戀燈籠 第十一幕


 

 咲坂は店番をしながら御樹の歸りを待つてゐた
今日は少し用事があるので出てくるといふ御樹の變わりにかうして店番をしてゐるのだ
毎日少しづつではあつたが骨董のことを御樹から教はり
今ではかうして一人で店番をする事も出來るやうになつてゐた
御樹のやつてゐるこの店は結構珍しい物があり
咲坂は初めて見るそれらを興味深げに眺めてゐた
「骨董品の價値は何も値段だけではないのですよ」
と御樹は云つてゐた
その一つ一つの物に今まで賭けられてきた想ひが深ければ深いほど
意味のある高價な物だと教へてくれた
店の中にはそれこそ樣々な品物がおいてあつたが
御樹は一つ一つ誰がどんな經緯でそれらをここに賣りに來たのか全部覺えてゐた
商賣氣のない御樹は別にどれも賣れなくても構はないのだと云ふ
本當に大切に思つてくれる人に渡らないのなら
この店でゆつくり時を待てばいいのだといふ考へらしい
御樹らしいその考へに咲坂も納得した
骨董の他にも御樹は咲坂との約束通り時間の許す限り樣々な事を教へてくれた
その知識の廣さは本當に驚くばかりで
頭の何處にそこまでの知識が收納されてゐるのかと思ふ程である
しかし、御樹は教へ方も上手なのか
いつしか咲坂も教へて貰つた事を全て覺えるやうになつてゐた


二人での生活は毎日が充實した物でたまに外へと出かけたり
家で過ごしたりと何もかもが新鮮だつた
しかし、咲坂はひとつだけ氣になつてゐることがあつた
御樹は咲坂とは躯の關係を持たうとはしてこなかつた
寢所をともにする事もあつたが
本當に添ひ寢をするだけで御樹の腕は咲坂の躯を包むやうに伸ばされるだけで
その肌に觸れてくることはなかつたのである
御樹の氣持ちを疑つてゐるわけではないが
だとすると餘計に疑問がわいてしまふ
もともとは男色家ではないのだから當然と云へば當然だが
それだけではないやうな氣がしてゐた
何かを隱してゐるのだらうか
咲坂は何となくそんな事を考へながら店の中で御樹の事を考へた










夕刻になつて御樹は家に戻つてきた


「遲くなつてすみません 今、戻りました」
「ああ おかへり 鈴音」
「青人さん 店番大丈夫でした?」
「ああ 平氣だよ それはいいけど鈴音 いつたいその本はどうしたんだい!?」


歸りに寄つてきたのだといふ御樹は澤山の本を抱へてゐた
御樹の部屋の本棚はもう仕舞ひきれないほどの書物で溢れてをり
しかも、先日きいた所によるとあれでも古い本は別の部屋に置いてあるのだといふ
御樹の博識ぶりはこの讀書のせゐなのかもしれないが
疲れ果てた樣子の御樹に咲坂は思はず苦笑してしまつた


「そんなに買つてきて 重かつただらう」
「さうですね かなり」 


さう云つて御樹も苦笑した さすがに持つてくるのに苦勞したらしい
部屋へ上がると今度は玄關におかれた本を二囘にわけて運ぶつもりなのか
半分をわつて脇へと置いた


「どれ 俺が半分は運ばうか」
「すみません ぢやあ お願ひします」


二人で御樹の部屋まで本を運ぶ
ふうと息を吐いて御樹は疊に腰を降ろした


「こんなに重い物を一人で運んできたんだ 疲れだらうに」
「………さうですね 今度からは氣をつけて少しにしないといけませんね」


しかし、ただたんに重い荷物を運んだせいだけではなささうに御樹はあがつた息を整へてゐた
幾分顏色もすぐれないやうな氣がして咲坂は御樹の顏を覗き込む


「鈴音 もしかしてどこか工合でも惡いのかい?」
「いえ どうしてですか?元氣ですよ」


薄く微笑む御樹の額に咲坂は手をあててみる
風邪でもひいてゐるのではないかと心配になつたのだ
當てた感じでは熱はないやうで咲坂は少し安心した


「熱はないみたいだね……」
「本當に何でもないですから 本を運ぶのに疲れただけですよ
 でも、心配してくださつて嬉しいです」


御樹は咲坂の手をよけるやうにして立ち上がる
そして思ひ出したやうに ああ さうでした と云つてポケットから紙を取りだした


「青人さん 少し時間ありますか?」
「時間?」
「買ひ忘れてきたものがあるんですけど、一緒に行きませんか?」
「それは構はないけど、それは俺一人ぢやだめなのかい?」
「え? 別にいいですけど どうしてです?」
「鈴音は疲れてゐるだらうから 俺が行つてくるよ」
「でも」
「少しゆつくりしてゐるといい」


