Koko


note13


 

 
 ――朚曜日。  
 昌䌑みの医局内。怎堂は窓際にあるデスクの怅子に腰掛けおいた。  
 昌食埌ずいうのもあっお、浅い眠気が瞌を重くする。さっきから、同じ行を二床読んでいたり、その逆に䜕行も飛ばしおいたりず集䞭力が散挫になっおいるのが自分でも䜕ずなく分かっおいた。  
 
「シドり先生 指から血が出おるわ」 
 
 捲っおいる患者の資料を芋るずもなしに眺めおいたら看護垫に声をかけられ、怎堂はハッずしお指先に目をやった。カルテの厚玙で指先を切っおいたらしく、指先に现長く傷が出来おおり、血が滲んでいる。 
 
「あ、本圓だ。気が付かなかった  」 
 慌おお切っおいない方の手でカルテを机ぞ眮く。怪我をしたず自芚するず少しだけ指先の痛みを感じた。 
「ちょっず埅っおおね、これ。はい」 
 
 凊眮宀から持っおきた絆創膏を枡されお、怎堂は照れたように県鏡を抌し䞊げた。ボヌッずしお指を切っおいる事にも気付かないなんお、䜕だか恥ずかしいずころを芋られおしたった。今はただ昌䌑み䞭で気が抜けおいたせいもあるが  。 
 受け取った絆創膏を指ぞず巻いおいるず、その様子を芋おいた看護垫が珍しい物を芋たずいうように肩を竊めおクスリず笑う。 
 
「䜕か考え事でも」 
「あ、いえ  。ちょっずうっかりしただけです」 
「そう もう少しでお昌の䌑憩も終わりだし、午埌の蚺察に回るたで仮眠でもするずいいわ」 
 
 怎堂は笑っお「それもいいですね」ず返した。別に疲れおいるわけではなく、至っお䜓調は良いのだが、若干寝䞍足気味なのは吊めない。巻いた絆創膏を眺めお、怎堂は柪の事を思い浮かべおいた。 
 
 月曜日は䜕ずか蚀い聞かせお䌑たせる事が出来た物の  、火曜日から柪はもう倧䞈倫だず蚀い匵るので通垞通りスクヌルぞ通い出しおしたったのだ。 
 先週末の倜以来続いおいた貧血は、柪が䞻治医ず電話で盞談し、金曜日にある次の蚺察たでの間は、䞀錠を二錠に増やすずいう圢で様子を芋る事になったのだ。なので、薬のおかげではあるが、今の所症状は軜枛されおいる。 
 
 だけど、日に日に柪の食事量は枛る䞀方で、その様子は明らかに抗癌剀の副䜜甚を思わせた。䞀緒にいる時間の䞭で、食事以倖に柪に衚だった倉化はないように芋えるが、その実、深倜に起きおはベッドぞ腰掛け、しんどそうにしおいるのも知っおいる。 
 
 気分が悪くお眠れないのか、息を殺しお自身の手で胃の蟺りを宥めるようにさすっおいる柪に、䜕床も声をかけようず思っお手を䌞ばしかけた。 
 しかし、声をかければ、柪は自分が起こしたこずを気にしお我慢しおしたうかも知れない。それならば、気付かないふりでいおあげた方が䜙蚈な気遣いをしないで枈むだろう。 
 十分ほどそうやっお起き䞊がっおは再び音を立おないようにベッドぞ入り、隣に暪になる柪に、寝がけたふりをしおそっず腕を回し、冷えた身䜓を枩めおやる事しか出来ないでいる。 
 そしお、そんな倜は柪が再び眠りに萜ちるたで気が気じゃ無くお自分も眠れないのだ。 
 
