぞ、あんな……、触り方するとか」 
「……い……りで……がって」 
 佐伯がブツブツと何かを言ったがハッキリ聞き取れない。 
「え? なに? 聞こえねぇんだけど」 
「あの佐藤とかいう男と、随分親しそうじゃないか」 
 
――……はい? 
 
 ここで、そう言う意味で佐藤の名前が出てくるとは思ってもおらずポカンとしている晶の顔に接近すると「これぐらい近かったぞ、あいつと」と言って佐伯が眉を顰めた。 
 その距離はあと5cmで鼻先がつきそうな距離だ。 
 あの時は顔が赤いとかで、心配した佐藤が何度か顔を覗き込んできたのだったと今更思い出す。確かに少し近いなと自分も感じたが、ここまで近かったかは覚えていない。 
 
 あの時佐伯は別にいつも通りだったように見えたのに……、内心気にしていたのだろうか。 
 そういえば、その直後佐藤と引き離すように腕を引っ張られたのを思い出した。 
――だから最後、俺の腕引っ張って引き離した……、そういうことなのか。 
 今になって佐伯の行動の理由に合点がいく。 
――ってことは……。佐伯が自分にヤキモチを妬いていたって事? 
 いつも自分ばかりと思っていたが、逆のなんと嬉しい事か。しかし、相手は佐伯である。ぬか喜びは余計に削られるので、念の為確認が必要だ。 
 
「……それってさ……。妬いたって、……ことだったりする?」 
 
 思いきって訊いてみたが佐伯はソレには答えず、何か思うところがあるのか晶の顔をじっと見つめていた。 
 店で男にキスをされた話をした時や、仕事関係の色恋沙汰には一切口出しをしてこない佐伯は、当然今回も理彩との事は何も言わない。しかし、佐藤とはプライベートでも親しくしていると話したので、佐伯の中では嫉妬の対象になったのだろう。 
 
 今になって思い出してまた再燃したのか、掴まれた腕に痛いほどの力が加わる。 
 怒っている佐伯もたまにはいいな、なんて暢気なことを考えているのは、自分の中で後ろめたいことが一切ないと言い切れるからだ。 
 見つめ返す晶に鋭い視線を向けたまま、佐伯は低い声を響かせた。 
 
「お前に近づいていいのも、こうして触れていいのも、俺だけだ。わかっていないなら、今から俺が教えてやる」 
 
 もしかして。いや、もしかしなくても、佐伯は酔っているのかもしれない。甘い嫉妬を通り越して、普通に怒っているだけに見えるが、それでも佐伯がこんな事を言ってくれることは滅多にない。 
 佐伯も普通の男であり、そして、こんなにも想われているのだと再確認してしまえば、自分が怒っていたこと等すっかり忘れてしまう。何とか抵抗して佐伯の束縛から逃れた晶は、そのまま外された手で佐伯をベッドへ引っ張り込むと、ジャケットを脱いで佐伯の上に覆い被さるようにして視線を落とした。 
 起き上がれぬように肩に置いた手に力を入れる。 
 
「形勢逆転~。あんま甘く見んなよ? 俺だって男なんだから、それなりに力はあるんだぜ?」 
「……フッ、この程度の力で俺を拘束したつもりか? 俺が本気を出せばすぐにまた逆転できるが?」 
「させるかよ」 
 
 減らず口をたたく佐伯を押さえ込む手に更に力を加える。見下ろす形で佐伯をしばし見つめていると、昼の撮影時に抱いた自身の嫉妬心が思い返された。 
 言わなかったし言うつもりもないけれど、確かにあの時感じたのだ。仕事で絡んでいるだけの花嫁役に今の佐伯と同じ事を……。 
 佐伯がプライベートで誰かと親しくしているのを見たことがなかったからというのもある。 
 自分が狭量なのをわかった上で言うと「それ以上、俺の要に近づくな」と心の中で思った。 
 
