片方、晶の控え室。
掛かっているのは佐伯とは逆のシャンブレーの上品な光沢を落とし込む白を基調としたタキシードだ。ラペルから裾にかけて上品なシルバーサテンが覗く爽やかなカラーの差し色。全体的な細身のシルエットを和らげるパステルブルーのタイ。
どこかの国の王子のような出で立ちで、このまま舞踏会にでも行けそうな雰囲気である。
晶は試着室で一度着替えを済ますと、細かい部分の調整をして貰う為に大きな鏡の前に立った。全身足の先まで白という出で立ちは普段中々お目にかかれない物である。
似合っているのかどうなのか、しばし見慣れない自分の姿をチェックしていると、ズボンの裾を引っ張ったりとサイズを見ていた担当者が晶を見上げた。
「このカラーの衣装は、ガーデンウェディングのような野外だとより一層綺麗に映えるんですよ。三上さん、髪色もかなり明るいから、余計に今回のテーマでもある天使のウェディングにぴったりですよね」
確かに野外では室内より一層見栄えがしそうな衣装である。しかし、天使という言葉は的確なのだろうか。三十間近の男が背負うのには無理がある気がする。
晶は苦笑すると、胸元のパステルブルーのタイの歪みを指で整えた。
「天使は流石に厳しくないっすかね? 俺そんなに上品な男じゃないし、ただの元ホストだし。天使役とかちょっと荷が重いかな」
「そんな事ないですよ。私にお任せ下さい! 素敵な天使、ううん、素敵な王子様に仕上げさせてもらいますから」
「そう? んじゃ、期待しちゃおうかな」
「はい!」
天使も王子も自分とは無縁の言葉だが、相手はプロだ。もう任せるしかない。
衣裳合わせが終わると一度上着を脱いで、今度はヘアメイクのセットに進む。といっても同室内の鏡の前に座るだけで、全ては彼女にお任せだ。
ぐいぐいと髪を引っ張られながら、晶は長い足をメイク台の下で組み替えた。長めにしている髪は、どちらかというとワイルド系にみられがちだが、プロに掛かると全く別の物になるらしい。普段とは違うサイドの分け目で流された髪型は、確かに先程の衣装にはぴったりな気がした。
鏡の中の自分が、どんどん変わっていく過程は見ているだけで面白い。
「三上さん、理彩ちゃんのご指名なんですって? 聞きましたよ」
「そうなんですよ。流石情報早いな。理彩ちゃんとはちょっと昔の知り合いで」
「彼女今売れっ子さんだから、お相手役はどんな方が来るんだろうって楽しみにしていたんですよ。三上さん、今はホストは引退なさっているんでしょう?」
「ええ。まぁ、形式上はオーナーです。フロアにも結構出ちゃってるんで、あんまりホスト時代とやることは変わってないんですけどね」
「そうなんですか。じゃぁ結構お忙しいのかしら。この業界へ転職されたらいいのにって思って」
「いやいや、そんな無理ですって。俺がモデルとか本職の方に怒られるでしょ」
「まさか。一般人とは違う華やかなオーラがあるから、活かさないのはもったいないですよ。私、これでも結構見る目あるって言われているんですよ?」
「そうなんですか? 褒め上手だなぁ。じゃぁまぁ、店を追い出されたら世話になろうかな」
謙遜を含ませて苦笑すると、ふふっと笑みを返され「気が変わったら連絡下さいね。いい紹介先を知っていますから」と念を押された。
この手の職業は本当に褒めるのが上手い。同じ客商売として、接客される側というのがなんだか落ち着かないが、話が弾むのは悪くない。
一時間ほどで全ての支度を終え、いざスタジオへ入ることになった。
履き慣れない白のエナメルシューズがやけに硬くて歩き方がぎこちなくなりそうなのを隠しつつ、晶はセット会場へ足を向けた。
眩しい陽射しが差し込むセット内には薔薇のアーチがあって、ハロウィンをテーマにしたファンタジーな飾り付けが施されている。
大きなウェディングケーキはカボチャの形をしていて、よくみるとカトラリーまでハロウィン仕様のようだ。
「へぇ、随分凝ってんなぁ」
珍しい物を見ながら芝生を歩いていると、奥の方に黒に近いダークレッドのウェディングドレスを着た女性がいた。高く結い上げられた漆黒の髪には真紅の薔薇があしらわれ、大胆に空いた背中から透き通るような白さの綺麗な肌が露出している。
