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GAME -7-


 

 
 たった数ヶ月、孊生時代の友人なんお幎単䜍で䌚わないこずもあるずいうのに、環境ごず倉わったせいなのか、䞀次䌚での顔ぶれに酷く懐かしさを感じた。玖珂や坂䞋。六本朚店からは康生ず仲の良いホストが二人、麻垃店からは翌ず真人を含む面子が揃っおいた。 
 到着した途端に、あちこちで繰り返される「久し振り」ずいう挚拶。 
 円卓は二぀に分かれおいお、垭順を最初決めおいたのだが  。皆が勝手に移動したくるので、䞀通り食事が終わった今は、党垭が自由垭ずいった状態だった。 
 䞖話になった坂䞋や、麻垃店の面々に挚拶を枈たせ、信二はたるで同窓䌚䌚堎のような郚屋を芋枡しながら手近にある怅子に腰を䞋ろした。 
 
 すぐそこでは、晶が自分がいなくなった埌、麻垃店のNo1になった翌達ず話しおいる。先皋たでは信二もその茪に入っおいたのだ。元々No1を匵れる実力を持っおいた翌だが、今では店の看板ずいう自負もあるのか、益々色男に磚きがかかっおいる。しかし、今倜䞀番驚いたのは、晶が面倒を芋おいた圓時はただ新人だった真人が、この数ヶ月でNo3になっおいたずいう事である。 
 信二が麻垃店に居た頃は、晶のコヌル途䞭、冗談でマむクを枡されるず声が裏返りそうな勢いで緊匵しおいたあの真人が  。酒には最初から匷くお「でも、それしか取り柄がないんです」ず照れ笑いをしおいたずいうのに、今では指名客も倚く付いおいるらしい。 
 最初から真人には玠質があったのか  、今もそんなに成長しおいない自分を振り返っお思わず苊笑いが浮かぶ。 
 
 新宿店の埌茩䞉人は物怖じしないタむプなので、今日が初察面なはずの六本朚店の康生達ずグルヌプになっお楜しそうに笑っおいた。時々康生が埌茩にも話題を振っおいるようである。康生も䜕だかんだ蚀っお埌茩を気に掛けおいるずころをみるず、口では面倒だなんだずいっおいるが実は可愛いず思っおいるのだろう。 
 
 改めお芋枡すず、そこらじゅうにNo1ホストがいるずいうのは凄い事である。元No1も含めるず、その数はより倚くなる。そんな䞭でもやはり矀を抜いお晶は慕われおいるようで、あちこちから呌ばれお倧人気である。 
 そしお、䞀番近くの垭では、玖珂ず楠原、麻垃店のマネヌゞャヌでもあり、今は玖珂の業務の䞀端も任されおいるらしい坂䞋が話しおいた。最初の䜍眮から移動しおいない幎霢局が高いこのテヌブルだけは、やけに萜ち着いおいお、にこやかに談笑するその姿は䜕だか高玚な瀟亀界のようでもある。 
 グラスに残っおいた酒を飲み干しおテヌブルぞ眮くず、信二は歩いお行っお玖珂ぞず声をかけた。 
 
「俺も入っおいいっすか」 
 
 玖珂が「勿論、構わないよ」ず蚀っおさりげなく隣の怅子を匕いおくれる。目の前に灰皿をよせお新しいグラスを甚意するたで。党おの行動がスマヌトで、晶が心酔しおいるその玳士ぶりに感心せざるを埗ない。 
 
「信二君ず楠原が、今回の幹事を匕き受けおくれたんだっおな。人数が倚かったから倧倉だっただろう お疲れ様」 
「あ、いえ 玖珂先茩も坂䞋さんも、忙しいのにこっちたで来お貰っちゃっお、時間䜜っお頂いお有難うございたす。䌚えお嬉しいっす」 
「最近は、坂䞋さんにも手䌝っお貰っおいるおかげでね。少し䜙裕があるんだ。それに、皆の顔も芋たかったしな」 
 
 玖珂はそう蚀っお、ゆっくりず郚屋を芋枡し穏やかな笑みを浮かべる。 
 
「  䞀床は入店の面接なり、店での指導なりで、ここにいる党員に関わっおきたからね  。たぁ、教え子達の同窓䌚ぞ呌ばれた担任気分ずいったらいいかな。もう俺は、すっかり隠居の身なんだが」 
 
 そう蚀う玖珂は、確か今幎で䞉十五か  それぐらいの幎霢なはずだが、益々男の色気が増しおいお『隠居』ずいう蚀葉が䌌合わないこずこの䞊ない。 
 
「そんな、玖珂先茩だっおただただ珟圹オヌラ凄いっすよ。党然いけたすっお」 
「僕も、信二君の意芋に同感です」 
「二人ずも、嬉しい事を蚀っおくれるね。でも、どうかな 若いホスト達のテンションには、もう぀いおいける自信がないんだが  」 
「぀いおいこうずいう気持ちがあるうちは、倧䞈倫だず思うぞ」 
 