「……なんだ、一緒じゃん」 
「ん?」 
 
 晶は気の抜けた声で一人呟くと、佐伯を拘束していた力を緩め笑みを浮かべた。そのまま首を下げて口付けを落とす。 
 佐伯の唇を開かせ、その隙間から舌を差し込む。 
 佐伯は晶からのキスをすぐに受け入れて引き寄せるように晶の首に手を回した。強く唇を吸って何度も互いの舌を絡めればそれだけで躯の芯には容易く火がついた。 
 自分から煽るように仕掛けたキスは、どんなご褒美より甘い。 
 止めるタイミングを逃したまま、暫くは貪るような口付けを存分に味わう。 
 互いの煙草の味、口内の高い体温、合間に漏れ出す艶のある吐息まで。幾度と混ぜ合わせれば、次第に二人だけの世界になっていく。アルコールの酔いとキス、二つの酔いが重なって頭がクラクラした。 
 
「んっ、……」 
 
 最後にチュッと音を立て佐伯から離れる。濡れた唇は、やけに冷たく感じた。 
 晶は佐伯のシャツのボタンを外し、その素肌へ手を潜り込ませながら佐伯を愛おしげな瞳で捉えた。少し上がった息遣いと共に、甘く低い声を届ける。 
 
「こういうキスも、こうして躯に触れんのも……」 
 
 撮影後にスタジオにあったシャワーを使ったので、シャツをはだけた佐伯からは自分と同じボディソープの香りがする。佐伯のシャツの中に手を差し入れたまま、晶は悪戯に啄むような口付けを一度だけ落とした。 
 
「要だけだから。……教えてくれなくても、わかってるって。今夜はさ、俺の全てを要にやるよ。だから、あんたの全ても俺に頂戴」 
「奇遇だな。俺も最初から、そのつもりだ」 
 
 佐伯は一度晶の名を呼ぶと、ゆっくりと半身を起こし長い髪を後ろへと流した。沈むベッドの上、ベッドの背もたれに寄りかかる佐伯に、晶はしなやかな腰を反らせて猫のようにすり寄り、佐伯の首筋に悪戯に歯をたてる。 
 甘噛みをした瞬間、佐伯は「それだけでいいのか?」と満更でもなさそうな声音で、からかうような言葉を掛けてくる。 
 顎を持ち上げられて再び深く唇が重なる。口付けながら器用に晶の着衣を脱がすと、佐伯は自らのシャツの残りのボタンも全て外した。互いに無言のままズボンも脱ぎ去り、脇に寄せた衣服の上に放る。 
 佐伯の胸の素肌に掌を滑らせ、晶は佐伯がシャツで隠せる部分に唇を寄せた。 
 伝わる規則正しい心音。肌をきつく吸い上げ、チュッと音を立てて同じ箇所に何度も刻めば、真っ赤になった口付けの跡が浮かび上がる。 
 晶がニッと笑みを浮かべ、その跡を指でなぞった。 
 
「なぁ、見てみろよ。これ、俺のもんだって印」 
 晶の視線の先に佐伯も目を向ける。 
「でも……数日で消えちゃうんだろうな。きっと」 
 跡は本当に小さくて、数日と言わず、明日にでも消えそうである。 
「随分と控えめな印だな。何なら、消えないぐらい強く噛みついてみたらどうだ」 
「獣かよ。流血するっつーの」 
 
 互いに苦笑し、またキスをする。 
 腰に回された佐伯の手にゆっくり躯を引き寄せられ、下着の中に入ってきた手に尻を掴まれれば、繋がる部分が意識して疼く。 
 
「ん、……急に尻かよ。順番ってもんがあるでしょーが」 
 意識してしまったことを気付かれぬよう、晶は口を尖らせた。 
 ゆっくりとまさぐられる躯から力を抜けば、佐伯の指の感触を鮮明に感じとる事が出来る。 
 
「もう一回シャワーを浴びるか?」 
 
 言葉とは裏腹に、シャワーを浴びさせに行く余裕など一切与えない口付けと手の動きに、晶は湿った吐息を漏らした。 
「いいよ、……このままで」 
 
 佐伯の掌の熱が躯に侵食してくる。下着を脱いで佐伯に跨がった状態で俯くと、晶の前髪がバサリと前に落ちて顔を隠した。 
 室内を巡っている空調の風が時々吹いてきて、晶の髪を揺らす。佐伯は一度手を伸ばすと「随分と前髪が長くなったな」と言って、晶の顔がよく見えるように、その髪を指で耳に掛けた。ワックスで流していた部分が崩れれば前髪は鼻を隠す程度には長い。 
 
