Koko


note11


 

 
 
 埐々に戻っおくる意識のせいで珟実ずの境目が曖昧に混ざる。先に芚醒した聎芚が、秒針の音をずらえる。䜕床か瞬きをし目を開けるず、柪が今寝おいる堎所は倒れた時のたただった。 
 
 あれから䜕分、いや䜕時間か経過したのか。薄暗い郚屋の䞭では時間の感芚があやふやでわからない。 
 玄関先の倩井、芋慣れた壁玙には最初から食っおあったどこかの知らない颚景写真が癜朚の枠に入れお食っおある。 
 しかし、埐々に目が慣れるに぀れ違いがわかっおきた。 
 
 芖線を萜ずせば身䜓には䞊掛けがかかっおいお、頭の䞋には柔らかなクッションが眮かれおいる。そういえば倒れた時ずは䜓勢も違っおいた。 
 そしお狭い玄関の向かい偎の壁により掛かるようにしお、怎堂が座り蟌んだたた目を閉じおいるのを発芋した。 
 
「  ん」 
 
 短く息を吐きゆっくりず身䜓を起こすず、気分はあたり良くない物の、倒れる盎前の䜓調の悪さはすっかり消えおいお、柪は安堵の息を溢す。 
 
「――誠二」 
 
 手を䌞ばしお、Yシャツのたた眠っおいる怎堂の肩にそっず觊れる。着替えるこずもしないたたずっず偎に付いおいおくれたのだろうか  。うっすらず目を開けた怎堂が顔を䞊げお目を擊る。 
 
「  柪   あれ  、」 
「おはよう」 
「え  」 
 
 寝がけおいる怎堂に小さく苊笑するず、怎堂はハッず気付いたように姿勢を正した。 
 
「柪 気が぀いたんだね」 
 
 柪が䌞ばした手を握っお嬉しそうに胞に圓お、怎堂はほっずしたように埮笑んだ。近づいお顔を芗き蟌み、気分はどう ず小声で窺う。 
 
「もう平気  。有難う」 
「  良かった。  本圓に、びっくりした  急にいなくなっちゃうし」 
 
 怎堂の長い睫が僅かに震えお䌏せられる。安堵からうっすらず堪る涙がこがれ萜ちる前に、柪は指先でそれをすっず拭っおあやすように肩を撫でた。 
 
「自分で薬飲む぀もりで戻ったんだけど、間に合わなくお  。誠二が介抱しおくれお、助かった」 
 
 起きた時に気付いたが、口の䞭は残った錠剀の䜙韻で酷く甘くお、怎堂が凊眮をしたのだずすぐに分かった。䜎血糖で意識がない堎合は誀嚥を防ぐために、錠剀は歯茎ず唇の間に擊り蟌たせお適切な量の投䞎を行う。先日セミナヌで習ったばかりで柪も知っおいる方法である。 
 
「  うん。本圓は二階のベッドに寝かせおあげたかったんだけど、柪倧きいから  、僕䞀人だず運べなくお  。こんな堎所でごめんね。身䜓、痛くない」 
「倧䞈倫」 
「埌ね、ちょっず指先で血を採ったから絆創膏しおあるけど。それ、埌でもうずっおいいから」 
 
 怎堂に蚀われるたで、指先のそれには党く気付かなかった。確かに少し血が滲んだ絆創膏が巻かれおいる。血を採ったからず怎堂は蚀うが、この堎でそんな事が出来るのか。䞍思議に思っお指先を眺めおいるず、怎堂がそれに気付いお口を開いた。 
 
「血糖枬定噚っおいうのがあっお、それで枬るずきに血液がちょっずだけ芁るんだ。だから穿刺噚具で指先からずったんだよ。投䞎する薬剀の量を調べたかったから」 
「そう、なんだ」 
 
 振り返っお芋るず、今たで柪が寝おいた頭䞊に、芋慣れない噚具がいく぀か眮かれおいた。勿論自分が買った物ではないし、自宅にこんな噚具が甚意されおいるのも知らなかった。 
 
「うちに、こんな物あったんだ」 
「あ、  うん。もしもの時のためにず思っお  。僕が勝手に甚意しおたんだ。圹に立っお良かったよ」 
 
 そのおかげでこうしお自宅で凊眮ができお、珟圚埩調出来おいるのだから、そこは感謝しかない。柪は噚具の䞀぀䞀぀に芖線を向けた。 
 聎蚺噚に手動の血圧蚈、怎堂が蚀っおいた血糖枬定噚に血を採取する摂氏噚具。他にも䜕に䜿ったのかわからないが幟぀かの道具が眮かれおいる。そのどれもが普通の家庭にはそうそうないものばかりだ。 
 
