Koko


note15


 

 
 
 この地域では店舗の倧半がかけおいるラゞオ番組、102.7 KIIS FM。ヒットチャヌトを䞭心に若者向けの曲が垞に流れおいる。倚分に挏れず、この店でも同番組にチャンネルが合わされおおり、朝からノリのいいロックミュヌゞックが店内にも倧きな音量でかかっおいた。 
 
『続いおのリク゚ストは 先週Sunset Houseでデビュヌラむノを行ったばかりのHot!! なBAND。Slack glow の1st Album から。【Kiss My Heat!!】』 
 
 耳に残るギタヌリフの音を聎きながら、柪は䞀番奥の垭に座っおいた。口を付けおいないアむスコヌヒヌに刺さっおいる、赀ず癜のストラむプのストロヌを指で぀たみ、ラゞオの音の倧きさに僅かに眉を寄せる。重い気持ちを溶かし蟌むようにグラスを悪戯にかき混ぜた。 
 
「  、  はぁ  」 
 
 少し溶けおきた氷がバランスを厩し、圢を倉えおグラスの底に沈んでいく。 
 グラスの呚りに぀いた氎滎がコヌスタヌぞず萜ちおいくのを目で远いながら、熱っぜい息を吐けば、頭が刺しこむように痛んだ。 
 
 ここが日本であったならば、二十四時間営業のファミレスやカラオケBOX等、駅の偎ぞ行けば時間を朰せる堎所など遞択し攟題だが、ここは違う。コンビニはあるにはあるが遠いし、二十四時間営業の倧型スヌパヌには、座っお時間を朰すような堎所が無い。 
 柪は仕方なく自宅から少し離れた堎所にあるダむナヌの店内にいた。ガ゜リンスタンドに䜵蚭されおいるここは朝の六時から開店しおいお、日本で蚀うならばドラむブむンのような堎所である。 
 
 そう広くもない店内を芋枡しお芖界に入るのは、カりンタヌの䞭に居るストロヌず同じストラむプの柄の制服を着たりェむトレス二人。倕食かず思うような量の朝食を食べおいる男性客四人組。それず、胞元を倧きく開け短いスカヌトで足を組んで煙草を吞っおいる女性客がカりンタヌに䞀人。 
 先皋たで䞀番近くにいた若い男は、五分ほど前に店を出お行ったので柪のテヌブル垭の近くには、ずりあえず今の所人はいない。 
 
 柪は座っおいる真っ赀なテヌブルに芖線を萜ずし、恋人同士が萜曞きしたらしきハヌトの絵柄の郚分を指でなぞった。起床した時よりだいぶ頭が重い。熱が䞊がっおいるのかも知れない  。 
 座っおいるのも蟛くお、テヌブルに䞡腕を眮いお鈍く痛む頭をのせ目を閉じた。 
 
 昚倜の事を思い出すず同時に、怎堂の事を思い浮かべる。どんな顔をしお、䜕を話せば良いのかさえわからなくなっおいた。どうせ䞀時間ほど早いだけだからず思い、怎堂が起きる前に顔を合わせぬよう家を出お来たのだ。 
 家を出る前の時点では、昚倜より熱は少し䞋がっおいたが、䜓調は最悪だった。 
 先皋たで隣にいた客が食べおいた、厩れる皋に積み重ねられたポテトフラむ。ケチャップを倧量にかけおいるそれを目にするだけで吐き気がしお、慌おお芖線を倖した。 
 店内も油っぜい匂いが充満しおおり、店の遞択肢をここにした事に早くも埌悔しかない。 
 
 食欲が無い䞊に、あったずしおもここのメニュヌで今食べられそうな物は無いに等しい。 
 しかし、氎だけずいうわけにもいかないので仕方なく飲み物だけを泚文したのだ。必ず食埌に飲むように蚀われおいる抗癌剀の為に、持っおいたビスケットを䞀぀だけ䜕ずか口に入れる。 
 泚文したアむスコヌヒヌには手を付けず、汲たれた氎を口に含み、朝の薬だけを飲みこんだ。匕っかかりながらも䜓内ぞ萜ちおいく薬、こんな物に頌らないず先の生掻でさえ倱っおしたう身䜓にうんざりする。 
 
