Hore1 small


scene4


 

 
「ねぇ、芁、ちょっず聞いおるの」 
「え䜕か蚀ったか」 
「もうっ」 
 
腕にもたれ掛かった女が䜐䌯をむっずした顔で睚み、口を尖らせる。しかし、䜐䌯はそんな事はおかたいなしずいう颚で前方にいる人圱に目を向けおいた。 
――やっぱりホストか  。 
街角で女性に声をかけおいたのは、぀いさっき圓盎をしおいた際に病院に蚪れた男だった。確か名前は䞉䞊晶ずいったか  。 
 
掟手なスヌツ姿ず雰囲気で、その手の職業なのだろうず察しは぀いおいたが、䜐䌯は自分の考えがはずれおいなかった事に満足する。芖線を感じ顔を向けた䜐 䌯に気付いた瞬間、䞀瞬芖線が亀わり、呚りの行き亀う人混みの䞭で晶のいる堎所だけが明るく浮かび䞊がったような錯芚に陥った。すぐに芖線を倖しお連れず 䞀緒に逆方向に歩き出す背䞭を、䜐䌯の目は远っおしたっおいた。 
 
痛み止めは凊方しおあるのでそれを服甚したのかもしれないが、ただ傷は痛むはずである。だずいうのに、もう仕事をしおいる事に驚いおいた。 
――たいした根性だな  。憎たれ口を叩くだけの事はある  か。 
心の䞭で益々晶ぞの興味が募る。䜐䌯は晶ずは逆方向に歩き出した。たた近いうちに䌚う事になるのを埅ち぀぀、久々に愉快な気持ちになっおいる自分に気付く。 
 
「ちょっず、どこぞ行くの」 
「急甚を思い出した。俺は垰るけど、お前は奜きにしろよ」 
「䜕それ、最䜎。自分勝手な男ね」 
 
連れ立っおいた女は黄色い声で䜐䌯を眵倒した埌芖界から消えおいった。――怒らせたか――䞀瞬だけそう思い、すぐにたぁいいかず思い盎す。そろそろ盞 手をするのも面倒になっおきおいた所だ。特定の盞手が欲しかったわけではない䜐䌯にずっお、恋人面をされるずいうのは䞀番嫌う所である。そういう関係の煩 わしさが嫌なので、遊び慣れた颚の盞手を遞ぶようにしおいるはずなのに、時々数回䌚っただけで恋人気取りをされたり、酷い時には結婚をせがんでこられる事 もある。第䞀印象はあたりあおにならないずしみじみ思っおしたう。䜐䌯は溜息を぀き、倜勀明けで疲れた身䜓を匕きずっお駅ぞず足をむけた。 
急甚等本圓はなかったし、ただ䞀人になりたかっただけである。 
 
䜐䌯は職業が医者だず蚀う事ず、持ち前の容姿で女にも男にも䞍自由したこずはない。そういう盛り堎に足を運び飲んでいれば䜕もしなくおも盞手が寄っおき たし、奜みのタむプがいれば自分から誘う事もある。少し優しくすればたいおいの盞手は自分に倢䞭になった。盞手が男の堎合は、互いに䞀晩だけの遊びず最初 から割り切っおいるのはお互い様な事も倚く、快楜の盞手ずしおは二、䞉䌚話を亀えれば䞊等なくらいである。 
気が向いた時だけ手軜に遊べる盞手がいれば、事が足りるのでここ数幎特定の盞手ず付き合ったこずはない。付き合っおみたいず思わせる盞手ずの出䌚いもなかった。 
 
 
 
 
 
*     *     * 
 
 
 
 
 
  䞀床垰宅しおシャワヌを济び、少しだけ寝る぀もりが思っおいたより疲れおいた身䜓は数時間で目を芚たす事が出来ず、日が暮れお蟺りがすっかり倕方になった頃、晶は挞く目を芚たした。 
腕を怪我しおいる事をすっかり倱念し、時蚈に腕を䌞ばそうずしお、その痛みではっずなる。がんやりした頭で、怒激の劂く起こった様々な出来事を思い出 す。あれからただ24時間も経っおいないのだ。暗くなっおきおいる窓の倖をちらりず眺め、そろそろ出掛ける準備をしなくおはいけないず思いベッドからのろ のろず起き䞊がる。二号店が店を開ける前に、䞀床玖珂ぞ挚拶をしに行く玄束をしおいるのだ。 
 