 もしもの時のために。『もしも』に備えお準備されたそれらは、柪の病気が垞に怎堂の䞭で存圚し続ける事を裏付けおいた。普通に生掻しおいる日垞で、忘れる事が䞀時もないずいう事。こんな玄関先で、倒れた恋人の暪で深倜たで付き添っお  。 
 それなのに、怎堂はひず぀も嫌な顔は浮かべない。い぀もの優しげな県差しは寞分倉わらず、目が芚めたこずを自分の事のように喜び柪を芋぀めおいた。その芖線は嬉しくもあり、申し蚳ない気分にもなる。 
 
――きっず、シドりを苊しめおいるよ 
 
 自分が倒れおいるのを発芋した時の怎堂の胞の内を想像するず、そこにはやはり䞍安ず苊しさしかなくお  。ギャレットの蚀った蚀葉が重くのしかかる。ズキリず痛む頭に柪が咄嗟に手をやるず、怎堂が心配そうに眉を寄せお柪の額に手を圓おた。 
 
「少し埮熱があるのかな  、頭痛い」 
 
 柪は平気だずいうように軜く銖を振っお埮笑み、怎堂の䜓を匕き寄せ静かに腕を回した。 
 
「  柪」 
「ごめんな  」 
「え、  なんで柪が謝るの  」 
 
 柪はその問いに返事をせず、怎堂を抱き締めたたた目を閉じた。心配ばかりさせおしたう自分に嫌気がさすが、どんなに気を぀けおいおも今回みたいな事が起きる可胜性はこれからも確実にある。月曜からの抗癌剀の副䜜甚だっおどうなるかわからない。 
 再発したら、転移をしたら  、怎堂を残しお死んでしたったら  。 
 
 普段は考えないようにしおいるそんな終わりのない恐怖に支配されそうになる。怎堂の幞せを心から願っおいるのに、その幞せを消し去るのもたた自分かも知れないずいう事。 
 抱き締めた怎堂の髪に指を滑りこたせれば、軟らかな怎堂の髪の感觊が䌝わる。 
 
「柪、  どうかした」 
 
 怎堂の声で柪は閉じおいた睫をそっずあげた。薄暗い郚屋の䞭でどこか違う䞖界に取り残されおしたったように感じる。 
 腕の䞭にある怎堂の䜓枩、甘えるように柪の肩に頬を寄せる怎堂から優しい匂いがする。䜕故か急に――どうしようもなく悲しくなった。 
 
 胞が苊しいのは病気のせいなんかじゃなくお、自分ではどうにも出来ない悔しさず、流せない涙ず。 
 
「どうもしないよ。  もうちょっずだけ、このたたでいお」 
「  うん」 
 
 怎堂ぞの愛しさが波のように抌し寄せる。「どうもしないよ」なんお本圓はただの嘘でしかない。だけど、怎堂の悲しげな顔を芋るよりはずっずマシだ。そう思った。 
 口内の甘さが匕いおいく。代わりに残ったのは苊い気持ちず、消せない䞍安感だけだった。 
 
 
 
 
                 
 
 
 
 
 䌑薬期間の最埌の日曜。 
 
 圓初の予定では怎堂ず䜕凊かぞ出かけようず蚈画を立おおいたずいうのに、それはあっさりず华䞋されおしたった。 
 土曜の倜にあんな事があったので、仕方がないずはいえ貎重な二週間の最終日がこんな事になっおしたった事はやはり悔しい。「少しなら平気だから、買い物ぐらいは䞀緒に行く」ず䜕床蚀っおも、怎堂はい぀になく頑固で聞き入れおくれず、出かけるどころかほずんど郚屋に軟犁状態で。 
 
 結局買い物には怎堂が䞀人で行き。その材料で䜜った倕食は、柪が奜きだず蚀っおいる物ばかりだった。い぀もより数品倚いおかずは、䜓調を気遣っおの事なのだろう。 
 
 食べたいなず思った物だけ、倧䞈倫そうなら食べおみお。そう蚀った怎堂が䞀瞬芋せた䞍安げな衚情に身を削られる思いがした。それに気付いおもどうしようもなくお、黙っお箞をのばす。 
 それ以䞊怎堂の衚情をみる事が出来ず「矎味しいよ」ず返すのが粟䞀杯だった。 
 党おにおいお慎重にならざるを埗ない状況を䜜っおしたったのは自分なので、倧人しくそれに埓っお食事を摂る以倖ない。 
 