「切ろうと思ってんだけど、中々時間取れなくてさ」 
 どうでもいい事だけど、それでも丁寧に返事をして。 
「今度会う時には、もっと短くなってるよ」 
――次に会うのはきっとかなり先だから。 
 最後の言葉は言わないでおいた。 
 
 平らな胸に伸ばされた佐伯の指が、焦らすように晶の乳首の周りと脇腹を遠回しに何度も行き来する。もどかしいようなくすぐったいような……。 
 そんな微弱な刺激でさえ、晶のペニスを勃たせるには十分だった。 
 
「なぁ、ちゃんと触れって。物足りないじゃん」 
「そうか? この程度でも、ここは十分満足だと言っているみたいだが?」 
 
 佐伯が急に片手を伸ばして、すでに勃ちあがり気味の晶のペニスを掴んで口元を歪める。この程度も何も、佐伯とキスをした時からすでに勃っていたはずだ。 
 
「……んっ、ぁ」 
 
 予期せぬダイレクトな刺激に、晶が思わず声を漏らす。 
 楽しげに目を細めていた佐伯は、握ったペニスを晶の表情を観察しながら上下にゆっくりと扱きだした。 
 一度二度三度、大きな佐伯の手で緩急を付けて擦られれば、あっという間に晶のペニスは痛いほどに硬くなった。じんわりと滲んででくる先走りでさえ、自分ではコントロールが出来ない。 
 
「身体は素直だな? 晶。俺の掌がいたく気に入ってるみたいだぞ。先をこんなに濡らして物欲しそうに誘っている」 
「……あのな、……ちゃんとって言ったけど、いきなり直はねーだろ」 
 苦笑交じりの吐息が鼻を抜ける。 
「触れと言ったのはお前だが?」 
「……、そうだけど、そこじゃなくて。……ん、これ以上、……っ、ぁ。マジでやばいって、おい、っ、洒落になんねーから手離せ」 
「一度先にイっておけばいいだろう」 
「俺ばっか、……」 
「後ろは、その後でたっぷり時間を掛けて可愛がってやる。それとも、もう俺が欲しくて我慢出来ないのか? こらえ性がない奴だな」 
 
 表情一つ変えずに、躊躇いもなくこんな台詞を次々と言える佐伯は心底凄いと思う。 
「いつも、思うけど。……っ、よくそんなエロい事、フツーの顔し、言えるっ、よな」 
「ただの言葉だろう。お前が卑猥なことを考えているから、そう聞こえるだけだ。何を考えている? ほら、声に出して俺に教えてみろ」 
「……、言うわけねーだろ」 
 
 しかしそれ以上会話をすることは憚られた。 
 なにせ、自分の物は今も佐伯に握られたままで、こうしている間にも徐々に限界が近づいているからだ。 
 普通を装って返事しているのに、どれだけ苦労しているか佐伯はわかっていてそんな事を言ってくるのだ。 
 既に敏感になっている部分を掌でぬるりと擦られ、晶はビクッとすると前屈みになって佐伯の肩に掴まった。 
 
「んぅ、……っっ」 
 
 鈴口の部分をクルクルと指の腹で弄られれば、もう堪らなくなる。 
 
「ぅっ、ぁ、……、要、もうっ、出そう」 
 
 確かに佐伯の言うとおり、発しているのはただの言葉の羅列なのかも知れない。しかし、言葉を発した途端、その言葉は意思を持ち、言葉の意味をより深く印象づける洗脳のような役目を果たす。 
 
「っん、すげぇ……っ、感じ、る……っぁ」 
 
 好きだと言えばもっと好きになるし、感じていると言えば、それだけで躯の温度が上がる気がした。佐伯の言葉は、ただの言葉であって、そうではない。言葉の愛撫のような物なのだ。 
 佐伯が手を伸ばし枕元に備え付けのティッシュを何枚か引き抜くと、晶のペニスへと被せる。カリの部分を親指で押し上げられると、促されるように一気に射精感がのぼった。 
 
「あっ、イくッ、……」 
 間一髪で間に合った吐精は佐伯の掌の中で一気に爆ぜた。 
「は、ぁ、……、っ、ッ」 
 
 唾を飲みこみ、晶はあがった息遣いのまま佐伯の肩に頭をうずめギュッと目を閉じた。そっと握られたままのペニスがドクドクと脈打って、その度に快楽が突き抜ける。 
 俯く晶のうなじを佐伯は指で撫であげると、耳元に口付けた。少し汗ばんだ躯が指先にしっとりと吸い付いてくる。 
 は、は、と短い呼吸を繰り返し、濡れた睫を晶はそっとあげる。 
 