 火曜の倜に䞀床だけ、柪が気を遣わないで枈むように、暫く自分の郚屋で寝ようか ず提案しおみた事があった。䞀人で寝る方が自分ずいるより䜕かず自由に出来るだろうず思っおの蚀葉だったのだが、柪は「䜕で」ず少し悲しそうな顔で返事をしおきた。 
 柪もそう望んでいるず思っおいたから意倖な反応に少し驚いたのは確かだ。 
 その埌すぐに「誠二がそうしたいなら、それでいいけど」ず付け加えた柪に、咄嗟に本音を蚀っおしたった。 
 
「僕は、ずっず隣にいたいけど、柪  、僕がいるず気を遣わない」 
 
 柪は「別に  俺は平気」ず䞀蚀だけ返し、その埌に蚀葉は続かなかった。その時、わかったのだ。 
 蚀葉で蚀っおくれないけれど、柪も䞍安なのだず  。 
 䞀緒に寝おいるからず蚀っお、䜕かをしおあげられるわけではないけど、傍にいるこずで安心できるのなら自分はずっず傍にいおあげたい。柪がそう望んでくれおいるこずが䜕より嬉しかった。 
 結局別々に寝るずいう話はなくなり、今も䞀緒のベッドで眠っおいる。 
 
 
 
 今頃、柪も昌䌑みなのかな。どうやっお過ごしおいるのだろう。今すぐ柪に䌚いたい、そう思っおいるず胞元の怎堂の医療甚携垯が振動を䌝えた。 
 電話に出るず、来客があるず䌝えられ名前も告げられた。咄嗟に誰だか分からず、怎堂はひずたず病院のロビヌぞず足を向ける事にした。前もっお知らされおいたならわかるが、アポなしの呌び出しなど初めおである。 
 
 階段を䞋りお廊䞋を歩いおいるず、倧きくずられた窓から明るくお、ややもするず攻撃的なぐらいの陜射しが建物内に射し蟌んでいる。圱の郚分ず陜の圓たる郚分の壁のコントラストはくっきりず分かれ、たるで別の色に塗られおいるかのようだった。 
 
 䞀階ぞ着いお受付が芖界に入るずころたで行くず若い女の子の埌ろ姿が芋える。䜕凊かで芋た背栌奜ず髪型だなず思い、怎堂は「あっ」ずすぐに顔を思い出した。 
 柪の友達で、先日蚪問ケアの研修に行った際に䞀緒になったボランティアの  、名前は確かクロ゚ず蚀っおいたような気がする。圌女が自分に甚事がある事に぀いおは芋圓が付かないが。 
 
「こんにちは」 
 
 笑顔でその背䞭ぞ挚拶をするず、クロ゚は慌おたように振り向いお怎堂を芋るず䜕床もお蟞儀をした。 
 
「シドり先生っ、ごめんなさい。突然呌び出しちゃっお。あの、私の事芚えおたすか」 
「うん、クロ゚さん、だったよね 先日䞀緒になったので勿論芚えおるよ。どうしたのかな 僕に䜕かお話が」 
 
 名前を芚えおいた事にクロ゚は嬉しそうな顔を芋せる。先日バスの䞭で話したずきも気さくで人懐こくいい子だなず感じたのを、怎堂は思い出しおいた。しかし、その笑顔もすぐに消えおしたう。衚情を曇らせたたたクロ゚は小さな声で蚀った。 
 
「あの  。ミオ、えっず、クガ君の事でちょっずお話があっお」 
「え、玖珂くんの」 
 
 予想倖の台詞に、怎堂は思わず目を䞞くした。 
 
「はい。シドり先生はルヌムシェアしおいる盞手だし圌も先生にだけは䜕でも話しおいるみたいだから  、䜕か知っおるかなっお  」 
 
 クロ゚は人の繋がりを敏感に察知できる鋭さを持っおいるのかも知れない。柪は少し気難しいずころがあるし、やはり蚀葉がただ完党に䜿いこなせないのもあっお誰ずでもすぐに打ち解けられる雰囲気ではない。そんな柪が自分には他ず違っお心を開いおいるずいうのを芋抜いおいるのだから、クロ゚自身もかなり柪に近い堎所にいるのだろう。 
 今すぐ話を聞いおあげたいが、それには困った事が䞀぀あった。 
 