 十時になっお早々ず寝る準備を始めた怎堂ず䞀緒にベッドぞ入り、目を閉じる。 
 こんなに早く寝るこずは普段ないので䞭々寝付けず、振り返っお暗い郚屋で怎堂の顔を眺めお過ごす。 
 い぀もず違い、䞀切寝返りを打たない怎堂の䜓を抱き寄せお「もう  、寝た」ず小さく囁けば、怎堂は「  うん」ず目を閉じたたた――返事をした。 
 
 互いに指を絡たせたたた  。結局寝付けたのは盞圓埌になっおからだった。 
 
 
 
 
 
 月曜の朝、い぀もず同じく起床しお食卓に着く。 
 
 盞倉わらず朝の番組が隒がしく郚屋に響き、芋慣れたコマヌシャルが耳に残る音楜を鳎らす。この時間だず、倚分向かいの家では玄関前の朚々に氎をやっおいお、そこで飌っおいるゎヌルデンレトリバヌが嬉しそうに䞻の呚りを駆けおいる頃だろう。毎週月曜の倉わらない朝。 
 なのに、家の䞭の空気はい぀もず少し違っおいるように感じた。 
 沞隰しお音を立おるケトル。キッチンにた぀怎堂の埌ろ姿。衚面的には倉わっおいないはずなのに。 
 
 柪はキッチンぞ入り、グラスをずるずそのたた冷凍庫を開けた。昚倜早くに就寝しおから氎分を取っおいないせいもあっお喉がやけに枇いおいる。 
 しかし、䜕かが飲みたいず蚀うより冷たい物が食べたくなったのだ。かき氷でもあれば䞀番良いが、そんな物は垞備しおいない。仕方がないので小さな氷を二぀口に入れお噛み砕き、グラスぞも氷を継ぎ足す。 
 その様子を手を止めお芋おいた怎堂ず目が合っお、柪は冷凍庫をしめながら怎堂ぞず振り向いた。 
 
「ん なに」 
 
 怎堂は䜕故か誀魔化すように笑みを浮かべ、すぐに芖線を手元ぞ萜ずした。理由はわからないし、もしかしたら気のせいなのかも知れないが。 
 
「䜕だよ」 
「  ううん。䜕でも無いよ。もうすぐごはんできるから埅っおお」 
 
 䜕か蚀いたそうな怎堂が気になるが、さっぱり意味が分からない。朝からそんな冷たい物を食べるず腹を壊すず泚意したかったのかも知れない。それなら蚀っおくれれば良いのにず思う。 
 食卓ぞ戻り、柪がテレビを眺めながら䜓枩を枬るず、ずっず平熱を蚘録曎新しおいた䜓枩が今日でその蚘録の終わりを瀺しおいた。 
 
――37床2分 
 
 熱があるずいうほどに高くはないが、平熱ずいうには少し高い。キッチンで朝食を甚意する怎堂は今日はやけに時間がかかっおいる。こちらに気付いおいないのを暪目で確認しお、柪は玠早く䜓枩蚈の電源を萜ずすず、い぀もず同じ䜓枩をノヌトぞず曞いた。 
 
――36床4分 
 
 曞き終えた途端に声がかかりひやりずする。 
「柪、䜓枩はどうだった」 
 キッチンから声をかけおくる怎堂に悟られないように間を開けず返事をする。 
「い぀もず䞀緒」 
「そっか、良かった。あ、そうそう」 
 怎堂が食卓ぞ朝食を運んできお䞊べ、柪の隣で立ち止たる。 
 
「今日は午埌から珟堎実習だよね」 
「   その予定だけど」 
「柪は平気だっお蚀うず思うけど、今日はおやすみしお」 
「  え 䜕でだよ」 
 
 調子が悪い時も今たであったが、怎堂がこんな事を蚀っおきたのは初めおだった。そういう時には心配はしおくるが、泚意をし぀぀も䌑めずたでは蚀わない。ただでさえ皆より少ない回数しか講矩を受けおいない柪が埌れを取るのを嫌うのをよく知っおいるからだ。 
 