「俺……イくの前より早くなってる気がする……。自分でする時はそうでもねーのに……」 
 
 ちょっと悔しげな声でそんな事を言う物だから、佐伯も笑わずにはいられなかった。 
 
「それは遠回しに、俺に抜かれるのが好きだと言っているのか?」 
「そりゃぁね、否定はしねぇけど」 
 晶が自身に呆れたように溜め息をついて顔を上げた。 
「素直だな」 
「たまにはいいっしょ」 
 
 佐伯が丸めたティッシュをゴミ箱へ捨てると、晶は落ち着いてきた呼吸の最後に一度深く息を吸い、佐伯から躯を離した。 
 
「ゴム、どうする? 俺の使う?」 
「どちらでも」 
「んじゃ、持ってくる」 
 
 佐伯と泊まるとわかっているから予め用意してきたが、佐伯も持ってきているらしい。最初の頃は、自分が用意していると知られるのが恥ずかしかったが、今はもう慣れた。 
 愛する人と過ごす夜にセックスをするのは当然で、何も恥ずかしい事はないと思えるようになったからだ。 
 晶がセットで手渡すと、佐伯は携帯用ローションの小瓶を人差し指と親指で挟んでまじまじと眺めた。 
 
「また新しいやつか。コラーゲン入り? 美肌がどうとか書いてあるな」 
「うん、そう。結構貰うんだよね。アダルトショップとかからさ、勿論俺個人じゃなくて、店関係だけど。ちなみに、そのゴムも新商品らしいぜ?」 
「ほう? じゃぁ早速、美肌効果があるらしいローションを試してみるか」 
「感想は、お客様レビューに書いてやってよ。おかげさまで肌がすべすべになりました。ってさ」 
「そうだな。あとでURLを教えろ。★3をつけてやる」 
「バッカじゃねぇの。ってかそこは★5でしょ、普通」 
 
 冗談を言い合って、二人で苦笑する。よくもまぁ、色々な種類を開発する物だと思えば感心するしかない。 
 
「晶、もう少しこっちへこい」 
「……うん」 
 
 くしゃっとなったリネンをなだらかに整えるように払い、佐伯は晶の腰を抱き上げると自分の上へと乗せた。新しいローションをたっぷり絡めた右手を宙に浮かせたまま、左手一本で抱き締められれば互いの肌が密着する。 
 佐伯の首に手を回していた晶に「少し腰を浮かせ」と囁いて、佐伯の指は迷いなく晶の後孔へと辿り着いた。 
 
 冬ならば冷たすぎてゾクリとする事もある佐伯の指は、夏にはとても気持ちが良い。 
 襞をゆっくりと開くように揉まれ、いつ指が躯の中へ進むのかと少し身構えていると、耳のすぐ側で佐伯がふっと笑ったのがわかった。 
 
「まだ慣れないのか?」 
 
 ほんの少しの躯の動きや表情ですぐに察知されてしまうのもどうかと思うが、今の言葉は別にからかっているわけでもないのだろう。その証拠に、佐伯の声はいつになく柔らかくて、触れる指先は酷く優しげなものである。 
 
「……慣れるとか、そういうのもあるけど。半分は別の意味だし」 
「別の意味とは?」 
「……期待、してんだよ。俺も。俺の身体も」 
 
 佐伯が首筋、そして耳と、滑るように口付けを移動させて「そうか」と一言だけ満足げな声で言った。 
 数分前にもキスをしたのに、瞬間無性にもう一度したくなって、晶はもたれ掛かっていた顔を上げると、佐伯と唇を重ねた。 
 キスは煙草と似ていると思う。何度繰り返してもすぐ口寂しくなるし、キスをしている最中にもキスをしたくなってしまうという、中毒のような物だ。 
 
「もっと、……もっと何度もして」 
 
 キスをしながら囁けば、その言葉も飲みこまれていく。口付けで蕩けていく躯は程よく力が抜けていて、しっかりと揉みほぐされた後ろに佐伯の指が挿入ってきてもすんなりと受け入れた。 
 