あれが、佐伯の相手となる悪魔側の花嫁のモデルなのだろう。
可愛らしさは抑え気味だが、あの手の妖艶な雰囲気は確かに惹かれる物がある。そして、聞いていたとおり、身長は晶と同じぐらいには高かった。
わざとそういうモデルを選んだだけはあって、大半の男なら彼女に圧倒されて添え物のようになってしまうだろう。
そうならないように指定された色々に、酷く納得がいった瞬間だった。
皆がそれぞれ撮影の段取りを始めている中、手持ち無沙汰にブラブラしていると、まだ声の掛からない数人のエキストラの子に声をかけられ一緒に写真を撮る事になった。
「いいんですか? やったぁ、じゃぁ記念に一枚だけ」
「うん、かっこよく撮ってね」
「はーい!」
これは勿論ただのプライベートの写真で今回の撮影とは無関係だ。
「有難うございました! あの、いつもどの雑誌メインで出ていらっしゃるんですか?」
どうやら、モデルと勘違いしているらしい。こんな場にいるのだから当然ではあるが。
「ああ、俺? 俺モデルじゃないんだよ。新宿でホストクラブやってんの。LISKDRUGっていう店なんだけど、良かったら今度遊びに来てよ」
「そうなんですか!? 是非! 今度皆で行きますね」
「ほんと? 楽しみにしてるね」
こんな場でキャッチに精を出すわけにも行かず、晶はさらっと流してその場を後にした。徐々にスタッフも集まりだし、あちこちで撮影準備のかけ声が飛び交う。
一瞬話し声が途切れたので先程の美しい花嫁モデルのほうに視線を向けると、その奥から丁度準備を済ませた佐伯がメイク担当のスタッフと出て来た所であった。
――…………要。
晶の予想を遙かに上回る完璧な格好良さで登場した佐伯に、晶は思わず釘付けになって足を止めた。
――なにあれ……。かっこよすぎんだろ……。
勿論声には出さないが、そう思わざるを得ない。
ヒールが多少あるエナメルのフォーマルシューズのせいか、姿勢のいい佐伯の身長は190以上はありそうだ。重厚感を感じさせる漆黒のモーニングコート、グリッター加工のされたベストの差し色は花嫁のドレスと同色のダークレッドである。元々かなり足が長い佐伯だが、ベスト裾のカッティングの形のせいで余計に長く見える。綺麗に整えられた長い髪は、ほんの少し普段より高い位置で結ばれ、サテンのリボンが巻かれている。
すでに長年付き合っているというのに、二度ほど惚れ直してしまった。
と、佐伯に見惚れていると、背後から聴き慣れた声が聞こえ、直後背中から抱きつかれた。
「あ~きらっ!! モデル引き受けてくれて理彩嬉しい!!」
振り向くと、花嫁姿の元客、理彩が嬉しそうに笑っていた。主役の登場である。佐伯の相手の花嫁役の美しさにも圧倒されたが、でもやはり天使側の花嫁なだけあって理彩はまるで天使そのもののように眩しかった。お世辞抜きにして、めちゃくちゃに可愛い。
「おぉ、理彩ちゃん。指名アリガトね。ってかなんだよ、天使が来たのかと思ったじゃん。眩しすぎて目が痛いんだけど。マジで、綺麗だよ」
「ほんと? やったぁ。理彩ね、この仕事きた時、旦那様役は晶にお願いしたいなぁって最初から思ってたの。初めてのウェディングドレスだしー、テンション上げたいじゃない? 晶も、すっごく格好いい! 理彩の思ってた通りだよ」
「サンキュー。今日はマジで新婚にみえるように頑張るから、宜しくね、お嫁さん」
「うんうん、理彩、このまま本気で晶と駆け落ちしたくなったら責任とってよね」
「お、いいね~。その調子でいこうぜ」
「違う! 演技の話じゃないよ。理彩、真面目に言ってるのに~」
ふくれっ面をしてみせる理彩の柔らかな頬をつつくと、理彩はぷっと吹き出した。ごくごく淡い水色のマーメイドラインのドレスは、晶のタキシードと揃いになっている部分が幾つもある。腰の辺りについているレースで出来た飾りが、風が吹く度にふわふわとなびく。明るい髪はゆるく結い上げられて生花が散らしてあり、傍にいるといい香りがした。天使と言うよりはお伽噺の妖精のような愛らしさだ。
「あ、理彩ちゃん。ちょっとこっち来て。動かないで」
「え? うん?」