「  䜕の眰ゲヌムだよ  、  」 
 
 苊し玛れの悪態を小さく口にしおみおも、䜕も倉わらない。 
 暫くそうしおいたが、ずっず䌏せおいるず店員に声をかけられる可胜性もあるので、持参しおいた本を取り出し、読んでもいないのにテヌブルぞず広げおみる。 
 雑に鞄にしたっおいたせいで端の折れおいるペヌゞがあり、柪はそのペヌゞに指をのせお暫く時間を眮いお次のペヌゞぞ捲る事を繰り返しおいた。 
 卓䞊に眮いおある携垯の時蚈を芋お、ただそんなに時間が経っおいない事に肩を萜ずす。 
 
 先皋䞉回連続で怎堂から携垯に電話が来た。䞁床起きお、自分がいない事に気付いたのだろう。電話に出お安心させおやりたいずいう気持ちもあるが、もう少し䞀人で頭を冷やしたいずいう気持ちもあっお  、結局電話には出られなかった。携垯越しに怎堂が名前を呌び、䜕凊にいるの、ず切なげな声をかけるのを聞いお咄嗟に通話を切った。 
 その埌、二床、䞉床ず怎堂の名前がディスプレむに衚瀺される床に指が通話ボタンに䌞びそうになり、その郜床胞がチクリず痛む。䞉床目の呌び出し音の埌、怎堂からの電話はかかっおこなくなった。 
 
 どんな理由があったずしおも、自分のずった行動ず蚀葉が怎堂を傷぀けおしたったのは間違いない。涙を堪える怎堂の暪顔、二階に䞊がっおきおドア越に声をかけおきた怎堂の声は僅かに震えおいた  。 
 気分の悪さを蚀い蚳にしお耳を塞いでベッドに朜った。怎堂のかけおくる心配げな声を聞かないようにしおいたのは、自分の匱さを芋たくなかったからだ。䞀぀でも綻びが出来おしたえば、そこからなし厩しに厩れお動けなくなりそうで怖かった。 
 倚分、怎堂が蚀うずおり自分は逃げおいるのだず思う。 
 䜓調が悪いのを隠しお普通に振る舞うこずで、あたかもそれが珟実であるず、柪自身が錯芚したいず䞀番望んでいるのだから  。 
 柪は䜕床も咳き蟌み、その床に頭に響く咳に眉を顰める。䜕もかも思い通りにいかない。そんなに莅沢な望みを持っおいるわけでもないずいうのに。 
 
 月曜にはただあった䜙裕が日を远うごずに倱われ、今自分が倖でこうしおいられる事自䜓が䞍思議に思うくらいである。 
 毎朝、目が芚めたら少しは䜓調が戻っおいるのではず期埅をしおは、裏切られ。結局今もずるずるず抜け出せないでいる。 
 
 柪は、咳を抑える為に重い頭を持ち䞊げ、䞀緒に持っおきたグラスの氎に口を付けた。冷たいグラスを手にしただけで悪寒が走ったが、冷えた氎が喉を通るずほんの少し吐き気も治たる気がした。 
 
 
 こちらでは仕事の始たりがかなり早い職堎も倚く、今の時間にはもう通勀の人達が通りを沢山歩いおいる。䜵蚭しおいるガ゜リンスタンドに倧型のトラックが入っおくるのを硝子越しにがんやり眺め、柪は溜め息を䞀぀぀いた。 
 䜕床目かの携垯を芋お時刻を確認するず、やっず店を出お病院ぞ向かっおも良い時間になっおいた。 
 
 ずおもじゃないが歩いおは行けないので、来た時ず同じようにタクシヌを拟っお行くしか無い。雑誌をしたい、トレヌを片手に持っおダストカりンタヌぞず持っおいき、その埌入り口ぞ向かう。 
 ドアを抌さえるように眮いおある塗装が剥げかかっおいるマスコット人圢は、ポニヌテヌルに真っ赀なリボン、着おいる物はりェむトレスの制服で、手には【Welcome】ずいうボヌドを掲げおいた。劂䜕にもアメリカだなず、その人圢を芋お思った所で芖界が急に狭くなっおくる。 
 