 䞀番幎長者の坂䞋にそう蚀われお、玖珂は、ちょっずだけ悪戯な笑みを浮かべた。 
 
「たぁ、せいぜいおいお行かれないように、頑匵らせお貰うずしようか」 
 
 前に晶が蚀っおいた事だが、玖珂が魅力的である理由の䞀぀は、その『声』も含めおの喋り方だそうだ。玖珂はかなり声が䜎いが、話し方がゆったりしおいお䞀぀䞀぀の蚀葉が聞き取りやすい。優しい笑みで悩みでも聞かれた日には、䜕でも打ち明けおしたいたくなる雰囲気を持っおいる。玖珂ずこうしお話す床に、晶ず話したその事を思い出し、その雰囲気だけでも芋習おうず思うのだが぀い忘れおしたう。 
 話し方を真䌌たずころで、その他党おが自分にはただただ足りないので、玖珂のいる堎所ぞ蟿り着けるのは十幎以䞊は優にかかりそうであるが  。 
 衚舞台から匕退した埌、䞀歩匕いた堎所での身の眮き方を遞んでいる玖珂は、い぀も静かに芋守り安心感を䞎えおくれる。晶だけじゃなく信二にずっおも、非垞に心匷い存圚だった。 
 煙草を取り出し咥えたずころで、玖珂が楠原の方を芋る。 
 
「ずころで、楠原。どうだ、もう店にも慣れおきたか」 
「はい、オヌナヌや皆にもよくしお頂いお、気持ちよく働かせお頂いおいたす」 
「そうか、それは䜕よりだね。先日、晶ず電話で話した際に聞いたんだが。新人のホスト達のフォロヌも、積極的にしおくれおいるそうじゃないか」 
「出来る範囲で、ですけど。信二君が、ずおもよく面倒を芋おくれおいるので、僕はそのフォロヌ皋床です」 
 
 謙虚に埌茩である信二を立おる楠原の蚀葉遞びに、玖珂は満足そうにゆっくりずグラスを傟け、信二に埮笑んだ。 
 
「信二君も今ではもう、皆に頌られる先茩ホストなんだな。俺が面接をした時より、だいぶ雰囲気も倧人っぜくなったしね。今埌も、期埅しおいるよ」 
「あ、有難うございたすっ。俺も、晶先茩や蒌先茩ず比べたらただただ新人みたいなもんなんで」 
 
 玖珂は「そんな事は無いだろう」ず蚀っお目を现め、蚀葉を続けた。 
 
「盎接䜕かを教える事も、勿論必芁だ。だけど、同じ店で働いおいるその姿っお蚀うのかな  、接客をしおいる時や、お客様がいない時に自然にずっおいる君達の行動。そういうものを、圌らは必ず芋おいるからね。そこから自分達で䜕かを感じお、孊んでいく事も倚いず思う。信二君も晶を芋おきお、その意味はわかるだろう」 
「はい、わかりたす」 
「完璧じゃ無くおもいいし、倱敗したっお別に構わない。先茩ずしお恥じない行動をしおいれば、それが䞀番のお手本だからね。二人ずも、これからも頌んだぞ」 
 
 䞀緒に静かに話を聞いおいる楠原ず返事をし、坂䞋が「うんうん」ず頷く。楠原は笑みを浮かべおいるが、玖珂の最埌の蚀葉を聞いた際、䞀瞬だけ蟛そうに芖線を䌏せた。 
 その埌䜕故か昔の話になり、流れで玖珂が面接の時の信二の話をし出した。 
 
「そういえば、信二君は、もう金髪にはしないのか」 
「えっ ちょ、あの  いきなり昔のこず蚀うのやめお䞋さいよ」 
 
 楠原が少し驚いたように信二を芋る。 
 
「信二君、金髪にしおいたんですか」 
「そうか。楠原は、知らないよな。俺が面接をした時は、髪も長くお金髪だったんだよ。ツヌブロックっお蚀うのかな 随分掟手な子だなず思ったもんだ」 
「  いや、その  昔の  話で  」 
「そうなんですか。僕も芋おみたかったですね。  残念です」 
 
 玖珂が蚀っおいるのは本圓の事だ。圓時は癜に近い金髪にしおいお髪も䌞ばしおいた。その圓時の写真をたたに芋るず、いかにも粋がっおるガキずいう感じで、信二の䞭ではなかった事にしたい過去なのだ。楠原が興味深そうに芋おいるのが分かり、もの凄く恥ずかしい。 
「かっこよかったのになぁ。バンドマンみたいで」ず坂䞋たで蚀い出し、収拟が付かなくなる前に信二は話題を倉えた。 
 
「金髪は手入れが面倒なんで  、っおいうか、マゞでやめたしょう この話は」 
 
 ここに圓時を知っおいる晶がいなくおよかったず思う。この手の話をするず必ず晶にからかわれるのが目に芋えおいるからだ。話題を倉えおホッずし暫く話しおいるず、時蚈を芋た坂䞋が、埐にテヌブルに眮いおいた煙草ずラむタヌをポケットにしたった。 
 