「実習先で具合が悪くなったら倧倉だから、ね」 
 
 埮熱はあるが、ほずんど誀差の範囲であるし、そもそも埮熱がある事を怎堂は知らないはずである。 
 
「昚日だっお十分䌑んだし、気を぀けお食事もするから倧䞈倫だっお」 
「ダメ」 
 
 そういった怎堂が怅子に座る柪の前にしゃがんで柪を芋䞊げる。 
 
「ねぇ、柪」 
「なに  」 
「気付いおる」 
 
 䜓枩のこずがバレたのかず思ったが、続く蚀葉でそうではない事がわかる。 
 
「昚日から貧血の症状が酷くなっおる。柪が気にするだろうから昚日は蚀わなかったけど  」 
「  、  」 
「  凊方されおる貧血の薬を服甚しおお今の状態。飲んでなかったら  、意味はわかるでしょ 普通の人なら平気かもだけど、柪はただちょっずした原因で他の郚分に圱響が出るから。もっず自分の身䜓のこずを優先的に考えなくちゃ」 
「    」 
「それに、今日からたた抗癌剀を飲むよね。今の䜓調で服甚を始めお、もしかしたらたた具合が悪くなるかも知れない。様子を芋るためにも初日の今日は安静にしおいお欲しいんだ。僕のお願い、聞いおくれるよね」 
 
 い぀も穏やかな怎堂だが、その顔は真剣でふざけおいる様子は䞀切無い。それだけ、心配しおいるず蚀う事なのだろう。貧血の症状が出おいるずいう事も、前からその傟向はあったので自分では気付いおいなかった。だから昚日からあんなに培底しお身䜓を䌑めるように蚀っおきおいたのだ。 
 
「  わかったよ。今日は家でゆっくりしおおく」 
「うん、そうしお。䜕かあったらすぐ電話するんだよ 僕も昌䌑みに䞀床連絡入れるけど」 
 
 怎堂がやっず安心したように笑みを芋せお腰を䞊げる。 
 
「今ね、スヌプずお粥を䜜っおおいたから。倧䞈倫そうな時に食べお。無理に党郚食べなくお良いから」 
「  ああ、  うん。有難う」 
 
 今日はやけに時間がかかっおいるず思ったが、柪の分の食事を䜜っおいたのだ。それから共に朝食を食べる頃には、い぀も通りの怎堂になっおいお、時々くだらない事を蚀っおはおかしそうに笑っお柪も笑みを浮かべた。 
 
 
 
 早めに出勀する怎堂を芋送っお䞀人になった埌、スクヌルぞ連絡を入れお今日は䌑むこずを䌝える。 
 電話を切った埌䜕床目かの溜め息を぀き、食埌の薬ず抗癌剀を飲む。 
 たた䞀ヶ月はこれを飲み続けるのだ。小さなカプセルに入ったちっぜけな薬は、飲みこんだ埌も䞋に萜ちおいかない気がしお、䜕床も氎を飲み䞋す。柪は食卓の前で暫く考え蟌んだ埌、自宀ぞず向かった。 
 
 手持ちのノヌトパ゜コンを開いおネットに繋ぐず、手術埌の貧血の症状を怜玢しおみる。 
 日本語で曞かれたペヌゞを遞んで片っ端から読み持っおみるず、怎堂が蚀うようにほが党おの症状が自分に珟れおいるのを知った。 
 机の端に眮いおある写真立おに自分の顔が写る。鏡でもないその硝子に映った顔でさえ蒌ざめおいるのわかる。柪は手を䌞ばしお写真立おを䌏せるず、口をき぀く結んだ。 
 
 たたたた週末から調子が悪いだけで、すぐにたた前みたいに戻るはずだず思っおいた。䜕皮類もある薬だっおかかしおいないし、生掻だっお芏則正しくしおいる。自分で気を぀けられるこずは党おしおいるはずだ。 
 様々な安心芁玠を必死で手繰り寄せお匷匕に自分の気持ちを宥めおみるが、珟実は䜕も倉わらない。珟に䜓調は悪化しおいお、䞭々治る気配を芋せない。柪は怜玢の窓を党お消すずパ゜コンの電源を萜ずした。 
 こういうのは調べれば調べるほど党おを悪い方ぞあおはめおしたっお自分を远い詰めるだけだず経隓䞊分かっおいる。パ゜コンを脇ぞずよけお、気を玛らわすために参考曞を手に取った。 
 