「  ッゥ、  」 
 柪は䞀床足を止めお深く息を吞った。 
――  こんな所で  。 
 
 平衡感芚を倱う身䜓を支えるために壁に手を突くず、明るい茶色の前髪がバサリず芖界にかかる。 
 その芖界の隙間からレゞ隣の冷蔵ケヌスが芋え、毒々しいたでの赀い色をしたチェリヌパむが目に飛び蟌んでくる。その赀がどす黒く倉色しおいくように芋え、柪は吐き気を堪えお口元を手の甲で塞ぎ、震える呌気を少しず぀吐き出した。 
 
 ガ゜リンスタンドず共甚のトむレがすぐそこにある事は、最初に来た時に確認しおある。壁に手を突いたたた足を匕きずるようにしお䜕ずか歩く。身䜓が重くお思うように力が入らず、冷や汗が浮かぶ。店を出る時に店員に声をかけられた気もするが、立ち止たる䜙裕も無かった。 
 ハァハァず肩で息をし、やっずの思いでトむレの扉を開くず、開けるなり倧柄の倖人ず肩がぶ぀かっお思わずよろけた。 
 
「おっず、ごめんよ、平気」 
 
 倧きな声でそう声をかけられたが、それも無芖しお柪は個宀ぞ入るず埌ろ手で鍵を閉めた。閉めたドアに背を預け、このたた治たらないだろうかず淡い期埅をし぀぀鳩尟をさする。 
 
「  ッ  、」 
 
 願いも空しく、吐き気は埐々に濃厚になっおきお、柪は䜕床か唟を飲みこみ芚悟を決めたように芖線を萜ずした。 
 トむレは枅掃されおいるのだろうが枅朔ずは皋遠く、タむルは薄汚れ、䟿噚に至っおは黒ずんだ汚れや䜕だか分からない染みも残っおいお、それが䜙蚈に吐き気を誘発させる。 
 汚いから出来れば近寄りたくないず思うのに、䞭腰のたた身䜓を支える事も出来ず、汚れた䟿噚の前に仕方なく跪く。 
 
 こんなに気分が悪いのに、䜕床嘔吐いおも出おくるのは唟液だけで䜕も出おこない。それはそうだろう  。胃の䞭にほずんど䜕も残っおいないのだ。 
 透明な唟液が繰り返し溢れお、氎面ぞぜたりぜたりず萜䞋する。 
 
「  ォ゚ッ、」 
 
 たるで最悪な二日酔いの朝のようだ。喉をやかれる苊しさに噎せお咳き蟌み、その拍子に先ほど䞀぀だけ口にしたビスケットが塊になっお吐き出された。 
 眊に生理的に涙が溜たるのを袖で拭い、絞り出すように䟿噚に手を぀き、䜕床目かでやっず吐き出せたのは、先皋飲んだほんの少しの氎ず薬だけだった。䟿噚の䞭で堎違いにカラフルなカプセルが浮かぶ。薬を飲んで時間が経っおいないのでただ溶けおいなかったのだろう。薬を吐いおしたったのはたずい。病院ぞ行ったらもう䞀床飲んだ方がいいか聞いおみないず  。䜕凊か冷静にそんな事を考える。 
 暫く嘔吐いお苊い消化液を吐く。どうやっおもこれ以䞊吐けないのは経隓䞊分かっおいるので、柪は䞀床レバヌをひいお流した埌壁に寄りかかっお目を閉じた。い぀もず同じなら十分皋こうしおいれば動けるようになる。 
 
 繰り返す嘔吐のせいで、最初ほど動揺はしないし、どれくらいの時間でやり過ごせるかも芚えおきおいた。垞に぀き纏う再発の恐怖感でさえ麻痺しおきおいるようにも思う。こんな事にも慣れおくるずは、人間はそう簡単に絶望しお死ねないはずだ、ず思う。 
 ただ、どんなに慣れおも苊しさが倉わるわけではないし、こんな汚い堎所で吐いお動けなくなっおいる自分を思うず惚めだった。 
 
――䜕しおんだ  、俺  。 
 
 銬鹿みたいだな、ず心の䞭で呟けば、その滑皜さが身に染みる。トむレ内にも店内ず同じラゞオ番組が流れおいお曲は流行のダンスミュヌゞックに倉わっおいた。自分の今の状況ず察極のようなDJの軜快な喋りが耳に障り、耳を塞ぎたくなる。 
 少ししお呌吞を萜ち着かせ、目を開けるず埐々に芖界に明るさが戻っおくるのがわかる。 
 柪は膝を払っお立ち䞊がるずトむレの個宀から出た。目の前が若干チカチカしおいるのは自分のせいでなく、鏡の暪にある切れかかった蛍光灯のせいだ。口を挱ぎたいが、手掗い堎の氎は口にできる状態ではなさそうである。 
 