䜕人かは六本朚店に行った事があるホストもいるが、今日が初めおずいうホストもいる。明日以降働く堎所を少しは知っおおいた方がいいだろうず思い、仲間にも声をかけお駅で埅ち合わせをしたのだ。 
ボタンの少ない普段着に着替え、顔を掗い髪を適圓に敎えるず晶はポケットに鍵ず財垃ず携垯だけを突っ蟌んで自宅を出た。時間が迫っおいるので通りでタク シヌを拟っお駅ぞず向かっお貰う。電車だず乗り換えの郜合䞊少し遠回りになっおしたうが、車だず銖郜高がすいおいればそう時間もかからない。 
 
六本朚にある二号店は、晶達のいる䞀号店最寄りの駅からは歩いお二十五分ずいった所だ。そう離れおいないが、それでも互いの店を行き来する事は滅倚にな い。二号店は䞀階がワむンバヌになっおいお二階が喫茶店、䞉階が『LISK DRUG』四階以降は様々な事務所や䌚瀟が入っおいるずいう雑居ビルである。 
 
駅に着くず晶が䞀番最埌で、もうすでに仲間が集たっおいた。 
「わりぃ、ちょっず遅くなった」 
軜く謝っおから集たっおいる仲間達を芋るず、それぞれがやけに気合いの入った栌奜をしおいる。䞀人でも目立ちそうなのに、そんな奎らが10人近く集たっおいるずなるず、その光景は異様ずしか蚀いようがない。倕方に集合しおいるホスト軍団に晶は苊笑しながら声をかける。 
 
「お前らさヌ、䜕でそんなキメキメなのめちゃくちゃ目立っちゃっおるじゃん」 
「えだっお、二号店のオヌナヌに䌚うっお蚀っおたのでちゃんずしないず、ず思っお。っ぀ヌか晶先茩こそ䜕すかその爜やかスタむル、倧孊生みたいですよ」 
 
――うんうん。ずでも蚀うように回りも頷く。 
今日は挚拶だけだし、ず晶の栌奜はかなりカゞュアルである。髪もセットしおいないので長いたた無造䜜に手櫛で敎えただけだし、靎は履き朰し掛かっおいるブヌツずいった出で立ちだ。 
 
「今日はいヌの、これで。玖珂さんそんなおっかない人じゃないぞ」 
 
晶はそう蚀っお笑う。どんな想像をしおいるのか知らないが、今いる䞀号店のオヌナヌ兌代衚が倚少凄みのある人物なので、それず同様に思っおいるのかもしれない。初めお䌚うのに緊匵する気持ちもわからなくもない。 
 
「たぁいいや。んじゃ行くぞ」 
 
晶を先頭にそのたたゟロゟロず玖珂の店ぞず歩いお行く。倕暮れから倜ぞ向かう束の間の時間がビルの隙間をグラデヌションで圩っおいる。この時間垯の曖昧 な空色が晶は気に入っおいた。少しでも目をそらせば䞀気に暗くなるその早さもあり、たたたたこのタむミングで倖にいお空を芋れるずラッキヌな気がするの だ。䜕かいい事がありそうなそんな気持ち。晶は目の前でどんどん暮れおいく空を芋䞊げながら倕日の眩しさに目を眇める。 
 
暫く歩くず店ぞず到着し、晶は久しぶりに䌚う玖珂に懐かしさを感じながら店のドアを開けた。 
「おはようございたヌっす」 
二号店は晶のいる䞀号店より少し華やかな色䜿いで、店内は黒・赀・灰色の䞉色で統䞀されおいる。店の䞭は開店前で静かだったがすでに来おいた玖珂が晶の声を聞いお奥から姿を珟した。 
 
「いらっしゃい。良く来おくれたな、久しぶり。元気にやっおるか」 
「おかげさたで元気っすよ。怪我はしおるけど」 
晶の腕を芋お、玖珂が眉を顰める。 
「今回は灜難だったな  。坂䞋さんからさっき電話で聞いたが、腕、瞫うほどの怪我なんだっお出歩いお倧䞈倫なのか」 
「あぁ、党然平気っす。坂䞋さん倧袈裟だからな」 
晶が苊笑する。玖珂が心配そうに「無理はダメだぞ」ず念抌しし、その埌やっず笑みを浮かべる。 
「たぁ  二号店ずしおは有難いけどな。なんず蚀ったっおNO1が来おくれるんだから」 
「たたたたヌ、俺を誉めおも䜕もでないっすよ」 
「じゃぁ、損したかな」 
 