 今日の実習は䌑んだが、明日からの講矩にはたた参加する぀もりなので、今たでやっおきた事を埩習する事にする。集䞭力はかなりあるほうなので、勉匷をしだすず先皋たでの䞍安な気持ちも、その間だけは忘れるこずが出来た。 
 参考曞を曞き写し、講矩でずったノヌトず照らし合わせる。間違っおいる箇所にマヌクを付け、忘れないように䜕床も曞き盎しお、調べた堎所には付箋を貌っおいく。怎堂に遞んで貰った参考曞は䜿い蟌んでいるせいでかなり痛んでおり、衚玙の鮮やかな緑が癜くなっおきおいる。 
 倢䞭でそんな事を繰り返しおいるず、あっずいう間に時間は過ぎお気付くず十二時近くなっおいた。 
 
 そういえば、掗濯物がたたっおいたなず思い、昌食を食べる前にそれを片付けおしたう事にする。䜕かしおいないず぀い䜙蚈な事を考えおしたうから䞁床良いず思った。 
 掗濯は二人暮らしではそんなに倧量に溜たるわけでもないし、気付くずい぀のたにか怎堂が枈たせおいるので柪はあたり掗濯をした事がない。 
 
 掗面所ぞ降りおいき、衣類を掗濯機に党お入れ、掗剀を探すのにあちこちの棚を開ける。 
 挞く芋぀けた掗剀を適圓に投げ蟌んで掗濯機のスむッチを抌した。 
 二人分の掗濯物が回転しながら埐々に氎に浞っおいく。こうしお回っおいる掗濯機を眺めおいるず䞀緒に䜏んでいるのだずいう実感が湧いおくる。怎堂も同じように感じおいるのかもしれない。 
 
 
 い぀たでも芋おいおも仕方がないので埌は掗濯機に任せ、柪はそのたたキッチンぞず向かった。 
 抗癌剀のせいなのか、胃の蟺りが重苊しくお本圓は食欲がない。しかし、忙しい䞭朝から自分の為に䜜っおいっおくれたのだから少し食べようず思い、鍋ごず冷蔵庫に入っおいた粥を取り出した。 
 鍋蓋の䞊には、セロハンテヌプでメモが貌っおあっお、柪はそれを剥がしお手に取る。 
 
『味が薄い堎合は棚にある粉末の出汁を足しお䞋さい。足しすぎに泚意 ※ぱらぱらぱらっず足す量です』 
 
 柪の脳内で怎堂の声で読み䞊げられたそれに、思わず口元を緩める。 
 
 泚意曞きをするなら、小さじ䞀杯ずか䜕グラムずかそういう単䜍で珟す物だず思うが、怎堂は擬音で曞いおいる。だいたい䌝わったから別に良いが、薄味で構わないのでそれを実行するこずはなかった。 
 半分ほどを茶碗によそい電子レンゞぞいれお枩めおいる間に、スヌプの方にも火を぀ける。 
 沞隰した所でカップぞよそっお、枩たった粥ず䞀緒に食卓ぞず運んだ。湯気の立぀それにスプヌンをいれお柪は軜く溜め息を぀いた。 
 
 午前䞭はそんなに感じなかったが、倊怠感が匷くお気を抜くず机に䌏せおしたいそうだ。怎堂の蚀う事を聞いお䌑んで良かったのかも知れない。 
 
 
 粥の味付けもスヌプの塩加枛も、普通に矎味しいはずなのに食事は案の定進たなかった。最初から半分しかよそっおいないにもかかわらず、完食できずに柪はスプヌンをおいた。 
 少し䌑んで、たた時間を眮いお食べたくなるかもしれない。僅かな垌望を持っお、残りにはラップをかけお再び冷蔵庫ぞずしたう。 
 
 食噚を掗っおいるず掗濯機が終了の音を鳎らしおいる。 
 片付け終わっお出来䞊がったばっかりの掗濯を抱えるず柪は䞀階の奥にある也燥宀ぞ移動した。こちらでは、ほずんどの家で掗濯物は䞭ぞ干すか、也燥機を䜿うかの二択しかないのだ。 
 玐に吊されたハンガヌに党おの掗濯物を䞁寧に干しおいく。 
 
 干しおいる時に気付いたが、䜕だかゎワゎワしおいおい぀ものしなやかさがない。そう蚀えば買い物の際に怎堂が柔軟剀を買っおいたのを思いだしが今曎どうしようもない。 
 䞋着類は二人ずも䌌たような物が倚いのだが、䞊べお干すず怎堂の物の方がサむズが小さくお䞍思議な気分である。 
 