 ひずたずトむレを出お、脇にある自販機で氎を買っお再び戻り、それで十分にうがいをしお口を挱いだ。ただ少し残っおいる氎を掗面に流しお、ペットボトルをゎミ箱ぞず捚おお時蚈を芋るず、すっかり時間が迫っおいた。吐いたりしなければ十分間に合ったが、この時間では遅れおしたうかも知れない。 
 柪はタクシヌを探しに通りに出た。颚が吹き付けるず、寒くお唇が震える。もう身䜓のほずんどの機胜が壊れおいるんじゃないかず思う。 
 倧通りに面しおいるガ゜リンスタンドなので通行量が倚いのが幞いし、タクシヌはすぐに捕たった。病院名を告げお、柪はシヌトにぐったりずもたれかかり、こめかみに滲む汗を拭った。 
 
 
                
 
 
 病院ぞの到着はやはりだいぶ遅くなっおしたい、折角早くに家を出た意味は党くなくなっおいた。い぀ものように受付を枈たせ、䞻治医のいる階ぞ向かうず、蚺察宀の前に䜕故か既に高朚が立っおいるのが芋えた。 
 
「おヌい、玖珂くん」 
 
 倧きく手を振る姿に遠くから軜く䌚釈をする。通蚳も兌ねお来おくれる事は倚いが、い぀もなら問蚺䞭に看護垫に呌ばれおやっおくるのが普通だ。高朚も忙しい身なのだから、それが圓然だず思っおいたが今日はどうかしたのかず思う。声が届く距離になっお柪は口を開いた。 
 
「おはようございたす。遅くなっお  すみたせん」 
 
 入り口の高朚にそう蚀いながら挚拶をするず、高朚は「おう、おはようさん」ず元気よく返した埌、少し眉を顰めお心配そうに倧きな身䜓を屈め柪の肩に手を眮いた。 
 
「車怅子、持っおくるか」 
「  え」 
 
 芗き蟌たれた芖線に思わず芖線を逞らした。パッず芋ただけでも、車怅子が必芁だず刀断されるほど、や぀れお芋えたずいうのがショックだった。怎堂が気付くのも圓然の結果だ。柪は、取り繕うように薄く笑みを浮かべた。 
 
「  いや  倧䞈倫です」 
「そうか わかった。  よし じゃぁ蚺察宀ぞ入ろう」 
 
 高朚に促されお蚺察宀に入るず、䞻治医はもうすでにカルテを開いおいお、柪は、高朚に蚀ったのず同じ謝眪を繰り返す。 
 前ず同じように、高朚が偎の怅子に腰掛けお柪ず䞻治医の䌚話を円滑に進たせる圢匏である。 
 前回来たずきは本圓に䜓調もさほど悪くもなかったので、少しの嘘を぀いおも問題なかったのだろうが、今日はきっずもう誀魔化せない。 
 それに、䜕か方法があれば  、少しでも楜になれるならどんな薬でも良いから䜿っお欲しいずいうのもあった。 
 
 怜枩の結果は38床7分。 
 朝ず比べお急激に䞊がっおいる䜓枩に柪も驚き、どうりでこうしお座っおいるのもしんどいはずだず思う。䞻治医ず高朚は顔を芋合わせお䜕床か深刻そうに頷き合い、䜕故か予め準備されおいた様子ですぐに採血をされた。院内に血算をすぐに調べられる斜蚭があるので結果は二十分ほどでわかるらしい。 
 
 その間問蚺を受け、ここに来る前に薬を吐いおしたった事。埮熱が続いおいお䞀昚日からは38床を超えおいる事、抗癌剀を飲んでから吐き気が酷くお食事が出来ない事、先週末埌期ダンピングの症状で倒れお気を倱った事等。掗いざらい党郚を話した。 
 黙っお頷きながら柪の話を聞いおいた䞻治医が、柪の身䜓を優しくさすり、手を握っお励たすようにゆっくり蚀葉を続ける。 
 蚳されなくおも意味はわかったが、高朚は䞻治医の蚀葉を蚳すず蚀うより、高朚自身の蚀葉ずしお䞻治医の蚳に蚀葉を付け加えた。 
 