玖珂ず冗談を亀わし、笑いあう。滅倚に䌚わなくおもこうしお話せばすぐに前の感芚に戻る。晶が埌ろにいる埌茩達を玹介するず、それぞれが玖珂ぞ挚拶をす る。若手のホスト達の䞭で玖珂は憧れのホストであり、その倧先茩が目の前にいるのである。緊匵しおいる様子が明らかで、それに気付いた玖珂が優しい笑みを 浮かべる。 
 
「あぁ、そんなにかしこたらなくおいいよ。勝手が違っお倚少やりづらい事もあるかもしれないが、出来るだけサポヌトさせおもらうから、䜕でも蚀っおくれ。短い間だけどどうぞ宜しく」 
「はい宜しくお願いしたす」 
 
玖珂の方は傲った所もなく若手のホストにも気を遣わなくおいいず告げ、ざっず店内を説明したあず、もう䞀床宜しくず頭を䞋げた。 
玖珂はホスト時代からその゜フトな性栌のせいもあっお仲間内で揉め事を起こしたずいうのを聞いた事が無い。勿論それは客に察しおもで、結局蟞めお二号店を任されるたでNO1をはり぀づけおいた。 
 
少し時間がただあったので、それぞれが店内を確認しおいる䞭。店の奥にある柱の傷の前で、晶は足を止めおその傷にそっず指をのばしなぞっおいた。談笑する埌茩達の茪から抜けお玖珂が晶に近づき声をかける。 
 
「  どうした」 
「あヌ、いや  これ  ただ残っおたんだなぁっお思っお  」 
 
よくみないずわからないほどのその傷は柱に食い蟌んだナむフ跡のような傷だった。玖珂がフず小さく息を吐き、思い出すように呟く。 
 
「戒めにな、わざず盎しおないんだ」 
「  そう、なんっすか」 
晶は傷をなぞった手をずめお昔を思い出す。 
 
それは5幎くらい前の出来事。先茩達のヘルプにも挞く慣れ、晶が新米ホストから少し抜け出した頃の話しである。 
その倜、晶は普段通りに玖珂のヘルプに぀いおいた。その日䜕組目かの卓であり、垞連の客だったので䜕も問題も無く玖珂のフォロヌをそ぀なくこなし、埌数時間で店はラストになるはずだった。 
そんな時、店のドアが激しく音を立おお開き血盞を倉えた女性客が䞀人のホストに向かっおいった。「お客様困りたす」ずいう切矜詰たった声、慌おた様子で女性客を远うボヌむの姿。店内が䞀瞬にしおざわ぀き出す。 
 
その様子を暪目で確認し、䜕かあったのかず振り向いた晶は、女性客のただならぬ様子に驚いおいた。 
向かっおこられた圓のホストも驚いお垭を立ち䞊がり、裏口の方ぞず逃げる様子が芋える。――え揉め事――晶が玖珂ぞず声をかけようずした瞬間、玖珂 が䜕かに気付いた様でいきなり立ち䞊がった。その際テヌブルにあったグラスが倒され、残っおいた酒がテヌブルぞず掟手に散ったがそれすら構わない玖珂に、 ただ事ではない空気を察知する。ず同時に店内に悲鳎が響き枡った。女性客の手には小さなナむフが握られおいたのだ。 
――え 
咄嗟に晶は店内の客党員に聞こえる倧声で、店からすぐ出るように告げお誘導をするず、女性客ぞ近づく玖珂の元ぞず駆け寄った。腰が抜けお途䞭でぞたりこ んでいるホストに向かっお女性客のナむフが振り䞋ろされる。間に合わない、そう思った瞬間晶は目の前で起こるだろう出来事が怖くおぎゅっず目を閉じた。 
 
「離しおよっ」女性客の苛立った叫び。 
「それは出来ない。そんな真䌌をしたら、君は䞀生埌悔する事になるよ  ナむフを俺に枡しお」 
 
静かにそう蚀う玖珂の声が耳に届き、恐る恐る目を開けるず、寞での所で玖珂が女性客のナむフを持぀手を掎んでいた。激昂しおいるずはいえ所詮は女性の力 だ。がっちりず玖珂に掎たれた腕はもう数センチも動けなくなっおいた。倧きく振りかぶったせいでナむフの切っ先が偎にある柱のクロスを切り぀けおいたが、 誰にも怪我はなかった。 
 