「それじゃ、俺はそろそろ倱瀌するずしようかな。信二の顔もみれたし」 
「え 坂䞋さん、もう垰っちゃうんっすか」 
 
 途䞭から入ったので聞いおいなかった信二に、楠原が小声で「今日は、嚘さんのお誕生日だそうですよ」ず教える。坂䞋は再婚で幎䞋の女性ず結婚したのは蚘憶に新しい。なので、子䟛もただ小さいのだ。 
 
「あ、そうだったんすね。あれ いく぀になるんでしたっけ」 
「実は二人目が出来おね、今日が䞀歳の誕生日なんだよ」 
 
 坂䞋は目を现め、癜髪亀じりのオヌルバックを照れたようになで぀けた。幞せそうなその様子に信二も嬉しい気分になる。 
 
「じゃぁ、早く垰っおお祝いしないずっすね おめでずうございたす」 
「ああ、ありがずさん。たたには麻垃店にも遊びに来るずいい。䞀杯おごっおやるぞ」 
「はい 今床顔出したす」 
 
 坂䞋がコヌトを矜織りながら「ちょっず、晶達にも声をかけおくる」ず蚀い残しお挚拶に行く。坂䞋がいなくなるず楠原が垭を立ち䞊がった。どうしたのだろうず思っおいるず、䞀階ぞ降りおいった楠原が、すぐに小さな花束を手にしお戻っおきた。 
 
「あれ 蒌先茩、その花束どうしたんっすか」 
「最初に、嚘さんのお誕生日だずうかがったので、オヌナヌの蚈らいで近堎の花屋に連絡しお、店ぞ届けお貰っおおいたんです」 
「晶先茩の」 
「そうですよ」 
 
 楠原が手にしおいる花束は、淡いピンクの花に真っ癜なかすみ草が混ざり、ずおも優しい雰囲気の花束だった。 
 
「綺麗な色合いだ。ただ䞀歳じゃ、よくわからないかもしれないが  。女の子の誕生パヌティヌを食るのに、矎しい食りは、ひず぀でも倚い方が良いからね」 
「ここにいる皆からずいう名矩で、お枡しする予定なんですよ」 
 
 玖珂ず楠原が笑みを浮かべる。こういう物を甚意出来る機転ず気遣いはさすが晶である。 
 挚拶を枈たせお戻っおきた坂䞋に、楠原が皆からだず蚀っお花束を手枡しおいるず、晶も芋送りにやっおきた。 
 
「気を遣わせちゃっおすたんな。綺麗な花束だ。嚘より、かみさんが倧喜びしそうだよ。有難うな」 
「いえ、䞀歳ずかめっちゃ貎重な蚘念日だし、教えお貰えお良かったです。おめでずうございたす」 
「  晶」 
「はい、  」 
「もうすっかり、オヌナヌの顔になったな。立掟なもんだ」 
 
 坂䞋は晶が新人だった頃からの付き合いで、父芪みたいな存圚だず以前晶が蚀っおいた。晶を芋お誇らしげにゆっくり頷く坂䞋の目元が最んでいるのに釣られお感動しそうになり、信二は慌おお芖線を萜ずした。晶が少し照れたように笑みを浮かべる。 
 
「やだな、マネヌゞャヌ。ただただ俺は、珟圹っすよ」 
「はは、そうか。  そうだな。たぁ、䜓壊さないように頑匵れよ。さっき信二にも蚀ったんだが、たたには新宿店の皆を連れお遊びにくるずいい」 
「有難うございたす。坂䞋さんも、䜓には気を぀けお。今床、嚘さんの写真芋せお䞋さい」 
「ああ、今床な――それじゃ、たた。今日はご銳走さん」 
 
 郚屋を出お行く坂䞋を芋送っお元の垭ぞ戻る頃には、郚屋を貞し切りにしおいる時間が迫っおいた。 
 
 
 
 
           
 
 
 
 
 皆には先に二次䌚の䌚堎ぞ移動しおもらい、信二ず楠原はカりンタヌで䌚蚈をしおいた。 
 䞭華料理は奜評で、コヌス料理だけでは足らず远加で䜕品かを泚文した。二十代メむンの男ばかりの食事量はやはり半端なくお、早くも予算オヌバヌである。しかし、足が出た分はポケットマネヌで支払うから気にしないで泚文しろず晶に蚀われおいたので、そこは甘えるこずにした。領収曞を分けお曞いお貰っおいたので少し遅くなっおしたい、楠原ず信二は急いで店を出た。 
 
 店を出るず真っ暗になっおおり、だいぶ遠くに晶達の集団が芋える。意図せず楠原ず二人になったわけだが、これは話すチャンスなのかもしれないず思い、信二は隣を歩く楠原に、声をかけた。二人でこうしお䞊んで歩くのは、あの倜以来だ。 
 
「やっぱ人数倚いず倧倉っすよね。蒌先茩はあたり銎染みのない奎らばかりだったし、疲れたんじゃないっすか」 
「いえ、僕も楜しんでいたすから、倧䞈倫ですよ。それにしおも、LISKDRUGは皆さん、本圓に仲が良いですね」 
「そうっすかね あ、俺ここ以倖知らないんで。他の店っおどんな感じなんっすか」 
 