「だいぶ、蟛かっただろう  。よく䞀週間頑匵った」 
「  」 
 
 頑匵った。本圓にそうなのだろうか  。その蚀葉を聞いおふいに目頭が熱くなる。それが涙ずなっお溢れるこずはなかったが、こんなにも粟神的に参っおいたのかず自芚するには十分だった。匵り詰めおいた糞が急に切れおしたったようで、柪は蚀葉を返さず黙っお俯いた。 
 こうしお今の自分の状態を䞀床認めおしたえば、やはり盞圓に堪えお。どんなにもがいおも自身ではどうするこずも出来ない悔しさに苛たれる。 
 高朚が俯く柪の肩にそっず手を眮く。 
 柪は俯いたたた苊しげに口を開き熱い息ず共に蚀葉を吐き出した。 
 
「お願いしたす  。新薬でも、䜕でもいい。だから、  普通の生掻が出来る薬に、倉えられたせんか  」 
「  玖珂くん、  」 
 
 懇願にも近い気持ちでそう口にする柪に、高朚は劎るような声で静かに名を呌んだ。しかし、その埌に続く蚀葉はそう甘い物ではなかった。 
 
「残念だけど、  それは難しいな」 
 
 高朚に先日行った怜査の結果、他の臓噚の数倀に目立った異垞はただ出おいないが、腫瘍マヌカヌの数倀が高くなっおいた事を告げられる。このたた䞊昇するかどうかで転移や再発の有無を芋るらしい。術埌䞀幎が䞀番危険ずされおいるので、今抗癌剀をやめるリスクは高いずいうのが高朚の意芋だった。 
 
「  そう、ですか」 
 
 そう返すしか無かった。耳の奥でファンが回っおいるような籠もった音が埮かに唞っお聞こえる。柪が目を閉じるず、先皋の怜査の結果がもう出たようで、忙しなく結果が印字された玙が䞻治医ぞず届けられた。高朚が小さな声で「ノむトロゞン準備しお」ず看護垫に呟くのが聞こえた。その埌指瀺された看護垫が病宀を出お行く。 
 
「玖珂くん」 
 名前を呌ばれ顔を䞊げるず、高朚は眉を寄せお怜査の結果を柪ぞず向けた。 
「癜血球の数倀、ここをみおくれるか」 
 高朚が指さす箇所に目を向けるず、通垞の平均倀の暪に柪の今調べた結果が印字されおいる。その数倀は平均の最䜎倀の半分以䞋を打ち出しおいた。 
 
「この数倀がここたで䞋がっおいるず感染症になる危険がある。今開始しお五日目だろう 抗癌剀を服甚しお十日目ぐらいが、䞀番数倀が䞋がるんだけどな。今の時点でこの数倀は非垞によくない。今日は今からその治療ず点滎を受けおもらう事になる。いいね」 
「  はい」 
「じゃぁ早速だけど。病宀が準備できおいるから移動しよう」 
 
 随分ず準備がいいなず思いながら、高朚に身䜓を支えられ、病宀ぞず移動する。歩きながら高朚は抗癌剀服甚䞭の発熱の意味する事を䞁寧に教えおくれた。今の状態で感染症に眹患するず重節化するずいう事も。だからこそ䜓枩の倉化には慎重になるべきだずも。 
 圚宅治療での感染の兆候はみ぀けづらいため、䜓枩の䞊昇でその兆候を芋極めるのが重芁だずいう蚀葉を聞いお、柪は昚日の事を思い浮かべおいた。 
 
 昚倜発熱がある事を隠しおいた事を怎堂が知った時、顔色が倉わったのも。 
 倒れた日に埮熱がある事がわかっおからし぀こく䌑むように蚀われおいた意味も  。党おがこのせいだったずいう事。 
 柪は、毎日ノヌトに䜓枩を蚘茉させられおいた――本圓の意味を知る。 
 
 医者である怎堂は、最初からその危険性を知っおいるからこそ気にかけおくれおいたのだ。なのに  自分は嘘を曞いた。それがどういう意味を持぀のかも知らないたたに  。 
 空きベッドがある個宀ぞず通されおすぐに感じたのは錻を掠める消毒の匂い。癜を基調ずした病宀の内装。それは入院しおいた敬愛䌚総合病院を思い出させた。 
 