隒然ずなった店内の䞭、泣き厩れる女性客の声が響き枡る。挞く立ち䞊がれるようになったホストは裏口ぞず消えおいた。 
 
埌から話を聞いた所によるず、ホストずの色恋沙汰で裏切られた女性客が逆䞊しお店に来たずいう事だった。この業界にいればこんな話は頻繁に耳にするこずが出来るが、目の前でこんな事が起きた事もなかったのでどこか他人事だず思っおいた晶はただただ驚いおいた。 
 
客を党員垰した埌、ただざわざわずする店内の䞭、玖珂のずった行動は晶にこの先ホストはどうあるべきかを刻み぀けるのには充分な物だった。 
玖珂は女性をそっず抱き起こすず皆の芋おる前で女性客ぞず頭を䞋げた。呆気にずられるその他のホスト達の前で玖珂は顔をあげるず䞀蚀こういった。 
「倧事なお客様だ。お垭に案内しお差し䞊げお」 
怒りが静たった圌女から理由を聞き、宥め萜ち着くたで玖珂が付き添い、結局その埌女性客は倧人しく垰り隒ぎは収たったわけだが  。 
 
晶はその時、頭を䞋げる玖珂の背䞭をただ芋おいる事しか出来なかった。今は玖珂の気持ちが少し分かる気がする。客を倧事にする粟神は勿論だが、それず同時に責任を感じおいたのだろう。 
逃げ出したホストは、晶ず同じく、玖珂が育おたホストだったのだ。その埌連絡が぀かなくなっお圌が二床ず店に戻る事は無かった。玖珂は悔しかったのだずも思う。 
 
晶は傷から手を離すず玖珂に振り向いた。 
「この傷  俺も残しおおいた方がいいず思う」 
「  あぁ」 
客の女心を傷぀けるのは䞀番最䜎な事なのだず玖珂に䜕床も教え蟌たれた。぀くなら絶察にばれない優しい嘘を぀け  ず。自分の育おたホストがした裏切りを、今でも玖珂はこの傷を芋る床に思い出しおいるのだろう。 
 
二号店の開店時間が近づき、挚拶を枈たせた晶達は二号店を埌にし、解散した。  
 
 
 
 
*     *     *  
 
 
 
 
二号店で働くのは明日の倜からである。仲間達ず別れおから暇になった晶はあおもなく街をブラブラしおいた。すっかり真っ暗になった街䞊みに所々ネオンサむンが点灯し始める。 
晶は䞀人街を歩きながら、急に『䞀人だな』ず改めお感じおいた。行き亀う人々の䞭で䜕故か取り残されたような寂寥感に苛たれる。雑螏の䞭に身をおくず䜙 蚈にそれは増長した。誰かを誘っお飲みにでも行こうかなず思い携垯を取り出すが、結局誰にも連絡をせず、元あったポケットぞず携垯をしたう。 
 
六本朚ヒルズ前のブランド通りで時間を朰し、暫くぶらぶらしおいるず、先皋したった携垯が着信を知らせるべく震えおいるのに気付いた。晶は盞手を確認せずに携垯を耳に抌し圓おる。声ですぐわかる、電話の盞手は䞃海だった。 
 
「あれ、䞃海さんどうしたの」 
䜕ずなく声がおかしい気がしお晶は人混みから離れた所に移動した。 
「ごめん、今倖でさ。声がよく聞こえないんだけど  ちょっず埅っおお、俺からかけ盎すから」 
 
ざわめきは䞃海の声を掻き消しおしたう。䜕か嫌な予感がしお、晶は携垯をもったたた走っお通りの裏路地ぞず向かった。暫く走っお脇の路地に入り蟌んだ所でやっず静かになり、晶は䞃海にもう䞀床電話をかけなおす。 
 
「もしもしさっきはごめんね。今はちょっず静かな所にきたからさ、それで  どした」 
 
すぐに電話に出たが䞃海は泣いおいるようで芁領を埗ない。晶は䞃海が話し出すたでじっくり埅った。挞く萜ち着いたのか䞃海が小声で話し出す。どうやら付 き合っおいた男に振られたらしい。䞃海は、最近圌が出来たのだず楜しそうに話しおいたのを晶は思いだす。確かただ䞀ヶ月くらいしか経っおいないはずだ。 
䜕があったのかはわからないが、こうしお突然泣きながら電話をしおくるのは盞圓萜ち蟌んでいるのだろう。 
 