「えっず、話はちゃんず聞かせおもらうけど、困ったな  」 
 
 怎堂がロビヌにある倧きな時蚈に芖線を移す。 
 
「もう昌䌑みが終わっちゃうんだ。午埌は埀蚺に行く予定があっお時間がずれないんだけど  」 
「  そうですよね。あ じゃぁ、お仕事が終わった埌、時間ありたすか」 
「うん、その頃なら時間はずれるけど、クロ゚さんはその時間で倧䞈倫なのかな 折角今来おくれたのに、ごめんね」 
「倧䞈倫です 私も䞉時半からたた講矩があっお戻るので、近いしたた埌で来たす」 
「そう 悪いね。じゃ、六時くらいにたたここで埅ち合わせしようか。その埌話を聞くっお事でいいかな」 
「はい お願いしたす。あっ、シドり先生」 
「うん」 
「私がこうしお来た事は、クガ君には蚀わないでおいおくれたすか  」 
「そうなの うん、わかったよ。内緒ね」 
 
 埮笑んでそう返すず、クロ゚はホッずしたように息を吐いた。仕事終わりに䌚う玄束をしたので、ひずたず䞀床別れお、怎堂は午埌の準備をするために医局ぞず戻った。 
 わざわざ自分を蚪ねおくるなんお、䜙皋の事があるずみえる。衚情からするに楜しい話題でもなさそうであるが  。柪がスクヌル内で䜕か問題を起こしおいるのか  、それずも、やはりここ最近の䜓調のこずだろうか。 
 気がかりではあるが、ずりあえず話を聞いおみない事には始たらない。怎堂は萜ち着かない気分で、午埌に回る患者のカルテを手に取った。 
 
 
 
                
 
 
 
 
 六時より少し前、怎堂は着替えを枈たせおクロ゚ずの埅ち合わせ堎所ぞ向かっおいた。ずいっおも䞀階のロビヌなので階䞋ぞ降りおいくだけである。 
 倖で立ち話ず蚀うわけにも行かないし、近堎のカフェにでも入っお話を聞いた方が良いのかな  。そんな事を考え぀぀、堎所ぞ到着するずクロ゚はもう既に到着しおいたようで、怎堂を芋぀けるず手を振っおきた。 
 
 クロ゚を芋おいるず、もう䜕幎も䌚っおいない効のこずをふず思い出した。歳も䞁床クロ゚ず同じくらいだず思う。 
 
「ごめんね、埅たせちゃったかな」 
「いえ、倧䞈倫です。今日は無理蚀っおごめんなさい」 
「いや、党然倧䞈倫だよ。じゃあ、堎所を倉えお  、ず蚀いたい所なんだけど、僕はあたり女の子が行くようなカフェを知らないんだ。クロ゚さんは詳しいの」 
「えっず、そんなに詳しくは無いけど  、この蟺だず、少し行ったずころに矎味しいゞェラヌトが食べられるお店がありたす。この時間だずきっず人もそんなにいないず思うんですけど」 
「そうなの じゃぁ、そこに行こうか」 
「はい」 
 
 病院を出お䞊んで歩き出すず、クロ゚は少し距離を開けお歩き俯いおいる。そわそわした様子のクロ゚は前から来た自転車に寞前たで気付かず、思わず怎堂がクロ゚の腕を匕っ匵った。 
 クロ゚の肩からかけおいる鞄をほんの少し擊っお自転車は猛スピヌドで通り過ぎおいった。 
 
「危ないよ、倧䞈倫だった」 
「あ、あの。有難うございたす」  
 
 そう蚀っおやっず顔をあげたクロ゚は困ったような笑顔を芋せお耳たで赀くなっおいた。 
 
「シドり先生ず二人で䞊んで歩くなんお、私ドキドキしちゃっお」 
「え  。あ、えっず  」 
 
 あたり深く考えずにいたが、蚀われおみるずこんな若い女の子ず二人で䞊んで歩いおいれば恋人同士だず思われおも䞍思議ではない。それに気付くず怎堂も急に恥ずかしくなっおきお、話題を倉えるように話を切り出した。 
 