 ず口にした埌で、楠原に察しおこの質問は犁句だったのではないかず焊る。 
 盎接聞いたわけでは無くおも、これは安易にCUBEがどうだったかを聞いおいるようなものになるのではないかず。信二は慌おおすぐに蚀葉を足した。 
 
「いや、やっぱいいです。すみたせん。倉な事聞いちゃっお」 
 
 楠原がフッず笑みを浮かべる。 
 
「構いたせんよ。僕が前にいた店の事でしたら、そんなに気を遣っお頂かなくおも倧䞈倫です」 
「  でも」 
「そうですね。  僕が、CUBEに入っお暫くは、居心地の良い堎所でした。ここほど、皆が仲が良かったわけではありたせんが、揉め事や掟閥などもなかったですし。僕にも、䞁床オヌナヌず信二君のような関係の、可愛がっおいた埌茩がいたんですよ  」 
「ぞぇ、そうなんっすね」 
「ええ。圓時新人の教育係をしおいたので、田舎から出お来お、右も巊も分からないその埌茩を、䞀人前のホストにするのに、盞圓骚がおれたした。オヌナヌず信二君を芋おいるず、懐かしくなりたす」 
「その埌茩に、俺が、䌌おる  ずか」 
「いえ、そういうわけではないですけど。圌は、信二君よりも、もっずずっず幌くお  、お酒も、煙草も、女性の扱い方も、䜕䞀぀知りたせんでしたから。  ドラマを芋お、華やかなホストの䞖界に憧れお䞊京しおきた、普通の子でした」 
「それは  、確かに、結構教えるこず沢山ありそうっすよね  」 
「そうでしょう」 
 
 圓時を思いだしたのか、くすりず笑う楠原を芋お、今倜は䜕故こんなに過去のこずを話しおくれるのかず䞍思議に思った。本圓は誰かに聞いお欲しかったのだろうか。 
 しかし、その埌茩も含めお  CUBEの末路を知っおいる身ずしおは䜕ず返しお良いか  。楠原が、どれくらいCUBEに思い入れがあるのかもわからないし、迂闊なこずは蚀えない。 
 
「ご存じの通り、最埌の方は店の雰囲気も䞀倉しおしたいたした  。この先は、楜しい話ではなくなるので、話すのはやめおおきたす」 
 
 信二に気を遣わせない蚈らいなのか、楠原は自らその埌の話を閉ざした。 
 
「    。やっぱり、愛着のある店があんな事になったら、めちゃくちゃ蟛いですよね  。思い出させちゃっお、  すみたせん」 
「僕が勝手に、聞いお欲しくお話しただけですよ  。それに、今はこうしおいい店で働かせお貰っお  。本圓に、玖珂さんずオヌナヌには感謝しおいたす」 
 
 普通に話しおいるはずの楠原のその蚀葉の先が、たるで別れの挚拶に繋がるように聞こえお、信二は足をゆっくりず止めた。倚分それは錯芚で、ただの自分の思い蟌みで、だけど  。 
 
「蒌  先茩  」 
「どうかしたしたか」 
 
 立ち止たった信二ぞ振り向いお、楠原が䞍思議そうに銖をかしげる。 
 
「店、  やめたり、しないっすよね  」 
 
 楠原はすぐに返事を返さなかった。去る予定があるから、自分に過去の話をしたのではないか。そう思うず、もうそれずしか思えなくなっお、信二は楠原ずの距離を䞀気に詰めるずその腕を掎んだ。 
 
「蒌先茩  どこにも行かないっすよね」 
「  どうしたんですか、  急に。やめないし、どこにも行きたせんが  」 
「本圓に」 
「ええ、本圓です」 
 
 今たで、楠原が店を蟞めるなんお考えおみたこずもなかった。今はただこうしお手を䌞ばせば楠原は自分の手の届く堎所に居るが、それが届かない堎所に行っおしたったら  。胞の蟺りがぎゅっず痛くなる。 
 
 そう想像した瞬間に自芚しおしたった。 
 
 曖昧に逃げおいた自分の気持ちがひず぀になっおストンず胞の䞭ぞ萜ちる。それは埅ち受けおいたかのようにピッタリずはたっお、たるで前からあったかのようにしっくりきた。 
 黙っお楠原を芋぀めおいるず、胞の䞭に萜ちたそれが倧きくなっおいくのを感じる。 
 
 認めおしたえばこんなにも簡単な事で、こんなにも苊しくお――自分は、楠原が奜きなのだ。 
 景色が䞀瞬にしお入れ替わったようなそんな気分だった。 
 
「信二君  」 
 
 楠原を掎んでいた腕をそっず攟すず、信二は笑みを浮かべた。 
 
「えぇっず  。急がないず、やばいっすね」 
「あ、  ええ。そうですね  」 
 
 男である楠原を本圓に恋愛感情で奜きになっおしたったのだ。独りよがりの゚ゎかもしれないが、盞手をこんなに離したくないず思ったのも初めおだった。䜕も知らないから、䜕かを知っおいるから、どっちでも構わない。たずえ名前を知らなかったずしおも、楠原を奜きになるのに䜕の障害にもならないず気付いた瞬間だった。 
 先に行っおいる皆に远い぀くために少し足を速めお店ぞ向かう。 
 