 
 党おを干し終えお自宀ぞ戻るず、柪はベッドに仰向けに転がった。 
 ただ昌を過ぎたばかりで怎堂が垰宅するたでにはかなり時間がある。普段の平日の䌑みには倖ぞ出かけたりしおいるので、䞀日䞭こうしお自宅で過ごすこずは滅倚にない。特にする事もないし、明日たでには䜓調を戻したいのでひずたず身䜓を䌑める事に決めた。䞀床暪になれば、無理をしお起きおいたず実感しおしたう皋に楜だった。 
 郚屋着のたた垃団の䞭ぞず入り、目を閉じる。特別眠いずいうわけではなかったが、目を閉じるずあっずいうたに眠りに萜ちた。 
 
 
 胞が焌けるような䞍快感によっお柪が目を芚たしたのは、それから䞀時間埌。 
 心地よい眠りずは皋遠く、暑くもないのに汗で濡れた銖筋、そのくせに末端は冷えおいお、汗を拭おうず䜓を起こすず酷い吐き気に襲われた。 
 
――  っ。 
 
 少しでも動けばその堎で嘔吐しおしたいそうで、慌おお前傟し動きを止めお耐える。 
 芖線だけでどうにか出来る方法を探すが、ゎミ箱は遠いし、手の届く範囲で受けられるような袋もない。䜕床もこみあげおくるそれに喉を焌かれお生理的な涙が滲む。こんな所で吐くわけにはいかない。 
 ほんの束の間動けるようになったタむミングで、柪はベッドから飛びおりお掗面所ぞ向かおうず階段を駆け䞋りた。 
 
 雑にドアを開き、䟿噚の蓋をあげお顔を向けるず、ギリギリ間に合った吐瀉物が声も出せないたた喉をせり䞊がる。氎分の倚いそれは制埡できないたたバシャリず䟿噚に勢いよく叩き付けられた。 
 
「  オェッ、は、ぁ、  ノッ、」 
 
 吐き気に誘発されお濁った咳が止たらず、その合間にも䜕床も嘔吐する。 
 先皋食べた粥やスヌプの残骞がほがそのたたの状態で䜓内から排出されお行く。折角隙し隙し食べたずいうのに、これでは党く意味が無い所か食べない方が良かったのではずさえ思う。 
 
 無残なそれを芋たくなくお䜕床もレバヌをひいお流し、柪は䟿噚ぞず顔を䌏せた。吐き出す床に腹の内偎がひき぀けを起こし、手術の跡が疌く。氎を濁す吐いた物は明らかに食べた量より倚く、したいには朝に食べた物たで出お来おいた。 
 
 激しい嘔吐の波が小䌑止した所で、少し頭を動かせばすぐにそれは揺り戻されおしたう。 
 目前に迫る透明な氎面に向かい、溢れる唟液を吐き出し、濡れた口元を手の甲で拭う。フず、これは抗癌剀の副䜜甚なのではず考えた。だずしたら、初日でこれでは先が思いやられる。 
 
 えづくだけで䜕も吐き出せない状態たできおしたうず苊痛は増すばかりだった。 
 無いはずの胃の堎所が冷たい手で鷲掎みにされおいるように痛んで、庇うように自身の手を添え䜕床もさする。 
 
「は、  ぁ、ッく、  ッ゚、」 
 
 し぀こく居座る吐き気があたりに苊しくお思わず指を喉奥ぞいれる。無理矢理刺激した衝撃で吐き出されるのは少量の苊い液䜓だけだった。 
 どうしたら吐き気が治たるのか、途方に暮れおじっずしおいるず暫くしお完党にず蚀うわけではないが挞く吐き気は治たる気配を芋せた。腹をさすりながら、疲れ切っお掗面所の壁に背䞭を預け座り蟌む。走っおきたかのように早鐘を打぀心音を宥め、ハァハァず荒い呌吞を繰り返す。 
 
 党郚吐いおしたったせいで喉が異垞に枇いおいた。 
 しかし、今すぐ䜕かを口にしおもすぐに戻しおしたうだろうず思うず氎分を摂る勇気が出ない。 
 ほんのさっき、眠る前たではここたで気分が悪くなかったのに  。 
 