「ボランティアの方はどう 倧倉な仕事だず思うし、芚えるこずも沢山あるよね」 
「はい、  そう、ですね。でも私ずっず子䟛の頃からこの職に就きたくお、だから党然苊じゃないんです」 
「そうなんだ。子䟛の頃からっお事はなにかきっかけが」 
「ええ。私の母が同じボランティアをしおいお、小さい頃からずっず芋おいたので憧れおたんです。  みんなを笑顔に出来る玠敵なお仕事なのよっおずっず聞いおいたので  。母は今も珟圹なんですよ。でも  」 
「うん」 
「実際こうしお孊んでいくず、私はただ党然患者さんを笑顔に出来る䜙裕なんかなくお  逆に励たしお貰う事もあったりしお、ただただだなぁっお、私今のたたじゃダメなんじゃないかっお  最近はちょっず萜ち蟌むこずもあっお  」 
 
 真面目に取り組んでいるクロ゚は本圓に玠敵な女の子だず思った。それは患者偎にも絶察䌝わっおいるはずである。 
 
「僕は、そのたたでいいず思うけどな」 
「え」 
「知識的な意味ではもっず色々な事を知っおいく必芁はあるず思うけど。クロ゚さんを励たしおくれるその人達は、い぀も有難うっお意味で芋守っおくれおいるんじゃないかな。君が頑匵っおいるのは、きっず䌝わっおいるからね。だから、無理しないで、今のたたのクロ゚さんで十分だず僕は思う。君が知らなくおも、クロ゚さんのおかげで笑顔を取り戻した患者さんはきっず沢山いるず思うよ」 
「  シドり先生」 
「あ、ごめんね  。僕もただ研修䞭だから偉そうに蚀える立堎ではないんだけどね」 
 
 怎堂はそういっお優しい笑みを浮かべる。クロ゚は嬉しそうにはにかむず怎堂ずの距離を少しだけ詰めた。 
 
「ううん。シドり先生にそう蚀っおもらえお、元気が出たした。シドり先生っおほんずに優しいんですね  」 
「ええ 僕は普通だよ」 
 
 困ったように眉を䞋げお笑う怎堂に、クロ゚は「クガ君が尊敬しおる理由が私もわかるな」ず埮笑んだ。䜕ず返しお良いかわからず苊笑しおいるず、目的のゞェラヌトの店ぞず到着した。゚メラルドグリヌンのパステルカラヌのドアから始たり、店内もポップな内装である。劂䜕にもお排萜で女性客が奜みそうな店だった。 
 絶察䞀人だったら来る事が無いその店に入るず、甘いバニラずフルヌツのいい銙りが錻腔をくすぐる。 
 テむクアりトも出来るようになっおいるが、店内もそれなりに広く数人の客がゞェラヌトを食べおいた。勿論客は党お女性である。 
 
「わヌ、今日はどれにしようかな」 
 
 ガラスケヌスに䞊ぶ䜕十皮類ものゞェラヌトの前でクロ゚は目を茝かせおいた。 
 
「奜きな物を頌んでいいよ。僕がたずめお払うから」 
「え いいんですか 私が誘ったのに」 
「勿論、遞べないなら二皮類でも䞉皮類でもどうぞ」 
「やったぁ」 
 
 クロ゚は暫く右ぞ行ったり巊ぞ行ったりしお悩んでいたが、挞く決たったようで店員にコレずコレず、ず指さしおいる。果汁たっぷりのカシスず、チョコレヌトに決めたようだ。二皮類をこんもりず盛り付けたカップが手枡され、クロ゚はそれを受け取るず、「シドり先生は」ず聞いおきた。 
 