 距離は近いのですぐに到着し、カりンタヌで郚屋の番号を聞いお゚レベヌタヌぞず乗り蟌んだ。 
 五階ぞ到着するず、各郚屋から音挏れがしおいおそれぞれの郚屋で盛り䞊がっおいるのが分かる。 
 
「503は  、あ、あの角っすね」 
 
 壁に貌っおあるフロア案内図を確認しお振り向くず、埌ろにいた楠原の顔色が悪いこずに気付く。今日は最初から調子が悪そうだずは思っおいたが、前の店を出たずきはここたで蒌癜ではなかったはずだ。 
 少し走ったから  、倖が寒かったから、思い圓たる節は幟぀かある。 
 
「  倧䞈倫っすか 今日、最初からちょっず具合悪そうですよね  」 
 顔を芗き蟌んで心配そうに顔を曇らせる信二に、楠原は「いえ、倧䞈倫です」ず䜕でも無いように埮笑む。 
「途䞭でも、具合悪かったら、俺にだけは蚀っお䞋さいね」 
 
 信二は楠原の返事はあえお聞かずにそれだけ蚀い残すず廊䞋を進んだ。今ここで自分が䜕を蚀っおも倚分楠原は平静を装うだけなのがわかっおいる。だから、答えは芁らないのだ。 
 
 503号宀のドアを開けた途端、廊䞋に響き枡る激しいロックの曲、奥から詰めおいったらしくドア付近の堎所が空いおいたので二人で䞊んで座った。 
 音割れするほど声量があっお、曲調も激しいロックなので䞀切䌚話が出来ないレベルである。その正䜓は、康生だった。康生ずは䜕床かカラオケにも行ったこずがあるので、こういう曲を歌うこずは勿論知っおいる。防音でも音挏れする声量、歌詞を間違っおも䞀切気にしない歌いっぷり。しかし、問題が䞀぀。 
 康生は歌がうたくない。圧倒的な声量にごたかされおいい感じに聞こえるが、バラヌドを歌うず分かる。でも、客ずカラオケに行くずきは、この手の歌は歌わないず前に蚀っおいたので問題は無いのだろう。二分皋しお康生の曲が終わるず、信二はやっず自分が声をかけられおいるのに気付いた。 
 真ん䞭頃に座っおいる晶が䜕やら蚀っおいる。 
 
「え なんっすか ちょっず聞こえなかったっす」 
「お前ら、おせヌからもう始めちゃっおるからな、っお蚀ったんだよ」 
「あ、すみたせん ちょっず、䌚蚈で手間取っおお、俺らも適圓に曲入れるんで、そのたた進めちゃっおください」 
「OKOK」 
 
 ずりあえず楠原ず二人分の飲み物を泚文し、腰を䞋ろしお郚屋を芋枡すず玖珂がいないこずに気付いた。隣に座っおいた六本朚店の面子に声をかけるず、玖珂は電話がかかっおきお急ぎの甚で店に戻るこずになったらしい。幹事の二人に䌝蚀しおおいおくれず蚀われたそうだ。 
 先皋の店でだいぶ話せたずはいえ、もう少し玖珂ずも話したかった。結局は若手ばかりが残っおいる結果をみるず、もしかしたら、䞊叞である玖珂がいるず、皆が気を遣うだろうから仕事を理由に垰ったのではないかずも思う。そういう気遣いをさりげなく出来る人なので、その可胜性は高かった。 
 
 次々に入れられおいる曲を聎きながら、ずりあえず自分達も䞀曲いれおおくために手元にタッチパネルを匕き寄せる。 
 楠原の方を暪目で芋るず、暗いので顔色はハッキリずわからないが、先ほどよりは幟分萜ち着いたような気もする。気が気じゃないが、それを悟られないようにし぀぀信二は楠原の方を向いた。 
 
「蒌先茩、なにいれたすか 探すんで蚀っお䞋さい」 
 
 耳元でちょっず声を倧きくしおそう蚀うず、楠原は「そうですね  」ず曲を思い浮かべるようにしお考え蟌んだ。もしかしお、歌が苊手だったりする可胜性も考えおいたし、歌わないかもしれないずも考えおいた。 
 それだけ、楠原ずカラオケが結び぀かないからだ。 
 
「もし苊手だったら、倚分みんな酔っ払っおるし、スルヌしおも気付かれないずは思いたすけど、どうしたす」 
「いえ、別に歌が苊手ずかはないですよ。それに、䞀曲も歌わない等、この堎に氎を差すような事はしたせん」 
 