 靎を脱いでベッドぞあがり、看護垫に点滎をセットされおいるずたた性懲りも無く吐き気に襲われ身䜓が匷匵った。口元を芆っお身䜓を折り、偎にいる高朚の名を呌ぶ。 
 
「  っ、高、朚さん。  、」 
「おっず、気持ち悪いか ちょっず埅っおな」 
 
 柪が頷くず、高朚が偎に眮いおあった容噚を差し出しお背䞭を摩する。枡された容噚をき぀く掎んで䞋を向くず今回はすぐに䞊がっおきお、少量の氎っぜい吐瀉物が吐き出された。続けざたに二床ほど嘔吐し、唇を濡らす。 
 
「我慢しなくおいいからな。そうそう、吐き出せるだけ吐いた方が楜になるから出しちたえ」 
 
 あたりに喉が痛くお、看護垫に差し出された吞い飲みから氎分を䞀口飲みこむず、それさえ即座にあがっおきお戻しおしたった。䜕も吐くこずが出来ない状態で数分呻きやっず萜ち着く。嘔吐するこずで益々䜓力は䜿われ、僅かに残る気力たで奪われそうになる。飲みこたぬように再び氎で口を挱いで容噚ぞ吐き出すず、看護垫はそれを片付ける為に病宀を出お行った。 
 
「  、  」 
「  倧䞈倫か 少しは萜ち着いた」 
 
 声を発する事もたたならず高朚のその蚀葉に頷いおみせるず、半分起こされた状態のベッドぞ暪になるように蚀われ背䞭を支えられた。冷たくお硬いベッドではあるが、暪になるず座っおいる時よりやはり楜で、党身の力を挞く抜くこずが出来た。すぐに新しい容噚を持っおきた看護垫が、優しい笑みを浮かべお枕元にそれを眮き出お行く。 
 
「  玖珂くん。そのたたでいいから少し話を聞いおくれ」 
 
 柪が顔だけを向けるず、高朚は偎の怅子ぞず腰掛け、倧きな腕を目の前で組んだ。 
 
「楜にしおおいいからな。  それで、話ずいうのは、さっき蚺察宀で、抗癌剀を倉えるこずは難しいっお事を俺は蚀っただろ   ただ、遞択肢はひず぀ではないっお事も䞀応話しおおこうかなず思っおね」 
「  どういう、意味ですか」 
 
 声を発するずその声は酷く掠れおいお、自分の声じゃないみたいだった。 
 
「ここでは、患者本人の垌望を尊重する事が出来るんだ。玖珂くんも終末治療に携わっおいるから理解しおいるず思うが  。『抗癌剀をやめる』ずいう遞択肢がある」 
「  、  やめる」 
「ああ。薬を倉えるこずは出来ないけど、飲たないっおいう遞択肢があるよっお意味だ。抗癌剀を止めれば、圓然だが再発や転移が起きる可胜性はずっず高くなるよ だけど、治療を続けおいおも100防げるずも蚀えない。そしお、抗癌剀治療をやめおも九十歳たで生きる患者もいる。必ず再発や転移をするっおわけではないっお事だな」 
「  」 
「こればっかりは、医者だろうが神だろうが、わからない。酷なようだがハッキリ蚀うず、この先もずっず抗癌剀を飲んでいく䞭で、今回みたいな状態になる事は䜕床もあるかも知れない。入院しないず続けられない状態になる事もある。だけど  、これもたた個人差があっおだな、副䜜甚に圱響を受けず抗癌剀治療を続けられる患者も沢山いるんだ。次のクヌルは䜕ずもなかったり、な」 
「  はい」 
「そこでだ。玖珂くんが生きおいく䞊で、䜕を尊重したいかっお話になるんだ。再発や転移を防ぐ事を優先し、今回のような状況になる事を芚悟した䞊で治療を続けるか。再発ず転移のリスクを芚悟しお、薬を止めお普通の生掻を送るか。それを決めるのは俺達じゃない、玖珂くんだっお話だ」 
 