「䞃海さん、平気元気出しおよ。俺、今からそっちに行こうか話しするだけでも気が楜になるんじゃない」 
『  うん』 
「あ  でも、俺䞃海さんの䜏んでる所知らないや  」 
『  䜏所、メヌルするから』 
「そうわかった。じゃ今から行くよ。そんなにかからないず思うけど埅っおいられる」 
『  うん』 
 
䞃海は小さく返事を返し電話を切った。盎埌に晶の携垯ぞず䜏所が送られおくる。䞃海ずは長い付き合いずは蚀え、倖で䌚ったこずしかないので、こうしお自宅ぞ行くのは初めおである。そう遠くはない䞃海の家に向かうために晶は駅に向かい電車に乗り蟌んだ。 
 
ホストをやっおいるず、突然客から呌び出されるこずも少なくない。買い物に付き合わされたり、匕っ越しの手䌝いをした事もある。所謂䟿利屋扱いなのだ。 甚事があれば断る事もあるが、時間が蚱せば駆け付けるのが普通で、今埌も店ぞ通っお貰う事ぞのサヌビスの䞀環だず思っおいる。だから、こんな事も珍しくな いのだが  。䞃海のい぀もず違う様子に晶の内心に焊りが募り始める。 
 
*     *     * 
 
最寄り駅から䞃海のマンションはすぐで、携垯の地図を確認しながら歩けば簡単に蟿り着くこずが出来た。マンションは䞉階建おでそんなに倧きくなく、女性の䞀人暮らしには䞁床良さそうな物件だった。駅からほど近いので倜道の危険もなさそうである。 
――302号宀 
メヌル画面で確認した郚屋番号からしお䞉階の真ん䞭なのだろうか。晶は䞀床足を止めお䞊を芋䞊げる。閉められたカヌテンの隙間から光が现く挏れおいる。 ゚レベヌタヌはないようで、マンションの入口から続く階段を昇っお郚屋の前に到着するず晶はむンタヌフォンを䞀床抌した。 
すぐにドアのチェヌンがあけられお䞭から䞃海が顔を出す。倖で䌚う時ず違っおあたり食っおいない服装のせいか、い぀もより少し幌い印象を受ける。 
 
「こんばんは」 
 
晶はい぀ものようににっこり笑うず䞃海も少し気たずそうに埮笑み返した。泣いおいたのがわかる赀くなった目を恥ずかしそうに擊り、背を向けお「狭いけど、入っお」ず促される。「お邪魔したす」ず呟き䞃海の郚屋ぞず足を螏み入れる。 
郚屋は広めのワンルヌムで、入っおすぐの脇にシステムキッチンがある。玄関脇の閉たっおいたドアが颚呂やトむレなのだろう。䞭に入っお座った晶はちょっ ずだけ郚屋を芋枡した。淡いグリヌンの花柄のカヌテンずお揃いのベッドカバヌ、小物も緑の物が倚い。奜きな色なのかな  晶がフずそんな事を考えおいる ず、䞃海が向かいに腰を䞋ろした。 
 
「お茶しかないけど  いい」 
「あ、気にしなくおいいよ。俺話し聞きにきただけだし」 
二぀持ったマグカップの片方を目の前に差し出される。 
「ありがずう。じゃぁ、折角いれおもらったから貰うね」 
「  うん」 
 
マグカップに口を付けながら、䞃海が話し出すのを埅぀。しばらく黙っおいたが、䞃海はそのうちぜ぀りぜ぀りず話し出した。晶は盞槌をうちながら䞃海の話 に耳を傟ける。先皋電話で聞いたずおり、付き合っおいた圌にふられたらしい。今聞くたで知らなかったが、圌は倧孊生で䞃海より随分幎䞋だったようだ。別れ る原因ずなった事に関しおは、䞃海は話しおくれなかった。 
 
党郚話し終えた䞃海はいくらか気が晎れたのか萜ち着いたようで、少し笑みを亀えるようになり、晶もほっず胞をなで䞋ろす。 
 
「すぐ忘れるずか出来ないだろうけどさ、もっず䞃海さんに合う人がたた珟れるよ。それたでは少し䌑憩っお事で」 
蚀いながら、ありふれた慰め蚀葉だなず感じる物の、恋人ではないのだからこれ以䞊の蚀葉をかけるわけにもいかない。期埅をさせおしたうわけにはいかないのだ。晶は喉元たで出かかる慰めの台詞をぐっず飲み蟌んで、䞃海の頭をなでた。 
 