晶が髪についた塵を指でそっと掴んでとってやると、理彩は「有難う」と言って眩しいほどの笑顔を向けた。
理彩がまだ売り出し中の頃、相当苦労した話を散々聞かされ、その度に励ましてきたので、こうしてメインモデルとして活躍しているその姿が余計に感慨深い。
暫く理彩と話していると、撮影が始まるようで現場のディレクターから全員に声が掛かった。
新郎新婦役の二組の他にも、招待客役のモデル達。その他大勢のエキストラは、主役カップルを目立たせるための存在なので、そう目を引くような派手な衣装の者はいない。
機材が位置につく間、離れた場所で待機していると、佐伯が近くに歩いてきた。
「よっ、お疲れ。撮影、うまくやれそう? 緊張してたり?」
「別に、いつもと変わらん」
「言うと思った」
苦笑しながら準備の様子を眺めていると、佐伯は視線をこちらへ向けないまま晶にだけ聞こえるように声を落として呟いた。
「いつものチンピラ風情とは大違いだな。誰かと思ったぞ」
晶も、周囲に感づかれぬ程度の声で佐伯の素直じゃない褒め言葉に返した。
「そっちもな。どこの異世界から迷い込んだ貴族ですか? 教えてくんね?」
互いに目を合わせないまま交わす会話に小さく吹き出す。
本当はもっと話していたいが、遊びに来ているわけではない。依頼されたこの仕事にはちゃんとモデル料も支払われているのだから。
無駄口はそこで終いにして、それぞれが最初のカットを撮影するために移動した。
撮影の流れを説明され、いよいよ撮影開始だ。
バミテが貼ってあるアーチ手前の芝生の上でスタンバイしている間も、しきりに髪や服の裾を直され、理彩には専用のスタッフが自然にドレスの裾がひらめくようにドライヤーのような物で風を当て続けている。
何人ものスタッフの努力の結晶を無駄にするわけにいかない。
晶も気合いを入れなおして自然な笑みを作ると、理彩の腕にそっと手を絡ませた。本物の恋人達のような優しげな表情に理彩も嬉しそうに目を細める。
「ハイ! じゃぁ、理彩ちゃん達から撮っちゃいますね。三上さんと理彩ちゃん、所定位置に移動して下さーい」
佐藤の声が響き、理彩と一緒にアーチの手前まで移動する。
入場シーンでは、花嫁役とそれぞれ腕を組みながら薔薇のアーチをくぐる事になっているのだ。周囲のエキストラが演技とは思えないほど自然にスマホで撮影するフリをしたり声をかけたりしてくる。
アドリブで理彩がエキストラに手を振ったりしているが、流石モデルなだけあって理彩も自然体だった。
「はい! OKでーす。理彩ちゃん達良かったよー。本当に恋人達みたいだった。三上さんもバッチリでした」
佐藤に褒められ、次の佐伯達のために一度端へとずれる。
最初に入場シーンを撮影した晶達はこのように一発OKだったのだが、モデル経験皆無の佐伯は一発目にダメ出しを食らっていた。
「佐伯さん、もうちょっと楽しそうな表情でお願いできますか?」
「……わかりました」
側でみていた晶は、その言葉に思わず吹き出していた。
佐伯の表情は、あれでもいつもよりは柔らかめにしているように見えるが、一般的にはそれは通用しないのだろう。隣にいた理彩が晶の肩越しに小声で呟いた。
「今日ね、晶が連れてくるって言うから、信二君が来るのかなって思ってたんだよ、私」
「信二? あいつは悪魔要素ゼロでしょ、俺の代役なら信二でもいいけど、あっち側は無理じゃね?」
「うんうん。確かに。あー! 信二君にもまた会いたいな~」
「今度顔見に来てやってよ。信二も今ではうちの人気ホストだから指名結構埋まっちゃってるけど」
「うん、また時間できたら遊び行くね。ちゃんと前もって晶に連絡するから」
「OKOK、楽しみにしてるわ」
信二の事もよく知っている理彩は、懐かしそうな表情を浮かべている。
その瞬間、突然連写で撮影された。気付くと佐伯達も入場シーンを撮影し終えており、撮った写真の仮チェックがPC上で行われている最中のようだ。
「佐藤さん!? 今撮った?」
「うん、理彩ちゃんと話してる感じが自然だったから、使えるかなぁって思って。三上さん、理彩ちゃんとホント仲良しなんだね」
「そうだよ~! 晶とこのまま駆け落ちする相談してたんだ」