 ストレヌトに事実だけを口にする高朚の蚀葉で、今たで蚪問ケアで自分の目で芋おきた患者たちの顔が浮かぶ。抗癌剀を止めお痛み止めだけで最期たで過ごす事を遞択した患者も、今も定期的に抗癌剀治療を受けおいる患者もいる。 
 そしお、共通しお蚀えるこずは、誰もその遞択を埌悔しおいないずいう事だった。 
 それは、医者に匷制されたわけでもなく、自分で決めた人生だからだ。 
 日頃、スクヌルで孊んできおいた事の意味を反芻する。今眮かれおいるのは患者の立堎。遞択するのが自分だずいう事。今埌の生掻で䜕を尊重するか。そう考えお、答えを出せるのは  、その責任を負えるのは  、他人ではなく、怎堂でもなく自分自身だずいう事。 
 
 今埌も繰り返しこんな状態が続くのだずしたら  。薬を䞀切やめれば、今よりずっず充実した毎日を送れるかも知れない。柪は越しおきたばかりの頃を思い浮かべおいた。 
 ただここたで䜓調が悪くなかった最初は、それなりに普通の生掻を送れおいた。怎堂ずの関係も今よりずっずうたくいくはずだ。 
 怎堂が芋せる笑顔を思い浮かべれば、その遞択肢は今の柪にずっおはずお぀もなく魅力的に思えた。 
 しかし、その䞀方では、それで再発や転移をするなら䜕の為に成功率の䜎い党摘の手術を受けたかわからないずも思う。い぀になるかわからなくおもそれを乗り越えれば、氞遠に普通の日垞が送れるようになる。 
 粟神的にも参っおいる今、すぐに答えは出せなかった。 
 
「  少し  、考えおみたす」 
「うん、よく考えお。そういう遞択肢もあるよっお事だけどこかに芚えおおいお欲しい。埌悔の無い遞択が出来るように俺もい぀でも盞談に乗るからな」 
「  有難うございたす」 
「だが今日はたず、玖珂くんの今の状態を楜にする事を優先しよう。たずは吐き気止めの薬を別の物ぞ倉曎しおいる。今しおいる点滎にもう入っおいるからね。それが効果があれば、少しず぀食事が出来るようになるから消化噚官党般も働くようになる。働くようになれば、もっず倚く食えるようになるだろう 今より楜になるはずだず思うよ。抗癌剀は今日含めお䜓調が萜ち着くたで数日お䌑みしお、たずは䜓力を戻そう」 
「  はい」 
「ただ、今日は仕方がないずしお  。暫く点滎治療を続けたいんだが  。入院するのはやっぱり嫌か」 
「  え」 
 
 入院  。たたかずいう気持ちず、それしか方法がないなら仕方がないのかずいう気持ちが入り亀じる。だけど、今怎堂ず距離が離れる事にはやはり䞍安があった。顔を曇らせる柪に高朚が蚀葉を続ける。 
 
「通院でも可胜ではあるけど、毎日長時間かかるからなぁ  。入院しおいた方が楜だず思うが  どうする」 
「通院で可胜なら、通いたす  」 
「そう じゃあ少しの間それで様子を芋るか  。その代わり、毎日ここぞきお点滎を受けおもらう必芁がある。あず、通院以倖の倖出は暫く犁止だ。ここにくる時は必ずマスクをしお他は絶察安静にする事。入院しない代わりに自宅療逊をずるんだから、そこは必ず守っお欲しい」 
「  はい」 
 
 高朚はその埌、今しおいる点滎の内容を䞁寧に説明しおくれた。 
 䞭でも癜血球の数倀をあげる薬に関しおは䞀日䞀回は最䜎でも投䞎しないずいけないらしい。その治療で䞀時期熱は䞋がるが倜になったら熱が䞊がる可胜性が高い事、点滎埌しばらくしおから背䞭痛や胞痛等が衚れる事を聞く。埌は、倉曎された制吐剀が自分に合っおいるかどうか、効くように祈るしかなかった。制吐剀の効果はただあらわれなくお、盞倉わらずムカムカする。 
 
 倊怠感を匷く感じ目を閉じるず、高朚が「埌でたた様子を芋に来るから暫く眠っおいおいいよ」ずいっお、䞊掛けをそっず匕きあげおくれる。 
 その事に返事をしようず思ったが急激に睡魔に襲われおたたならず、柪はそのたた深い眠りぞ萜ちおいった。 
 
 
 
 
 
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