「倧䞈倫だっお。寂しい時は俺に頌っおくれおもいいし。䞃海さんが悲しいず俺も悲しいよ」 
「うん。そうだよね  。ねぇ、晶」 
「ん」 
「私っお、魅力ないかな  」 
「なぁに蚀っおんだよ。そんな事ないよ、䞃海さんは魅力的だっお」 
「ほんずにそう思う」 
「勿論」 
 
䞃海は少し俯いお、䞀床マグカップを手に取った。それをコトリず眮くず共に小声で呟く。 
 
「じゃぁ  抱いお。  晶」 
「    え、  」 
 
晶は咄嗟に返答を躊躇った。俯いおいる䞃海の衚情を芋る事は出来ないが、冗談で蚀っおいるわけではない事はわかる。 
 
「  急にどうしたのやけになっおるなら埌悔する事になるからやめずいたほうがいいっお」 
 
宥めるようにそう蚀う晶に䞃海は銖を振る。長幎䞃海ず付き合っおきたが、身䜓の関係を持ちたがる事は今たで䞀床も無かった。枕営業を党吊定しおいるわけではない。今たで客ず身䜓の関係を持った事も数回ある。 
しかし、䞃海の決心は揺らぐこずはなかった。 
 
「ううん、いいの。今抱いお欲しい  やけになっおるわけじゃないよ」 
「  䞃海さん」 
 
䞃海の決意が固い事を確認し、晶は暫くどうするべきか考えおいた。䞃海がここたで思い詰めおいるのは䜕かきっず理由があっおの事なのだろう。遊びでこう いう事を蚀う女性ではないのはわかっおいる。晶はゆっくり立ち䞊がるず䞃海の隣ぞず腰を䞋ろした。そっず肩を抱き耳元に口づける。 
 
「    じゃぁ、いいの本圓に俺が抱いちゃっお埌悔しない」 
 
こくりずうなづいた䞃海を芋届けお晶は自分のゞャケットから腕をぬいた。 
 
「俺さ、怪我しおっから。ちょっずテクがなくおも蚱しおよ  」 
 
囁くようにそういえば䞃海はそっず目を閉じた。晶が䞃海のボタンに手をかけるず、手䌝うようにしお䞃海が自分の指を動かす。䞀぀づ぀倖しおいくず露わに なった胞が䞋着越に芗く。癜い肌に付けられたレヌスのブラゞャヌのホックを片手で倖し  晶はその手をふいにずめた。䞃海が晶の顔を芗くように芖線をあげ る。 
 
「    驚いた  よね  」 
 
䞃海の胞はざっくりず手術の跡があっお巊の乳房がなかった。癜い肌に぀いた無惚な傷跡は初めおみる者の手をずめるだけのショックを䞎える。䞃海の事は色々知っおいる぀もりになっおいた。圌女の䜕を知っおいた぀もりになっおいたのだろう  。 
晶は目の前の䞃海に埮笑むず、再び黙っお手を動かす。 
䞃海は晶の愛撫を受け、くすぐったそうに身䜓を動かすず独り蚀のように呟く。 
 
「  前にね、乳癌の手術でなくなっちゃったの  。女ずしお  終わっおるよね、こんな、から」 
晶は䞃海の口を人差し指で塞いで先の蚀葉を止める。 
「んなの関係ないっお  綺麗だよ、䞃海さん。俺すっげぇそそられるよ  」 
手術の跡にも唇をはわせ傷を舌先でなぞる。 
 
「俺、䜕も知らなかったけど、この傷のおかげで今䞃海さんが生きおるんでしょだったらもう感謝しかないっしょ。䞃海さんを助けおくれお有難うっおさ  」 
晶がそういっお優しい県差しを向けるず、䞃海は䞀床小さく晶の名前を呌んで口を噀んだ。 
「  晶」 
 
䞃海の眊に涙がたたり、こがれ萜ちる。晶はその涙ぞ指先を這わすずそっずぬぐい取る。 
圌ず別れた理由も、この事が原因なのだろうず晶は察しおいた。ただ孊生だったずいう圌には飲み䞋せない事実だったのかもしれない。晶は䞃海を愛しむように蚀葉をかけながら愛撫を続けた。この先こんなくだらない事で、圌女が匕け目を感じる事がないように願いをこめお  。 
晶ず䞃海はそのたた情欲に溶け蟌んでいった。 
 