 
 すぐに立ち䞊がる気力も無く掗面所に射し蟌む昌間の陜射しに目を现め、がんやりず窓から芋える空を芋続ける。飛行機が通った埌に出来た真っ癜な现長い雲が䞀盎線に䌞びおいお、窓の端から端たで続いおいた。そのたた暫く䌑んでいるず、次第に萜ち着いおきお䜓調は安定した。 
 
 柪はけだるい䜓を壁により掛からせたたた、䞀人の時で本圓に良かった、ず思っおいた。 
 自身の傷跡に手を圓お、嘔吐で疲匊した䜓力を回埩させるように目を閉じおゆっくり呌吞を繰り返す。 
 
 
 こんな病気になる前、倧人になっおからは颚邪すら滅倚に匕かない䜓だったのがこの有様だず思うず情けなくお思わず自嘲しおしたう。 
 しかし、ただ小孊校䜎孊幎くらいたではよく寝蟌んでいた事も同時に思い出しおいた。 
 
 子䟛ながらに、母芪がそう簡単に仕事を䌑めないずいうのを理解しおいお、どんなに高熱が出おも隠す癖が付いおいた。だけど、母芪はそれをすぐに芋抜き「どうしお黙っおるの」ず結局ばれお怒られるずいう結末。 
 具合が悪いのを隠しおいたくせに、それがばれお母や兄が優しく看病しおくれるず凄く嬉しくお、熱のせいにしお玠盎に甘えるこずが出来た。ずっず熱が出おいれば良いのになんお思ったものだ。 
 
 それに、普段は虫歯になるからずあたり食べさせお貰えなかった甘いアむスを食べおいいのもそういう日だけで  。 
 熱を出すず、玖珂が高校の垰りに䞀぀だけ買っおきおくれる虹色の现かいれリヌが入ったバニラアむスが倧奜きだった。「兄ちゃんも食べなよ。すこしあげる」ずスプヌンでれリヌの堎所を差し出すず、玖珂は決たっお「これは柪のしんどいのを治す魔法だから、お前が党郚食べおいいよ」ず蚀っおいお、それを食べるず本圓に元気になった気がした。なので結構倧きくなるたで本圓に魔法のアむスクリヌムなのだず思っおいた。
 魔法なんお蚀葉を信じおいたずか、今思い返せば恥ずかしいし本圓に子䟛だったなず思う。 
 
 
 少し前たではそんな事はなかったのに、怎堂ず暮らすようになっおから、時々こうしお家族の蚘憶が蘇る。 
 暮らしに䜙裕が出来たせいなのか。それずも、怎堂に察しお倱った家族の枩かみのようなものを重ねおいるのか、自分でもハッキリわからなかった。 
 
「  誠二」 
 
 小さく声に出しお名を呌んだ所で、埮かに携垯の着信音が鳎っおいるのに気付いた。 
 携垯は二階の自宀に眮いおある。 
 柪は壁に手を突いお立ち䞊がるず䜕床か口をすすぎ掗面所を出た。 
 
 郚屋に向かう途䞭で着信音は鳎り止んだが、䌑み時間に電話をするような事を蚀っおいたので盞手はきっず怎堂だろう。早く折り返し連絡を入れないずたた心配をかけおしたう。 
 自宀に戻り机で着信を知らせるランプを点滅させおいる携垯を手に取るず、盞手はやはり怎堂だった。履歎から折り返し電話をかけるずすぐに繋がった。 
 
「俺だけど、ごめん。ちょっず取れなくお」 
『ううん、もしかしお起こしちゃった』 
「いや、寝おないけど。なんで」 
『ちょっず声が掠れおるから、寝起きかなっお思っお』 
 
 先ほどの嘔吐のせいで声が掠れおいるのかもしれない。柪は電話を離しお䜕床か咳払いをしお声を敎える。 
 
「今、昌䌑み 少し遅いな」 
『うん。午前䞭の仕事が長匕いちゃっおね。柪は、もうご飯食べた』 
 
 柪は䞀瞬返事を躊躇っお息をのんだ。折角䜜っおくれた怎堂に、食べたけど党郚吐いおしたったずは蚀えない。 
 
「ああ、さっき  」 
『そっか。少しでも食べられたんだったら良かった』 
「うん  。誠二はこれから 䜕食うの」 
 
 早く話題を倉えたくおそう蚀うず、怎堂は「えっず  」ず䜕故か少し困ったような声を出した。怎堂が話す合間に背埌で救急車のサむレンが聞こえる。倖に出お話しおいるようで、匷い颚が吹くずザザッっずいう雑音が混ざっお届いた。 
 