咲坂は御樹の手からその紙をとると懷にしまひ込んだ
一緒にいきたさうな御樹をなだめると咲坂は休んでゐるやうに云ひ遣ひに出た






一人になつた御樹は咲坂が出ていつたのを確認すると部屋へ戻つた
襖をしめると壁際に腰を降ろし、よりかかるやうにして長く息を吐く
咲坂がめざとく躯のことに氣附ゐたのには驚いたが
今日、醫者へと行つた事まではきづいてゐないやうで御樹はほつとした
最近時々咳が出るので、今日は醫者へ行つてきたのであつた
醫者は風邪でもひいてゐるのだらうといふ診察をした
一應煎じ藥が出ただけでたいした事はないといふ

御樹は置いたままになつてゐる買つてきた本を棚にしまつておかうと腰をあげる
そして、何册かの本を手に掴んだ時
また咳が出始めた
去年の冬からたまにでるやうになつた咳はかうしてたまに發作のやうに繰り返された
痰が絡みつくやうな咳で御樹は咳き込みながら懷紙を口元にあてる
少しして咳はをさまつたが
懷紙に殘る痰に、喉が切れたのか一筋眞つ赤な物が混ざつてゐた


──ただの風邪なのだから………


御樹はわざと小さな聲に出してさう呟いてみる
さうでもしないと、少し不安になつてしまふ
そして長い睫をそつと伏せた







夜になり夕食もすませ、ゆつくりとした時間を咲坂と話をして過ごしてゐた
揃ひで買つた硝子の湯飮みに入れた茶は話が長くなるにつれ冷めてきて
立ち上つてゐた湯氣もしだいに消えていつた
咲坂が思ひ出したやうに話をふる


「さういへば鈴音?さつき買ひ物へ出た時 
 向かひの花屋の旦那が俺の事を珍しさうに見てゐたんだが
 俺のこと何といつてあるんだい?」
「向かひの旦那さんにですか? とくには何も」
「きつと不思議に思つてゐるんぢやないかな 急に見たこともなひ男が一緒に住み始めて」
「さうかもしれません でも、關係ないですよ 青人さんが氣にする事はないです
 ああ それともちやんと説明をしたはうがいいでせうか?」
「説明……… まさか……その…想ひ人だとでも?」
「…………………確かに さうですね……わざわざ云ふのもをかしいですね
 でも、私は隱すつもりはありませんけど」


平然とそんな事を云つてのける御樹に咲坂は笑つた後
しばし御樹をじつと見つめた
その視線の意味がわからず御樹はどうかしましたか?と首を傾げた


「鈴音」
「はい」
「その…………一つきいてもいいかい?」
「何でせう?」
「何で俺に手をださないのか何か理由があるのかな………」
「え……………」
「ああ………いや せがんでゐるわけではないよ
 ただ何か理由があるならきかせてはくれないか?」


思ひ切つて御樹に氣になつてゐた事を問ふた咲坂に御樹は困つたやうな顏をした
理由などないのだらうか
そこまでは自分の事を好いてゐないのだらうか
何も答へない御樹に不安が募り咲坂の胸を一氣に支配した
沈默に耐へきれず咲坂は言葉を吐く

「をかしな事をきいて すまないね いや………いいんだ 何でもない
 氣にしないでくれ」
「………青人さん」
「……………」

御樹は咲坂の肩を引き寄せると靜かにそつと疊へと横たはす
そして見上げるやうにする咲坂の前髮を指でそつと梳いた

「青人さん 私は……………」
「…………………………」
「私が貴方を抱いてもいいのですか?」
「え……………どうしてそんな事を?」

御樹は自分が手をだすことで
咲坂が今まで辛かつた男娼としての記憶を蘇らせてしまふのではないか
さう思つてゐたと告げた
だから手をださなかつたのだと
咲坂は安心するとともに、そんな御樹の氣遣ひに胸を打たれた
御樹の指があやすやうに髮を梳くたびに
今まで感じたことのないやうな胸の高鳴りを覺えた

「鈴音……………俺は」

そこまで云つた咲坂の脣に御樹は自分の脣をそつと重ねる

「青人さん……貴方の全てを私に下さい……………」

咲坂はひとつ頷くと瞳を閉ぢた
部屋の燈りを消すと
窓からさし込む月明かりだけになり青白いその光りが二人を淡く照らしてゐる
御樹の細い指が咲坂の腰ひもを解きするりと引き拔けば
左右にはだけて眞つ白な肌があらはになつた
衣擦れの音が響き御樹も着衣を脱ぐと咲坂のその肌に重ねるやうに被さつた
混ざり合ふ體温はとても心地よく互いの理性のたがをゆつくりと外していく