 
「んじゃ、俺、そろそろ垰るね」 
晶は䞃海を抱いた埌暫くしおからそういっお立ち䞊がった。来た時は萜ち蟌んでいた䞃海も、今は完党にずはいかないもののい぀もの圌女ぞ戻っおいる。圌女 の衚情を芋おわかるのは、䞃海を抱くのはこれが最初で最埌なのだろうずいう事。䞃海は少し恥ずかしそうに玄関たで芋送りにきお、怪我をしおいる晶の代わり に玄関のドアを片手であけお埮笑んだ。 
 
「たた店に行くね。今床は六本朚のほうなんだよね」 
「うん、埅っおるよ。あのさ、䞃海さん」 
「なに」 
「元気だせよな。俺で良かったらい぀でも話し聞くしさ」 
「うん  もう平気  。有難う」 
晶が靎を履いおドアから出た埌ろ姿に䞃海が声をかける。 
「晶」 
「どした」 
「ううん、今日は有難う  嬉しかったし  いっぱい元気貰っちゃった」 
「どういたしたしお。俺も䞃海さんには笑顔でいおほしいからさっ。圓然の事でしょ」 
晶が悪戯っぜく笑ったのをみお䞃海も笑う。 
「颚邪匕くから、もう郚屋入んな」 
「うん  じゃ、たたね」 
晶は最埌に手を振っお、䞃海のマンションを埌にする。 
 
自分がホストずしお出来るのはこれで粟䞀杯  。駅ぞず向かいながら晶は䞃海の笑顔を思い出しお安堵の息を挏らした。時刻はもう10時を過ぎおいる。店の状況が気になるので垰宅する前に寄っおいくかず思い、最寄り駅たでの切笊を買う。 
ホヌムで電車を埅ちながら、晶はふず包垯がめくれおいるのに気付いおその先に指を絡めた。  
 
 
 
 
*     *     *  
 
 
 
 
暫く電車に揺られ、駅に着いた晶は改札を出た脇にある喫煙コヌナヌで煙草を取り出した。銖郜圏のほが党おの駅から喫煙所が撀去されおからずいうもの、倖で煙草を吞える堎所は極端に限られおしたっおいる。 
こうしお喫煙所が偎に蚭眮されおいるのはただいい方で、䜕もない所ではひたすら我慢するしかない。2人皋晶の前に人がいたが、入れ替わるようにしお駅ぞ入っおいったので、今は喫煙所には晶しかいなかった。 
奥深くたで吞い蟌んだ煙を吐き出すず、空ぞず吞い蟌たれるように消える。蛍光灯が消えかかっおいお他より明らかに暗い䞭で吞っおいる煙草の先が赀くちらりず揺れおいるのをがヌっず芋぀めおいた。 
 
少ししお次の電車が到着したのか改札からどっず人が降りおきお、喫煙所の前を通り過ぎる。それぞれが目的の堎所ぞず散っおたた静かになった頃、晶の背䞭に聞き芚えのある声が聞こえおきた。 
 
「怪我の具合はどうだ」 
 
振り返るずそこには今の所苊手な奎トップ3に入る䜐䌯が立っおいた。驚いお思わず吞いかけの煙草を萜ずしそうになる。 
 
「な、䜕であんたがここにいんだよ」 
「いちゃ悪いのか生憎、俺もこの駅を䜿っおいるんでな」 
 
䜐䌯はうちポケットから煙草を取り出すず火を点け隣で吞いはじめた。長い焊げ茶色の぀ややかな髪がゆるく颚になびいお毛先を揺らす。確かに病院もここか ら近いので、䜐䌯がこの駅を䜿っおいるのは圓然なのかもしれない。そしお喫煙者なら電車から降りた埌䞀服するにはこの堎所しかないわけで  。 
勝手に隣の腰掛けに寄りかかり煙草を吞う䜐䌯の暪顔をちらりず芋る。どんな煙草を吞っおいるのかず手元ぞ芖線を移すず、あたりお目にかかれないGITANES BLONDESだった。 
 
別にこのたた䌚話がなくおもいいのかもしれないが、晶は軜い口調で口を開く。䜕か蚀われる前に先手を打ちたいような、そんなささやかな抵抗であり、防埡反応っおや぀に違いない。そう自分の䞭で理由を付ける。 
 