冗談を言って抱きついた理彩の溢れんばかりの可愛らしい笑顔に、佐藤は再度シャッターを切ると「羨ましいなぁ」と悪戯な笑みを浮かべた。
撮影は順調に進み、両端から同時にナイフを入れるケーキ入刀シーンやキャンドルサービスのシーン、最初は何度かNGを出されていた佐伯も、その後はまずまず順調のようだ。
先に個別の撮影を終えた晶から順番に一度休憩が挟まれる。
理彩がメイクを直すために離れたので、晶は用意されたストローでドリンクを飲みながら現在進行中の佐伯の撮影を眺めていた。
花嫁役のモデルの腰に回された佐伯の手、演技指導のもと相手の顔を僅かに覗き込むように優しい笑みを浮かべる佐伯。結婚相手なのだから当然だが、自分と佐伯では滅多にない距離感のなさに、ほんの少し胸がざわついた。
全てが作り物の景色だと理解している。
青い空の下で見知らぬ女性と幸せそうに佇む佐伯、滅多に見せない表情、撮影の僅かな切り替えの合間には、すっかり慣れたのか花嫁役の女性と何やら話して苦笑している姿もあった。
晶側の撮影時には、理彩を姫抱きにして頬にキスするシーンもあったけれど、そんな自分の事は棚に上げ。晶は複雑な気分で佐伯の撮影を見続けていた。
三時間後、全ての撮影が終わり、あちこちで「お疲れ様でした」の挨拶が飛び交っている。
次の撮影が迫っているとかで、名残惜しそうに次の現場へ移動する理彩を見送る事になった。
「もう少し晶と一緒にいたかったな」
「俺もまだ理彩ちゃんといたいけど、仕事だから仕方ないでしょ。またいつでも会えるよ。俺からも連絡するし。次の仕事も頑張れよ」
「うん、アリガト。今日は理彩の指名受けてくれて有難うね、おかげで撮影すごく楽しかった」
「ほら、俺根っからのホストだからさ。指名受けたらOKするしかないじゃん?」
「そうゆー理由!?」
「うそうそ、理彩ちゃんに会いたかったからに決まってるっしょ」
晶がそう言って理彩の頭をポンポンと撫でると、やっと納得した理彩は大きく手を振ってマネージャーに連れられていった。
「流石元ホストだな」
背後から低い声が掛かって振り向くと、理彩と晶の様子を見ていたらしい佐伯がいた。
「要かよ、ビックリした」
見上げるほどに高い位置にある顔を見上げ、晶は笑みを浮かべた。
「要も、今日は無理言って付き合わせて悪かったな。マジサンキュー。お疲れ様」
「ああ、お疲れさん」
佐伯は足先から頭のてっぺんまで、記憶に刻むようにゆっくり晶の姿を眺めると眼鏡越しの目を細めた。
「なによ、俺に見惚れちゃった?」
「……そうだな」
「だよなー。って……はい!?」
ありえないほどすんなり返してきた佐伯にびっくりして晶は思わず一歩後ずさった。
「何をそんなに驚いている」
「いやだって、え? どうしちゃったんだよ。怖ぇーな」
佐伯も自分でらしくない反応を返したことに気付いているようで、腰に手を当て自嘲気味に笑った。
「まぁ、お前の晴れ姿が見られるというのが、今日の悪魔役のメリットだそうだからな。十分堪能していたまでだ」
「メリットね、安上がりの駄賃で助かったぜ。ってか……」
「なんだ」
佐伯から視線を外し、晶は足下の芝生の緑を瞳にうつしたまま呟いた。
「その……。要もすげぇカッコイイよ。似合ってんじゃん。最初見た時、あまりに様になっててちょっと惚れ直したし」
「ほう」
「ほう、じゃねぇし。ちっとは喜べよ、俺が素直に褒めてんだからさ」
「喜んでるが?」
「あっそーですか」
どの辺を見て、喜んでいるか判断すればいいのかわからないが、本人曰く一応喜んではいるらしい。全く照れない佐伯を相手にしていると、自分だけが照れているようで何だか悔しいという物だ。晶はもう一言言葉を追加した。
「さすが元悪魔だな~って思っただけだけどな!」
「……フッ、どうした。照れ隠しか?」
「あのな……。もういい」
お互いタキシード姿で何を言っているのか。図星を指され、言った側から益々恥ずかしくなってくる。無言になった数秒、佐伯の視線を感じすぎて顔を上げられない。火照る顔をあおいでいると、またしてもフラッシュがたかれ、二人で横を見ると佐藤が楽しそうにシャッターを切っていた。
――……!?