 どんな堎でも適応できる事もホストにずっおは必芁なこずなので、楠原にそれが出来ないはずもなく  。䜙蚈な心配だったらしい。しかしその埌、楠原はもの凄く意倖な遞曲をしおきた。普段ラスト゜ング時にかけおいる曲からしお掋楜かもしれないず思い、ABC順に䞊び替えをタッチしおいた信二は、「え」ず楠原の顔を芋た。 
 
「  おかしいですか」 
「や、党然おかしくないっすけど  。ちょっず、意倖で」 
 
 楠原が遞んだ曲は今流行の曲で、確か、音楜情報誌で以前行っおいたアンケヌトの結果で「圌氏に歌っお貰いたい曲」の1䜍になっおいたはずだ。自分も緎習しようかなず思い、DLした曲が携垯ぞず入っおいる。バラヌドではあるが、途䞭倉調しテンポも倉わるので歌うのは結構難しいなず思っおいたずころなのだ。そこを抑えおいるずは流石である。楠原の曲のあずに自分は歌い慣れおいる、所謂十八番ずも蚀える曲を䞀曲入れおおいた。 
 
 これで暫くは、のんびり出来る。頌んでいた飲み物が運ばれおきお口を付けおいるず、埌茩が入れおいた曲が始たった。芋た事の無いタむトル。むントロも聎いたこずがない。結構流行の曲はチェックしおいるはずなのに  。 
 そう思っおいるず画面が倉わっお、突然矎少女系のアニメになった。間違いない。これはアニ゜ンである。 
 ホストは基本的に、女性受けが良い曲を緎習しお、同䌎やアフタヌで披露するのが目的なのだ。今は客ず来おいるわけではないので、奜きな物を歌えば良いが、呚りは誰もこの曲を知らないようでノリようがない。 
 しかし、埌茩は党く意に介さず、完璧に歌い䞊げるず、その䞊手さに曲が終わるず同時に拍手が鳎り響いた。途䞭にあったキャラクタヌの決め台詞郚分も完璧で、埌茩の底知れぬフリヌダムさず可胜性に信二は驚いおいた。 
 
「すげぇな。お前、歌䞊手くね 曲は知らねヌけど。䜕かのアニメか」 
「あ、これ深倜枠でやっおる魔法少女物のアニメなんですよ。ルミルミ掚しなんです、オレ」 
 
 䜕のアニメなのかを聞いた晶にそういった埌茩は、今たで芋たどの笑顔より茝いおいた。そしお、先皋の台詞がルミルミずいうキャラクタヌの物なのだず䞀぀勉匷になった。 
 最近は接客しおいる際に時々アニメが奜きず蚀う女性もいお話題になるこずも倚いので、幅広く知っおおきたい自分ずしおは、今床埌茩に流行のアニメを聞いおおくのも良いかもしれないず思った。 
 
「みんな歌䞊手いっすね。今の曲は、俺も知らないけど」 
「そうですね、結構皆さん、緎習しおいるんじゃないですか。こうしお、自分の知らない曲を聎けるのもいいものですね」 
「そうっすね」 
 
 楠原も晶もTOPに立぀人間は他のホストを絶察悪く蚀わない。そういう郚分も、人ずしお尊敬できる所である。懐かしいむントロが流れお顔を䞊げるず、いよいよ晶の番のようだ。 
 晶がマむクを持っお「俺の矎声、聞こえおる」ずマむクテストをする。これは晶のお決たりの台詞なのである。歌う前やコヌルの前に必ず蚀うのだ。 
 
「きこえおたヌす」 
 
 店に居た頃のように声をかけるず、翌や真人も同じように声をかけ、昔のラスト゜ングさながらの雰囲気を醞し出す。六本朚店の面子は爆笑しおいお、晶が歌い出すず倧盛り䞊がりを芋せた。すっかりアむドルのような晶を芋おいるず、珟圹から倚少遠のいたずはいえ、晶はやはり未だにホストなんだなずしみじみず思った。 
 どうやら晶の曲が䞀週目の最埌だったようで、次にかかった曲は先皋いれた楠原の物だった。 
 
「あ、マむクこっちこっち」 
 信二が手を挙げ、リレヌのように枡されおくるマむクを呌び寄せる。 
「これ、信二がいれたのかよ。この歌、お前歌えんの」ず康生が笑いながら蚀っおくる。倚分自分は歌えない。でも問題ないのだ。 
「俺じゃねヌっお、これ、蒌先茩が入れた曲」 
「マゞで」 
 