「医者なのに、喫煙者かよ。普通、患者に喫煙をやめるようにいう方偎なんじゃねぇの」 
そういう晶の蚀葉を聞いお䜐䌯はクスリず笑い晶の方を向く。 
「俺は誰にも喫煙をやめろず蚀った事はないが」 
意味が解っおいるのをあえおはぐらかしお晶の返事を埅っおいる。䜐䌯は蚀葉遊びをする様にそう返すず長く煙を吐き出した。 
「あぁ、そうですか。たっ、俺には関係ねぇけど」 
「煙草は癟害あっお䞀利なしだ。お前、犁煙したらどうだ」 
「はぁその台詞そのたんたあんたに返すよ。犁煙したら劂䜕ですか䜐・䌯・先・生」 
「ほう  俺の名前を芚えおいたのか。感心だな」 
 
――したった  。぀いうっかり䜙蚈な事を蚀っおしたった。 
 
䜐䌯の名前を芚えおいたのは、職業柄出䌚った人の名前をすぐ芚えおしたうから、癖のような物で  。別にそれ以倖の意味なんおない。幟぀かの蚀い蚳を持ち出しお気付く。自分は誰に匁解をしおいるのか。 
䜐䌯ず話すのは二床目だが、どうにも調子が狂う。誰ずでも話しを合わせられるはずの自分がこう思うのは、䜐䌯が掎み所のないひねくれた性栌だからだ。そう、党郚䜐䌯の性栌のせいなのだ。 
 
晶がもう䞀本だけ吞っおから行くかず掎んだパッケヌゞにはもう煙草が䞀本も残っおいなかった。今日は予備も持っおいない。空になったパッケヌゞをネゞっお近くのゎミ箱に投げ捚おるず、その様子を芋おいた䜐䌯が目の前に煙草を差しだした。 
 
「䞀本やるよ。ほら」 
「    いらねぇよ」 
 
それを断った晶の口に匷匕に煙草が挟み蟌たれる。その際に䜐䌯の指先が晶の唇に觊れた。䜐䌯の指先は驚くほど冷たくお、晶は無意識に䜐䌯の指が觊れた堎所を舐める。 
 
「  んだよっ。勝手な事すんなよ」 
 
晶を無芖しお、挟み蟌たれた煙草に䜐䌯が火を点ける。枋々回吞い蟌むず案倖矎味しい煙草だった事に驚いた。煙草を吞い始めた頃からずっず同じ煙草を吞っおいる晶には、その新しい煙草の味は新鮮に感じたのだ。 
晶は煙草を掎むず口元から離し、目の前の灰皿で灰を軜く萜ずす。 
 
「あんた、マゞ倉なや぀だよな  。俺あんたに䜕かした」 
 
むっずしおそう返せば䜐䌯は前みたいに薄い笑みを䜜り、その埌、途端に真面目な顔をしお晶をじっずみ぀めた。県鏡越しの鋭い芖線に射貫かれお䜕故かドキ リずする。䜐䌯の芖線から目をそらしたいのに、銬鹿みたいにその芖線から目を離せない。呌吞が止たりそうになる。晶は唟をゎクリず飲み蟌んだ。 
䜐䌯は、もう䞀本煙草を箱から抜き出すず、晶の手にその䞀本を握らせた。 
 
「それが俺の味だ、芚えおおけよ」 
 
䞀蚀だけそう蚀うず自分は吞い終わった煙草を灰皿に萜ずしお病院がある方向ぞず去っお行った。 
――あい぀  もしかしお頭いかれおんの 
晶は手に握らされた䞀本の煙草を芋お、䜐䌯の読めない行動にざわ぀く胞の内を宥める。意味の解らない行動で、䌚う床に晶の䞭を乱暎にかき乱しおいく䜐䌯がやはり苊手だ。だけど  。 
 
晶は䜐䌯から貰った䞀本の煙草を口に咥える。自分で火を点け肺の奥深くにその味を浞透させる。慣れない味。慣れない煙の匂い。䜐䌯が觊れた唇に指を圓おさっきの台詞を思い出す。 
――それが俺の味だ。芚えおおけよ。 
 
「なヌにが、俺の味だよ  。かっこ぀けやがっお    」 
 
晶は小声で悪態を぀くず、貰った䞀本が消えるたでGITANES BLONDESを吞った。 
䜐䌯が去った埌も少しだけ残っおいるJAZZの銙りが晶の錻孔を擜っおいた。喫煙所を埌にしお晶も店ぞず向かう。倜はただ始たったばかりだった。