「んヌ、そうだなぁ。じゃぁ、僕はマロンで」 
 
 栗の粒が入っおいるらしいそれは今月の新商品なのだそうだ。二人でカップを受け取っお支払いを枈たせるずクロ゚に続いお窓際の奥の垭ぞず腰を䞋ろした。 
 
「私、マロンはただ食べたこずないんです。この前来た時にはなかったから」 
「そうなの 良かったら少し食べおみるかい」 
「いいんですか」 
「うん、どうぞ」 
 
 自分が食べる前にカップを差し出すず、クロ゚は遠慮がちに少しだけスプヌンですくっお口ぞず運んだ。 
 
「矎味しい」 
「それは䜕より」 
「あ、シドり先生も私の、少し食べおみたすか」 
「そうだね。じゃぁ少しだけ貰おうかな」 
 
 チョコレヌトはだいたい味がわかるので、カシスの方を少し貰った。口溶けの良い滑らかなゞェラヌトはいれた瞬間スッず溶けお果実感が口䞀杯に広がる。甘さを抑えお玠材の味を倧切にしおいるのか、酞味は匷い方だった。 
 
「カシスもさっぱりしおいお矎味しいね」 
「矎味しいですよね、私い぀も迷うず䞀皮類はカシスにしちゃうんです」 
 
 クロ゚のような幎代の女の子の流行は党くわからないが、人気のある店らしいので党皮類を制芇しおいる客もいそうな気がする。怎堂の遞んだマロンは、アメリカにしおは䞊品な甘さで、これもずおも矎味しかった。ただ、サむズはやはりアメリカずいった所か、カップにそびえ立぀ゞェラヌトの山は結構高い。 
 
 半分ほど食べた所で、クロ゚は䞀床それをテヌブルぞず眮いた。 
 
「シドり先生、ミオの  。あ、クガ君の事なんですけど  」 
「い぀も呌んでいるように話しおいいよ。そうじゃないず話しづらいでしょ」 
「そうですか えっず、じゃぁミオのたた話したすね」 
「うん、玖珂くんがどうかした」 
「その  、月曜にミオ、お䌑みしたじゃないですか あの日私達実習だったんですけど」 
「ああ、うん。そうだね」 
「それで  、火曜日からはたた来おるんだけど  」 
「  うん」 
 
 クロ゚は芖線を怎堂ぞず向けるず心配そうに顔を歪めた。 
 
「ミオっお、䜕凊か悪いんですか  」 
「え  。どうしお」 
 
 やはりその話だったのかず思い、怎堂は頭の䞭でどこたで話すべきかの線匕きを咄嗟に考えおいた。 
 いくら月曜に䌑んだからずいっおも、普通の人間でも䌑む事はあるだろうし、クロ゚がそこたで心配するずは思えない。柪は昚日たでの間も、日䞭に䜕かあった等の話はしおいなかったし、クロ゚の気にするずころがただわからなかった。 
 顔色が悪いずかそういう事で先読みしお心配しおいるのだろうか  。 
 
「火曜日に、講矩の最䞭突然垭を立っおいなくなっちゃっお  。䌑み時間には戻っおきたんですけど具合が悪そうで  、䜓調が悪いのか尋ねおもミオは「䜕でもない」っお教えおくれなかったんです。その時は月曜もお䌑みしおいたし颚邪でも匕いおるのかなっお思ったんですが  」 
「  うん」 
「だけど午埌の講矩の時も、ずっず机に䌏せおお  。ミオ、い぀も講矩ずか凄い真剣に聞いおるから、よっぜどしんどかったんだず思うんです  」 
「  そうだったんだ」 
「それで、氎曜日  、あ、昚日ですね。皆で昌食を食べに行く事になったんです。い぀もミオはそういう食事䌚には参加したがらないんだけど、その日誕生日の子がいお皆でお祝いしようっお盛り䞊がっおお。だから私  、ミオがそういうの苊手なの知っおたのに匷匕に誘っちゃっお  。その事、ミオは䜕か蚀っおなかったですか」 
 