 楠原たでようやくマむクがたわっおくるず、晶が突然立ち䞊がる。 
 
「うちのNo1の歌声、めっちゃ貎重だからな 俺も初めお聞くし。楠原、新宿店の意地を芋せおやれ」 
 
 むちゃくちゃな激励であるし、新宿店の意地ずいうのもよくわからないが、酔っおいるず䜕でも笑っおしたう物なのか呚囲から笑いが起きおいる。 
 マむクのスむッチをONにした楠原が「オヌナヌ、あたりハヌドルを䞊げないで頂けたすか」ず苊笑する。 
 前奏が終わっお曲に入るず、チャチャを飛ばしおいた他のホストも突然静たりかえった。恋人ずの別れを歌った曲で、そのメロディも切ない物だが、そこが女の子達に人気があるのだ。歌っおいるバンドは最近むンディヌズからプロになったばかり。䞭性的な容姿の矎男子ずいうのも人気に拍車を掛けおいた。 
 楠原は、誰も冷やかしで合いの手を入れられないほど歌がうたかった。これだけ歌唱力があれば、女性客も惚れるはずである。元々の声質が合っおいるずいうのもあるだろうが、透明感のあるよく通る声が曲の雰囲気にもマッチしおいる。 
 サビの倉調の郚分も難なく歌い䞊げ、最埌たで歌った埌は皆が口々に「凄い」ず絶賛しおいた。 
 
 聎き惚れおいた信二の耳に、歌った本人でもない晶が「どうよ、うちのNo1は」ず隣に自慢しおいる声が聞こえ、信二は思わず苊笑した。 
 新しい店に移っお、仲間も入れ替わり麻垃店にいた頃ず比べお店党䜓の絆のような物が倚少薄れおしたったように感じおいたが、こういうのをみるず䜕だか嬉しくなる。晶はやはり、自分がオヌナヌをしおいる新宿店を倧切にしおいお、そこにいる党員を誇りに思っおいるのだ。 
 先皋ここぞ来る前に楠原ずも話したこずだが、この店でホストをしおいお本圓に良かったなず思う。 
 
 ここたで䞊手な楠原の埌だず、歌いづらい物があるが順番なので仕方がない。続いお信二が自分の歌を歌い始めるず、コヌラスの郚分では晶が䞀緒に歌っおくれた。最終的には䜕故か康生も䞀緒に歌っおいお、もう誰が入れた曲なのか分からないような始末だ。信二が歌い終わっおほっず䞀息぀いお煙草を取り出すず、楠原が火を点けおくれる。 
 
「あ、すみたせん。いやぁ、蒌先茩めちゃくちゃ歌うたくおビックリしたした。俺が先に歌っおおけば良かったっす」 
「そうですか 恐れ入りたす。でも、信二君もうたいじゃないですか。僕は速い曲は苊手なので、信二君のようには歌えないんですよ」 
「そうっすかね、速い曲だず倱敗しおもすぐ次の歌詞になるから、結構ごたかせお䟿利なんっすよね」 
「そういうものでしょうか」 
 
 楠原が小さく笑う。 
 
「もしかしお、週に䞉回䞀人で緎習しおるっお蚀うの、マゞだったりするんですか」 
「たさか、あれは冗談ですよ。さっきの曲は、お客様にリク゚ストされる事が倚いので、芚えおしたっただけです」 
「そういうもんっすか」 
「そういうもんです」 
 
 信二もそれを聞いお笑う。 
 人数が倚いので、もう䞀呚は時間的に回っおこなそうである。 
 
 珍しく楠原が煙草を取り出したので、今床は信二がその煙草に火を点けた。黒ずシルバヌでデザむンされた箱のそれは、パヌラメントのクリスタルブラストで、結構き぀めのメン゜ヌルである。普段メン゜ヌルを吞う事が無いが、楠原の吞っおいる煙草に興味があった。長い指に挟たれる煙草から立ち䞊る煙が、现く靡いおは消えおいく。 
 
「䞀本劂䜕ですか」 
 
 指先を芋぀めおいた信二に、楠原から煙草が差し出される。うっかり長い時間芋おいたので、煙草が欲しいのかず思われたのかも知れない。信二は急に恥ずかしくなっお、照れたように頭を掻いた。 
 
「す、すみたせん  。じゃぁ、䞀本貰いたす」 
「どうぞ」 
 
 楠原に貰った煙草は自分の吞っおいる物ず違い、唇に圓たる郚分の加工がしおあるので感觊が硬い。そんなに重い煙草ではないが、スペアミントの爜快さはかなりあっお、口の䞭には冷たさずほんの少しの甘さが広がる。 
 
「メン゜ヌルも結構うたいっすね」 
「そうですね。ちょっずいいですか 動かないで」 
「え」 
 
 楠原が信二の口元に指を䌞ばす。動かないで、ず蚀われたたた咥えおいるず、楠原の指先が唇ぞず觊れた。盞倉わらず冷たいその指先にぞくりずする。爪先で䞀床吞い口を぀たむず、楠原は「どうですか」ず蚊ねお信二ず芖線を合わせた。 
 
「どうっお、え」 
 
 楠原の指が唇に觊れた。そんな些现な事で動揺しおいる今、どうですか ず蚀われおも䜕も答えられない。 
 
「吞っおみお䞋さい」 
 
 蚀われたずおりに吞い蟌んでみるず、最初より匷力なメントヌルの刺激が入り蟌んできた。どうやら最近よく芋るフレヌバヌカプセルが内包された煙草だったようで、楠原は信二の口元でそのカプセルを朰しおくれただけのようだ。 
 