「っ、ん……入ってる」 
「……ああ」 
 
 ぬるつく指先が晶の後ろの中をかき回すように動く。圧迫感はないけれど、自分の意思とは別に体内で動くものがあればやはり違和感がある。無意識にキュッと締め付けては、その存在を確認してしまう。 
 続けていたじゃれ合うような口付けも、佐伯の指が増やされるに従って途切れ気味になった。晶の快楽の在り処を覚えている佐伯が、指の腹でやんわりと押しながら周囲を辿る。 
 
「ぁっ、……っ、ぅ」 
 息を詰めて、意識がそこに集中してしまう。 
「晶」 
「ん? ……ッな、に?」 
「顔を、よく見せろ」 
 愉悦を堪えながら佐伯へ視線を向けると、「それでいい」と佐伯は言う。 
「要、っ、マジ……好きだよな。俺が、感じてるとこ、……っ見るの」 
「ああ。俺だけが見られるお前の顔だからな」 
 さらっと言ってのける恋人の証し。 
「そろそろ大丈夫だろう。自分で腰を落とせるか?」 
 
 黙って頷き、位置を確認すると佐伯の物を受け入れるために手を添えゆっくり腰を沈める。佐伯はちゃんと完勃ちしているのかという心配は無用だったらしい。 
 すでに、ほぐされた後ろでさえ、すぐに受け入れるのは困難な程には勃ちあがっている。 
 
「んっ、待って」 
「ゆっくりで構わん。お前のペースでやれ」 
 腰に手を添え、補助してくれる佐伯が労るようにさすってくれる。 
「……、……っんん」 
 
 何とか佐伯の猛った全てをずるずると飲みこむと、晶は震える睫を伏せて「もう平気」と最初の微かな痛みをごまかすように笑みを浮かべた。 
 息苦しいほどの佐伯の存在を中に感じて、愛しさと同じぐらい、繋がれた快感がのぼってくる。 
 動かずに待ってくれている佐伯の肩に掴まり、力を抜いて徐々に腰を揺らす。 
 
「……要」 
 
 何度も重ねた躯はすっかり佐伯を覚えていて、与えられた快楽をひとつも逃さぬよう絡みつく。部屋に響く淫猥な濡れた音が響く頃には、空調のきいた部屋だというのに汗が滲んできた。 
「気持ち、いい?」 
 訊ねる晶に、佐伯は短く「ああ」と返し、眉を寄せた。 
 
 そんな佐伯の感じている顔だって、自分しか見られない物だ。揺れる視界の中で佐伯が眼鏡を外すのがみえる。滲む佐伯の瞳の中にすべてをさらけ出した自分が写り込む。 
 猥らな甘い二人だけの時間は理性をいつのまにか遠くへ追いやってしまう。 
 相手の事しか考えられない、見えない、感じられない。 
 閉じられたセーブの掛けられない世界に、真っ逆さまに落ちていく感覚がする。 
 
「……は、ぁっ、俺も、すげぇ、気持ちいい」 
 
 晶の掠れた声、弾む息遣い、時々耐えるように反らせる喉に白い喉仏が上下する。 
「かなめ……」 
 切なげな声で名を呼ぶと佐伯のペニスが晶の中でグンと体積を増した。 
「ん、っ、あんま……ッでかくすんなって」 
「悪いが、俺の、意思じゃない」 
「身体は、正直だな。なんてな」 
 
 先ほど佐伯に言われたことをお返しして、晶は少しだけ笑った。繋がった部分の熱がどんどんあがって互いに苦しげな息遣いしか出来なくなってくる。 
 一度イったとは思えぬほどに張り詰めた晶のペニスが腹につくほど勃ちあがって腰を揺らすと同じように揺れる。 
 
「んッ、っぁ、っ、も、……イきそ」 
「ああ、俺もそろそろ、っ、イきそうだ」 
 
 佐伯が晶の腰の動きに合わせて突き上げると、その度に震えるほどの愉悦が駆け上る。抉るように押し入ってくる佐伯の熱を貪欲に欲しがり、躯のあちこちが甘く疼いた。 
 
「あッ、ぁ、要っ、……ィく、ッッ!!」 
 
 佐伯が晶の前で揺れるそれに手を伸ばした瞬間、触れてもいないのに先からは白濁が溢れた。勢いよく佐伯の掌に打ち付けた精液が指の間を伝ってとろりと垂れ落ちる。それを絡め取って竿を握り込み搾り取ってやると、晶は佐伯の肩を押し返すように爪をたてた。 
 晶の首筋を汗がツゥと伝う。 
 