本当に油断も隙もない。
「佐藤さんっ! ちょっと、俺たち撮ってどうすんの」
「いや~。いい絵を見ると癖でシャッター押しちゃうんですよ。いい男二人でなんの密談ですか? 俺も混ぜて欲しいな」
「密談って、ただの世間話だって。な? 佐伯」
どうやら会話は聞かれていなかったらしく、晶は胸をなでおろした。苦笑しつつ同意を求めるように隣の佐伯を見る。今日の撮影の花嫁はさすがモデルなだけあって綺麗だったな、とかなんとか。そんなよくある話をしていたのだと無難に言ってくれるだけでいい。
佐伯もそこはわかってくれるはずだと信じていたのに。
「野外での着慣れない厚着のせいで、のぼせたらしいんでね。服を緩めたらどうだと勧めていた所です。大丈夫か? どれ、脈をはかってやろう」
佐伯はあろうことか晶の手首を掴むと、脈を計る素振りをしつつニヤリと口元を歪めた。
――完全に面白がってやがる!
しかも、そんな脈の測り方があってたまるかといいたくなるように、佐伯は袖の中に長い指をゆっくりと進入させてきた。
冷たい佐伯の指が夜を連想させるような動きをし、隠された部分がゾクリとする。晶の肌を繰り返し撫でる指先がくすぐったいような恥ずかしいような感覚を身体に伝えてくる。
何やってんの!? しかも人前で! と文句を言いたくなるのを抑えつつ晶は引き攣った笑みを浮かべると、やや乱暴に佐伯の腕を振りほどいた。
すぐそこにいる佐藤の視線が、まっすぐに晶に向けられている。
もしかして、怪しい関係だと感づかれた!? どうしようと焦れば焦るほど顔が火照った。が、佐藤は晶の想像を遙かに超える鈍さだった。
「ほんとだ、三上さん顔赤いですもんね。今日も暑かったし、本当に大丈夫ですか?」
覗き込んでくる佐藤の顔が近い。そして、本気の心配顔が今の自分には痛い。後ろめたさから、晶は別に言わなくて良いことを並び立てた。
「みんな暑くねぇの? 俺だけかな。俺いっつもめっちゃ薄着だからさ、冬もシャツ全開に開けてるし! 今回のこれ、何枚着てんだって。やっぱモデルは無理だな~ははは……はは」
佐伯の言葉通りを受け取って心配している佐藤には悪いが、ここは佐伯に合わせるしかない。佐藤が素直な性格で本当に良かったとほっとしていたのも束の間、佐伯に強引に腕をつかまれ引き寄せられた。
「っと、何だよ。危ねぇな」
「まだ顔が赤いぞ。俺が控え室でじっくり診てやろう」
「佐伯さん、そういえばお医者さんなんですもんね。三上さん、診て貰ったらいいのに」
「やだな。佐藤さんまで、そんな事言って。俺はこの通り、すげー元気だから。マジで。ただ暑いだけだって」
佐伯を睨み付けると、佐伯はさもおかしそうに口元を歪めそのまま控え室へと去って行った。これ以上余計な事を言われると、ごまかすのにも無理が生じてくる。
ディレクターから呼ばれて佐藤もいなくなったので、晶はようやくやれやれと盛大な溜め息をついた。
「……んだよ、要の奴……」
――誰かさんのせいで、一気に疲れたし……。
何が疲れたかって、撮影ではなく今のやりとりというのが笑えない。
撮り直しもないようなのでその場で漸く解散になった。控え室へと戻る廊下を歩きながら、急に煙草が恋しくなった。気付けば撮影が始まってから一回も煙草を吸えていないのだから、我ながら良く我慢したと思う。