「あ、最初ずだいぶ倉わりたすね。寒いくらいメン゜ヌルっお感じっす」 
「オモチャみたいでちょっず楜しい、ですよね」 
 
 確かに、蚀われおみればそんな気もする。楠原がそんな事を思いながら吞っおいるのかず思うず意倖だが、その意倖性は、ちょっず可愛いず思った。 
 
 
 党員の酔いも深くなり、すでに順番ではなく歌いたい人が䜕床も歌うルヌプに突入しおいる。そろそろ貞し切りの時間が終わるなず思っおいるず、入り口付近の電話が倧きく鳎り響いた。立ち䞊がっお受話噚を取るず、埌十五分ですずのお知らせである。 
 最埌の曲が終わったのを芋蚈らっお、信二が偎にあるマむクを手に取った。 
 
「そろそろお開きです。皆さんお疲れ様っした」 
「幹事お疲れさん 楜しかったわ」 
「蒌さん、信二さん、お疲れ様でした」 
 
 皆楜しんでくれたようで、その䜙韻を残したたた本日の『芪睊䌚』は無事に終了した。 
 
「みんな、忘れ物ずかないように確認宜しく。特にラむタヌ系、めっちゃ高玚ラむタヌでも、忘れおいったら俺が党郚貰いたすんで」 
 
 垰り支床を終えお郚屋のドアぞ向かっおいる仲間達に信二がそう蚀うず、郚屋を出お行く途䞭ふざけお䜕人かにラむタヌを枡された。 
 
「しょうがねぇな。これ、俺からの愛のプレれントだから」 
 枡されたのは、癟円ラむタヌである。 
「いらないっすよ。家垰ったら腐るほどありたすから、癟円ラむタヌずか」 
 
 苊笑しお盞手のポケットに入れ返す。皆酔っおいるずは蚀え、このやりずりが䞉回目になるずもう面倒になっお、信二は「あざヌっす」ずそのたた癟円ラむタヌを受け取るこずにした。おかげでポケットにたたっおいくラむタヌ。最埌に出お来た晶が足を止める。 
 
「今日はマゞ二人ずもお疲れさん。お前達のおかげで、みんな楜しかったみたいだし、ホントありがずな。俺も久々に歌えお楜しかったわ」 
「オヌナヌもお疲れ様です」 
「盛り䞊がっお良かったっす。あ 晶先茩」 
「んヌ」 
「これ、俺からのプレれントっす」 
 
 信二がポケットに溜たっおいる癟円ラむタヌをごっそり取り出すず、晶のコヌトのポケットに抌し蟌む。 
 
「では、僕からも  受け取っお䞋さい」 
 
 楠原も䜕人かに入れられおいたようで、それを取り出すず晶の逆のポケットに入れる。 
 
「お前らなぁ  」 
 
 呆れたように苊笑する晶は党郚を受け取ったたた返す事はせず、ポケットに沢山のラむタヌをいれたたた片手を挙げ「お前らも気を぀けお垰れよ」ず笑いながら垰っお行った。 
 
 無事に党おが終わったこずにホッずし、楠原ず郚屋の䞭を忘れ物がないか䞀応確認しおから䞀階ぞず降りる。䌚蚈を枈たせお再び領収曞を切っおもらい。幹事の仕事もこれで終了である。 
 準備をしおいる時は、ただただ先だず思っおいたが、いざ終わっおしたうず急に寂しくなる。楠原ずも、もう二人で出かけるこずも話すきっかけも倱っおしたう気がした  。 
 
「蒌先茩もお疲れ様でした。䞀緒に幹事やれお、楜しかったっす」 
「そうですね。信二君もお疲れ様でした。僕も、楜しかったですよ」 
「あヌ、えっず  。蒌先茩は電車で垰るんっすか」 
 
 店を出た所でそう聞くず、楠原は少し甚事があるからそれを枈たせおから垰るずいう。ただ時間もそんなに遅くなく、信二も買い物でもしおから垰ろうず思っおいたので、楠原ずはその堎で別れるこずになった。甚事が無ければ誘っおみようかずも思ったが、先に「甚事がある」ず蚀われおしたえば誘うタむミングもなくお  。 
 
「じゃぁここで。蒌先茩、早く垰っお䌑んで䞋さいね  」 
「はい、心配しおくれお有難うございたす。では、たた明日」 
「はい」 
 
 名残惜しいような気分を抱えたたた信二は歩き出した。䞀床振り返っおみるず、逆方向に歩いお行った楠原の背䞭が芋える。 
 
――  蒌先茩。 
 
 楠原は䞀床も振り返らず、信二の芖界の䞭でどんどん小さくなっおいく。道の真ん䞭でがヌっずしおいたからか通行人ず䞀床鞄がぶ぀かり、信二は慌おお端ぞ寄った。 
「あ、すみたせん」ず頭を䞋げ、再び先皋の方向ぞ向くず、もう楠原の姿はそこにはなかった。どこかで曲がっただけなのかもしれない。だけど、䞀瞬で消えおしたった楠原が、街からその存圚ごず消えおしたったような気がした。 
 
 
 
 
 
 
 
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