 奥深い部分を埋めるように晶が佐伯のペニスを誘い入れると、イったばかりの晶の中は酷くきつく締め付けてくる。佐伯は、ぐんと奥に抽挿しながら苦悶の表情を浮かべた。 
 少し間を置いてから達した佐伯は、イく際に低く呻くと苦しげに片目を瞑った。その様子に気づき、晶が慌てて力を抜くと、佐伯が下を向いて苦笑していた。 
 
「……お前な、少しは、っ手加減しろ」 
「悪い、つい力入っちゃって。痛かった?」 
「ああ、最後食われるかと思ったぞ」 
「ごめんて」 
 
 フゥと一仕事終わったかのような息をつきティッシュで手を拭っている佐伯に抱きつくと、汗でしっとりした肌を合わせたまま、まだ覚めやらぬ熱を口付けに変えるかのように佐伯へとキスをした。 
 
 
 
 
 
 互いにシャワーを浴びて、日中の疲れとセックスの後の怠さを引きずったまま暫くベッドで転がっていた。先に起き上がった佐伯が窓際へ行って細く窓を開けると煙草を取り出す。 
「煙草? 俺も吸おっかな」 
 佐伯を追いかけて、晶もベッドから起き上がる。 
 
 部屋は喫煙可ではあるが、窓際に固定の灰皿があるあたり「ここで吸え」という事なのだろう。ジャケットから煙草を取り出して口にくわえたまま佐伯の隣に行くと、佐伯が火種を移してくれる。 
 受け取った火種が消えぬよう、一度大きく吸い込むと煙草の先がジジッと真っ赤に光った。細く開けた窓の外に極力煙を吐くようにしながら吸うが、結局吹き込んでくる風のほうが強いのであまり意味がない。 
 
 窓の下、眼下には絶え間なく車が行き来していて、ヘッドライトが光の帯になって連なっているように見える。 
 一本目を吸い終わって二本目を吸う。佐伯と吸う煙草はいつもの二倍は美味しく感じる。開けている窓から入ってきた風で、佐伯の洗い立ての髪がさらさらとなびく。 
 その横顔はもう見慣れた物ではあるけれど、ずっと見ていても飽きないのが不思議だ。晶は、タキシード姿だった昼間の佐伯を思い出していた。 
 
「なぁ、ひとつ変な事聞いてもいい?」 
「なんだ」 
「要はさ……。もしも俺が女だったら、プロポーズもうしてる?」 
 
 想像もしていなかった事だったのだろう。佐伯は吸い途中の煙草を咥えたまま考えるように視線を巡らせた。窓をもう少し広げてクルリと向きを変え、佐伯は窓へ寄りかかって天井へ煙を吐いた。 
 
「しない。……だろうな」 
「なんで?」 
「女だったら、その時点でお前じゃないからだ」 
「わかるようなわからないような……?」 
「逆で考えて見ろ。お前は、俺が女だったらプロポーズするのか?」 
「う、……うーん。かなり想像難しいんだけど」 
 
 佐伯がもし女だったらと考えた事は多分あるけれど、想像しようとしても今のままの佐伯がウェディングドレスを着ている姿しか想像できない。はっきりいって似合わないし、全く見たいとも思わないのが正直な気持ちだ。 
 
「どうしたんだ。昼の撮影に、あてられでもしたか?」 
「そうかもな。でも聞いてみたいって、今思ったんだよ」 
「晶」 
「うん?」 
 
 吸い終わった煙草を灰皿でもみ消すと、佐伯は隣に来て、晶の肩に腕を回して引き寄せた。 
 
「お前が男である事も、性格も、声も含めて。俺は今のお前だから選んだんだ。それ以外は、たとえ中身がお前でも、興味はない」 
 
 はっきり言い切る佐伯はいつだって迷いがない。だけど、こんなにもそのままの自分を好きでいてくれる事は本当に幸せなことなのだと思う。 
 
「そんなに今の俺って、愛されてんだ?」 
「まぁ、そういう事だな」 
「……すげぇ嬉しい」 
「喜びついでに、お前の煙草をよこせ」 
「……はい? どういう事?」 
「新しい煙草を買ってくるのを失念した。今のが最後の一本だったからな」 
「……んだよ。まさか煙草欲しいから、テキトーに俺を喜ばせたんじゃねぇだろうな」 
「想像に任せる」 
「ったく、俺使い荒いな」 
 
