戀燈籠 第十幕
戀燈籠 第十幕 朝になり御樹は一番仕立てのいい背廣を箪笥から出すと いつもより寧入りに髮を結はき整へた 今日は咲坂を迎へに行く日である それはどんな日よりも意味のある日に思へ これからの生活を考へると自然と笑みが零 […]
戀燈籠 第九幕
戀燈籠 第九幕 それからも御樹と咲坂は會うたびに約束のやうに 別れ際には接吻を交はすやうになつてゐた 次の約束の日までの互いの想ひを 接吻の餘韻に乘せる それは甘美な誘ひで二人の氣持ちをより強く結びつかせてゐた しかし […]
戀燈籠 第八幕
戀燈籠 第八幕 それから日の曜日になるまで御樹は咲坂との約束を指折り待ち望んでゐた いつもより早くに店を開け珍しく窓ガラスを磨く御樹に聲がかかる 「何だかいい事でもあつたのかい?隨分樂しさうだね」 「ええ とても… […]
戀燈籠 第七幕
戀燈籠 第七幕 御樹は、はやる氣持ちを抑へて、いつもの手紙の場所に向かつてゐた あれから何度か手紙を通はせ、かうして會う約束までたどり着いたのである こんなに夜遲くに街を歩くのもあまりない事だつた 行き交ふ人は全く […]
戀燈籠 第六幕
戀燈籠 第六幕 それからも手紙は一日もかかさず咲坂の元に屆けられた いつしか手紙は咲坂には唯一の心のささへになつていつてゐた 氣分が滅入つてる時には勵まされ いい事があつた日には喜びをより輝かせてゐた […]
戀燈籠 第五幕
戀燈籠 第五幕 昨日、咲坂の元から歸つた御樹は眠れない夜を過ごした どちらへ寢返りを打つても考へてゐるのは咲坂の事でいつぱいだつた 青華といふ咲坂の源氏名 「宵夢」といふ店であつた全ての出來事が 夢だつたのではない […]
戀燈籠 第四幕
戀燈籠 第四幕 しばらく默つてゐた御樹に咲坂はなだめるやうに云ひ放つ 「もう……こんな所へは 來ちやいけないよ」 御樹は顏を上げて咲坂を見つめた 「何故ですか?………私が……何もしないからでせうか?」 「さうぢやな […]
戀燈籠 第三幕
戀燈籠 第三幕 御樹が咲坂と會つたあの日から今日で一箇月が過ぎた 店に「戀燈籠」の續きを持つてきてくれた男が來た後 古書店へと訪ねてみたが、結局本の續きはどうしても見つからず 先のないまま、あの本は御樹の書棚へと竝 […]
戀燈籠 第二幕
戀燈籠 第二幕 朝五時を囘つた頃に咲坂は目を覺ました こんなにゆつくりと眠つたのはいつぶりなのだらうか、などと考へてゐた 御樹といふ男はもう目を覺ましてゐるだらうか 咲坂は靜かに蒲團を疊んで整へると着物の上着を羽織 […]
戀燈籠 第一幕
戀燈籠 第一幕 時は大正十三年 西洋文化も入り交じる文明に人々は我さきにと舶來品を身につけ 街は活氣づいてゐた 一人の男が古びた店から出てきて錆び附ゐた鍵を取りだして店を施錠した 人目で仕立てがよいとわかるツイードの […]