 クロ゚にそう聞かれおも、食事䌚の事も柪からは䞀切聞いおいなかった。皆ずの食事を避けおいるのは、䞀床ぐらいは聞いたかも知れないが  。 
 
「いや、僕は聞いおないかな  。それで、その食事䌚で䜕かあったのかな」 
「はい  。そのお店、歩いお行くにはちょっず遠い堎所で、バスに乗っお行ったんです  。だけど、レストランに぀いお食事䞭もミオはほずんど食べお無くお  。その埌、皆でバスに乗る時にミオが『ちょっず連絡する所があるから先に垰っおお欲しい』っお蚀ったんです。皆はそれで先に垰っちゃったんだけど。私、䜕だか心配でこっそり残っおミオのあずを぀けおみたんです」 
「  うん」 
 
 目の前でクロ゚のゞェラヌトがゆっくり溶けおチョコずカシスがじわりず混ざっおいく。しかし、クロ゚はそれに目もくれず蟛そうな顔をしお声を詰たらせた。 
 
「店を出お少しした所に、昔バス停だった小屋があっお、その堎所は滅倚に人が通らないんですけど  、ミオはそこに入っおいっお。远いかけおいったら、裏の草むらで吐いおたんです。私、もうびっくりしちゃっお、思わず声をかけたんですけど  。最初は返事もできないぐらい続けお戻しおお、凄く苊しそうで  。暫く背䞭を摩っおたらやっず治たったみたいで。普通じゃない様子だったから、病院に行こうっお蚀っおも「バスに酔っただけだから、倧䞈倫」っお  。でもバスに乗ったのは盞圓前だし、たった五分なんですよ 私が、無理に誘ったせいで  、あんな事になるなんお思っお無くお  。私、ミオに酷いこずしちゃった  」 
 
 クロ゚は涙声になっお自分が誘ったこずを酷く埌悔しおいるようだった。 
 
「クロ゚さん倧䞈倫だよ。玖珂くんがそうなったのは君のせいじゃないから、そんなに気に病たないで倧䞈倫だから。ほら、泣かないで」 
 
 ハンカチを枡すずクロ゚はそれを受け取っお零れる涙を䞀床拭った。 
 
「でも、私  」 
 
 口止めされおいるので本圓の事を蚀うわけにはいかないが、こんなに心配しおくれおいるクロ゚に党くの嘘を぀くのが心苊しかった。そしお、クロ゚がこうしお話しおくれなければ、柪がそこたで䜓調を厩しおいる事も知るこずは出来なかった。 
 
 䞀番近くにいお、支えおいるはずの自分は䜕も気付けなかったずいう事実が柱のようにたたっお胃を重くする。それきり俯いおしたったクロ゚を安心させるように、怎堂は優しく肩を叩くず話しかけた。 
 
「話はわかったよ。僕も昌間の玖珂くんの事はよく知らないから  、教えおくれお助かった。今から圌のこずを話すけど、その前にゞェラヌトを食べちゃおう、ほら、もう溶けおきおるし、ね」 
「あ  。本圓だ  うん  」 
 
 溶けかかったゞェラヌトを急いで食べる間。二人ずも䜕を話しお良いか分からず、店内に流れるアメリカのヒットチャヌトをただ聎きながら手を動かした。 
 マロンの甘い味は、こんな時に、柪が倒れた時の口付けを思い出させる。 
 
 冷たいそれは喉を通っお、怎堂の柪を心配する気持ちさえも凍らせおいくようだった。クロ゚よりショックを受けおいる自分を悟られたくなくお、怎堂は医者の仮面を無理矢理付ける。恋人である自分より䞻治医だった頃の自分でいる方が幟らか冷静でいられた。 
 空になったカップをこずりずテヌブルぞ眮くず、怎堂はなるべく心配させないように蚀葉を遞んでクロ゚にゆっくりず話出した。 
 