御樹が自分の着てゐた服を咲坂の背中にさしいれる
背中が痛まないやうにとの氣遣ひなのだらう
さつきまで着てゐた衣服からは御樹の匂ひがした

咲坂が腕を廻して御樹の結はゐてゐる紐を指でぬくと
漆黒の柔らかな髮が御樹の肩口からさらさらと滑り落ちて咲坂の胸へと零れた

濡れた脣が尖つた胸の突起を口に含み舌で轉がせば
咲坂の身體は意志に反してぴくりと動く


「鈴音……………」


名前を口にすれば御樹がすぐにそれを脣で塞ぐ
そしてまた開かれた口からは咲坂の甘い吐息が漏れた


「ああ……………青人さん……………」


御樹は愛ほしさうに名前を呼びながら愛撫をずらす
幾度となく男に抱かれ續けた咲坂の躯は
まるで初めての情交のやうに紅潮し愉悦に震へる
御樹の指が咲坂の蜜を絡め取ると後ろの蕾へと滑らせる
止まることなく透明の蜜を溢れさす濡れそぼつた雄根にも御樹は接吻をした

御樹の想ひを孕んだ愛撫は咲坂の全てを甘く溶けさせていつた
そして、情交がこんなに甘い物なのだと咲坂ははじめて知つた
痺れるやうな感覺が躯を支配し咲坂の腰をわづかに搖らがせる
指が蕾の中へすいこまれると敏感なそこは
まるでその指の形までわかるやうな氣がした
部屋に響く御樹と咲坂の息づかひだけが靜かに響き渡る


「中へ……………入りますよ……………」
「……………ああ」


形の良い御樹の眉が幾分顰められ瞳を閉ぢると咲坂の中へと入つてゆく
熱をもつたやうな御樹の慾望が狂ほしいほどの壓迫感を伴つて咲坂を支配する
繋がつた部分が早く一つに溶け合ひたいと互いの感覺を研ぎ澄ます


ゆつくりと動き出す御樹の背中越しに綺麗な月が見下ろしてゐた

「青人……………さん……とても綺麗です……………」


そんな御樹の言葉さへも愛撫のやうに感じ背中に廻した咲坂の腕がわづかに力をいれた
絶え間なく押さへきれない喘ぎが漏れる
御樹の躯から一滴汗が落ち咲坂の躯へと傳う
吸ひ込まれさうに澄んだ御樹の瞳が咲坂を愛ほしさうに捕らへてゐる
疼く腰は御樹の雄根を咥えこんで搖れた
咲坂の射精感が高まりを極めると
御樹の息も早くなる


「…んつ…………鈴……音……………もう」
「……………私もです…青人さん…………一緒……に」


一際奧へと御樹が突き上げた瞬間
咲坂の慾望が彈けて白い花びらを散らせた
御樹もまた低く聲を漏らすと
同時に咲坂の腹の中を暖めてゐた


汗でまとはりつく長い黒髮を一方に寄せると御樹はあがつた息を整へる
そして、咲坂を勞るやうに手ぬぐひで躯を拭いた
咲坂は半身を起こすと御樹の手ぬぐひを持つ腕を掴む
覗き込むやうに咲坂の顏を見れば
一筋泪が頬を傳つてゐる
御樹は慌てて咲坂の背中へ着物を羽織らせて問ひかけた


「すみません 痛かつたでせうか?」
「いや さうぢやないんだ」


咲坂は少し微笑むと自分の甲で泪を拭ふ
しかし、それは拭つても拭つても溢れてきては咲坂の手を濡らす
御樹は羽織らせた着物ごと咲坂を腕の中に強く抱きしめた
泪が御樹の胸に冷たくつたはつてくる
背中を撫でながら御樹は腕に力をこめた
咲坂がぽつりと腕の中で呟く




「鈴音……………俺は悔しいよ……………」

「……………青人さん?」

「自分は汚れてしまつてゐる………俺が鈴音に見合ふもつと綺麗な躯だつたら……
 さう思ふととても無念だよ……………」

「そんな…………」

御樹は首をふると
そつと咲坂を腕から離す
そして一つ一つ手のひらで咲坂の躯を辿つた

「ここも、そしてここも……………」

確認するやうに手をずらす
そして最後に咲坂の胸に手を置くと微笑んだ

「全てとても綺麗です どこも汚れてなんかゐませんよ……………
 私は青人さんを抱けて……………幸せです」

御樹は咲坂に接吻すると指で咲坂の泪をぬぐつた

「だからそんな事を云はないで……………
 愛してゐます……………青人さん」

「……………鈴音」

「青人さんは 私とゐて幸せですか?」

「ああ……………幸せすぎて怖いくらゐだよ」

「良かつた……………嬉しいです とても」

幸せさうに目を細めた御樹の顏を見てゐると
咲坂は自分の氣持ちが輕くなつていくやうな氣がした
甘えるやうに御樹の肩口に顏を埋めれば
優しく御樹の腕が廻されて咲坂を包み込んだ




「鈴音……………俺も愛してゐるよ」




暗い部屋の中で月明かりだけが
はだけた互いの肌をそつと照らしてゐた