 晶は鞄から新しい煙草を持ってくると、佐伯へと渡した。 
 
「それ、一箱やるよ。俺まだ持ってるし、どうせすぐ買えねぇんだから」 
「助かる」 
 
 佐伯は封を切ると、晶の煙草を咥えて火を点けた。うまそうに吸い込むと、腕を回して晶の身体を囲い込む。 
 
「ん? なんだよ」 
「晶、覚えておけ。『もしも』なんてのは選択に失敗した奴か、自分が選んだ未来が不安な奴が考えることだ。俺はお前を選んだことを一度も失敗だと思った事はない。お前がそのままで居る限り、この先もずっとそれは変わらん」 
「…………要」 
 
 自分の好きの方がずっと大きいといつも思っていたけれど、こんな言葉を聞いてしまえばそんな気持ちも吹き飛んでしまう。晶は照れ隠しで下を向くと、一気に煙を吐き出した。こうやって、会う度に佐伯に惚れ直していて、この先大丈夫なのかなと心配になりそうだ。 
 
「もうそれさ、プロポーズっしょ」 
 
 佐伯がフッと笑って口端から煙を吐き出す。 
 多分自分は今の佐伯の言葉だけで一生生きていける。それぐらい嬉しかった。 
 眼下に広がる夜景は、今夜も、そして明日の夜も変わらず輝いていてその輝きは何年先もきっと失われる事はないだろう。 
 佐伯を想う自分の愛情が枯渇しないのと同じように。 
 
 
 
 晶は、窓際から離れると「よしっ!」と気合いを入れるように目の前で手を合わせた。 
 
「んじゃ、ラーメン食いに行こうぜ」 
「……今からか? もう十二時すぎてるが?」 
「知ってるって。なんかヤったら腹減っちゃってさ。コンビニで食いもん買ってきてもいいけど、こういう時間に食うラーメンってすげぇ美味いんだよな。要は、腹一杯で食えねーの?」 
「まぁ、別にラーメンぐらいは食えるが」 
「だろ? よし! んじゃ決まり。要と深夜にラーメン食いに行くの初めてじゃね? すげぇ楽しみ」 
「……元気で何よりだ」 
 
 佐伯は呆れ気味にそう言うと、渋々と着替えを始める。 
 晶はそんな佐伯を見て、幸せそうに笑った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ーFinー 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
後書き 
 
皆様こんばんは。 
こちらの話は第七回 キャラクター投票2021で一位になった彼の番外編を書くというお約束の元、佐伯×晶で書きました。ってここまで、前の後書きと一緒ですね(笑) 
今回はブログでも書きましたが、一位の晶をメインに意識して書いた番外編になっています。かっこいい部分も愛嬌のある部分も、寂しがり屋な本来の性格なども……。 
夜を生きる一人の男のちょっとした物語です。 
佐伯は勿論、信二やモブの女の子達、晶の元客など様々な人物との絡みがありますので、色々な晶を楽しんで貰えたら幸いです。 
晶達のセックスシーンは書くのがとても楽しいので他番外編より濡れ場シーンが長くなってしまいました。何故かというとロマンスに振り切らなくてもいいから(笑)ある程度交際期間が長いというのもあって、ドライめな大人同士のセックスです。 
とはいっても、最中の晶の色気が伝わるようにそこは力をいれておりますが^^; 
 
他連載と重ねての執筆だったので大変でしたが、原点に戻るような夜の世界をまたえがけて楽しかったです。 
投票して下さった方も、そうでない方も、良かったら、一言ご感想等聞かせて下さると大変励みになります。お気軽に拍手からお声がけ下さいませ。 
最後まで目を通して下さって有難うございました。 
 
投票所設置の際には、沢山ご参加いただきまして、改めて感謝いたします。 
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。 
 
 
2021/11/2 紫音