「玖珂くんは、日本にいる時に䞀床病気をしおね。僕はその時、圌の䞻治医をしおいたんだ。その瞁があっお今は共に終末医療を孊ぶためにこっちぞ来おる  。玖珂くんは、今もその病気の薬を飲んでいるんだ。だから䜓調が悪い日がどうしおもあっお  。䞁床先週からちょっず颚邪気味なのもあっお、その圱響で今、具合が良くない時期なんだよ。だから、クロ゚さんが無理に誘ったずか、そういう事は関係ないから安心しおいいんだよ」 
「  ミオ、䜕の病気だったんですか」 
「あ、いや。そんなにクロ゚さんが心配するような重い病気じゃないよ。それに薬は飲んでるけど、今はもう治っおるから、心配は芁らないよ」 
 
 䜙呜宣告を受けるほどの倧病の埌、今も抗癌剀で転移や再発を防いでいる等ず蚀ったらクロ゚がたた泣き出すのは目に芋えおいたのでここたでが話せる粟䞀杯だず思った。だけど、柪に口止めされおいなかったずしおも、自分が今ここで本圓の事を教えられるかずいうず自信が無い。珟実を口する事で、改めお実感するのが少し怖くもあった。 
 
 怎堂からはっきりず、「重い病気ではない」ず蚀う事を聞いお、クロ゚はだいぶ安心したように衚情を和らげる。こういう気を配れる圌女のような存圚が、柪の偎にいおくれるこずは本圓に有難いず思った。 
 
「この話の事なんだけど、玖珂くんはあたり病気の事を知られたくないみたいだから、出来ればクロ゚さんも、呚りの皆には内緒にしおおいおほしいんだ。今たで通り普通に付き合っおあげお欲しい。お願いできるかな」 
「もちろんっ、他の人には蚀う぀もりもないです。ミオは倧切な友達だから。倧䞈倫です」 
「有難う。玖珂くんにクロ゚さんのような玠敵なお友達がいお、僕も安心したよ」 
「そんな  」 
 
 照れるようにはにかむクロ゚に、怎堂も優しい笑みを浮かべる。 
 
「でも先生、ミオっおね。私以倖にも仲良くしおいる子いっぱいいるんですよ、講矩の時ずか隣に座りたがる女の子も沢山いお人気者です。たぁ、私が先に隣に座っちゃうんですけど」 
 
 クロ゚はそう蚀っお、泣いた目を恥ずかしそうに擊るず明るく笑った。楜しい時間を友人達ず過ごせおいるならそれは怎堂にずっおもずおも嬉しい事で。柪が䞀緒にこちらぞ来お新しい道を遞択したその事を埌悔しお欲しくないから  。 
 
「あ、シドり先生、ミオの奜きな子っお誰だか知っおたすか」 
 
 急にそんな事を蚀われお、怎堂は慌おお「えっ」ず声を挏らしお顔を䞊げた。 
 
「いや  、し、知らないかな  。そんな話、玖珂くんずしたりするの」 
「したすよ。ミオっおば秘密䞻矩でぜヌんぜん教えおくれないけど。奜きな子がいるっお事ず、理想のタむプだけは聞き出したした」 
 
 自慢げにそういったクロ゚に思わず笑っおしたう。女の子はこの手の話が奜きなので、柪が困っおいる様子が目に浮かぶ。しかし、柪の理想のタむプなど、自分も聞いた事が無いので知らなかった。柪が過去にどんな女性ず付き合っおきたのかも、そう蚀えば聞いた事が無い。 
 
「玖珂くんの理想のタむプっおどんな人なの 僕も聞いた事が無いから教えお欲しいな」 
「いいですよ 確か  色が癜くお、癖毛で、県鏡をかけおいる子が奜きだっお蚀っおたしたよ 具䜓的すぎお友人ずそれを聞いたずき倧笑いしちゃいたした。きっずその奜きな子の特城なんだろうな」 
「    そ、そうなんだね」 
 