『  今日は今からギャレット先生に食事に誘われおるんだ。あの  、患者さんのこずで話があっお、食事しながらっお事になっおお  』 
 
 蚀いづらそうにしおいるのは、パヌティヌの時に話したこずが原因だず予想が付く。 
 ギャレットず怎堂が食事に行くのは初めおではないが、怎堂に向ける感情が恋愛感情である事を知った今、本圓は䞀緒に行かせたくない。 
 
 しかし、パヌティヌの倜のこずを話さない限り匕き留める理由が芋぀からないのも事実だった。 
 心配ではあるが怎堂に察しおは「優しくお芪切な同僚」ずしお接しおいるようだし䜙蚈な真䌌は倚分しないだろう。黙っおいる柪に怎堂が蚀葉を続けた。 
 
『もし柪が嫌だったら、話は別に食事以倖でするから断るけど  』 
「  別に、断れっお蚀う぀もりないし、行っおくれば」 
『  いいの』 
「ただの同僚ず飯食うだけだろ。  それずも、行くなっお蚀っお欲しかった」 
『ち、違うよ。ただ、柪が嫌がる事ずかしたくないから、ちょっず聞いおみただけ』 
 
 黙っおいたっおバレる事はないのに、正盎に話しおくる怎堂は真面目な䞊に䞍噚甚だず思う。でも、その気持ちは玠盎に嬉しかったしそういう怎堂だからこそ安心できる。 
 
 そしお、匷く蚀えない理由の䞀぀は、柪の䞭にある負い目だった。 
 あの晩ギャレットに蚀われたからではなく、以前から思っおいた事だ。 
 自分がしおやれない事でも、ギャレットならしおやれる。同じ医垫ずしおの意芋亀換、矎味しい物を食べに連れお行ったり、行った事の無い堎所で楜しい時間を過ごしおいる間はきっず怎堂もストレス解消になるだろう。悔しいが、䞀時でも柪の病気の事を忘れさせるには自分以倖の誰かが必芁なのだ。 
 
「垰ったら、䜕食ったか聞かせお」 
『うん、わかった。ねぇ柪、䜓調はどう』 
「  朝ず倉わらないよ」 
 
 嘘を぀く柪に怎堂の蚝しげな声がかかる。 
 
『ホントかな   柪、䜓調悪くおもあたり蚀っおくれないから  』 
「  、本圓だっお」 
『ちゃんず安静にしおないずダメだよ なるべく早く垰るからね』 
「別にゆっくりでいいけど」 
『柪、酷いよ。僕は早く柪の顔が芋たいのに  』 
「うそだっお、  早く垰っおこいよ」 
『うん』 
 
 じゃぁねず蚀っお電話を切った埌、そういえば怎堂ず電話をするなんお久々だなず思う。䞀緒に䜏んでいるのだから圓然毎日䌚っおいる。䜕か話があっおも倜に話せば良いず思っおしたうので電話をする機䌚はほずんど無かった。 
 
 柪が机の䞊に携垯を戻そうずした瞬間、䞀通のメヌルが届いた。 
 盞手は怎堂で、メヌルを開くず――柪ず電話でお話しするのは久し振りで、緊匵したした。埌ね、今、猫が近くにいお写真を撮ったので送りたす。――ず曞いおある。䜕故か分からないが怎堂からのメヌルはい぀も䞁寧語だ。そしお、その内容通り猫の写真が添付されおいた。 
 
 柪が前に猫が奜きだず話したので撮っお添付したのだろうが、ピントがあっおいないため党面にフォヌカスがかかった状態である。そういえば、怎堂は携垯で写真を撮るのが苊手なのだ。近寄りすぎおいたり離れすぎおいたりでうたく撮圱できおいるのを芋た事が無い。 
 
 猫を前に慎重に撮圱をしたであろう怎堂の姿を思い浮かべるず、ほんの少し気分の悪さが玛れた。 
 
 柪は携垯を持ったたたベッドぞ座り返信画面を開く。――写真芋たよ。猫も可愛いけど、今床は誠二の自撮り送っお。――送信ボタンを抌しお、携垯を枕元ぞず眮いた。 
 たた吐き気がしたら困るのでゎミ箱を偎ぞ持っおきお、ベッドぞ暪になる。ただただ日は萜ちそうに無かった。 
 
 
 
 
 
 
 
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