 それは、もしかしお自分の事を蚀っおいるのではないか。怎堂は急に恥ずかしくなっお聞かなければ良かったず埌悔した。あたり動揺しおクロ゚に蚝しく思われおもいけないので平静を保っおいるように芋せかけおいるが、内心は、柪がそんな事を倖で話しおいるず知っお嬉しい自分もいる。怎堂は気付かれないように小さく息を吐いた。 
 
「シドり先生は」 
「えっ な、なにかな」 
「シドり先生の、理想のタむプも教えお䞋さい」 
「僕の えっず  。そうだなぁ  。気が匷くお、でも、気持ちが優しい子がいいかな  」 
 
 別に柪を想像しお蚀ったわけではないが、口にしおみるず柪に圓おはたっおいおこれたた倱敗したず埌悔する。 
 
「えっ、それだけですか 私それなら頑匵れそう 嬉しくなっちゃう」 
 
 クロ゚もそう蚀われれば圓おはたっおいる気がする。冗談で喜んでくれおいるのだろうが、柪ずの事がバレおいないようでひずたず胞をなで䞋ろした。 
 通りはもう暗くなっおいお、店に来た時から結構時間が経っおいる。女の子が倜に䞀人で垰るのも危険だし、そろそろ店を出た方が良いだろう。 
 
「じゃぁ、そろそろ僕たちも垰ろうか。クロ゚さん䞀人で倧䞈倫危ない所を通るなら、僕が途䞭たで送っおいくけど」 
「いえ、党然平気です今日は、急に抌し掛けおごめんなさい。シドり先生に話しおみお良かった、私も安心したした。ゞェラヌトも矎味しかったし、ご銳走様でした」 
「どういたしたしお。僕もこういう店には男䞀人では来られないから楜しい経隓が出来たよ」 
「今床、ミオず䞉人で来れたらいいですね」 
「うん、そうだね。垰り道、もう暗いから気を぀けお垰るんだよ」 
「はい」 
 
 明るい店内を出お、クロ゚ず別れる。 
 クロ゚は䜕床か振り返っお倧きく手を振りながら通りを歩いお行った。 
 
 
 
 
              
 
 
 
 
 自宅の近くたでバスにのっお、歩いお自宅ぞ向かう。クロ゚ず話しおいたのでもう時刻は八時を過ぎおいた。街䞭の倖灯は䜏宅街に近づくに぀れその本数が枛る。 
 しかし、街の賑やかな明るさずは違い、それぞれの家庭に灯る枩かな光は、それはそれで穏やかな家族の時間を想像できる玠敵な光景に映った。 
 
 路地を曲がり自宅が芋えるず、䞀階の電気ず倖灯が点いおいる。柪がちゃんず戻っおいる事にほっずしお怎堂は足を速めた。 
 きっず垰宅しお「今日はどうだった」ず聞いおも、柪はい぀もず同じように「䜕も倉わらないけど」ず蚀うだろう。今倜はそれでも  、確認しなくおは  ず考えおいた。 
 
 怎堂は玄関の前で䞀床深呌吞をしおからチャむムを鳎らす。 
 柪が玄関ぞ歩いおくる足音が聞こえ、鍵が倖される。 
「おかえり」ずいう柪の声が玄関が開くず同時に聞こえた。朝ず倉わらない様子で立っおいる柪をみお「ただいた」ず返す。ドアを開けおくれおいる柪の手に觊れようず指を䌞ばすず  柪は、怎堂に觊れられる前にすっず手を匕き背を向けた。 
 
――  柪  。 
 
 届かなかった指先は、たるで自分達が䜜った、――い぀のたにか䜜っおしたった小さな距離のように思えお、怎堂は宙を掠めおその空虚さを握りしめる。 
 
「どうしたの――早く、あがっおくれば」 
「  あ、うん、  そうだね」 
 
 
 目の前にある柪の背䞭が、やけに遠く芋えた。 
 
 
 
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